---
title: "佛本行集經 · 13 捔術爭婚品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmczlrevc0yqujj04j02go5xv"
---

### 佛本行集經捔術爭婚品第十三上

> 「仏本行集経 第十三上 技芸競婚の章」

「爾時太子漸向長成，至年十九，時淨飯王為於太子，造三時殿：一者暖殿，以擬隆冬；第二殿涼，擬於夏暑；其第三殿，用擬春秋二時寢息。擬冬坐者殿一向煖，擬夏坐者殿一向涼，擬於春秋二時坐者，其殿調適，溫和處平，不寒不熱。復於宮內後園之中，堰水流渠，造作池沼，栽蒔種種眾雜名花，所謂優鉢羅花、波頭摩花、拘物頭華、分陀利華，為於太子，作喜樂故。復有無量無邊諸人，各自職司侍衛太子，或復有人，按摩太子；或復有人，柔軟太子；或復有人，以諸香油，塗荼太子；或復有人，洗浴之時，揩拭太子；或復有人，澡浴之時，供香湯者；或有染髮梳頭髻者；或復有人，執鏡照者；或執塗香，或執眼藥，或復有執熏衣香者；或執牛黃，或執華鬘，或復有執種種雜色微妙衣服，立太子前，常擬供奉。太子著者，其衣悉是迦尸迦衣，執已曲躬，須者即進。其太子父輸頭檀王所著衣裏若迦尸迦，外表則用其餘諸物，太子不然，所服之衣，內外悉用迦尸迦。作太子左右及執作人、僮僕男女、諸後從等，皆悉餧以粳粮之飯，雜肉韲醬，或臛或羹。太子一身，別置妙好香美粳粮，精細揀擇，羹臛雜奠，百味蘭餚，種種珍羞，及諸餅果。如是無量，日別恒常，晝夜修營，各皆新造，以擬太子。又持白蓋，覆太子上，或畏夜戲零露風霜，或復晝遊塵埃日照。

> やがて太子は成長し、十九歳になられました。その時、浄飯王は太子のために三つの殿舎を建てました。一つは冬の厳しい寒さをしのぐ暖殿、二つ目は夏の暑さをしのぐ涼殿、三つ目は春と秋の穏やかな季節に休息するための殿舎です。冬の殿舎は終始暖かく、夏の殿舎は爽やかに涼しく、春秋の殿舎は寒くも暑くもなく、ほどよく温かで快適でした。 また、宮殿の内庭の後ろの園には水を堰き止めて水路を造り、池を掘り、様々な名高い花々を植えました。すなわち、青蓮華、紅蓮華、黄蓮華、白蓮華などで、太子の楽しみのためにそうしました。さらに、無数の人々がそれぞれの役目を持って太子に仕えました。太子をもみほぐす人、体を柔らかくする人、香油を塗る人、沐浴の際に体を拭く人、香りの良い湯を用意する人、髪を染め整える人、鏡を掲げる人、塗香や目薬、衣を薫く香を捧げる人、牛黄や花鬘、様々な美しい衣服を手に取り、太子の前に立って常に献上できるようにしていました。太子が身に着ける衣服は全てカシ布で、人々はそれを恭しく捧げ、必要な時に差し出しました。太子の父であるスッドーダナ王は、衣の内側にカシ布を用い、外側は他の素材を用いましたが、太子は衣服の内外ともにカシ布を用いました。 太子の左右に仕える者、雑用する者、男女の召使いや従者たちは皆、粳米の飯に肉や漬物、膾や羹を添えた食事を与えられました。しかし太子だけは、特別に選び抜かれた香り高い粳米の飯に、様々な珍しい味わいの羹や副菜、百種もの美味、種々の珍味や餅菓子が用意されました。このように無数のご馳走が、毎日絶え間なく新たに調えられて太子に備えられました。また、白い蓋を太子の上に掲げ、夜の遊びの際には露や霜や風を避け、昼の遊びの際には埃や日光を防ぎました。

「時淨飯王既見太子年漸向大，心中復憶阿私陀仙授記之語，集諸耆舊釋種大臣，而作是言：『汝等親族！曾聞知不？我此太子，初生之時，召諸解相及婆羅門阿私陀等，皆記之言：「其若在家，定當得作轉輪聖王，若捨出家，必得成就於無上道。」而我等今作何方便，令此童子得不出家？』諸釋親族即報王言：『大王！今當速為太子別造宮室，令諸婇女娛樂嬉戲，是則太子不捨出家。』而有偈說：

