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title: "宗寶道獨禪師語錄 · 答韓耳叔文學"
description: "宗寶道獨禪師語錄由明末清初曹洞宗高僧宗寶道獨所述，其法孫今釋重編。道獨禪師身處明清鼎革之際，承嗣博山元來禪法，致力於振興禪宗。語錄收錄其開示、法語、書信及詩偈，內容涵蓋參禪要旨、心性論與修行實踐，體現了曹洞宗默照禪風與時代融合的特色。該語錄是研究明清之際佛教思想、特別是曹洞宗傳承與發展的重要文獻，對後世禪學影響深遠，在佛教典籍中具有重要地位。"
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### 答韓耳叔文學

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接來札。深悉近日精進。甚愜鄙懷。般若之在人。喻若金剛。斷斷不能埋沒也。慚媿悔過。自是塵勞良藥。據山僧意。不若從今自作主宰行將去。古德云。佛法有什麼多事。行得即是。如人識得路了。却在路邊。只管歎惜追悔。坐著不行。豈有到日。惟居士勉力行之。途路高低曲直長短。行之自悉。便是過來人。祇能替人說得。不能替人走得也。

> お手紙を拝見しました。近日のご精進の様子を深く伺い、大変嬉しく思います。「般若」は人に備わっていて、それを金剛に譬えますが、決して埋もれてしまうことはありません。慚愧し、悔い改めることは、まさに俗世の苦しみに対する良薬です。私の考えでは、これからは自らを主宰として、そのまま歩んでいくことが良いと思います。古徳は言いました。「仏法に何の余計なことがあろうか。行ずればそれで良い」と。例えば道を知っている人が、道端に立ち止まって、ただ嘆き悔やんで座ったまま進まないなら、どうして目的地に着けるでしょうか。居士よ、どうか力を尽くして歩んでください。道の高低や曲がり、長短は、歩めば自ずと分かります。そうして初めて経験者となれるのです。ただ、経験者は人に道を教えることはできても、代わりに歩いてやることはできないのです。