---
title: "佛本行集經 · 40 富樓那出家品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmczlrh4h10opjj048rpsxaun"
---

## 佛本行集經卷第三十七

> 『仏本行集経』 巻第三十七

隋天竺三藏闍那崛多譯

> 隋の天竺三蔵僧侶、闍那崛多訳

### 富樓那出家品第四十

> 第四十章 富楼那の出家

「爾時憍薩羅聚落，去迦毘羅婆蘇都城邑其間不遠，有一村陌，彼村有一大婆羅門，為淨飯王作於國師，其家巨富，多饒財寶，乃至屋宅，猶如北方毘沙門天宮殿無異。彼婆羅門，有於一子，名富樓那彌多羅尼子隋言滿足慈者，極大端正，可喜少雙，為諸眾人之所樂覩。巧智聰慧，細意細心，能誦一切韋陀論徹，既自解已，復能教他。具解三種韋陀舊解尼乾陀論，𭈢輈婆論，解破字論，又能宣說往昔諸事五明之論，一句半句，一偈半偈，皆能分別，亦復通解受記之論，於世辯中，悉皆具解六十種事，有大人相。

> その昔、コーサラ国の一村落が、カピラヴァストゥの都からほど近い場所にありました。その村には一人の偉大なバラモンが住んでおり、シュッドーダナ王の国師を務めていました。彼の家は莫大な富に恵まれ、財宝を豊かに蓄え、その邸宅はまるで北方の毘沙門天の宮殿のように荘厳でした。 そのバラモンには一人の息子がおり、その名をプンナ・マイトレーヤニープトラと言いました。彼は非常に端正な顔立ちで、比類なき愛らしさを持ち、多くの人々に喜ばれ、一目置かれる存在でした。また、賢く聡明で、細やかな心配りと深い思慮を備え、あらゆるヴェーダの奥義を全て読み解き、自ら悟った後には他者にも教え導くことができました。彼は三種のヴェーダの伝統的な解釈、ニガンダ論、ユージャ論、字解釈論を完全に理解し、さらに過去の諸々の出来事を説く五明の論にも精通していました。一文、半文、一偈、半偈に至るまで、それぞれを的確に解釈し、また未来を予言する授記の論も深く理解し、世間の議論においては六十種の事柄を全て網羅する能力を持ち、偉大な人の相を備えていました。

「淨飯大王悉達太子當生之日，其彌多羅尼子亦共同時而生。彼人本性，厭離世間，志求解脫，於煩惱中，恒有驚怖，心常寂定。往昔已曾見諸佛來，彼諸佛邊，種諸善根，作多福業，薰習其心，志涅槃門，不樂煩惱。於一切有諸生死內，皆悉遠離，已作於行，諸纏壞爛，取因為力，至成熟地，到聖法故。時富樓那，獨坐思惟：『我父既為輸頭檀王而作國師，須多經營，備多種技，處王法中，代王斷事。又復其兒悉達太子，決定與彼輸頭檀王一種無異，應當必作轉輪聖王。我父若無，我身決定與彼悉達轉輪聖王而作國師。我父既為小王國師，今以如是無暫閑時，況復欲作轉輪聖王大國之師，普於國內，辨事有閑，終無是處。我今預前，當作何事？當作何計？我今唯有捨家出家。』

> 浄飯王の王子・悉達太子がお生まれになられたその日、弥多羅尼子もまた同じ時に生まれました。その人の本性は、世の中を厭い離れ、解脱を志し、煩悩の中にあっても常に恐れを抱き、心は常に静かに定まっていました。過去すでに諸仏にお会いしたことがあり、その諸仏のもとで様々な善根を植え、多くの福徳の業を積み、その心を熏習し、涅槃の門を志して、煩悩を好みませんでした。あらゆる「有」や生死の内側からすべて遠く離れ、すでに行を成し、諸々の煩悩の束縛は朽ち果て、「因」を力として取り、成熟の地に至り、聖法に達していました。その時、富楼那は独り座って考えました。「私の父は、輸頭檀王の国師を務めているため、多くのことに当たり、様々な技を備え、王の法の中にあって、王に代わって事を裁いている。また、その王子・悉達太子は、必ずや輸頭檀王と同じようになり、転輪聖王となるはずだ。父がいなければ、私は必ず悉達転輪聖王の国師となるだろう。父はすでに小王の国師であるが、今このように暫くも暇がない。ましてや、転輪聖王という大王の国師となり、国中で万事を取り仕切り、暇があるなどということは、決してあり得ない。私は今、前もって何をなすべきか？ 何を計るべきか？ 私は今、ただ家を捨てて出家するのみだ。」

「時富樓那如是念已，當菩薩夜出家之時，夜半默然，不諮父母，共其朋友，足三十人，從家而出，逕往至於波梨婆遮迦法之中，請乞出家，居在雪山，苦行求道。彼等諸人，勇猛精進，不暫休息，其三十人，一時成就，獲得四禪并及五通。