> 時に浄飯王は、太子が年を重ねて成長していくのを見て、心に再び阿私陀仙人の授記の言葉を思い起こした。そして、年長の釈迦族の長老や大臣たちを集めて、こう言った。「親族の者たちよ、お前たちは聞いたことがあるか。我が太子が生まれた時、様々な相を観る者やバラモンの阿私陀らを呼び寄せて占わせたところ、皆がこう記したのだ。『もし家にいれば、必ずや転輪聖王となるであろう。もし出家すれば、必ずや無上の悟りを成就するであろう』と。さあ、我々は今、どのような手立てを講じて、この童子が出家しないようにできるだろうか。」釈迦族の親族たちは即座に王に答えた。「大王よ、今すぐに太子のために別の宮殿を建て、多くの女官たちに遊びや楽しみを尽くさせてはいかがでしょう。そうすれば、太子は出家することはありません。」ここに偈がある。

「『阿私陀所記， 決定無移動，諸釋勸立殿， 望使不出家。

> 「アシタが予言したことは、揺るぎなく決まっている。 釈迦族の人々は宮殿を建てて、出家させまいと願った。」

「『如是方便，我等釋種，可得興盛，能令一切恭敬尊重，不為粟散諸王所欺。』時淨飯王復語釋種諸親族言：『汝等當觀，誰釋女堪與我太子悉達為妃？』爾時，五百諸釋種族，各各唱言：『我女堪為太子作妃上兩句梵本悉再稱，今略。』

> 「このような巧みな手段によって、我ら釈迦族は栄え、すべての者から敬われ尊ばれ、数多の小国の王たちに侮られることはないだろう。」 その時、浄飯王は再び釈迦族の親族たちに言われた。 「あなたがたはよく見なさい。我が太子・悉達の妃にふさわしい釈迦の娘は、どの娘か。」 すると、その場にいた五百人の釈迦族の者たちが、それぞれ声を揃えて言った。 「我が娘こそ、太子の妃となるにふさわしい者でございます。」

「時淨飯王復自思惟：『若我今日，不共太子如是籌量，忽取他女與其作妃，脫不稱可則成違負；若我今共太子語論，太子意深，終不肯道。我今狐疑，作何方便？』復更思惟：『我今可以種種雜寶，作無憂器，持與太子，令太子用施諸女人，密遣使覘觀察其意，看於大子眼目瞻矚在於誰邊，我即娉取，與其作妃。』

> 時に浄飯王はさらにこう考えた。 「もし私が今日、太子とこのことを十分に相談もせずに、急に他家の娘を妃として迎えようとしたなら、もし太子の心にかなわなかった場合、かえって約束を破ることになる。しかし私が太子と話し合おうとしても、太子は心が深く、とうてい本音を言ってはくれまい。私は迷っている。どうしたらよいのか？」 さらに考え続けて、こう思った。 「私は今こそ様々な宝で作った憂いのない器（無憂器）を用意し、太子に持たせて、女性たちに施させよう。そして密かに使いを遣わして太子の様子を見させ、太子のまなざしが誰に向けられているかを確かめよう。その相手を私は正式に娶わせ、太子の妃としよう。」

「時淨飯王即遣造作雜寶玩弄無憂之器，所謂金銀種種雜飾，造已即於迦毘羅城，振鐸唱言：『從今已去，至七日來，我太子欲見於釋種一切諸女，見已欲施一切雜寶種種玩弄無憂之器，城內所有一切諸女，悉可來集於我宮門。』

> そこで浄飯王は、さまざまな宝物で作られた遊び道具や憂いを忘れさせる品々を造らせました。つまり金銀を用いた種々の飾り物です。それらができ上がると、カピラ城（迦毘羅城）中に鈴を鳴らして触れ回らせました。「今より七日間、わが太子が釈迦族の乙女たちすべてに会いたいと望んでおられる。会った後には、さまざまな宝物や遊び道具、憂いを忘れさせる品々を施そう。城内のすべての乙女たちは、わが宮殿の門前に集まりなさい」と。

「爾時，太子六日已過，至第七日，於先出在王宮門前，據筌蹄坐。是時城內一切諸女，皆以種種雜寶瓔珞，各嚴其身，來集宮門，欲見太子，復欲受取種種諸寶無憂之器。是時太子見諸女來，即持種種寶器，施與彼等諸女，從四方來見太子者。以是太子威德大故，諸女不能正看太子，但取寶器，各各低頭速疾而過。寶器盡已，最後有一婆私吒族釋種大臣摩訶那摩，其女名為耶輸陀羅，前後侍從眾多婢媵，圍遶而來。遙見太子，峨峨注睛，舉目雅步，瞻觀直眄，目不斜𨶳，漸進前趍，來近太子。如舊相識，曾無愧顏，即白太子，作如是言：『太子！今可與我雜寶無憂器來。』太子報言：『汝來既遲，皆悉施盡。』彼女復更白太子言：『我有何過？汝今欺我不與寶器。』太子答言：『我不欺汝，但汝後來，自不及耳。』是時太子指邊有一所著印環，價直百千，從指脫與耶輸陀羅。耶輸陀羅白太子言：『我於汝邊可止直於爾許物耶？』太子報言：『我之所著，自餘瓔珞，任意所取。』彼女白言：『我今豈可剝脫太子？只可莊嚴於太子身。』語於太子，作是言已，心不喜歡，即迴還去。」

