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title: "祖庭事苑 · 雪竇洞庭錄"
description: "祖庭事苑由北宋僧人了善卿编正，是一部重要的佛教辞书类著作。该书编撰于中国佛教禅宗鼎盛的宋代，旨在汇集和解释禅宗典籍中的疑难字词、名相典故及丛林制度。其内容广涉经律论、祖师语录、公案机锋等，为学人阅读和理解禅宗文献提供了极大便利。作为早期禅宗辞典的代表，祖庭事苑对研究唐宋禅宗思想、语言及历史具有极高的文献价值，是佛教工具书发展史上的重要里程碑。"
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### ●雪竇洞庭錄

師諱重顯。字隱之。遂州李氏子。生於興國五年四月八日。出家。受具。學經論。業於鄉里。晚參隨州智門祚和上。因扣不起一念之旨。豁然知歸。遂徧游叢席。眾所推仰。

> 師は諱を重顯、字を隱之と申す。遂州李氏の子にして、興國五年四月八日にお生まれになった。出家し、具足戒を受け、経論を學び、故郷で教業に携わった。後年、隨州の智門祚和上を參じて「一念も起こさない」という宗旨を問い、はたと悟って歸る處を知った。それより諸方の叢席を遍く遊學し、人々から敬慕された。

先居吳門之洞庭。遷四明之雪竇。由是雲門之道復振於江浙。都尉李侯奏章服。侍中賈公奏聞朝廷。乞賜明覺之號。至皇祐五年七月七日。不遺囑。亦不說偈。攝衣北首而亡。龍象

智度論云。言其力大。龍。水行中力大。象。陸行中力大。今以鉅禪碩師比之龍象。覺城

> 『智度論』にこう説かれています。「龍は水中で最も力強く、象は陸上で最も力強い。今、偉大なる禅師をこれら龍や象にたとえる。目覚めの城」と。

當作福城。華嚴六十二云。文殊師利勸諸比丘發菩提心已。漸次南行。經歷人間。至福城東。住莊嚴幢娑羅林中大塔廟處。覺。當作角。梵云拘尸。此云角。以其城有三角。故名焉。然非善財見文殊處也。古佛廟

> 福城（ふくじょう）という名前は、『華厳経』第六十二巻に登場します。そこでは、文殊師利菩薩が多くの比丘たちに菩提心をおこすよう勧めた後、彼らは徐々に南へと旅立ちました。人里をいくつか通り過ぎ、ついには福城の東側に到着しました。そこには「荘厳幢」という名の娑羅林の中に、大塔廟がありました。 「覚」という字は、ここでは「角」と読むべきです。サンスクリット語で「クシー」と呼ばれるものを、日本語で「角」と訳します。その城には三つの角があったため、この名がつきました。 しかし、ここでの福城は、善財童子が文殊菩薩にお会いした場所ではありません。これは古い仏陀の寺院なのです。

清涼云。古佛塔廟者。即善財歸宗之所。此塔在南天竺城東。是古佛之塔。佛在世時。已有此塔。日照三藏親到其所。其塔極大。東面鼓樂供養。西面不聞。於今現在此處居人。多唱善財歌辭。賺

> 清涼大師はこう述べています。「古仏の塔や寺院とは、善財童子が悟りの根源に帰した場所である。この塔は南インドの都市の東にあり、古仏の塔である。仏が在世の時には、既にこの塔は存在していた。日照三蔵が実際にその場所を訪れたところ、その塔は非常に大きく、東側で音楽や供養の音がしていても、西側では全く聞こえなかったという。今もなおこの地にその塔は現存しており、地元の人々は善財童子の歌をよく歌っている。騙される者も多い」と。

當作詀。佇陷切。衒耀

> 見せびらかすこと。

上音縣。行且賣曰衒。四花

> 私が音を立てて進みながら“これを買いませんか”と声をかけ、四つの花を売りました。

一．曼陀羅。二．大曼陀羅。三．曼殊沙。四．大曼殊沙。曼陀羅。此言悅意。曼殊沙。此言柔軟。六震

> 1\. マンダラ 2. 大マンダラ 3. マンシュサ（柔らかなもの） 4. 大マンシュサ マンダラとは、心を喜ばせるものという意味です。 マンシュサとは、柔らかくしなやかなものという意味です。 六種の地震が起こります。

