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title: "佛本行集經 · 15 空聲勸厭品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
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## 佛本行集經卷第十四

> 『佛本行集経』 巻第十四

隋天竺三藏闍那崛多譯

> 隋の天竺三蔵僧侶、闍那崛多訳

### 常飾納妃品下

> 常飾納妃品 下

爾時，世尊於後最初得成道已，時優陀夷即白佛言：「未審世尊！往昔之時與瞿多彌釋種之女，有何因緣？乃能令彼捨餘童子，直取如來，用以為夫，而心娛樂。云何得爾？」

> その時、世尊が成道された後、初めてのことでした。優陀夷が仏に申し上げました。「恐れながら世尊よ、かつて、釈迦族の娘である瞿多弥と、どのような因縁があったのでしょうか。彼女が他の若者たちを差し置いて、ただ如来をお選びになり、夫として心から楽しんだのは、どのような理由によるものなのでしょうか。」

時佛告彼優陀夷言：「汝優陀夷！至心諦聽。其瞿多彌釋種之女，非但今世嫌餘釋童而樂於我，過去世時亦復如是，不用彼等諸釋童子，取我為夫。」

> そのとき、仏はウダーインに告げられた。「ウダーインよ、心を静めてよく聞きなさい。ゴータミーという釈迦族の娘は、今生だけでなく、他の釈迦族の若者たちを嫌って私を慕ったのではない。過去世においてもまた同じであった。彼ら釈迦族の若者たちを受け入れず、私を夫として選んだのである。」

時，優陀夷即白佛言：「唯然世尊！願為我說。此事云何？我今樂聞。」

> その時、ウダーイが仏に申し上げました。「はい、世尊よ。どうか私にお説きください。これはいったいどのようなことなのでしょうか。私は今、ぜひお聞きしたいと思います。」

爾時，佛告優陀夷言：「我念往昔，雪山之下，多有雜類無量無邊諸獸群遊，各各相隨，任取所食。時彼獸中有一牸虎，端正少雙，於諸獸中無比類者。彼虎如是，毛色光鮮，為於無量諸獸求覓欲取為對，各各皆言：『汝屬我來！汝屬我來！』復有諸獸，自相謂言：『汝等且待！莫共相爭，聽彼牸虎自選取誰，即為作偶，彼獸即是我等之王。』時，諸獸中有一牛王，向於牸虎而說偈言：

> その時、仏は優陀夷に告げられた。 「わたしは昔のことを思い出す。雪山のふもとには、数えきれないほどの多くの種類の獣たちが群れ遊んでいた。それぞれが思い思いに連れ立ち、思いのままに食べ物を取って暮らしていた。 その獣たちの中に、一頭の雌虎がいた。その姿は美しく、他のどの獣にも比べる者がないほどであった。その虎は毛並みも艶やかで、多くの獣たちがこぞって彼女をわがものにしようと求めた。 獣たちは皆、『お前はわたしのものだ！』『いや、わたしのものだ！』と言い争った。 すると、ある獣たちが互いに言った。 『お前たち、ちょっと待て。争うのはやめよう。あの雌虎が自ら選んだ者を、彼女の相手とし、その者を我々の王としようではないか。』 その時、獣たちの中に一頭の雄牛がいて、雌虎に向かって次のような詩を詠んだ。」

「『世人皆取我之糞， 持用塗地為清淨，是故端正賢牸虎， 應當取我以為夫。』

> 「世の人々は皆、私の糞を取っては地面に塗り、清めようとします。 ですから、この端正な賢い雌虎よ、私を夫として迎えるべきです。」

「是時，牸虎向彼牛王說偈答言：

> その時、雌の虎が雄牛の王に向かって、次の詩で答えました。

「『汝項斛領甚高大， 止堪駕車及挽犁，云何將是醜身形， 怱欲為我作夫主。』

> 「おまえ、あごひげや頭は立派だが、 それはせいぜい車を引いたり、すきを引くだけの値打ちだ。 なぜそんな醜い姿で、私の夫になろうとするのか。」

「是時，復有一大白象向於牸虎而說偈言：

> その時、もう一頭の大きな白い象が、その雌の虎に向かって詩を詠みました。

「『我是雪山大象王， 戰鬪用我無不勝，我既有是大威力， 汝今何不作我妻？』

> 「私は雪山の象の王。 戦いにおいて、我を用いて勝てぬものはない。 私にこれほどの大きな力があるのならば、 あなたは今、どうして私の妻とならないのか？」

「是時，牸虎復以偈答彼白象言：

> その時、雌の虎が再び詩（偈）で白い象に答えました。

「『汝若見聞師子王， 膽懾驚怖馳奔走，遺失屎尿狼藉去， 云何堪得為我夫？』

> 「もしあなたが師子王を見たら、 怖くてたじろぎ、逃げ出して、 大小便を漏らしながら、辺りをめちゃくちゃにして行ってしまうでしょう。 どうしてそんな人が私の夫になれましょうか？」

「爾時，彼中有一師子諸獸之王，向彼牸虎而說偈言：

> その時、その群れの中に、百獣の王である一頭の獅子がいて、その雌虎に向かって、次のような詩を語りかけました。

「『汝今觀我此形容， 前分闊大後纖細，在於山中自恣活， 復能存恤餘眾生。我是一切諸獸王， 無有更能勝我者，若有見我及聞聲， 諸獸悉皆奔不住。我今如是力猛壯， 威神甚大不可論，是故賢虎汝當知， 乃可為我作於婦。』

> 「さあ、私のこの姿を見なさい。 前身は広く、後ろ身は細い。 山の中で自由に生きながら、 他の生きとし生けるものをも慈しんでいる。 私はすべての獣の王であり、 私に勝る者などどこにもいない。 私を見、あるいは声を聞けば、 獣たちはみな逃げ出して止まらない。 このように私は力強く猛々しく、 その威光と神通力は計り知れない。 それゆえ、賢き虎よ、知るがよい。 あなたは私の妻となることができるのだ。」

「時，彼牸虎向師子王而說偈言：

> その時、牝の虎が獅子王に向かって、次のような詩の言葉を捧げました。

「『大力勇猛及威神， 身體形容極端正，如是我今得夫已， 必當頂戴而奉承。』」

> 「力強く勇ましく、威厳と神々しさに満ち、 その身体はたいへん整って、姿かたちもこの上なく美しい。 このような方を、私は夫として得たのだから、 必ず敬い、いただき、お仕えしましょう。」

