---
title: "根本說一切有部毘奈耶雜事 · 第二十九"
description: "根本说一切有部毗奈耶杂事是唐代高僧义净翻译的一部重要佛教律典，属于说一切有部的律藏文献。义净在7世纪赴印度求法，归国后系统翻译了大量佛教经典。该典籍主要记载了佛陀制定戒律的因缘、具体戒条及僧团生活规范，涵盖衣食住行等日常细节，是研究早期佛教戒律制度的重要文献。作为上座部佛教根本说一切有部的重要律典，它在南传佛教中具有权威地位，对了解原始佛教僧团运作和戒律思想具有不可替代的价值，是汉传佛教律学研究的核心经典之一。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcz4oeom010fjx042vp7m6y2"
---

## 根本說一切有部毘奈耶雜事卷第二十九

> 根本説一切有部の律における雑事 第二十九巻

三藏法師義淨奉　制譯

> 三蔵法師義浄奉　制訳

### 第六門第四子攝之餘明佛從天下等事

> 第六門 第四子 摂の余　仏の天より下るなどの事を明かす

爾時佛在室羅伐城，既現大神通降伏諸外道，利益無量眾隨類悉歸依，一切人天咸令歡喜，遠近城邑婆羅門等及工巧人，並皆來集室羅伐城，於世尊處而為出家。時彼諸人所有眷屬，皆來尋覓至此城中，見已告曰：「仁等捨俗而來出家，欲令我等若為存活？」答曰：「汝若愛者，可住於斯當受其法。」彼曰：「善哉！我當修學。」即皆出家。時婆羅門等見已譏嫌：「此等工人出家捨俗，我有作務欲使何人？」時諸苾芻以緣白佛，佛作是念：「工巧之人來出家後，還畜昔時所有作具，由是因緣致生譏醜。」告諸苾芻曰：「既出家後不應更畜工巧之具，若仍畜者得惡作罪。」佛制戒後，時有醫人既出家已，隨處遊行至室羅伐。有舊苾芻身嬰苦病，見客苾芻來，報言：「具壽！可為我治。」答曰：「佛不許我先是醫人更畜醫具，欲將何物而療病耶？」以緣白佛，佛言：「我今聽許諸苾芻輩，先是醫人得持針刺物，若是書吏得持筆墨，若剃髮人得畜剪刀子。」

> ある時、仏は室羅伐城におられた。大いなる神通力を現して諸々の外道を降伏し、無量の衆生を利益して、それぞれの性質に応じて皆が帰依した。すべての人間・天人は歓喜し、遠くの町や村々の婆羅門や工人たちも皆、室羅伐城に集まって来て、世尊のもとで出家した。 その人たちの親族も皆、彼らを探してこの町に来た。彼らを見て言った。「あなた方は俗世を捨てて出家されたが、私たちはどうやって生きていけばよいのですか？」 すると彼らは答えた。「もしあなた方がそれでよいと思うなら、ここに住んで教えを受けなさい。」 彼らは言った。「それはよいことです。私も学びましょう。」そして皆、出家した。 これを見た婆羅門たちは非難した。「このような工人たちが出家して俗世を捨ててしまえば、誰に作業をさせればよいのか。」 そこで比丘たちがこのことを仏に告げると、仏はこう考えられた。「工人たちが出家した後も、かつて使っていた道具類を所持し続ければ、そのことによって非難を招くことになる。」 彼は比丘たちに告げた。「出家した後は、もはや工巧の道具を所持してはならない。もし所持するならば、悪作（悪い行い）の罪を得るであろう。」 仏がこの戒律を定めた後、ある医者が出家して、方々を遊行し室羅伐にやって来た。そこに病に苦しむ年老いた比丘がいた。彼はその旅の比丘を見て言った。「具寿よ、どうか私を治療してほしい。」 すると彼は答えた。「私はもともと医者でしたが、仏は私が医者の道具を所持することをお許しになりません。何で治療すればよいのでしょう。」 このことを仏に告げると、仏は言われた。「私は今、かつて医者であった比丘が針や刺す物を持つことを許す。もし書記であった者は筆や墨を持つことを許す。もし剃髪師であった者は剪刀を持つことを許す。」

