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title: "法華統略 · 釋藥王品第二十三"
description: "法華統略是中國隋唐時期高僧吉藏撰寫的對《妙法蓮華經》的注疏。吉藏作為三論宗的集大成者，該書誕生於南北朝佛教義學興盛、諸師競相注釋《法華經》的背景下。其主要內容是運用中觀學派的般若思想和三論宗的二諦、八不中道等核心教義，系統闡釋《法華經》的深層義理，尤其著重於會通諸經、判釋教相，並開顯一乘真實的佛果境界。此注疏代表了三論宗對《法華經》的權威解讀，在佛教思想史上具有重要地位，是研究中國佛教宗派思想與法華學發展的關鍵文獻。"
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### 藥王品

> 薬王品

此下六品，第二、分明菩薩乘。問曰：菩薩乘為因，佛乘為果，何先果後因？答曰：有二義：一、有佛昔說三乘，今欲開乘權實；二、乘果是方便，佛果是真實，故得會三歸一及破二顯一，是以先要須明果竟方得明因。二者、此經結會釋迦一化始終五權實，以眾生正與佛結因緣來久，令一期得悟，故先辨佛法也。又十二門論釋大乘，亦前明諸佛所乘，後明菩薩因中大人所乘，故名大乘。所以先就佛後約菩薩者，大名唯在佛，果不在因，但因人求大，從所求立名，故名大人。此經明果，既聞說大果，方後求大，故後辨因。此說門次第，今此中後欲辨諸菩薩弘果乘經義，後明菩薩乘也。果分六會，今亦六會，即六品果也。分四權實，今亦四：初二、上弘佛道；次兩品下，利益眾生；第三、勸善知識降伏邪人；四、勸發護正法。又上三會亦三：初二、明一乘體，觀音從體起用；後三、攝用歸體，至京師見天竺僧云囑累之。後明陀羅尼品，而羅什以藥王在初者，六意：一、明宣道所寄，故法師品云因藥王告八萬大士；二、娑婆重緣，故問云何遊此娑婆世界；三、根緣所宜，即下菩薩得道；四、悟解之首，故明聞經得現一切色身三昧；五、報恩之初，捨身命財報恩供養；六、即勸人持經，藥王由經得益，欲如藥王者當持此經；又勸人弘經，欲尊人重道當如藥王。又上來說法華經，此一品揄揚讚嘆，即說嘆次第。

> ここから下の六品は、第二に、菩薩乗を明確に示すものである。 問う：菩薩乗は因であり、仏乗は果であるのに、なぜ先に果を説き、後に因を説くのか。 答える：これには二つの意味がある。 一、かつて仏が三乗を説いたことがあるが、今、その乗に権（仮の教え）と実（真実の教え）があることを開示しようとするため。 二、乗の果（三乗の果）は方便であり、仏の果は真実である。ゆえに、三乗を一つに帰し（会三帰一）、また二乗を破して一乗を顕す（破二顕一）ことができる。そのため、まずは果を明らかにしてから、後に因を明かす必要があるのである。 また、この経は、釈尊一代の教化における五種の権実（権と実の五種の区別）を結び明かすものである。衆生は古くから仏と因縁を結んできたので、今生において悟りを得させるために、まず仏の法を明かすのである。 さらに『十二門論』において大乗を釈する際にも、まず諸仏の乗るものを明かし、後に菩薩の因位において大人（すぐれた人）の乗るものを明かすから、大乗と名づける。 このように先に仏について説き、後に菩薩について説くのは、「大」という名はただ仏のみにあり、因にはないからである。しかし、因位の人が「大」を求めることから、その求めるものに従って名を立て、「大人」と称するのである。 この経は果を明かすものであり、すでに大果を聞いて、後に大を求めることになるから、後に因を明かすのである。これは説法の順序である。 ここから後に、諸菩薩が果の乗の経義を広めることを明かそうとするので、後に菩薩乗を明かすのである。 果の部分は六会（六つの説法の場面）からなり、今も六会ある。すなわち六品が果である。この中に、四種の権実を分ける。今も四つである。 初めの二品は、上に仏道を広める。 次の二品は、下って衆生を利益する。 第三に、善知識を勧めて邪人を降伏させる。 第四に、正法を護る心を起こすことを勧める。 また、上の三会もまた三つに分かれる。 初めの二品は、一乗の本体を明かす。観音品は、その体から用を起こすものである。 後の三品は、用を摂めて体に帰するものである。 （後半、京都において天竺僧に会ったところ、「嘱累」のことを聞いたと伝えられる。） 後に陀羅尼品を明かす。 羅什（鳩摩羅什）が薬王品を初めに置いたのには、六つの意味がある。 一、説法を託すところを明かすため。ゆえに法師品に「薬王に因って八万の大士に告ぐ」とある。 二、娑婆世界における重要な縁であるから、「いかにしてこの娑婆世界に遊ぶべきか」と問う。 三、根機と因縁にかなうものであり、すなわち下位の菩薩が悟りを得る。 四、悟解の最初であるから、経を聞いて現一切色身三昧を得ることを明かす。 五、報恩の初めであるから、身命財を捨てて恩に報い供養する。 六、人に経を持たせることを勧める。薬王は経によって利益を得た。薬王のようになりたいと願う者は、この経を持つべきである。 また、人に経を弘めさせることを勧める。人を尊び道を重んじたいと願うなら、薬王のようになるべきである。 また、これまで法華経を説いてきたが、この一品はそれを称賛嘆美するものであり、すなわち讃嘆の順序を説くのである。

