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title: "嘉泰普燈錄 · 舒州投子義青禪師"
description: "嘉泰普灯录由南宋高僧正受编撰于嘉泰年间，是继五灯会元后重要的禅宗灯录体史书。全书三十卷，收录历代禅师机缘语录、行实传记及偈颂，涵盖临济、云门等宗派，以普照禅法、嘉惠学人为宗旨。它系统传承了禅宗法脉与思想，是研究宋代禅宗历史与思想的重要文献，在佛教史上具有承前启后的地位，与五灯会元并称为禅宗灯录双璧。"
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### 舒州投子義青禪師

> 舒州投子山の義青禅師

青社人也。族李氏續燈曰王氏非。甫七齡。穎異。往妙相寺出家。試經得度。習百法論。未幾。歎曰。三祇塗遠。自困何益哉。乃入洛。五載聽華嚴。於義若貫珠。嘗讀諸林菩薩偈。至即心自性。遽省曰。法離文字。寧可講乎。即棄游宗席。時圓鑑禪師居會聖巖。一夕。夢畜青色俊󳬧。為吉徵。屆且師來。鑑禮延之三年。一日。問曰。外道問佛。不問有言。不問無言。世尊良久。如何。師擬對。鑑掩其口。師了然開悟。遂禮拜。鑑曰。汝妙悟玄機耶。云。設有。也須吐却。時資侍者旁立。曰。青華嚴今日如病得汗。師回顧曰。合取狗口。若更忉忉。我即便歐。服勤又三載。禮辭。鑑以大陽衣履付之。書偈送曰。須彌立太虗。日月輔而轉。群峰漸倚他。白雲方改變。少林風起叢。曹溪洞簾卷。金鳳宿龍巢。宸苔豈車碾。復指依圓通秀禪師。師至棲賢。無所參問。唯嗜睡而已。執事白秀云。堂中有僧日睡。當行規法。秀曰。是誰。云。義青上座。曰。未可。待與按過。秀即曳杖入堂。見師正睡。乃擊床呵曰。我這裏無閑飯與上座喫了打眠。師云。和尚待教某何為。曰。何不參禪去。云。美食不中飽人喫。曰。爭奈大有人不肯上座。云。待肯。堪作甚麼。曰。上座曾見甚麼人來。云。浮山。曰。怪得恁麼頑賴。遂握手相笑。歸方丈。由是道聲籍甚。熈寧六年。至龍舒。道俗迎住白雲。次遷投子。以符慈濟禪師之記。　上堂。召大眾曰。若論此事。如鸞鳳冲霄。不留其跡。羺羊挂角。那覓乎蹤。金龍不守於寒潭。玉兔豈棲於蟾影。其或主賓若立。須威音世外搖頭。問答言陳。仍玄路傍提為唱。若能如是。猶在半途。更乃凝眸。不勞相見。　上堂。宗乘若舉。凡聖絕蹤。樓閣門開。別戶相見。設使卷簾悟去。豈免旁觀。春遇桃華。重增眼病。所以古人道。向上一路。千聖不傳。諸仁者。既是不傳。為甚麼鐵牛走過新羅國裏。遂喝曰。達者須知暗裏驚。　僧問。師唱誰家曲。宗風嗣阿誰。曰。威音前一箭。射透兩重山。云。如何是相傳底事。曰。全因淮地月。得照郢陽春。云。恁麼則入水見長人也。曰。只知荊玉異。那辨楚王心。僧禮拜。師以拂子擊之。復曰。更有問話者麼。如無。彼此著便。元豐五年五月一日中夜。索筆書偈曰。兩處住持。無可助道。珍重諸人。不須尋討。投筆。泊然奄息。闍維。多靈典。獲設利五色。以閏月同靈骨塔于寺北三峰庵。壽五十一。臘三十七。