緣處同前，現神變後人天歡悅，佛及苾芻多獲利養。爾時世尊為欲斷其利養過故，遂昇三十三天，於玉石殿上三月安居，近圓生樹為母說法，并餘天眾。具壽大目連在逝多林而作安居。是時四眾既無世尊，咸悉共詣大目連所，頭面禮足在一面坐。尊者見來即為說法，隨機演暢示教利喜默然而住。是時四眾各從座起，偏袒右肩合掌恭敬，白尊者曰：「大德頗聞，如來大師今於何處而作安居？」尊者答曰：「我聞佛往三十三天，於玉石殿上而作安居，近圓生樹為母說法。」是時四眾既得聞法，知世尊所在深生歡喜，禮足而去。至安居竟四眾還來，禮尊者足在一面坐。尊者為說法已，大眾各起禮足白言：「大德！諸人久不見佛咸生渴仰，我等願欲奉見世尊。善哉大德！不憚勞者，願為我等至世尊處，傳我等言頂禮佛足，伏惟大師自一夏來，起居輕利無病少惱安樂住不？復更為白贍：『部洲內所有四眾，久違聖顏咸希親奉。我等四眾無有神通，能至三十三天禮世尊足親覲供養；然彼天眾得來至此。願佛慈悲哀愍我等。』」時大目連默許其請，眾知許已禮辭而去。

> 同じ場所（逝多林）において、神通力を現した後、人々と天人は皆喜び、仏と比丘たちは多くの供養を得た。そこで世尊は、その供養による弊害を断ち切ろうと考え、三十三天に昇られた。そして玉石殿において、円生樹の近くで三月の安居を行い、母やその他の天人のために法を説かれた。 尊者大目連は逝多林で安居を行っていた。世尊がいらっしゃらなくなったため、四衆（比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷）は皆、大目連のところに集まり、頭を跪けて足に礼し、一方に座った。尊者は彼らを見て、即座にその機に応じて法を説き、教え導き、利益と喜びを与え、静かに座っていた。 そこで四衆は各々席を立ち、右肩を露わにし、合掌して恭しく尊者に申し上げた。「大徳よ、如来大師が今、どちらで安居をされているかお聞きですか？」 尊者は答えた。「私は、仏が三十三天に昇られ、玉石殿で安居をされ、円生樹の近くで母のために法を説かれていると聞きました。」 四衆はその法を聞き、世尊のいる場所を知って深く喜び、足を礼して立ち去った。安居が終わると、四衆は再び戻って来て、尊者の足を礼し、一方に座った。尊者が法を説き終えると、大衆は各々立ち上がり、足を礼して言った。「大徳よ、私たちは長い間仏にお会いしておらず、皆、心からお会いしたいと願っております。どうか大徳よ、お疲れにならないようお願い申し上げます。私たちの言葉を世尊のところまで伝えてください。仏の御足を礼し、大師がこの夏の間、お体が軽く安らかで、病気なく、悩みもなく、安楽にお過ごしであるかをお尋ねください。さらにこうも伝えてください。『閻浮提の内の全ての四衆は、長らく聖顔を仰がず、皆、直接お会いしたいと願っております。私たち四衆には神通力がなく、三十三天に昇り、世尊の足を礼し、直接お会いして供養することができません。しかし、そちらの天衆はここに来ることができるのです。どうか仏の大いなる慈悲をもって、私たちを哀れみ、お救いください。』」 この時、大目連は静かにその請けを承諾した。四衆は承諾されたことを知り、礼をして辞去した。

尊者觀知大眾去已，即入勝定，猶如壯士屈申臂頃，即於此沒至三十三天現，遙見世尊於玉石殿，為諸天眾無量無邊說微妙法。時大目連不覺微笑作如是念：「世尊至此諸天圍繞，猶如贍部四眾無邊。」爾時世尊知大目連心之所念，告言：「目連！此之大眾非自能來，皆由我力而有來去。」是時目連既至佛所，禮雙足已退坐一面，普觀大眾白言：「世尊！念此大眾甚奇希有，悉皆雲集。由彼前身於佛、法、僧、清淨聖戒生不壞信深心成就，於彼命過來生於此。」佛告目連：「如是，如是！此諸大眾，由彼前身於佛、法、僧、清淨聖戒起不壞信深心成就，於彼命過得來生此。」時天帝釋見佛世尊與大目連有所論說，即於佛前告大目連：「重敘其事，由其敬信三寶、清淨聖戒，廣說乃至得來生此。」復有天子告大目連：「重敘其事，廣說乃至來生於此。」

