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title: "山海慧菩薩經 · 2 菩薩見佛國往生品"
description: "山海慧菩薩經是一部重要的佛教經典，相傳由唐代高僧玄奘法師譯出，但原譯本現已失傳，僅存經名於古代經錄中。該經屬於大乘佛教體系，主要闡述山海慧菩薩的修行法門與智慧境界，強調通過深廣如山海般的智慧來覺悟真理、利益眾生。其內容可能涉及菩薩道的實踐與般若思想。儘管經本不存，它在佛教史上仍具特殊地位，反映了唐代譯經活動的興盛與菩薩信仰的流傳，為研究古代佛教文獻與思想提供了重要線索。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcy7npav0aycl804f9s7mnnk"
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### 菩薩見佛國往生品第二

> 菩薩が仏の国を見て往生する品 第二

爾時眾中有一菩薩。名為山海慧。威德自在名聞十方。於大眾中即從坐起。正衣服為佛作禮。前白佛言。世尊。一切眾生所修習者。何等功德最為第一。佛告山海慧。汝今諦聽諦聽。善思念之。吾今為汝解脫說。若有眾生。以飲食衣服布施一世界眾生。不如有人一時之間正念禮拜所得功德無量無邊不可思議。復置是事。若得有人終身禮拜。不如有人活一生命功德復多。復置是事。若復有人活百千命。不如有人一發善心造立塔寺。以四事供養。供養四沙門功德復多。復置是事。若復有人供養百千沙門。不如有人一發善心。心懷歡喜放一人出家功德復多。復置是事。若復有人放百千人出家。不如有人一發善心。處於大眾中一時聽法解了一二字義功德復多。復置是事。若復有人處於大眾中解了百千義。不如有人安心坐禪禪定樂功德復多無量無邊不可思議。復置是事。若復有人在於世間聞有百千經。不如有人願聞大方等涅槃常住二字功德無量無邊不可思議。何以故。常住二字過去佛未來佛現在佛。如是三世諸佛之所修習所德功德。何以故。如是二字能除眾生過去世未來世現在世。如是無量無邊生死重罪。除一闡提。除是罪以得正解脫。即得往生阿彌陀國。以是因緣涅槃義味於諸功德最為第一。佛告山海慧。汝向所說於諸功德何者功德最為第一。如我所說。其義如是。

> そのとき、大衆の中に山海慧という名の菩薩がいた。威徳は自在で、その名は十方に聞こえていた。大衆の中で坐から立ち上がり、衣を正して仏に礼拝し、前に進み出て仏にこう言った。「世尊。すべての衆生が修め習うものの中で、どのような功德が最も第一なのでしょうか。」 仏は山海慧に告げた。「よく聞き、よく聞き、善く思念しなさい。今、あなたのために解き明かして説こう。もし衆生が、飲食や衣服を一世界の衆生に布施しても、人が一時の間に正念をもって礼拝して得る功德には及ばない。その功德は無量無辺で不可思議である。さらにこのことをさておき、もし人が一生涯礼拝しても、人が一つの命を救う功德には及ばない。さらにこのことをさておき、もし人が百千の命を救っても、人が一念の善心を起こして塔寺を建て、四事をもって四沙門を供養する功德には及ばない。さらにこのことをさておき、もし人が百千の沙門を供養しても、人が一念の善心を起こし、心に歓喜を抱いて一人を出家させる功德には及ばない。さらにこのことをさておき、もし人が百千人を出家させても、人が一念の善心を起こし、大衆の中にあって一時に法を聞き、一、二の字の義を解了する功德には及ばない。さらにこのことをさておき、もし人が大衆の中にあって百千の義を解了しても、人が心安らかに坐禅し、禅定の楽を得る功德には及ばない。その功德は無量無辺で不可思議である。さらにこのことをさておき、もし人が世間において百千の経を聞いても、人が大方等涅槃の常住という二つの字を聞くことを願う功德には及ばない。その功德は無量無辺で不可思議である。なぜか。常住の二つの字は、過去の仏、未来の仏、現在の仏、このような三世の諸仏が修め習い、功德を得たところであるからだ。なぜか。この二つの字は、衆生の過去世、未来世、現在世の、このような無量無辺の生死の重罪を除くことができる。一闡提を除いて、この罪を除き、正しい解脱を得て、すなわち阿弥陀国に往生することができる。この因縁により、涅槃の義の味は、もろもろの功德の中で最も第一なのである。」 仏は山海慧に告げた。「あなたが先に説いた、もろもろの功德の中で、どの功德が最も第一であるか。私が説いたとおり、その義はこのようである。」

