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title: "佛本行集經 · 53 尸棄佛本生地品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
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## 佛本行集經卷第五十

> 『仏本行集経』 巻第五十

隋天竺三藏闍那崛多譯

> 隋の天竺三蔵僧侶、闍那崛多訳

### 說法儀式品下

> 説法の儀式 下

爾時，諸比丘作如是念：「如來已許聽我等輩五日五日聚集大會，應當讚說諸佛功德，乃至讚歎說六神通諸功德等。」彼諸比丘，五日五日遂即集聚，同發一聲讚佛功德，乃至讚說六神通等功德之事。於時諸人各來聽法，是時即有談論毀呰，作如是言：「我等諸師，云何同出一音說法？譬如初學諸童子輩，合聲唱讀，無有異也。」時，諸比丘聞此諸人毀呰道說，來詣佛所，白如上事。

> その時、比丘たちはこう考えました。「世尊はすでに、五日ごとに集まって大法会を行うことを許してくださっている。その席では、諸仏の功徳を称え、六神通などの功徳についても讃嘆すべきである。」そこで比丘たちは、五日ごとに集まり、声をそろえて仏の功徳を称え、六神通などの功徳についても讃嘆しました。 すると、人々が法を聞きに集まってきましたが、その中で非難する声が上がり、次のように言われました。「あなたがたの師たちは、なぜ皆同じ声で説法をするのか。それはまるで、学び始めた子供たちが一斉に声を合わせて読誦するのと変わらないではないか。」 この非難の言葉を聞いた比丘たちは、仏のもとへ行き、以上のことを申し上げました。

爾時，世尊告諸比丘，作如是言：「汝諸比丘！從今已去，制諸弟子，不得同聲讚說法義，唯請辯才堪說法者。」

> その時、世尊は比丘たちにこう告げられました。「比丘たちよ、今より後、弟子たちに命じる。声を揃えて法の教えを称えてはならない。ただ、説法にふさわしい弁才を持つ者のみが、これを許される。」

爾時，諸比丘或復請彼諸根闇鈍及缺漏者，不具諸戒而演說法，乃至眾人更復毀呰，種種道說，情不喜樂，而口唱言：「是諸師輩，尚作如是，況非師者？」時，諸比丘聞是事已，具往白佛。爾時，佛告諸比丘言：「汝諸比丘！我從今日，制諸弟子，不得請於諸根闇鈍及以缺漏戒不具者而說其法。從今已後，若請說法，應請妙行具足之人，於諸眾內勝行成就。」乃至佛復唱其制言：「應當簡擇辯才知法，次第舊解阿含經等，請令說法，乃至眾中多解阿含。」佛復告彼諸比丘言：「非但唯解阿含經者須請說法，復解修多羅及解摩登伽者，應請是人為眾說法。若大眾中，有諸比丘，解修多羅及解毘尼、解摩登伽，又於是中應當選擇文字分明具足辯才。又於眾中，現在比丘，多解文字，分明辯才，悉具足者，我今當聽是等比丘，得從下座次第差遣為眾說法。若一乏者，更請第二，第二疲乏，應請第三，第三疲乏，應請第四，第四疲乏，應請第五，乃至若干堪說法者，次第應請為眾說法。有諸比丘，或在露地說法之時，或寒或熱，我許造堂，堂下說法。若雖有堂露無四壁，風吹塵草，污諸比丘，我今當聽起四壁障遮諸塵草。時，諸比丘在說法堂，若地不平，應以種種若麻若草，泥塗其地使令淨好。」

> ある時、比丘たちの中には、感覚が鈍く、能力が欠け、戒律も守れていない者たちに教えを請う者もいました。人々はこれを非難し、様々な言葉で「師と仰ぐ者でさえこれほどなのに、師でない者はなおさらだ」と嘲り、喜ばない様子でした。これを聞いた比丘たちは、仏のもとへ行き、そのことを告げました。 そこで仏は比丘たちに告げられました。「比丘たちよ、私は今日から、弟子たちに命じる。感覚が鈍く、能力が欠け、戒律を備えていない者に教えを請うてはならない。今後、教えを請うならば、優れた行いを備え、人々の中で勝れた行いを成就した者を請うべきである。」 さらに仏は、戒めを唱えられました。「よく選び、弁才と法を知り、順序立てて古い解釈を持つ『阿含経』などを説くことのできる者を、教えを請うて説法させよ。そして、大衆の中には『阿含経』に詳しい者が多くいる。」 また仏は比丘たちに告げられました。「『阿含経』に詳しい者だけでなく、『修多羅』や『摩登伽』に詳しい者も、説法を請うべきである。大衆の中に、『修多羅』や『毘尼』、『摩登伽』に詳しい比丘がいるならば、その中から文字を明確に分明し、弁才を完全に備えた者を選ぶべきである。そして、大衆の中に、今現在いる比丘たちの中に、多くの文字を解し、明確な弁才を完全に備えた者がいるならば、私はこのような比丘たちが、下座から順に割り当てられて大衆のために説法することを許す。 もし一人が不足すれば、次に第二の者を請うべきである。第二が疲れたならば第三を、第三が疲れたならば第四を、第四が疲れたならば第五を請うべし。このように、説法できる者がいる限り、順に大衆のために説法するよう請うべきである。 比丘たちの中には、露地で説法する者もおり、寒さや暑さを感じている。私は堂を建て、その堂の下で説法することを許す。もし堂があっても四方に壁がなく、風が塵や草を吹き込んで比丘たちを汚すならば、私は四方に壁を立てて塵や草を防ぐことを許す。その時、比丘たちは説法堂にいるが、もし地面が平らでなければ、麻や草など様々なものを用いて、泥土を塗って地面を清らかに整えさせよ。」