> 尊者は大勢の者が去ったのをご覧になると、すぐに勝れた定に入られた。それは、力強い者が腕を伸ばしたり曲げたりするほどの一瞬のことであった。そのままこの場を去り、三十三天に現れて、はるか遠くに世尊が玉石殿で、無数の天々に囲まれて微細な法を説いておられるのをご覧になった。その時、大目連は思わず微笑み、こう考えた。「世尊はここにまで来られ、天々に囲まれている。あたかも閻浮提で無数の四衆に囲まれているかのようだ。」 その時、世尊は大目連の心の中の思いを知って、告げられた。「目連よ、この大衆は自ら来ることができるのではない。すべて私の力によって来たり去ったりするのだ。」 そこに至った目連は、仏の両足に礼拝し、退いて一方に坐り、大衆を一望して言った。「世尊よ、思いますに、この大衆はまことに稀有であり、すべて雲のように集まっています。彼らは前世において、仏・法・僧・清浄な聖なる戒に対して不壊の信を起こし、深い心を成就し、その命を終えてここに生まれてきたのです。」 仏は目連に告げられた。「その通り、その通り。この大衆は、前世において仏・法・僧・清浄な聖なる戒に対して不壊の信を起こし、深い心を成就し、その命を終えてここに生まれてきたのだ。」 その時、天帝釈は、仏世尊と大目連が語り合っているのをご覧になり、仏の前で大目連に告げた。「そのことを詳しく述べます。すなわち、彼らが三宝と清浄な聖なる戒を敬い信じたことにより、広く説けば、ここに生まれてきたのです。」 さらに、ある天子が大目連に告げた。「そのことを詳しく述べます。広く説けば、ここに生まれてきたのです。」

復有天子從座而起，偏袒右肩合掌恭敬，白佛言：「世尊！我由前身於佛深信，於彼命過來生於此。」復有餘天作如是語：「我由前身於法、於僧、於清淨聖戒深生淨信具足受持，於彼命過來生於此。」時有無量百千天眾，親於佛前悉皆證得預流果，各禮佛足隱而不現。

> また、ある天子が座を立って、右肩を露わにして合掌し、敬いながら仏に申し上げた。「世尊よ、私は前世において仏を深く信じたことにより、その命終えてここに生まれました。」 また別の天子たちが、次のように語った。「私は前世において、法と僧と清らかな聖なる戒めを深く信じ、それを完全に受持したことにより、その命終えてここに生まれました。」 その時、無量・百千の天の大衆が、仏の目の前で皆、預流果（悟りの最初の段階）を証得し、それぞれ仏の足を礼して、姿を消した。

爾時目連見眾去已，即從座起偏袒右肩，合掌向佛白言：「世尊！贍部洲中所有四眾，各並虔誠來至我所作如是語：『大德！我等久不見佛咸生渴仰，我等願欲奉見世尊。善哉大德！不憚勞者，願為我等至世尊處，傳我等言頂禮佛足，伏惟大師自一夏來，起居輕利無病少惱安樂住不？我等四眾無有神通能往三十三天禮世尊足親覲供養，然彼諸天能來至此。』善哉世尊！慈悲哀愍，從彼天處下贍部洲。」作此白已，爾時世尊告目連曰：「汝今可往贍部洲中告諸四眾，滿彼七日已，佛從天處向贍部洲，於僧羯奢城清淨曠野烏曇跋羅樹邊而下。」時大目連聞佛語已，頂禮佛足即還入定，猶如壯士屈申臂頃，於三十三天沒贍部洲中出，告諸四眾：「滿此七日已，佛從天處來贍部洲烏曇跋羅樹邊而下。」時諸四眾各持香花，往僧羯奢城。時彼城中所有人眾，聞佛將至皆大歡喜，淨除諸穢掃飾街衢，灑以香水名花遍布，幢旛繒蓋處處莊嚴，如歡喜園誠可愛樂，於一勝處敷妙高座企想如來。

> その時、目連は大衆が去っていくのを見ると、即座に座を立ち、右肩を露わにして合掌し、仏に向かって申し上げた。「世尊よ、閻浮提（インド）にいる全ての四衆は、それぞれ誠心を込めて私のもとに来て、こう言いました。『大徳よ、私たちは長らく仏にお会いできず、皆が深く拝謁を願っております。どうか大徳よ、お手数をおかけしますが、私たちに代わって世尊のもとへ行き、仏の御足に頭を付けて礼拝する旨をお伝えください。そして、大師がこの夏の間、起居も軽やかで健やかに過ごされ、病もなく悩みもなく安楽にお過ごしであるかを、私たちに知らせてください。私たち四衆には神通力がなく、三十三天に昇って世尊の御足を礼拝し、直接お目にかかって供養することはできません。しかし、あちらの天の者たちはここに来ることができるのです』。どうか世尊よ、慈悲深く哀れみ給い、その天の場所から閻浮提へとお下りください。」こう申し上げた後、世尊は目連に告げられた。「汝は今、閻浮提へ行き、四衆に告げよ。七日が満ちたならば、仏は天の場所から閻浮提へと向かい、僧羯奢（サンカーシャ）の清らかな野にある烏曇跋羅（ウドゥンバラ）の木のほとりに降り立つ、と。」大目連は仏の言葉を聞き終え、仏の御足に礼拝した後、すぐに禅定に入った。屈伸するかのような瞬時に、三十三天を去り、閻浮提に現れて、四衆に告げた。「七日が満ちたならば、仏は天の場所から閻浮提の烏曇跋羅の木のほとりに降り立たれます。」その時、四衆はそれぞれ香や花を手に持ち、僧羯奢の都へと向かった。都中の人々は仏が来られることを聞き、皆大いに喜び、穢れを清め、街路を掃き飾り、香水をまき名花を敷き詰め、旗や幢や傘蓋で各所を荘厳した。あたかも歓喜園のように実に愛らしく、一つの勝れた場所に立派な高座を設け、如来の到来を待ち望んだ。

