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title: "根本說一切有部毘奈耶雜事 · 第二十七"
description: "根本说一切有部毗奈耶杂事是唐代高僧义净翻译的一部重要佛教律典，属于说一切有部的律藏文献。义净在7世纪赴印度求法，归国后系统翻译了大量佛教经典。该典籍主要记载了佛陀制定戒律的因缘、具体戒条及僧团生活规范，涵盖衣食住行等日常细节，是研究早期佛教戒律制度的重要文献。作为上座部佛教根本说一切有部的重要律典，它在南传佛教中具有权威地位，对了解原始佛教僧团运作和戒律思想具有不可替代的价值，是汉传佛教律学研究的核心经典之一。"
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## 根本說一切有部毘奈耶雜事卷第二十七

> 根本説一切有部毘奈耶雑事 巻第二十七

三藏法師義淨奉　制譯

> 三蔵法師義浄奉　制訳

### 第六門第四子攝頌之餘明大藥事

> 第六門 第四子 摂頌の余 大薬の事を明かす

爾時世尊以其無上神通變化利益之法，降諸外道皆令退散，默無所說逃竄邊方。時諸苾芻見是事已，咸皆有疑請世尊曰：「如來大師以神通力，然正法炬摧妄見幢，降伏邪徒實成希有。善哉大聖不可思議，能作如是大利益事。」世尊告曰：「汝等應知！如我今者已捨三毒，具一切智得大自在，到於彼岸獲無上果，調御丈夫為人天師，令彼退散未成希有。何以故？我念過去未離染欲，瞋恚愚癡生老病死憂悲苦惱具纏縛時，尚能降彼六師眷屬不敢酬答，逃竄邊方乃至淪沒。汝等苾芻宜應諦聽。乃往過去有鞞提醯國王名善生，以法化世，廣如餘說。時王夫人容貌端嚴，王極愛寵，及誕一子人皆樂見。此子福力，於其國中風雨順時，穀稼豐稔飲食易得。經三七日乃命親屬方為立名，王作是念：『此兒生已飲食易得，應與此兒名足飲食。』即以此子付八養母如法供給，至年長大世間技藝悉皆通達，勇健忠良人無過者。彼大夫人恃子之勢頗生怠慢，王有教令多不順從，王由是事每有憂色。時大臣等見王不悅，白言：『大王！何故似懷憂悒？』王即為臣具說其事。臣曰：『若如是者，何不更娶調柔具賢德者，令大夫人漸亦和順。』王曰：『於何處取？』臣曰：『隣國王女宜可娶之。』王曰：『彼有宿嫌，如何婚娶？』臣曰：『善作方便令彼相親，王且安心，臣往觀察。』大臣即去見隣國王，既至彼已問其婚事，彼王聞已報大臣曰：『若作婚姻可先立要，我女生子立作儲君，不相違者我當妻與。』大臣答曰：『伏從王命。』王曰：『卿可還國報彼王知，許斯要者重來相見。』答曰：『冊國太子皆由大臣，既有誠言敢有差二。』遣信白王，時王聞已，備禮迎歸，情甚相得。王曰：『此女調柔極相恭順。』問言：『今何所欲？』即便合掌白言：『大王若賜願者，我若生子請作儲君。』王聞是言遂生憂惱，作如是念：『今此所求我若許者，足食王子勇健忠良，多閑技藝容貌超絕舉世無雙，云何棄此別有建立？我於今時誠難取捨。』未即相答。于時大臣觀王容色知有憂念，白言：『大王！何故憂色？』王便以事具告大臣，臣曰：『此不足憂，我先求婚已共立要，今隨所欲勿間彼情。未審夫人非石女不？設令生者，男女未知。彼所願求王今宜順。』王告夫人：『隨汝所願。』於後不久夫人生子端正異常，三七日後方與立字，諸親共問：『今此孩兒欲立何名？』王曰：『此子未生已求王位，應與立字號曰求王。』付母八人令其供侍，年漸長大仍未策立。夫人本國怪王違信，即遣使人來報王曰：『先有盟要，我女生子立作儲君，今正是時。請存言信，若不爾者我嚴四兵必相討伐。』王聞驚怖計無所出生大憂愁，臣曰：『王何憂色？』王即具告臣，臣言：『大王！更無餘計，宜立求王以為太子，足食王子宜即可除。』王曰：『不應如是作非法言，我曾聞有殺父之子，未曾見說殺子之父。此不仁事非我所為。』臣曰：『不能殺者所為殘害。』王曰：『此與斷命事亦何別？』臣曰：『如其不然請遠驅擯。』王曰：『善人無罪，何事遷流？』臣曰：『欲求其過豈不易得？然此王子且立儲君，太子足食自當知也。』時王即便選擇吉日，立彼求王以為太子。足食知已遂作是念：『王棄於我，住必見誅。』遂謁其母具陳此意：『我今欲向半遮羅國冀延形命。』母聞是語心如箭射，前抱兒頸驚惶悲涕，即以伽他告其子曰：