爾時，諸比丘起說法堂泥地已訖，在說法堂，誦習經行，以塵污足；聽許比丘，應須洗足。是時比丘，數數洗足，脚足痛故，乃至佛告諸比丘言：「應以香湯灑地，滅去塵埃。」滅塵埃已，其地亦乾，還污其脚，乃至佛復告諸比丘：「我當聽許，牛糞香水，以塗堂地。」於時水乾，牛糞散壞，還復污足。佛復告諸比丘：「應取軟草，或復麻等，以敷地上。」爾時眾人，見彼法師辯才具足能演說法，即持香花而散其上。時，諸比丘不受其法，而生厭離。何以故？以佛斷故，出家之人，不得將持塗香末香及諸香鬘。時諸人輩，聞見此事，毀呰說言：「是等比丘，如是供養，尚不堪受，況復勝者？」時，諸比丘以如是事，具往白佛。爾時，佛告諸比丘言：「汝諸比丘！若其有諸白衣檀越，以歡喜心，以吉祥故，持種種香花塗香末香及諸華鬘，散法師上者，應當受之。」是時白衣諸檀越等，遂將種種資財寶物，及袈裟等供養法師。是諸比丘，恐懼慚愧，不受彼物。世諸人輩，毀呰談說：「是輩沙門，諸釋子等，若干輕物，尚不堪受，況復勝者？」

> こうして比丘たちは説法堂の地面に泥を塗り終え、説法堂で経を読み、歩行しながら修行していたため、足が埃で汚れていました。そこで比丘たちが足を洗うことを認められましたが、何度も足を洗ううちに足が痛くなってしまいました。そのことを仏に告げると、仏はこうおっしゃいました。「香りのある湯を地面に撒いて、埃を除けばよい。」埃は除かれましたが、地面が乾いて再び足が汚れてしまいました。そこで仏は再びおっしゃいました。「牛糞と香水で堂の地面を塗ることを許そう。」ところが水が乾くと牛糞が崩れて、また足が汚れてしまいました。すると仏は再び比丘たちに告げました。「柔らかい草や麻などを取って、地面に敷くがよい。」 その時、人々はその説法者が弁舌に優れ、見事に説法するのを見て、香りや花をその上に撒きました。しかし比丘たちはその供養を受け入れず、むしろ嫌悪しました。なぜなら、仏が禁じていたからです。出家者は塗り香、末香、花鬘（花の飾り）を用いてはならないと。人々はこのことを聞き、非難して言いました。「これらの比丘たちは、このような供養さえ受け入れられないのか。ましてやそれ以上のものはなおさらだ。」 比丘たちはこのことを詳しく仏に報告しました。そこで仏は比丘たちに告げました。「比丘たちよ。もし在家の信者たちが、喜びの心から、吉祥のしるしとして種々の香りや花、塗り香、末香、花鬘を説法者に撒くならば、それを受け取りなさい。」 その後、在家の信者たちは種々の財産や宝物、袈裟などを持って説法者に供養しました。しかし比丘たちは恐れと恥ずかしさからそれらを受け取りませんでした。世の人々はこれを非難して言いました。「この沙門たち、釈迦の弟子たちは、わずかなものさえ受け取れないのか。ましてや十分なものはなおさらだ。」

爾時，諸比丘聞是事已，具往白佛。爾時，佛告諸比丘言：「汝諸比丘！若有俗人，持諸財物，及袈裟等，奉施法師，為歡喜故，我許捨施；若有須者，聽其受取；若不須者，我許送還。」

> その時、比丘たちはこのことを聞いて、すべて仏のもとへ行き、詳しく報告しました。 そこで、仏は比丘たちに告げられました。 「比丘たちよ。もし在家の者が、様々な財物や袈裟などを喜びの気持ちから法師に差し出すなら、わたしはそれを施すことを許す。 必要な者がいれば受け取ることを許す。もし必要としないなら、返すことを許す。」

