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title: "雜譬喻經 · 8"
description: "雜譬喻經是一部漢譯佛教經典，具體作者已不可考，相傳由古代印度佛教僧侶所集結。該經於東漢至魏晉時期傳入中國，並由多位譯師逐步譯出，是早期譬喻類佛經的重要代表。全經通過大量生動的寓言故事和譬喻，深入淺出地闡釋佛教因果、無常、修行等核心教義，旨在引導眾生覺悟。該經不僅具有極高的文學價值，其內容貼近生活、易於理解，在佛教通俗教化與義理傳播中佔有獨特地位，對漢傳佛教民間信仰與文化影響深遠。"
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### （八）

> （八）

昔有國王喜食人肉，勅厨士曰：「汝等夜行密採人來以供厨。」以此為常。臣下後咸知之，即共斥逐捐於界外，更求良賢以為國王。於是噉人王，十三年後身生兩翅行噉人，無復遠近，於山中向山樹神請求祈福：「當取國王、五百人祠山樹神，使我得復還國為王。」於是便飛行取之，得四百九十九人，之山谷以石密口。時國王將諸後宮詣浴池戲，始出宮門逢一道人，說偈求乞，王即許之，還宮當賜金銀。時王入池當欲澡洗，噉人王空中飛來，抱王得去還於山中。國王見噉人王，不恐不怖顏色如故。噉人王曰：「吾本捕取五百人當持祠天，已有四百九十九人，今復得卿一人，數已滿，殺以祠天。汝知是，何以不恐懼乎？」國王對曰：「人生有死、物成有敗、合會有離，對來分之，不敢愁也！旦出宮時，道逢道士為吾說偈，即許施物，今未得與，以是為恨耳！今王弘慈寬恕，假數日中布施訖還，不違要誓也！」即聽令去，而告之曰：「與汝七日期，若不還者，吾往取汝亦無難也！」

> 昔、ある国に人肉を好んで食べる王がいました。王は料理人に「お前たちは夜に密かに人を捕らえてきて、料理の材料とせよ」と命じました。それが常となりました。臣下たちは後にこれを知り、共に王を国外に追放し、新たに賢明な人物を求めて王としました。 人を食べていた王は、十三年後に体に翼が生え、遠近を問わず人を捕らえて食べるようになりました。ある時、山中で樹木の神に祈りを捧げて言いました。「国王と五百人を捕らえ、山の樹神に捧げる祭祀を行いたい。そうすれば、再び国に戻って王となることができるだろう。」 そこで翼で飛び回って人々を捕らえ、四百九十九人を集め、谷の岩場に口を塞いで閉じ込めました。 その頃、国の王が后たちを連れて浴場に向かう途中、宮殿の門を出たところで一人の道人に出会いました。道人は偈を唱え施しを乞うたので、王は施しを約束し、宮殿に戻ったら金銀を賜ると言いました。王が浴場に入って身を清めようとしたその時、人を食べる王が空から飛来し、王を抱えて山中へ連れ去りました。 国の王は人を食べる王を見ても、恐れたり驚いたりせず、顔色も変えませんでした。人を食べる王が言いました。「私はもともと五百人を捕らえて天に捧げようとしていた。すでに四百九十九人は得ている。今、あなたを一人得て、数は満ちた。あなたを殺して天に捧げる。それを知って、なぜ恐れないのか。」 国の王は答えました。「人は生まれれば必ず死に、物は成れば必ず滅び、会えば必ず別れがある。それは避けられない運命です。私はそれを恨みには思いません。ただ、今朝宮殿を出る時に道人に出会い、施しを約束しましたが、まだ果たしていません。それが心残りです。どうか寛大なお心で、数日の猶予をいただき、施しを終えて戻って参ります。決して約束は違えません。」 人を食べる王はこれを聞き入れ、こう告げました。「七日間の猶予を与えよう。もし戻らなければ、私が迎えに行く。それも難しいことではない。」

王即還宮都中，內外莫不歡喜，即開庫藏布施遠近，拜太子為王，慰勞百姓辭決而去。噉人王遙見其來念曰：「此得無異人乎？從死得生而故來還。」即問曰：「身命世人所重愛者也，而卿捨命所信，世之難有，不審何守志趣？願說其意。」即曰：「吾之慈施至誠信盟，當得阿惟三佛度十方。」彼王曰：「求佛之義其事云何？」便為廣說五戒、十善、四等、六度。心開坦然，從受五戒為清信士，放四百九十九人，各各令還國。諸王追是後王共至其國，感其信誓蒙得濟命，各不肯還於本國，遂便住止此國。於此國王，各為立第一舍，彫文刻鏤光飾嚴整，法國王飲食服御，與王無異。四方來人問言：「何以有此如王舍，遍一國中？」眾人答曰：「皆是諸王舍也！」名遂遠布。從此以來號言王舍城。佛得道已自說本末：「立信王者我身是也，噉人王者殃崛摩是，還王舍說法所度無量，皆是宿命作王時因緣人也！」佛說是時，無不歡喜，得福得度，不可訾計。

> 王は都へ戻られると、都の内外問わず皆が喜びました。すぐに国庫を開き、遠く近くの人々に施しをし、太子を王とし、民をねぎらってから、別れを告げて立ち去りました。 人を食べる王は、遠くからその姿を見て、「これは普通の者ではないのか。死から生還して、なお戻ってくるとは」と思いました。そこで問いました。「人の命は、世の誰もが最も大切にするものだ。それなのに、あなたは命を捨ててまで信を貫いた。世にも稀なことだ。いったい何を志としているのか、その心をお聞かせ願いたい。」 すると、こう答えました。「私の慈しみの施しと、至誠の誓いは、必ずや阿惟三佛を成就し、十方の衆生を救済しようというものです。」 王が言いました。「仏陀を求めるという教えは、どのようなものなのか。」そこで彼は、五戒、十善、四無量心、六波羅蜜を詳しく説きました。王は心が開けて安らかになり、五戒を受けて清信士となり、四百九十九人を解放し、それぞれを自分の国へ帰らせました。 諸国の王たちは、その後ろからこの王に従ってその国に来ました。彼の誠の誓いによって命を救われたことに感動し、それぞれ自分の国へ戻ることを望まず、この国に留まることにしました。この国の王は、彼らのためにそれぞれ第一の邸宅を建て、彫刻や細工を施し、見事に飾り整えました。法（仏法）の王として、飲食や着るもの、調度品のすべてを、王と何ら変わりなく用意しました。 四方から来た人々が「なぜ、この一国内に王の住まいに等しい家がこれほどあるのか」と尋ねると、人々は答えて言いました。「これらはすべて、諸王の住まいです。」このようにして名声は遠くまで広まり、それ以来この地を「王舎城」と呼ぶようになりました。 仏陀が悟りを得られた後、自らこの因縁の過去を語られました。「戒めを信じた王こそ、この私である。人を食べた王こそ、鴦崛摩である。王舎城に帰って説法し、救済された者は無量である。皆、前世で王であったときの因縁のある者たちである。」と。 仏陀がこの説法をされたとき、喜ばない者はいませんでした。得る福徳、救済される者は、計り知れないほどでありました。