> そのとき、富楼那（ふるな）はこう思いめぐらしました。菩薩が夜に出家された時、真夜中にひっそりと、父母に相談せず、その友人たちと共に三十人で家を出て、そのまま波梨婆遮迦（はりばしゃか）の教えのもとへ向かい、出家を願い出ました。そして雪山（せつせん）に留まり、苦行を積んで道を求めました。彼ら三十人は、勇猛に精進し、少しの休みもなく励んだ結果、同時に悟りを開き、四禅（しぜん）と五通（ごつう）を獲得しました。

「時富樓那苦行仙人，自思惟言：『我今應可內自觀察悉達太子受聖王位時節至未？』而富樓那以天眼觀，覩見世尊在波羅㮈鹿野苑中，證得無上阿耨多羅三藐三菩提，已轉無上微妙法輪，為諸天人分別說法。見已即至諸朋友邊而告之言：『汝等今可生歡喜心作大踊躍，今彼悉達大聖太子出家，已證無上菩提，證菩提已，已轉無上清淨法輪。世尊今日，現在於彼波羅㮈城鹿野苑內，為諸天人說法開示，汝等今可共我相隨至於彼邊行於梵行。』是時，彼等諸朋友輩，歡喜報言：『仁語善也，我等順從。』

> そこで苦行仙人の富樓那は心の中で考えた。 「今こそ、私は自分の内を観察して、悉達太子が聖王の位に就く時節が到来したかどうかを確かめるべきだろう。」 そして富樓那は天眼で観て、世尊が波羅㮈の鹿野苑において、無上の阿耨多羅三藐三菩提を証得されたこと、そしてすでに無上の微妙な法輪を転じ、諸々の天人のために説法をなされているのを見た。 それを見た後、すぐに彼は友人たちのもとへ行き、こう告げた。 「あなたがたは今、喜びの心を起こし、大いに踊り楽しむべきです。あの悉達大聖太子が出家なされ、すでに無上の菩提を証得されました。菩提を証得された後、すでに無上の清らかな法輪を転じられました。世尊は今日、あの波羅㮈城の鹿野苑において、諸々の天人に説法し、教えを開き示しておられます。あなたがたは今、私と共に、かの地へ赴き、梵行を行じましょう。」 その時、彼らの友人たちは喜んで答えた。 「あなたのお言葉は善いものです。私たちも従いましょう。」

「時，富樓那苦行仙人，舉身即共三十朋友，從雪山下，飛昇而行猶如鴈王騰於虛空，至波羅㮈鹿野苑下，往詣佛邊。到佛所已，頂禮佛足，以兩手執世尊之足摩挲頂戴，舉頭以口嗚如來足，起在佛前胡跪，以偈讚歎佛言：

> その時、苦行仙人である富樓那は、三十人の仲間と共に、雪山の麓から飛び立ちました。まるで群れの王である雁が虚空を舞うように飛翔し、波羅奈の鹿野苑に降り立ちました。そして仏のもとへ向かいました。仏のもとに到着すると、仏の足に頭を下げて礼拝し、両手で世尊の足を握り、さすりながら頭の上に戴きました。顔を上げて、口で如来の足に接吻し、立ち上がって仏の前で片膝をつき、偈頌をもって仏を讃嘆しました。 「敬って世尊に申し上げます。あなた様は智慧の眼を開き、一切の苦しみから解脱されました。私たちは深く教えを仰ぎたいと願います。どうか慈悲の心をもって、私たちに真理の道を示してください。」

「『昔在兜率陀天上， 正念化作白象形，託身欲入摩耶胎， 來至釋種家作子。如妙蓮花不著水， 在於母胎不污身，彼母受樂無量歡， 不貪五慾唯樂法。唯行善行捨諸惡， 觀尊在胎如鑄金，歡喜踊躍不知厭， 看不知足更復覩。尊在胎內常說法， 諸天人起慈悲心，皆悉歡喜飲法膏。 世尊初生發妙語，我脫眾生生死苦， 右脇出已七步行，無畏猶如師子王， 我是如來終滅苦。世尊初生浴池水， 水不冷煖彌岸平，浴訖塗香莊嚴身， 空中自然蓋拂現，世間希有見此事， 是故我等頂禮尊。』

> 「昔、兜率天にありしとき、 正しく念じて白象となり、 身を託して摩耶の胎に入り、 釈迦の家に来たりて子となれり。 妙なる蓮華の水に染まらぬごとく、 母の胎内にありて身を汚さず、 その母は限りなき楽しみを受け、 五つの欲に執着せず、ただ法を喜べり。 ただ善行を行い、諸々の悪を捨て、 尊の胎内にいますのを、金を鋳るがごとく観れば、 喜び躍り上がり、飽くことを知らず、 見ても足りず、さらにまた見る。 尊は胎内にありて常に法を説き、 諸天の人々は慈悲の心を起こし、 皆ことごとく喜びて、法の膏を飲めり。 世尊、初めて生まれしとき、妙なる言葉を発し、 「我、衆生の生死の苦しみを脱す」と。 右の脇より出でて七歩歩み、 獅子王のごとく畏れず、 我は如来にして、ついに苦を滅す。 世尊、初めて生まれしとき、浴池の水は、 冷たくも熱くもなく、岸まで満ちて平らなり。 浴み終わりて塗香を施し身を飾れば、 虚空より自然に蓋と払子と現れ、 世に稀なるこの事を見て、 ゆえに我等は尊を敬い礼す。」

