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title: "根本說一切有部毘奈耶雜事 · 第三十九"
description: "根本说一切有部毗奈耶杂事是唐代高僧义净翻译的一部重要佛教律典，属于说一切有部的律藏文献。义净在7世纪赴印度求法，归国后系统翻译了大量佛教经典。该典籍主要记载了佛陀制定戒律的因缘、具体戒条及僧团生活规范，涵盖衣食住行等日常细节，是研究早期佛教戒律制度的重要文献。作为上座部佛教根本说一切有部的重要律典，它在南传佛教中具有权威地位，对了解原始佛教僧团运作和戒律思想具有不可替代的价值，是汉传佛教律学研究的核心经典之一。"
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## 根本說一切有部毘奈耶雜事卷第三十九

> 根本説一切有部律雑事 巻第三十九

三藏法師義淨奉　制譯

> 三蔵法師義浄奉　制訳

### 第八門第十子攝頌涅槃之餘次明五百結集事

> 第八門 第十子偈「涅槃の餘」 次に五百結集の事を明かす

時有婆羅門名突路拏，在於眾內，見此諸人欲爭舍利共相戰伐，恐有損傷違害佛教，自執長幡以麾大眾，告拘尸那諸壯士曰：「仁等且止！今欲為君陳其損益。我比曾聞此大沙門喬答摩氏，憐愍一切諸有情故，於無數劫熾然精勤忍怨害事，長時苦己讚行忍辱，由是因緣成無上覺，心行平等猶若虛空，於諸有情普皆濟度，眾生福盡捨棄涅槃。息化以來纔經七日，即興兵戰誠是相違。唯願諸人勿為鬪競，我為平分必令歡喜。佛身舍利分為八分，各將供養饒益群生，量舍利瓶願同惠我，持還本國建窣覩波。」時拘尸那城壯士聞已，報言：「可爾！然大師世尊長夜修忍，不為殺害廣如前說，仁今順教為我平分，斯為善事。」其婆羅門既蒙許可，即分舍利而為八分，第一分與拘尸那城諸壯士等廣興供養，第二分與波波邑壯士，第三分與遮羅博邑，第四分與阿羅摩處，第五分與吠率奴邑，第六分與劫比羅城諸釋迦子，第七分與吠舍離城栗㚲毘子，第八分與摩伽陀國行雨大臣。此等諸人既分得已，各還本處起窣覩波，恭敬尊重伎樂香華盛興供養。時突路拏婆羅門將量舍利瓶，於本聚落起塔供養。

> そこに、突路拏（トゥルナー）という名のバラモンが群衆の中にいました。彼は、これらの人々が仏舎利を争って戦おうとしているのを見て、殺生が起こり、仏の教えに反することを恐れ、自ら長い旗を掲げて大衆をなだめ、こう言いました。「皆さま、お待ちください。今、あなた方に、その損益を申し上げましょう。私はかつて、この大沙門ゴータマが、一切の生きとし生けるものを哀れむがゆえに、無数の劫の間、怨みや害を耐え忍ぶことに精進し、長い間、自らを苦しめて忍辱を称賛されたと聞きました。その因縁によって、無上の悟りを成就され、心の働きは平等で虚空の如く、すべての生きとし生けるものを救い済度されました。しかし、衆生の福徳が尽きたために、涅槃に入られました。その御教化が終わってからまだ七日しか経たないのに、戦いが起ころうとしているのは、まことに仏意に反することです。どうか、皆さま、争いをなさらないでください。私が平等に分けましょう。必ずや皆が喜ぶようにいたします。仏の舎利を八分に分け、それぞれが供養して、生きとし生けるものを利益しましょう。そして、舎利を計るための瓶（はかり）を、私にもお恵みください。私はそれを持ち帰り、自国の地に塔を建てて供養いたします。」 これを聞いて、拘尸那掲羅（クシナガラ）の勇士たちは答えました。「それがよろしい。しかし、大師世尊は長い夜の間、忍び、殺生をなさいませんでした。そのことは先ほど詳しくお聞きした通りです。あなたは教えに従い、私たちのために平等に分けてください。それは善いことです。」 そのバラモンは許しを得ると、すぐに舎利を八分に分けました。 第一分は、拘尸那掲羅の勇士たちに与えられ、広く供養されました。 第二分は、波波邑（パーパー）の勇士たちに。 第三分は、遮羅博邑（チャーラーヴァティー）に。 第四分は、阿羅摩處（ラーマグラーマ）に。 第五分は、吠率奴邑（ヴェータディーパ）に。 第六分は、劫比羅城（カピラヴァストゥ）の釈迦族の人々に。 第七分は、吠舎離城（ヴァイシャーリー）のリッチャヴィ族の人々に。 第八分は、摩伽陀国（マガダ国）の行雨大臣に。 これらの人々は舎利を受け取ると、それぞれの地に帰り塔を建て、敬い尊重し、音楽や香華で盛大に供養しました。 そして、突路拏（トゥルナー）バラモンは、舎利を計るための瓶を携えて自分の村に帰り、その瓶を納めた塔を建てて供養しました。

有摩納婆名畢鉢羅，亦在眾中告諸人曰：「釋迦如來恩無不普，於仁聚落而般涅槃，世尊舍利非我有分，其餘炭燼幸願與我，於畢鉢羅處起塔供養。」時贍部洲世尊舍利乃有八塔，第九瓶塔，第十炭塔。如來舍利總有一碩六斗分為八分，七分在贍部洲，其第四分阿羅摩處所得之者，在龍宮供養。又佛有四牙舍利：一在天帝釋處；一在健陀羅國；一在羯陵伽國；一在阿羅摩邑海龍王宮，各起塔供養。

> ある婆羅門の名をビッパラと言い、その者もまた衆の中にいて人々に告げた。「釈迦如来の恩恵はすべてに及ばないところはありません。あなたがたの村で般涅槃に入られましたが、世尊の舎利は我々の分け前にはありません。残りの灰や炭の残りをどうか私にください。ビッパラの地において塔を建てて供養したいのです。」このとき、閻浮提における世尊の舎利塔は八塔となり、第九は瓶塔、第十は炭塔となった。如来の舎利は合わせて一石六斗あり、八分に分けられた。そのうち七分は閻浮提にあり、その第四分はアローマという場所で得られたもので、龍宮で供養された。また仏には四つの歯の舎利がある。一つは天帝釈のところ、一つは健陀羅国、一つは羯陵伽国、一つはアローマ村の海龍王宮にあり、それぞれ塔を建てて供養された。

時波咤離邑無憂王，便開七塔取其舍利，於贍部洲廣興靈塔八萬四千周遍供養。由塔威德莊嚴世間，天龍藥叉諸人神等，咸皆恭敬尊重供養，能令正法光顯不滅，有所願求無不遂意。已下序王舍城五百結集事

> その時、波咤離邑の無憂王（アショーカ王）は、七つの塔を開いて仏舎利を取り出し、閻浮提（インド全土）に八万四千もの霊塔を建てて、広く供養を行いました。この塔々の威徳によって世の中は荘厳され、天や龍、夜叉、人々や神々など、すべてが敬い尊び、真心を込めて供養しました。そのおかげで正しい教えは光り輝き、衰えることなく続き、願いごとは何でも思いのままに叶えられるようになりました。 <note>以下、王舎城における五百人の結集の故事を述べる。</note>

爾時釋迦如來生在釋種，於摩揭陀國成等正覺，婆羅痆斯轉妙法輪，拘尸那城壯士生地而取滅度。尊者舍利子與大苾芻眾八萬人同入涅槃，尊者大目連與七萬苾芻亦入涅槃，世尊與一萬八千苾芻亦般涅槃。時有多劫長壽諸天，見佛涅槃情懷悲感，又見諸聖悉皆滅度遂生譏議：「世尊所說蘇怛羅、毘奈耶、摩窒里迦，正真法藏皆不結集，豈令正教成灰燼耶？」時大迦攝波知彼天意，告諸苾芻：「汝等當知！具壽舍利子、具壽大目連，各與眾多大苾芻眾，不忍見佛入大涅槃，並悉於前已歸圓寂。而今世尊復與一萬八千苾芻同般涅槃。然有無量劫長壽諸天，皆起歎惜復生譏議：『何不結集三藏聖教，豈令如來甚深妙法成灰燼耶？』咸皆報知可共結集斯為大事。」眾皆言：「善！我等隨作。」時迦攝波白僧伽曰：「於此眾中誰為最小？」報曰：「具壽圓滿。」時大迦攝波告言：「圓滿！汝鳴揵稚令僧伽盡集。」圓滿聞已便於靜處入第四禪，隨其定力繫念思察。既觀察已從定而起即鳴揵稚，當有四百九十九大阿羅漢，從諸方來雲集於此就座而坐。尊者大迦攝波白言：「諸具壽苾芻僧伽悉來集未？好審觀察是誰未集？」時諸苾芻咸遍觀察，報大迦攝波言：「諸方苾芻悉皆來集，唯具壽牛主今未來至。」時牛主苾芻在尸利沙宮閑靜而住，大迦攝波告圓滿曰：「汝今可詣具壽牛主所居之處，作如是語告牛主言：『苾芻僧伽大迦攝波而為上首，令告尊者得無病不？僧伽有事宜可速來。』」

