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title: "雜譬喻經 · 10"
description: "雜譬喻經是一部漢譯佛教經典，具體作者已不可考，相傳由古代印度佛教僧侶所集結。該經於東漢至魏晉時期傳入中國，並由多位譯師逐步譯出，是早期譬喻類佛經的重要代表。全經通過大量生動的寓言故事和譬喻，深入淺出地闡釋佛教因果、無常、修行等核心教義，旨在引導眾生覺悟。該經不僅具有極高的文學價值，其內容貼近生活、易於理解，在佛教通俗教化與義理傳播中佔有獨特地位，對漢傳佛教民間信仰與文化影響深遠。"
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### （一〇）

> （一〇）

昔佛詣倮國受須竭請，其國近海，龍興雲雨，佛恐漂沒人民，受飲食已，引眾詣阿耨達池。佛會畢，眾坐已定，告：「舍利弗不在會中。」天帝念曰：「佛左右常得神足智慧，益佛光輝。」佛知其所念，告目揵連：「汝往呼舍利弗來。」目連作禮而往。舍利弗補護法衣，目連曰：「佛在阿耨達池天大會，佛使我來相呼，願以時去。」舍利弗言：「須我衣竟。」目連答曰：「不時去者，吾當神足取卿及山石室置右掌中，持詣佛所。」舍利弗便解腰帶著地，語目連曰：「汝能令帶離於地者，我身乃可舉。」目連即舉之，地能為振動，帶不可舉。目連以神足還佛所，舍利弗先坐佛邊，目連乃知神足之力不如智慧之力也。

> 昔、仏が倮国に赴き、スジャータ（須竭）の供養を受けられた。その国は海に近く、龍が雲を起こし雨を降らせていた。仏は人々が水害に遭うことを心配され、飲食を終えられた後、大衆を率いて阿耨達池へと向かわれた。法要が終わり、大衆が座を定めた時、仏は告げられた。「舎利弗が会衆の中にいない。」 すると、天帝（帝釈天）は心の中で思った。「仏の御傍らには、常に神通力と智慧を備えた方がおられ、仏の光輝を増している。」仏はその思いを察知され、目犍連に告げられた。「あなたが行って、舎利弗を呼びなさい。」 目連は礼をしてから出かけた。舎利弗は法衣の繕いをしていた。目連が言った。「仏は阿耨達池で大法要を開いておられます。仏が私を遣わし、あなたをお呼びになっています。どうかすぐにお越しください。」舎利弗は答えた。「この衣が仕上がるまで待ってください。」 目連が言った。「もしすぐに来られないなら、私は神通力であなたとこの山や石室をまとめて右の掌に載せ、仏の御許へ持って行きましょう。」すると舎利弗は腰の帯を解いて地面に置き、目連に言った。「あなたが、この帯を地面から離すことができたら、その時こそ私の身体を上げることができるでしょう。」 目連はその帯を持ち上げようとしたが、大地を震わせることさえできても、帯は微動だにしなかった。そこで目連は神通力で仏の御許へ戻った。すると、舎利弗はすでに仏の傍らに座っていたのである。その時、目連は悟った。神通力の力は、智慧の力には及ばないのだと。

時坐中有一比丘，耳中有須曼花，眾坐皆疑：「比丘之法離於花飾，而此比丘著花何謂？」天帝即白佛言：「不審比丘何以著花？」佛告比丘：「遣耳中花。」比丘受教即手挽去其花；續復如故，如是取去，其處故有。佛語比丘：「以神足去之。」即以三昧力作數千萬手，虛空中取耳中花，花故不盡。眾坐乃知是道德因緣，非暫著花也。天帝白佛：「願說本末，使眾會疑解。」

> その時、会座に一人の比丘がいたが、耳にジャスミンの花を挿していた。集まった人々は皆疑った。「比丘の作法は花などの飾りから離れることなのに、この比丘はなぜ花をつけているのだろうか？」 そこで天帝が仏に問うた。「この比丘がなぜ花をつけているのか、よくわかりません。」 仏は比丘に告げた。「耳の花を取りなさい。」 比丘は教えの通りに手で花を取り去ろうとしたが、すぐにまた元のように花が現れた。何度取り去っても、その場所には花があった。 仏は比丘に言った。「神通力で取り去りなさい。」 比丘は三昧の力で何千何万もの手を現し、虚空から耳の中の花を取ろうとしたが、それでも花は尽きることがなかった。 こうして会座の者たちは、これが道に基づく因縁の出来事であり、一時的に花をつけているのではないと悟った。 天帝は仏に申し上げた。「どうか最初から最後までをお話しくださり、会座の皆の疑問を解いていただきたい。」

佛告天帝：「昔惟衛佛時，從來九十一劫，時佛大會說法，有一醉客在會中聽，聞經歡喜，耳上著花取散佛上，作禮而去。命終之後，九十一劫天上人中受福，不復更三惡道。欲知彼時人者，今此比丘是也，散一花福至今得道，故未盡也。」天帝白佛言：「往日醉客不受戒，亦不行六波羅蜜，一散花福乃九十一劫于今不盡，何況多作者！」佛告天帝：「當知薩芸若饒益一切如是。」一切眾會聞說如是，大歡喜，普發無上正真道意。

> 仏が天帝に告げられた。「昔、惟衛仏（ヴィパッシン仏）の時代、それは九十一劫（非常に長い時間）の昔のこと。その時、仏が大いなる法会で説法をしていた。そこに一人の酔っ払いの客が来て、説法を聴き、その教えを聞いて喜び、耳に挿していた花を取って仏の上に散らし、礼をして立ち去った。その命終わった後、九十一劫の間、天界や人間界で幸せを受け、再び三悪道（地獄・餓鬼・畜生）に堕ちることはなかった。その時の人を知りたいか？今のこの比丘（修行者）である。たった一つの花を散らした福徳によって、今なお悟りを得て、その福徳は尽きていないのである。」 天帝が仏に申し上げた。「かつての酔っ払いは戒律を受けず、六波羅蜜も修行しませんでした。たった一つの花を散らした福徳でさえ、九十一劫もの間、今なお尽きないのです。ましてや多くの善行を行った者は、どれほどの福徳があるでしょうか！」 仏は天帝に告げられた。「知るがよい。薩芸若（一切智者・仏の智慧）は、このように一切の者を利益するのだと。」 その場にいたすべての参列者たちは、この説法を聞いて大いに喜び、皆が無上正真道（最高の悟り）を目指す心を起こしたのである。