是時如來為三十三天眾，說當機法示教利喜已，即於此沒，將諸天眾至夜摩天為說法已，即於此沒，復將天眾至覩史多天為其說法，如是至於化樂、他化自在、梵眾、梵輔、大梵、少光、無量光、光音、少淨、無量淨、遍淨、無雲、福生、廣果、無煩、無熱、善見、善現，至色究竟天皆為說法示教利喜已，即於此沒至善現天，如是向下乃至三十三天。是時帝釋白佛言：「世尊！今欲詣贍部洲？」答言：「我去。」白言：「為作神通？為以足步？」答言：「足步。」帝釋即命巧匠天子曰：「汝應化作三道寶階，黃金、吠琉璃、蘇頗胝迦。」答言：「大善！」即便化作三種寶階。世尊處中躡琉璃道，索訶世界主大梵天王於其右邊蹈黃金道，手執微妙白拂價直百千兩金，并色界諸天而為侍從。天帝釋於其左邊蹈頗胝迦道，手擎百支傘蓋價直百千兩金而覆世尊，并欲界諸天而為侍從。佛作是念：「我但步去者，恐外道見議：『沙門喬答摩以神通力往三十三天，見彼妙色心生愛著，神通即失足步而還。』若以神通徒煩天匠。我今宜可半以神通半為足步往贍部洲。」

爾時世尊循寶階下，去此十二踰善那，人氣上薰如死屍臭，令彼諸天不能鼻嗅。世尊知已化作牛頭旃檀香林，令氣芬馥聞者歡喜。佛作是念：「若贍部洲男見天女、女見天男，情生愛染，由婬欲心極熾盛故，便歐熱血悶絕命終。我今宜可以神通力令男見天男、女觀天女。如是作已，不令染愛擾嬈其心。」

爾時具壽須菩提，在一樹下晝日閑居，遙見世尊諸天大眾恭敬圍遶，威德尊重從三十三天而來至此，便作是念：「所有此等大德諸天，悉皆辭佛當往天處，此諸人眾百年之中，並皆身死。佛化緣盡亦復涅槃，斯等威嚴無不磨滅。善哉世尊！處處慇懃作如是語：『諸行無常，體恒變易。生滅之法是可惡事。』我今於此深起厭心，於五取蘊觀察無常苦空無我。」如是知已，以智金剛杵摧二十種有身見山，獲預流果得不壞信，即便速疾捨加趺坐，右膝著地合掌恭敬，遙禮世尊瞻仰而住。

爾時嗢鉢羅苾芻尼作如是念：「佛從天上下贍部洲，作何方便我得最初禮世尊足？大眾皆集無地旋踵，若其直爾作苾芻尼形者，人皆見輕莫由進路，我今宜可現大神通。」即以自身化為輪王，七寶前導，九十九億軍眾圍遶，千子具足，微妙莊嚴如半月形，詣世尊處。時有無量億眾沙門婆羅門外道內道無邊四眾，悉皆影附，歎未曾有。上持白蓋翊從雲奔，猶如白日放千光明，朗月澄輝出於星漢。如是嚴飾壯麗難思至世尊所，大眾見已皆生希有，瞻仰忘疲各生異念：「何處得有如是國王軍容可愛，多是他方輪王帝主？」既見是已各生求願：「如何令我得受斯樂？」大眾開路令彼近前。爾時鄔陀夷苾芻在斯眾會，告諸人曰：「此非輪王，乃是嗢鉢羅苾芻尼，自現神通來禮佛足。」時眾問曰：「大德！云何知是嗢鉢羅尼耶？」答曰：「嗢鉢羅花香氣芬馥，嗢鉢羅色舉眾同然，故知是彼現斯神變。」時苾芻尼既至佛所便攝神通，前禮佛足在一面住。

爾時世尊既安坐已，告嗢鉢羅尼曰：「汝今可去！勿苾芻尼當我前立。尼對大師現神通者是非理事。」被佛訶已便詣一邊。佛作是念：「尼對佛前現神通者，有如是過。我制諸尼於大師前不現神力。」告諸苾芻曰：「從今已後諸苾芻尼，不應於大師前而現神通，作者得越法罪。」