> 爾の時、釈迦如来は釈迦族に生まれ、マガダ国において正等覚を成就し、バラーナシーにおいて妙法輪を転じ、クシナガラの壮士生地において般涅槃されました。尊者舎利子は八万の大苾丘衆と共に涅槃に入り、尊者大目連は七万の苾丘と共に涅槃に入り、世尊は一万八千の苾丘と共に般涅槃されました。 その時、多くの劫にわたって長寿を保つ諸天が、仏の涅槃を見て悲嘆し、また聖者たちがみな滅度されたのを見て、非難しました。「世尊の説かれたスートラ、ヴィナヤ、マートリカという正真の法蔵が結集されず、正しい教えが灰燼に帰してしまおうとしているではないか。」 その時、大迦葉尊者は彼らの天の意を知り、苾丘たちに告げました。「汝らは知るべきである。寿者舎利子、寿者大目連は、それぞれ多くの大苾丘衆と共に、仏が大涅槃に入られるのを見るに忍びず、既に皆、先立って涅槃に入った。そして今、世尊はまた一万八千の苾丘と共に般涅槃された。しかし、無量の劫にわたる長寿の諸天が、皆、嘆き惜しみ、また非難を生じている。『なぜ三蔵の聖教を結集しないのか。如来の甚深微妙な法を灰燼に帰させてよいものか。』と。皆、これを伝え聞き、共に結集することが大事である。」 皆が「善い行いです。私たちも従います」と言った。その時、迦葉尊者は僧伽に告げました。「この衆の中で誰が最も若いのか。」答えがありました。「寿者円満です。」大迦葉尊者は言いました。「円満よ。汝は犍稚を打ち鳴らし、僧伽の全てを集めなさい。」円満はこれを聞き、静かな場所において第四禅に入り、その定力に従って心を集中して思察しました。観察を終えて定から起き、犍稚を打ち鳴らすと、四百九十九人の阿羅漢が、諸方より雲のように集まり、この場に坐しました。 尊者大迦葉尊者は言いました。「諸々の寿者よ。苾丘僧伽は皆、集まったか。よくよく観察し、誰が来ていないかを尋ねなさい。」その時、苾丘たちはみな観察し終え、大迦葉尊者に告げました。「諸方の苾丘は皆、集まりました。ただ寿者牛主尊者だけが、まだ来ていません。」その時、牛主苾丘はシリーシャ宮に静かに住していました。大迦葉尊者は円満に告げました。「汝、今、寿者牛主の居場所に赴き、このように告げなさい。『苾丘僧伽は大迦葉尊者を上首として、尊者に告げます。御身は無病ですか。僧伽に大事があり、速やかに来られるのがよろしいでしょう。』」と。

圓滿聞已入甚深定，以其定力於拘尸那城沒，尸利沙宮出，詣尊者前頂禮雙足，白尊者言：「苾芻僧伽大迦攝波而為上首，願言無病作如是說：『僧伽有事宜當速來。』」尊者雖離諸欲，仍有愛戀習氣，告圓滿曰：「善來具壽！將非大師釋迦牟尼如來，為有化緣向他界耶？為諸僧伽有諍事耶？為是如來所轉無上法輪，諸外道等生誹謗耶？又非外道等聚結徒黨，於我如來聲聞弟子為留難耶？不有如來諸弟子等煩惱增盛相輕賤耶？不有沙門婆羅門違背佛教耶？非諸愚夫將破僧耶？不有惡見之人將像似法所有文句，惑亂如來真正法耶？不有眾多同梵行者，棄廢讀誦禪思勝業，樂談世俗無益語耶？又復不有心懷疑惑猶豫二途，非法說法法說非法、非律說律律說非律耶？不有諸苾芻為慳貪垢之所擾亂，棄背六種和敬之法，見有客來及同梵行者，不相愛念耶？不有惡性苾芻，令諸信心長者婆羅門等，背佛正法歸外道耶？不有苾芻習行邪命耕田賣買，諂曲事王占相禍福，盡形貯畜不淨財耶？不有苾芻於杜多正行受下臥具生厭賤耶？不有實非沙門自言沙門，於同梵行所相惱亂耶？然汝圓滿遠來至此，應言大德世尊安隱無事，乃稱迦攝波而為上首者，將非大悲世尊捨諸含識，永入無餘大涅槃界耶？將非世間亡失船師生驚恐耶？將非十力無畏被無常鬼之所吞耶？將非能覺一切有情為開益者睡不覺耶？將非佛日光沈沒耶？將非如來滿月被阿修羅怨而為障蔽隱光明耶？將非三千世界最尊大師勝如意樹，菩提分華以為莊嚴，四聲聞果香美可愛，被無常狂象而摧折耶？將非如來智燈被無明風吹令滅耶？」爾時具壽圓滿，聞是語已說伽他曰：

> 尊者がこれを聞き終えると、深い禅定に入られた。その定力によって、拘尸那城から姿を消し、尸利沙宮に現れ、長老のもとへ赴いて頭を礼し、こう申し上げた。 「比丘僧伽は大迦葉を上首としております。『僧伽に用事がありましたら、どうかすぐにお越しください』とのことです。」 長老は、すでに欲を離れておられたが、なお愛執の習気が残っておられた。そこで円満にこう告げられた。 「よく来た、具寿よ。まさか、大師である釈迦牟尼如来が、他の世界に教化の縁を求めておられるのではあるまいな？ あるいは、僧伽の間に争い事が起きているのか？ また、如来が転じた無上の法輪を、外道たちが謗っているのではあるまいな？ あるいは外道たちが徒党を組んで、我ら如来の声聞弟子に妨害を加えているのではあるまいか？ 如来の弟子たちの間で、煩悩が増し、互いに軽んじ合っているようなことはないか？ 沙門やバラモンが仏教に背くようなことはないか？ 愚かな者たちが僧を破ろうとしているのではあるまいな？ 悪見を持つ者たちが、似而非法の文句をもって、如来の正しい法を惑わしているのではあるまいか？ 多くの同梵行者たちが、読誦や禅思という勝れた業を捨てて、世俗の無益な話を楽しんでいるのではあるまいか？ また、心に疑惑を抱き、法でないものを法と言い、法であるものを法でないと言い、律でないものを律と言い、律であるものを律でないと言うようなことはないか？ 比丘たちが慳貪の垢に乱され、六種の和敬の法を捨て、客や同梵行者が来ても互いに愛念しないようなことはないか？ 悪性の比丘によって、信心深い長者やバラモンたちが、仏の正法に背き、外道に帰依するようなことはないか？ 比丘たちが邪命に従い、田を耕し、売買をし、王に諂い、占いや吉凶を語り、一生不浄の財を蓄えるようなことはないか？ 比丘たちが頭陀の正行や粗末な臥具を厭い嫌うようなことはないか？ 沙門でない者が沙門と自称し、同梵行者を悩ませるようなことはないか？ しかし、そなた円満が遠くからここに来たということは、『大徳世尊は安穏で無事である』と言いながら、迦葉波を上首と称している。まさか、大悲の世尊がすべての衆生を捨て、永久に無余涅槃の境地に入られたのではあるまいな？ 世間が船頭を失い、恐れ驚いているのではあるまいな？ 十力無畏が無常の鬼に呑まれたのではあるまいな？ 一切の有情を覚醒させ、利益を与える方が、眠り込んでしまわれたのではあるまいな？ 仏の日光が沈んでしまわれたのではあるまいな？ 如来の満月が、阿修羅の怨みによって覆われ、光明を隠されてしまったのではあるまいな？ 三千世界で最も尊い大師であり、如意樹のように勝れ、菩提分の華で飾られ、四つの声聞果の香りが美しく愛しい方が、無常の狂象に折られてしまったのではあるまいな？ 如来の智の灯が、無明の風に吹き消されてしまったのではあるまいな？」 その時、具寿の円満はこれを聞いて、伽他を唱えた。

「聲聞眾已集， 智慧皆猛利；令法久住故， 唯待於尊者。佛法船已沒， 智慧山亦隤；大師殊勝眾， 普欲歸真寂。唯願速赴彼， 共結世尊教；是大事非輕， 遣我來相命。」

> 声聞の衆はすでに集い、智慧はみな鋭く猛る。 法を久しくとどめんがために、ただ尊者をお待ちしている。 仏法の船はすでに沈み、智慧の山もまた崩れ落ちた。 大師のすぐれたる僧たちは、皆こぞって真実の静けさに帰ろうと願っている。 どうか速やかにあの地へ赴き、共に世尊の教えをまとめ上げてほしい。 これは軽々しい大事ではなく、私を遣わして招き寄せるのである。」

是時具壽牛主告圓滿曰：「且止命言。」以頌報曰：

> その時、牛主尊者が円満尊者に告げて言った。「命（いのち）のような言葉はやめなさい。」そして、次の詩偈で答えた。

「無上明燈若住世， 我願往彼禮尊容；今既緣盡入涅槃， 何有智人能赴彼？汝今持我三衣鉢， 與彼大眾應供者；我今入寂更不生， 唯願聖慈咸忍恕。」

> （原文の文言が仏教詩偈であり、日本の一般読者の理解を優先した現代語訳を行います） 「もし無上の光明を与える灯がこの世にとどまっているなら、私はその尊い姿を礼拝しに行きたい。だが、今はもう縁が尽きて涅槃に入られた以上、智慧ある者であってもどうしてそのもとに行くことができようか。 あなたは今、私の三衣と鉢を持って、供養を受けるにふさわしいあの方々に差し上げなさい。私は今、永遠の安らぎに入り、再びこの世に生まれることはない。ただ、皆さまの聖なる慈悲によって、どうか私をお許しください。」

說此語已即從座起，昇於虛空現十八變放種種光，化火焚身而取滅度，即於身內四道水流。第一水說伽他曰：

> この言葉を述べ終えると、すぐに座を立ち、虚空に昇って十八の変化を示し、さまざまな光を放ちました。そして火を起こして自らの身を焼き、涅槃に入りました。すると、その身体の中から四つの水流が湧き出ました。 最初の水が、次の詩句（ガーター）を唱えました。

「我等眾生福德盡， 今時忽然逢棄背；世間慧日已潛暉， 一切群迷無救者。」

> 私たち衆生の福徳は尽きてしまい、 今、突然に世を去られてしまいました。 世の中の智慧の太陽はすでにその光を隠し、 すべての迷える者たちに救い主はいなくなりました。

第二水說伽他曰：

> 第二の水の伽他（うた）にはこう説かれています。

「一切諸行剎那滅， 從生至盡皆歸苦；但是凡夫虛妄計， 作者受者悉皆無。」

> すべての形成されたもの（諸行）は、瞬間ごとに消え去っていく。 生まれてから終わるまで、すべては苦しみに帰結する。 しかし凡夫は、虚妄の思い込みによって、 「作る者」や「受ける者」などというものは、実はどこにも存在しないのである。

