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title: "金剛經演古 · No. 495-C 後序"
description: "《金刚经演古》是清代僧人寂燄对《金刚经》的注疏之作。该书成于清代佛教复兴与禅净合流背景下，旨在以古德智慧阐释般若空性思想。内容上，寂燄通过逐段演析经文，融合禅宗心要，强调离相破执、无住生心的修持核心。作为《金刚经》重要注本之一，它既承袭唐宋古释传统，又具清代禅学特色，为研究般若经典及清代佛教思想提供了关键文献，在佛教义理传承与实践指导中具有较高地位。"
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### No. 495-C後序

> No. 495-C 後序

金剛般若經者，乃佛祖傳心之秘要也。以著衣持鉢為發起者，欲令知般若不離日用之間也。雖其中破相斷疑，而事行理觀，未嘗偏廢。其度生無度，無住生心，以無我等修一切善法，非莊嚴名莊嚴等，類皆正偏回互，不犯鋒芒，神而明之，存乎其人。故黃梅以是印心，曾溪聞而開悟，豈徒然哉！但此經義趣深遠，古今詮釋，殆且百家。惟西竺天親無著，稟承兜率，以住一十八處，密示階差，斷二十七疑，潛通血脉，𠃔合世尊無相大乘之旨。而此土則有青龍．大雲．資聖．塵外．諸疏，或依或違，學者無所折衷。中唐圭峰宗密禪師，約無著七種義句以懸判，依天親斷疑問答以科釋，并採集諸疏，題曰疏論纂要。又為紀略以釋，上符聖旨，俯逗羣機，實像代之法匠也。五季石壁法師，襲用紀略，別為廣錄，辭或繁長，學者苦之。有宋天聖間，長水子璿法師，重為修治，剪煩削冗，黜偽存真，命名刊定記，真可謂內院之功臣，圭山之後裔也。斯文不墜，厥功懋哉！余以己酉之夏，叨陪清眾於石鼓選佛場，因同諸友商搉大意。山居晝永，旹或披尋，但纂要文簡古而難通，刊定語詳悉而莫記，因會合兩部，刪煩取要而融通之。其間敷演挑剔，不悖古德之意，竊命名曰演古，聊以自備遺忘，朝夕玩繹。其發四心而修六度，破二我而徹三空，端有藉，是為指南云。

> 『金剛般若経』は、仏祖が心を伝えるための秘められた要諦です。衣食を持ち、鉢を手にするという日常の行為から始まるのは、人々に「般若（智慧）」が日々の生活から離れたものではないと知らせるためです。経典の中では人間の執着を打ち砕き、疑念を断ち切ることが説かれていますが、実際の行いや真理の観察が片方に偏ることは決してありません。たとえば、「生きとし生けるものを救いながら、救うという想いを持たない」、「何にもとらわれずに心を生じさせる」、「『我』という執着を離れて、あらゆる善い行いを修める」、「本来は飾らないことが真の荘厳である」といった教えは、すべて正と偏りを往き来し、鋭い刃を避けるように巧みに示されています。これらの教えを悟るかどうかは、それを実践する人自身にかかっています。それゆえ、黄梅の弘忍禅師はこの経典で心を伝え、曺溪の慧能禅師はその一句を聞いて悟りを開いたのです。これが無意味であるはずがありません。 ただ、この経典の意味は非常に深遠であるため、古来より多くの解釈が存在し、およそ百を数える注釈書があります。その中で、インドの天親（世親）菩薩と無著菩薩は、兜率天の弥勒菩薩から直接教えを受け継ぎ、経を十八の段階に分けて密かに修行の階梯を示し、二十七の疑惑を断ち切って、経典全体に一貫した脈絡を通じさせ、見事に世尊の無相の大乗の教えにかなう解釈を打ち立てました。 一方、中国では、青龍寺、大雲寺、資聖寺、塵外などの注釈書があり、それぞれ同調もあれば異論もあり、学ぶ者たちはどれを判断の基準とすべきか迷ってきました。中唐の時代、圭峰宗密禅師は、無著菩薩の七つの意味の分類を用いて大まかな区分を定め、天親菩薩の疑問と回答形式に従って本文を注解し、さらに諸家の注釈を集めて、『疏論纂要』と題しました。また、その簡略な解説書である『紀略』を作りました。これらは上は仏の教えに合致し、下は人々の機根に応じたものであり、まさに像法時代における優れた指導者でした。 五代の時代、石壁という法師が、この『紀略』を元に別に『広録』を作りましたが、その文章は長く煩雑で、学ぶ者たちを苦しめました。宋の天聖年間、長水子璿法師がこれを改めて整理し、煩雑な部分を削り、誤りを退けて真実を残し、『刊定記』と名付けました。この功績はまさに、「内院（弥勒菩薩の浄土）の功臣」であり、「圭山（宗密禅師）の後継者」と言うにふさわしいものです。この教えの流れが絶えず続いているのは、この方の大きな功績によるものです。 私は己酉の夏、石鼓の選仏場で修行する機会に恵まれ、同じ修行者たちと経典の大意を話し合いました。山での生活は昼が長く、時折、経典を紐解いてみたところ、『纂要』の文章は簡潔で古風なため理解しにくく、『刊定記』の解説は詳細に過ぎて覚えきれませんでした。そこで、両方の書を総合し、煩雑な部分を削って要を取り、融通させてまとめました。その中での解説や解釈は、決して昔の高僧たちの教えに背くものではありません。私はひそかにこれを『演古』と名付け、とりあえず忘れた時のために自ら備え、朝夕に繰り返し味わうことにしました。 この書が、四つの広大な心を発して六つの波羅蜜を修め、二種の我執を打ち破って三種の空を究めるための、確かな道しるべとなることを願っています。

旹己酉秋九月既望後學寂𦦨書於石鼓選佛場No. 495

> 時は己酉年の秋九月、満月の夜が過ぎた後、 後学の寂𦦨が石鼓の選佛場にて記す。No. 495

## 金剛般若經演古

> 金剛般若経 古義を説く

晉安後學釋　寂𦦨述

> 「晋安後学 釈寂𦦨述」