爾時大眾見此輪王有大威勢，心生願樂求生人道；或見諸天光明可愛，皆生願樂求往天中。爾時世尊見斯事已，為欲遮其人天願故，隨彼機緣為說妙法，彼聞法已得豫流果，或一來果及不還果，或有出家斷諸煩惱獲阿羅漢果，或發聲聞菩提心者，或發獨覺菩提心者，或發無上大菩提心者，或發煗頂所有善根，或發中下忍心，皆令大眾歸信三寶。

爾時世尊即以此緣而說頌曰：

「設作轉輪王， 或復生天上，雖得於勝定， 不如預流果。」

爾時世尊為諸大眾示教利喜說妙法已，時諸苾芻咸皆有疑，請世尊曰：「何意具壽鄔陀夷聞嗢鉢羅香氣知是彼尼？」佛告諸苾芻：「非但今日聞香得知，於過去時亦曾聞香而知其事。汝等應聽。於過去世婆羅痆斯城有一商主，娶妻未久便即有娠。是時商主欲入大海求覓珍寶，告其妻曰：『賢首！我向他方求妙寶貨，汝看家室宜可用心。』答曰：『聖子！若如是者我亦隨去。』答曰：『誰當與汝共相供給？』彼便啼泣。徒伴見悲，問言：『何故？』答曰：『欲得共我一處同行，我不見隨為此渧淚。』伴曰：『彼意欲去，何不隨之？』答曰：『誰相供給？』伴曰：『但令共去，我為相供。』即便將去。既入大海，被摩竭魚破其船舶。是時商主因此命終，餘人亦死，其婦伶俜，遇得一版，幸因風便飄至海洲。有金翅鳥王於此居住，遂將此女以充妻室。未久之間昔所懷娠，誕生一子顏貌端正。後於異時復生鳥子，形如金翅，其父遂亡。是時眾鳥立子為王，母告子曰：『汝承父族身得為王。此是汝兄，今可將去向婆羅痆斯，於眾人中立為國主。』答言：『國母！我當為立。』時婆羅痆斯城現有國王名曰梵授，以法化世安隱豐樂，廣如餘說。王於朝集在眾中坐，時金翅鳥王以雙足爪，擒其兩臂棄於大海，諸妙瓔珞莊嚴其兄，將至王城置師子座上。告諸臣曰：『此是汝王，好當伏事，如有相違，還令汝等俱淪大海。』人皆畏懼奉教而行，臣亦不敢告令斯事，眾人皆謂是梵授王。時王報金翅鳥曰：『於時時間，與我相見。』答言：『我來！』後於異時，王有母象月滿生兒，但現其頭身不能出，臣白王知，王曰：『牽入後宮，令諸宮人作實語盟，要使其速出應如是呪：「若除王外無男子者，宜令象子安隱生出。」』即便牽入。時諸內人皆作盟誓：『若我除王更無人者，象子宜出。』雖作此誓，象極辛苦，兒不能生，人皆大叫，不知如何。時有牧牛女宅去斯不遠，聞人叫聲問其所以：『何故宮內有大叫聲？』諸人具告，牧牛女曰：『我為盟要能使象兒安隱得出。』諸人聞已具告大臣，大臣白王遂喚入內，女即便以實語象前為要：『我從生來除一夫外無別男子，此事實者即願象子安隱產生。』作是語已象便生子而尾不出，女見微笑作如是語：『此之小過亦不相容。』內人問曰：『爾有何過？』答曰：『我於先時抱他孩子，其兒失尿流入我陰，當爾之時似如受樂，緣此小過尾不隨身。』由斯實語尾亦隨出。臣報王曰：『象子已生。』王曰：『誰能令出？』于時大臣以事具白。王遂傷曰：『我之宮女咸不貞良，唯牧牛人獨見清白。』王曰：『喚牛女來我須自問。』女至，王問：『汝以實言令象生子耶？』答曰：『如是。』王作是念：『母既賢善，女亦應然。我試問之。』『汝有女不？』答王言：『有。』『其字如何？』答名：『妙容。』『曾與人未？』答：『未曾與。』『阿母！若如是者，當可與我。』答：『隨王意。』即辦儀禮娶入宮中。王復念曰：『宮女非貞已虧盟誓，若令住此必行非法。』後因金翅鳥來，王即具告其事：『弟宜晝日將我婦去安海洲上，夜可持來。』答言：『善好。』遂便以婦付與金翅，如其言契晝去夜來。