爾時，佛告優陀夷言：「汝優陀夷！應當悟解，彼時師子諸獸王者，即我身是；時彼牸虎，今瞿多彌釋女是也；時彼諸獸，現今五百釋童子是。當於彼時，其瞿多彌已嫌諸獸，意不願樂，聞我說偈，即作我妻。今日亦然，捨諸釋種五百童子，既嫌薄已，取我為夫。

> その時、仏はウダーインに告げられた。「ウダーインよ、汝はよく理解せよ。あの時の獅子の王者は、すなわち我の前世である。あの時の雌虎こそが、今のゴータミー釈女である。あの時の数々の獣たちは、今の五百人の釈迦の童子たちである。 あの時すでに、ゴータミーは多くの獣たちを嫌い、喜ばず、我が偈を聞いて私の妻となった。今日もまた同じである。彼女は五百人の釈迦の童子たちを捨て、嫌い軽んじて、私を夫として選んだのだ。」

「時，淨飯王為其太子立三等宮，以擬安置於太子故，第一宮內，所有婇女，當於初夜，侍衛太子。第二宮內，其諸婇女，於夜半時，供承太子。第三宮內，諸婇女輩，於後夜時，侍奉太子。其第一宮，耶輸陀羅最為上首，二萬婇女，圍繞侍立。

> その時、浄飯王は太子のために三つの宮殿を建てさせられました。太子をお迎えするためのものです。第一の宮殿では、宮女たちが初夜に太子をお守りしました。第二の宮殿では、夜半に宮女たちが太子に仕えました。第三の宮殿では、後夜に宮女たちが太子に供奉しました。その第一の宮殿では、耶輸陀羅が最も高位であり、二万の宮女たちが彼女を取り巻いてお仕えしました。

「第二宮中，摩奴陀羅隋言意持而為上首。

> 第二の宮殿では、摩奴陀羅（心を保つ者という意）が筆頭である。

「（諸師復言：『此意持妃，唯聞其名，不見現在及往緣事。』）

> （諸師がまた言うには、「この意に持つ妃というのは、ただその名を聞くだけで、現在の姿や過去の因縁の出来事を実際に見ることはない」ということです。）

「第三宮內，即瞿多彌而為上首。如是次第，侍御太子，諸婇女等，合有六萬。

> 第三の宮殿の内には、瞿多彌（グドーミー）を筆頭として、このように順に太子に仕える多くの女官たちが、合わせて六万人おりました。

「（復有師言：『侍太子者，諸婇女等，合有十萬，以為三宮；二萬悉是釋剎利種，所餘八萬並是眾雜異姓諸女。』）

> （またある師は言う：「太子に仕える者には、多くの女性たちがおり、合わせて十万人で、三つの宮殿を構成していました。そのうち二万人はすべて刹帝利（シャティリ）の種族であり、残りの八万人は様々な異なる姓の女性たちでした。」）

「時，淨飯王念阿私陀仙人所說，故於宮內復更別造一大好殿，猶如秋雲靉靆光潤，作事微妙實難思議，順一切時而受快樂，鈎蘭閣道一切正等，無有偏頗。何以故？恐畏太子處處遊行，見諸濁穢。復教宮內，色別置立諸雜音聲，各各千數，其中所謂一千箜篌，一千具箏，一千五絃，一千小鼓，一千具筑，一千張琴，一千琵琶，一千細鼓，一千大鼓，一千具笛，一千具笙，一千銅鈸，一千具簫，一千篳篥，一千具箎，一千具螺，諸如是等，一切音聲，種別一千，一千種歌，一千種舞，其手及聲，常於宮內晝夜不絕，猶大雲內，出於隱隱甚深之聲。如是太子在於最妙最勝婇女百千之中，前後圍繞，受諸快樂，恭敬侍養，一切皆以種種瓔珞，莊嚴其身。復以金釧七寶𤦲環串於手臂，而作音聲，猶如帝釋，受諸玉女，娛樂歌舞，最勝最妙，語言姿媚，相囑相笑，相抱相嗚，相觀相眄。或傾側顧，或斜項看，工解顰眉，巧閑頓䀹，五色綺靡，四目㛹娟，能令太子歡娛受樂，不須遠涉出宮外遊，如帝釋天玉女娛樂。如是如是，太子在於女寶之中，受諸歡樂，乃至其中諸婇女等，巧解五慾，常能沃弱，令太子歡，不聽更出至於宮外。

> 時に、浄飯王は阿私陀仙人の言葉を思い、宮殿の中にもう一つ立派な大殿を造らせた。その殿は秋の雲のように潤いと光を帯び、造りは微細で思い及ばず、常に楽しみに満ちていた。回廊や勾欄はすべて整い、片寄りがなかった。なぜか。太子があちこち歩き回って、濁ったものや汚れたものを見ないようにするためである。さらに宮中には、種々の音楽を奏でる者を置き、それぞれ千の数にのぼらせた。すなわち、千の箜篌、千の筝、千の五絃、千の小鼓、千の筑、千の琴、千の琵琶、千の細鼓、千の大鼓、千の笛、千の笙、千の銅鈸、千の簫、千の篳篥、千の箎、千の法螺貝など、すべての楽器に千ずつ、千の歌、千の舞があった。その手の動きと声は、昼夜絶えることなく、まるで大きな雲から響く深いとどろきのようであった。こうして太子は、最も優れた何百、何千もの女官たちに前後を囲まれ、さまざまな楽しみを受け、敬われ、養われていた。彼女たちは皆、種々の瓔珞で身を飾り、金の釧や七宝の環を腕に通して音を立てる様は、あたかも帝釈天が天女たちに囲まれて舞い楽しむかのようであり、その言葉は優美で、互いに微笑み交わし、抱き合い、口づけし、見つめ合った。あるいは体を傾けて見、首をかしげて眺め、眉をひそめる様も巧みで、瞬きも優雅であり、五色の衣は美しく、互いの目は愛らしかった。これらすべては、太子を楽しませ、宮殿の外に出て遊ばせないためであり、まるで帝釈天が天女の楽しみに興じるかのようであった。かくして太子は、女官たちの中で楽しみを受け、彼女たちは巧みに五つの欲望を操り、常に太子の心を和らげて満足させ、再び宮殿の外に出ることを許さなかったのである。