第三水說伽他曰：

> 第三の水において、偈（げ）でこう説かれています。

「智者心常不放逸， 於諸善法速修成；容華年命並皆亡， 恒被無常所吞食。」

> 賢者は心を常に怠らず、 善い行いを速やかに成し遂げる。 美しさも、若さも、命も全て消え去り、 常に無常に飲み込まれていくのだ。

第四水說伽他曰：

> 第四の水において、次の詩が説かれました。

「我今稽首佛弟子， 所應作者已成辦；敬順大師入圓寂， 如牛王去小牛隨。」

> 「私は今、敬って仏弟子に頭を下げます。 なすべきことは全て成し遂げました。 大師に敬順して、安らかな滅びに入ります。 牛の王が去れば、子牛が後に従うように。」

是時具壽圓滿，供養牛主遺身舍利已，持其衣鉢入甚深定，從室利沙宮沒，於拘尸那城雙林處現，詣大迦攝波及五百苾芻處隨應敬已，將其衣鉢置上座前。說伽他曰：

> その時、具寿の円満（満ち足りた尊者）は、牛主（聖者）の遺骨舎利を供養した後、その衣鉢（衣服と鉢）を持って深い禅定に入った。そして、室利沙宮（しりしゃぐう）から姿を消し、拘尸那城（クシナガラ）の双林（二本の沙羅双樹の間）に現れ、大迦葉（マハーカッサパ）尊者と五百人の修行者たちのところへ赴き、敬礼をした後、その衣鉢を上座（尊者）の前に置いた。そして、次の詩（ガーター）を唱えた。

「彼聞聖主歸圓寂， 所有福業亦隨行；此是衣鉢我持來， 唯願僧伽見容恕。」

> 聖なる主が涅槃に入られたと聞き、 その功徳のすべてもまた共に去りました。 この衣と鉢をお持ちしましたので、 どうか僧伽の方々、お許しくださいませ。

是時尊者迦攝波告苾芻曰：「同梵行者咸皆善聽。」說伽他曰：

> その時、尊なる迦攝波尊者は比丘たちに告げて言われた。「共に清らかな修行をする者たちよ、よく聞きなさい。」そして、次のような詩句（ガーター）を唱えられた。

「彼隨聖教身已滅， 所餘應供多涅槃；現在和合眾同心， 廣為人天當結集。」

> 聖者の教えに従い、その身はすでに滅び、 残された阿羅漢たちも多くが涅槃に入りました。 いま、ここに集う僧たちは心を一つにし、 人々と天人のために、広く経典を結集いたしましょう。

時迦攝波復令大眾志念堅固莫入涅槃，說伽他曰：

> その時、迦葉尊者は再び大衆に対して、心を堅固に保ち、涅槃に入ってはならないと促し、次の偈を説いた。

「仁等勿同彼牛主， 室利沙宮入圓寂；不應造次般涅槃， 宜作眾生利益事。」

> 「あなたがたは、あの牛の主人のように振る舞ってはいけません。 室利沙の宮殿で涅槃に入られましたが、 急いで般涅槃をしてはならず、 もっと多くの人々の利益になるよう努めるべきです。」

是時具壽大迦攝波，與五百苾芻共立制曰：「諸人當知聽我所說，佛日既沈恐法隨沒，今欲同聚結集法藏。彼諸人眾初喪大師情各憂惱，若即於此而結集者，四方僧眾來相喧擾，心既不安事難成辦。然佛世尊在摩揭陀國菩提樹下成等正覺，法身已謝，我等今應就彼結集。」有云：「大善！」有云：「我等可詣菩提樹下。」時大迦攝波告諸人曰：「摩揭陀國勝身之子，未生怨王初發信心，能以四事資身之具供給大眾令無有乏，我等宜應就彼結集。」時諸大眾咸皆稱善。復有說云：「我等諸人，悉皆證得阿羅漢果，唯阿難陀獨居學地。又此具壽，世尊在日親為侍者，於佛法藏普能受持，果未圓備，此欲如何？」迦攝波曰：「若如是者作簡擇法，恐餘學人情生不忍，可為方便應差慶喜作行水人，餘人自去。」大眾言：「善！」

> そのとき、大迦葉尊者は五百人の比丘たちと共に、次のように定めを立てて言った。「皆さん、私の言うことを聞いてください。仏という太陽はすでに沈み、法もまたそれに従って失われようとしています。今こそ集まって、法蔵を結集しようと思います。しかし、皆さんは大師を亡くしたばかりで、心は憂い悲しみに満ちています。もしここで結集を行えば、四方から僧たちが集まって騒ぎ立て、心が落ち着かず、事を成し遂げるのは難しいでしょう。ところで、仏世尊はマガダ国、菩提樹の下で正等覚を成就されました。法身はすでに滅びられましたが、私は今、そこで結集を行うべきだと思います。」ある者は「大変良い」と言い、ある者は「私たちは菩提樹の下に参りましょう」と言った。 その時、大迦葉は皆に告げて言った。「マガダ国、勝身（ビンビサーラ王）の子である未生怨王（アジャータシャトル王）は、初めて信心を起こし、衣食住などの四つの必需品を用いて僧侶たちに供養し、欠けることのないようにしてくれています。私たちは彼のところで結集を行うべきでしょう。」そこで大衆は皆、それに賛成した。 また、次のように言う者もいた。「私たちは皆、阿羅漢果を得ていますが、ただ阿難陀だけが学ぶべき境地にとどまっています。また、この尊者は、世尊がおられた時には常に身近でお仕えし、仏の法蔵をすべてお受けしてきましたが、果報がまだ完全ではありません。これはどうしたものでしょうか？」迦葉は言った。「もしそうなら、選別を行うと、他の修行者たちが心に忍びない思いをするかもしれません。方便として、慶喜（アーナンダ）に行水の役を命じ、他の者は自ら行くことにしましょう。」大衆は言った。「良いでしょう。」

爾時具壽大迦攝波，對大眾前告阿難陀曰：「汝能為眾作行水人不？」彼答言：「能。」時迦攝波即作白二羯磨差之：「大德僧伽聽！此具壽阿難陀苾芻比親侍佛，所有法藏普能受持。若僧伽時至聽者，僧伽應許僧伽今差苾芻阿難陀供給眾僧作行水人。白如是。」「大德僧伽聽！此具壽阿難陀苾芻比親侍佛，所有法藏普能受持，僧伽今差阿難陀為眾行水。若諸具壽聽阿難陀為眾行水者默然，若不許者說。」「僧伽已差具壽阿難陀為眾行水竟，僧伽已聽許，由其默然故，我今如是持。」時大迦攝波告阿難陀曰：「汝與大眾人間遊行，可詣彼摩揭陀國，我取直路而去。」時阿難陀與眾俱行詣王舍城。迦攝波在前而至，未生怨王於佛深信，若乘大象遙見佛時自墜于地，由佛威力身無傷損。王乘大象遙見迦攝波，憶念如來即便自墜。于時尊者以神力扶持不令有損，告言：「大王應知！如來大師心常在定，聲聞弟子則不如是。若不攝念觀察不知前事，有觀不觀，是故我今共王立制。若見如來聲聞弟子，王乘象馬，不應造次自墜身形，宜當保愛。」王曰：「如尊者教。聖者應知，若佛在世我親供養，今既涅槃何處申敬？仁則是我所敬世尊。何以故？如來教法並皆委寄。」作是語已，告大臣曰：「尊者大迦攝波四事供養無令闕乏。」尊者言：「大王當知！佛於此國證大菩提法身成就，今於王處建立法幢結集三藏，苾芻大眾在路俱來。」王言：「善哉！我於聖眾但有所須悉皆供給。」時諸聖眾不久欲至王舍大城，王聞欲至便勅諸臣，遠近貴賤一切人民，嚴飾城郭掃灑街衢，持妙華香寶幢幡蓋，及諸伎樂百千萬種。王及后妃太子，內宮婇女國內人民，皆悉出城迎諸聖眾。既入城已大眾坐定，王便致敬於上座前，合掌長跪白大德迦攝波言：「今日聖眾皆來至此，為諸眾生作大饒益，一切所須我當供給。我今不知於何處所，堪為敷設結集之會？」時尊者告言：「若於此城竹林園中作結集者，諸處僧來共相喧擾恐有妨廢。若向鷲峰山亦不安靜，然畢鉢羅巖下堪為結集，然無臥具。」王聞語已深生歡喜，報迦攝波曰：「若於彼處結集定者，諸有所須臥具之類我當供給。」時迦攝波白大眾曰：「今此大王為諸聖眾，就畢鉢羅巖結集之處，諸有所須悉皆祇待令無所乏，仁等大眾宜當赴彼。」王白迦攝波曰：「大覺世尊入涅槃時而不告我，唯願尊者久住世間，設將圓寂幸垂預告。」時迦攝波默然而許。是時尊者復作是念：「於前夏中可修營房舍臥具，至後夏時當為結集。」