「時彼海洲有好香花名曰去醫，婦便日日結此花鬘送與梵授。時婆羅痆斯有婆羅門子，因取樵木須往山林，見緊那羅神女，遂將婆羅門子入石龕中，便與交通共相得意。其女若出求花果時，自既出已便將大石掩閉其門，人不能動。後經多時誕生一子，其子行時身形速疾，遂與立字名為速疾。父於子前每常歎說：『婆羅痆斯是好住處，汝今應知。』子問父曰：『父何處生？』答曰：『婆羅痆斯是本生處。』答曰：『若爾，何不還鄉？』父曰：『汝母若出求花果時，必將大石掩其穴口，我不能動，欲逃無路。』答曰：『我當為開。』父言：『大善！』子便數數取石試之，乃至力成能排大石，報其父曰：『戶既得開共父逃走。』父曰：『汝母暫為花果須出，急即還來無由得去。若其於路逢見我者必定相害。』答曰：『我作方便令彼遲來。』父言：『好事。』母持果至，子便取噉嚼而吐出，母曰：『何意如是，豈不美耶？』答曰：『母懶遠去近覓苦果，誰復能飡？故須棄却。』母曰：『若爾，我當遠去覓好果來。』答曰：『善哉！』為覓好者，母至明日即便遠去，子報父曰：『今是走時，無宜更晚。』遂去其石父子俱逃，至婆羅痆斯父生之處。其母來至見石室空虛，椎胸大哭。隣人問曰：『何意啼耶？』即以事具答。隣人曰：『彼是人類走向人間，亦何事憂苦？』母曰：『我不憂此相與別離，但恨未曾教其一伎令得活命。』彼便答曰：『我亦數向婆羅痆斯，若有活緣汝可與我，我若見時轉授於子。』其母即以箜篌授之，報言：『姊妹！若見我兒面親付與。語言：「汝可彈此箜篌以自活命，其第一絃指不應觸，若觸著者必有損害。」』彼即持去。時婆羅門將兒速疾付師受學，師即教詔。兒因暇日即疾入山採取薪木，遇見隣人，問速疾曰：『汝比何如？』答曰：『常受飢苦，知欲如何？』報曰：『汝母相憶泣涕恒流，何不往彼？』答曰：『彼是藥叉，誰能共住？』答曰：『若不能去，我今與汝活命之物，不得與他。』答言：『不與。』即授箜篌，報言：『彈此而為活命，其第一絃指不應觸，若觸著者必有損害。』答曰：『善哉！我如是作。』即持箜篌至學堂處見諸同侶，彼便問曰：『汝來何遲？』答曰：『見我母友授此箜篌。』諸人問曰：『汝能彈不？』答言：『我能。』『汝可為彈，我等共聽。』彼即為彈，初絃不觸，彼言：『何故不觸初絃？』答言：『觸者必生過患。』『汝今但觸，何過之有？』即便指觸，時諸學生不能自持，悉皆起舞，緣斯日晚至先生處。問曰：『何遲？』彼即具答，先生問曰：『汝能彈不？』答曰：『我能。』『若爾，為彈一曲。』彼即為彈，初絃不觸，先生曰：『何意初絃不以指觸？』答言：『若觸恐有過生。』『汝但指觸，斯有何過？』即便彈觸，先生及婦悉皆起舞不能自持，所居屋舍悉皆崩倒，瓮器之屬盡破無遺。先生大瞋，即扼其項驅出村外。既被斥逐隨處孤遊，唯彈箜篌而自活命。

「時有五百商人齎持貨物欲入大海，諸人議曰：『眾事皆有，但無音樂，何以自娛？至大海中誰解憂悶？』一人報曰：『速疾婆羅門子解擘箜篌，可相隨去。』即將速疾共至舶中。於大海內諸人告曰：『汝擘箜篌，共相娛樂。』即便為彈初弦不觸，諸人問曰：『何不觸弦。』答曰：『若觸有過。』彼言：『但觸，能作何過？』即為彈觸，其時船舶跳躑海中遂便破碎，所有商人悉皆漂沒同時命過。唯有速疾一人得存，遇版逢風天緣命活，遂便吹至金翅鳥洲。於一園中更無男子，唯見梵授王婦妙容女人，因與言交共行綢密。晝日相見夜即別離。問言：『汝每於夜何處去來？』彼既通懷悉皆具告，答言：『賢首！若如是者，何不將我共至婆羅痆斯？』女答言：『好！共汝俱行。』問男：『何字？』『我名速疾。汝復何名？』『我字妙容。』其女即便漸持小石，乃至與人輕重相似，斟酌得去即喚速疾，同乘金翅向婆羅痆斯。女曰：『爾可合眼，開即損睛。』欲至城邊聞人叫嚮，遂作是念：『髣髴欲至。』開眼瞻望，鳥急𣣋風兩目便瞎。于時妙容置之園內，自向王邊。後至春時名花盡發眾鳥哀鳴，王與宮人入園遊觀。時妙容女亦在其中，速疾聞彼去醫花香，即為頌曰：

「『風吹去醫花， 芳香真可愛；猶如海洲上， 與妙容同居。』

「時梵授王聞此頌聲，勅內人曰：『遍可觀察誰作此聲？』諸人答曰：『有患眼人作斯聲嚮。』王便喚至問曰：『汝作頌聲？』答言：『我作。』『汝應更作，我試聽之。』便作是念：『豈非雅頌王樂聽聞，我為作之或容賞賜。』即還說頌

