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title: "雜譬喻經 · 20"
description: "雜譬喻經是一部漢譯佛教經典，具體作者已不可考，相傳由古代印度佛教僧侶所集結。該經於東漢至魏晉時期傳入中國，並由多位譯師逐步譯出，是早期譬喻類佛經的重要代表。全經通過大量生動的寓言故事和譬喻，深入淺出地闡釋佛教因果、無常、修行等核心教義，旨在引導眾生覺悟。該經不僅具有極高的文學價值，其內容貼近生活、易於理解，在佛教通俗教化與義理傳播中佔有獨特地位，對漢傳佛教民間信仰與文化影響深遠。"
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### （二〇）

> （二〇）

昔有富迦羅越有兩子，父得病臨困，囑大兒曰：「汝弟幼小未有所知，今以累汝善營濟之，勿使飢寒。」父子悲訣，於是遂亡。後時婦語其夫曰：「君弟小，長當嬈君家，所有之物皆當分之，曼其未大，何不除遣？」兄始不肯，數語不已，兄便隨之。將弟出城詣深塚間，縛著栢樹不忍手殺，欲使虎狼惡鬼害之。語弟曰：「汝數犯我，使汝在此宿昔思過，明日當相迎。」便捨之去。須臾日暮，鵄鵰狐狸所在鳴呼，弟大怖懅無所歸告，即仰天歎息曰：「三界之中寧有慈仁受自歸乎？今日困厄懷怖無量。」於是如來覩彼求救，正坐三昧放大光明，名曰除冥，照塚間，即時大明。次放一光明曰解縛，光至兒所，縛即緩，身不復痛。次放一光名曰飽滿一切，兒見光明即不復飢。於是如來尋光詣彼，使手自解縛而告之曰：「欲何所趣乎？」兒白言：「願我作佛，脫一切厄如佛今日。」即發無上正真道意。佛為說法若干正要，逮得不起法忍。白佛言：「我兄雖有惡念違孝害我，因此得見佛斷生死苦，欲往報恩。」佛言：「善哉！宜知是時。」便以神足飛往兄家。兄婦見之慚懼無顏，即語兄曰：「雖用惡妻子之言縛我著塚間，因緣是事今日得道，皆兄恩也！」為兄嫂說法，便得須陀洹。

> 昔々、裕福な長者（チャクラヴァルティン）に二人の息子がいました。父親が病に倒れ、臨終に際して長男に言いました。「お前の弟は幼くて何もわかっていない。今、彼をお前に託す。よく世話をし、助けてやり、飢えや寒さにあわせてはならない。」父子は悲しみのうちに別れ、父はそのまま亡くなりました。 その後、あるとき、兄の妻が夫に言いました。「あなたの弟は幼いけれど、大きくなれば必ずあなたの家をかき乱すでしょう。家にあるものはすべて分け合うことになります。大きくなる前に、どうして追い出してしまわないのですか？」初めは兄も同意しませんでしたが、妻が何度も言い続けたため、ついに兄はその言葉に従いました。 兄は弟を連れて町の外、深い墓地の中へと連れて行き、柏の木に縛り付けました。しかし自らの手で殺すことは忍びず、虎や狼、悪い鬼に彼を害させようと考えたのです。兄は弟に言いました。「お前は何度も私に逆らった。今夜はここで自分の過ちを反省しなさい。明日迎えに来る。」そう言って、弟を置き去りにして去って行きました。 やがて日が暮れ、ミミズクやタカ、キツネの鳴き声があちこちで響き渡り、弟はたいそう怖がりました。助けを求める術もなく、天を仰いで嘆息しました。「三界の中に、どうか私を救ってくださる、慈しみ深く、帰依すべき方はおられませんか？今日のこの苦しみ、言葉に尽くせぬ恐ろしさです。」 その時、如来（如来：悟りを開いた者の称号）は彼の救いを求める姿をご覧になりました。如来は正座して三昧に入られ、大いなる光明を放ちました。その光は「除冥（迷いを除く）」と名付けられ、墓地を照らして、たちまち明るくなりました。次に「解縛（束縛を解く）」という光が放たれ、その光が弟のところに届くと、縄は緩み、体の痛みは消えました。さらに次に「飽満一切（すべてを満たす）」という光が放たれ、弟はその光を見て、すぐに飢えを感じなくなりました。 そこで如来は光とともに彼の許へ赴き、自らの手で縄を解かせて言われました。「どこへ行きたいのか？」弟は申し上げました。「どうか私が仏となり、今日の仏のように、すべての苦しみから人々を救い出したいと願います。」そうして、少年は無上正真の道（仏になるための最高の願い）を心に起こしました。仏は彼のために様々な大切な教えを説かれ、彼は「不生の法忍（真理を体得して動じなくなる境地）」を得ました。 そして、仏に申し上げました。「私の兄は悪い心を持ち、親の教えに背き、私を害そうとしました。しかし、そのおかげで私は仏にお会いし、生死の苦しみを断つことができました。今、恩返しをしたいと思います。」仏は言われました。「善いかな。その時を知るがよい。」そこで弟は神通力によって兄の家へ飛んで行きました。 兄嫁は彼を見て、恥ずかしさと恐れで顔色を失いました。弟は兄に言いました。「あなたの悪い妻の言葉に従って、私を墓地に縛り付けましたが、このことが因縁となって、私は今日、悟りを得ることができました。すべて兄のおかげです！」そして、兄と義姉のために教えを説くと、二人は須陀洹（初めて悟りの境地に入ること）を得ました。