> ある時、長老マハーカッサパは大衆の前でアーナンダに問いかけた。「あなたは大衆のために水を汲む役を務められますか？」アーナンダは「できます」と答えた。そこでカッサパは正式な手続きを踏み、こう宣告した。「僧伽の尊い方々、お聞きください。このアーナンダ比丘は、かつて仏に近侍し、あらゆる法蔵を完全に受持しました。僧伽が時至りと認め、お許しいただけるなら、僧伽は今、比丘アーナンダを大衆に水を供給する者として選任します。」「僧伽の尊い方々、お聞きください。このアーナンダ比丘は、かつて仏に近侍し、あらゆる法蔵を完全に受持しました。僧伽は今、アーナンダを大衆に水を供給する者として選任します。もしアーナンダが水を供給することを認められるなら黙っていてください。反対の方はお話しください。」「僧伽は既にアーナンダを水を供給する者として選任しました。僧伽は既に認めました。黙認をもって、私はこのように執り行います。」 その時、大カッサパはアーナンダに告げた。「あなたは大衆と共に人里を巡り、マガダ国へ向かいなさい。私は直行します。」アーナンダは大衆と共にラージャガハへ向かった。カッサパは先に到着した。アジャータシャトル王は仏に深く帰依しており、象に乗って遠くに仏を見かけると自ら地面に飛び降りたが、仏の力で体を傷つけることはなかった。王は象に乗って遠くにカッサパを見かけ、如来を思い出して再び飛び降りた。その時、尊者は神通力で支えて怪我をさせずに言った。「大王よ、知るべきです。如来大師は常に心を静寂に保たれていますが、声聞の弟子はそうではありません。心を統一せず観察しなければ過去の出来事も知らず、観察する時としない時があります。それゆえ、私は今、王と共に決まりを定めます。もし如来の声聞の弟子を見かけても、王は象や馬に乗ったまま、軽率に自ら身を投げ出してはなりません。どうか身を大切にしてください。」王は「尊者のお言葉の通りにいたします。聖者よ、お聞きください。もし仏が在世ならば私が直接供養いたしましたが、今は涅槃に入られました。どこに向かって敬意を表せばよいのでしょうか。あなたこそが私にとっての世尊です。なぜなら、如来の教えはすべてあなたに委ねられているからです。」そう言って大臣に告げた。「尊者マハーカッサパに四つの必要なものを欠かさず用意せよ。」尊者は言った。「大王よ、仏はこの国で大いなる悟りを得て法身を成就されました。今、王のあなたの地で法の旗を立て、三蔵を結集します。比丘の大衆も道中ですぐに到着します。」王は「素晴らしい。聖なる方々に必要なものがあれば、すべてお供えします。」と答えた。 間もなく聖なる大衆はラージャガハの都に到着しようとしていた。王はその知らせを聞き、家臣たちに命じた。遠近の貴賤を問わず、すべての人々に、都を飾り、街路を掃き清め、素晴らしい花や香り、宝の幢や幡蓋、そして百千万の楽器や踊りを用意させた。王と后妃、太子、後宮の女官たち、国内の民衆はすべて都を出て聖なる大衆を迎えた。都に入り大衆が着座すると、王は上座の前に進み出で、合掌して跪き、大徳カッサパに申し上げた。「本日、聖なる方々が皆、ここに来られ、多くの生きとし生けるものに大きな利益をもたらしてくださいました。必要なものはすべてお供えします。しかし、結集の会を設けるのに適した場所が、どこにあるのか、私は知りません。」尊者は答えて言った。「もしこの都の竹林精舎で結集を開けば、あちこちから僧が集まり、互いに騒がしく妨げになる恐れがあります。また、霊鷲山に向かっても静かではありません。しかし、畢鉢羅岩の下が結集に適しています。ただ、寝具がありません。」王はこれを聞いて深く喜び、カッサパに答えた。「もしそこでの結集とお決めなら、寝具などの必要なものはすべて私がお供えします。」カッサパは大衆に告げた。「今、この大王は聖なる方々のために、畢鉢羅岩の結集の場所で必要なものをすべて用意し、不足なくお世話してくださるとのことです。尊い方々はそこにお集まりください。」王はカッサパに申し上げた。「大覚世尊が涅槃に入られた時、私にお知らせくださいませんでした。どうか尊者には長く世に留まっていただき、もしご入滅の時が来られたなら、どうか前もってお知らせください。」カッサパは黙って承諾した。 その時、尊者はさらに考えた。「最初の夏安居の間に房舎や寝具を整え、次の夏安居の時に結集を開こう。」

尊者即便觀阿難陀心，告具壽阿尼盧陀曰：「汝今於此世尊所讚大眾之中，誰是學人有染瞋癡，具足愛取所作未辦？」時阿尼盧陀入第四定觀察眾中，唯見具壽阿難陀獨居學地，具縛煩惱，所作未辦。觀已告迦攝波曰：「尊者應知此大聲聞，悉皆清淨無諸腐敗，唯有貞實具大福德所作已辦，堪受人天最上供養。唯阿難陀獨居學地，具縛煩惱所作未辦。」時迦攝波即便觀察：「此阿難陀為是慰喻調伏？為須呵責調伏？」見彼乃是以呵責言方可調伏，即於眾中喚阿難陀：「汝宜出去！今此勝眾不應共爾同為結集。」時阿難陀聞是語已，如箭射心舉身戰懼，白言：「大德迦攝波！且止斯事幸願容恕，我不破戒、破見、破威儀、破正命，於僧伽中亦無違犯，如何今者忽為擯棄？」尊者報曰：「汝親侍佛，云何破見戒威儀正命者何成希有？云於僧伽無違犯者，可起把籌，我出其過令汝自知。」時阿難陀即從坐起，當起之時三千大千世間三種震動：所謂小震、中震、大震；小搖、中搖、大搖；小動、中動、大動，於虛空中所有諸天，張目出聲作如是語：「嗚呼！大迦攝波能得如是真言實語，此阿難陀近離世尊，即作如是出苦切言共相訶責。」時迦攝波告阿難陀曰：「汝云：我於僧伽無違犯者，云何汝於僧伽得無愆犯？汝知世尊不許女人，性懷憍諂而求出家。如佛言曰：『阿難陀！汝勿為女人求請出家及近圓事。何以故？若令女人於我法中為出家者，法不久住，如好稻田被霜雹損竟無穀實。如是阿難陀！若令女人為出家者，法當損減不得久住。』汝請佛度，豈非過失？」阿難陀曰：「大德且止！當見容恕，我無餘念請度女人，然大世主是佛姨母，摩耶夫人生佛七日便即命終。世主親自乳養，既有深恩豈得不報？又復我聞過去諸佛皆有四眾，望佛同彼。一為報彼厚恩，二為流念氏族，為此請佛度諸女人，願容此過。」迦攝波告曰：「阿難陀！此非報恩，便是滅壞正法身故，於佛田中下大霜雹，正法住世合滿千年，由汝能令少許存在。又云流念氏族者，此亦非理，出家之人永捨親愛。又云我聞過去諸佛皆有四眾，望佛同彼者，於曩昔時人皆少欲，於染瞋癡及諸煩惱悉皆微薄，彼合出家，今則不然。世尊不許，汝見苦求令佛聽許，是汝初過。可下一籌。

> 尊者は、阿難陀の心を観察し、具寿阿尼盧陀にこう告げました。「今、この世尊が称賛された大いなる僧伽の中において、誰が学地にあり、貪・瞋・癡の煩悩を有し、愛と取を具え、為すべきことをまだ成し遂げていないのか。」 その時、阿尼盧陀は第四禅定に入って僧伽の中を観察し、ただ具寿阿難陀だけが学地にあり、煩悰に縛られ、為すべきことをまだ成し遂げていないのを見ました。観察を終えて、彼は迦摂波にこう告げました。「尊者よ、知るべきです。この大いなる声聞たちは、皆清浄であり、腐敗したものは何一つありません。ただ貞実で大いなる福徳を具え、為すべきことを成し遂げ、人天の最も優れた供養に値する者ばかりです。ただ阿難陀だけが独り学地にあり、煩悰に縛られ、為すべきことをまだ成し遂げていません。」 その時、迦摂波はこう考えました。「この阿難陀は、慰めて調伏すべきであろうか、それとも呵責して調伏すべきであろうか。」見ると、彼は呵責の言葉によってこそ調伏できると分かりました。そこで、僧伽の中で阿難陀を呼び寄せて言いました。「あなたは出て行きなさい。今この勝れた僧伽の集まりに、あなたと共に結集を行うべきではありません。」 その言葉を聞いた阿難陀は、矢が心に刺さったかのように全身を震わせ、こう言いました。「大徳迦摂波よ、どうかそのお言葉を止めてください。どうかお許しください。私は戒を破らず、見解を破らず、威儀を破らず、正しい生き方を破っておりません。僧伽においても違犯はありません。それなのに、どうして今、突然に追い出されねばならないのですか。」 尊者は答えました。「あなたは世尊に親しく仕えた。戒や見解、威儀、正しい生き方を破ることが、どうして稀有なことと言えるのか。また、僧伽において違犯がないと言うが、立ちなさい。私があなたの過ちを指摘し、あなた自身にそれを知らせよう。」 その時、阿難陀は座から立ち上がりました。立ち上がったとき、三千大千世界は三種の震動を起こしました。すなわち、小震、中震、大震です。小摇、中摇、大摇。小動、中動、大動。虚空の中にいるすべての天人は、目を見開き、声を出してこう言いました。「ああ、大迦摂波は、このように真実の言葉を語ることができるのだ。この阿難陀は、世尊を離れて間もないのに、このような苦しい言葉で呵責されている。」 その時、迦摂波は阿難陀に言いました。「あなたは『僧伽において違犯はない』と言った。しかし、どうしてあなたは僧伽において過ちがないと言えるのか。あなたは知っているはずだ。世尊は、女人は性質に高慢と諂いを抱きやすいので、出家を許されなかったことを。例えば、仏はこう言われた。『阿難陀よ、あなたは女人のために出家や具足戒を請い求めてはならない。なぜなら、もし女人を私の教えにおいて出家させるならば、法は長く存続しない。それは良い稲田が霜や雹に損なわれ、ついに穀実を得られないのと同じである。阿難陀よ、女人を出家させるならば、法は損なわれ減少し、長く存続しないであろう。』あなたが仏に請うて彼女たちを出家させたこと、これは過ちではないか。」 阿難陀は言いました。「大徳よ、お言葉を止めてください。どうかお許しください。私は他の考えがあって女人の出家を請うたのではありません。しかし、大世主は仏の乳母であり、摩耶夫人は仏を生んで七日目に命を終えられました。世主は自ら仏を乳養されました。深い恩がある以上、どうして報いるべきではないでしょうか。また、私は聞いています。過去の諸仏には皆、四衆がおられたと。仏にも同じであってほしいと願いました。一つにはその深い恩に報いるため、二つには氏族を思う心から、そのために女人の出家を仏に請うたのです。どうかこの過ちをお許しください。」 迦摂波は告げました。「阿難陀よ、これは恩に報いることではなく、正法の体を滅ぼし壊すことです。あなたは仏の田んぼに大きな霜と雹を降らせ、正法が世に存続するはずの千年の期間を、わずかに残すのみにしてしまったのです。また、氏族を思うと言うが、それも道理に合わない。出家者は親しい者への愛情を永遠に捨て去る者なのです。また、過去の諸仏には皆四衆がいたと聞き、仏にも同じであってほしいと願ったと言うが、昔の人々は皆、欲が少なく、貪・瞋・癡やその他の煩悰もすべて微かで薄かった。だから彼らは出家に適していたのだ。今はそうではない。世尊は許されなかったのに、あなたは苦労して請い、仏に許させた。これがあなたの第一の過ちである。一本の籌を置きなさい。」