> 爾時に世尊は、その無上の神通変化による利益の法をもって、諸々の外道をことごとく退散させ、彼らは黙して語ることもなく辺境へ逃げ去りました。その時、比丘たちはこの出来事を見て皆が疑いを抱き、世尊に問いました。「如来大師は神通力をもって、正法の炬を燃やし、妄見の幢を打ち砕き、邪徒を降伏させるという、実に希有なことを成し遂げられました。素晴らしきかな、大聖よ、不可思議です。このような大いなる利益の事柄をなさるとは。」世尊はお告げになりました。「汝らは知るべきである。今の私はすでに三毒を捨て、一切智を具え、大いなる自在を得て、彼岸に到り、無上の果を得ている。調御丈夫として人天の師となり、彼らを退散させるのは未だ希有ではない。なぜならば、私は過去において、まだ染まりの欲望、怒り、愚かさ、生老病死、憂い悲しみ苦しみ悩みに縛られていた時にさえ、かの六師の眷属を降伏させ、彼らは答えもせずに辺境へ逃げ去り、ついには滅び去ったからである。汝ら比丘は、よく聞くがよい。むかし昔、鞞提醯国に善生という名の王がおり、法をもって世を治めていた。詳しい話は他に譿る。その時、王妃の容貌は端厳で、王は非常に寵愛していた。そして一人の子を産むと、人々皆がその子を見たがった。この子の福力により、国中で風雨が時節に適い、穀物は豊かに実り、食物は容易に得られた。三七日を経て、ようやく親族を呼び集めて名を付けることになった。王は考えた『この子が生まれてから食物が得やすくなった。この子に「足飲食」と名付けよう』。こうしてこの子を八人の乳母に預け、法に従って養育させた。成長するにつれ、世間の技芸を全て習得し、勇猛で忠実、人に勝る者はいなかった。ところが、かの王妃は子の勢いを恃み、次第に怠慢になり、王の命令にも多くは従わなくなった。王はこのことで常に憂いの色を有していた。大臣たちは王が喜ばないのを見て申し上げた『大王よ、なぜ憂いに沈んでおられるのですか？』王は事情を臣に詳しく語った。臣は言った『もしそうなら、なぜ柔和で賢徳な方を新たに娶られませんか？そうすれば、かの王妃も次第に穏やかになるでしょう』。王は『どこから娶るのか？』と尋ねた。臣は『隣国の王女を娶られるのが宜しいでしょう』と答えた。王は『あの国とは昔から仲が悪い、どうして結婚できようか？』と言った。臣は『うまく手を回して親しくさせる工夫をしましょう。王はご安心ください。臣が様子を見に行きます』と答えた。大臣は隣国の王のもとへ行き、婚礼の話を尋ねた。隣国の王は大臣に『もし婚姻を結ぶなら、まず約束を立てよ。我が娘が子を産んだなら、その子を太子とせよ。これに違わなければ、娘を嫁がせよう』と言った。大臣は『王の仰せに従います』と答えた。王は『卿は国に帰り、かの王に伝えよ。この約束を承諾するなら、再び参上せよ』と言った。大臣は『太子の冊立は大臣が行うものです。誠実な言葉がございます以上、二言はございません』と答え、使いを遣わして王に知らせた。王はこれを聞き、婚礼の準備を整えて迎え入れ、大いに気が合った。王は『この妃は柔和で実に恭順である』と言った。そして『今、何か望みはあるか？』と尋ねると、妃は合掌して申し上げた『大王が願いを叶えてくださるなら、もし私が子を産んだなら、太子にしてください』。王はこの言葉を聞いて憂い悩んだ。こう考えた『この望みを叶えるなら、足食王子は勇猛で忠実、多くの技芸に通じ、容姿は絶倫で世に類がない。どうして彼を捨てて別に立てられようか？今、私は本当に取捨に困る』。すぐには答えなかった。その時、大臣は王の表情を見て憂いがあると知り、申し上げた『大王よ、なぜ憂いの色がおありですか？』王は事情を詳しく大臣に告げた。臣は『これは憂うるに足りません。先の求婚の時にすでに約束を交わしています。今はその望みに従い、彼女の心を逆撫でしないことです。しかし、かの妃が石女かどうかはわかりません。たとえ子を産んでも、男女もわかりません。彼女の願いには今は従われるのが宜しいでしょう』と言った。王は妃に『汝の願いのままにせよ』と告げた。その後まもなく妃は子を産み、その容姿は端正で並々ならぬものがあった。三七日後に名を付けることになり、親族たちは一斉に尋ねた『この子にどんな名を付けましょうか？』王は『この子は生まれる前にすでに王位を求めた。ゆえに「求王」と名付けよう』と言った。八人の乳母に預けて養育させ、年は成長したが、まだ太子には立てられなかった。妃の本国は王が約束を違えたことに怒り、使者を遣わして王に告げた『以前に盟約があったはずだ。我が娘が子を産んだなら太子とせよと。今、その時である。約束を守られよ。もし守らぬなら、我は四兵を厳かに整え、必ず討伐するであろう』。王は驚き怖れ、計略もなく、大いに憂い悲しんだ。臣が『王よ、なぜ憂いの色がおありですか？』と尋ねると、王は詳しく臣に告げた。臣は言った『大王よ、他に良い策はありません。求王を太子に立てるのが宜しく、足食王子は即座に除くべきです』。王は『そのような非道な言葉を言うべきではない。私は父を殺す子がいるとは聞いたが、子を殺す父がいるとは聞いたことがない。このような不仁なことは、私の為すことではない』と言った。臣は『殺せないなら、手足を傷つけるのはどうでしょう？』と提案した。王は『それも命を断つのと何の違いがある？』と答えた。臣は『そうならば、遠くへ追放してください』と言った。王は『善人に罪はない。どうして流罪にできる？』と言った。臣は『彼の過失を探すのはたやすいことです。しかし、まずは求王を太子に立てなさい。足食太子は自ずとわかるでしょう』と言った。そこで王は吉日を選び、求王を太子に立てた。足食はこれを知ってこう考えた『王は私を捨てた。留まれば必ず殺される』。そこで母のもとを訪れ、この意を詳しく述べた『私は今、半遮羅国へ行き、かろうじて命を長らえようと思います』。母はこの言葉を聞き、心は矢に射られたようで、驚き悲しみ涙を流しながら子の首に抱きつき、伽他をもって子に告げた。

