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title: "金剛經演古 · 初序分"
description: "《金刚经演古》是清代僧人寂燄对《金刚经》的注疏之作。该书成于清代佛教复兴与禅净合流背景下，旨在以古德智慧阐释般若空性思想。内容上，寂燄通过逐段演析经文，融合禅宗心要，强调离相破执、无住生心的修持核心。作为《金刚经》重要注本之一，它既承袭唐宋古释传统，又具清代禅学特色，为研究般若经典及清代佛教思想提供了关键文献，在佛教义理传承与实践指导中具有较高地位。"
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○初序分有證信．發起之殊，今證信有六種成就。

> 序分には、仏教経典の真実性を証明する「証信」と、説法のきっかけを述べる「発起」という二種類の素晴らしい特徴があります。ここでいう証信には、経典の信頼性を確立する六つの条件、すなわち六種成就が備わっています。

如是我聞：一時，佛在舍衛國祇樹給孤獨園，與大比丘眾千二百五十人俱。

> 私がこのように聞きました。ある時、世尊は、舎衛国（しゃえいこく）の祇園精舎（ぎおんしょうじゃ）にとどまっておられました。そこには、千二百五十人の大比丘（だいびく）の皆さんが集まっておられました。

如是信成就也。信則所言之理順，順則師資之道成。佛法大海，信為能入，智為能度，故居首也。

> このように、信じることが成就される。信じるとは、説かれた道理に従うことであり、従うことによって師弟の道が成り立つ。仏法の大海は、信じることによって入ることができ、智慧によって渡り切ることができる。ゆえに、信が最初に置かれているのである。

我聞，聞成就也。我者，阿難自稱，然是隨世假立，不同凡夫外道所計之我。聞者，親聽，非是展轉傳聞。此方真教，體清淨在音聞，不假音聞，教何由立？

> 私が聞いたこと、これが成就の意味です。「私」とは、アーナンダが自分を指して言った呼び名ですが、これは世の中の慣習に従って仮に立てたもので、凡夫や外道が執着するような実体的な「私」とは異なります。「聞く」とは、直接耳にすることであり、他人を介して伝え聞いたものではありません。この世界における真実の教えは、その本質が清らかであり、音声を通して聞くことにあります。音声による聞くことを借りなければ、教えはどのようにして成立するのでしょうか。

一時者，時成就也。世事合會尚待昌期，大法弘宣豈違嘉運？故曰法王啟運嘉會之時也。然十方世界天上人間時分不同，今但取師資道合說聽究竟之時，故云一時。

> 「一時」とは、時が整ったことを表しています。 世の中の出来事でさえ、良い時期を待って実現するものです。ましてや、大きな教えを広く伝えることが、どうして良い機会に背くことがありましょうか。 ですから、これを「法王がその時を開き、良い巡り合わせの時」と申します。 しかし、十方の世界や天上・人間の世界では、時の区切り方はそれぞれ異なります。ここではあくまで、師匠と弟子の道が合い、教えを説き、それを聴くことが完全に行われた時を指して、「一時」と言うのです。

佛者，主成就也。梵語具云佛陀耶，此云覺者，具自覺、覺他、覺滿三義，故稱為佛。即本師釋迦牟尼佛為說法之主，非大覺孰能演斯大法？

> 「仏」とは、主となる成就（主成就）のことです。サンスクリット語では完全にブッダヤといい、これを訳して「覚者」といいます。自らを覚り（自覚）、他者を覚らせ（覚他）、覚りが円満に完成している（覚満）という三つの意味を備えているため、「仏」と呼ばれます。すなわち、私たちの師である釈迦牟尼仏が説法の主であり、大いなる覚りを開いた方でなければ、このような大きな教えを説くことはできません。

舍衛國等者。處，成就也。舍衛，梵語，此云聞物。以人物富庶，聞於五天。此說法之處，在中天竺波斯匿王所都之國。城外東南五里許，乃祇陀太子之園。大臣須達多，此云善施，以常給濟國之窮民，人稱之為給孤獨長者。布金買園，太子捨樹，共造精舍，請佛說法。可見般若大法，非勝地亦不克宣也。

> 舎衛国などの部分は、場所、すなわちそれによって説法が成就した場所を示しています。舎衛とはサンスクリット語で、この地では「聞物（優れたものが聞こえてくる）」と訳されます。人々や物産が豊かで、その名声が五天竺にまで知られていたからです。これは説法の場所であり、中天竺の波斯匿王が都としていた国です。城外の東南約五里のところに、祇陀太子の園林がありました。大臣の須達多（「善施」と訳され、常に国の貧しい民を救済していたことから、人々に「給孤独長者」と呼ばれていました）が金を敷きつめて園を買い、太子は樹木を喜捨しました。共に精舎を建て、仏を招いて説法を請いました。これにより、般若の大法が、素晴らしい場所でなければ宣揚できないことが分かります。

與大比丘眾等者，眾成就也。座無知音說將誰聽？今機感盈前不得不說。比丘含三義：一、乞士，謂上乞法以資慧命，下乞食以養色身，亦云破惡亦云怖魔。大者，數多名重德隆也。如憍陳那、三迦葉、舍利弗、目犍連、耶舍長者并其眷屬等，俱在一時一處共相和合，濟濟同聞可謂盛矣。然此皆先事外道，艱辛累年一無所證，纔得見佛便登聖果，感佛恩深故常隨侍，所以偏列其數。其餘天龍八部四眾人等，皆結於流通分中，首尾相望蓋影略耳。

