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title: "嘉泰普燈錄 · 福州西禪此庵守淨禪師"
description: "嘉泰普灯录由南宋高僧正受编撰于嘉泰年间，是继五灯会元后重要的禅宗灯录体史书。全书三十卷，收录历代禅师机缘语录、行实传记及偈颂，涵盖临济、云门等宗派，以普照禅法、嘉惠学人为宗旨。它系统传承了禅宗法脉与思想，是研究宋代禅宗历史与思想的重要文献，在佛教史上具有承前启后的地位，与五灯会元并称为禅宗灯录双璧。"
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### 福州西禪此庵守淨禪師敘語未詳

> 福州西禅寺 此庵守浄禅師

上堂曰。談玄說妙。撒屎撒尿。行棒行喝。將鹽止渴。立主立賓。華擘宗乘。設或總不恁麼。又是鬼窟裏坐。到這裏。山僧已是打退鼓。且道諸人尋常心憤憤。口悱悱。合作麼生。莫將閑學解。埋沒祖師心。　上堂。坐斷毗盧頂󳫏。須是沒量大人。若是沒量大人。不坐毗盧頂󳫏。　上堂。若也單明自己。不悟目前。此人有眼無足。若也只悟目前。不明自己。此人有足無眼。直得眼足相資。如車二輪。如鳥二翼。正好勘過了打。　上堂。今朝臘月九。窮漢外邊走。雖然不還家。却是他好手。既是不還家。因甚麼却道他好手。陋巷不騎金色馬。回途却著破襴衫。上堂。九夏炎炎大熱。木人汗流不輟。夜來一兩便凉。莫道山僧不說。以拂子擊禪床。下坐。　上堂。若欲正提綱。直須大地荒。欲來衝雪刃。未免露鋒鋩。當恁麼時。釋迦老子出頭不得即不問。你諸人只如馬鐙裏藏身。又作麼生話會。　上堂。道是常道。心是常心。汝等諸人聞山僧恁麼道。便云我會也。大盡三十日。小盡二十九。頭上是天。脚下是地。耳裏聞聲。鼻裏出氣。忽若四大海水在你頭上。毒虵穿你眼睛。蝦蟆入你鼻孔。又作麼生。　上堂。文殊普賢談理事。臨濟德山行棒喝。東禪一覺到天明。偏愛風從凉處發。咄。上堂。佛祖頂󳫏上。有破天大路。未透生死關。如何敢進步。進步不進步。大千沒遮護。一句絕言詮。那吒擎鐵柱。　開堂日。拈香罷。師就座。南堂和尚白槌云。法筵龍象眾。當觀第一義。師隨聲便喝曰。此是第幾義。久參先德。已辨來端。後學有疑。何妨請問。僧問。阿難問迦葉。世尊傳金襴外。別傳何物。迦葉喚阿難。阿難應諾。未審此意如何。曰。切忌動著。云。只如迦葉道。倒却門前剎竿著。又作麼生。曰。石牛橫古路。云。只如和尚於佛日處。還有這箇消息也無。曰。無這箇消息。云。爭奈定光金地遙招手。智者江陵暗點頭。曰。莫將庭際栢。輕比路傍蒿。僧禮拜。師乃曰。定光金地遙招手。智者江陵暗點頭。已是白雲千萬里。那堪於此未知休。設或於此便休去。一場狼藉不少。還有檢點得出者麼。如無。山僧今日失利。　問。佛佛授手。祖祖相傳。未審傳箇甚麼。曰。速禮三拜。　問。永嘉道。不見一法即如來。方得名為觀自在。此意如何。曰。獼猴弄黐膠。云。千江有水千江月。萬里無雲萬里天。曰。胡猻繫露柱。問。不施寸刃。請師相見。曰。逢強即弱。云。何得埋兵掉鬪。曰。只為闍梨寸刃不施。云。未審向上還有事也無。曰。有。云。如何是向上事。曰。敗將不斬。　問。古佛堂前。甚麼人先到。曰。無眼村翁。云。未審如何趣向。曰。楖栗橫擔。