「又復有過，阿難陀！且如有人，於四神足若多修習，欲住世一劫或一劫餘，汝於佛所不為眾生請佛世尊住世一劫。」白言：「尊者！我無餘念，當爾之時被魔障蔽。」答曰：「此是大過，寧容得有，近佛世尊塵習俱盡，而被魔羅波卑而為障蔽，此是第二過，可下一籌。

> 「また、別の過ちがあります。アーナンダよ。例えば、ある人が四つの神足（神通力を得るための修行）をよく修めれば、この世に一劫、あるいは一劫余り留まることができるのです。ところが、あなたは仏のもとで、世の人々のために仏が一劫この世に留まるようお願いしませんでした。」アーナンダは答えました。「尊者よ、私はそのような考えは全くありませんでした。あの時は、悪魔に心を惑わされていたのです。」すると返答がありました。「これは大きな過ちです。あのようなことはありえないはずです。仏のそばにいて、煩悩の塵が尽きているのに、悪魔に心を惑わされるとは。これが第二の過ちです。一本の籌（罪を示す棒）を置きなさい。」

「汝復有過，世尊在日為說譬喻，汝對佛前別說其事，此是第三過，可下一籌。

> あなたにはこれで三つ目の過ちがあります。世尊が在世の時にたとえ話をされたのに対し、あなたは仏の前で違う解釈を述べました。これが三つ目の過ちです。一本の籌（棒）を置きなさい。

「汝復有過，世尊曾以黃金色洗裙，令汝浣濯，汝以脚踏捩衣，豈非是過？」阿難陀曰：「更無餘人，所以足踏非是慢意。」尊者曰：「若無人者何不擲上？虛空諸天自當助汝。是第四過，可更下一籌。

> 「またあなたに過ちがあります。世尊が黄金色の洗い裙をあなたに洗わせたとき、あなたは足で踏んで衣を絞ったではありませんか。これが過ちではないのですか？」 阿難陀は言いました。「他に人がいなかったので、足で踏んだのは不敬の心からではありません。」 尊者は言いました。「もし人がいなかったのなら、どうして上に投げ上げなかったのですか。虚空の諸天が自らあなたを助けたはずです。これが第四の過ちです。さらに一つの籌を下げなさい。」

「汝復有過，世尊欲趣雙樹涅槃為渴須水，汝以濁水奉佛，豈非是過？」阿難陀曰：「我取水時，正屬脚拘陀河有五百乘車渡河，無清水可得，非我之咎。」報曰：「此是汝過，當爾之時何不仰鉢向空，諸天自注八功德水置汝鉢中，此是第五過，可更下一籌。

> 「さらなる過ちがあります。世尊が双樹の間で涅槃に入ろうとされ、喉の渇きで水を欲されたのに、あなたは濁った水を捧げました。これは過ちではありませんか？」 阿難陀は答えた。「私が水を汲みに行った時、ちょうど脚拘陀河で五百台の車が川を渡っており、清らかな水は得られませんでした。私の落ち度ではありません。」 「それはあなたの過ちです。その時なぜ鉢を空に向けて差し上げなかったのですか。天の神々が自ら八功德水を注いで、あなたの鉢に入れたでしょう。これが第五の過ちです。さらにもう一つの籌を下ろしなさい。」

「汝復有過，如世尊說：『我令苾芻半月半月說別解脫經所有小隨小戒，我於此中欲有放捨，令苾芻僧伽得安樂住故。』汝既不問：『未知此中何者名為小隨小戒？』今無問處，此欲如何？今且說四波羅市迦法、十三僧伽伐尸沙法、二不定法、三十泥薩祇波逸底迦法、九十波逸底迦法、四波羅底提舍尼法、眾多學法，除斯以外名小隨小戒。有說云：『從四他勝乃至四對說法，餘名小隨小戒。』有說云：『從四他勝乃至九十墮罪，餘名小隨小。』有說：『從初乃至三十，餘名小隨小。』有說：『從初乃至二不定，餘名小隨小。』有說：『唯四他勝，餘名小隨小。』時諸苾芻悉皆不知何者為小隨小。於此中間外道聞已，遂得其便作如是語：『沙門喬答摩大為限齊，身存之日聲聞弟子教法全行，及其命終火燒已後教法隨滅，所有禁戒愛者即留、不愛便捨，多不奉行。』汝何不為未來眾生請問世尊？由是合得追悔之罪。」阿難陀答言：「大德！我無餘心而不請問，但為爾時離背如來生大憂苦。」報言：「此亦是過，汝親侍佛，豈可不知諸行無常，而生憂惱斯成大過，此是第六過，可更下一籌。

> 「あなたにも過ちがあります。世尊がこうおっしゃいました。『私は比丘たちに半月ごとに別解脱経を説くよう定めている。その中の小さな戒律は、私はこれを捨てて、比丘僧伽が安楽に住することを可能にしようと思う。』と。ところがあなたは、『この中でいったい何が小さな戒律と呼ばれるものなのか』と尋ねもしませんでした。今となっては尋ねる機会もありません。これをどうしようというのですか？今、私が言っておきましょう。四つの波羅市迦法、十三の僧伽伐尸沙法、二つの不定法、三十の泥薩祇波逸底迦法、九十の波逸底迦法、四つの波羅底提舍尼法、多くの学ぶべき法があります。これらを除いたものが小さな戒律と呼ばれます。ある人は言います。『四つの他勝から四つの対説法までを除いた残りが小さな戒律である』と。またある人は言います。『四つの他勝から九十の堕罪までを除いた残りが小さな戒律である』と。またある人は言います。『最初から三十までを除いた残りが小さな戒律である』と。またある人は言います。『最初から二つの不定法までを除いた残りが小さな戒律である』と。またある人は言います。『ただ四つの他勝のみを除き、残りがみな小さな戒律である』と。当時、比丘たちは皆、何が小さな戒律なのかを知りませんでした。その間に、それを聞いた外道たちは付け入る機会を得て、こう言いました。『沙門ゴータマは非常にいい加減な方だ。ご自身が生きている間は弟子たちに教えを全て守らせていたが、ご臨終の火葬後は教えも消え去ってしまう。全ての禁戒は好きなものは残し、嫌いなものは捨ててしまい、多くが守られていない。』あなたはなぜ未来の衆生のために世尊にお尋ねしなかったのですか？それによって後悔の罪を受けるのは当然です。」アーナンダは答えました。「尊者、私は怠慢でお尋ねしなかったのではありません。ただその時、如来を離れる悲しみと苦しみに打ちのめされていたからです。」尊者は告げました。「これも過ちです。あなたは親しく仏に仕えていたのですから、諸行無常を知らなかったはずはありません。その事実に悲しみ苦しむこと自体が大いなる過ちです。これが第六の過ちです。もう一つ駒を進めなさい。」

「汝復有過，於俗眾中對諸女前現佛陰藏相。」答言：「大德！我無餘心，為諸女人欲染熾盛熱惱纏縛，若見世尊陰藏相者欲染便息。」尊者告曰：「汝無他心慧眼，寧知女人見佛陰藏欲染便息？此是第七過，可更下一籌。

> 「あなたにはまた過ちがあります。在家の信者たちの中で、女性たちの前で仏の陰蔵相（隠された部分）を示したことです。」答えました、「大徳よ、私は余計な心はありません。女たちが欲情に焼かれて熱悩に縛られているのを見て、もし世尊の陰蔵相を見れば、その欲情が静まるかと思ったのです。」尊者が言いました。「あなたには他心通の慧眼がなく、どうして女が仏の陰蔵を見て欲情が静まると分かったのです？これが第七の過ちです。もう一つの籌（罰としての棒）を置きなさい。」

「汝復有過，輒自開佛黃金色身示諸女人，彼見佛身即便淚落霑污尊儀，此是汝過。」阿難陀曰：「我非無恥，然作是念：『有諸眾生，若見世尊妙色身者，皆發是言：「願我身相當得如佛。」』」迦攝波曰：「汝無他心慧眼，寧知眾生發如是願？此則是汝第八過失，可更下籌。又復汝未離欲，於是身在離欲眾中，是事不可。汝宜起去，殊勝聖眾不應與汝共為結集。」

> 「あなたにも過ちがあります。あなた自らが仏の黄金の身を開き、女人たちに見せたのです。彼女たちは仏の御身を見るとすぐに涙を流し、その涙が尊い御姿を汚してしまいました。これがあなたの過ちです。」 阿難は言いました。「私は恥知らずなのではありません。ただ、こう考えたのです。『世尊の妙なる色身を拝む衆生は皆、「願わくば、我が身相も仏の如くありますように」と発願するものだ』と。」 迦葉は言いました。「あなたには他心を知る慧眼がありません。どうして衆生がそのような願いを発したと知ることができましょうか？ これがあなたの第八の過失です。さらに籌を下げなさい。また、あなたはまだ欲を離れていないのに、欲を離れた聖衆の中にいること自体が許されません。あなたは立ち上がってお去りなさい。殊勝なる聖衆は、あなたと共に結集を為すべきではないのです。」