「時，淨飯王為增太子諸功德故，建立苦行，斷於一切諸邪惡法，行一切善，布施諸物，造眾福業，備行苦行，以此善根迴資太子，為令增長諸功德故，願莫出家。是故偈言：

> その時、浄飯王は太子の功徳を増すために、苦行を修行し、あらゆる邪悪な行いを断ち、一切の善を実践し、施しを行い、多くの福を積み、苦行を修めました。これらの善根を太子に回向し、功徳が増すことを願い、出家しないでほしいと願ったのです。ゆえに偈でこう説かれています。

「『大王增長太子故， 復以私陀授記因，苦行調伏捨諸非， 恒共智臣坐思念。』

> 『大王が太子を成長させるため、 私陀（シーター）に授記の因を与え、 苦行によって諸々の非を調伏し捨て去り、 常に智臣と共に座して思い巡らされた。』

「如是次第，太子在於父王宮內，唯獨一人具足五慾，娛樂逍遙，嬉戲自恣，足滿十年，不曾外出。

> このようにして、太子は父王の宮殿の中でただ独り、五つの欲望を完全に満たし、楽しみ遊び、思いのままに過ごして、満十年もの間、一度も外に出ることがなかった。

「爾時，南方摩伽陀國，有一大王，姓羶連尼，名頻婆娑羅，畏懼怨敵，心內恒愁，集聚群臣，常相議論，作如是語：『汝等諸臣！出入去來，觀境內外，莫使更有一人勝我，若勝我者，恐彼人來，奪我王位。』時諸臣等即差兩人，令巡境界。時彼二人聞王勅已，歷自境內及隣界首，周匝欲還，聞有人言：『從此已北，有一最大高峻雪山，彼山麓下有別種姓，稱為釋迦。族內初新產一童子，其人端正，善得生地，兼彼姓氏，第一特尊，眷屬豪強，眾事具足，身有三十二丈夫相，亦復備於八十種好。彼生之日，有諸解相婆羅門等，以授其記：「今此童子，身體具有三十二相八十種好，炳著分明。其若在家，必定得作轉輪聖王，統四天下，十善化民，七寶充備，不用兵仗，自然歸降；若捨出家，當得作佛、多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀，十號具足，乃至說於清淨梵行。」』

> その頃、南方にあるマガダ国の王、姓はシャンリェンニ、名はビンビサーラは、敵を恐れ、常に心に憂いを抱いていた。彼は群臣を集めては、よく次のように語り合っていた。「お前たち臣下よ、出入りを行き来し、国内の内外を見回り、誰一人として我に勝る者を出してはならぬ。もし我に勝る者が現れれば、恐らくその者が来て、我の王位を奪うであろう。」 そこで臣下たちは二人の者を選び、国境を見回らせた。その二人は王の命令を聞くや、自国内と隣国の境を巡り、帰路に就こうとした時、ある者の声を聞いた。「ここから北に、一際大きく高く雪を戴く山がある。その山麓に、別の種族がいて、自らを釈迦と称している。その族内に、新たに一人の童子が生まれた。その者は端正な顔立ちで、生まれた地も良く、その姓は何にも増して尊く、眷属は強く、万事整っている。身には三十二の大人相を備え、八十の妙なる好も具えている。彼が生まれた日、占いのできるバラモンたちが彼に予言を与えた。『この童子は、身に三十二相と八十種の好を、はっきりと備えている。もし家にいれば、必ずや転輪聖王となり、天下を統べ、十善によって民を教化し、七宝を備え、武器を用いることなく、自然と人々は帰順するであろう。もし出家すれば、仏陀となり、タターガタ、アラハン、サンミャクサンブッダ、十の称号を備え、清らかな梵行を説くであろう。』」と。

「時彼使人履涉迴還，即向其王頻婆娑羅，白於是事，乃至梵行，如上所說。『是故大王！及其幼年，速當起兵滅彼童子，莫令於後來奪我等大王之位。』作是語已，摩伽陀王頻婆娑羅，即告於彼二使人言：『卿等二人莫作是說！何以故？若如汝言，脫彼童子必定得作轉輪聖王，如法治化，我當敬奉伏接隨從，依彼威神，我等受樂，安隱治化；若彼捨家得作佛者，慈悲憐愍，度脫眾生，我等為其作於聲聞受法弟子。今觀如是二種果報福德因緣，不可興心加害於彼。』

> 時に、その使いの者たちは道を急いで戻り、瓶沙王のもとに向かい、この事を申し上げた。話は修行の清らかな行いに至るまで、先に述べた通りである。 「それゆえ大王よ、御身が若いうちに、速やかに軍を起こしてかの童子を滅ぼしてくださいませ。後々、我らが大王の位を奪うことがありませんように。」 このように申し上げると、摩伽陀国の王、瓶沙王は、その二人の使いに向かって言った。 「そなたたちよ、そのようなことを申すな。なぜか。もしお前たちの言う通り、かの童子が必ずや転輪聖王となり、法に従って世を治めるならば、私は敬い従い、その威光に頼り、共に安らかに国を治めよう。また、もし彼が家を捨てて仏となられるならば、慈悲深くすべての衆生を救い導かれるであろう。その時、私はその声聞となり、法の教えを受ける弟子となろう。今、この二つの果報と福徳の因縁を見るならば、彼に対して害心を起こしてはならないのである。」

「時，淨飯王於其太子所住宮院，周匝別更造立子城，唯置一門名為野獸，彼門下關安施機發，開閉之時，有五百人扶持擁衛，方得開闔，其門聲動聞半由旬。次第二重中院宮閤，亦開一門，其關鍵鑰，皆安機發，開閉之時有三百人，其聲聞徹一拘盧奢。次至內宮太子坐殿，復有一門，鍵鑰累關亦安機發，開閉擎接有二百人，禦備轉嚴，非人間比，其聲聞及半拘盧奢。彼之三門，內外悉羅壯士防守，身著鎧甲精銳牢強，手並執持種種戎具，所謂弓箭、鉞斧長刀、劍戟三叉、鐵搥鐵棒、鬪輪槊矛，禁衛宮闈。如是警嚴，恐畏太子捨離椒房，踰越出家逃竄山藪。

