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title: "大明高僧傳 · 16 隆興黃龍寺沙門釋法忠傳"
description: "大明高僧传由明代天台宗僧人如惺撰写，是继宋代高僧传之后的重要佛教传记著作。该书成书于万历年间，主要辑录南宋至明初部分高僧的生平事迹，共分译经、解义、习禅等科目，收录僧传百余篇。作为中国佛教史传的重要组成部分，它补充了宋明之间僧传的空白，为研究该时期佛教发展、宗派传承及高僧德行提供了珍贵史料，具有较高的历史与文献价值。"
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### 隆興黃龍寺沙門釋法忠傳十六

> 隆興黄龍寺の沙門・釋法忠の伝（第十六）

釋法忠號牧菴。四明姚氏子也。十九試經得度習天台教。悟一心三觀之旨未能泯跡。故遍參名德。後至龍門。觀水磨旋轉發明述偈呈佛眼曰。轉大法輪。目前包裹。更問如何。水推石磨。佛眼曰。其中事作麼生。忠曰㵎下水長流。眼曰。我有末後一句。待分付汝。忠即掩耳而去。後至廬山。於同安枯樹中絕食清坐。宣和間湘潭大旱。禱弗應。忠躍入龍淵呼曰。業畜當雨一尺。雨隨至。甞居南嶽。每跨虎出遊。儒釋皆望塵而拜。上堂我有一句子。不借諸聖口不動自己舌。非聲氣呼吸非情識分別。假使淨名杜口毘耶釋迦掩室摩竭。大似掩耳偷鈴。未免天機漏泄。直饒德山棒臨濟喝。若向牧菴門下秖得一橛。千種言萬般說秖要教君自家歇。一任大地虛空七凹八凸。

> 釋法忠、号は牧菴。四明の姚氏の子である。十九歳のとき、経典の試験に合格して出家し、天台教を学んだ。一心三観の旨を悟ったが、まだその跡を消し去ることができなかった。それゆえ、名だたる高僧を遍く訪ねた。後、龍門に至り、水車が回転するのを観て悟りを発し、偈を述べて佛眼に示した。「大法輪を転ずることは、目前に包み裹む。更に如何なると問えば、水が石臼を推す。」佛眼が言った。「その中の事は如何なるか。」忠が言った。「澗の下の水は長く流れる。」眼が言った。「我に末後の一句あり、汝に分付するを待つ。」忠は即座に耳を掩って去った。後、廬山に至り、同安の枯れ木の中で食事を絶ち、静かに坐禅した。宣和の間、湘潭で大干ばつがあり、祈っても応えがなかった。忠は龍淵に飛び込んで叫んだ。「業畜よ、一尺の雨を降らせよ。」雨は即座に降った。かつて南嶽に住み、毎回虎に跨って出遊した。儒者も仏教徒も皆、その姿を見て遥かに礼拝した。上堂して言った。「我に一句の子あり。諸聖の口を借らず、自己の舌を動かさず。声気呼吸に非ず、情識分別に非ず。仮に浄名が毘耶で口を閉じ、釈迦が摩竭で室を掩うとも、まるで耳を掩いて鈴を盗むようなもので、天機の漏洩を免れない。直に徳山の棒、臨済の喝を用いても、牧菴の門下に至ってはただ一つの断片を得るのみ。千の言葉、万の説き方は、ただあなたに自分の心を休めさせようとするだけだ。大地虚空が七凹凸八するに任せよ。」

系曰。牧庵既悟一心三觀。即當揮麈為台教吐氣。尤以未能泯跡。乃遍扣達磨之徒。正如香象渡河。直欲一踏到底。所以宜乎纔跨龍門便能傾湫倒嶽也。偉哉。世有習三觀者。且指悟之一字不知其為何物。誤認糟粕作醍醐。詆壁觀為護教。豈非師子之蟲耶。故渰山集深斥台教傳佛心印書。後卷當刪去。蓋令學者障悟門。造地獄業不淺矣。

> 系に曰く、牧庵はすでに一心三観を悟りながら、ただちに麈尾を揮って台教のために意気を吐くべきであった。それなのに、なおも迹を泯ぼすことができず、遍く達磨の門下を訪ね歩いた。これはまさに香象が河を渡るがごとく、ただひたすらに一歩で底まで踏み抜こうとしたのである。それゆえ、竜門をひとたび越えれば、たちまち潭水を傾け山を倒すほどの勢いを得たのも、もっともなことであった。偉いものである。 世には三観を学びながら、悟りという一文字が何を意味するのかも知らず、誤って酒粕を醍醐と思いなし、壁観を誹謗して仏教を守るという者たちがいる。これは豈に獅子の体内に巣食う虫ではないか。ゆえに渰山集は、台教が伝えた『仏心印』の書を深く斥け、後巻は削り去るべきだとしたのである。なぜなら、それは学人たちの悟りの門を塞ぎ、地獄の業を積ませること、浅からぬものがあるからである。

## 大明高僧傳卷第五

> 大明高僧伝 巻第五