> ここに「大比丘衆と共に」とあるのは、聴衆の成就を示しています。もし相手に理解者がいなければ、説法は誰に向けて語られるのでしょう。今、聴衆の機根が説法を求めて満ちているため、説かずにはいられません。比丘には三つの意味が含まれています。第一に「乞士（こつし）」、上には法を乞うて慧命を養い、下には食物を乞うて肉体を養うこと。また「破悪（はあく）」や「怖魔（ふま）」の意味も含みます。「大」とは、数が多く、名声が高く、徳が厚いことを指します。例えば、憍陳那（きょうちんな）、三迦葉（さんかしょう）、舎利弗（しゃりほつ）、目犍連（もっけんれん）、耶舎長者（やしゃちょうじゃ）とその眷属たちが、同じ時、同じ場所に集まり、和合して共に法を聞いたのです。その盛観たるや、まことに素晴らしいものでした。しかし彼らは皆、かつては外道を修行しており、幾年もの苦労を重ねても何一つ悟りを得られませんでした。ところが、仏にお会いしたその瞬間に聖なる果報を得たのです。仏の恩の深さに感じ入り、常にそばに仕えて従ったので、ここに特にその数が列挙されているのです。その他の天竜八部（てんりゅうはちぶ）や四衆（ししゅう）などは、すべて流通分（るつうぶん）の中にまとめて記されており、最初と最後で互いに照応することで、全体を簡潔に表しているのです。

爾時，世尊食時，著衣持鉢，入舍衛大城乞食。於其城中次第乞已，還至本處。飯食訖，收衣鉢，洗足已，敷座而坐。

> その頃、世尊は食事の時間になると、衣をまとい、鉢を持って、舎衛の大城に入り、托鉢をなさいました。町の中で順々に托鉢を終えられると、元の場所に戻られました。食事が終わると、衣と鉢をしまい、足を洗い、座を敷いてお坐りになりました。

此發起序。將說般若，而以著衣持鉢為發起者，顯般若不離日用之間也。爾時者，大眾雲集之時也。食時者，辰巳之間也。我釋迦世尊，既現相人中，示同人法，亦於食時，著僧伽黎衣，持紺琉璃鉢，嚴整威儀，肅恭齊法，出祇園而入舍衛，躬行三世諸佛乞食之法。以內證平等理，外空貧富相，故於城中，無問淨穢，不揀貴賤，次第而乞。佛心既等，使施者獲福亦等。既得食已，仍出大城，而還至本處。本處者，事則祇桓精舍，理則實相真空也。佛凡所得食，分為四分：一與同梵行者，二施貧病乞人，三施水陸眾生，四自食。食訖，乃收拾衣鉢而洗足焉。阿含經說，佛行時，離地四指，蓮華承足。今洗足者，先跣足行乞，歸則洗濯塵汙，垂範後人也。敷座而坐者，他經侍者敷座，惟說般若，佛自敷座，以尊重般若故。著衣持鉢表戒，敷座而坐表定，以戒定發起般若，令人觀象會意也。然此著衣持鉢，洗足敷坐，般若真機，已漏洩無餘矣。故空生不待如來開口，便嘆希有，大似靈山拈華，迦葉微笑，二人默識心通，如出一律，覽者詳焉。上來序分竟。

> この序分が発起の因縁である。これから般若を説こうとするにあたり、衣を着て鉢を持つことを発端とするのは、般若が日常生活を離れないことを顕すためである。 「爾時」とは、大衆が雲のように集まった時である。「食時」とは、午前中の辰（たつ）から巳（み）の刻（午前7時から11時頃）にあたる。我らが釈迦世尊は人の姿で現れ、人の道に従って、同じく食事の時に、僧伽梨（そうぎゃり）の衣をまとい、紺瑠璃（こんるり）の鉢を持ち、威儀を厳かに整え、斎法を慎み整え、祇園（ぎおん）を出て舎衛（しゃえ）の城に入り、三世（さんぜ）の諸仏の托鉢の作法を自ら行われた。 心の内には平等の理を証し、外には富貴貧賤の相を空しくされたので、都の中で清らかも汚れも問わず、貴賤も選ばず、順に托鉢された。仏の心がすでに平等であれば、布施する者も皆平等に福を得る。食事を得た後は、都を出て元の場所に帰られた。 「本処」とは、事としては祇桓精舎（ぎおんしょうじゃ）であり、理としては実相の真実の空である。仏は得た食べ物をすべて四等分された。一つは同じ修行者に、二つは貧しい病人や乞食に、三つは水中や陸上の生きとし生けるものに、四つは御自身で食された。食事が終わると、衣と鉢を整え、足を洗われた。 『阿含経（あごんぎょう）』には、仏が歩く時、足は地から四指ほど離れ、蓮華が足を受けていたと説かれている。今、足を洗うというのは、まず裸足で托鉢し、帰ってから塵や汚れを洗い流し、後世の人の模範とされたのである。 座を敷いて座られたことについては、他の経典では侍者が座を敷くが、ただ般若を説く時だけは、仏御自ら座を敷かれる。般若を尊重されるからである。衣を着け鉢を持つことは戒を表し、座を敷き座ることは定を表し、戒と定によって般若を発起させ、人々に事象を見てその真意を会得させるのである。 この衣を着て鉢を持ち、足を洗い座を敷くという行為に、般若の真の機微はすでに余すところなく顕れている。それゆえ空生（くしょう・須菩提）は如来が口を開くのを待たずに「希有（けう）なり」と嘆じた。これは、霊山（りょうぜん）で花を拈（ひね）り、迦葉（かしょう）が微笑した話と大いに似ている。二人は言葉を交わさず心で通じ合い、あたかも同じ律にかなうようなことであった。見る人はよくよく考えていただきたい。 以上で序分は終わる。