「『汝本坐臥高床褥， 所著衣服並鮮華；云何獨去向他方， 麁衣寢地能存活？汝比睡覺常安隱， 涼宮綺觀任遊從；云何寒熱󰂛肌膚， 野外飄零獨辛苦？王宮象馬任乘騎， 珍羞美膳隨時食，上妙衣服袪寒暑， 云何棄此往窮林？鼓樂絃歌恒遞奏， 能令聽者悅心神，眾人敬仰鎮隨從， 汝獨懷憂欲何去？』

> 「あなたは元々、高い寝台や柔らかい褥に横たわり、 まとう衣も皆、華やかでした。 それなのに、なぜ一人で他へ向かい、 粗末な衣に地べたに寝て、生き延びられるのですか？ あなたは以前、眠ればいつも安らかで、 涼しい宮殿や美しい楼閣を自由に行き来していました。 それなのに、なぜ寒さ暑さが肌にしみ、 野原に漂い、一人苦しむのですか？ 王宮では象や馬に自由に乗り、 珍しい美食を常にいただき、 上等な衣で寒さ暑さを防いでいたのに、 なぜこれらを捨てて貧しい林へ行くのですか？ 太鼓や音楽、琴の音が絶え間なく奏でられ、 聞く者の心を楽しませ、 皆が敬意を込めて従い、あなたに付き従っていたのに、 あなただけ憂いを抱いて、どこへ行こうとされるのですか？」