> さて、太子は六日を過ごし、七日目になりました。以前に王宮の門前に出て、腰掛に座っていました。その時、城内の全ての女たちが、様々な宝の飾りを身に着け、宮殿の門に集まってきて、太子にお会いしたいと思い、また様々な宝の「憂い無き器」を受け取りたいと思いました。その時、太子は女たちが来るのを見て、すぐに様々な宝器を取り出し、四方からやって来て太子に会う女たちに施し与えました。太子の威光と徳が非常に大きかったので、女たちは太子をまともに見ることができず、ただ宝器を受け取り、それぞれうつむいて急いで通り過ぎました。宝器が全て無くなった時、最後に、バラドヴァージャ族のシャーキャンの大臣マハーナーマンの娘で、ヤショーダラーという名の者が、多くの侍女や召使いを前後に従えて、取り巻かれてやって来ました。遠くから太子を見ると、じっと目を輝かせ、顔を上げて優雅に歩みを進め、まっすぐに見つめ、目をそらすことなく、徐々に近づき、太子のそばに来ました。まるで旧知の間柄のようで、恥じらう様子もなく、太子にこう言いました。「太子様、どうか私にも様々な宝の『憂い無き器』をお与えください。」太子は答えました。「あなたは来るのが遅かった。全て施し終えてしまった。」すると彼女はさらに言いました。「私に何の落ち度があるというのですか。あなたは私を欺いて、宝器をくださらないのですか。」太子は答えました。「あなたを欺いてはいない。ただ、あなたが後から来て、間に合わなかっただけだ。」その時、太子の指には一つの指輪がありました。それは百千の価値があるものでした。太子はそれを指からはずし、ヤショーダラーに与えました。ヤショーダラーは太子に言いました。「私はあなたから、たったこれだけの物しかいただけないのですか？」太子は答えました。「私が身に着けている他の飾りは、あなたの好きなようにお取りなさい。」彼女は言いました。「私はどうして太子さまを剥ぎ取ることができましょうか。ただ、太子さまの身を飾るのみです。」こう言って、彼女は喜ばずに、そのまま引き返して去っていきました。

爾時，世尊成道已後，尊者優陀夷而白佛言：「世尊！云何如來在王宮時，將身一切無價瓔珞，脫持施與耶輸陀羅，不能令彼心生歡喜？」

> ある時、世尊が悟りを開かれた後、尊者ウダーイが仏に申し上げた。 「世尊よ、どのような理由で、如来が王宮におられた時、身に着けていた全ての高価な宝飾品を外して、ヤショーダラーに与えられたのに、彼女の心に喜びを生じさせることができなかったのでしょうか？」

佛告尊者優陀夷言：「汝優陀夷！至心諦聽！我當說之。耶輸陀羅非但今世與其瓔珞令不歡喜，其往昔來，曾因少緣生瞋恨故，雖復多種珍寶布施，猶不歡喜。」

> 仏は尊者ウダーイに告げられた。「ウダーイよ、心してよく聞きなさい。これから話そう。ヤショーダラーは、今世だけでなく、あなたの璎珞（装飾品）を渡しても喜ばなかったのではない。過去世においても、ほんの些細な理由で怒りを抱いたため、たとえ様々な宝物を施しても、なお喜ばなかったのだ。」

優陀夷言：「甚奇世尊！此事云何？願為我說。」

> 優陀夷が申し上げました。 「とても不思議なことです。どのようなわけでそうなるのでしょうか。ぜひ私にお説きください。」

爾時，佛告優陀夷言：「我念往昔無量世時，迦尸國內波羅㮈城，時有一王，信邪倒見而行治化。彼王有子造少罪𠎝，父王駈擯令出國界，漸漸行至一天寺中，共婦相隨居停而住。時彼王子所將食粮，皆悉罄盡，王子遊獵，殺捕諸虫以用活命。所獵之處，見一鼉虫，趁而殺之，即剝其皮，內水中煮，其欲向熟，汁便竭盡。是時王子語其婦言：『肉未好熟，卿更取水。』彼王子婦即便取水。婦去已後，王子飢急，不能忍耐，即食鼉肉，一切悉盡，不留片殘。時王子婦取水迴還，問其夫言：『此中鼉肉，今在何處？』王子報言：『鼉忽然活，今已走去。』其婦不信：『何忽如是？鼉煮已熟，云何能走？』婦心不信，而意思念：『必是我夫，飢急食盡，誑我言走。』情懷瞋恨，心常不歡。於後數年，其父命終，時諸大臣即迎王子，灌頂為主。既作王訖，所得眾寶，及諸奇珍，種種衣裳，無價之物，皆悉與妃。其妃雖納，而面顏色，不悅如前。爾時，彼王語其妃言：『我一切寶，無價之物，以持賜妃，何故顏色，而不歡悅，如前不異？』時其夫人即說偈頌，以報王言：