一者動。二者起。三者涌。四者震。五者吼。六者覺。措悞

> １．動く ２．起こる ３．湧き上がる ４．震える ５．吼える ６．目覚める

當作錯誤。謂不敢差誤也。寰中塞外

> 間違いを犯すべきではない。すなわち、恐れず誤りを犯すことである。世界中、どこにいても同様である。

寰中。猶寰內．天子畿內也。塞。隔也。謂隔塞於它邦。漢文帝以周亞夫為將軍。軍細柳。以備胡。帝之細柳營。軍士被甲。弓努持滿。天子先驅至。不得入。先驅曰。天子且至。軍門都尉曰。軍中聞將軍之令。不聞天子之詔。有頃。上至。又不得入。於是上使使持節詔將軍曰。吾欲勞軍爾。亞夫迺傳言開壁門。帝方得入。曰。此真將軍也。向者覇上棘門。如兒戲爾。勞。郎到切。慰勉也。四流

一．欲流。二．有流。三．見流。四．無明流。三界

> 一、欲望という流れ。 二、存在という流れ。 三、見解という流れ。 四、無明という流れ。 これらが三つの世界にある。

謂欲界．色界．無色界。亦謂三有。昇座

> 欲界、色界、無色界のこと。これを三有ともいいます。法座にのぼること。

當作陞座。登也。簫然

> 登座（仏座に上がること）を「のぼる」と言います。静かに落ち着いています。

上當作蕭。肅也。暫時斂念

> 収めるべき時は、これを「粛（しゅく）」と読みます。「粛」とは、一時的に思いを静めることを意味します。

華嚴。德生童子謂善財言。於此南方。有國名海岸。有園名大莊嚴。其中有一廣大樓閣名毗盧遮那藏。從菩薩善根果報生。以至從菩薩福德智慧生。彌勒菩薩安處其中。汝詣彼問。云何行菩薩行。修菩薩道。時善財童子知善知識教。至海岸國毗盧遮那莊嚴藏大樓閣前。五體投地。暫時斂念。思惟觀察。一心瞻仰。掌中世界

> 華厳経に説かれる。 徳生童子が善財童子に告げて言う。 「この南方に、海岸という国があり、大荘厳という園がある。その中に広大な楼閣があり、その名を毘盧遮那蔵という。これは菩薩の善根の果報から生じ、さらに菩薩の福徳と智慧から生じたものである。弥勒菩薩がその中に安住しておられる。あなたはそこへ行き、『どのように菩薩行を行うべきか、菩薩道を修めるべきか』を尋ねなさい。」 その時、善財童子は善知識の教えを悟り、海岸国の毘盧遮那荘厳蔵の大樓閣の前に到着した。そして五体投地し、しばらく心を静めて思惟し観察し、一心に仰ぎ見て、掌の中に世界を感得した。

維摩詰言。舍利弗。住不思議解脫菩薩斷取三千大千世界。如陶家輪著右掌中。擲過恒河沙世界外。其中眾生不覺不知己之所往。見不思議品。鐵券

> 舎利弗よ、不可思議な解脱に安住する菩薩は、三千大千世界をまるで陶工のろくろのように右手のひらに乗せ、それを無数の世界の彼方へと投げ飛ばしても、その世界の中にいる者たちは、自分がどこへ飛ばされたのか全く気づかないのです。詳しくは「不思議品」をご覧ください。

