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title: "佛本行集經 · 39 耶輸陀宿緣品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
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## 佛本行集經卷第三十六

> 仏本行集経 巻第三十六

隋天竺三藏闍那崛多譯

> 隋の天竺三蔵僧侶、闍那崛多訳

### 耶輸陀宿緣品第三十九

> 第三十九章 耶輸陀羅の宿縁

「爾時，天竺波羅㮈城，有四居士大富長者，最為殊勝善男子輩。何等為四？所謂第一名毘摩羅隋言無垢，其第二者名修婆睺隋言善臂，第三名為富蘭那迦隋言滿足，第四名為伽婆跋帝隋言牛主。彼等從他聞耶輸陀大善男子往沙門邊修行梵行，聞已即作如是思惟：『希有斯事！彼大沙門法行之中，梵行應當牢固不動，應當勝他，其法會集，應必第一。所以者何？而耶輸陀大善男子，至沙門邊受行梵行，即得出家。我等今者亦應至彼大沙門邊求修梵行。』彼等如是共平量已，相將往詣耶輸陀邊，到已即共其耶輸陀，對面美辭，善巧談說，各話心內，意憙語言，敬心問訊。相慰喻已，各坐一面。坐一面已，彼四長者，即便共白耶輸陀言：『尊者耶輸陀！此之梵行必應牢固，決定勝他。如此法集，可敬可愛。如尊今於大沙門邊受行梵行，我等今者，亦欲求於大沙門邊修行梵行。』

> その時、天竺のバラーナシーの都に、四人の在家の大富豪の長者がおりました。彼らは最も優れた善男子たちでした。その四人とは、まず第一に毘摩羅（隋の言葉で無垢）、第二に修婆睺（隋の言葉で善臂）、第三に富蘭那迦（隋の言葉で滿足）、第四に伽婆跋帝（隋の言葉で牛主）といいます。彼らは他の者から、耶輸陀というすぐれた善男子が、かの大沙門のもとへ行き梵行を修行していると聞きました。それを聞いて、彼らはこう考えました。「これは稀なことだ。あの大沙門の法の行いの中では、梵行はかたく動かず、他に勝るものであり、その法の集いは必ず第一であろう。なぜなら、耶輸陀というすぐれた善男子が、大沙門のもとへ行って梵行を受け、そのまま出家したからだ。私たちも今、あの大沙門のもとへ行き、梵行の修行を求めよう。」彼らはこのように話し合ってから、一緒に耶輸陀のもとへ行きました。そして、耶輸陀と向かい合い、美しい言葉で巧みに会話し、心の内を語り合い、喜びの言葉を交わし、敬いの心で挨拶をしました。互いに慰め合った後、それぞれ座につきました。座についた後、四人の長者は耶輸陀にこう申し上げました。「尊者耶輸陀よ、この梵行は必ずかたく、確かに他に勝るものであり、このような法の集いは敬い愛すべきものです。尊者が今、大沙門のもとで梵行を受け修行なさっているように、私たちもまた、大沙門のもとで梵行を修行したいと願っております。」

「爾時長老耶輸陀許，即便共彼波羅㮈城四大長者，往詣佛所。到佛所已，頂禮佛足，禮佛足已，却坐一面。時耶輸陀即白佛言：『大覺世尊！此四長者，在本居家各為朋友，最為殊勝善男子輩！所謂無垢善臂滿足，并牛主等。今日故來，歸依世尊。善哉！世尊！唯願為此四大長者，如應說法教誨示導。』爾時，世尊發大慈悲，起憐愍故，即為彼等四大長者，次第方便說微妙法，所謂布施持戒忍辱，乃至為說種種法要。彼等長者，聞世尊說如是法相，即於坐中，遠離塵垢，乃至所有一切集法，皆悉得知，及滅相法，亦如實知。譬如淨衣無有垢膩，入於汁中，正受其色。如是如是，彼四長者即於坐處，乃至得知一切結惑集滅相法，如實證知。彼四長者，悉各如是見諸法相，得諸法相，證於法相，入於法相，度煩惱磧，心無障礙，越諸疑網，除滅結使，得無畏處，不隨他知，依佛法行。從坐而起，頂禮佛足，在於佛前，胡跪合掌，而白佛言：『大覺世尊！我等今從佛世尊邊，乞求出家，依佛教法，受具足戒。』爾時，世尊即告彼等四長者言：『汝輩比丘！清淨善來，入我法中，行於梵行，滅諸苦故。』是時世尊作此語已，彼波羅㮈四大長者，頭髮自落，髭鬚猶若七日剃來，身體自然披服三衣，手擎鉢器，彼四長者即成出家，受具足戒。

> さて、長老ヤショーダは彼らとともに、バラナシの四大長者を連れて仏のもとへと向かった。 仏のもとに到着すると、その足に頭を額づけて礼拝し、礼拝した後、一方に退いて坐った。 その時、ヤショーダは仏に申し上げた。 「大いなる覚者よ、この四人の長者は、それぞれ在家にあって友であり、最も優れた善き人々です。すなわち、無垢、善臂、満足、そして牛主という者たちです。彼らは今日、わざわざ世尊のもとに帰依いたしました。どうか、世尊よ、この四大長者のために、ふさわしく法を説き、教え導いてくださいませ。」 その時、世尊は大いなる慈悲の心を起こし、哀れみのゆえに、彼ら四大長者のために、次第のある方法で微妙な法を説かれた。 すなわち、布施、持戒、忍辱……こうして様々な法の要点を説かれた。 彼ら長者は、世尊がこのような法の相を説くのを聞いて、その坐った場において、塵や汚れから遠く離れ、あらゆる集まりゆく法（原因によって生じるもの）をすべて知り、また滅する法（原因によって滅するもの）も、あるがままに悟った。 例えば、清らかな衣に汚れがなく、染料の中に入ればその色を正しく受けるように、そのように、彼ら四人の長者は、その坐った場において、あらゆる結び付きや煩悩が集まり滅する法をあるがままに証知したのである。 彼ら四人の長者は、それぞれこのように諸法の相を見、諸法の相を得、諸法の相を証し、諸法の相に入り、煩悩という荒れ地を渡り、心に障りがなく、様々な疑いの網を越え、結び付きや煩悩を除き去り、恐れのない境地を得て、他に従って知ることなく、仏の法に従って修行した。 彼らは坐っていた場所から立ち上がり、仏の足に額づいて礼拝し、仏の前で右膝を着き、合掌して申し上げた。 「大いなる覚者よ、私たちは今、仏世尊のもとから出家を請い願います。仏の教えに従って、具足戒を受けさせてください。」 その時、世尊は彼ら四人の長者に告げられた。 「あなたたち比丘よ、清らかに善く来たれ。我が法の中に入り、清らかな行いを実践し、苦しみを滅せよ。」 世尊がこの言葉を発した時、かのバラナシの四大長者は、髪の毛が自然に落ち、鬚や髭は七日間剃った後のようになり、身体には自然に三衣がまとい、手には鉢を持っていた。彼ら四人の長者は、こうして出家し、具足戒を受けたのである。

「時四長者，出家未久，受具始爾，在於一處，捨諸緣務謹慎身口，不敢放逸，勤劬精進，在空閑處，行於善行，獨坐獨起，不曾停息，如救頭然，住蘭若內。爾時，彼等諸善男子，為求道故，正信出家，不久即得無上梵行，自見法相，自證諸通無畏而行，口即唱言：『已斷生死，得梵行報，所作已辦，來生更不受後世有。』自知自證，彼四長者皆悉一時成阿羅漢，心善解脫。彼時世間成就一十一阿羅漢：第一世尊，二五比丘，三耶輸陀，及其在家最勝朋友四大長者善男子是。

