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title: "嘉泰普燈錄 · 蘄州開元子琦禪師"
description: "嘉泰普灯录由南宋高僧正受编撰于嘉泰年间，是继五灯会元后重要的禅宗灯录体史书。全书三十卷，收录历代禅师机缘语录、行实传记及偈颂，涵盖临济、云门等宗派，以普照禅法、嘉惠学人为宗旨。它系统传承了禅宗法脉与思想，是研究宋代禅宗历史与思想的重要文献，在佛教史上具有承前启后的地位，与五灯会元并称为禅宗灯录双璧。"
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### 蘄州開元子琦禪師

> 蘄州開元寺の子琦禅師

泉之惠安人。族許氏。九歲依開元智訥。二十二試經剃染具戒。精楞嚴．圓覺。棄謁翠巖真禪師。問佛法大意。真唾地曰。這一滴落在甚麼處。師捫膺曰。學人今日脾疼。真解顏。辭。參積翠。歲餘盡得其道。乘間侍南。商確古今。適大雪。南指曰。斯可以一致苕帚否。對曰。不能。然則天霽日出。雲物解駮。豈復有哉。知有底人。於一切言句如破竹。雖百節。當迎刃而解。詎容聲於擬議乎。一日。南遣僧逆問。老和尚三關語如何。師厲聲曰。你理會久遠時事作麼。南聞。益奇之。於是名著叢席。南歿。四祖演禪師命分座。室中垂語曰。一人有口道不得。姓字為誰傳。至東林總禪師。總歎曰。琦首座如鐵山萬仞。卒難逗他語脉。未幾。以開元為禪林。請師為第一世機語未見。

> 恵安禅師は泉の人で、俗姓は許氏。九歳で開元寺の智訥和尚に師事し、二十二歳で経典の試験を受け、剃髪して具足戒を受けた。『楞厳経』と『円覚経』を深く学び、その後、翠巖の真禅師を訪ねて「仏法の大意は何か」と尋ねた。 真禅師は地面に唾を吐いて言った。 「この一滴はどこに落ちたか」 恵安は胸に手を当てて答えた。 「学人、今日は胃が痛みます」 真禅師は顔をほころばせた。 その後、積翠和尚のもとへ行き、一年余りでその教えをすべて会得した。機会を見て南禅師に仕え、古今の教えについて問答を重ねた。 ある時、大雪が降った。南禅師が指さして言った。 「これで一筋の箒が作れるか」 恵安は答えた。 「できません」 「では、天気が晴れて日が昇り、雲が散ってしまえば、もはや何も残らないではないか。真実を知る者は、あらゆる言葉を竹割りのように扱う。百の節があろうと、刃を向けるだけで真っ二つになる。どうして考えあぐねる余地があろうか」 ある日、南禅師が僧を遣わして尋ねさせた。 「老和尚の三関の問いはどうなさったか」 恵安は厳しい声で言った。 「お前は遠い昔のことをどうこう言う必要があるか」 南禅師はこれを聞き、ますます彼を非凡と認めた。こうしてその名は僧堂に響き渡った。 南禅師が亡くなると、四祖寺の演禅師が彼を首座に任じた。ある時、演禅師は問いを垂れた。 「口があっても語れぬ者あり。その姓と名は誰が伝えるのか」 この話が東林寺の総禅師に伝わると、総禅師は嘆賞して言った。 「琦首座は鉄の山の如し。万仞の高さでは、とうていその言葉の脈を捉えがたい」 間もなく、開元寺が禅林となると、恵安を初代住職に迎えた<note>機鋒問答の詳細は現存せず</note>。