時具壽阿難陀既被尊者大迦攝波詰其八事惡作罪已，四面觀察情懷悲歎，作如是語：「嗚呼苦哉！如何我今一至於此，新離如來無依無怙，失大光明欲何所告？」尊者迦攝波詰彼罪時，空中諸天作嗟歎聲，互相告曰：「大仙當知！天眾增盛阿蘇羅減，世尊正法必當久住，此大聲聞道隣於佛，以其八事詰彼尊者，是大聲聞德亞於佛，是故我知佛法不滅。」時阿難陀復白尊者言：「大德且止！願施歡喜，我如法說罪不敢更為。然佛世尊臨涅槃時作如是語：『阿難陀！我滅度後，汝勿憂惱悲啼號哭，我今以汝付大迦攝波。』豈復尊者見我少過而不容忍，幸施歡喜奉大師教。」迦攝波曰：「汝勿悲啼！善法由汝而得增長不為損減，我等必須結集如來所有聖教。汝今可去離茲聖眾，不應共汝同為結集。」

> 時に、尊者のアーナンダは、尊者マハーカーシャパから八つの過ちを問い詰められると、四方を見回し、胸中に深い悲しみを抱いて、こう言った。「ああ、何と悲しいことか！ なぜ私は今、このような境地に至ってしまったのか。師を失い、頼るべき人もなく、大いなる光明も失い、誰に告げればよいのか？」尊者カーシャパがその罪を責める時、虚空の天々は嘆きの声を発し、互いに告げた。「大仙よ、知るがよい！ 天人の衆は増え、阿修羅は減った。世尊の正法は必ず久しく留まるだろう。この大声聞（アーナンダ）は道が仏の近くにあるが、八つの事で尊者（アーナンダ）を責めるのは、大いなる声聞ながら徳が仏に次ぐ者である。ゆえに私は、仏の教えが滅びないことを知る。」時にアーナンダは再び尊者に申し上げた。「大徳よ、おやめください！ どうかお許しください。私は如実に罪を示し、再び同じ過ちを犯しません。しかし、世尊が涅槃に入られる時、こうおっしゃいました。『アーナンダよ、私が滅度した後、悲しみ嘆き号泣してはならない。私は今、あなたを大迦葉に託す。』どうして尊者は、私の小さな過ちを見てお許しにならないのですか。どうかお許しになり、大師のお教えを守らせてください。」カーシャパは言った。「悲しんではならない。善法はあなたによって増長し、損なわれることはない。我々は如来のすべての聖なる教えを結集しなければならない。あなたは今、この聖なる集いから離れなさい。あなたと共に結集することはできない。」

時具壽阿尼盧陀，白尊者迦攝波曰：「無阿難陀我等云何而為結集？」答曰：「此阿難陀雖備眾德，然猶未離欲染瞋癡，有學有事，不可與彼同為結集。」時迦攝波復告阿難陀曰：「即宜速出！所應作者當自策勤，得阿羅漢果，眾可與汝同為結集。」

> その時、具寿（ぐじゅ）のアニルッダ（阿尼盧陀）が尊者マハーカッサパ（迦攝波）に申し上げました。 「アーナンダ（阿難陀）がいない今、私たちはどのようにして経典の結集を行えばよいのでしょうか？」 尊者はお答えになりました。 「このアーナンダは、多くの徳を備えているとはいえ、まだ欲望や怒り、無知という煩悩から完全には解き放たれてはいません。彼は凡夫であり、まだ学ぶべきこともあります。そのような者と共に結集を行うことはできません。」 そこで、マハーカッサパはアーナンダに告げました。 「ただちに、この場を立ち去りなさい。為すべきことを自ら励んで修行し、阿羅漢（あらかん）の境地に達しなさい。そうすれば、皆はあなたと共に結集を行えるでしょう。」

時阿難陀離別大師情懷悲戀，復被詰擯倍加憂惱，從此而出詣增勝聚落作夏安居，以村中童子而為侍者。爾時具壽阿難陀，於此時中極加勤勇，常為四眾而說妙法。是時童子作如是念：「我鄔波馱耶，為是學地得離欲耶？為是無學得離欲耶？我今宜可入相應定觀察其心。」即便入定，見尊者心是有學離欲，見已出定，詣尊者所立在一面，說伽他曰：

> さて、アーナンダは大師（仏陀）との別れに悲しみと慕情の念を抱き、さらに叱責と追及を受けて苦悩をつのらせた。その後、彼はそこを去って増勝聚落（優れた村）に赴き、夏の安居（雨期の修行）を行い、村の少年を侍者とした。この時、アーナンダ尊者は極めて精進に励み、常に四衆（比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷）のために妙法を説いていた。 ある時、その少年はこう考えた：「わが師（ウパーダーヤ）は、まだ学の境地にあって（煩悩を）離れたのか、それとも無学の境地（完成した境地）にあって離欲しているのか。今こそ、相応の禅定に入ってその心を観察すべきだ。」そこで彼は禅定に入り、尊者（アーナンダ）の心が有学（修行中の境地）で離欲しているのを見た。定から出て、尊者のもとに行き、一方に立って、伽陀（詩句）を唱えた。

「可依樹下幽閑處， 一心當念涅槃宮；師今謹慎務勤修， 不久必歸圓寂路。」

> 木陰の閑かな場所に頼り、 一心にねがえ涅槃の宮を。 師よ、いま慎しみて努め励め、 やがて必ずや、静かな涅槃の道に帰らん。

是時尊者見彼童子說要義已，即於晝日或坐或行，於諸障法鍊磨其心，於初夜時或行或坐，亦復堅心淨除障法。即於中夜洗足入房，右脇而臥兩足相重，作光明想正念起想。如是作意頭未至枕，斷盡諸漏心得解脫，證阿羅漢果受解脫樂。即詣王舍城至大眾所，眾知得果咸皆讚歎是大丈夫。

> その時、尊者はその童子が要義を説き終えたのを見て、昼の間は座ったり歩いたりしながら、あらゆる障りとなる法に対して心を鍛え、初夜には歩いたり座ったりして、さらに心を堅くして障りを清め除いた。そして中夜に足を洗って部屋に入り、右脇を下にして横になり、両足を重ね、光明の想いを起こし、正しい思念をもって起きる想いを保った。このように心を集中して、頭が枕につくかつかないかのうちに、すべての煩悩を断ち尽くし、心は解脱を得て、阿羅漢果を証し、解脱の楽しみを受けた。そして王舎城の大衆のいるところへ赴くと、衆はその者が果を得たことを知り、皆がこれを讃嘆して、「これは大いなる丈夫である」と言った。

是時大迦攝波與五百阿羅漢，至畢鉢羅巖所，既集會已告大眾曰：「汝等應知！於當來世有諸苾芻，鈍根散亂，若無攝頌，於經律論不能讀誦及以受持。是故我等宜於食前先集攝略伽他事相應者，食後可集經律及論。」時諸苾芻聞是語已，白尊者言：「今可先集伽他。」既至食後白言：「先集何者？」尊者告曰：「宜先集經。」時五百阿羅漢，各共同請大迦攝波昇師子座，尊者登座告阿難陀曰：「具壽！頗能簡擇結集如來所說經不？」答曰：「能。」尊者即便作白：

> 時に、大迦葉尊者は五百人の阿羅漢と共にピッパラ洞窟に到着しました。集まった後、大衆に告げました。「あなた方は知るべきです。未来の世には、多くの比丘たちがいて、根が鈍く心は散乱しています。もし摂頌がなければ、経・律・論を読誦し、受持することができません。それゆえ、私たちは食前（午前中）に、まず事柄に対応する伽他（詩句）の摂略を集め、食後（午後）に経・律・論を集めるのがよいでしょう。」 その時、比丘たちはこの言葉を聞いて、尊者に申し上げました。「今、まず伽他を集めましょう。」食後になり、「何を先に集めましょうか」と尋ねると、尊者は答えました。「まず経を集めるのがよいでしょう。」 そこで、五百人の阿羅漢が皆、共に大迦葉尊者に師子座に昇るよう請いました。尊者は座に登り、阿難尊者に告げました。「アーナンダよ、あなたは釈尊の説かれた経を選び取り、結集することができますか？」 阿難尊者は答えました。「できます。」 そこで尊者は、次のように告げました。

「大德僧伽聽！此具壽阿難陀能為簡擇結集如來所說經法。若僧伽時至聽者，僧伽應許僧伽今差具壽阿難陀，為欲簡擇結集如來所說經法。白如是。」次作羯磨。

> 尊い僧伽の方々、お聞きください。この阿難陀尊者は、如来の説かれた経典を編集・結集することができます。僧伽の皆さんがお認めになる時が来ましたなら、僧伽は許可を与えてください。僧伽は今、阿難陀尊者を、如来の説かれた経典を編集・結集するために選任します。このように宣言します。」 次に羯磨（正式な議決手続き）を行った。

「大德僧伽聽！此具壽阿難陀能為簡擇結集如來所說經法。僧伽今差具壽阿難陀為欲簡擇結集如來所說經法。若諸具壽聽阿難陀為欲簡擇結集如來所說經法者默然，若不許者說。」「僧伽已與具壽阿難陀為欲簡擇結集如來所說經法竟，僧伽已聽許，由其默然故，我今如是持。」

> 尊い僧伽の皆さま、お聞きください。こちらの具寿（尊者）アーナンダは、如来の説かれた経法を選び取り、結集する役割を担うことができます。僧伽は今、具寿アーナンダを、如来の説かれた経法を選び取り、結集するために任命します。もし諸々の尊い方々が、アーナンダが如来の説かれた経法を選び取り、結集することをお認めになるならば、お静かにお待ちください。もしお認めにならない方がいらっしゃれば、お言葉をください。 「僧伽は、具寿アーナンダが如来の説かれた経法を選び取り、結集することを承認し終えました。僧伽はこれを承認されました。皆さまがお静かでしたので、私はこのように確認いたします。」