> ある時、四人の長者たちが出家して間もなく、ようやく具足戒を受けたばかりでありました。彼らは一つの場所に留まり、あらゆる雑務を捨てて、身口を慎み、放逸にならず、勤め励んで精進し、閑静な場所で善行を実践し、独り座り、独り立ちし、決して怠ることなく、まるで頭に火がついたのを消すかのように、蘭若（森の中の静かな住まい）に住みました。 その時、それらの善き男たちは、道を求めるがゆえに、正しい信仰をもって出家し、間もなくして無上の清らかな行い（梵行）を得ました。自ら法のすがたを見極め、自らあらゆる神通と無畏（おそれのない境地）を証得して行動し、口に出して宣言しました。「すでに生死を断ち切り、梵行の果報を得た。なすべきことは成し遂げ、未来に再び後世の命を受けることはない」と。自ら知り、自ら証したのです。これら四人の長者たちは、皆、同時に阿羅漢となり、心が完全に解脱しました。 その時、世の中には十一人の阿羅漢が成就していました。 第一に世尊、第二に五人の比丘、第三に耶輸陀（ヤショーダー）、そしてその在家における最も優れた友である四人の長者、善き男たちであります。

「爾時，長老耶輸陀身昔在家有五十朋友，諸國來集，或有小來共相長養善男子輩，聞耶輸陀善男子往大沙門邊行於梵行，聞已如是共相謂言：『彼之梵行，必當精勝法集牢強，而耶輸陀善男子，事彼大沙門，行於梵行。我等今者亦可至彼大沙門邊求行梵行。』彼等如是共平量已，相將即到耶輸陀所，到已即對耶輸陀面，相共言說，文辭巧麗，種種談論，各相問訊，各相虔恭，如是訖已，却住一面，住一面已。

> その時、長老である耶輸陀（ヤショーダ）の身は、昔、在家していた頃に五十人の友人がいた。彼らは様々な国から集まっており、中には幼い頃から共に育ち、互いに助け合って善を長じさせてきた善男子たちもいた。彼らは、耶輸陀という善男子が、大沙門のもとへ行き、梵行（清らかな修行）を実践していると聞いた。それを聞いて、彼らは互いにこう言い合った。 「あの人の行う梵行は、きっとすぐれたものであり、集まり（僧団）もしっかりとしていて、教えが充実しているに違いない。そして、耶輸陀という善男子は、あの大沙門に仕え、梵行を実践しているのだ。私たちもまた、今、あの大沙門のもとへ行き、梵行を実践することを求めようではないか。」 彼らはこのように互いに話し合い、一緒に耶輸陀のところへ向かった。そして到着すると、彼らは耶輸陀と向かい合い、巧みで美しい言葉を用いて様々な話を交わし、互いに挨拶をし、互いに敬意を表した。そのようにしてから、彼らは片隅に立っていた。

「爾時，彼等五十友人，各是別國最大長者，往昔在家，親善朋舊，即便共白耶輸陀言：『仁耶輸陀！今此梵行，必應是好，勝於餘人，而長老在大沙門邊，行於梵行。我等意樂亦與仁同，欲往詣彼大沙門邊行於梵行。』

> その時、五十人の友人たちは、それぞれ他国で最も地位の高い長者であり、昔からの親しい朋友でした。彼らは揃って耶輸陀（ヤショーダ）にこう申し出ました。 「友よ、ヤショーダよ。今、あなたの歩むこの清らかな修行（梵行）は、きっと素晴らしいものであり、他の何より勝れているに違いありません。それというのも、長老師（大沙門）のもとで修行を続けておられるからです。私たちもあなたと同じ思いで、その大いなる老師のもとへ赴き、共に清らかな修行をしたいと願っております。」

「時，耶輸陀即便共彼五十在家往昔善友，詣於佛所，到佛所已，頂禮佛足，禮佛足已，却坐一面。其耶輸陀即白佛言：『大善世尊！我昔在家，有此五十友朋知識，或在前後，一切皆悉是善男子，其意並樂歸依如來。唯願世尊！大慈憐愍，為說法要，教詔示導。』

> その時、耶輸陀（ヤショーダー）は昔からの善い友である五十人の在家の者たちと共に、仏のもとへと向かいました。仏のもとに到着すると、仏の足に頭を触れて敬礼し、その後、一辺に座りました。そして耶輸陀は仏に申し上げました。「尊き世尊よ、私は以前、在家にいた頃、この五十人の友人や知人を持っておりました。彼らは前後に従う者たちですが、皆、善き人たちであり、心から如来に帰依することを望んでおります。どうか世尊よ、大いなる慈愛と哀れみをもって、彼らに法の要を説き、教え導いてくださいますように。」

「爾時，世尊即為彼等，隨順說法。而其彼等諸長者輩，聞佛所說，乃至如實一切悉知。彼等長老悉成漏盡諸阿羅漢，心善解脫。於時世間合成六十一阿羅漢，謂佛世尊，及五比丘，并耶輸陀，其耶輸陀波羅㮈城有四善友，無垢、善臂、滿足、牛主，其耶輸陀在家朋友，諸大長者有五十人，並是別國相召集來，或前或後，善男子等。

> 「その時、世尊は彼らに合わせて説法をされた。そして、それらの長者たちは仏の説かれたことを聞いて、ありのままに一切を理解した。彼ら長者はみな煩悩を滅尽した阿羅漢となり、心はよく解脱した。こうして、世の中には合わせて六十一人の阿羅漢がいることとなった。すなわち、仏世尊と五比丘、そして耶輸陀である。その耶輸陀の波羅㮈（バラナシ）の城には、無垢・善臂・滿足・牛主という四人の善き友がいた。また、耶輸陀の在家の友人である大長者たち五十人もいる。これらはみな、他の国々から招かれて集まった善男子たちで、先に来たり後に来たりしたのである。」

「爾時，世尊於波羅㮈鹿野苑中，度是人已，更欲別向他方而行，即告長老耶輸陀言：『汝耶輸陀！還住於此，莫隨逐我。所以者何？汝耶輸陀！小來未曾苦於身體，又復汝身皮膚柔軟，不串麤衣及以惡食。汝在此住，受汝父母所須供養，隨勝衣食自恣而受。汝之父母，能供養汝。』

> その時、世尊はバラナシの鹿野苑で、その人々を導き終えられた後、さらに別の地へ向かおうとして、長老のヤショーダに告げられました。 「ヤショーダよ、あなたはここに留まりなさい。私に従って来てはなりません。なぜなら、ヤショーダよ、あなたは幼い頃から身体を苦しめたことがなく、肌は柔らかく、粗末な衣服や粗食に慣れていないからです。ここに留まり、あなたの両親から必要な供養を受け、優れた衣食を自由に享受しなさい。あなたの両親は、あなたを養うことができるのです。」

「時耶輸陀稟承教誨，恭敬而立，即白佛言：『如世尊勅，我不敢違。』而耶輸陀聞佛勅已，住波羅㮈，一定不移。

> その時、耶輸陀（ヤショーダー）は教えを謹んで受け止め、敬いの心をもって立ち上がり、仏に申し上げました。「世尊のお言葉を、私は決して違えません。」そして仏の教えを聞いた耶輸陀は、波羅㮈（バラナシ）に留まり、身動き一つせず、そこに居続けたのでした。