> 時に浄飯王は、太子の住む宮殿の周囲に改めて子城を築かせた。門はただ一つだけ設け、その名を「野獣」と名付けた。その門の下には閂を置き、開閉の仕掛けを施した。開け閉めする際には五百人が支え護って初めて動かすことができ、その音は半由旬も聞こえた。次に第二重の中庭の宮殿にも門を一つ設け、その鍵や閂にも全て仕掛けを施した。開け閉めには三百人が必要で、その音は一拘盧奢も響き渡った。さらに内宮の太子の居室にも門があり、鍵や閂を幾重にも重ね、やはり仕掛けが施されていた。開け閉めには二百人が担ぎ支え、防御はますます厳重で、人間の世のものとは比べ物にならなかった。その音は半拘盧奢まで届いた。この三つの門の内外には、屈強な武士たちが鎧をまとい、精鋭で強固に守りを固めていた。彼らは手に様々な武器——弓矢、鉞、長刀、剣、戟、三叉槍、鉄槌、鉄棒、戦輪、矛などを携えて、宮殿を警護していた。このような厳重な警戒は、太子が妃の元を離れ、家を出て山野に逃れ出家するのを恐れたからである。

### 佛本行集經空聲勸厭品第十五

> 第15章 空の声が厭離を勧める章

「爾時，虛空有一天子，名曰作瓶，彼天見是太子，十年在於宮內受五慾樂，作是思惟：『此之護明菩薩大士，縱極多時在彼宮內受諸五慾，莫為貪著是五慾故，心醉荒迷情放盈溢。百年迅速，時不待人，護明菩薩今須覺察，早應捐棄捨俗出家。我若不先為彼作於厭離之相，則彼耽湎，未有醒寤發出家心。我今應當讚助其事，為成就故。』作瓶天子，即於夜半，而說偈言：

> その時、虚空に「花瓶天子」という名の天人がおりました。その天人は、太子が十年もの間、宮殿の中で五つの欲望（五欲）を楽しんでいるのを見て、こう考えました。 「この護明菩薩という偉大な方は、長い間宮殿の中で五欲に浸っておられる。だが、それに執着し、心を酔わせ、放逸に満ち溢れてはならない。百年の時は瞬く間に過ぎ、人を待ってはくれない。護明菩薩は今こそ覚醒し、早くこれらを捨てて、世俗を離れ出家されるべきだ。もし私が先立って、彼に厭世の相を示さなければ、彼は耽溺したままで、目覚めず、出家の心も起こさないだろう。今こそ私は彼の出家を助け、成就させるべきである。」 そう考えた花瓶天子は、真夜中に次の偈を唱えました。

「『身自被縛欲解他， 譬若盲人引群瞽，己身解脫乃免彼， 猶如有目能導人。善哉仁今年盛時， 宜速出家令願滿，應當利益天人等。 五欲行者不可厭，沒溺六塵境捨難， 唯有出世行大智，乃能厭離此五慾， 是故仁今可捐棄。眾生多有煩惱患， 仁當為作大醫師，說妙種種法藥王， 速疾將向涅槃岸。無明黑暗所障蔽， 諸見羅網種種纏，速然智慧大燈明， 早使天人得淨眼。』

> 「自分自身が縛られているのに、他人を解き放とうとするのは、 たとえば、目の見えない人が盲人の群れを導くようなもの。 自らが解脱してこそ、初めて人を救うことができる。 それは、目の見える人が人を導くようなものだ。 善きかな、あなたは今、若く盛んな時。 速やかに出家し、願いを満たすがよい。 天や人のために、利益をもたらすべきなのだ。 五つの欲に執着するのは、決して良いことではない。 六つの感覚の塵に溺れれば、そこから離れるのは難しい。 ただ、世を超えた大きな智慧を行うことによってのみ、 この五つの欲を厭い離れることができる。 だから、あなたは今、これを捨て去りなさい。 多くの人々には様々な煩悩の悩みがある。 あなたはその大いなる医者となり、 さまざまな妙なる法の薬の王様を説き、 速やかに人々を涅槃の岸へと導くのだ。 無明の暗闇に覆われ、 様々な誤った見解の網に幾重にも絡め取られている者たちのために、 速やかに智慧の大きな灯火をともし、 早く天や人々に清らかな眼を得させなさい。」

「爾時，空中作瓶天子說此偈已，威神感動發勸因緣，復以太子宿世善根福德力故，令彼宮內婇女伎兒所作音聲歌曲，不順五慾之事，唯傳涅槃住持信解微妙之聲，自然而述說於偈言：

> その時、空（くう）の中で瓶を作る天子がこの偈（げ）を説き終え、その神力で心を動かし、太子の過去世の善根と福徳の力により、宮殿の中にいる女官たちや芸人たちの奏でる音楽や歌声が、五つの欲望にふさわしいものではなく、ただ涅槃（ねはん）の教えを伝え、その信心と理解を深める、微妙な響きに変わったのです。そして自然に、次のような偈が語り出されました——