區眷切。󴀵書也。謔

> 冗談を言って親しむ、ということだ。

當作諕。許亞切。誑也。䈥

> 惑わすものとせよ。「許」の「亞」の音（反切）。「詫」と同じく「誑」、つまり欺くこと。筋（の解釈）を加える。

正作筋。舉欣切。抉

> 正文のすじ（筋道）を正しく示す。

於汶切。挑也。󳫠榍

> まな板の上のものを、箸でつまみ上げる。または、刺して取る。

當作楔。音薛。櫼榍。門限也。非義。一棚

> 意味が通じません。一段落にまとめた仏教的な内容の原文を提示してください。

薄萌切。獵者養鶻搦兔。必次第三發之而後得。俗以架三鶻者。謂之一棚。顧杼

> 狩人が鷹を飼って兎を捕まえる時は、必ず三度目に放って初めて獲れるものです。世間では、三羽の鷹を一つの止まり木に止まらせたものを「一棚（ひとたな）」と呼びます。

直呂切。說文。機之持緯者。道遠乎哉

> ろ切。『説文解字』に「機の緯（よこいと）を支えるもの」とある。道は遠いのだろうか。

觸事而真。意旨如何。第七板第四行上脫八字。燎

> 事に触れて真なり。その意味するところは如何に。 第七板の第四行の上に、八字が抜けている。明らかにせよ。

音了。說文云。放火也。太阿

> 音（おん）を終える。『説文』にいう。“放つ、火なり”と。太阿（たいあ）

越絕書云。楚王召風湖子。令之吳越見歐治子．干將。使之為鐵劒三枚。一曰龍泉。二曰太阿。三曰上市。楚王問之曰。何謂龍泉。風湖子曰。龍泉狀如登高山。臨深淵。何謂太阿。曰。巍巍翼如流水之波。何謂上市。曰。從文閒起。止脊而止。如珠而不𢪭。若流而不絕。死而不弔

> 『越絶書』にこうある。 楚の王が風湖子を召し、呉越に行かせて欧冶子と干将に会わせ、鉄の剣三本を作らせた。第一を龍泉、第二を太阿、第三を上市という。 楚王が風湖子に問うた。「なぜ龍泉というのか」 風湖子が答えた。「龍泉の姿は、高山に登り、深い淵に臨むかのようです」 「では、なぜ太阿というのか」 「そびえ立ち広がり、流れる水の波のようです」 「では、上市とはどういうことか」 「文様の間から立ち上がり、背に至って止まります。珠のようでありながらこぼれ落ちず、流れるようでありながら絶えません。死ぬとも衰えません」

見雲門錄上。󳳟賓

> 雲門録の上巻をご覧ください。賓を敬いなさい。

上正作罽。𢨶例切。五天國名也。正云迦濕彌羅。此言賤種。又云買得。其國在北印土。斬之白乳

> 上を正しくは「罽」と作り、𢨶例切と読む。五天竺の国の名前である。正しくは迦湿弥羅（カシミール）という。この言葉は「賤しい種族」という意味であり、また「買い得た者」とも言う。その国は北インドに位置する。白い乳を斬ったかのようである。

四諦論云。菩薩行慈。血變成乳。如慈母育子。以慈愛心故。生子有乳。乳自然出。玄沙道底

> 四諦論にはこう説かれています。「菩薩が慈しみを行うと、その血が乳に変わる。それは慈しみ深い母が子を育てるようなものだ。慈愛の心があるからこそ、子を産めば乳が自然に出てくるのだ。」玄沙はその真髄を指し示したのです。

玄沙廣錄云。師因鐘鳴次。作忍痛聲。騰身曰。者箇鐘在我肚裏鳴。你諸人作麼生。時展上坐云。和上尊位如何。師云。你猶似分疎作麼。展云。和上又問作麼。師云。我也要不如此。展云。某甲何曾如此。師云。是。是。展云。喏。喏。傳燈作打我心痛。鈯斧

> 玄沙広録にこうある。 師が鐘の音を聞いて、痛そうに身をよじりながら言った。「この鐘が、わしの腹の中で鳴っておる。お前たちはどう思うか？」 その時、展上座が尋ねた。「和尚様のお立場はいかがでしょうか？」 師が言った。「お前は、まるで言い訳をするようだな。」 展が言った。「和尚様がまたお尋ねになったのでは？」 師が言った。「わしだって、こんなふうになりたくはないのだ。」 展が言った。「私がいつ、そうしたでしょうか？」 師が言った。「そうじゃ、そうじゃ。」 展が言った。「はい、はい。」 （伝燈録では「我が心を打って痛し」とあり、鈯斧の語も見える。）