「爾時，天竺波羅㮈城，復有五百商人長者，與耶輸陀昔在家時亦為朋友，入海採寶，一時迴還至家，各各相共借問耶輸陀處。彼等問已，聞耶輸陀今日在彼大沙門邊行於梵行，彼等聞已，各相謂言：『彼之梵行，定應上妙，教法勝他，若不如是，其耶輸陀善男子，今云何乃能迴心向彼大沙門邊行於梵行？我等今亦可共往詣大沙門邊求行梵行。』

> その頃、天竺のバラナシ（波羅㮈城）の都で、五百人の商人であり長者たちがいました。彼らは、耶輸陀（ヤショーダラ）がまだ在家であった頃の友人でもありました。彼らは海へ宝を採りに行き、一度帰宅した際に、互いに耶輸陀の消息を尋ね合いました。 尋ねたところ、今日、耶輸陀があの大沙門（釈尊）の御許で梵行（清らかな修行）を実践していると聞きました。それを聞いた彼らは、互いに言い合いました。 「あの梵行は、きっと優れたものであり、その教えは他よりも勝れているに違いない。もしそうでなければ、あの善男子・耶輸陀が、どうして今、心を向け変えて、あの大沙門のもとで梵行を実践するだろうか。私たちも今、一緒にあの大沙門のもとへ参り、梵行を求めるべきではないだろうか。」

「爾時，彼等五百商人諸大長者，結集相共詣向長老耶輸陀邊，到已共白耶輸陀言：『仁耶輸陀！久不相見，我等入海，今始迴還。聞仁出家故來諮白，安隱無惱快樂以不？』如是種種善言美語，慰勞相問，彼此訖了，各起恭敬，却住一面。

> その時、五百人の商人と大長者たちが集まり、長老の耶輸陀（ヤショーダ）のもとへ向かいました。到着すると、皆で耶輸陀にこう申し上げました。 「耶輸陀様、久しくお目にかかりませんでした。私たちは海へ出ており、今ようやく戻ってまいりました。あなたが出家されたと聞き、ご無沙汰の挨拶に参りました。お変わりなく、安らかにお過ごしでしょうか。」 このように、様々な温かい言葉や丁寧な挨拶を交わし、互いに慰め合った後、皆は敬意を表して、それぞれの場所に退いて立ちました。

「爾時，五百商人長者白於長老耶輸陀言：『仁耶輸陀！今此勝也。』時耶輸陀即報彼言：『如是如是，今此最勝。』爾時彼商五百長者，即於長老耶輸陀邊偝捨出家，求受具戒，經多年月，不能得道。」

> その時、五百人の商人の長者たちが長老ヤショーダに向かって言いました。「ヤショーダ様、これは素晴らしいことです。」するとヤショーダは彼らに答えました。「その通りです、これは最も素晴らしいことです。」そこで、五百人の商人の長者たちは長老ヤショーダのもとから背を向けて家を捨て、出家して具足戒を受けようと願いました。しかし、長い年月が経っても悟りを得ることができませんでした。

爾時，世尊遊歷他國，迴還至彼舍婆提城，住祇陀林精舍之內。時其長老耶輸陀，身經於多時，夏罷訖已，即共五百諸比丘眾相隨而去。聞佛在於祇陀精舍，欲往詣彼見如來故，彼客比丘至祇陀園。是時彼處主人比丘，或取鉢者，或衣幞者，內房中時，起大高聲，喧閙雜亂。

> その時、世尊（ぶっしゃ）が他国を巡っておられ、舎衛城（しゃえじょう）に戻られました。そして祇陀林（ぎだりん）の精舎にお住まいになりました。そこに長老の耶輸陀（やしゅだ）が長い間を過ごし、夏の修行期間（げあんき）が終わりました。彼は五百人の比丘たちと共に、世尊が祇陀精舎におられるのを聞き、お目にかかるためにそこへ向かいました。その客の比丘たちが祇陀園に到着した時、そこにいた主人側の比丘たちは、鉢を取ったり、衣をたたんだり、房内に入ったりして、大きな声をあげ、騒がしく乱れておりました。

爾時，世尊知而故問長老阿難，作如是言：「長老阿難！此中是何高大音聲，喧亂乃爾？」是時阿難，即白佛言：「如來世尊！今者外許別有五百客比丘來，長老耶輸陀最為其首，至於此處。我等既見客比丘來，而此舊居諸比丘輩，共相慰喻，問訊安和，及受衣鉢，內於房時，起是高聲。」

> その時、世尊はあえて長老の阿難（あなん）に尋ねて、こう言われました。「長老アーナンダよ、この中で、あのように大きな騒がしい音がするのは、いったい何の音であろうか。」 すると、阿難はすぐに仏に申し上げました。「如来・世尊よ、今、外から五百人の客僧（かくそう）が、長老の耶輸陀（やしゅだ）を筆頭として、この場所にやって来ました。私たちがその客僧たちが来るのを見て、この宿坊にいる僧侶たちは皆、互いに慰め合い、安否を問い、挨拶を交わし、また衣や鉢を受け取って、僧房の中に入れた時に、この大きな声が起こったのです。」

爾時，世尊告阿難言：「長老阿難！汝若知時，為我喚彼如是等客諸比丘來。」爾時阿難聞世尊勅，即便至彼客比丘邊，語諸一切客比丘言：「汝長老輩！世尊今喚汝等一切諸客比丘。」時諸比丘既聞阿難如是言已，語阿難言：「如長老意，我不敢違。」

> その時、世尊は阿難尊者に告げられました。「阿難よ。もし時が来たなら、私のために、あの訪れた比丘たちを呼びに来なさい。」そこで阿難は世尊の仰せを聞き、すぐにその訪れた比丘たちのもとへ行き、彼ら全員に告げました。「あなたがた長老方、世尊が今、あなたがた訪れた比丘たち全員をお呼びです。」すると、その比丘たちは阿難のこの言葉を聞いて、阿難にこう答えました。「長老のお心のままに、私たちは逆らうことはできません。」

爾時，五百諸客比丘聞受阿難如是教已，往詣佛邊，到佛所已，頂禮佛足，既禮拜已，却住一面。諸客比丘住一面已，嘿然而立。

> その時、五百人の客僧たちは、阿難からこの教えを受けて、仏のもとへ向かいました。仏の御前に到着すると、頭を仏の足に付けて礼拝し、礼拝を終えてから、静かに一側に立ちました。客僧たちは一側に立った後、黙ってそのまま立っていました。

爾時，世尊即告彼諸客比丘言：「汝等比丘！何故如是作大高聲？猶如世人諸諍鬪起呼呼呵呵，其聲猶如釣魚之師，各各相競趁逐諸魚，各相唱喚。汝等比丘！各還本處，不得共我居住此中，我趁汝等。」是時彼等五百新入客比丘，聞佛如是言，各白佛言：「如世尊勅。」彼等五百諸客比丘聞佛是言，頂禮佛足，遶佛三匝辭佛而去，執持衣鉢從精舍出。至一河邊，其河名曰婆羅瞿摩帝隋言秀媚主，在彼秀媚河岸邊住，晝夜精勤，無有休息。初夜後夜，不臥不眠，猛勵修道志願規求，助道法證，是故用心。彼等用心，不休不息，不久之間，所為事成。彼善男子，既各正信，捨家出家，而能辦彼無上梵行，而能得辦。自現見法，證於諸通，即得斷除一切諸結，自口唱言：「生死已盡，得梵行報，所作者辦，更不復受於後世有，自證自知。」彼諸長老，一切悉皆成阿羅漢，心善解脫，無復怖畏。