爾時山海慧菩薩。復白佛言。世尊。彼阿彌陀佛國有何樂。一切眾生皆願生彼。爾時世尊即告山海慧。汝今應當起立。合掌正身。西面正念觀阿彌陀國。願見阿彌陀佛。爾時一切大眾見山海慧菩薩起立合掌。亦皆起立共觀阿彌陀佛。爾時阿彌陀佛現大神通大光明。照山海慧菩薩身。爾時山海慧菩薩即見阿彌陀國土所有莊嚴妙好之事。一切世界悉皆七寶莊嚴。所有國土七寶光照。七寶山七寶地七寶樹七寶華七寶塔七寶坊七寶池。八功德水六味食七寶鉢。日月天雨七寶華。雨七寶衣。諸天仙人作諸音樂。彼阿彌陀佛國土清淨莊嚴。真金羅網彌覆佛土。其有世界。悉皆寶樹莊嚴妙好第一。彼國日月法輪常轉。彼土人民不習外事。正習內事。不習邪法。正習內法。不習外教。正習內教。不修外義。正修內義。不修外道。正修內道。不見外事。正見內事。不說外語。正說內語。所有眾生七歲以上歸依正法。口說方等語。耳聽方等聲。心解方等義。爾時山海慧菩薩。見阿彌陀佛處於道場七寶菩提樹下。其菩提樹高四十萬由旬。其下有師子坐。其師子坐高五百由旬。真金羅網彌覆坐上。阿彌陀佛處於法坐上。為諸大眾轉大法輪。雨大法雨。說不退法雨大法雨。說不退法輪。見是事時亦見百億世界百億海外百億須彌山悉皆金色。阿彌陀佛現大神通力。以還攝光明。以百億世界土石諸山還復如故。佛告山海慧菩薩。汝向所問阿彌陀國有何妙樂一切眾生皆願生彼。如汝所見其事如是。時山海慧菩薩白佛言。世尊。我等今者願一切眾生皆悉生彼。然後我等亦願生彼。佛記之日正觀正念得正解脫悉生彼。復次山海慧。汝今如是發願。是大菩薩摩訶薩。

> そのとき、山海慧菩薩がふたたび仏に申し上げました。「世尊、あの阿弥陀仏の国にはどのような楽しみがあるので、すべての生きとし生けるものはみな、そこに生まれたいと願うのでしょうか。」 そこで世尊は山海慧に告げられました。「あなたは今、立ち上がり、両手を合わせ、身を正して、西に向かい、心を正しく落ち着けて阿弥陀の国を観じなさい。阿弥陀仏にお会いしたいと願いなさい。」 そのとき、すべての大衆は、山海慧菩薩が立ち上がって両手を合わせるのを見て、自分たちもみな立ち上がり、ともに阿弥陀仏を観じました。すると阿弥陀仏は大いなる神通と大いなる光明を現し、山海慧菩薩の身を照らされました。 そのとき山海慧菩薩は、ただちに阿弥陀の国土のすべての荘厳で妙なるすばらしさを見ました。すべての世界はことごとく七つの宝で荘厳され、すべての国土は七つの宝の光に照らされていました。七宝の山、七宝の地、七宝の樹、七宝の花、七宝の塔、七宝の坊、七宝の池。八つの功徳をそなえた水、六つの味の食、七宝の鉢。日月は天より七宝の花を降らせ、七宝の衣を降らせ、もろもろの天人や仙人がさまざまな音楽を奏でていました。 あの阿弥陀仏の国土は清らかで荘厳であり、真金の羅網が仏土をおおっていました。そこにある世界はことごとく宝の樹で荘厳され、その妙なるすばらしさはこの上ありません。あの国では日月の法輪が常に回り、あの国土の人々は外のことを学ばず、ただ内のことを学びます。邪な法を学ばず、ただ内なる法を学びます。外の教えを学ばず、ただ内なる教えを学びます。外の義を修めず、ただ内なる義を修めます。外道を修めず、ただ内なる道を修めます。外の事を見ず、ただ内の事を正しく見ます。外の言葉を語らず、ただ内の言葉を正しく語ります。すべての生きとし生けるものは七歳以上で正しい法に帰依し、口には方等の言葉を唱え、耳には方等の声を聞き、心には方等の義を理解します。 そのとき山海慧菩薩は、阿弥陀仏が道場の七宝の菩提樹の下におられるのを見ました。その菩提樹の高さは四十万由旬。その下には師子座があり、その師子座の高さは五百由旬。真金の羅網が座の上をおおっていました。阿弥陀仏は法座におられ、もろもろの大衆のために大いなる法輪を回し、大いなる法の雨を降らせ、不退の法を説き、大いなる法の雨を降らせ、不退の法輪を説かれました。この事を見るにあたり、また百億の世界、百億の海の外、百億の須弥山がことごとく金色であるのを見ました。阿弥陀仏は大いなる神通力を現し、光明を収められると、百億の世界の土や石、もろもろの山はもとのままに戻りました。 仏は山海慧菩薩に告げられました。「あなたが先ほど問うた、阿弥陀の国にはどのような妙なる楽しみがあり、すべての生きとし生けるものはみなそこに生まれたいと願うのか。あなたが見たとおり、その事はそのとおりである。」 そのとき山海慧菩薩が仏に申し上げました。「世尊、私たちは今、すべての生きとし生けるものがみなそこに生まれることを願います。そして私たちもまた、そこに生まれることを願います。」 仏はそれを記されました。「正しく観じ、正しく念じ、正しい解脱を得た者は、ことごとくそこに生まれる。」 さらに、「山海慧よ、あなたが今このように願を起こすのは、大いなる菩薩摩訶薩である。」