> 上堂して言う。玄を談じ妙を説くのは、糞を撒き尿を撒くようなもの。棒を行じ喝を行じるのは、塩で渇きを止めるようなもの。主を立て賓を立て、宗乗を華やかに分ける。もし総べてこのようでないなら、また鬼の窟に坐するようなもの。ここに至って、山僧はすでに退却の太鼓を打つ。さて諸人は平常、心は憤憤として、口は悱悱としているが、どうしたらよいか。閑な学解をもって、祖師の心を埋没させてはならない。 上堂。毘盧頂を坐断するには、無量の大人でなければならない。もし無量の大人ならば、毘盧頂に坐さない。 上堂。もしただ自己だけを明らかにして、目前を悟らなければ、この人は眼があっても足がない。もしただ目前だけを悟って、自己を明らかにしなければ、この人は足があっても眼がない。まさに眼と足が互いに助け合い、車の二輪のごとく、鳥の二翼のごとくならば、ちょうど見届けてから打つのがよい。 上堂。今日は臘月の九日、貧しい者が外を歩いている。家に帰らないけれども、それは彼の良い手腕である。家に帰らないのに、なぜ彼の良い手腕だと言うのか。陋巷に金色の馬に乗らず、帰途で破れた襴衫を着る。 上堂。九夏の炎々たる大熱、木人が汗を流してやまない。夜来の一雨で涼しくなる。山僧が説かないとは言うな。払子で禅床を打って、下座する。 上堂。もし綱を正しく提げようとするなら、直ちに大地を荒れさせよ。雪刃を衝こうと欲すれば、鋒鋩を露わに免れない。このような時、釈迦老子が出頭できないことは問わない。あなたがた諸人は、馬鐙に身を隠すようにして、どう話し合うのか。 上堂。道は常の道、心は常の心。あなたがた諸人は山僧がこのように言うのを聞いて、すぐに「私は会得した」と言う。大尽は三十日、小尽は二十九日。頭の上は天、足の下は地。耳には声を聞き、鼻には気を出す。もし四大海水があなたの頭上にあり、毒蛇があなたの眼を穿ち、蝦蟇があなたの鼻孔に入ったら、どうするのか。 上堂。文殊普賢は理事を談じ、臨済徳山は棒喝を行ず。東禅は一覚して天明に至り、偏に風の涼しいところから発するのを愛す。咄。 上堂。佛祖の頂上に、天を破る大路あり。生死の関を透さずして、どうして進歩を敢えてするか。進歩もせず進歩もせず、大千に遮るものなし。一句は言詮を絶し、那吒は鉄柱を擎げる。 開堂の日。香を拈り終えて、師は座に就く。南堂和尚が白槌して言う。「法筵の龍象衆、まさに第一義を観るべし」。師は声に随って直ちに喝して言う。「これは第幾義か」。久しく参じた先徳は、すでに来端を弁じた。後学に疑いがあれば、何ぞ妨げて問わざらん。僧問う。「阿難が迦葉に問う『世尊は金襴を伝えるほかに、別に何物を伝えたか』。迦葉は阿難を呼ぶ。阿難が応諾する。未だこの意がどうであるか審らかでない」。曰く。「動かすことを忌むべし」。云う。「ただ迦葉が『門前の剎竿を倒せ』と言うのは、どうか」。曰く。「石牛が古路を横たえる」。云う。「ただ和尚が仏日のところで、この消息があるか」。曰く。「この消息はない」。云う。「どうして定光の金地は遥かに手を招き、智者の江陵は暗に頭を点ずるのか」。曰く。「庭際の柏をもって、軽々しく路傍の蒿に比するなかれ」。僧は礼拝する。師は乃ち言う。「定光の金地遥かに手を招き、智者の江陵暗に頭を点ず。すでに白雲千万里、那んぞここに於いて未だ休まざるに堪えん」。もしここに於いて直ちに休まんとするならば、一場の狼藉少からず。まだ点検して出づる者があるか。もしなければ、山僧は今日、失利す。 問う。「仏仏は手を授け、祖祖は相伝する。未だ何かを伝えるか審らかでない」。曰く。「速やかに三拝礼せよ」。 問う。「永嘉が言う『一法を見ず、すなわち如来。方に名けて観自在と為すを得る』。この意はどうか」。曰く。「獼猴が黐膠を弄ぶ」。云う。「千江に水あれば千江に月あり、万里に雲なれば万里に天あり」。曰く。「胡猻が露柱に繋がる」。 問う。「寸刃を施さず、師に相見を請う」。曰く。「強きに逢えば即ち弱し」。云う。「どうして兵を埋めて鬪いを掉るのか」。曰く。「ただ闍梨が寸刃を施さないからである」。云う。「未だ向上にまだ事があるか」。曰く。「あり」。云う。「如何が向上の事か」。曰く。「敗将は斬らず」。 問う。「古仏堂前、何人が先に到るか」。曰く。「眼なき村翁」。云う。「未だ如何が趣向するか審らかでない」。曰く。「楖栗を横に担ぐ」。