爾時，諸比丘於說法時，取大部黨闇誦者多，或復一月不能得竟，止欲休罷，恐怖慚愧，止欲誦徹，身心疲殆。時，諸比丘具白上事。爾時，佛告諸比丘言：「為眾說法，應當知時。」

> その時、修行者たちは説法の際に、大部の教えを暗唱する者が多く、ある者は一か月かかっても終えられず、休もうとすれば恐れや恥の思いが湧き、最後まで唱え尽くそうとすれば心身共に疲れ果ててしまいました。そこで修行者たちはこの事情を詳しく仏に告げました。すると仏は修行者たちにこうおっしゃいました。「大衆に説法する際は、時機をわきまえるべきである。」

爾時，諸比丘說法之時，以微妙音，演說法義。時有比丘，恐怖慚愧，具白世尊。爾時，佛告諸比丘言：「我今聽許，以微妙音而演說法。」於時比丘，取諸經中要略義味，而為他說，不依次第。於時比丘，慚愧恐怖，慮違經律，具以白佛。於時佛告諸比丘言：「我許隨便於諸經中擇取要義，安比文句為人說法，但取中義，莫壞經本。」於是法師說法之時，大眾集會其聲不顯，不能令眾愛樂歡喜。時，諸比丘具白世尊，佛告諸比丘：「我今已許，於大眾中，敷設高座，應請法師，昇座說法，令眾悉聞。」又時聚會，其眾更大，說法諸師聲猶不徹。時，諸比丘復往白佛。爾時，世尊告諸比丘：「當須更倍敷設高座，使說法者昇是座上。」爾時大眾，倍更增多，聲猶不徹。時，諸比丘復往白佛。佛言：「我已聽許，比丘或立或行，隨便說法。」時諸比丘集一堂內，有二比丘，演說經法，是故相妨，即造二堂；二堂之內，各別說法，猶故相妨，此堂之內，將引比丘往詣彼堂，彼堂之處，有諸比丘，迭相誘接，令詣此堂往來交雜，遂乃亂眾，人或去來法事斷絕；或有比丘，於此法門，不憙聞說。時，諸比丘具以白佛。佛告諸比丘：「自今已去，不得一堂二人說法，亦復不得二堂相近使聲相接，以相妨礙，亦復不得彼詣此眾此詣彼眾，亦復不得增惡法門，不喜聞說，若憎惡者，須如法治之。」

> ある時、比丘たちが説法をする際に、美しい声で法の意味を説いていました。するとある比丘が恐れと恥じらいの気持ちを抱き、そのことを世尊に詳しく告げました。そこで仏は比丘たちに告げられました。「私は今、美しい声で法を説くことを許そう。」その後、比丘たちは経典の中から重要な意味や要点を取り出して、順序を無視して他人に説きました。ある比丘は恥じ入り恐れ、経や律に反することを心配して、そのことを仏に詳しく申し上げました。そこで仏は比丘たちに告げられました。「私は諸々の経典の中から随意に要義を選び取り、文章の順序を整えて人のために説法することを許そう。ただし、中核の意味を取るようにし、経典の原本を損なってはならない。」さて、法師が説法をする時、大勢の衆が集まってもその声がはっきりと届かず、大衆を喜ばせ楽しませることができませんでした。そこで比丘たちはそのことを世尊に詳しく告げると、仏は比丘たちに告げられました。「私は既に、大衆の中で高座を設け、法師を請じてその高座に上らせて説法させ、大衆に皆が聞こえるようにすることを許そう。」さらに後に、集会は一層大きくなり、説法する師たちの声は依然として皆に届きませんでした。そこで比丘たちは再び仏のもとへ行き告げました。その時、世尊は比丘たちに告げられました。「高座をさらに倍の大きさに設け、説法する者をその高座に上らせるべきである。」そして更に大衆は倍以上に増え、それでも声は届きませんでした。比丘たちは再び仏のもとへ行き告げました。仏は言われました。「私は既に、比丘が立ったまま、あるいは歩きながら、随意に説法することを許そう。」ある時、比丘たちが一つの講堂に集まっていましたが、そこに二人の比丘が同時に経典を説いていたため、互いに妨げ合うこととなりました。そこで二つの講堂を建てました。その二つの堂の中でそれぞれ別々に説法しても、やはり妨げ合いました。こちらの堂から比丘を連れてあちらの堂へ行き、あちらの堂にはまた比丘たちがいて、互いに誘い合ってこちらへ来るというように、往来が入り混じり、ついには集まりが乱れて、人々が出入りし法事が中断してしまいました。またある比丘は、この法門を聞くことを好みませんでした。比丘たちはこれらのことを仏に詳しく告げました。すると仏は比丘たちに告げられました。「今後は、一つの講堂で二人が同時に説法してはならない。また、二つの講堂を近づけて声が互いに聞こえ、妨げ合うようにしてはならない。また、あちらの集まりからこちらへ、こちらの集まりからあちらへと行き来してはならない。また、法門を嫌悪し、聞くことを好まない者があってはならない。もし憎み嫌う者があれば、法に従って処罰しなければならない。」