「說是偈已，富樓那等若干仙人，舉聲從佛，乞求出家，如是白言：『唯願世尊！哀愍我等！我等心願，欲得出家，慈悲怜故，度脫我等。』

> この偈を説き終えると、富楼那ら多くの仙人たちが声を上げて仏に従い、出家を願い出て、このように申し上げました。 「どうか世尊よ、私たちを哀れんでください。私たちは心から出家したいと願っています。慈悲深きお方よ、どうか私たちを救い導いてください。」

「爾時，佛告富樓那言：『汝富樓那！今可速起，當隨汝意，我與汝等，從心所願。』時富樓那得如來聽其出家已，乞受具足，及其朋友二十九人。彼長老輩，既得出家受具戒竟，未久之間，各各用心，獨臥獨行，獨坐獨立，勇猛精進，行坐空閑阿蘭若處，各各別行用心謹慎，不曾放逸，恒住空閑，時節不久。若善男子，求大利故，正心正信，捨家出家，為欲求於無上梵行，已盡慾邊，見諸法相，欲修諸通，即證彼法，已斷諸生，得梵行報，所作已訖，不受後有。彼等一切，諸長老輩，既證知已，悉成羅漢，以心善得一切解脫，皆成大德，一切皆悉能作大事，利益眾生。

> その時、仏は富楼那に告げられた。 「富楼那よ、今すぐ立ちなさい。汝の望みのままに、私はあなたたちに、心のままに叶えることを許そう。」 そこで富楼那は、如来の許しを得て出家し、具足戒を受けることを願い出た。そして彼とその二十九人の友人も同様に願った。 この長老たちは、出家して具足戒を受けてから間もなく、それぞれ心を込めて、独りで臥し、独りで歩み、独りで座り、独りで立ち、勇猛に精進した。彼らは閑静な林間（阿蘭若）の地で、それぞれが心を集中し、注意深く過ごし、決して放逸にならず、常に静かな場所にいた。そうして時を経ずして、善男子たちは大きな利益を求めて、正しい心と正しい信を持ち、家を捨てて出家したのである。彼らは無上の清らかな行い（梵行）を求め、欲の限りを尽くし、諸々の法の姿を見極め、あらゆる通達を修めようとして、まさにその法を体得した。すでに生の繰り返しを断ち切り、清らかな行いの果報を得て、なすべきことを成し遂げ、後の世に再び生まれることはなかった。 これらの長老たちはすべて、それを証得して、ことごとく阿羅漢となった。心によって善くすべての解脱を得て、皆、大いなる徳を備え、一切が大きな働きをなすことができ、衆生を利益したのである。

「爾時，世尊告諸比丘，作如是言：『汝等當知！說法人中最第一者，即此富樓那彌多羅尼子是也。』而有偈說：

> その時、世尊は比丘たちにこう告げられた。「あなたたちは知るべきである。説法者の中で最も優れているのは、この富楼那弥多羅尼子（プンナ・マントラーニープトラ）である。」そして、次のような偈（うた）が語られた。

「『世尊在於波羅㮈， 微妙語告諸眾言，此是滿足真比丘， 說法人中最第一。』

> 「世尊はポロナイ（波羅㮈）の地におられ、 やさしい言葉で多くの人々に向けてお告げになりました。 『これこそ、満ち足りた真の修行者であり、 説法する人々の中で最も優れた者である。』と。」

「爾時，世間一切合成九十一阿羅漢，謂佛世尊，并五比丘，長老耶輸陀，及耶輸陀波羅㮈國同時所生有四朋友最勝長者，勝中復勝諸善男子，謂毘摩羅、善臂、滿足并及牛主；又耶輸陀，在家估客，行賈商人，五十朋友；次善男子長老富樓那彌多羅尼子，并及知舊二十九人。

> その時、この世には全部で九十一人の阿羅漢が集まりました。それは、仏世尊と五人の比丘、長老の耶輸陀（ヤショーダー）、そして耶輸陀と共にバラナシの国で同時に生まれた四人の友達（最上の長者であり、勝者の中の勝者である善男子たち）、すなわち毘摩羅（ビマラ）、善臂（ゼンピ）、満足（マンゾク）、そして牛主（ゴシュ）です。また、耶輸陀と共にいた在家の商人たち、すなわち商売をする五十人の友達。次に、善男子であり長老の富樓那彌多羅尼子（プンナ・マンターニープトラ）と、その知り合いの二十九人がいます。