「王子答曰：

「『誰恒受安樂？ 誰復常艱苦？厄屈人皆有， 倚伏必相隨。苦樂更遷變， 常如星漢迴，會合憂苦生， 世法皆如是。』

「是時王子以如是等悲苦言辭，白其母已即便辭去往半遮羅。將至彼國，苦於飢渴遂往路邊樹下停息，四顧恾然偃臥而睡。時半遮羅大臣因有行次至王子所，察其儀範有異常倫，佇立久之觸令睡覺，問曰：『汝是何人？誰家之子？』答曰：『我是鞞提醯國王之子名足飲食。』報曰：『何故來此？』王子即便以事具答。近臣知已引至王所，白言：『大王！此是善生王子名足飲食，其父立少廢長，出奔於此。』王遂喚問子，時王子具以緣白。王既聞已悲喜交集，歡喜慰喻廣賜封邑以女妻之，未經多時生一男子，容儀可愛眾歎希奇。誕生之日令王國中飲食易得，乃命宗親與其立字：『此是足食王子之胤，纔生之後多足飲食，應號此兒名多足食。』王付八母令其瞻侍，後既長大才藝遍通，足食王子尋便殞逝，妃常追悼悲不自勝。王見如是即便念曰：『女人之性皆念丈夫，我今宜可改醮大臣，并息隨去。』既至彼家歡懷得意。

「近大臣家有雞栖宿，相師見已作如是語：『若其有人食此雞者當得為王。』大臣聞已不問相師，便殺其雞謂其妻曰：『汝可營膳待我朝還。』夫人即令烹煮，時多足食從學堂來，不見其母，為飢所逼見有沸鐺，便作是念：『我母未來，暫觀鐺內有可食不？』遂見雞頭，即便截取以充小食。母既來至，問言：『食未？』答曰：『且食雞頭。』母即與食，令歸學所。大臣既至云：『我須食。』夫人與肉不見雞頭，即問其故，答曰：『兒來食訖。』臣作是念：『為全食肉方得為王？為少亦得？』既生疑念，便於行路訪問相師，見而告曰：『仁於先時作如是記：「若食雞肉便得為王。」為當全食？少食亦得？』答曰：『雖不全食，食頭即得。若其有人已食雞頭，若殺彼人取頭食者亦得為王。』大臣聞已便作是念：『可殺此兒取頭充食。若母不知此事難作，先當問母其意如何。』後因語次戲問妻曰：『夫主與子欲誰為王？』其婦聞說遂生猜慮，作如是念：『我今若道以子為王，此人即便棄擲於我。今時宜可順彼為言。』答曰：『寧使夫主為王。』此之女人聰明解慧豫審先機云：『此大臣為雞頭故欲殺我子，今正是時須為防護，可共豫計勿使身危。』即於屏處報其子曰：『汝食雞頭，父欲相殺，可捨此國向鞞提醯，彼即是汝祖宗舊處，親姻眷屬並悉現存，汝若至彼必受安樂。』

「子聞告已俛仰辭母，往鞞提醯。欲至彼城，於一樹下困乏而睡。于時求王身嬰重病因即命終，彼國舊法若未立嗣王，靈輿不出。王無後嗣，不知立誰。時諸群臣咸皆訪問：「誰堪為主？我今欲立。」時大臣等於樹陰下，見彼丈夫瓌偉異常人間罕匹，日光雖度樹影不移，眾人共觀咸歎希有：『此善男子妙相端嚴更無過者，樹影留覆固是非凡，可觸令寤。』彼既覺已，問諸人曰：『何故相驚？』答曰：『仁合為王故相覺耳。』報曰：『覺王之法豈合如然？』諸人問曰：『其法如何？』答曰：『先奏美音漸令覺悟。』群臣聞已作如是念：『此非貧子定出高門。』即共問曰：『仁住何方？誰家之子？』

「時彼王子年雖弱冠，壯氣先成如師子王，高聲爽亮自述祖宗，告諸人曰：『我昔先主名曰善生，子號足飲食，我是其兒名多足食。』時六大臣聞是語已，皆生踊躍咸云：『我等今者還得本王。』盛備威儀廣陳音樂，千軍萬眾從入城中，灌頂稱王化洽黎庶，舊多足食斯名遂隱，由宗重起號曰重興。