是時，眾中無有法師，諸比丘等，具以白佛。佛告諸比丘：「若無法師，應請誦者昇座誦之。」是時眾中無誦經者，而諸比丘，具以白佛。佛告諸比丘：「我今聽許，次第誦之，或從上座，次第差誦，或從下座，次第差誦，乃至讀誦一四句偈。」爾時，諸法師讀誦經時，猶如俗歌而說其法，是故為人毀呰譏論：「如是說法，似我俗人歌詠無異。剃頭沙門，豈如歌詠而說法也？」時，諸比丘聞是事已，具將白佛。佛告諸比丘：「若有比丘，依世歌詠而說法者，而有五失。何等為五？一者自染歌聲；二者他聞生染而不受義；三者以聲出沒便失文句；四者俗人聞時毀呰譏論；五者將來世人聞此事已，即依俗行以為恒式。若有比丘，依附俗歌，而說法者，有此五失，是故不得依俗歌詠而說法也。汝諸比丘！其有未解如上法者，若所遊止，應先諮問和上阿闍梨等。」時有比丘，欲詣他方城邑聚落，爾時，和上阿闍梨等語彼比丘：「如是長老！汝不須往。」時彼比丘，遂不取語，而詣彼去。至於中路，逢值劫賊，執捉比丘，以手及脚打蹈甚困，唯留殘命，劫奪衣鉢，然後放之。時彼比丘，既得迴還僧伽藍處，告諸比丘具陳此事。時，諸比丘將此白佛。

> その時、会衆の中には法（教え）を説く師となる僧はおらず、比丘たちはそのことを詳しく仏に告げた。仏は比丘たちに告げられた。「もし法師がいなければ、誦経（経文を読誦すること）に長けた者を請じて、高い座に上がらせて誦経させるがよい。」 その時、会衆の中に誦経できる者もおらず、比丘たちはそのことを詳しく仏に告げた。仏は比丘たちに告げられた。「私は今、これを許そう。順番に従って誦経しなさい。すなわち、上座（長老）から順に割り当てて誦経させるか、あるいは下座（新参の僧）から順に割り当てて誦経させなさい。たとえ一つの四句偈（四行の詩句）であっても、読誦しなさい。」 さて、その法師たちが経を読誦する時、俗人の歌うようにしてその法を説いた。そのため、人々から非難・嘲笑された。「このような説法は、我々俗人が歌を詠むのと何ら変わらない。頭を剃った沙門（修行者）が、どうして歌を歌うようにして説法してよいものか。」 当時の比丘たちはこの話を聞いて、詳しく仏に告げた。仏は比丘たちに告げられた。「もし比丘が、世間の歌詠（うた）に依って説法するならば、五つの過失がある。その五つとは何か。第一に、みずから歌声に心を奪われること。第二に、他者がそれを聞いて欲情を生じ、その意味を受け入れないこと。第三に、声の高低によって文句（言葉）を誤ること。第四に、俗人が聞いて非難・嘲笑すること。第五に、将来の世の人々がこのことを聞いて、ただちに俗人の習慣に従い、それを常の方法としてしまうこと。もし比丘が、俗人の歌に依って説法するならば、この五つの過失がある。ゆえに、俗人の歌詠に依って説法してはならない。」 「あなたがた比丘たちよ。もしも上述の教えをまだ理解していない者がいるならば、旅先などに行く前に、まず師匠（和尚）や阿闍梨（指導者）に相談しなさい。」 その時、ある比丘が他の地方の城市や村落へ行こうとした。すると、その師匠や阿闍梨たちはその比丘に言った。「長老よ、あなたは行く必要はありません。」その比丘は、その言葉に従わずに、その地へと向かった。ところが、途中で盗賊に遭遇した。賊は比丘を捕まえ、手足で打ち踏みつけてひどく苦しめ、かろうじて命だけは残し、衣と鉢を奪い取ってから放した。 その比丘は何とか僧伽藍（寺院）に戻り、他の比丘たちにこの出来事を詳しく語った。比丘たちはこのことを仏に告げた。

爾時，世尊因是事故，召集眾僧，而告之言：「汝等比丘！和上阿闍梨，實不許汝詣遠聚落遊行以不？」時諸比丘白言：「如是，實不許也。」佛復告諸比丘：「汝等當知此事不善！和上阿闍梨既不許可，何故自專詣他聚落？

