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title: "法苑珠林 · 齊時陳氏妬割前婦兒冥報怪"
description: "法苑珠林由唐代高僧道世编纂，成书于唐高宗总章元年（668年），是佛教重要的类书典籍。全书共一百卷，系统分类整理了佛教经律论三藏中的典故、名相、教义及因果故事，内容涵盖佛教宇宙观、修行方法、戒律仪轨等，被誉为佛教百科全书。道世以严谨的学术态度广引经典，保存了大量唐代以前的佛教文献，具有极高的史料价值。该书不仅对唐代佛教研究影响深远，更为后世学者提供了系统研究佛教教义的重要依据，在中国佛教文献史上占据重要地位。"
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宋東海徐某甲。前妻許氏。生一男名鐵臼。而許亡。某甲改娶陳氏。陳氏凶虐志滅鐵臼。陳氏產一男。生而祝之曰。汝若不除鐵臼。非吾子也。因名之曰鐵杵。欲以鍾擣鐵臼也。於是捶打鐵臼。備諸苦毒。飢不給食。寒不加絮。某甲性闇弱。又多不在。後妻恣意行其暴酷。鐵臼竟以陳餓痛杖而死。時年十六。亡後旬餘。鬼忽還家。登陳床曰。我鐵臼也。實無片罪橫見殘害。我母訴怨於天。得天曹符來取鐵杵。當令鐵杵疾病與我遭苦時同。將去自有期日。我今停此待之。聲如生時。家人賓客不見其形皆聞其語。於是常在屋樑上住。陳氏跪謝摶頰為設祭奠。鬼云。不須如此。餓我令死。豈是一喰所能對謝。陳夜中竊語道之。鬼厲聲曰。何敢道我。今當斷汝屋棟。便聞鋸聲。屑亦隨落。拉然有響。如棟實崩。舉家走出。炳燭照之。亦無異。鬼又罵鐵杵曰。汝既殺我。安坐宅上以為快也。當燒汝屋。即見火然。煙焰大猛內外狼狽。俄爾自滅。茅茨儼然不見虧損。日日罵詈。時復歌云。桃李華嚴。霜落奈何。桃李子嚴。霜早落已。聲甚傷切。似是自悼不得成長也。于時鐵杵六歲。鬼至便病。體痛腹大。上氣妨食。鬼屢打之。處處青𪒠。月餘而死。鬼便寂然右一驗出冤魂志。

> 宋の時代、東海に徐某という男がいた。先妻の許氏との間に一人の男の子が生まれ、名を鉄臼といった。許氏が亡くなると、徐某は後妻に陳氏を迎えた。陳氏は凶暴で残忍な性格であり、鉄臼を殺そうと企んでいた。 陳氏に男の子が生まれると、その子に向かってこう祝いの言葉を述べた。「お前がもし鉄臼を除かなければ、私の子ではない」。そしてその子を鉄杵と名付けた。臼を杵で打ち砕くという意味である。それから彼女は鉄臼を打ち叩き、あらゆる苦しみと虐待を与えた。飢えても食べ物を与えず、寒くても綿入れを加えなかった。 徐某は生来、愚かで弱々しく、家にいないことも多かったため、後妻は思いのままに暴虐の限りを尽くした。ついに鉄臼は飢えと痛みと鞭打ちによって亡くなった。その時、十六歳だった。 彼が亡くなって十日余りが過ぎた時、突然、幽霊が家に戻ってきた。陳氏の寝台に上がり込み、こう言った。「私は鉄臼だ。私は何の罪もないのに、横暴に殺された。私の母が天に怨みを訴えたところ、天曹の符牒を得て鉄杵を連れて行くことになった。鉄杵を私が苦しめられた時と同じ病気にさせる。連れて行く日取りも決まっている。私は今ここでそれを待っている」。その声は生きている時と全く同じだった。 家人や客人たちはその姿は見えなかったが、皆その言葉を聞くことができた。以来、幽霊は常に家の梁の上に住み着いた。陳氏はひれ伏して謝り、自分の頬を打ち、供え物をして弔った。幽霊は言った。「そのようなことは必要ない。私を飢えさせて死なせておきながら、たった一食の供え物で償えるものか」。 ある夜、陳氏がこっそりとそのことを口にすると、幽霊は鋭い声で言った。「よくも私のことを口にしたな。今すぐお前の家の梁を断ち切ってやる」。すると鋸の音が聞こえ、木くずも落ちてきた。梁が本当に崩れるように、音を立てて鳴った。家の者たちはみな外に飛び出した。灯りをかざして見てみたが、何も変わっていなかった。 幽霊はまた鉄杵を罵って言った。「お前は私を殺した。それで平然と家に座っているのが気に食わない。お前の家を焼いてやる」。するとすぐに火が燃え上がり、煙と炎が激しく立ち昇り、内外の人々は慌てふためいた。しかし、しばらくすると火は自然に消えた。家の茅葺きの屋根は元のまま、少しも焼けた跡はなかった。 幽霊は毎日のように罵り続け、時には歌を歌うこともあった。「桃や李の花が盛りに咲き誇っても、霜が降りればどうしようもない。桃や李の木々が盛りでも、霜は早くも降りてしまう」。その声はたいへん悲しく痛切で、自らが成長できなかったことを嘆いているようだった。 その時、鉄杵は六歳だった。幽霊が来るとすぐに病気になり、体が痛み、腹が膨れ上がり、息が苦しくて食事もできなくなった。幽霊は何度も彼を打ち、体中に青いあざができた。一ヶ月余りで鉄杵は死んだ。その後、幽霊は静かになった<note>上記の一例は『冤魂志』より</note>。