> その時、世尊は新しく来た比丘たちにこう告げられた。「比丘たちよ、なぜお前たちは大声を張り上げているのか。まるで世の人々が争い合い、大声をあげては魚を追いかける漁師のように、互いに叫び合っている。比丘たちよ、お前たちはそれぞれの居場所に戻りなさい。私と共にここに住むことはできない。お前たちを追い出す。」 すると、五百人の新しい比丘たちは仏の言葉を聞き、それぞれが「世尊のおっしゃるとおりにいたします」と答えた。彼らは仏の言葉を聞き終えると、仏の足に頭を触れて礼をし、仏の周りを三度巡ってから辞去し、衣と鉢を持って精舎を出た。 彼らはバラグダ川（和訳「秀媚主」）という川のほとりに至り、そこで昼夜を問わず精進に励み、休むことなく修行した。初夜も後夜も横にならず眠らず、努め励みながら、悟りへと導く教えを求めて志を立て、心を集中させた。彼らは休むことなく修行を続け、間もなく目的を達成した。善き男子たちは、それぞれ正しい信仰を持ち、出家して家を捨て、最高の清らかな修行を成し遂げたのである。彼らは法を自らの内に現に証し、悟りを体得し、あらゆる束縛を断ち切って、自らの口でこう唱えた。「生まれ変わることは尽きた。清らかな修行の報いは得られた。為すべきことは成し遂げ、今後の世に再び生まれることはない。」と自ら証し、自ら悟ったのである。それらの長老たちは、すべてが阿羅漢となり、心は完全に解脱し、もはや恐れはなかった。

爾時，世尊在舍婆提祇陀精舍，少時住已，欲更行歷其餘聚落。從此聚落，到彼聚落，漸漸而行，到毘耶離。至彼城已，往獼猴池，其池岸邊，有草精舍，即便停住。

> その時、世尊はシュラッバヴァティーのジェータ林の精舎にしばらく滞在された後、他の村々を巡ろうとお考えになりました。一つの村から次の村へと次第に進み、ヴァイシャーリーに到着されました。都に着かれると、猿の池（マルカタフラダ池）のほとりにある草の精舎に行き、そこに留まられました。

爾時，世尊日下西時，從三昧起，出草精舍，向於露地，鋪座而坐，比丘僧眾，左右周匝，前後圍遶。爾時，世尊告阿難言：「長老阿難！我見婆羅瞿摩帝河，諸比丘等所居住處，大有光明，而彼婆羅瞿摩帝岸所，有五百諸比丘住。」如是三稱。

> その頃、世尊は夕暮れ時に三昧から立ち上がり、草葺きの精舎を出て、露地に座布団を敷いて座られました。比丘たちの衆は左右に立ち並び、前後に囲んでいました。その時、世尊は阿難に告げて言われました。「長老アーナンダよ、私はバラグモーディー川において、比丘たちが住んでいる場所に大いなる光明があるのを見ました。そして、そのバラグモーディーの岸辺には、五百人の比丘たちが住んでいます。」と、このように三度繰り返しておっしゃいました。

佛告阿難：「汝今可喚彼諸比丘使來見我。」是時阿難聞佛世尊如是勅已，向一年少比丘之邊，到已即告彼比丘言：「善哉長老！汝速至彼婆羅瞿摩帝河岸邊，彼處今有諸比丘等，汝語彼等諸長老言：『世尊今欲見長老等，若知時者，宜應速疾往見世尊。』」時彼年少長老比丘，聞於阿難如是言已，白阿難言：「如尊者教，我不敢違。」

> 仏は阿難に告げられた。「今すぐ、あの比丘たちを呼び寄せ、私にまみえさせなさい。」 その時、阿難は仏世尊からこのように仰せつかると、一人の若い比丘のところへ行き、こう告げた。「尊き長老よ、至急、婆羅瞿摩帝河の岸辺へ行ってください。そこには今、大勢の比丘たちがおります。彼らにこう伝えてください。『世尊はただ今、長老方にお会いになりたいとお望みです。ご都合がつきましたなら、速やかに世尊のもとへお越しください。』」 その若い長老比丘は、阿難からこの言葉を聞き、阿難に申し上げた。「尊者のお教えの通りにいたします。決して背きはいたしません。」

時彼年少長老比丘，速疾而行，譬如壯士屈舒臂頃，如是如是。時彼長老年少比丘，從毘耶離，速疾隱身，至於婆羅瞿摩帝岸，出身現往彼所居處諸比丘邊，到已即告彼等一切諸比丘言：「善哉長老！汝等今者若當知時，世尊欲見汝等長老，汝等今者若當善知，可速往詣至世尊所。」

> その時、若い長老の比丘は、まるで力強い人が腕を伸ばし曲げるほどの一瞬の速さで、毘耶離から姿を隠し、婆羅瞿摩帝の岸辺にいる比丘たちのところへ現れました。到着するとすぐに、そこにいたすべての比丘たちに伝えました。「尊い長老方よ、よくお聞きください。今がその時です。世尊があなたがたに会いたがっておられます。どうか賢明に判断し、速やかに世尊のもとへお参りください。」

爾時，彼處諸比丘等，白彼年少使比丘言：「如長老教，我不敢違。」是時彼等諸比丘眾，聞此語已，譬如壯士屈伸臂頃，從於婆羅瞿摩帝河所居之處，各隱其身，至毘耶離獼猴池岸草精舍下而即現身。

> その時、そこにいた比丘たちは、その若い使いの比丘にこう言った。「長老の教えの通り、私は違えません。」そして、その比丘たちはこの言葉を聞くと、あたかも力強い者が腕を伸ばし曲げるほどの瞬きの間に、婆羅瞿摩帝（バラグモーディ）川の住まいの場所から、それぞれ姿を隠し、毘耶離（ヴァイシャーリー）の猿の池の岸にある草の精舎の下に現れた。

爾時，世尊當此正入不動三昧，其耶輸陀長老亦入不動三昧，彼來五百比丘亦入不動三昧。經夜初更，爾時，阿難從座而起，偏袒右肩，正理衣服，合掌向佛，而作是言：「願世尊知，夜以一更，世尊今可慰喻於彼客比丘僧。」是時世尊，默然不言。如是復已，經夜中分，阿難更請，乃至世尊默然不言。爾時其夜至第三分，阿難復請，世尊默然。經夜後分，欲打鼓時，明星將現，長老阿難更從坐起，偏袒右肩，正理衣服，合掌向佛，而作是言：「世尊當知！夜已後分，不久打鼓，明星欲出。世尊今可教諸比丘，慰勞於彼諸客比丘，又復比丘坐已經久，身體疲懈。」

> その時、世尊は不動三昧に入っておられた。長老の耶輸陀もまた不動三昧に入り、共に来た五百人の比丘たちも不動三昧に入っていた。 夜の初更が過ぎた頃、阿難が座を立ち、右肩を露わにして衣を整え、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。「世尊よ、お聞きください。夜も初更となりました。どうか世尊は、かの客僧たちを慰め励ましてくださいませ。」 その時、世尊は黙して何もお答えにならなかった。 同じことが繰り返され、夜の半ばとなった。阿難が再び請うたが、世尊はやはり黙しておられた。 夜も更けて三更となった時、阿難が三度請うたが、世尊はなお黙しておられた。 夜が明けようとし、鼓を打つ頃となり、明星が昇らんとする時、長老アーナンダが再び座を立ち、右肩を露わにして衣を整え、合掌して仏に向かい、こう申し上げた。 「世尊よ、お聞きください。夜はすでに明けようとしており、まもなく鼓が打たれ、明星も出ようとしております。どうか世尊よ、今こそ比丘たちに仰せられ、かの客僧たちを慰め励ましてくださいませ。また、比丘たちは長く座っていて、身体も疲れ、たるみきっております。」