> その時、仏は優陀夷に告げられた：「私は遠い昔、無量の世の昔を思い起こす。ガンジス国のバーラーナシーの町に、ある王がいた。彼は邪見に染まり、倒錯した考えで国を治めていた。その王には、わずかな過ちを犯した王子がいた。父王は彼を追放し、国境の外へ追いやった。王子は妻とともに、次第に歩いてある寺院にたどり着き、そこに住みついた。 彼が携えてきた食糧はすべて尽き、王子は狩りに出て、様々な虫を捕まえて殺し、それを糧として生き延びていた。ある時、狩りの最中に一匹のワニを見つけ、追いかけて殺した。その皮を剥ぎ、水に入れて煮た。煮えかけた頃、汁が干上がってしまった。そこで王子は妻に言った：『肉がまだよく煮えていない。水をもう一度汲んできてくれ。』妻は水を汲みに出かけた。 妻が出かけた後、王子は飢えに耐えきれず、ワニの肉を一切れ残さず全部食べてしまった。妻が水を汲んで戻ってきて、夫に尋ねた：『ここにあったワニの肉はどこへ行ったのですか？』王子は答えた：『ワニが突然生き返り、今どこかへ逃げ去ってしまった。』妻は信じず、言った：『どうしてそんなことがあり得ましょうか？ワニはすでに煮えているのに、どうして逃げられるのですか？』妻は心の中で疑い、こう思った：『きっと夫が飢えに耐えかねて全部食べてしまい、私に逃げたと嘘をついているのだ。』彼女は恨みを抱き、心の中ではいつも不満に思っていた。 その後、数年が過ぎ、父王が亡くなった。大臣たちは王子を迎え、即位させ王とした。王となった後、手に入れたあらゆる宝、様々な珍宝、数々の衣服、無価の品々をすべて妃に与えた。妃はそれらを受け取ったものの、顔色は以前と変わらず冴えなかった。そこで王は妃に言った：『私はあらゆる宝や無価の品をすべてあなたに与えた。それなのに、なぜ顔色は以前と変わらず、喜びの色を見せないのか？』すると夫人は偈を唱えて王に答えた。」

「『最勝大王聽， 往昔遊獵時，執箭或持刀， 射殺野鼉死，剝皮煮欲熟， 遣我取水添，食肉不留殘， 而誑我言走。』」

> 「最も優れた大王よ、お聞きください。 かつて狩りを楽しんだあの時、 私は弓矢や刀を手にして、 野のワニを射止めて殺しました。 その皮をはいで煮ようとしたところ、 水が足りなくなったので、私に水を汲みに行かせました。 ところが、肉をすっかり食べ尽くして、 私には一片も残さず、『逃げろ』と嘘をついたのです。」

告優陀夷：「此汝當知！爾時王者，我身是也；其王后者，今日耶輸陀羅是也。我於爾時，少許犯觸，續於後時，多以財寶，與望和適，而其懷恨，猶不喜歡。今日亦然，雖將無量諸種錢帛，亦不能令其心歡喜。

> 優陀夷に告ぐ。「これを汝知るべし。その時の王とは、すなわち我がことなり。その王后とは、今日の耶輸陀羅（ヤショーダラー）なり。我、その時、少しばかり彼女を犯し触れたり。後に多くの財宝をもって和らぎを望みたるも、その恨みを抱きて、なお喜ばず。今日もまた同じく、無量のさまざまな金銀や布地を与えども、その心を喜ばすこと能わず。」

「時淨飯王所遣密使察太子者，一心覩於太子眼目其所瞻矚，共於諸女相當語對，而彼密使委悉皆知。知已即時往詣王所，而白王言：『大王！當知，有釋大臣摩訶那摩，其女後來太子共語，數番往復，兼且微笑，停住少時，調戲言語。太子彼女二顏俱悅，彼此答對，四目相當。』時淨飯王聞彼密觀如是語已，心內思惟：『太子意欲得彼女耶？』

> 浄飯王が派遣した密使は、太子の様子を一心に観察していた。太子の目がどこを見つめ、どの令嬢たちと対話しているか、そのすべてを細かく見届けた。そして知り得たことをすぐに王のもとへ報告した。 「大王、お聞きください。釈迦族の大臣・摩訶那摩の娘が最後に参りました。太子は彼女と何度か言葉を交わし、微笑みを浮かべ、しばし立ち止まって軽い言葉を交わしました。太子とその娘、両方の顔に喜びの色が浮かび、互いに問い答え、四つの目が合っていました」 浄飯王はこの密使の報告を聞いて、心の中で考えた。「太子は、あの娘を望んでいるのだろうか」と。