> その時、世尊はこの出来事のために僧たちを集めて言われました。「比丘たちよ。和尚や阿闍梨は、本当にお前たちが遠くの村へ遊行することを許さなかったのか？」 その時、比丘たちは答えました。「その通りです。確かに許されませんでした。」 仏は再び比丘たちに言われました。「お前たちは知るべきだ。この行いは善くない。和尚や阿闍梨が許可しなかったのに、なぜ勝手に他の村へ行ったのか？」

「諸比丘！此有因緣。所以者何？我念往昔，此閻浮提內五百商人，是商人中有一商主，名曰慈者，最為導首。時諸商人，皆共集會，各相議言：『我等今可辦具資糧入海之具，詣彼大海，為求財故，必應當獲種種珍寶來還其家。所謂摩尼真珠珂玉、珊瑚金銀，如是等寶，使我等輩，七世已來家內大富，住持資物，養育眷屬，多作基業。』

> 「比丘たちよ、ここに因縁がある。なぜか。私はかつて、この閻浮提（人間世界）に五百人の商人がいたことを思い出す。その商人の一人に、慈者という名の長者がいて、彼が先導役となった。当時、商人たちは皆集まって、次のように話し合った。『さあ、今こそ海に入るための食料や道具を用意しよう。財宝を求めて大海へ行き、必ずや様々な宝物を得て、家に持ち帰ろう。すなわち、摩尼・真珠・珂・玉・珊瑚・金・銀などの宝だ。それらによって、我々は七代にわたり家を裕福にし、財産を蓄え、家族を養い、多くの事業を築こうではないか。』」

「爾時，彼等五百商人，具辦所須入海，貨物有三千萬，持一千萬，擬道路中資用糧食，又一千萬，與彼商人，以為本貨，第三千萬，擬治舟船及船師價。具辦是已，各各安心，受八關齋，既受齋已，各至己家，辭別父母妻子眷屬。於時慈者，遂詣母所，具諮是事。其母是時，在樓閣上，新洗沐髮，受八關齋，持法安靜。爾時，慈者至於母前，作如是言：『善哉父母！我欲入海求諸財寶，至於彼處，持種種貨，而來還歸。所謂摩尼真珠頗梨，乃至金銀，欲使我家如此財寶住持七世，資用無窮富饒具足，供養父母，及諸妻子，復用布施，營諸功德。』

> その時、五百人の商人たちは航海に必要なものをすべて準備しました。財物は三千万あり、そのうち一千万を道中の食費や旅費に充て、さらに一千万を商人たちに元手として与え、残りの三千万目を船の修理や船頭への報酬に充てました。すべてを整えた後、彼らは心を落ち着けて八斎戒を受けました。戒を受けた後、それぞれ自分の家に帰り、父母や妻、子、親族に別れを告げました。 その時、慈者という者は母のもとへ行き、このことを詳しく話しました。母はその時、楼上にいて、髪を洗い終えたばかりで、八斎戒を受けて静かに法を守っていました。慈者は母の前に進み出て、こう言いました。 「尊い父母よ、私は海に入って財宝を求めたいと思います。あちらの国へ行き、様々な品物を持ち帰ってまいります。すなわち、摩尼（宝珠）や真珠、玻璃（ガラス）、さらには金銀などです。どうか我が家が七代にわたってこれらの財宝を使い、尽きることなく豊かに満ち足り、父母や妻や子を養い、さらに布施を行い、様々な功徳を積むことができるようにしたいのです。」