「年幼為王，諸臣見慢，所有勅令多不奉行。王於暇日出城遊觀，聚落居人並皆存問：『此等是誰所管封邑？』答曰：『咸是某甲大臣所有。』便生念曰：『城邑聚落咸屬大臣，我雖是王但有宮闈及食而已，自餘國產並皆無分，有乖國憲將如之何？』時有天神知王所念，空中告曰：『王不須憂，於此國中有一都處名曰滿財，城內有人名曰圓滿，當生一子號為大藥，成立之後與王共理，臨機制斷無遠不伏，王極快樂垂拱安神。』時王令使往滿財城，訪問圓滿為有為無。若其有者，應觀彼妻為有娠不。使者受命即往尋求，見其夫主問婦有娠。使還奏曰：『是事非謬，彼婦懷娠。』王既聞已即令使去，召圓滿來善言慰喻，即以此城賜為封邑，告曰：『汝婦有娠好須養護勿令傷損。』月既滿已便誕一男，形貌端嚴世間無比，三七日後欲為立名。諸親議曰：『未知此兒欲作何字？』母便告曰：『我抱宿疹，遍問諸醫，雖進湯藥竟無瘳損；及懷此子病苦即除，宜與孩兒名為大藥。』母說頌曰：

「『於諸患苦中， 大藥最為勝；此是藥中妙， 可名為大藥。』

「後時其父肩擎大藥詣池澡浴，於其道上見有魚骨，謂是寶珠蹴之令出。大藥報曰：

「『見地有魚骨， 脚蹴謂真珠；自業不肯修， 強覓他遺寶。他所棄魚骨， 斯非是寶珠；豈有毘沙門， 棄珠於道上？』

「父將大藥既至池已，置於岸上脫衣入水，見白鶴鳥在荷葉上，便作是念：『我取此鳥。』即欲前就鳥遂高飛。大藥報曰：

「『鳥居荷葉上， 見父已高飛；無宜更近前， 欲取他生命。』

「又於他日肩持大藥，往弶伽河方為洗浴。既至河所，置兒岸上，脫衣入河，有大銅鉢隨流東下。時有白鵝蹲踞其上，父見生疑，不知何物，顧問其子。大藥報曰：

「『弶伽東注下， 銅鉢隨流去，白鵝居在上， 斯非是餘物。』

「又於他日同前澡浴，持大藥去置於岸上。時有澡瓶及草隨流浮去，鳥居其上，大藥同前以頌白父。是時大藥既漸齠年，與諸童子一處遊戲，眾共議曰：『我等無主，可尊大藥為王。』大藥立已，揀諸童子將為輔佐，從是之後朋黨日多。時有老婆羅門娶得少婦，客遊他鄉隨路而去。時婆羅門行趣叢薄欲為便利，有一麁人來問女曰：『彼是汝父耶？祖耶？』女曰：『非父非祖乃是我夫。』麁人報曰：『汝無羞恥不愧友朋，於此世間美妙丈夫遍滿大地，豈可不見？因何逐此老婆羅門？汝此容華虛令喪失，宜應棄彼與我為妻。若彼老公來諍訟者，於大眾所引我為夫。』其女受言，即與麁人隨路而去。時婆羅門就池洗已，覓婦不得登高四望，見人將去即便急走，至其婦所捉一手牽。時彼麁人亦牽一手，婆羅門曰：『汝偷我婦。』麁人曰：『我能設誓：「此是我妻，元非汝婦。」』因生鬪諍各相牽引，少年強力女被將去。時婆羅門自知無力，冀有相助行於曠野，大叫高聲云：『賊劫婦。』是時大藥與諸童子戲野林中，聞彼大叫失婦之聲。時諸童子報大藥曰：『仁既稱王，有斯非理，叫云：「失婦！」何不相救？』大藥聞已，即令諸童子執彼三人，問言：『向爭何事？』婆羅門曰：『我老無力，被賊劫婦。』賊曰：『此人妄語，實是我妻。』大藥問女：『誰是汝夫？』彼便指賊：『此是我夫。』是時大藥見婆羅門椎胸懊惱自撲于地，即便伺察驗彼真虛，問少年曰：『汝於何處將此婦來？』答曰：『從妻舍來。』問曰：『有何飲食？』答曰：『肉羹及飯加以清觴。』大藥曰：『若如是者，我觀其食以辯真虛。』即令以指抉口，竟無一物空見流涎。問婆羅門曰：『爾從何來？』答曰：『從婦家來。』『所食何物？』答曰：『酪漿及餅加以蘿菔。』告言：『汝可吐出。』即便抉出，一如所言。大藥見已知少是賊，劫彼老妻，即與重杖，掘地為穽，埋之齊咽，以孔雀膽書其額上作如是字：『諸有偷婦賊者准此科罪。』如是乃有偷牛羊等，數有五百皆悉同此而為治罰。