「時淨飯王看好吉宿良善之日，即喚國師婆羅門來，使向釋種摩訶那摩大臣之家，而作是言：『知卿有女，今可與我太子作妃。』是時國師聞王語已，即詣釋種摩訶那摩大臣之家，作如是言：『摩訶那摩王勅如是。』時釋大臣報國師言：『我釋迦法，相承如是，若有技能勝一切者，於彼人邊即嫁女與；若無技能，不得與女。大王太子生長深宮，耽媔嬉戲，未曾學習，無有技能，弓射天文，兵書戎仗，一切戰鬪，捔力拳搥，悉未工閑，我何故今無藝人邊而嫁女與？』

> 時、浄飯王は良い吉日を選び、国師であるバラモンを呼び寄せて、こう言った。「釈迦族の摩訶那摩大臣の家に行き、こう伝えよ。『そなたに娘がいるなら、わが太子の妃としたい』と。」そこで国師は王の言葉を聞き、すぐに釈迦族の摩訶那摩大臣の家を訪れ、こう言った。「摩訶那摩よ、王の仰せはこうだ。」すると釈迦族の大臣は国師に答えた。「我々釈迦族の決まりでは、もし何らかの技能で全ての者に勝る人がいれば、その人に娘を嫁がせる。技能が無ければ、娘を与えるわけにはいかない。大王の太子は深い宮殿で育ち、遊び戯れにふけり、学問を習ったことがなく、技能もない。弓矢や天文、兵法や武器、あらゆる戦い、力比べや拳闘など、まったく習熟していない。なぜ私が、技の無い者に娘を嫁がせねばならないのか？」

「是時國師聞是語已，還至王所，將如是語，具白於王。時淨飯王聞此語已，心懷愁惱，如是思惟：『摩訶那摩此語如法，向我實論無一虛妄。』雖作是念，而王內心，悵怏默然迷悶而住，其狀如似坐禪思惟。太子是時，見父王面，失於容色，悵怏不歡，猶如坐禪思惟一種，見是事已，漸至王所，而問王言：『未審父王！以何緣故，如是愁惱，獨坐思惟？』作是語已，時淨飯王答太子言：『子不須問我如此事。』太子再問，父王重止。太子如是三問：『父王大王！要須報我所以，解我心疑。』時淨飯王三見太子問如是事，即向太子如前所說。太子知已，問父王言：『父王頗知，父王城內，有人能出與我共試技藝已不？』時淨飯王聞此語已，即大歡喜，踊躍遍身，不能自勝，即更重審問於太子，作如是言：『善哉太子！汝實能捔諸技藝不？』太子答言：『大王善聽！我今實能。大王！但當速集諸釋一切童子，共我捔試諸有技藝。』

> その時、国師はこの言葉を聞いて王の許に戻り、その言葉を詳しく王に伝えた。浄飯王はこれを聞いて心に愁い悩み、こう考えた。「摩訶那摩のこの言葉は理にかなっており、我に真実を語って、偽りが一つもない」。そう思ったものの、王の内心は沈み、黙ってうつむき、迷いのままに座り込んでいた。その様子は、あたかも坐禅を組んで考えにふけるようであった。太子はその時、父王の顔色が失われ、沈んで楽しげでなく、まるで坐禅を組んで考えるかのような有様をご覧になり、これを目にして、そっと王の許に進み出て、王に尋ねられた。「父王がどのような理由で、このように愁い悩み、独り座って考え込んでおられるのか、お聞かせください」。この言葉に、浄飯王は太子に答えた。「子よ、そのようなことを我に問うてはならぬ」。太子が再び問うと、父王は再び止められた。太子はこうして三度問われた。「父王よ、大王よ、どうしてもその理由をお聞かせください。私の心の疑問を解いてください」。浄飯王は三度も太子がこのことを尋ねるのを見て、やむなく太子に先ほどの言葉を伝えた。太子はそれを知って、父王に尋ねられた。「父王はご存知ですか、父王の城内に、私と技芸を競うことのできる者がいるかどうかを？」。浄飯王はこの言葉を聞いて、大いに喜び、全身に喜びが溢れ、抑えきれずに、さらに確かめて太子にこう言った。「善いかな太子よ！ そなたは本当に様々な技芸を競い合うことができるのか？」。太子は答えた。「大王、よくお聞きください。私は今、本当にできます。大王はどうか、速やかに釈迦族の若者たちをすべて集めて、私とあらゆる技芸を競わせてください」。