「爾時，慈者商主之母告慈者言：『兒今何用入大海中？汝今家內，大富豐饒，財物具足，凡有所須，皆應無闕，七世已來，堪得存濟以充供養，兼得行檀作諸功德。愛子愛子！大海之內，有諸恐怖，所謂潮波惡風之難，低彌羅魚海神縛怖，羅剎女怖。愛子慈者！大海多有如是等難。我今年老，衰暮已至，愛子若去，與汝相見此事實難，我今雖復少有殘命，死日至近。』如是再三慇懃切語。是時慈者，重白母言：『善哉阿母！我必詣海，為求財故，至於彼所，持種種寶，必望歸還，所謂摩尼真珠，乃至金銀，將來供養父母師長，行檀布施，廣修功德。』作是語已，即欲進發。爾時，慈者商主之母，從座而起，抱持慈者，而告之曰：『愛子慈者！我不許汝詣於大海而求財也。何以故？我今家內，多有資財，無所乏少。』爾時，慈者作如是念：『我母今者不憙於我益當損敗，而於今日，更不許我入海求財，我於今日，必作禍敗。』以是因緣，便生瞋恚，遂撲其母，置於地上，打其母頭即從家出，共諸商人，行到海岸。既到海已，祭祀海神，嚴整船舶，別雇五人，三倍與價，其五人者，所謂執尾、執棹、抒漏、能沈能浮、善行船者，共量所宜，遂乘船舶，入於大海，為求財故。彼等諸人，至於海內，其船破壞，五百商人悉皆沒水，唯有慈者商主一人得活。爾時，慈者於彼破船捉得一板，即依其板，運手動足，極盡筋力，因其風勢，從海濤波，落於一渚，其渚名曰毘尸波提婆隋云化渚。是時慈者，在彼化渚，食諸果子，及以藥草，少時活命。於後慈者，遊歷彼渚，至於南畔見有一路，遂從彼道，行至少地，便即遙望見一銀城，其城可憘，微妙希有，觀者無厭。樓櫓却敵，隍壍圍遶，天󰈧欄楯，及諸寶闕，臺殿宮舍，偏梁閣道，上覆寶帳，以種種寶，而莊嚴之。懸雜幡蓋，竪立寶幢，香案香爐，燒眾妙香。其城周匝，有諸園林泉池渠流，皆悉具足娛樂之處，在彼城內正處中央，有一寶殿，名曰喜樂，其殿微妙七寶所成，所謂金銀、琉璃、車𤦲、瑪瑙、𧆞珀、真珠等寶。爾時，彼城有四婦女，從城而出，端正可憘，觀者無厭，最勝最妙，以諸瓔珞，而莊嚴身，詣慈者所，而白言曰：『善來慈者！何能冒涉來至此城？此城無主，眾物具足，無所乏少，於此城內，有一寶殿，名曰憘樂，七寶所成。我等四女，居其殿內，早起夜臥，志意清潔，言語貞良，容儀婉媚，聲氣和雅。是故汝今，可入此城，昇於寶殿，共相娛樂，無男之處，共受慾樂，和合而行，隨意止住。我等於汝，持一切物，承事供養。』

> その時、慈者の商主の母は慈者にこう言いました。 「息子よ、なぜ今、大海に入ろうとするのか。お前の家には今、大いに富み、財物も十分にあり、必要なものは何一つ欠けることがない。七代にわたって暮らしを支え、供養を捧げ、布施を行い、功徳を積むことさえできるのだ。愛しい子よ、愛しい子よ。大海の中には恐ろしいものがいる。潮の波、悪風の難、低彌羅の魚、海神による束縛の恐怖、羅刹女の恐怖だ。愛しい慈者よ、大海にはこのような難が数多くあるのだ。私はもう年老い、衰えが来ている。もしお前が去ってしまえば、再びお前に会うことは難しいだろう。私は今、わずかに命を保ってはいるが、死の日は近い。」 こうして、何度も何度も切々と語りかけました。 その時、慈者は再び母にこう言いました。 「母よ、どうかお聞きください。私は必ず海へ行き、財宝を求めて、あの場所へ参ります。様々な宝を持ち帰ることを誓います。すなわち、摩尼、真珠、金銀などです。それらを持ち帰り、父母や師匠に供養し、布施を行い、広く功徳を積みたいのです。」 こう言うと、すぐに出発しようとしました。 その時、慈者の商主の母は座から立ち上がり、慈者を抱きしめてこう言いました。 「愛しい慈者よ、私はお前が海へ財宝を求めに行くことを許さない。なぜなら、私は家に多くの財産があり、何一つ不足していないからだ。」 その時、慈者はこう思いました。 「母は今、私を喜ばず、かえって私を損なわせようとしている。今日、海へ財宝を求めに行くことも許さない。これはきっと禍いをもたらすに違いない。」 このような理由で、慈者は怒りを起こし、ついに母を地面に倒し、その頭を打ちました。そして家を出て、商人たちと共に海岸へ向かいました。 海に着くと、海神に祈りを捧げ、船を整えました。そして別に五人を雇い、三倍の賃金を約束しました。その五人は、舵を取る者、櫂を漕ぐ者、水を汲み出す者、浮いたり沈んだりできる者、船の操縦に優れた者たちでした。彼らと共に必要なものを整え、船に乗って大海へと向かいました。財宝を求めるためです。 彼らは海に入りましたが、船は破壊され、五百人の商人はすべて溺れてしまいました。ただ慈者である商主だけが生き残りました。 その時、慈者は破れた船の板を一枚掴みました。その板に頼り、手足を動かし、力を尽くして風の勢いに乗り、海の波から一つの島に流れ着きました。その島の名は毘尸波提婆（隋の言葉で「化渚」）と言います。 慈者はその化渚で果物や薬草を食べ、しばらくの間命をつなぎました。その後、慈者はその島を巡り、南の端で一つの道を見つけました。その道を通って陸地に出ると、遠くに銀の城が見えました。その城は素晴らしく、微妙で希有であり、見る者を飽きさせませんでした。櫓や敵楼があり、堀が巡らされ、天の欄干や数々の宝の門、台や殿、宮殿や家、橋や空中廊下があり、その上には宝の帳が架けられ、様々な宝で飾られていました。雑多な幡や蓋が掛けられ、宝の幢が立てられ、香台や香炉には素晴らしい香が焚かれていました。その城の周りには、園林や泉、池、溝川があり、すべてが楽しむのに十分な場所でした。城内の中央には、喜楽と名付けられた宝殿がありました。その殿は微妙で、金、銀、琉璃、車𤦲、瑪瑙、琥珀、真珠などの七宝で作られていました。 その時、その城から四人の女が現れました。端正で愛らしく、見る者を飽きさせず、最も優れ、最も微妙であり、数々の瓔珞で身を飾っていました。彼女たちは慈者のもとに来てこう言いました。 「よく来られました、慈者よ。どのようにしてこの城まで来られたのですか。この城には主がなく、すべての物が十分に備わっています。城内には喜楽という名の宝殿があり、七宝で作られています。私たち四人はその殿に住み、早起きし夜は休み、心は清らかで、言葉は貞淑で、容姿はしとやかで美しく、声は和やかです。ですから、あなたはこの城に入り、宝殿に昇り、共に楽しみ、男のいないところで欲望の楽しみを共に味わい、和合して歩み、思いのままに留まることができます。私たちはあなたのために、すべての物を捧げ、お仕えし、供養いたします。」