「時重興王現有村城，皆被六臣之所控執，王作是念：『我今力弱將欲如何？』遂憶大藥，思與相見，不告諸臣整軍而出，往滿財城欲看大藥。途經險阻聞有大叫，遍觀求覓不見有人，王之左右周旋顧察，見五百賊埋身出頭，即報王知，讀其額字，云：『皆是賊。』王見此事，問言：『誰苦楚汝？』諸人答曰：『此是大藥童子准法而作，不罰無辜。』王聞稱善，起悲愍心，遂便釋放。是時大藥及諸童子，聞王軍至隨處而住。時滿財城所有人眾聞王欲至，悉皆營辦吉祥之物，金瓶持水幢蓋幡旗出城迎候。王慰問已，問言：『圓滿之子名曰大藥，今可速來。』父白王曰：『童子幼小未堪奉命。』王曰：『可令前進。』父便引見。王見童子，嘉其容儀雅麗兼有勇略之才，以其尚小不任委寄旦留付父，迴軍都邑。至本城已，作如是念：『我今可試大藥童子智策才術。』即令使往語圓滿曰：『汝可以砂挼繩長一百肘，速遣將來。』圓滿聞勅極大驚怖，深懷憂惱作如是念：『我自生來未曾聞見如是之事，以砂作繩。』憂惱而住。大藥見父問曰：『父何憂色？』答曰：『我未曾聞如是之事，王從我索砂繩百肘，以此方便加罪於我。』大藥報曰：『使人何在？令我得見傳語奏王。』父令使見，大藥報曰：『仁當為我奏大王曰：「仄陋小臣寡聞少見，又無智策仰測天心，未審大王須何色繩？王處帝都朝多㑺乂，請垂一肘以樣示人，非直百肘短繩，千尋亦應可辦。」』使去白王具陳其事，王曰：『此是父說？為子言乎？』對曰：『是大藥語。』王既聞已生希有心，憶彼天神所言是實，當令我國󰊉王可期。

「後於異時，王復令使往彼城中，遣其作飯熟可將來，又告曰：『其穀不得臼內舂擣，亦不令一粒米碎，不居室內不在於外，烝煮之時非火非無火，將飯來時不行於道不於非道，不得步涉亦不乘騎，勿令見日復不在陰，擎飯之人非男非女。』使持王命至滿財城，便命圓滿共相慰問，具以王教告彼令知，聞更驚惶憂惱而住。大藥見憂，進白父曰：『何故憂色？』父遂具告，大藥曰：『此不足憂，我當盡辦。』即取稻穀多集諸人，令一一粒以指撚糠，米無有碎。既辦得米，便求煮處，即於門外簷下安釜煮之，上赫日光傍以火炙，其飯便熟。持飯去時，告使者曰：『汝可一足履道一足踐荒，所持飯器置於頂上，蓋踈布傘、非日非陰；一足著鞋、一足徒跣，此即非步非乘，使用閹人便是非男非女。』持飯至已進入奉王，王問使者，彼皆具答，王聞大喜：『是誰所為？』答：『是大藥。』王極驚嗟，謂使者曰：『大藥謀略深遠，有大智慧善閑法式，觀其計策實為王佐之才。』

「後於異時，復令使去報圓滿曰：『我須園苑，林池具足花果茂盛，可速將來。』使至彼已具陳其事，圓滿憂惱：『此事難為，園苑無情不可移轉，欲令持去豈可得乎？』大藥見憂，如前問答，父曰：『寧得不憂？王索園池，如何將去？』大藥曰：『父不須憂，我皆為辦，令王歡喜。』即報使曰：『既奉王命敢不遵行，但為此處園池長自荒野，進止法式皆未諳知，若至都城恐有輕觸。伏願大王降一小園，暫來相引隨後而去，此事可成。』使還具奏。王曰：『是誰之言？』答言：『大藥。』王倍驚歎實為希有。