爾時眾中有一菩薩摩訶薩。本姓多羅。字摩訶迦葉。具本神通威德自在。於一切法悉以通達。常無所畏。於大眾中起立合掌。為眾問事白佛言。世尊。如來是一切眾生大慈法王。普覆一切放大光明。照諸十方一切世界。云何山海慧菩薩得見阿彌陀。一切眾生云何不見。當知如來實無平等。佛告迦葉。汝今諦聽。譬如日月普照一切。盲者不見非日月咎。一切眾生罪重煩惱不見。如來亦復如是。復次迦葉汝今復聽。一切眾生未有菩薩行。是故不得與菩薩一等。何以故。菩薩有大慈大悲大善大力大法藏大念大願大因大緣大乘大道大喜大捨大悲普覆。是故名為菩薩大行。復次迦葉菩薩。復能為一切眾生入於地獄。受大苦惱不以為難。所有罪者悉皆願度。是故名為菩薩大行。佛告迦葉。山海慧菩薩有大威德亦復如是。佛告迦葉。汝向所問云何菩薩得見如來云何眾生不見如來。如我所說其義如是。迦葉白佛。善哉善哉。實如聖教。世尊。我等今者因佛神力。於此事中非為不達。為未來眾生問是義耳。

> そのとき、大衆の中に一人の菩薩摩訶薩がいました。もとの姓は多羅、名は摩訶迦葉といい、すぐれた神通と威徳をそなえ、自在に振る舞い、すべての法に通達していて、いつも恐れることがありませんでした。彼は大衆の中から立ち上がり、合掌して、みんなのために問いをたて、仏にこう申し上げました。 「世尊。如来はすべての生きとし生けるものに対する大いなる慈しみの法王であり、あまねく一切を覆い、大きな光明を放って、十方のすべての世界を照らしておられます。なぜ山海慧菩薩は阿弥陀仏を見ることができ、すべての生きとし生けるものは見ることができないのでしょうか。どうかすると、如来には実のところ平等なお心がないということになるのでしょうか。」 仏は迦葉に告げられました。 「よく聴きなさい。たとえば日や月はあまねくすべてを照らすが、目の見えない者には見えず、それは日月のせいではない。すべての生きとし生けるものも、罪が重く煩悩に覆われているために見えないのであって、如来もまた同じである。 さらに迦葉よ、もう一度聴きなさい。すべての生きとし生けるものは、まだ菩薩の行いを修めていない。それゆえ菩薩と等しいものにはなれない。なぜか。菩薩には大いなる慈、大いなる悲、大いなる善、大いなる力、大いなる法の蔵、大いなる念、大いなる願、大いなる因、大いなる縁、大いなる乗り物、大いなる道、大いなる喜び、大いなる施しがあり、大いなる悲しみであまねく覆っている。それゆえ菩薩の大いなる行いというのである。 さらに迦葉よ、菩薩はまた、すべての生きとし生けるもののために地獄に身を投じ、大きな苦しみを受けても苦とは思わない。すべての罪ある者をことごとく救い度そうと願う。それゆえ菩薩の大いなる行いというのである。」 仏は迦葉に告げられました。 「山海慧菩薩には大いなる威徳があり、これもまた同じである。迦葉よ、先ほどあなたが問うた、なぜ菩薩は如来を見ることができ、なぜ生きとし生けるものは如来を見ることができないのか、ということについては、私が説いたとおりの意味である。」 迦葉は仏に申し上げました。 「善哉、善哉。まことに聖なる教えのとおりでございます。世尊。私たちは今、仏の神通の力によって、このことについて理解できないわけではありません。ただ未来の生きとし生けるもののために、この意味を問うたのです。」