爾時，世尊告阿難言：「長老阿難！汝今不知如此義理。所以者何？長老阿難！汝若知理，應不發問。今此三昧，非汝境界。何以故？阿難！我向入此不動三昧，此之五百比丘亦入不動三昧，長老耶輸陀最為初首，皆悉入於不動三昧，我今自知如此理已。」爾時，世尊欲說偈故，即作如是師子吼言：

> その時、世尊は阿難に告げて言われた。「長老アーナンダよ、あなたは今、この道理を知らない。なぜなら、長老アーナンダよ、あなたがもし道理を知っていたなら、問いを発することはなかったはずだからだ。今この三昧は、あなたの境地ではない。どうしてか。アーナンダよ、私は先にこの不動三昧に入った。この五百人の比丘たちもまた不動三昧に入った。長老ヤショーダを初めとして、皆がことごとく不動三昧に入っている。私は今、この道理を自ら知ったのである。」その時、世尊は偈を説こうとして、このように獅子吼（師子吼）をなされた。

「已渡煩惱諸慾泥， 復已滅除諸聚刺，到彼貪癡滅盡處， 於彼苦樂更不停。既已越度彼岸邊， 是則名為真勇健，亦稱比丘善破惡， 又復名善解脫人。」

> すでに煩悩や欲望の泥を渡り、 すべてのとげを取り除き、 貪りと愚かさが尽きる場所に至り、 そこでは苦しみや楽しみにもとどまらない。 すでに彼岸の岸辺を越えたならば、 その人はまことの勇者と呼ばれ、 また、比丘としてよく悪を破った者、 さらに、よく解脱した人と名づけられる。

爾時，世尊說是偈已，而彼五百諸比丘等，心生希有未曾有事，已生希有未曾有故，各相謂言：「諸長老等！希有此事！此之長老耶輸陀者，大有神通，乃能使此五百比丘，一切皆亦有大神通，共耶輸陀昔作朋友，各能相似，彼等父母，亦皆有德。」是時彼等五百比丘，心各生疑，欲問世尊決斷所疑，即便相與白世尊言：「今此長老耶輸陀者，彼於往昔，種何善根？而今身中，乃能如是居家殷富，如是多財，如是多寶，如是二足四足具足，如是家生，然其初生上覆寶蓋。又其父母為耶輸陀造三種堂，昔緣何業得此果報？又復於諸婇女等邊，生塜墓想，何因能爾？值佛出家，受具足戒，成阿羅漢，父母及妻，皆得聖法，在家朋友，及諸國土，商主朝廷，并婆羅瞿摩帝河邊五百比丘，得羅漢果？」作是語已，皆各默然。

> その時、世尊（仏）がこの偈を説き終えると、あの五百人の比丘たちは、かつてない稀有な出来事を心に感じました。その稀有さに感動し、互いに言い合いました。「尊い方々よ、実に稀なことです！この尊い耶輸陀（ヤショーダラ）という方は、大いなる神通力を持っておられます。そのおかげで、この五百人の比丘たちも皆、大きな神通力を得ています。彼らは皆、昔、耶輸陀と朋友であったため、それぞれが似たような力を持ち、その父母たちもまた、皆、徳を備えているのです。」 その時、彼ら五百人の比丘たちは心に疑問を抱き、世尊にその疑問を解決していただこうと願い、共に世尊のもとへ申し上げました。「この尊い耶輸陀という方は、過去にどのような善根を植えたのでしょうか。その結果、現在の身において、このように家は大いに富み、財産も多く、宝も多く、二足（人間）や四足（家畜）の財も満ち足り、そのような家に生まれ、しかも生まれた時には宝の傘がかざされていました。また、その父母は耶輸陀のために三種類の宮殿を造りました。過去のどのような業によって、このような果報を得たのでしょうか。さらにまた、多くの女性たちに対して、墓場のような想いを抱くようになったのは、どのような因縁によるのでしょうか。そして仏のもとで出家し、具足戒を受け、阿羅漢果を得ることができました。父母も妻も聖法を得て、在家の朋友たちや、国土の人々、商主、朝廷、そしてブラフマクティ河の辺りの五百人の比丘たちが、皆、羅漢果を得たのは、どうしてでしょうか。」 このように申し上げた後、彼らは皆、沈黙しました。

爾時，世尊即告彼等諸比丘言：「汝諸比丘！至心諦聽。我念往昔，波羅㮈城，時有一人，欲營其事，彼如是念：『我若此事得成就已，復作是事，此事辦已，當作此事，我此事辦一切訖了，後別當造美食美飲種種辦具，飡噉嚼齧唼𠲿吮等，各辦具已，當施沙門及婆羅門，悉令具足充實飽滿。』

> そのとき、世尊は比丘たちにこう告げられた。「比丘たちよ、心してよく聞きなさい。私はかつて、バラーナシーという町での出来事を思い出します。そこに一人の男がいて、何か事業を成そうと考えていました。彼はこう思いました『この事業がうまくいったら、次にあの事業をしよう。それが終わったら、さらに別のことをしよう。すべてのことが片付いたら、その後に美味しい食べ物や飲み物をさまざまに用意し、噛んだり、食べたり、味わったり、吸ったりするものをすべて整えてから、修行者やバラモンたちに施そう。彼らが十分に満ち足りるように。』

「爾時，彼人以心勇猛善業因緣，復以眾多福德所潤，所營事者悉皆成辦。彼人既見其事已辦，於晨朝起，整頓多種豐饒飲食可飡噉者，具足執持將詣城門。到已安置，作如是念：『今此城門，最初見者，若有沙門、若婆羅門，我當持此多種飲食，乃至唼𠲿而用布施。』

> その時、その人は勇猛な心と善行の因縁により、さらに多くの福徳の潤いを受けて、自分の志したことはすべて成就しました。その成就を見た彼は、朝起きて、様々な豊かな食べ物や飲み物を整え、それらを携えて城門へと向かいました。到着して安置すると、こう思いました。「この城門を最初に通りかかる人、もし沙門やバラモンであれば、私はこの多くの食べ物や飲み物を、噛むものも含めて、すべて布施しよう。」と。

「爾時，彼城門外有一辟支佛，名那伽羅尸棄隋言成髻，恒常住在波羅㮈城。而彼尊者大辟支佛，於晨朝時，日在東方，著衣持鉢，徐行欲入波羅㮈城乞求飯食。是人遙見彼辟支佛，威儀庠序，進止端平，足步安穩，無有差移，左右觀看，徐行直視，舉動審諦，不急不寬，住立仰瞻，人所樂覩，形服相稱，內外嚴儀。彼人見已，得清淨心，生大歡喜，即將其食，奉辟支佛。爾時，彼辟支佛作如是念：『我今已得種種美食布施，而食時既未至，我今且可少時攝心坐禪繫念。』思惟是已，却行一面，到河岸邊，時有一樹，即在其下，加趺而坐，正意定想，身體端然，寂靜一心，不搖不動，如是而住。