「『風吹去醫花， 芳香真可愛；猶如海洲上， 與妙容同居。』

「時王問曰：『言海洲者，去斯遠近？』以頌答曰：

「『妙容所居處， 去斯有百驛，超過於大海， 有洲真可愛。』

「王既聞已，以頌答曰：

「『汝頗曾聞見， 我所愛樂者，若是妙容身， 汝可說其相。』

「是時盲人以頌答曰：

「『腰間有萬字， 胸前有一旋，常結去醫花， 寄來與人主。』

「王聞語已便作是念：『此人惡行，雖安海島亦復通私，既無所用，宜應與此忿恨居懷。』乃為頌曰：

「『妙容具瓔珞， 付與此盲人，宜可遣乘驢， 驅之出城郭。』

「于時二人被王擯出，盲人將婦隨處棲遑，至日暮時投大聚落，於空天廟權且居停。時有群賊五百夜入此村，諸人覺知悉皆除剪，唯有賊帥一人，走入天廟反閉其戶。村人來問：『廟中者誰？』盲人答曰：『我是客人，非關賊類。』諸人告曰：『若有賊者即宜遣出。』是時賊帥報妙容曰：『汝何用此盲瞎人乎？宜可出之與我同活。』妙容便許，推出盲人。村人見之，遂斬其首。既至天曉，賊帥便將妙容而去，至一河邊無有船栰不能得渡。賊報婦曰：『賢首！河既汎漲無由共過。汝且住此洗浴身體，所有瓔珞我先將過，安彼岸已還來相取。』婦言：『隨意。』便脫衣裳及諸瓔珞與其賊帥，入水而坐，即作是念：『豈不此人將我物走？』遙告彼曰：

「『大河今汎漲， 瓔珞汝持將；我生如是心， 恐汝今偷去。』

「賊帥聞已以頌遙報

「『汝夫無過令他殺， 誰信於我有親心？所有瓔珞我持行， 恐汝得便還傷我。』

「是時賊帥即便將物棄婦而行，其女遂即露體出河入草而住。去此不遠有老野干，口銜肉臠循河而去。時有一魚從水踊出擲身岸上，野干見已棄所銜肉欲取其魚，魚入水中肉被鵄撥，兩事俱失垂耳而愁。于時妙容於草叢內，遙見野干即說頌曰：

「『肉被鵄將去， 魚復入河中；兩事並皆亡， 愁苦知何益？』

「是時野干聞頌聲已，四顧而望不見一人，乃為頌曰：

「『我不為歡笑， 亦不作歌舞；誰在草叢中， 以言相調戲？』

「妙容聞已，在草叢中報野干曰：『我是妙容。』野干聞聲即瞋罵曰：『汝罪過物，不自羞恥反來相調。』以頌答曰：

「『舊聟已殺却， 新夫將物行；彼此無歸伏， 愁怨草中鳴。』

「妙容聞已即以頌答：

「『我今還本舍， 貞心事一夫；恐損於宗族， 不復作狂愚。』

「是時野干亦以頌答：

「『假使弶伽水， 逆流烏鳥白；贍部生多羅， 汝能專守一。烏與鵂鶹鳥， 同共一樹棲；彼此相順從， 汝能專守一。假使蛇鼠狼， 共在一穴遊；二物情相愛， 汝能專守一。假使用龜毛， 織成上妙服，寒時可披著， 汝乃有貞一。假使蚊蚋足， 可使成樓觀，堅固不搖動， 汝能專守一。假使蓮花莖， 作橋令眾渡，大象亦能過， 汝能專守一。假使大海中， 水中生火聚；諸人皆共向， 汝能專守一。』

「是時野干說是頌已告妙容曰：『我且作斯戲調之語，我能令汝還得依舊為國夫人，將何酬報？』答曰：『知識若能令我還如昔者，我當日日供給肉食不使乏少。』野干曰：『若如是者當用我言，應入弶伽河內令水至咽，合掌向日念天而住，我為報王。』野干便去，至王聞處出大叫聲，作如是語：『妙容今在弶伽河中洗心練行，宜疾喚取還入後宮。』王先曾學野干之語，既聞其事告大臣曰：『卿今宜往弶伽河邊，我聞妙容在彼勤苦改心易操，即可將來與我相見。』時諸大臣既見妙容，即以瓔珞衣服嚴身，將至王所。王見歡悅，還依昔日為大夫人，遂日日中常以好肉供給野干，後便即絕。是時野干還伺王宮相近之處，叫聲告曰：『妙容！汝不以肉共相供者，我當令王熟打於汝與舊不殊。』夫人聞怖，即還給與野干之肉。汝等苾芻！勿作餘念。往時妙容者即嗢鉢羅苾芻尼是，彼時速疾者即鄔陀夷是。往時聞去醫花香氣知是妙容，今聞嗢鉢花香知是彼尼。汝等苾芻如是應知，一切事業皆是串習以為因緣。」大眾聞已歡喜奉行。