爾時佛告山海慧菩薩。汝今欲度一切眾生應當受持是經。山海慧菩薩白佛言。世尊。當何名此經。云何奉持。佛告山海慧。汝今善聽。是經名為阿彌陀。為諸大眾說觀身正念解脫三昧經。二名度諸有流生死八難。三名最後說法度有緣眾生。如來受持。眾生雖無佛性。如是受持。眾生未有菩提因者。是經能與眾生開大菩提道。如是受持。眾生未有法身光明者。是經能與眾生作法身光明。如是受持。眾生未有三昧緣者。是經能與眾生開大三昧門。如是受持。眾生未至涅槃者。是經能與眾生得至涅槃。如是受持。眾生雖無信心。是經能與眾生。除無量無邊生死重罪。除一闡提。如是受持。是經能度八難苦。如是受持。是經能與眾生閉大地獄門。如是受持。是經能與眾生破煩惱四魔。如是受持。是經能與眾生作大妙藥。如是受持。是經能與眾生除煩惱病。如是受持。是經能攝一切眾生。如是受持。是經能除害人惡鬼殄滅四向悉皆安穩。如是受持。佛告山海慧菩薩。汝向所問當何名此經。如我所說其義如是。

> そのとき、仏は山海慧菩薩に告げられた。「あなたは今、すべての衆生を救いたいと願っているなら、この経典を受け持ち、守り続けるべきです。」 山海慧菩薩が仏に申し上げた。「世尊、この経典は何という名前にすればよいのでしょうか。どのように受け持ち、守ればよいのでしょうか。」 仏は山海慧菩薩に告げられた。「よく聞きなさい。この経典の名は『阿弥陀』といい、すべての大衆のために説いた『観身正念解脱三昧経』です。第二の名は『度諸有流生死八難』。第三の名は『最後説法度有縁衆生』です。 如来が受け持ち、守るように、次のように受け持ちなさい。 衆生に仏性がなくても、このように受け持ちなさい。 衆生にまだ菩提の因がない者には、この経典は大きな菩提への道を開くことができます。このように受け持ちなさい。 衆生にまだ法身の光明がない者には、この経典は法身の光明を与えることができます。このように受け持ちなさい。 衆生にまだ三昧の縁がない者には、この経典は大きな三昧の門を開くことができます。このように受け持ちなさい。 衆生がまだ涅槃に至っていない者には、この経典は涅槃に至らせることができます。このように受け持ちなさい。 衆生に信心がなくても、この経典は無量無辺の生死の重い罪を除き、一闡提を除くことができます。このように受け持ちなさい。 この経典は八難の苦しみを救うことができます。このように受け持ちなさい。 この経典は衆生のために大地獄の門を閉ざすことができます。このように受け持ちなさい。 この経典は衆生のために煩悩の四魔を破ることができます。このように受け持ちなさい。 この経典は衆生のために大きな妙薬となることができます。このように受け持ちなさい。 この経典は衆生の煩悩の病を除くことができます。このように受け持ちなさい。 この経典はすべての衆生を包み込むことができます。このように受け持ちなさい。 この経典は人を害する悪鬼を除き、四方をすべて安らかにすることができます。このように受け持ちなさい。」 仏は山海慧菩薩に告げられた。「あなたが先ほど問うた、この経典を何と名づけるかということについて、私が説いたその意味は以上のとおりです。」