「『世間事無常， 猶如雲出電，尊者今時至， 應捨家出家。一切行無常， 如瓦坏瓶器，如借他物用， 如積乾土城，不久便破壞， 猶如夏泥壁，如河兩岸沙， 緣生不能久。猶如燈出炎， 生已速還滅，如風無暫住， 急疾不曾停。恒常無真實， 猶如芭蕉心，幻化誑人意， 空拳誘小兒。一切諸行者， 皆悉因緣生，各各有緣因， 愚癡輩不覺。猶如人索繩， 手木成因緣，如因子生芽， 離子芽不生。二相離不成， 復非常無常，諸行因癡生， 彼不住無明。無明亦非彼， 本性來空寂，生滅無體故， 如印成印文。非彼非離彼， 諸行亦如是，眼不離於色， 識眼色因生。此三不相離， 三亦不真實，空淨不淨法， 眼等分別生，此顛倒分別， 皆悉由識生。若有巧智人， 推求識所生，知彼無去來， 知我如幻化，如兩木出火， 第三因於手，若無此三因， 則不得火用。若智推求者， 彼亦無去來，諸方尋求已， 不見火來去。陰入諸界等， 因貪癡業生，和合因眾生， 真如無眾生。咽喉脣口舌， 而出諸文字，字非是咽喉， 亦非離彼等，彼等和合故， 出語隨於智。語言不在智， 亦復無色形，生處及滅處， 智人求不得。所觀悉空寂， 語言如響聲，因木因諸絃， 人智三合故，箜篌而出聲， 彼聲三處無。若有智慧人， 求彼聲來去，諸方求覓已， 去來不可得，因及有緣者， 諸行如是生。有諦了之人， 空觀應如是，陰入及諸界， 內外悉皆寂。求一切處我， 如虛空無形，如是諸法相， 仁於定光佛，往昔已證知， 今為天人說。顛倒分別故， 欲等火焚燒，應起慈悲雲， 施甘露法雨。仁昔於億劫， 念施及持戒，我得無上道， 聖財分諸世。尊者念往昔， 聖財施貧窮，以將聖財攝， 調御莫慳惜。仁昔持淨戒， 窮急不偷財，願開甘露門， 為諸眾生說。憶念往昔行， 當閉地獄門，善開解脫路， 戒行心願成。往昔修忍辱， 聞他毀罵等，建立忍辱故， 觀諸行悉空。念此往行故， 世間瞋恚多，教住於忍辱， 莫捨彼願力。仁者行精進， 當得我淨智，在於煩惱海， 度眾到彼岸。念於往昔願， 拔眾四苦河，出大精進力， 度脫厄難等。往昔修習禪， 為斷諸煩惱，諸根不調者， 教令調伏故。仁念於往昔， 愍眾在煩惱，寂靜諸慧等， 調伏彼諸根。仁昔修智慧， 願破煩惱暗，愍眾在無明， 開示真如眼。仁念於往昔， 眾生煩惱瞑，開無濁穢明， 仁最勝智慧，應愍諸眾生， 方便教令出。三界生老病火熾， 飢渴熱炎不曾休，應當為世作大橋， 濟渡令歸到彼岸。眾生流轉煩惱海， 猶如蜂在竹孔間，三有循復若秋雲， 上下往還無止息。亦如戲場諸幻化， 又似山川逝水流，眾生老病死亦然， 或生天人三惡道。諸有慾癡不自在， 展轉五道無覺知，猶如陶師旋火輪， 處處五欲自纏縛，猶如飛鳥犯羅網， 亦如獵師布黐膠，貪他財寶無厭足， 如魚吞餌遇釣鈎。諍競忿怒結怨讐， 煩惱染著受諸苦，五慾過患如利刀， 亦如妙器盛毒藥，應當棄捨如糞穢。 貪著愛戀失正心，是因諸有相續生， 增長欲垢不曾斷，六塵境界炎熾盛， 猶如乾草猛火燒，速起捨離早出家。 智人觀察諸慾境，可畏猶如猛火坑， 亦如魁膾屠刀机，亦如深泥忽溺人， 利刃蜜塗將舌舐，如觸蛇頭及攪屏。 聖人觀慾亦復然，如箭如槊如劍戟， 如毒射肉難可食。一切怨讐慾為首， 五慾功德如水月，如影亦如山谷響， 亦如戲場眾幻師，猶如夢裏見喜事。 智人見欲亦復然，境界諸塵悉空誑， 怖畏不能得自在，譬如陽炎無有實， 亦如水上聚浮漚，此事皆從分別生， 智人應觀如是等。凡人處世年少時， 端正可喜著諸慾，及至年老頭鬚白， 為眾棄薄如枯河。富貴饒財多放逸， 如是之人多樂慾，於後失財貧窮苦， 以不自在捨於慾。如樹多饒華果故， 眾人競來慾採摘，人喜布施亦復然， 為他歸投無厭足，其人財盡年老至， 從他乞求不喜見，色美財多氣力充， 人喜愛見聚集樂，財盡行乞人不喜， 年過膢脊手執杖，如雹折樹無人愛。 如是可畏衰老法，汝當速出求正覺， 自證已後為人說。老病瘦損諸人輩， 如摩樓迦繞大樹，衰老身力無精進， 乾枯猶如朽爛木。老奪好色生惡色， 怡悅顏面皮膚皺，老壞華色為悴色， 欲樂奪樂令無樂，老奪威勢到命終， 眾病至如鹿投穽，汝見世間百病已， 速說解脫方便處。猶如冬天風雪雨， 摧折樹木軟枝柯，世間老病多種至， 諸根損瘦亦復然。老至令人盡倉庫， 世間欺苦莫過老。