鈯。音突。愽雅云。鈍也。勞撓

> 鈯（音：突）。 『博雅』に言う。「鈍なり」と。労わしく、撓う。

當作勞擾。擾。煩也。鄧隱峯

> 労苦（ろうく）というのは、心や体を煩わせることをいいます。「擾」とは、わずらわしいという意味です。これは、鄧隠峯（とういんほう）という人物に関連する教えです。

師姓鄧氏。隱峰。名也。建州邵武人。將示滅。有遺偈云。獨絃琴子為君彈。松栢長青不怯寒。金鑛相和性自別。任向君前試取看。見宋僧傳。性󰕱

> 師は邓氏を姓とし、隠峰はその名です。建州邵武の人。まさに滅せんとする時、遺偈に云く、「独弦琴子（どくげんきんし）君のために弾く。松柏長青にして寒さを恐れず。金鑛相和すれども性（たち）自ずから別なり。任（まか）せて君前に向かいて試みに取りて看（み）よ」。宋僧伝に見ゆ。性⾃邉執無し。

蘇到切。性麤疎㒵也。折挫

> 蘇（そ）という字は、漢字の音読みの一つです。意味は「立ち直る」「よみがえる」という意味もありますが、ここでは細かい説明は省きます。 性（しょう）は「性質」、麤（そ）は「粗い」、疎（そ）は「おろそか」「まばら」、㒵（ぼう）は「かたち」「姿」です。 折挫（せつざ）は「くじく」「へし折る」という意味です。 全体としては、「性質が粗雑で怠惰な様子を、折り曲げて矯正する」というような解釈になりますが、現代語としては非常にわかりにくい表現です。 より分かりやすく訳すと、「粗野でいい加減な性質を、厳しく矯正する」となります。

子臥切。摧挫也。攔面

> しがみついたまま、邪魔をするということです。

正作䦨。郎千切。遮也。十字

> 正しく門をふさぐこと。すなわち「遮る」という意味です。

兄弟添十字。宗門極唱。唯證乃知。固非文理妄加穿鑿。然叢林建立頗多。學者攻之不已。或謂十字加一儀。土字也。或謂兄弟成二人。添十為卒也。或謂雪峯垂誡。今大家出手。或謂閩越方言。第恐方𠕋不載。非先德本懷。然如斯之論。吾家素有之也。如祖師讖偈皆此類爾。至於三點如流水。其止羊二十口。又達摩云九十無彼我。並載禪書。應機而設無不可者。此乃折卒字。無疑也。難提。

> 兄弟は十文字を加える。宗門の極唱は、悟りをもってのみ知るものである。本来、文理をもって勝手に解釈してはならない。しかし、叢林には多くの解釈が立てられ、学者たちがそれについて探求してやまない。ある者は「十」に「一」の儀を加えるのは、「土」の字であるという。ある者は「兄弟」が「二人」となり、「十」を加えて「卒」（兄弟二人+十→卒）になるとする。ある者は雪峯の垂誡（教え）で、皆に手を出すよう求めたものだという。ある者は閩越の方言であるとする。ただ、恐れるのは、典籍に記されておらず、先徳の本来の意図ではないことである。このような議論は、我が家にも昔からある。祖師の讖偈なども、すべてこれと同類である。さらに、「三點如流水」（⊞↑↓の三点、水の流れのように）や、「其止羊二十口」（その止まること羊二十口）など、また達磨が「九十無彼我」と言ったことも、いずれも禅書に載っており、機に応じて設けられたもので、可能でないものはない。これは「卒」の字を分解したもので、疑いない。難提。

梵云塔婆。此言方墳。或云支提。或云難提。此言滅惡。或云抖藪波。此言贊護。或云窣堵波。此云靈廟。或云高顯。胡家曲

> サンスクリット語では「ストゥーパ」と呼ばれます。中国語では「方墳（四角い墓）」と訳したり、「支提」や「難提（悪を滅ぼす）」と呼んだりします。また、「抖藪波（賛美し守る）」「窣堵波（霊廟）」「高顯（高く際立つもの）」とも表現されます。西域の言葉では「曲（くま）家（や）」といいます。