爾時山海慧菩薩白佛言。世尊。頂受尊教。唯然世尊。有眾生多有誹謗。如是之人於後云何。佛告山海慧。於後閻浮提或有比丘比丘尼清信士清信女。見有讀誦是經。或相瞋恚心懷誹謗緣。是誹謗正法。是故是人現身之中來致諸惡重病。身根不具。或得聾病盲病瘂病癖病鬼病魅病邪病狂病風病冷病熱病痔病水病腫病或亂失性病。如是等諸惡重病世世在身。如是致苦。坐臥不安。大便不通。小便不下。求生不得。求死不得。謗是經故致苦如是。或時致死復墮地獄。八萬劫中受大苦惱。百千萬世未曾聞有外食之名。謗是經故得罪如是。或時得出生在人中。牛馬猪羊為人所殺受大苦極。謗是經故受苦如是。又復為人常生下處。百千萬世不得自在。謗是經故受苦如是。從此死以還得人中。百千萬世未曾聞有三寶名字。謗是經故受苦如是。是故語汝。無智人中莫說是經。聞不解了。亦莫與說。正觀正念。如是之人然後與說。常處空山。遠離五欲。如是等人然後與說。若見有人孝順父母恭敬師僧。如是等人然後與說。若見有人慈悲喜捨供養諸佛。如是等人然後與說。若見有人心懷歡喜恭敬沙門。無大無小。有德無德。有道無道。有法無法。心行正士清信女。讀誦是經。流布是經。恭敬是經。不謗是經。信樂是經。供養是經。如是人輩緣是信敬。我從今日常使二十五菩薩護持是人。常使是人無病無惱。諸惡鬼神亦不中害。亦不惱之。亦不得便。亦不見惡。亦不橫死。常使是人臥安睡安夢安覺安起安立安行安。是人所至之處皆悉得安。若復有人。讀誦是經。應當正念。念報佛恩。然後與說。令說聽者得發善心。好說是經。說者聽者悉皆往生阿彌陀國。不敬是經說者聽者墮於地獄。彼此敬重說者聽者得正解脫。世世生生在在處處不經八難。隨願往生阿彌陀國。爾時世尊說經欲竟。大地震動。放大光明。度明緣眾生。上照三十三天。下照十八地獄。一切餓鬼悉皆解脫。除一闡提。放光之時百億世界青黃赤白合以金色。閻浮提人皆見化佛坐寶蓮華。爾時閻浮提人八萬四千皆得生天。八萬四千比丘神通自在得法眼淨。萬四千聲聞緣覺初住地。八萬恒河沙初住菩薩得四住地。十恒河沙諸大菩薩得不退不動地。爾時諸梵天王及以四天王等皆作是言。諸佛難值。俱詣佛所。却以頭面禮佛。白言世尊。我等今者亦當受持是經。護諸眾生。佛告四天王。汝今受持是經。亦悉汝等後生西方阿彌陀國。復告二十五菩薩。汝等今者亦當受持是經。復告阿難。汝等是吾利慧弟子。於我滅後受持是經。八萬劫中廣宣流布。使至賢劫千佛使諸眾生普得聞知。爾時世尊作是語。以還攝光明。以百億世界土石諸山不淨。如本佛說經竟。諸大菩薩聲聞緣覺阿難等。天龍八部一切大眾。作禮歡喜。如說修行。