死命鬼奪人氣去， 如日沒山不復現，死命令人恩愛離， 使人憎嫉不喜會，欲共恩愛之人合， 忽失如葉墮大水。死至令人不自由， 命去如水漂一草，人到彼世無有伴， 隨其業緣而受有。死命鬼飲無量眾， 猶如摩竭吞海舟，若金翅鳥噉大龍， 如猛火燒乾草澤。如是苦惱逼切已， 大士往昔起弘誓，念彼願力今時至， 捨慾應當速出家。憶往昔行檀， 戒忍及精進，寂靜禪智等， 為他不為自。時至今願滿， 速出復脫他，仁昔施諸珍， 金銀及瓔珞。恒立無遮會， 隨他所須願，乞子與其子， 索孫即與孫。求女與他女， 乞位捨王位，乞資財不違。 仁昔作一王，名為大聞德， 復一大德王，名尼民陀羅， 復名阿私陀，復名為師子， 此等諸王輩，布施千種財。 昔復有大王，名常思諸法， 復一大德王，名為真實行， 此等思惟法。往昔有大王， 精進名聞月，復有一王子， 名曰福業光，庶幾大威德， 得至知恩義。仁昔一大王， 名為月色仙，復名健猛將， 次名實增長，次名求善言， 次名有善意，次名調伏根， 如是等諸王，法行大精進， 仁往昔作來。仁昔作大王， 名為月光者，其次名勝行， 其次名連兔，其次名方主， 其次名健施，次名迦尸王， 次名寶髻王，如是諸大王， 即仁是非異。種種珍寶貨， 來乞皆隨與，仁彼世財施， 今勸捨法財。仁昔於過去， 見佛如恒沙，彼諸佛世尊， 仁悉曾供養。無量供養具， 布施無慳悋，求道不休息， 眾生解脫故。今正是其時， 速出莫住家。仁昔初覩佛， 名曰不空見，持毘奢迦華， 喜心供養彼。往昔有一佛， 名毘盧遮那，一時歡喜視。 往昔有一佛，名曰微妙音， 將一呵梨勒，供養彼世尊。 往昔有一佛。名曰白栴檀， 立於彼佛前，暗然一草莖。 往昔有一佛，名曰連兔者， 欲入大城時，一掬末香散。 次佛名法主，說法唱善哉， 聞法言快談，仁稱說無量， 尊應當供養。其次覩一佛， 名曰普示現，仁見讚歎彼。 其次有一佛，名曰熾盛分， 仁以歡喜故，觀察彼佛身， 又將金華鬘，供養於彼佛。 今可憶念彼，勿令心忘失。 其次有一佛，名曰光相憧， 持一掬小豆，用供養彼佛。 往昔有一佛，號名曰智憧， 仁持輸迦華，以供養彼佛。 次復有一佛，名曰調伏車， 仁見彼佛已，於前立讚歎。 次佛名寶勝，前然無量燈， 施妙無量樂。佛名一切勝， 曾施真珠瓔。次見大海佛， 布施諸蓮華。至蓮花藏佛， 布施大帳蓋。師子兩佛邊， 曾施軟草鋪。於娑羅王佛， 布施諸所須。到敷華佛前， 布施微妙乳。耶輸陀佛所， 施拘陀羅華。實見佛覩已， 歡喜布施食。昔佛名智山， 屈身禮彼佛。有佛名龍德， 施彼佛己子。高飛空行佛， 曾施旃檀末。次佛名帝沙， 珠寶及赤花，曾供養彼佛。 見大莊嚴佛，持瞻蔔香華， 而供養彼佛。曾見光王佛， 持眾寶供養。昔見釋迦文， 持妙多銀花，而供養彼佛。 其次帝釋相，見已喜讚歎。 昔有佛名曰，廣大日天面， 多持眾花嚴，供養彼世尊。 其次復有佛，號名為勝尊， 持妙多銀華，莊嚴彼佛上。 往昔有如來，名曰龍勝者， 然燈照彼佛。富沙如來邊， 曾施白㲲敷。藥師王佛邊， 持寶蓋供養。佛名大牟尼， 復有師子相，世尊勝功德， 持寶網供養。有佛名迦葉， 雜音聲供養。昔佛名解脫， 供養雜末香。寶相佛世尊， 天華而供養。阿芻婆諸佛， 勸請坐像輿。世間王尊佛， 供養以華鬘。尸棄佛世尊， 捨王位布施。有佛名難降， 一切香供養。大然尊佛邊， 布施自身體。蓮花上佛前， 布施諸瓔珞。法憧如來上， 散諸妙花香。然燈世尊邊， 五青蓮奉施。如是等諸佛， 自餘無有量，難說不思議， 往昔諸世中，仁並曾供養， 復持無量種，最妙供養具， 供彼過去佛，無有疲惓心。 今念彼供養，思惟往諸佛， 為諸眾生輩，生慈解脫故， 覺悟莫戀家。尊於過世時， 在然燈佛所，供養彼佛已， 逮得上無生，及獲五神通， 復證順法忍。於後仁尊者， 供養佛勝前，僧祇數僧祇， 如是諸劫數，彼諸劫皆盡， 諸佛亦滅度。仁往昔諸身， 彼世中所受，種族及名字， 亦皆悉滅無。諸行法非常， 世間相不定，速捨空誑境， 疾宜早出城。生老病死隨， 難當甚可畏，猶如劫火起， 炎熾燒世間。無常火亦然， 燒盡一切世，如是諸苦逼， 云何可暫停？應觀諸眾生， 沒在煩惱暗，愚癡無慧眼， 不能自覺知。發大精進心， 令功德圓滿，為諸眾生輩， 速出莫住家。』