> その時、町の門の外に一人の辟支仏（びゃくしぶつ）がおられた。名を那伽羅尸棄（ナガラシキ）といい<note>隋の言葉で「成髻（せいけい）」という</note>、常にバラナシ（波羅㮈）の町に住んでおられた。その尊い大辟支仏は、ある早朝、太陽が東にある時に、衣を着け鉢を持って、ゆっくりとバラナシの町に托鉢に入ろうとされた。 ある人が遠くからその辟支仏をご覧になった。その威儀は整い、進み方も立ち居振る舞いも正しく、足取りは安らかで乱れがなく、周りを見渡しながらも直視して進み、その動作は慎み深く、急がず緩みもなく、立ち止まっては仰ぎ見られ、人々は見るのを楽しみにした。その姿と衣は調和し、内外ともに厳かな威儀を備えておられた。 その人はこれを見て清らかな心を得て、大きな喜びを生じ、すぐに自分の食べ物を辟支仏に差し上げた。 その時、辟支仏はこう思われた。「私は今、さまざまな美味しい食べ物の布施を得たが、まだ食事の時ではない。しばらく心を落ち着けて座禅をし、念を集中しよう。」そう思われて、少し後ろに下がり、川岸に行かれた。そこに一本の木があり、その下で結跏趺坐（けっかふざ）を組まれた。心を正しく定め、身体をまっすぐに保ち、静かに一心に動かず揺れず、そのままおられた。

「爾時，波羅㮈城有一王，名婆嵐摩達多隋言梵德，嚴駕四兵從城門出。是時城外，忽有一人，從聚落來，手執傘蓋，逆頭值王，彼人遙見梵德國王在前而來，見已內心作如是念：『我今可避於梵德王，勿令見我。』彼人如是心生念已，即下道行，向一別路，其路乃到波羅那河。從彼河岸，順流下行，未經多地，忽然而見彼辟支佛，在於河岸一樹之下，加趺而坐，正念正思，身不動搖。彼辟支佛，為於日光照觸身體，遂便汗流。彼人見已而作是念：『此仙應是持戒清淨，必定應得證諸正法。今此日光，既照其體，或患熱惱。』作是念已，『我今可持此之傘蓋覆其身上，為作蔭涼。』

> ある時、波羅奈城に婆嵐摩達多（ぼんまだ）という王がいました。王は四種の軍勢を整え、城門から出発しました。その時、城外で一人の男が村からやって来て、手に傘を持ち、偶然にも王に行き会いました。男は遠くから梵徳王がこちらに来るのを見て、「私は今、梵徳王から避けなければ。自分の姿を見られてはならない」と心に思いました。そう思うとすぐに、男は道をそれて別の道へ進みました。その道は波羅那川へと続いていました。川岸に沿って下流へ歩いていくと、しばらくして突然、一人の辟支仏（びゃくしぶつ）が川岸の木の下に結跏趺坐（けっかふざ）し、正しく念い正しく思い、身体を動かさないでいる姿を目にしました。その辟支仏は太陽の光が肌に当たり、汗を流していました。男はそれを見て思いました。「この仙人はきっと戒律を清らかに守り、正しい法を悟っているに違いない。今、日光がその身体に当たって、暑さで悩んでいるかもしれない」と。そう思った男は「私は今、この傘をその上に差し掛けて、日陰を作ってあげよう」と考えました。

「爾時，彼辟支佛知食時至，作如是念：『我食時至，宜應從此三昧而起。』時辟支佛既出三昧，即見彼人持於傘蓋覆己身上，見已為欲愍彼人故，飛騰虛空，作十八變，於虛空中，行動來去，或跪或立，或臥或坐，復出烟炎，或放火光，或時作水，涌沒隱顯，作如是等無量諸種神通示現。

> その時、その独覚（びゃくしぶつ）は食事の時間が来たことを知り、こう思いました。「食事の時間だ。この三昧から立ち上がるべきだろう。」そこで独覚は三昧から出ると、あの人が自分の上に傘をかざしているのを見ました。それを見て、その人を哀れもうと思い、虚空に飛び上がり、十八の変化を示しました。虚空の中で、行ったり来たり、歩いたり、ひざまずいたり、立ったり、横になったり、座ったり、あるいは煙や炎を吹き出し、あるいは光を放ち、あるいは水を作り出し、現れたり消えたり、隠れたり現れたりしました。このように、数えきれないほどの様々な神通力を示したのです。

「爾時彼人，即便於此那伽尸棄辟支佛邊生淨信心，合十指掌，至誠頂禮，作如是願：『願我來世，值如是聖，或勝於此；既值遇已，彼所說法，願我即能於彼法中，速疾證知，願我當來不墮惡道。』復更啟請彼辟支佛乞手奉食，而諮問言：『尊者現今住居何處？』彼辟支佛即報之言：『我住某處，我行某處。』爾時彼人，即便往詣彼辟支佛所居住處草庵之邊，至已內外灑掃泥地，除却穢草訖，而奉請彼辟支佛：『欲以四事供養供給，若有所須，我能辦具一切衣食。』如是奉彼辟支佛已，到自家中，向其父母妻子，眷屬及餘無量無邊人輩，說如前言：『我今得見如是仙人如是戒行，如是清淨，證妙法者，仁若知時，至於彼所，供養尊重。』是時彼人父母妻子，并及朋友諸知識等，聞已皆詣向那伽羅辟支佛所，以清淨心，恭敬供養。

> その時、その人は、かの那伽尸棄辟支仏のもとで清らかな信心を起こし、合掌して、心から敬礼し、こう誓願した。 「どうか私は未来の世に、このような聖なる方、またはそれ以上に勝れた方と出会えますように。その方にお会いしたなら、その方が説かれる法を、私は速やかに悟り知ることができますように。どうか私は未来に悪い道に堕ちることがありませんように。」 さらに、その辟支仏に食を捧げるよう乞い、こう尋ねた。 「尊師は、今どこにお住まいですか。また、どこをお歩きですか。」 その辟支仏は答えた。 「私は某所に住み、某所で行じている。」 その時、その人はすぐに、その辟支仏が住む草庵のもとへ向かった。そして、そこに至ると、内外を掃き清め、泥を塗り、雑草を取り除いた。その後、その辟支仏にこう請い願った。 「私は四つの事柄をもって、尊師を供養し、お世話いたします。お必要なものがございましたら、私は衣食全てを準備することができます。」 このように辟支仏に願い出た後、自分の家に帰り、父母や妻、子供たち、親族、さらには数えきれないほどの人々に、先の言葉を語った。 「私は今、このような仙人、このような戒行、このような清らかさ、妙なる法を証した方にお会いした。皆さんも、その機会を知ったならば、あの方のもとへ行き、供養し、敬い尊びなさい。」 そこで、その人の父母、妻、子供、友人や知人たちは皆、これを聞いて、かの那伽羅辟支仏のもとへ赴き、清らかな心をもって、恭敬し、供養した。

「爾時，彼人經於少時，作是善念：『在家大患，煩惱纏繞，出家大樂，解脫無為在家難辦，一向無垢亦不可得，一向無染亦不可得，乃至欲令盡一身命清淨無垢行於梵行，終不可得。我今可至彼仙人邊乞求出家。』如是念已，而彼人即往詣尸棄辟支佛所而諮白言：『善哉大仙！聽我出家。』而辟支佛不許出家。彼人再白，乃至三白：『善哉大仙！聽我出家。』