第六門第五子攝頌曰：

度尼八敬法， 尼欲依次坐；二部事各殊， 還俗尼不度。

佛在劫比羅城多根樹園。時大世主與五百釋女往詣佛所，禮雙足已退坐一面，佛即為說種種妙法示教利喜。爾時大世主既聞法已，深心歡慶從座而起，合掌向佛白言：「世尊！頗有女人於佛法中出家近圓成苾芻尼性，堅修梵行得第四沙門果不？」佛言：「大世主！汝應在家著白衣服，修諸梵行純一圓滿清淨無染，此能獲得長夜安隱利益快樂。」如是三請佛皆不許，頂禮雙足奉辭而去。

爾時世尊著衣持鉢，出劫比羅城往販葦聚落。時大世主聞佛去已，與五百釋女自剃頭髮，皆著赤色僧伽胝衣，常隨佛後隔宿而去。世尊到彼住相思林中，時大世主涉路疲極塵土蒙身，便詣佛所禮佛足已退坐一面。爾時世尊為說妙法示教利喜。時大世主既聞法已，從座而起合掌白言：「世尊！頗有女人於佛善說法律之中出家受近圓成苾芻尼性，堅修梵行證得第四沙門果不？」佛言：「大世主！宜應剃髮著縵條衣，乃至盡形堅修梵行，純一圓滿清淨無染，此能獲得長夜安隱利益快樂。」如是三請佛皆不許。

時大世主知佛世尊頻請不許，遂於門外啼淚而立。時具壽阿難陀見已問言：「喬答彌！因何啼泣而立？」答言：「尊者！我等女人，世尊不許出家作苾芻尼，是故啼泣。」阿難陀報言：「喬答彌！可住於此，我問如來。」爾時阿難陀詣世尊所，頂禮足已在一面立，白佛言：「世尊！頗有女人於佛善說法律中出家近圓成苾芻尼，堅修梵行證得第四沙門果不？」佛言：「得有。」「若如是者，願許女人出家。」佛言：「阿難陀！汝今勿請女人於我善說法律之中出家近圓成苾芻尼性。何以故？若許女人為出家者，佛法不久住。譬如人家男少女多，即被惡賊破其家宅。女人出家破壞正法，亦復如是。又復阿難陀！如作田家苗稼成熟，忽被風雨霜雹所損。女人出家損壞正法，亦復如是。又復阿難陀！如甘蔗田成熟之時，遭赤節病便被損壞無有遺餘。若聽女人出家，損壞正法不得久住速當滅盡，亦復如是。」具壽阿難陀復白佛言：「是大世主於世尊處誠有大恩，佛母命終乳養至大，豈不世尊慈悲攝受？」佛告阿難陀：「實有斯事，於我有恩我已報訖，由因我故得知三寶，歸佛法僧受五學處，於四諦理無復疑惑，得預流果當盡苦際證會無生。如是之恩更為難報，非衣食等可相比喻。」

爾時世尊告阿難陀曰：「汝為女人，求請出家成苾芻尼者，我今為制八尊敬法，盡壽修行不得違越。我此所制如種田人，夏末秋初河渠之處，堅修隄堰不使水流，溉灌田苗隨處充足，八尊敬法亦復如是。云何為八？阿難陀！諸苾芻尼，當從苾芻求出家受近圓成苾芻尼性，此是最初敬法。事不應違，乃至盡形諸苾芻尼當勤修學。

「阿難陀！半月半月當從苾芻求請教授，此是第二敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。

「阿難陀！無苾芻處不得安居，此是第三敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。

「阿難陀！苾芻尼不得詰問苾芻，憶念苾芻所有過失，謂毀戒、見、威儀、正命。阿難陀！若苾芻尼見苾芻戒見儀命有毀犯處，不應詰責，苾芻見尼有毀犯處應為詰責。阿難陀！此是第四敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。

「阿難陀！苾芻尼不得罵詈瞋恚訶責苾芻，苾芻於尼得為此事，此是第五敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。

「阿難陀！若苾芻尼，雖受近圓已經百歲，若見新受近圓苾芻，應當尊重合掌迎接恭敬頂禮，此是第六敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。

「阿難陀！苾芻尼若犯眾教法者，應二眾中半月行摩那𭅤，此是第七敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。

「阿難陀！若苾芻尼夏安居已，於二眾中以三事見聞疑作隨意事，此是第八敬法。事不應違，乃至盡形當勤修學。」

## 根本說一切有部毘奈耶雜事卷第二十九