> 「世の中の出来事は無常であり、それは雲間から稲光が走るようなものです。尊者よ、今こそその時。家を捨て、出家なされるべきです。あらゆる営みは無常で、まるで土器が壊れるように、借り物のように、積んだ乾いた土の城のように、すぐに壊れてしまいます。夏の泥壁のように、川の両岸の砂のように、縁によって生じたものは長くは続きません。灯火の炎のように、生じてはすぐに消え去り、風のように留まることがなく、慌ただしく止まることはありません。常に変わらないという真実はなく、まるで芭蕉の幹のようなものです。幻のように人の心を惑わし、空拳で子供を欺くようなものです。あらゆる営みは、全て因縁によって生じます。それぞれに原因と条件があり、愚かな者たちはそれに気づきません。人が縄を求め、手と木が縁となって（火が生じる）ようなものです。種から芽が生じるように、種がなければ芽は生じません。二つの要素が離れれば成立せず、また常でも無常でもありません。あらゆる営みは無明から生じますが、それらは無明に留まりません。無明もまたその営みとは別物ではなく、その本性は元来空であり寂滅しています。生じたり滅したりする実体がないからです。印が印文を生じるようなものです。それ（印）ではなく、それ（印）から離れてもいないように、あらゆる営みもまた同様です。眼は色から離れておらず、識は眼と色の因によって生じます。この三つは互いに離れておらず、また三つとも真実ではありません。清浄でも不浄でもない法は、眼などの分別によって生じます。この顛倒した分別は、全て識によって生じます。もし巧みな智慧を持つ人が、識の生じる所以を探求すれば、それに来たることも去ることもないと知り、自我も幻の如きものであると知ります。二本の木から火が出るのにも、三番目の要素として手が必要なように、この三つの因がなければ火の用を成し得ません。もし智慧をもって探求するならば、それ（火）にも来たることも去ることもなく、方々を探し求めても、火の来たり去るのを見ることはできません。五陰や十二入、十八界などは、貪りや愚かさ、業によって生じ、和合して衆生となりますが、真実の姿には衆生はありません。咽喉、唇、口、舌から様々な文字が出ますが、文字は咽喉そのものではなく、またそれらから離れたものでもありません。それらが和合することで、智慧に従って言葉が生じます。言葉は智慧の中にあるのではなく、また形や色もなく、その生じる場所や滅する場所を、智慧ある人は求めることができません。観察されるものは全て空しく寂滅しており、言葉は響きのようです。木と弦と人の智慧、この三つが和合して箜篌は音を出しますが、その音は三つの場所には存在しません。もし智慧ある人が、その音の来たり去るを求め、方々を探し求めても、来たり去ることは得られません。因と縁のあるもの、諸々の営みはこのように生じます。真理を悟った人は、空の観察をこのように為すべきです。五陰、十二入、そして十八界、内外全てが寂滅しています。あらゆる場所にある私というものを求めれば、虚空のように形がありません。このような諸法の相を、尊者は定光仏の御許で、昔すでに証悟され、今、天人のために説かれています。顛倒した分別のために、欲望などの火に焼かれている者たちに、慈悲の雲を起こし、甘露の法の雨を降らせるべきです。尊者は昔、無数の劫において、布施や戒律を思い、私は無上の道を得て、聖なる財を諸々の世に分かち与えました。尊者よ、昔のことを思い起こし、聖なる財を貧しい者たちに施してください。聖なる財をもって衆生を導き、調御する者よ、惜しんではなりません。尊者は昔、清らかな戒律を保ち、窮地にあっても他人の財を盗みませんでした。どうか甘露の門を開き、全ての衆生のために説いてください。昔の行いを思い起こし、地獄の門を閉じ、よく解脱の道を開き、戒行の心願を成就させてください。昔、忍辱を修行し、他人の悪口や罵倒などを聞いても、忍辱を確立したので、諸々の営みが全て空であると観じました。この昔の行いを思い起こし、世間には多くの怒りがあるので、彼らを忍辱にとどまらせ、その願いの力を捨てないでください。尊者が精進を行じるならば、私の清らかな智慧を得られるでしょう。煩悩の海にあって、衆生を彼岸に渡してください。昔の願いを思い起こし、衆生を四つの苦しみの川から引き上げ、大いなる精進の力を起こし、困難などを救い渡ってください。昔、禅定を修習したのは、様々な煩悩を断つためであり、調っていない諸々の感官を持つ者たちに、調伏を教えるためでした。尊者よ、昔のことを思い起こし、煩悩の中の衆生を哀れみ、寂静や様々な智慧などによって、彼らの諸々の感官を調伏してください。尊者は昔、智慧を修し、煩悩の闇を破ることを願いました。無明の中の衆生を哀れみ、真如の眼を開き示してください。尊者よ、昔のことを思い起こし、衆生が煩悩に覆われているのを憐れみ、濁りのない清らかな光明を開き示してください。尊者こそ最勝の智慧を持ち、全ての衆生を哀れみ、方便を用いて教え、導き出してください。三界では生・老・病の火が燃え盛り、飢えや渇きの熱悩は休むことがありません。世のための大きな橋となり、渡して彼岸に至らしめるべきです。衆生は煩悩の海を流転し、まるで蜂が竹の穴の中にいるようです。三有は秋の雲のように巡り続け、上下に往還して止まることがありません。また、まるで戯場の幻のようであり、山川を流れる水のようです。衆生の老・病・死もまた同じで、あるいは天・人・三悪道に生まれます。欲望や愚かさに支配されて自在でなく、五道を転々としても自覚がありません。まるで陶工が回す火の輪のようであり、あらゆる所で五欲に自ら縛られ、飛鳥が網にかかるようであり、猟師が鳥黐を仕掛けるようです。他人の財宝を貪って満足することを知らず、魚が餌を呑んで釣り針にかかるようです。争い、怒り、恨みを結び、煩悩に染まって様々な苦しみを受けます。五欲の過患は刃のようであり、また美しい器に毒薬を盛ったようなものです。糞尿のように捨てるべきです。貪り愛着すれば正しい心を失い、これが諸々の生存を相続させ、欲望の汚れを増長させて断つことがありません。六塵の境界は炎の如く盛んで、乾いた草に猛火が燃え移るようです。速やかに起こして捨て離れ、早く出家しなさい。智慧ある人は諸々の欲望の境地を観察し、猛火の坑のように恐ろしく、また屠殺者のようなものであり、深い泥が人を溺れさせるようであり、刃に蜜を塗って舌で舐めさせるようであり、蛇の頭や屏風に触れるようであると知ります。聖人は欲望もまたそのようであると観ます。矢や矛、剣戟のようであり、毒が肉に染み込んで食べ難いようです。あらゆる怨みは欲望が先頭であり、五欲の功徳は水中の月のようであり、影のようであり、また山彦のようであり、戯場の多くの幻術師のようであり、夢の中で喜び事を見るようです。智慧ある人は欲望をそのように見ます。境界の諸々の塵は全て虚ろで欺くものであり、恐れれば自在を得ることができません。例えば陽炎には実体がなく、また水に浮かぶ泡の集まりのようです。これらの事は全て分別から生じます。智慧ある人はこのように観察すべきです。凡人は世に長じた時、端整で喜ばしく諸々の欲望に執着しますが、年老いて頭髪が白くなれば、枯れた川のように皆に顧みられず捨てられます。