藥王者，一如舊釋，二此經平等。大慧是眾藥之王，以遍治凡夫二乘病，悟此藥王從法受名，如身子受華光之稱。下明懃精進。得一切色身三昧者，經以三智為宗，菩薩悟解三智故，得現一切色身三昧。九道身本來寂滅故雖多常一，即智雖一常多故，了悟一道清淨故，現一切身轉身供養。供養中有二：初明佛在世時事，次明佛滅後事，各四章。初中四者，一明受生。所以還生王家者，欲以上化下也。還生此佛土者，一欲報恩，二受佛付囑。

次偈第二、為文說燒身意。初偈明感佛恩，次明報恩。所以為文說此事者，明文但能生一身，由佛得現一切身；文但能生肉身，佛能生法身，故報恩供養，釋文疑也。

> 第二の偈は、文章のために身体を焼く意味を説明します。 最初の偈では仏の恩に感じ入ることを明らかにし、次の偈では恩に報いることを明らかにします。 文章のためにこのことを述べるのは、文章はただ一つの身体を生み出すことができるだけなのに、仏によってすべての身体を現すことができるからです。文章はただ肉の身体を生み出すことができるだけなのに、仏は法の身体を生み出すことができるからです。そのため、恩に報いるための供養が、文章に関する疑問を解くのです。

第三、明燒身果者，前聞經得現諸身三昧果，能示一切色身；今燒身能解一切聲果。重敘聞經果者，欲往佛所，恐文王留礙，故明於佛邊多獲利益，更往佛所。

> 第三に、焼身の果報を明らかにします。先に経を聞いて現諸身三昧の果報を得ると、一切の色身を示すことができました。今、焼身によって一切の声の果報を解き明かすことができるのです。経を聞く果報を重ねて述べるのは、仏のもとへ向かおうとして文王に妨げられることを恐れたからです。そのため、仏のそばで多くの利益を得られることを明らかにして、改めて仏のもとへ向かうのです。

爾時，一切眾生喜見菩薩下，第二、佛滅後供養。亦四：一、問涅槃；二、答涅槃；三、外財供養；四、內身供養。文易知。問曰：上云無四惡道即無脩羅，今何故天、人、阿修羅見其無臂憂惱？答曰：上實無，今化示有；亦可上明此土無，今從他方來，或翻經人錯。次嘆法華者，前嘆所益人，今美能益之教，二意都為勸人持經。又法華通因果，上明佛能乘，今辨能乘、所乘也。又前嘆弘道人，今美所弘之教。持一偈勝大千寶施者，上燒指勝捨大千寶，燒指為難，物多憚之；持一偈勝大千寶，持經為易，物多從之，都為勸持經也。持一偈必為法身種子，物施但感人天，故持經勝。問：持一偈何如燒指？答曰：小般若云：日三時捨身，不如信心不逆。況燒指耶？

次十喻嘆法華者，初以海為喻，嘆此經五根本、五支末、五攝末歸本，故無不收，故大也。究竟之道，超四句，絕百非，謂之深也。次山喻者，昔明三乘皆究竟山，如無高下，今唯佛乘究竟，餘乘非究竟，如須彌之高，眾山為下。三乘既爾，三身壽土亦然。次日月喻者，此經敞一切權，開一切實，如月照明也。破凡夫、二乘、菩薩三人，及除封執五權之病，為滅一切不善暗故，月喻顯理，日譬破病也。次人天王者，王有二義：一、歸往喻，收五權，歸五實；二、自在從，五實出，五權廣，即一切也。次凡聖者，梵王為眾生之父，一道清淨，是六道原，三乘之得本也。由法華經出生三身，故是三身本，亦是一切權實體用本。初段經出生一切果本，後段經出生一切因本，故藥王等皆從法華生，故說此品即是嘆經，令人持經也。既為得失之宗，是故第一，如四果辟支之第一也。次因果者，菩薩因中之上，佛是果中之極，如妙因妙果，一切因果中最上。聞此品，得無量功德者，此品明得益之人妙，嘆能利之教妙。又藥王為因，法華為果，因果略備，故聞之福多。捨女身者，以染著而受女身，故持一品正以離著為本，脫女身也。則聞藥王全燒一體，別燒兩臂，重道輕身，於身不著。病則消滅者，法華論云：火宅治凡夫病，窮子治二乘病，藥草治菩薩病。聞此經，三病消滅。破此三病，便得佛，不復老死。問曰：持經女人云何即得無生？答曰：有二義：一、是久行人，示同女像度物，如勝鬘之流，聞經進悟；二、持經生彼，彼土中修行，得無生也。