「後於異時復令使去，送特牛五百令彼養飼，專供乳酪勿令事闕。使至具報，圓滿憂惶，大藥見父同前問答，父曰：『寧得不憂？王遣特牛令供乳酪，既求非所，得之無由。若不遵王命致招重罰。』大藥曰：『請父勿憂，我思其計，令王聞已不徵乳酪。』即召父子二人具教其事：『汝向王城，伺王出時，相去非遠，以大木盂繫於父腹，上以裙覆宛轉于地啼哭呻吟，汝以香花告諸天眾：「於十方處咸請護持，願令我父產生安隱。」』既受教已父子相隨，至王都處見王欲出，去之不遠如所教事，次第皆作。子啼出聲告四天王曰：『願降慈悲，得令我父產生安隱。』王聞其聲，令使往問：『何故出聲？』使見一人宛轉于地，其腹甚大號叫出聲，子以香花告諸天眾，使人問曰：『汝何所為？』答曰：『我父欲產不能安隱，為此悲啼請天擁護。』使迴白王。王喚父子問：『作何事？』即具報王：『我父欲產不能得出，是以悲啼。』王聞笑曰：『我未曾聞丈夫生子。』其子白曰：『誠如王言，王知丈夫不合產孕，何故付五百特牛，令彼圓滿供於乳酪？王頗曾聞特牛生子？既無兒子，乳酪何來？』王笑言曰：『是誰之計？』使曰：『皆是大藥。』王嗟其智。

「後於異時，王與大臣共相議曰：『大藥多知，少有儔類；更以餘事，試察精神。』即送一騾令圓滿養護：『勿以繮繫，不置室中，不餧刈草，隨處而放。』使到彼城，騾付圓滿，具告其事：『汝應善養勿令損失，如不依教當罪汝身。』圓滿聞已憂箭射心，作如是念：『此之難事，天無奈何，況當人也！』大藥見父問答同前，報曰：『父不須憂，我皆為作。』即於晝日田中放牧、夜收入宅，於逈露處既無繮絆其事難為，專勒二十一人夜中看守，一足之下各配五人，一人乘之更遞掌執終而復始。王令人密察如何看守？使報其事，王曰：『若如是者騾無走路，如何加罪？』大臣曰：『可勅乘者，於夜睡時乘騾潛遁，勿使人知。』彼皆隨作。諸防守者至天曉已，報圓滿言：『騾已失矣。』既聞告已恐喪形命憂惱燒心。大藥知已作如是念：『如稍寬縱設計可成，臨急相迫情懷恐懼。』告其父曰：『略有一計為之稍難，若父不憚羞慚當希免罪。』父曰：『但令免死，餘復何辭？』大藥即便剃父頭髮以為七道。仍以青黃赤白彩色塗身，令乘一驢往至都邑，唱大音聲云：『大藥今至并將父來，剪飾形儀誠是奇異。』時王大臣聞斯說已共作是語：『大藥遠來此為善事，然辱其父有點憲章。』王及諸人皆出城外共迎大藥，觀其所作為實？為虛？王及城人觀知是實，于時大臣遂白王曰：『如何大王先作是語：「大藥聰慧智策過人。」觀此所為一何鄙賤！』王問大藥曰：『何故汝今令父毀辱以至於此？』答言：『大王！今以為榮不知其辱。臣有眾多善巧智慧，今以此事供養於父。』王曰：『汝智與父，孰為優劣？』答曰：『我勝。』王曰：『我不曾聞子勝於父。子從父生養育勞倦，以此而言父勝於子。』大藥曰：『惟王審察父子誰賢？』王與大臣俱言：『父勝。』大藥前進稽首白言：『大王前令養騾遂便逃失，此驢乃是騾父，理勝於兒，願王招領勿為重責。』王及大臣聞是語已，嗟奇計智絕代希有。王極歡喜遂即廣施盛禮拜為大臣，所有國事皆委裁決，聲譽日聞，庶事明察，遠近委信，莫不歌戴。