胡家。當作胡笳。笳。笛之類。胡人吹之為曲。漢李陵答蘇武書云。胡笳互動。牧馬悲鳴。今借此以況吾道。新豐云胡笳曲子不墮五音。韻出清霄任君吹唱是也。或者指世尊梵國為胡家。豈不大謬妄乎。夜雨山草滋

> 胡家は、胡笳（こか）のことを指す。笳（か）は笛のような楽器で、異民族（胡人）が吹いて曲を奏でる。漢の時代、李陵が蘇武に宛てた手紙に「胡笳が互いに響き合い、馬が悲しげに嘶く」とある。今、これに借りて我が道（仏法）を例える。新豊という言葉に「胡笳の曲は五音（中国の音階）に縛られず、その韻は清らかな大空に響き渡る。あなたの思いのままに吹きなさい」とある。中には、世尊（釈迦牟尼仏）のインド（梵国）を胡家と解釈する者もいる。それは大いなる誤りで、妄言もはなはだしい。 夜の雨が山の草を潤す。

此詩即禪月擬齊梁體四首。此其一。今雪竇全舉之。所謂借水獻花也。詩蟋蟀鳴壞墻。謂微蟲候時而鳴。如賢人待明君而仕。知明時而見。雖草木禽魚無遠不及。故雪竇借此詩為太平之歌。意見王子淵聖主得賢臣頌。睿澤

> この詩は、禅月が斉梁体を模して作った四首のうちの一つです。今、雪竇が全てを挙げています。いわゆる「水を借りて花を献ずる」ということです。詩に「蟋蟀、壊れた垣根に鳴く」とあります。これは、小さな虫が時節を待って鳴くように、賢人が明君を待って仕え、明るい時代を見極めて姿を現すという意味です。草木や鳥魚に至るまで、遠く及ばないものはありません。だから雪竇はこの詩を借りて、太平の歌としました。その意味するところは、王子淵の「聖主が賢臣を得るを頌する」に見え、その恵みは深く広く行き渡ります。

正作睿。以芮切。聖也。龔黃

> 正しく作るとは、明らかなことである。「ずい」と発音する。聖なることだ。龔黄。

漢書．循史傳。龔遂為渤海太守。異政當時。使人賣釰買牛。賣刀買犢。可謂帶刀佩犢也。黃覇為頴川太守。仁風大行。郡內肅清。德感上天。嘉糓生於野。鳳凰集於境。宣帝美之。賜金四十斤。襃

> 漢の時代の『漢書』循吏伝に記されています。龔遂が渤海郡の太守となったとき、当時としては異例の政治を行いました。人々に剣を売って牛を買わせ、刀を売って子牛を買わせるように導き、「刃を帯びる代わりに子牛を佩く」と称されました。また、黄覇が頴川郡の太守となったときは、慈しみの風が広く行われ、郡内は清らかに治まりました。その徳が天に感じられ、よい穀物が野に生い茂り、鳳凰がその地に集まりました。宣帝はこれを褒め称え、黄金四十斤を賜って讃えたのです。

搏毛切。進揚美德也。吾禱

> 毛を引きちぎり、その毛を燃やして煙を神に捧げる行いを、わしは祈る。それは、優れた徳を高め、神に届けようとするものだ。

論語云。子疾病。子路請禱。子曰。有諸。子路曰。有之。誄曰。禱爾于上下神祇。子曰。丘之禱久矣。誄。音累。

> 「論語」にこうあります。孔子が重い病気になった時、子路が祈りを捧げようと申し出ました。すると孔子が「そんなことがあるのか」と尋ねました。子路が「あります。弔辞にも『あなたのため、天と地の神々に祈ります』とあります」と答えました。孔子はこう言いました。「私はもうずっと前から祈っているのだ」と。 （註：「誄」は「累」と読む。）