時具壽阿難陀既欲說法，五百阿羅漢各各皆以僧伽胝衣敷其座上。時阿難陀四邊顧望，於諸有情發悲愍念，於正法中極生尊重，於梵行者起敬仰心，右繞高座低頭申敬，於上座前依法敬禮作無常想，以手按座正身端坐，次審觀察見諸聖眾，猶如甚深湛然大海，便作是念：「我於佛所親聞是經，或有傳說、或龍宮說、或天上說，悉皆受持而不忘失，我今應說。」時諸天眾互相謂曰：「仁等當知！聖者阿難陀將欲宣暢如來所說經法，當一心聽。」

> さて、尊者アーナンダが説法しようとすると、五百人の阿羅漢たちがそれぞれ僧伽胝衣を自分の座に敷いた。時にアーナンダは四方を見渡し、一切の衆生に対して慈悲の思いを起こし、正法に対して極めて深い尊重の念を抱き、梵行を実践する者に対して敬仰の心を起こした。高座の周りを右繞し、頭を下げて敬意を表し、上座の前で法に従って礼拝し、無常の観念を抱きながら、手で座を押さえ、身を正して端座した。次に、聖なる衆たちを詳しく観察すると、それはまるで深く静かな大海のようであり、アーナンダはこう思った。「私は仏のもとでこの経を直接聞いた。あるいは伝説として、あるいは龍宮で、あるいは天上で説かれたものも、すべて受持して忘れることなく、今こそ説こう。」 その時、天の人々は互いに言い合った。「皆さま、お聞きください。聖者アーナンダが、まさに如来の説かれた経法を明らかに説こうとしています。一心に聞くべきです。」

時有天子說伽陀曰：

> あるとき、天子がガーター（偈）を唱えた。

「若能建妙法， 饒益三千界；聖者法無畏， 猶如師子吼。仁等應至誠， 聽說微妙法；所欲安樂者， 知此真實義。」

> もしこの妙なる法を立てることができれば、 三千世界に限りない利益をもたらすでしょう。 聖者は法において恐れを知らず、 まるで獅子の咆哮のようです。 皆さん、誠心をもって、 この素晴らしい教えを聞いてください。 安らぎを求めるなら、 この真実の意味をよく知りなさい。

爾時尊者迦攝波，以頌告阿難陀曰：

> その時、尊者カシャパは阿難陀に偈を唱えて告げた。

「具壽今當宣佛語， 一切法中最為上；凡是大師所說法， 咸能利益於眾生。」

> 「僧よ、これより仏の言葉を告げよう。 あらゆる教えの中で、最も勝れたものである。 大師（仏）が説かれた教えはすべて、 人々の利益となるものなのだ。」

時阿難陀聞說大師名，心生戀慕遂便迴首望涅槃處虔誠合掌，以普遍音作如是語：「如是我聞，一時薄伽梵在婆羅痆斯仙人墮處施鹿林中。爾時世尊告五苾芻曰：『此苦聖諦，於所聞法如理作意，能生眼智明覺。』此中廣說如上三轉法輪經。」時具壽阿若憍陳如告大迦攝波曰：「此微妙法親從佛聞，世尊慈悲為我宣說，由是經力能令我等，枯竭無邊血淚大海，超越骨山，關閉惡趣無間之門，善開天宮解脫之路，說此微妙甚深經時。我既聞已，於一切法，離諸塵垢得法眼淨，八萬諸天皆蒙利益。」說是語時於虛空中，所有諸天及未離欲諸苾芻等，情生苦痛如千箭射心，悲啼號叫咸作是語：「苦哉！苦哉！」而說頌曰：

> そこで阿難陀は大師の名を聞き、心に恋慕の念を抱き、すぐに振り返って涅槃の地を仰ぎ、敬虔に合掌して、普遍の声で次のように語った。 「このように私は聞きました。ある時、世尊（薄伽梵）は婆羅痆斯の仙人堕ちの施鹿林におられました。その時、世尊は五人の比丘に告げられました。『この苦しみという聖なる真実は、聞いた法を理のままに心に作意することで、智慧の眼、明らかな覚りを生じさせる。』ここで広く説かれるところは、上記の三転法輪経の通りです。」 その時、具寿の阿若憍陳如は大迦葉に告げた。「この微妙な法は、直接仏から聞いたものです。世尊は慈悲をもって私たちのために説いてくださいました。この経の力によって、私たちは果てしない血と涙の大海を干上がらせ、骨の山を乗り越え、悪趣や無間地獄の門を閉ざし、天宮や解脱の道を善く開くことができました。この微妙で甚深な経が説かれた時、私はこれを聞いて、すべての法において、塵や汚れを離れ、法の眼が清らかになりました。八万の天々も皆、利益を受けました。」 この言葉が語られた時、虚空の中にいたすべての天々や、まだ欲を離れていない比丘たちは、心に千本の矢が刺さるような苦しみを感じ、悲しみ泣き叫んで、皆こう言った。「ああ、苦しい。ああ、苦しい。」そして、次の偈を唱えた。

「禍哉此世間！ 無常不簡別；壞斯珍寶藏， 枯竭功德海。我親於佛所， 聞此解脫法，今乃於他處， 傳說如來言。」

> 「ああ、なんという悲しみか、この世の中は！ 無常というものは、選り好みをしない。 この尊い宝の蔵を壊し、功徳の海を枯らしてしまう。 私はかつて仏のもとで、この解脱の教えを聞いた。 今は別の場所で、如来の言葉を伝えているのだ。」

又諸大眾聞說經時，咸作是語：「苦哉禍哉！無常力大無有簡別，能壞如是世間眼目。」時憍陳如即離本座蹲踞而住，時諸羅漢見是事已，咸起敬心皆離本座，蹲踞而住，作如是語：「苦哉禍哉！無常力大，如何我等於世尊所親自聞法？今者傳聞。」而說偈言：

> また、大衆がこの経を聞いたとき、皆口々に言った。「何と苦しいことか、何と不幸なことか。無常の力は大きく、何ら差別なく、このように世の目を滅ぼしてしまうとは。」その時、カウンディンヤはすぐに自分の座を離れてうずくまった。そこにいた阿羅漢たちはこれを見て、皆敬いの心を起こし、それぞれの座を離れてうずくまり、こう言った。「何と苦しいことか、何と不幸なことか。無常の力は大きい。私たちは世尊のもとで直接法を聞いていたのに、今や伝え聞くしかないとは。」そして、次の偈を唱えた。

「天人龍神尊已謝， 我等何因不歸寂？無一切智世間空， 誰復將斯活為勝？」

> 天の人々や竜神などの尊い方々がすでに亡くなられました。 私たちは、どうして寂滅の境地に帰しないのでしょう？ 一切智者がいないこの世は空しいものです。 誰が、この命を「素晴らしい」と言えるでしょう？

爾時諸阿羅漢，俱入第四靜慮，以願力故觀察世間，各從定起告具壽阿難陀曰：「汝為法來？」答言：「大德！我為法來。仁等亦為法來？」答曰：「如是。」爾時摩訶迦攝波作是念：「我已結集世尊最初所說經典，於同梵行處無有違逆亦無訶厭，是故當知此經是佛真教。」

> その時、すべての阿羅漢たちが共に第四禅定に入り、願力によって世の中を観察した。それぞれが禅定から起き上がり、具寿（長寿を具えた方）の阿難陀に問うた。「あなたは法のために来ましたか？」阿難陀が答えた。「大徳よ、私は法のために来ました。あなた方も法のために来られたのですか？」彼らは答えた。「その通りです。」その時、大迦葉はこう考えた。「私は世尊が最初にお説きになった経典を結集した。同じ梵行を実践する者たちの中で、反対もなく、また嫌悪や非難もなかった。ゆえに、この経は仏の真の教えであると知るべきだ。」

復告阿難陀：「世尊復於何處說第二經？」時阿難陀以清徹音答言：「世尊亦於婆羅痆斯。」「為誰說耶？」「為五苾芻。」「所說云何？」答言：「作如是說：『汝等苾芻當知有四聖諦。云何為四？所謂苦、集、滅、道聖諦。云何苦聖諦？謂生苦、病苦、老苦、死苦、愛別離苦、怨憎會苦、求不得苦。若略說者，謂五趣蘊苦，是名為苦。云何苦集聖諦？謂喜愛俱行隨處生染，是名為集。云何苦滅聖諦？謂此喜愛俱行隨處生染更受後有，於如是等悉皆除滅棄捨變吐，染愛俱盡證妙涅槃，是名苦滅。云何趣滅道聖諦？謂八正道：正見、正思、正語、正業、正命、正勤、正念、正定，是名趣滅道聖諦。』說此法時具壽阿若憍陳如，於諸煩惱心得解脫，餘四苾芻離諸塵垢得法眼淨。」時具壽阿若憍陳如，告具壽大迦攝波曰：「如是等法我於佛所親自聽聞，我聞法已於諸煩惱心得解脫，餘四苾芻離諸塵垢得法眼淨。」「我已結集世尊第二所說經教，於同梵行處無有違逆亦無訶厭，是故當知此經是佛真教。」