> ある時、その人はしばらくして、このような善い思いを抱きました。 「在家には大きな苦しみがあり、悩みが絡みついて離れない。一方、出家には大きな安らかさがあり、解脱して執着のない境地がある。在家のままでは、純粋で汚れのない生き方は到底できない。ましてや、一生をかけて清らかで汚れなく、貞潔な行いを全うすることなど、とうてい不可能だ。今こそ、あの仙人のもとへ行き、出家を願い出よう。」 こう思って、その人はすぐに尸棄辟支仏のもとへ赴き、こう申し出ました。 「尊い大仙よ、どうか私を出家させてください。」 しかし、辟支仏は出家を許しませんでした。その人は二度、三度と重ねて願いました。 「尊い大仙よ、どうか私を出家させてください。」

「爾時，尸棄辟支佛心愍念彼人如是三請，即告其人，作如是言：『汝善男子！汝今若欲求出家者，去此不遠有諸外道，名曰波梨婆羅闍隋言行行復行。汝於彼處，且可熏修調伏身心，而當來世，於正法中，取出家因，復乞求願，未來世有一佛出世，名曰釋迦牟尼如來，願見彼佛，我值遇已勿令失脫，於彼如來法教之中，得出家已，誓願捨離一切諸苦。』

> その時、屍棄辟支仏は、その者のために心から哀れみの念を起こし、このように三度請われたので、その者に次のように告げた。 「善き男子よ、あなたが今、出家を望むなら、ここから遠くないところに、『波梨婆羅闍』という名の外道がいる。そこで、まず心身を調え、修行を積みなさい。そして未来世において、正しい教えの中で出家する因縁を育てなさい。さらに、未来に一人の仏が現れる。その名は『釈迦牟尼如来』と言う。その仏に必ずお会いし、その機会を逃してはなりません。その如來の教えのもとで出家し、あらゆる苦しみから離れる決意を固めなさい。」

「爾時，彼人取彼伽羅辟支佛語，遵奉不違。即請彼佛盡一形壽，將諸供具而以供養彼辟支佛。

> その時、その人はガーラ独覚の教えを受け入れ、従い違わなかった。ただちにその仏を招いて生涯を尽くし、様々な供物を捧げてその独覚を供養した。

「爾時，尊者那伽羅尸棄辟支佛，乃至隨緣，住於世已，入般涅槃。而彼人等所有眷屬，一切聚集，見辟支佛入般涅槃，即便共取辟支佛身，如法供養，殯葬闍維，所謂造諸舍利之塔，塔上造作覆盆相輪，懸諸寶鈴，幡蓋香花末香燒香，燃燈續明，而用供養。

> その時、尊者ナーガラシーシ（蛇頭）辟支仏は、縁に従って世に留まり、やがて般涅槃（完全な涅槃）に入られました。そして、人々とその眷属は皆集まり、辟支仏が般涅槃に入られたのを見て、共に辟支仏の御身体を取り、法に従って供養し、葬送・荼毘に付しました。すなわち、舎利塔を造り、塔の上には覆盆（宝蓋）や相輪を置き、宝鈴を飾り、幡蓋、香花、抹香、焼香を捧げ、灯明を絶やさず灯して、これを供養したのです。

「爾時，彼人如是供養，過歷時已，即於波梨婆羅闍所法中出家。既出家已，還依彼林坐起而住，於晨朝時，數數入於波羅㮈城，乞食活命。曾經一日，入波羅㮈乞食之時，於一方面，見婦女屍，為重病死，身欲青色爛壞，蛆蟲穿穴遍唼，見已近立，熟視熟觀，於其內心，生不淨想，捨之而去。如是繫念身體不淨，憶念不捨，數數復念，成就勤劬，得四禪心，復更重發如是之願：『願未來世，值釋迦佛出現於世。

> 時に、その人はこのような供養を行い、時を経て、バラモン教の道に入って出家しました。出家した後も、以前と同じようにその林に座ったり立ったりして滞在し、毎朝、常にバラナシの都に入って托鉢し、命を支えていました。ある日、バラナシに入って托鉢していると、一方で女性の死体を見ました。重い病で亡くなり、体は青く変色し腐敗し、蛆虫が穴を開けて這い回り、あちこちを食い荒らしていました。それを見て、近くに立ち、じっくりと熟視し、心の中に不浄の想いが生じ、それを捨てて去りました。このように、身体の不浄を心に留め、憶念して離さず、何度も繰り返し念じ、勤め励むことを成し遂げ、第四禅の心を得ました。そして再び、このような願いを起こしました。「未来の世において、釈迦仏がこの世に現れる時に遭えますように」と。

「『爾時我願令得滿足。值遇之日，願彼佛邊，童子出家，修行梵行。彼佛世尊，所說之法，願我聞已，速能證知。』而其彼人，隨多少時，住於世已，遂便命終。命終之後，生梵天宮。然其彼人，從天上下，復生人間，如是次第，經歷劫數，最後有身，還來生此波羅㮈城最大巨富長者之家，而其長者，多有錢財資產服玩，乃至所須無有乏少。」

> 「その時、私は願いが満たされるでしょう。幸運にも出会った日、あの仏のもとで、童子として出家し、清らかな修行に励みます。あの世尊が説かれる教えを聞いて、速やかに悟りを得ることができますように。」 そうしてその人は、しばらくの間この世に留まった後、ついに命を終えました。命を終えた後、梵天の宮殿に生まれました。そしてその人は、天から下って再び人間に生まれ、このように次々に長い劫の時を経て、最後の身となる時に、再びこのバラーナシーの町の、最も裕福で大変な長者の家に生まれました。その長者は、多くの財宝や財産、衣服や装飾品などを所有しており、生活に必要なものは何一つ欠けることがありませんでした。

爾時，世尊復更重告諸比丘言：「更有因緣，我當具說。憶念往昔，還在此處波羅㮈城，有迦尸國，其王名曰𭈢居祁反𠼝尸隋言損瘦王。彼𭈢𠼝尸，於迦葉佛般涅槃後，收取舍利，起七寶塔，所謂金銀頗梨、琉璃馬瑙、珊瑚虎魄等寶，內於塔裏，其外別更以石壘之寶塔，去地高一由旬，廣半由旬。

> その時、世尊は再び比丘たちに告げられた。「さらに別の因縁があるので、これをお前に詳しく語ろう。昔を思い返すと、この同じ場所、すなわちバラナシの都に、カーシー国という国があった。その国の王はガラシ王（痩せ衰えた者という意味）という名であった。かのガラシ王は、カッサパ仏が涅槃に入られた後、仏舎利を集めて七宝の塔を建てた。すなわち、金・銀・水晶・瑠璃・瑪瑙・珊瑚・琥珀などの宝を塔の内部に納め、その外側をさらに石で積み上げて造った宝塔は、地面からの高さが一由旬、幅は半由旬もあった。

「爾時彼國𭈢𠼝尸王所起塔，名陀奢婆梨伽隋言十相，其塔相輪，第一覆盆𭈢梨王作，第二覆盆王大妃作，第三覆盆王長子作，第四覆盆是王女名摩梨尼隋言小鬘作，第五覆盆𭈢梨尸王第二兒作，第六覆盆𭈢𠼝尸王第三兒作，第七覆盆𭈢梨尸王第四兒作。汝等比丘當知！爾時，彼𭈢梨尸王第三兒，為迦葉佛、阿羅呵、三藐三佛陀舍利塔上其第六層造覆盆者，今耶輸陀比丘是也。」