> 青社の人なり。姓は李氏<note>『続燈』には王氏とあり、非なり</note>。わずか七歳にして聡明異なり。妙相寺に往き出家し、経を試みて得度す。百法論を習う。未だ幾ばくもせず、歎いて曰く、「三阿僧祇劫の道遠く、自ら困すること何の益かあらん」と。乃ち洛に入り、五載華厳を聴く。義に於いて珠を貫くが若し。嘗て諸林菩薩の偈を読み、「即心自性」に至りて、忽ち省みて曰く、「法は文字を離る。寧んぞ講ずべけんや」と。即ち遊学を棄てて宗席に参ず。時に円鑑禅師、会聖巖に居す。一夕、青色の俊鷹を飼う夢を見、吉兆とす。翌朝師来たり、鑑礼して之を延くこと三年。一日、問うて曰く、「外道仏に問う、有言を問わず、無言を問わず。世尊良久す。如何」と。師対せんと擬す。鑑其の口を掩う。師了然として開悟す。遂に礼拝す。鑑曰く、「汝妙悟して玄機を得たりや」と。師曰く、「設い有るとも、須く吐き却すべし」と。時に資侍者旁らに立ちて曰く、「青華厳今日病みて汗を得るが如し」と。師顧みて曰く、「狗の口を合わすべし。若し更に忉忉たらば、我即ち便ち殴らん」と。服勤すること又三載、礼して辞す。鑑大陽の衣履を以て之に付し、偈を書して送りて曰く、「須弥太虚に立ち、日月輔けて転ず。群峰漸く他に倚り、白雲方に改变す。少林風起り叢し、曹溪洞簾巻く。金鳳龍巣に宿り、宸苔豈に車に碾さるべけんや」と。復た円通秀禅師に依るを指す。師棲賢に至り、参問する所無く、唯だ睡るを嗜むのみ。執事秀に白して云く、「堂中に僧有り、日々に睡る。当に規法を行くべし」と。秀曰く、「誰ぞ」と。云く、「義青上座なり」と。曰く、「未だ可からず。待て、与に按過せん」と。秀即ち杖を曳きて堂に入り、師正に睡るを見、乃ち床を撃ち呵して曰く、「我ここに閑飯無くして上座に喫了せしめて打眠せしむ」と。師云く、「和尚某をして何を為さしめんと待つや」と。曰く、「何ぞ禅を参ぜざる」と。云く、「美食飽きたる人に中らず」と。曰く、「争か大いに人肯せず上座するに奈ん」と。云く、「肯するを待て、何をか堪え作すべけん」と。曰く、「上座曾て甚麼の人を見たりや」と。云く、「浮山なり」と。曰く、「怪しむに足る、恁麼の頑賴なる」と。遂に手を握り相笑い、方丈に帰る。是れより道声籍甚し。熈寧六年、龍舒に至り、道俗迎えて白雲に住せしむ。次いで投子に遷り、以て慈済禅師の記に符す。 上堂し、大衆を召して曰く、「若し此の事を論ずれば、鸞鳳の霄を冲ぐが如く、其の跡を留めず。羺羊の角を挂くる、那にか其の蹤を覓めん。金龍寒潭に守らず、玉兔豈に蟾影に棲まん。其れ或いは主賓若し立てば、須く威音世外に頭を摇る。問答言陳すれば、仍って玄路傍に提唱を為す。若能く是の如くせば、猶お半途に在り。更に眸を凝らさば、相見うるを労せず」と。 上堂し、「宗乗若し挙すれば、凡聖蹤を絶つ。楼閣門開けば、別戸相見う。設い簾を巻きて悟去するも、豈に旁観を免れんや。春桃華に遇うて、重ねて眼病を増す。所以に古人道う、向上一路、千聖伝えず。諸仁者、既に伝えず、為甚麼か鉄牛新羅国裏を走り過ぐ」と。遂に喝して曰く、「達する者は須く暗裏に驚くを知るべし」と。 僧問う、「師誰が家の曲を唱え、宗風誰に嗣ぐや」と。曰く、「威音前一箭、両重の山を射て透る」と。云く、「如何が相伝する底の事ぞ」と。曰く、「全く淮地の月に因りて、得て郢陽の春を照らす」と。云く、「恁麼ならば則ち水に入りて長人を見るなり」と。曰く、「只だ荊玉の異なるを知る、那にか楚王の心を弁ぜん」と。僧礼拝す。師拂子を以て之を撃つ。復た曰く、「更に問話する者有るか。如し無ければ、彼此に便を著す」と。 元豊五年五月一日中夜、筆を索めて偈を書きて曰く、「両処住持、助道す可き無し。諸人を珍重す、尋討する須からず」と。筆を投じ、泊然として奄息す。闍維し、多くの霊異有り。設利五色を獲る。閏月を以て霊骨と同に寺北三峰庵に塔す。寿五十一、臘三十七。

## 嘉泰普燈錄卷第二

> 嘉泰普燈録 巻第二

### 音釋

> 音声注釈

詬許候切　諲音因　壍七艶切　謳音甌桫素何切　欏音羅　駢蒲眠切　闐音田麓音鹿　謠音姚䭾音陀　餧於偽切趯他力切　潞音路　閫苦本切𡾟音羲鐙丁鄧切　蹊音兮㔃子悅切　嚗音剝鞏音拱　鏃子木切　鵰音刁　儵音條墼音擊　楔音屑　緘古咸切　殞羽敏切鑾盧丸切　刎武粉切　罽居例切　媧古花切鵽丁滑切𩾗音刀　摭之石切　喎苦禾切劈普擊切　馥音伏　犒口到切　簸補過切羈居宜切　拏女加切　擭一虢切或作󱐽齩五狡切󰋪陟教切　鶖音秋　罥音畎歐於口切𦏪音靈　郢以并切

> 詬（こう）は許（きょ）と読みます。諲（いん）は音が因（いん）です。壍（せん）は七（しち）と艶（えん）の読みです。謳（おう）は音が甌（おう）です。桫（さ）は素何（そか）の読みです。欏（ら）は音が羅（ら）です。駢（べん）は蒲眠（ぼめん）の読みです。闐（でん）は音が田（でん）です。麓（ろく）は音が鹿（ろく）です。謠（よう）は音が姚（よう）です。䭾（だ）は音が陀（だ）です。餧（い）は於偽（おぎ）の読みです。趯（てき）は他力（たりき）の読みです。潞（ろ）は音が路（ろ）です。閫（こん）は苦本（くほん）の読みです。𡾟（ぎ）は音が羲（ぎ）です。鐙（とう）は丁鄧（ていとう）の読みです。蹊（けい）は音が兮（けい）です。㔃（せつ）は子悅（しえつ）の読みです。嚗（はく）は音が剝（はく）です。鞏（きょう）は音が拱（きょう）です。鏃（ぞく）は子木（しもく）の読みです。鵰（ちょう）は音が刁（ちょう）です。儵（ちょう）は音が條（ちょう）です。墼（げき）は音が擊（げき）です。楔（せつ）は音が屑（せつ）です。緘（かん）は古咸（こか