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title: "法苑珠林 · 齊時王奐妬殺妾冥報怪"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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齊琅邪王奐。仕齊至尚書左僕射。甚信釋典。而妬忌之深。便忘弘恕。甞在齋內使愛妾治髭。忽有烏銜黃梅過庭而墜。奐謂妾有密期擲果為戲。使奴出外覘視。遇見一士向籬私游。奴即往捦捉。而此人言瞋洿媟。便邇迸走。奴還白之。奐謂儞用有實。苦加覈問。妾備自陳。終不見察。即遣下階笞殺之。妾解衣誓曰。今日之死。實為枉橫。若有人天道。當令官知。爾後數見妾來訴怨。俄而出為雍州刺史。性漸狂異。如有憑焉。無故打殺小府。長史劉興祖誣其欲反。為御史中丞孔稚珪所奏。世祖遣中書舍人呂文顯直閤將軍曹道剛。領齊仗兵收奐。奐子彪素稱凶剽。及女婿殷叡。遂勸奐曰。曹呂今來。不見真勅。恐為姦變。政宜錄取馳以奏聞。奐納之。便配千餘人。仗閉門拒守。彪遂輒與官軍戰。彪敗而走。寧蠻長史裴叔業。於城內舉兵。攻奐斬之。時人以為妾之報也右二驗出冥祥記。

> 注：元のテキストに含まれる<note>タグはそのまま出力します。 斉の琅邪王・王奐は、斉に仕えて尚書左僕射にまで上った。仏教を深く信仰していたが、嫉妬深さが極度で、寛大さや思いやりを忘れてしまっていた。ある日、邸の書斎で愛妾に髭を整えさせていると、突然、烏がくわえてきた黄梅が庭を通り過ぎる際に落ちた。王奐は、妾が誰かと密かに約束し、合図の果実を投げ合っているのだと思い込み、奴僕を外に偵察に出した。するとちょうど一人の男性が垣根の向こうでこっそりと用を足しているのが見えた。奴僕はすぐにその男を捕まえようとしたが、男は汚らわしいと怒り、すぐに逃げ去った。奴僕はその旨を王奐に報告した。王奐は、これで証拠は確かだと決めつけ、厳しく妾を問い詰めた。妾は自身の潔白を詳しく述べたが、ついに王奐は真相を見極めようとしなかった。すぐに階段の下に引きずり出させ、鞭打ち殺すよう命じた。妾は服を脱ぎながら誓って言った。「今日の死は、まったくの無実の横死です。もし人が天道で裁かれるのなら、必ずや上の者がこのことを知ることになりましょう。」その後、何度も王奐は妾が怨みを訴えに来るのを見るようになった。やがて彼は雍州刺史に左遷された。次第に性格は狂い異様になり、何かに取り憑かれたかのようになった。理由もなく小府を打ち殺した。長史の劉興祖は、王奐が反逆を企てていると偽って告発した。御史中丞の孔稚珪がこれを奏上すると、世祖（武帝）は中書舎人の呂文顕と直閤将軍の曹道剛に命じ、護衛兵を率いて王奐を捕らえさせた。王奐の息子の王彪は、もともと凶暴で粗野なことで知られており、娘婿の殷叡と共に王奐に次のように勧めた。「曹と呂が今、やって来ましたが、陛下の正式な勅命は見えません。恐らくは奸計による変事でしょう。すぐにでも彼らを捕らえ、早馬で上奏すべきです。」王奐はこの策を受け入れ、千人余りの兵に武器を取らせ城門を閉ざして防戦した。王彪はただちに官軍と戦ったが、敗れて逃走した。寧蛮長史の裴叔業が城内で兵を挙げ、王奐を攻め斬り捨てた。当時の人々は、これがみな妾の復讐であると言った。＜注：以上の二つの話は『冥祥記』より抜粋＞