> 当時、その国に王の「ウッリシ王」が建立した塔がありました。その名を「陀奢婆梨伽<note>十相（とそう）という意味</note>といいます。この塔の相輪について、一番上の覆鉢（ふくはち）はウッリシ王が作り、二番目の覆鉢は王大妃が作り、三番目の覆鉢は王の長子が作り、四番目の覆鉢は王の娘である摩梨尼<note>小さな花鬘（けまん）という意味</note>が作り、五番目の覆鉢はウッリシ王の第二王子が作り、六番目の覆鉢はウッリシ王の第三王子が作り、七番目の覆鉢はウッリシ王の第四王子が作りました。 「比丘たちよ、よく聞きなさい。その昔、ウッリシ王の第三王子が、迦葉仏（かしょうぶつ）・阿羅呵（あらかん）・三藐三仏陀（さんみゃくさんぶつだ）の舎利塔（しゃりとう）の第六層に覆鉢を造った者こそ、現在の耶輸陀比丘（やすだびく）なのです。」

復告比丘：「又彼過去伽羅尸棄辟支佛邊，手執傘蓋作蔭人者，還是即今此耶輸陀比丘身是。其耶輸陀，以手執傘，辟支佛上為作蔭涼，迦葉如來舍利塔上覆盆莊嚴相輪光顯，彼等業緣果報熟故，初生之時，頭上自然有寶傘蓋。

> また比丘たちに告げた。「その昔、伽羅尸棄辟支仏のもとで、手に傘蓋を持って蔭を作った者は、まさに今ここにいる耶輸陀比丘その人である。その耶輸陀が、手に傘を持って辟支仏の上に蔭を作り涼をもたらし、さらに迦葉如来の舎利塔の上で覆盆を飾り、相輪を輝かせて顕かにした。それらの業と縁の果報が熟したがゆえに、生まれたときから頭の上に自然と宝の傘蓋があったのである。」

「又復，往昔為那伽羅辟支佛身，造於草庵，將雜資財，詣彼尸棄辟支佛所，并及種種衣服飲食，供養因緣。彼果報故，今得具足長者家生，於盛年中，然其父母，為造三堂，受於種種自在福報。

> また、昔、那伽羅辟支仏（ナーガラ・プラティエーカブッダ）という方のために、草の庵（いおり）を建てました。そして様々な財産や、多くの衣服や食べ物を、尸棄辟支仏（シキ・プラティエーカブッダ）のもとにお持ちし、供養しました。その行い（果報）によって、今、このように十分な福徳を備えた長者の家に生まれ、若くして父母のため三つの堂を建て、様々な思うままの福報を受けています。

「又復，往昔曾於林見死婦女屍，生不淨想，念念相續，藉彼繫心善業果報。今世在家，於諸婇女身體之中，生塜墓想。

> また、昔々、林の中で死んだ女の屍を見て、不浄の想いを起こし、その想いが絶え間なく続き、その心を縛る善い行いの果報によって、今この世で家にいながら、多くの美しい女たちの身体に対して、墓場の想いを起こすのです。

「又復，往昔於彼尸棄辟支佛所，發於誓願：『願我來世，生生莫墮諸惡道』者，以是善緣果報力故，在在處處，不經惡趣，從天生人，從人生天，受樂果報。又復，往昔於彼尸棄辟支佛所發是誓願：『願我來世，值遇如是大仙尊者，或勝此遇，若彼世尊，有所言說，微密法要，願我一切悉能聞持，聞已速疾皆得知證。』藉彼福力果報因緣，值遇於我最勝世尊。復得於我說教法中，出家得成漏盡羅漢。

> また、かつて尸棄辟支仏のもとで誓願を立てました。 「どうか私は、来世において、どの生まれ変わりの際にも、決して悪い境界に堕ちることがありませんように」 この善い行いの結果と、その果報の力によって、生まれるところどこでも悪い境遇を経ることなく、天の世界から人として生まれ、人として生まれてから天の世界へと昇り、幸せな結果を受けました。 さらに、かつて尸棄辟支仏のもとで、このような誓願も立てました。 「どうか私は、来世において、このような尊い大仙の師、またはそれ以上の尊師に出会えますように。また、もしその世尊が、奥深く秘密の教えをお説きになられたならば、どうか私はそのすべてを聞いて覚え、聞いた後には速やかに悟りを得ることができますように」 その善い行いの力と果報の因縁により、私は最も勝れた世尊であるあなたに出会うことができました。そして、あなたがお説きになった教えのもとで出家し、煩悩を尽くした阿羅漢となることができたのです。

「又復，往昔於彼尸棄辟支佛所，初始聞時，心生歡喜，生歡喜已，即時傳向其家，父母妻子六親并餘眷屬，說那伽羅大仙尸棄辟支佛有種種功德，稱揚讚歎。彼諸眷屬從其聞已，倍生信敬殷重之心，歡喜踊躍，即共相率，備辦種種供養之具，往彼禮拜，奉設供養，四事充足。藉彼善業福報因緣，至於今世，其耶輸陀長老比丘，父母妻妾及諸眷屬，於我法中，皆得聖法。又復長老耶輸陀，有在家知識，及彼婆羅瞿摩河岸久時所住五百比丘，皆悉證成阿羅漢果。此等彼時遇辟支佛，並各同願，齊心共發如是大誓，仙聖人邊植諸善業，得是果報。」

> また、昔、尸棄辟支仏のもとで初めてその教えを聞いたとき、私は心に喜びを生じました。その喜びが生じるとすぐに、私は家に帰り、父母や妻、子、そして六親、その他すべての親族に、那伽羅大仙と尸棄辟支仏の様々な功徳を伝え、称賛しました。その親族たちは私の話を聞いてから、さらに深い信敬と殷重の心を抱き、喜び勇んで、共に連れ立って様々な供養の品々を整えました。そして、辟支仏のもとを訪れて礼拝し、四つの事柄（衣服、飲食、寝具、薬）を十分に備えて供養しました。 その善業と福報の因縁によって、今世において、耶輸陀長老比丘の父母や妻、そしてその眷属たちは、私の教えにおいてすべて聖なる法を得ることができました。 また、長老耶輸陀には在家の知友がおり、また、婆羅瞿摩河の岸辺に長く住んでいた五百人の比丘たちも、皆、阿羅漢果を証得しました。これらの人々は、その昔、辟支仏に出会い、それぞれ同じ願いを立て、心を一つにしてこのような大誓を発し、聖仙人のもとで様々な善業を積んだ結果、このような果報を得たのです。

爾時，世尊而說偈言：

> その時、世尊は偈を説かれました。

「如是供養諸聖真， 得於無量大果報，佛及尸棄辟支覺， 并諸羅漢漏盡人。或復供養十力尊， 無畏具足諸相滿，大慈大悲諸正智， 能得果報無有窮。供養諸佛緣覺田， 及諸聲聞解脫眾，現在人天受果報， 後得寂滅大涅槃。

> このように聖なる真実を供養すれば、 限りない大きな果報が得られます。 仏陀、尸棄仏、独覚、 そして全ての煩悩を滅した阿羅漢たち。 あるいは、十の力を備えた尊い方、 あらゆる恐れなく、全ての相を備えた方、 大いなる慈しみと、正しい智慧を持つ方を供養すれば、 その果報は尽きることがありません。 諸仏や独覚という福田、 そして声聞・解脱した人々を供養すれば、 現世で人天の果報を受け、 後には静かな大涅槃を得るのです。

## 佛本行集經卷第三十六

> 仏本行集経 巻第三十六