「時淨飯王勅迦毘羅城內，街巷四衢道頭，悉教振鐸大聲唱令：『從今以去，計至七日，我之儲宮悉達太子，今欲出其所有諸技，若有解者，悉令聚集，共捔試看。』時六日過，至第七日，五百釋種諸童子等，悉達為首，並皆聚集。聚集訖已，相共出城，至一寬地，是諸童子，出技能處。時釋大臣即好莊嚴耶輸陀羅，為上勝垛，作如是言：『誰能善通一切技藝，最勝上者，即以此女與其作妻。』時淨飯王共諸釋種耆舊長德，於先而至，復有無量無邊雜姓男子女人童男童女，皆悉聚集，詣彼試場寬地之所，欲觀太子，及諸釋種一切童子，捔試技能，誰最為勝？

> その時、浄飯王はカピラヴァストゥの城内、街角や辻々で、鈴を振り鳴らしながら大声で触れを出すよう命じました。 「今より七日間、わが皇太子シッダールタは、これまでに身につけたあらゆる技芸を披露する。技芸に秀でた者があれば、皆集まり、競い合うがよい。」 六日が過ぎ、七日目となりました。シッダールタ太子をはじめとする五百人の釈迦族の若者たちが集まりました。集まった一同は、共に城を出て、若者たちが技を披露する広い場所へと向かいました。 そこで、釈迦族の大臣はヤショーダラーを美しく飾り立て、最上の賞品としてこう宣言しました。 「あらゆる技芸に通じ、最も優れた者には、この娘を妻として与えよう。」 この時、浄飯王は、釈迦族の長老たちと共に先にその場所に到着していました。そして、数え切れないほどの様々な家柄の男たち、女たち、少年少女たちも皆、集まりました。彼らは皆、太子と釈迦族の若者たちが、誰が最も優れた技を競い合うのか、この競技場である広場へと見物に来ていたのです。

「是時有諸釋種童子文學快者，先共太子試於手筆，時有釋種，相共謂言：『今者宜令毘奢蜜多為作試師。』即語之言：『汝可觀察諸童子內手筆誰勝，或復快書疾書善書、解多種書。』爾時，毘奢蜜多大師先知太子於諸書中最勝最上，熙怡微笑而說偈言：

> その時、多くの釈迦族の青年たちの中に、文学に優れ、素早く書ける者がいました。彼らは太子と筆跡の勝負を試そうとしました。そこで、ある釈迦族の者が互いに言いました。「今こそ、毘奢蜜多を試験官にしよう。」そして、彼にこう言いました。「あなたは、この青年たちの中で、筆跡、速さ、正確さ、そして多くの書体を知る者が誰かを判定しなさい。」すると、毘奢蜜多の師は、太子がすべての書に於いて最も優れ、最高であることを事前に知っており、にっこりと微笑んで、次の詩を詠いました。

「『一切人間及天上， 乾闥脩羅迦樓羅，所有文字諸書典， 太子遍歷皆通達。我身及以汝等輩， 不知如此書籍名，人間悉解我試來， 定知其勝汝不如。』

「爾時彼等釋種徒眾，詳共齊白淨飯王言：『我今已知，大王太子於書典中，最為勝上。算計須試，得知誰明？』是時眾中有一最大算計之師，名頞誰那，一切算計最為第一。時釋眾喚頞誰那來，將往試驗，語言：『尊者！汝好觀看諸童子中，是誰算計為最第一？』時太子算，令一釋種明了童子對下算籌，而不能供；更二童子下，猶不供；三童子下，亦不能供；乃至一十童子俱下，而亦不供；二十三十、四十五十、一百共下，而亦不供；二百三百、四百五百，一時盡下，猶尚不供。是時太子，作如是言：『汝等今算，我當為下。』時一釋種童子唱算，太子為下，不能算得。太子復言：『二人雙計。』復不能及。太子復言：『乃至一百，一時共計。』猶不能及。太子復言：『汝等何假如是相競，但此等輩，一切一時各自計唱，我當為下。』時諸釋種五百童子，一時俱唱，太子為其一時齊下，如上所數，從於一起，乃至盡數，太子不錯，亦復不亂，安庠審諦，次第而下。彼等一切諸釋童子，盡力共算，不能及逮悉達太子萬分之一。時頞誰那國大算師，心密驚怪，極生歡喜，而說偈言：

「『善哉捷利深憶持， 分明唱下無有錯，五百釋童稱解算， 一時共對不能當。如是智慧正念心， 算計疾速甚深奧，是等算師計天下， 巨海渧數悉應知。汝等默然且禁聲， 不須與彼相捔競，其既解知如是術， 應得共我相校量。』