「時有婆羅門早閑書論，為娶妻故多用財賄，未久之間作如是念：『我為娶妻多有所費，令我宅內財物空虛，獨守貧居豈能存濟？』遂向他處自衒己技求覓珍財，得五百金錢持以還舍。既至村側作如是念：『我婦少年顏容美麗，與之離別已歷多時，室無男子任情所作，寧知彼意可委信不？我此金錢不宜持入。』於曛黃後遂往空林，多根樹下穿地埋舉便之故宅。其妻先與外人私通名曰善聽，於此夜中盛設芳饌食已同居。時婆羅門既至宅所扣門而喚，妻遙問曰：『汝是何人？』答曰：『我是某甲。』婦聞其名遂藏善聽於臥床下，即去開門詐現喜相，引之令入共至房中，為設餘饌令其飽滿，食已便念：『豈非此婦與外私通？因何夜中有斯美食？』其夫性直，問言：『賢首！今非好日復無節會，因何得有此上食耶？』答曰：『近於夢中有天告我：「汝夫欲至。」為此我知作食相待。』夫曰：『我誠有福，方欲至舍天遂告知。』食已同寢各問安不？婦曰：『君離我去年月已深，求覓財錢有所得不？』答曰：『薄有所得。』婦遂陰言，意告床下，云：『我善聽須知其數。』問曰：『得幾許來？』答：『得五百金錢。』婦曰：『安在何處而不告我？』答曰：『且自安隱，明日將來。』婦曰：『我與君身事同一體，何須隱避而不告知？』彼性愚直，答曰：『安在城外。』云：『我善聽須知處所。』問：『在何處？』答曰：『在某林中多根樹下。』婦曰：『聖子行路辛苦且當安寢。』知其睡已作如是語：『善聽聞者可速為之。』即從床出向多根樹下，取得金錢持還本宅。其婆羅門既至天曉，往藏錢處唯見空坑一無所覩，即自拍頭椎胸大哭還向宅中。諸有親屬及餘知識，共來問曰：『何故憂悲？』答曰：『我久經求非常辛苦得金錢五百，遂於昨日曛黃之後，既絕人行藏某樹下歸舍而宿，今來欲取被賊將去。』諸人報曰：『此之委曲，餘不能知。汝今可問大藥，彼有智略超絕諸人。汝若歸投錢應還得，自餘方便非我等知。』

「時婆羅門行啼泣淚，至大藥所共相問訊，即以前事而告大藥。彼便問曰：『仁豈向人說耶？』時婆羅門悉皆具告，大藥念曰：『其婦必與外人交通作斯非理。』即便安慰婆羅門曰：『且可忍心勿生憂惱，所失之物當為尋求。』問曰：『仁家頗有犬不？』答言：『有。』『今可歸舍報其婦曰：「我先於大自在天像前作如是願：『我若平安得歸故第者，當請八婆羅門為設供養。』爾延其四，我請四人。」』婆羅門既報婦已，還至大藥所報言：『已作。』大藥曰：『八人來時，可於我舍將一人去令住門前，諸人入時令其瞻察。』告其人曰：『汝可觀彼八婆羅門，何者狗見逆面而吠？何者弭耳掉尾向前？見此相時爾當記憶。可令其婦自行飲食，觀於誰處衰盼言笑。』使受教已即往其家在門而立，所謂八人次第令入狗見皆吠，唯於善聽弭耳前迎，嘔嘔作聲掉尾而喜。是時使人記識善聽。次於食時其婦行食，於善聽處揚眉共笑有異餘人。使還以事具告大藥。大藥聞已即便彈指：『奇哉！此人果偷他物。』遂令使者喚善聽來而責之曰：『豈婆羅門有如是法，他人之物竊作己財，汝所取者即應還彼。』答曰：『敢為重誓不取他財。』是時大藥告使者曰：『此是惡人可禁於獄，隨常國法重加苦楚。』彼聞苦語便大驚怖，白言：『大臣願見救護，我當還物。』即取金錢，封元未開付與大藥，便以本物還婆羅門。彼得歡喜作如是念：『我年衰老還得本錢者，並是大藥之力，我今宜可重報其恩。』即減半錢持奉大藥，大藥受已還却分付，告曰：『我務濟人，寧求自利？』于時國中善名流布，王及諸臣寮庶之類，既聞知已作如是語：『我等有福，感此勝人共相保護，不令枉橫輒有侵欺。』

「時有一人，因向他方還來舊所，在其城外池邊歇息，於皮袋中取󰉓而食，忘不繫口餘處旋行。時有毒蛇入於󰉓內，其人既至不審觀察繫袋持歸，於城門外路逢相師，告言：『男子！我觀汝貌命在須臾。』其人雖聞不將為慮，去之稍遠悔不徵尋，便作是念：『我今宜去，先問大藥，然後歸家，彼多智策能為我決。』并持󰉓袋至大藥所具陳其事。大藥念曰：『豈非袋內有惡毒蛇，故彼相師作如是語。』於眾人前即令置袋于地以杖抉開，有大毒蛇從中而出，張鱗吐毒躑身而去。諸人見已共歎希奇。

## 根本說一切有部毘奈耶雜事卷第二十七