> また阿難陀に問うた。「世尊はまたどこで第二の経を説かれたのか？」その時、阿難陀は清らかで明瞭な声で答えた。「世尊もまた波羅奈（バラナシ）の地においてであります。」「誰のために説かれたのか？」「五人の比丘のためであります。」「どのように説かれたのか？」答えていわく、「このようにお説きになりました。『汝ら比丘よ、知るべきである。四つの聖なる真理がある。四つとは何か。すなわち、苦、集、滅、道の聖なる真理である。苦の聖なる真理とは何か。生の苦しみ、病の苦しみ、老いの苦しみ、死の苦しみ、愛する者と別れる苦しみ、怨み憎む者と会う苦しみ、求めて得られない苦しみである。要約すれば、五つの生存の境域に依存する苦しみ、これを苦と名づける。苦の集まりの聖なる真理とは何か。渇愛が喜びと共にあり、あらゆる場所で執着を生じさせること、これを集と名づける。苦の滅尽の聖なる真理とは何か。この渇愛が喜びと共にあり、あらゆる場所で執着を生じさせ、さらに後の生存を受けること。このようなものをすべて除き滅ぼし、捨て去り、吐き出し、渇愛と執着がともに尽きて、優れた涅槃を証すること、これを苦の滅尽と名づける。滅尽に至る道の聖なる真理とは何か。八つの正しい道、すなわち正しい見解、正しい思惟、正しい言葉、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい気づき、正しい心の統一、これを滅尽に至る道の聖なる真理と名づける。』この法を説かれた時、尊者アージニャータ・カウンディンニャは煩悩から心が解脱し、残りの四人の比丘は塵や汚れから離れて清らかな法の眼を得たのであります。」その時、尊者アージニャータ・カウンディンニャは尊者大迦葉に告げた。「このような法を私は仏の御前で自ら聞きました。私は法を聞いた後、煩悩から心が解脱し、残りの四人の比丘は塵や汚れから離れて清らかな法の眼を得ました。」「私は世尊が第二に説かれた経の教えを結集しました。共に修行する人々の間で、反対することもなく、非難することもありません。それゆえに、この経こそが仏の真実の教えであると知るべきです。」

復告阿難陀：「世尊在何處說第三經？」時阿難陀以清徹音答曰：「世尊亦於婆羅痆斯。」「為誰說耶？」「謂五苾芻。」「所說云何？」答言：「作如是說，如是我聞。『一時佛在婆羅痆斯施鹿林中，告五苾芻曰：「汝等苾芻當知！色不是我。若是我者，色不應病及受苦惱。我欲如是色、我不欲如是色，既不如是隨情所欲，是故當知色不是我；受想行識，亦復如是。」廣說如前。佛告五苾芻曰：「於汝意云何：色為是常為是無常？」白言：「大德！色是無常。」佛言：「色既無常即是其苦，或苦苦、壞苦、行苦，然我聲聞多聞弟子，執有我不？色即是我、我有諸色，色屬於我、我在色中不？」「不爾。世尊！」「如是汝等應知，受想行識常與無常亦復如是，凡所有色若過去未來現在，內外麁細若勝若劣、若遠若近，悉皆無我。汝等苾芻應以正智而善觀察，如是所有受想行識，過去未來現在，悉應如前正智觀察。若我聲聞聖弟子眾觀此五取蘊，知無有我及以我所，如是觀已即知世間，無能取所取亦非轉變。但由自悟而證涅槃，我生已盡、梵行已立、所作已辦、不受後有。」說此法時五苾芻等，於諸煩惱心得解脫。』」爾時諸阿羅漢咸作是念：「我已結集世尊所說第三蘇怛羅，於同梵行無有違逆亦無訶厭，是故當知此蘇怛羅是佛真教。」復作是言：「自餘經法，世尊或於王宮聚落城邑處說，此阿難陀今皆演說，諸阿羅漢同為結集。但是五蘊相應者，即以蘊品而為建立。若與六處十八界相應者，即以處界品而為建立。若與緣起聖諦相應者，即名緣起而為建立。若聲聞所說者，於聲聞品處而為建立。若是佛所說者，於佛品處而為建立。若與念處、正勤、神足、根、力、覺、道分相應者，於聖道品處而為建立。若經與伽他相應者，此即名為『相應阿笈摩』舊云雜者，取義也。若經長長說者，此即名為『長阿笈摩』。若經中中說者，此即名為『中阿笈摩』。若經說一句事二句事乃至十句事者，此即名為『增一阿笈摩』。」

> さらに阿難陀に問う。「世尊はどこで第三の経を説かれたのか？」 その時、阿難陀は清らかな声で答えた。「世尊もまた、バラナシーにおいてでございます。」 「誰に向けて説かれたのか？」 「五人の修行僧たちでございます。」 「どのように説かれたのか？」 阿難陀はこう答えた。「このように私は聞きました。ある時、世尊はバラナシーの鹿野苑において、五人の修行僧たちにこう告げられました。 『あなたがた修行者は知りなさい。物質的な形態（色）は私ではありません。もしそれが私であるならば、その形態は病んだり苦しみを受けたりすることはないでしょう。私はこの形態を望む、私はこの形態を望まない、というように思いのままにできません。ゆえに知りなさい、形態は私ではありません。感受作用・表象作用・形成作用・識別作用（受・想・行・識）もまた同じです。』と広く説かれました。仏は五人の修行僧たちに問われました。 『あなたがたの考えはどうですか。形態は常住ですか、それとも無常ですか？』 彼らは答えました。「尊者よ、形態は無常でございます。」 仏は言われました。「形態が無常であるならば、それは苦しみです。苦苦・壊苦・行苦のいずれかです。しかしながら、私の声聞の多聞の弟子たちは、『私』があると執着するでしょうか？ 形態が私である、私に諸々の形態がある、形態が私に属する、私は形態の中にあると？（思いません。）」 「いいえ、世尊よ。」 「同じように、あなたがたは知るべきです。感受作用・表象作用・形成作用・識別作用が常であるか無常であるかもまた同じです。すべての形態が、過去・未来・現在、内・外、粗・細、勝・劣、遠・近のいずれであれ、すべて無我です。あなたがた修行者は、正しい智慧をもってよく観察しなさい。同じように、すべての感受作用・表象作用・形成作用・識別作用も、過去・未来・現在のいずれであれ、前述の通り正しい智慧をもって観察しなさい。もし私の声聞の聖なる弟子たちが、この五つの執取の集まり（五取蘊）を観察して、私や私のものがないと知れば、そのように観察した後、世間には取るものも取られるものもなく、また転変もないと知ります。ただ自ら悟ることによって涅槃を証得し、『生は尽きた、梵行は完成した、なすべきことはなされた、もはや後世の生存はない』と知ります。』この法が説かれた時、五人の修行僧たちは、すべての煩悩から心が解脱しました。」 その時、諸々の阿羅漢たちは皆こう思いました。「私たちは、世尊の説かれた第三のスートラを結集し終えた。同じ梵行を実践する者たちの間に違背もなく、非難や嫌悪もない。ゆえに知るべきである。このスートラは仏の真の教えである。」 またこう言いました。「その他の経法は、世尊が王宮や村落、城邑などで説かれたものもある。これを阿難陀は今、すべて説き明かし、諸々の阿羅漢たちが共に結集した。ただ五蘊（五つの構成要素）に関するものは、蘊の部門としてまとめられた。もし六処・十八界に関するものであれば、処・界の部門としてまとめられた。もし縁起・聖諦に関するものであれば、縁起としてまとめられた。もし声聞によって説かれたものであれば、声聞の部門に置かれた。もし仏によって説かれたものであれば、仏の部門に置かれた。もし四念処・四正勤・四神足・五根・五力・七覚支・八正道に関するものであれば、聖道の部門に置かれた。もし経典が詩句（ガーター）と対応するものであれば、これは『相応阿笈摩』（サンユッタ・アーガマ）と呼ばれる<note>旧訳で「雑」と言うのは、意味を取ったものである</note>。もし経典が長々と説かれているものであれば、これは『長阿笈摩』と呼ばれる。もし経典が中くらいの長さで説かれているものであれば、これは『中阿笈摩』と呼ばれる。もし経典が一句の事柄、二句の事柄、乃至十句の事柄を説いているものであれば、これは『増一阿笈摩』と呼ばれる。」

爾時大迦攝波告阿難陀曰：「唯有爾許《阿笈摩經》，更無餘者。」作是說已便下高座。爾時具壽迦攝波告大眾曰：「汝等應知！世尊所說蘇怛羅已共結集，其毘奈耶次當結集。」聞是語已咸言：「善哉！」于時眾中唯有具壽鄔波離，於毘奈耶緣起極善解了，迦攝波便昇高座告大眾曰：「汝等應知！具壽鄔波離，於毘奈耶悉皆明了。世尊記說：『於持律中最為第一。』是故我請結集毘奈耶。」大眾言：「善。」爾時迦攝波告鄔波離曰：「具壽！汝頗能簡擇結集如來所說毘奈耶不？」答言：「能。」尊者即便作白：

> 時に大迦葉が阿難に告げた。「これだけの『アーガマ経』があり、他にはない。」 そう言って、迦葉は高座を下りた。 そこで尊者迦葉は大衆に告げた。「あなた方は知るべきである。世尊の説かれたスートラは既に共に結集を終えた。次に、その毘奈耶（律）を結集すべきである。」 この言葉を聞いて、一同は「善きかな」と言った。 その時、会衆の中には尊者ウパーリだけが、毘奈耶の因縁について極めてよく解了していた。そこで迦葉は高座に上がり、大衆に告げた。「あなた方は知るべきである。尊者ウパーリは、毘奈耶をすべて明らかにしている。世尊は『持律の中において最も第一である』と記別された。それゆえ、私は毘奈耶の結集を請うものである。」 大衆は「善きかな」と言った。 時に迦葉はウパーリに告げた。「尊者よ、あなたは如来の説かれた毘奈耶を選び取って結集することができるか。」 ウパーリは「できます」と答えた。 尊者はそこで次のように告白した（白二羯磨を行った）。

「大德僧伽聽！此具壽鄔波離，能為簡擇結集如來所說毘奈耶。若僧伽時至聽者，僧伽應許僧伽今差具壽鄔波離，為欲簡擇結集如來所說毘奈耶。白如是。」次作羯磨，准白成。時具壽迦攝波作羯磨已從座而下，鄔波離即昇師子座。

> 「尊い僧伽の皆さま、お聞きください。この具寿ウパーリは、如来の説かれた律（戒律）を選び取って結集することができます。もし僧伽の時が来て、お許しがあれば、僧伽は今、具寿ウパーリを、如来の説かれた律を選び取って結集するために任命することを認めてください。このように申し述べます。」次に羯磨（正式な決議）を行い、この宣言に従って承認された。その時、具寿カシャパ（迦葉）が羯磨を終えて座から下りると、ウパーリはすぐに獅子座に昇った。

## 根本說一切有部毘奈耶雜事卷第三十九

> 根本説一切有部律雑事 巻第三十九