「時彼釋眾一切皆生希有之心，從坐而起，合十指掌，頂禮太子，謂悉達多：『太子大勝，真實大勝。』同聲復白淨飯王言：『善哉大王！大得善利！善生人間。大王今生如是聰叡大福德子、智慧之子。』舌根如是，輕便囀滑，成就口業。時淨飯王熈怡微笑，語太子言：『善哉太子！汝今能共此頞誰那大算之師，計算世間方便智能，得相入不？』是時太子答父王言：『大王我能。』時淨飯王語太子言：『汝若能者，當自知時。』時頞誰那大計算師語太子言：『仁者太子！汝知億上算數已不？』太子答言：『我甚知之。』時頞誰那算師復言：『汝知云何？為我說之。』太子答言：『凡入億中算計數者，汝等諦聽！我今說之。一百百千，是名拘致隋數千萬，其百拘致名阿由多隋數十億，百阿由多名那由他隋數千億，百那由他名波羅由他隋數十萬億，百波羅由他名𠷐迦羅隋數千萬億，百𠷐迦羅名頻婆羅隋數十兆，百頻婆羅名阿芻婆隋數千兆，百阿芻婆名毘婆娑隋數十萬兆，百毘婆娑名欝曾伽隋數千萬兆，百欝曾伽名婆訶那隋數十京，百婆訶那名那伽婆羅隋數千京，百那伽婆羅名帝致婆羅隋數十萬京，百帝致婆羅名卑婆娑他那波若帝隋數千萬京，百卑婆娑他那波若帝名醯兜奚羅隋數十姟，百醯兜奚羅名迦羅逋多隋數千姟，百迦羅逋多名醯都因陀羅陀隋數十萬姟，百醯都因陀羅陀名三蔓多羅婆隋數千萬姟，百三蔓多羅婆名伽那那伽尼多隋數十𥞑，百伽那那伽尼多名尼摩羅闍隋數千𥞑，百尼摩羅闍名目陀婆羅隋數十萬𥞑，百目陀婆羅名阿伽目陀隋數千萬𥞑，百阿伽目陀名薩婆婆羅隋數十壤，百薩婆婆羅名毘薩闍波帝隋數千壤，百毘薩闍波帝名薩婆薩若隋數十萬壤，百薩婆薩若名毘浮登伽摩隋數千萬壤，百毘浮登伽摩名婆羅極叉隋數十溝，入於如是算計之數，其須彌山若欲算知斤兩銖分，悉可得知。自此已上，復有一算，名陀婆闍伽尼民那，此之已上，復有算計，名奢槃尼，此尼已上，復有算名波羅那陀，此上復有算名伊吒，此上復有算名迦樓沙吒啤多，此上復有算名薩婆尼差波。至於此計恒河沙等，一切算數，總覽盡收。此上復有算計數，名阿伽娑婆，此數數於一恒河沙億百千萬恒河沙數，計取悉皆總入於此。而於此上，復更有計，名波羅摩㝹毘婆奢。』

> そのとき、釈迦族の人々は皆、はじめてのこととして心に希有の思いを抱き、席を立ち、十指を合わせて太子に礼拝し、悉達多に申し上げた。 「太子様は、まことに勝れておられます。真実にまことに勝れておられます。」 そして声を揃えて、浄飯王に向かっても申し上げた。 「ああ、大王様！ なんと素晴らしいお恵みをお受けになられたことでしょう。人の世に生まれて良かった。大王様は、このような聡明で大きな福徳を持ったお子様、智慧の子を今お生みになられました。その舌の根は軽やかで滑らかに動き、言葉の業を成し遂げられました。」 その時、浄飯王はほほえみを浮かべて、太子に言った。 「善いかな、太子よ。そなたは、今この頞誰那という大計算の師と共に、世の中の計算の方法や智慧を用いて、その約束を果たすことができようか？」 すると太子は父王に答えた。 「大王、私にはできます。」 浄飯王は太子に言った。 「もしできるなら、その時を知って行いなさい。」 その時、頞誰那という大計算の師が太子に言った。 「太子様、あなたは億より上の算術の数々をご存知ですか？」 太子は答えた。 「私はそれをよく知っています。」 そこで頞誰那の算師がまた言った。 「どのように知っているのですか？それを私に話してください。」 太子は答えた。 「およそ億の中に入る計算の数々について、皆さん、よくお聞きなさい。今、私がそれを説きましょう。 百の百千を拘致<note>隋の数で数千万</note>といい、 その百拘致を阿由多<note>隋の数で数十億</note>といい、 百阿由多を那由他<note>隋の数で数千億</note>といい、 百那由他を波羅由他<note>隋の数で数十万億</note>といい、 百波羅由他を𠷐迦羅<note>隋の数で数千万億</note>といい、 百𠷐迦羅を頻婆羅<note>隋の数で数十兆</note>といい、 百頻婆羅を阿芻婆<note>隋の数で数千兆</note>といい、 百阿芻婆を毘婆娑<note>隋の数で数十万兆</note>といい、 百毘婆娑を欝曾伽<note>隋の数で数千万兆</note>といい、 百欝曾伽を婆訶那<note>隋の数で数十京</note>といい、 百婆訶那を那伽婆羅<note>隋の数で数千京</note>といい、 百那伽婆羅を帝致婆羅<note>隋の数で数十万京</note>といい、 百帝致婆羅を卑婆娑他那波若帝<note>隋の数で数千万京</note>といい、 百卑婆娑他那波若帝を醯兜奚羅<note>隋の数で数十姟</note>といい、 百醯兜奚羅を迦羅逋多<note>隋の数で数千姟</note>といい、 百迦羅逋多を醯都因陀羅陀<note>隋の数で数十万姟</note>といい、 百醯都因陀羅陀を三蔓多羅婆<note>隋の数で数千万姟</note>といい、 百三蔓多羅婆を伽那那伽尼多<note>隋の数で数十𥞑</note>といい、 百伽那那伽尼多を尼摩羅闍<note>隋の数で数千𥞑</note>といい、 百尼摩羅闍を目陀婆羅<note>隋の数で数十万𥞑</note>といい、 百目陀婆羅を阿伽目陀<note>隋の数で数千万𥞑</note>といい、 百阿伽目陀を薩婆婆羅<note>隋の数で数十壤</note>といい、 百薩婆婆羅を毘薩闍波帝<note>隋の数で数千壤</note>といい、 百毘薩闍波帝を薩婆薩若<note>隋の数で数十万壤</note>といい、 百薩婆薩若を毘浮登伽摩<note>隋の数で数千万壤</note>といい、 百毘浮登伽摩を婆羅極叉<note>隋の数で数十溝</note>といいます。 このような計算の数に入り込めば、須弥山でさえ、もしその重さを斤や銖の単位で知ろうとすれば、すべて知ることができるのです。 そして、この上にもう一つ、陀婆闍伽尼民那という計算があります。 さらにその上には、奢槃尼という計算があります。 さらにその上には、波羅那陀という計算があります。 さらにその上には、伊吒という計算があります。 さらにその上には、迦楼沙吒啤多という計算があります。 さらにその上には、薩婆尼差波という計算があります。 この計に至れば、ガンジス川の砂の数ほどのあらゆる計算も、すべて収め尽くします。 この上にはさらに、阿伽娑婆という計算の数があります。この数は、一つのガンジス川の砂の億、百、千、万、億、百、千、万のガンジス川の砂の数を数え上げ、そのすべてをここに収めます。 そしてさらにその上には、波羅摩㝹毘婆奢という計算があるのです。」