「爾時，慈者遂入彼城，詣向寶殿無男之處，共彼四女，以五慾樂隨意歡娛，經歷數年，經數百年，經數千年，縱情受樂。於彼後時，其四婦人，告慈者言：『善哉聖子！汝可住此莫向餘城。』

> その時、慈者はその都に入り、男のいない宝殿へと向かい、四人の女たちと共に、五つの欲望の楽しみを思うままに味わい、数年、数百年、数千年もの間、情欲に浸って楽しみました。 その後、その四人の女たちは慈者にこう言いました。「尊い聖子よ、どうかここに留まって、他の都へは行かないでください。」

「爾時，慈者即生疑慮：『云何此女，而語我言：「聖子今可在此城住，勿向餘城。」我今竊可違此婦人，伺其睡臥，乘依此路，至於別所，東西馳訪，當自證知，竟有何事，若善若惡。既覺知已，應如法行。』

> その時、慈者はこう疑念を抱いた。 「なぜこの女は私に『尊い方よ、今はこの町にお止まりください。他の町へ行ってはなりません』と言うのだろう。私は今、ひそかにこの女に逆らって、彼女が寝入るのを待ち、この道を通って別の場所へ行き、方々を訪ね歩いて、善いことか悪いことか、何事があるかを自ら確かめよう。それを知った上で、しかるべく行動すべきだ。」

「爾時，慈者伺彼婦人睡眠著時，安徐而起，從寶殿下，巡歷而行，從東門出，圍繞是城，周匝繞已，至於南面，見有一道，即尋是道，漸行而進。遂復遙見有一金城，端正可憘，乃至周匝，有諸泉池渠流盈滿，於彼城中，有一寶殿，名曰常醉，微妙可觀，七寶所成，所謂金銀乃至車𤦲真珠等寶。爾時，彼城有八婦女，從城而出，可憙端正，最勝最妙，以諸瓔珞，莊嚴其身，來詣慈者商主之處。到已白言：『善哉慈者！何能遠至？』復言慈者：『此城都是真金所造，一切眾物，資財具足，其城中央，有一寶殿，名曰常醉，七寶所成，我等八女，早起晚眠。』乃至慈者，亦入彼城，昇於寶殿，共彼八女，無男之處，以諸五慾具足受樂，共相娛樂。經於數年數百千年，隨意而住。後時彼女，告慈者言：『聖子慈者！汝莫從此去至餘城。』爾時，慈者亦復驚疑，尋即盜出，處處遊觀，乃復遙見一頗梨城，可憙端正，觀者無厭。彼城處中，有一寶殿，名曰意樂，微妙可憙，七寶所成，金銀琉璃乃至真珠。爾時，彼城乃有婦女一十六人，從城而出，顏容端正觀者無厭，諸寶瓔珞莊嚴其身，乃至亦復白慈者言：『善來慈者！何能冒至？』又言：『慈者！此城純是頗梨所成，眾物具足，其城處中，有一寶殿，名曰意樂，亦以七寶之所成立。我等諸女一十六人，早起晚臥，如前請住。』爾時，慈者即入彼城，昇於寶殿，共十六女，無男之處，具受慾樂，以相娛樂，經於數年數百千年。爾時，諸女又語慈者：『慎莫東西。』慈者亦疑，即違彼出，遊歷漸進，又復遙見一琉璃城，可憙端正，四壁牢固，乃至周匝泉池流水溝渠盈滿。

