---
title: "大明高僧傳 · 6 秦州景福寺沙門釋英辯傳"
description: "大明高僧传由明代天台宗僧人如惺撰写，是继宋代高僧传之后的重要佛教传记著作。该书成书于万历年间，主要辑录南宋至明初部分高僧的生平事迹，共分译经、解义、习禅等科目，收录僧传百余篇。作为中国佛教史传的重要组成部分，它补充了宋明之间僧传的空白，为研究该时期佛教发展、宗派传承及高僧德行提供了珍贵史料，具有较高的历史与文献价值。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcz2fgpr03pdlj04qqnj24ev"
---

### 秦州景福寺沙門釋英辯傳六栢林潭

> 秦州景福寺の沙門・釋英辯の伝（六）<note>柏林潭</note>

釋英辯號普覺。俗姓趙。垂髫為驅烏沙彌。弱冠受具戒。年二十有五得傳于栢林潭法師之學。未三䆊出世於秦州景福寺。其道大震聲馳四表。摧伏異見樹正法幢。辯之資性真純如玉含璞。不加雕繪人愛重之。至於悍卒武夫亦能敬其為無佛世之佛也。每得襯幣悉以剏梵剎食僧伽施貧乏。元世祖聞其高風降旨旌異。至延祐元年六月庚戌無疾辭眾坐寂。煥異景於易簀之夕。標於迹於火葬之餘。塔於普覺寺之後。閱世六十有八。臘六十有一。

> 釈英辯は、普覺と号した。俗姓は趙氏である。幼い頃に沙弥となり、二十歳で具足戒を受けた。二十五歳の時、柏林潭法師の教えを受け継いだ。三年も経たないうちに秦州景福寺で世に出て説法し、その教えは大いに広まり、名声は四方に響き渡った。異なる見解を打ち破り、正しい教えの旗を掲げたのである。 英辯の性格は真っ直ぐで純粋、まるで磨かれていない玉のようなものであった。飾り立てることもなく、それゆえに人々から愛され重んじられた。荒々しい兵士や武人でさえも、彼を「仏のいない世の中の仏」として敬ったという。 布施として受け取った品々は、すべて寺院の建立や僧侶の食事、貧しい人々への施しに使われた。元の世祖は彼の高潔な評判を聞き及び、勅命を下してその功績をたたえた。 延祐元年六月庚戌の日、彼は何の病もなく、人々に別れを告げて静かに坐禅を組んだまま入滅した。その臨終の夕べには異なる光が現れ、火葬の後には遺跡がはっきりと刻まれていた。遺骨は普覺寺の後に納められた。世に在ること六十八年、出家してから六十一年の歳月を経ていた。