「時頞誰那大計算師語太子言：『如是已知；其入微塵數算之計，更復云何？今亦須知。』太子答言：『汝等諦聽！我今說之。凡七微塵成一窓塵，合七窓塵成一兔塵，合七兔塵成一羊塵，合七羊塵成一牛塵，合七牛塵成於一蟣，合於七蟣成於一虱，合於七虱成一芥子，合七芥子成一大麥，合七大麥成一指節，累七指節成於半尺，合兩半尺成於一尺，二尺一肘，四肘一弓，五弓一杖，其二十杖名為一息，其八十息名拘盧奢，八拘盧奢名一由旬。於此眾中有誰能知，幾許微塵成一由旬依隋數計得三百八十四里一百三千步？』時頞誰那大算計師報太子言：『大德仁者！我尚不知如是之數，我今聞說，猶生迷悶，況復自餘少智少聞愚癡之人？雖然，唯願太子為我等說，幾許微塵成一由旬？』

> 時に、阿頞誰那大算術師（あすいなだいさんじゅつし）が太子に申し上げました。「こうして承知いたしました。しかし、微塵（みじん）の数に入る計算の後は、さらにどのようなものがあるのでしょうか。今、ぜひともお知らせください。」太子はお答えになりました。「あなた方はよく聞きなさい。今、私が説きましょう。七つの微塵で一つの窓塵（まどのほこり）、七つの窓塵で一つの兎塵（うさぎのほこり）、七つの兎塵で一つの羊塵、七つの羊塵で一つの牛塵、七つの牛塵で一つの虱（しらみ）の卵、七つの虱の卵で一つの虱、七つの虱で一つの芥子（からし）の種、七つの芥子の種で一つの大麦、七つの大麦で一つの指の節、七つの指の節で半尺（はんしゃく）、二つの半尺で一尺、二尺で一肘（ひじ）、四肘で一弓、五弓で一杖（じょう）、二十杖で一息、八十息で一拘盧奢（くるしゃ）、八拘盧奢で一由旬（ゆじゅん）となります。この会衆の中で、幾許（いくばく）の微塵で一由旬になるかを知る者はいるでしょうか。」 時に、阿頞誰那大算術師が太子に申し上げました。「大徳（だいとく）よ、私はこのような数を知ることができません。今、お聞きしてもなお迷い紛れてしまいます。ましてや、智慧も乏しく、聞くことも少なく、愚かな者たちはなおさらでしょう。とはいえ、どうか太子様、私たちのために、幾許の微塵で一由旬になるかを教えてください。」

## 佛本行集經卷第十二

> 『仏本行集経』 第十二巻