> そのとき、山海慧菩薩が仏に申し上げた。「世尊、私たちは尊い教えを謹んで頂きました。ただ、世尊、多くの衆生の中には誹謗する者がおります。このような者は後世、どうなるのでしょうか。」 仏は山海慧に告げられた。「後に、この閻浮提には、あるいは比丘、比丘尼、清信士、清信女がいて、この経を読誦する者を見て、あるいは怒りや憎しみの心を抱き、誹謗する縁とする者があろう。この誹謗によって正法を誹謗することになる。そのため、この者は現身において、さまざまな悪い重い病にかかる。身体の器官が不完全になったり、耳が聞こえなくなったり、目が見えなくなったり、口がきけなくなったり、腹の病、鬼の病、魅の病、邪の病、狂の病、風の病、冷えの病、熱の病、痔の病、水の病、腫れの病、あるいは心が乱れて正気を失う病などにかかる。このようなさまざまな悪い重い病が、代々その身に付きまとう。このように苦しみを受け、座っても横になっても安らかでなく、大便は通じず、小便も出ず、生きることもできず、死ぬこともできない。この経を誹謗したために、このような苦しみを受けるのである。あるいは死に至り、さらに地獄に堕ちて、八万劫の間、大きな苦悩を受ける。百千万世の間、外の食べ物の名前さえ聞いたことがない。この経を誹謗したために、このような罪を得るのである。あるいは人間に生まれることがあっても、牛や馬、豚や羊のように人に殺され、大きな苦しみを極限まで受ける。この経を誹謗したために、このような苦しみを受けるのである。また、人として常に低い境遇に生まれ、百千万世の間、自由を得ることができない。この経を誹謗したために、このような苦しみを受けるのである。ここで死んで、また人間の中に生まれることがあっても、百千万世の間、三宝の名前さえ聞いたことがない。この経を誹謗したために、このような苦しみを受けるのである。 だからあなたに言う。智慧のない人の中では、この経を説いてはならない。聞いても理解できない者にも、また説いてはならない。正しく観じ、正しく念じる人に、それから説きなさい。常に空しい山にあって、五欲から遠く離れた人に、それから説きなさい。父母に孝順し、師や僧を恭敬する人を見たら、そのような人にそれから説きなさい。慈悲喜捨の心を持ち、諸仏を供養する人を見たら、そのような人にそれから説きなさい。喜びの心を抱き、沙門を恭敬し、偉いか偉くないか、徳があるかないか、道があるかないか、法があるかないかを問わず、心の行いが正しい清信女で、この経を読誦し、この経を流布し、この経を恭敬し、この経を誹謗せず、この経を信じ楽しみ、この経を供養する人を見たら、説きなさい。このような人々は、この信仰と敬いの縁によって、私が今日から常に二十五の菩薩に命じてこの人を護持させる。常にこの人をして病なく悩みなくさせ、もろもろの悪い鬼神も害を加えず、悩ませることもなく、付け入ることもなく、悪を見ることもなく、横死することもない。常にこの人をして、臥して安らか、眠って安らか、夢も安らか、目覚めて安らか、起きて安らか、立ちて安らか、行きて安らかならしめる。この人の至るところ、すべて安らかである。 もしまた、この経を読誦する人があれば、正しく念じ、仏の恩を報いることを念じて、それから説きなさい。説く者も聞く者も善心を発するようにさせなさい。よくこの経を説きなさい。説く者も聞く者も、すべて阿弥陀国に往生する。この経を敬わない説く者と聞く者は地獄に堕ちる。互いに敬重する説く者と聞く者は、正しい解脱を得る。世々生生、在々処々、八難を経ることがなく、願いに随って阿弥陀国に往生する。 そのとき、世尊が経を説き終えようとされたとき、大地が震動し、大きな光明を放たれた。明るさによって衆生を度し、上は三十三天を照らし、下は十八地獄を照らした。一切の餓鬼はみな解脱し、一闡提を除いた。光を放たれたとき、百億の世界は青・黄・赤・白が金色に合わさった。閻浮提の人々はみな、化仏が宝の蓮華に座しておられるのを見た。 そのとき、閻浮提の人々、八万四千人がみな天に生まれることができた。八万四千の比丘は神通自在を得て法眼清浄となった。万四千の声聞・縁覚は初住地に住した。八万恒河沙の初住菩薩は四住地を得た。十恒河沙の諸大菩薩は不退不動地を得た。そのとき、諸梵天王および四天王などはみなこのように言った。「諸仏は値い難い。」ともに仏の所に詣で、頭面を以て仏を礼し、申し上げた。「世尊、私たちも今、この経を受持し、もろもろの衆生を護りましょう。」 仏は四天王に告げられた。「あなたは今、この経を受持しなさい。あなたたちもすべて後に西方阿弥陀国に生まれるであろう。」また二十五の菩薩に告げられた。「あなたたちも今、この経を受持しなさい。」また阿難に告げられた。「あなたたちは私の利慧の弟子である。私の滅後、この経を受持し、八万劫の間、広く宣べ流布し、賢劫の千仏に至るまで、もろもろの衆生が普く聞き知ることができるようにしなさい。」 そのとき、世尊がこの言葉を説き終えられ、光明を収められた。百億の世界の土石や諸山の不浄は、もとのままとなった。仏が経を説き終えられると、諸大菩薩、声聞、縁覚、阿難など、天龍八部の一切の大衆は、礼をして歓喜し、説かれたとおりに修行した。

## 佛說山海慧菩薩經

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