富貴で財が多く放逸な人は、欲望を楽しむ者が多いですが、後に財を失い貧窮の苦しみを受け、自在でなくなるゆえに欲望を捨てます。木に花や実が多いため、人々が競って採ろうとするように、人が喜んで布施するのもまた同じで、他者が帰依して満足することがありません。その人の財が尽き、年老いれば、他者に乞うても喜ばれません。色が美しく財が多く気力が充実していれば、人々は愛着し集まって楽しみますが、財が尽きて乞食となれば人は喜ばず、年を取り腰が曲がって杖をつく様は、雹が木を折ったように誰にも愛されません。このように恐ろしい衰老の法を、あなたは速やかに出離して正覚を求め、自ら証悟した後に人のために説くべきです。老・病によって痩せ衰えた人々は、摩楼迦が大樹に絡まるようです。衰老すると身体の力は精進を失い、朽ちた木のように乾き枯れます。老いは好ましい色を奪い悪色に変え、愉悦に満ちた顔の皮膚に皺を作ります。老いは華やかな色を衰色に変え、快楽を奪い楽しみを無くさせます。老いは威勢を奪い命終わらせ、多くの病は鹿が罠に落ちるようです。あなたは世間の百もの病を見て、速やかに解脱の方便を説きなさい。冬の風雪雨が木の柔らかな枝を折るように、世間の老・病が様々に至り、諸々の感官が衰え痩せるのもまた同じです。老いが来れば倉庫を空にさせ、世間で老いに勝る辛苦はありません。死の命の鬼は人の気を奪い去り、山に沈む太陽のように再び現れません。死の命令は人の愛する者を引き離し、憎み嫉み合わせることを好まず、愛する者と共に在ろうとしても、葉が大水に流されるように忽ち失われます。死が至れば人は自由を失い、命は水が一本の草を流すように去り、人はあの世に伴侶無く、その業の縁に従って生存を受けます。死の命の鬼は無量の衆生を飲み、摩竭魚が海の船を呑むようであり、金翅鳥が大竜を食うようであり、猛火が乾いた草の沢を焼くようです。このような苦悩に迫られてなお、大士は昔、広大な誓いを起こしました。その願いの力を思い、今こそその時、欲望を捨てて速やかに出家すべきです。昔の布施、戒律、忍辱、精進、寂静、禅定、智慧などの行いを思い起こし、それらは全て自分のためではなく、他のためでした。今こそその時、願いは満ちています。速やかに出離し、また他者をも解脱させなさい。尊者は昔、様々な珍宝、金、銀、瓔珞を施しました。常に無遮の会を設け、他者の求めるままに与え、子を乞われれば子を与え、孫を乞われれば孫を与え、娘を乞われれば娘を与え、位を乞われれば王位を捨て、財を乞われれば違えませんでした。尊者は昔、ある王となりました。名を大聞徳といい、またある大徳の王、名を尼民陀羅、また阿私陀、また師子といいます。これらの王たちは千種の財を布施しました。昔、また大王がいました。名を常思諸法、またある大徳の王、名を真実行といいます。これらの王たちは法を思惟しました。昔、大王がいました。精進の名聞月、またある王子、名を福業光、大いに威徳を有し、知恩義に至りました。尊者は昔、ある大王、名を月色仙、また健猛将、次に実増長、次に求善言、次に有善意、次に調伏根といいます。これらの王たちは法を行じ大いに精進しました。これらは尊者が昔に為したことです。尊者は昔、大王となりました。名を月光、次に勝行、次に連兔、次に方主、次に健施、次に迦尸王、次に宝髻王といいます。これらの大王たちは、即ち尊者であって他ではありません。様々な珍宝や貨物を、乞う者に全て与えました。尊者はあの世の財を施しましたが、今は法の財を施すことを勧めます。尊者は昔、過去において、恒河の砂の数のように多くの仏を見ました。それらの仏世尊を、尊者は皆ことごとく供養しました。無量の供養具を、慳吝なく布施し、衆生の解脱のため、道を求めて休息しませんでした。今こそその時、速やかに出離し、家に留まってはいけません。尊者が最初に仏を拝した時、その名を不空見といい、毘奢迦の花を持ち、喜びの心をもって供養しました。昔、ある仏がいました。名を毘盧遮那といい、一時歓喜して見つめました。昔、ある仏がいました。名を微妙音といい、一つの訶梨勒を持って、その世尊に供養しました。昔、ある仏がいました。名を白栴檀といい、その仏の前に立ち、黙って一本の草茎を供えました。昔、ある仏がいました。名を連兔といい、大城に入ろうとする時、一掴みの抹香を散じました。次の仏を法主といい、説法して「善哉」と唱え、法を聞いて「快談」と言いました。尊者は無量の称賛を述べ、尊者は供養すべきです。次に一仏を拝しました。名を普示現といい、尊者は見てそれを讚歎しました。次に一仏がいました。名を熾盛分といい、尊者は歓喜の心をもって、その仏身を観察し、また金の華鬘を持って、その仏に供養しました。今、それを憶念し、心に忘れてはなりません。次に一仏がいました。名を光相憧といい、一掴みの小豆を持って、その仏に供養しました。昔、一仏がいました。号を智憧といい、尊者は輸迦華を持って、その仏に供養しました。次にまた一仏がいました。名を調伏車といい、尊者はその仏を見て、前に立って讚歎しました。次の仏を宝勝といい、前に無量の灯を灯し、妙なる無量の楽を施しました。仏名を一切勝といい、曾て真珠の瓔珞を施しました。次に大海仏を見て、諸々の蓮華を布施しました。蓮華蔵仏に至っては、大いなる帳蓋を布施しました。師子という二人の仏の辺りでは、曾て柔らかな草の敷物を施しました。娑羅王仏の所では、諸々の所須を布施しました。敷華仏の前に到っては、微妙な乳を布施しました。耶輸陀仏の所では、拘陀羅の華を施しました。実見仏を拝しては、歓喜して食を布施しました。昔、仏名を智山といい、身を屈してその仏を礼しました。仏名を龍徳といい、その仏に己の子を施しました。高飛空行仏には、曾て栴檀の末を施しました。次の仏を帝沙といい、珠宝及び赤い花を、その仏に供養しました。大荘厳仏を見て、瞻蔔の香華を持ち、その仏に供養しました。曾て光王仏を見て、衆宝を持って供養しました。昔、釈迦文を見て、妙なる多くの銀花を持ち、その仏に供養しました。次に帝釈相を見て、喜んで讚歎しました。昔、仏名を広大日天面といい、多くの衆花を厳飾として、その世尊に供養しました。次にまた仏がいました。号を勝尊といい、妙なる多くの銀華を持ち、その仏の上に荘厳しました。昔、如来がいました。名を龍勝といい、灯を灯してその仏を照らしました。富沙如来の辺りでは、曾て白い布の敷物を施しました。薬師王仏の辺りでは、宝の蓋を持って供養しました。仏名を大牟尼、また師子相、世尊勝功徳といい、宝の網を持って供養しました。仏名を迦葉といい、雑音声で供養しました。昔、仏名を解脱といい、雑末香を供養しました。宝相仏世尊には、天華を供養しました。阿芻婆という諸仏には、像輿に坐らせて請いました。世間王尊仏には、華鬘を供養しました。尸棄仏世尊には、王位を捨てて布施しました。仏名を難降といい、一切香で供養しました。大然尊仏の辺りでは、自身の体を布施しました。蓮花上仏の前では、諸々の瓔珞を布施しました。法憧如来の上には、諸々の妙花香を散じました。然灯

「時彼宮內諸婇女等，作音聲時，其音聲內，皆出如是諸法之聲，欲令太子厭離世間心生覺悟。

> その時、宮殿の中にいた女官たちが音楽を奏でると、その音の中からすべてこのような法（真理）の声が聞こえてきました。それは、太子がこの世に厭き離れ、心に目覚めが生まれるようにとの願いからでした。