> さて、慈者はあの婦人が眠りに落ちた隙を見計らい、ゆっくりと立ち上がった。宝玉の階段を下り、巡り歩きながら東の門を出て、城の周囲を巡った。南の面に至ると一本の道を見つけ、その道を辿って進んでいった。その先に、遠く一つの黄金の城が見えた。それは実に美しく喜ばしいものであり、周囲には泉や池、水路が満ち溢れていた。その城内には「常酔」と名付けられた宝殿があり、実に微妙で見事なもので、金、銀、車𤦲、真珠など七宝で作られていた。 すると、その城から八人の婦人が現れ、実に端正で美しく、優れて素晴らしい姿で、様々な瓔珞で身を飾りながら、慈者のもとへやって来た。そしてこう言った。「まあ、慈者様。ようこそ遥々お越しくださいました。」さらに言った。「慈者様、この城はすべて純金で作られており、すべての物や財が満ちております。城の中央には『常酔』という宝殿が、七宝でできております。私たち八人の女は早く起き、遅く眠っております。」そして慈者はその城に入り、宝殿に昇り、八人の女とともに、男のいない場所で五つの欲を存分に楽しみ、共に遊び戯れた。数年、数百年、数千年の間、思いのままに滞在した。 その後、その女たちは慈者に言った。「聖子慈者様、どうかここを離れて他の城へ行かないでください。」しかし慈者は驚き疑いを抱き、こっそりと脱け出して、方々を見て回った。するとさらに遠くに、一つの玻璃の城が見えた。美しく端正で、見る者を飽きさせない。その城の中央には「意楽」という宝殿があり、これまた微妙で喜ばしく、金、銀、琉璃、真珠などの七宝で作られていた。 すると、その城から十六人の婦人が現れ、顔立ちは端正で見る者を飽きさせず、様々な宝石の瓔珞で身を飾っていた。彼女たちもまた慈者に言った。「ようこそ、慈者様。よくぞお出でくださいました。」そして言った。「慈者様、この城はすべて玻璃でできており、全ての物が備わっております。城の中央には『意楽』という宝殿があり、これも七宝でできております。私たち十六人の女は早く起き、遅く眠っております。」と、先と同じように滞在を乞うた。 そこで慈者はその城に入り、宝殿に昇り、十六人の女とともに、男のいない場所で欲の楽しみを味わい、共に遊び戯れた。数年、数百年、数千年の間、そうして過ごした。その後、女たちはまた慈者に言った。「決して東西へ行かないでください。」しかし慈者は疑いを持ち、彼女たちに背いて出て行き、遊歴しながら進んでいった。すると遠くに、一つの琉璃の城が見えた。美しく端正で、四壁は堅固に造られ、周囲には泉や池の水が満ち、水路が溢れていた。

「爾時，彼處有一寶殿，名曰梵德，可憙微妙，七寶所成。城中復有三十二女，從城而出，端嚴可憙，觀者無厭，微妙殊特，以諸瓔珞莊嚴其身，語慈者曰：『善來聖者！冒能遠至。』又言：『慈者！此城皆是琉璃所成，眾物具有，我是清潔行無違失，常先啟白然後方為，心意和善言語風流，今來諮汝，願入此城，昇於寶殿，共相娛樂，具足五慾，和合受樂，凡所須者，我當諮奉。』爾時，慈者入彼城中，昇於寶殿，共於彼女三十二人，無男之處，具受慾樂，經於數年，經數百年數百千年，意喜而住。

> さて、その場所には「梵徳」と名付けられた宝殿がありました。それは素晴らしく、微細で美しく、七宝で作られていました。町の中にはまた三十二人の女性がおり、町から出てきて、姿は端麗で素晴らしく、見る者が飽きることがなく、微妙で特別であり、様々な瓔珞でその身を飾っていました。彼女たちは慈者にこう言いました。「ようこそおいでくださいました、聖なる方！ 遠くからよくお越しくださいました。」また言いました。「慈者よ、この町はすべて琉璃でできており、様々なものがあり、私は清らかで行いに過ちがなく、いつもまずお伺いを立ててから行動し、心は和やかで言葉は優雅です。今、あなたにお願いします。この町に入り、宝殿に昇り、共に楽しみ、五欲を満たし、和合して楽しみを受け、あなたが必要とするものは何でも、私はお仕えしましょう。」その時、慈者はその町に入り、宝殿に昇り、かの三十二人の女と共に、男のいない場所で、欲の楽しみをすべて受け、数年、数百年、数千百年を経て、喜びに満ちて住みました。

「爾時，彼諸三十二女，復白慈者：『善哉聖子！汝今慎莫從此城出詣於他城。』爾時，慈者便復生疑如是籌量：『此等諸女，云何語我作如是言：「聖子慎莫從此城出至餘城也。」我今可伺諸女睡時，乘依此路，安徐而去，若善若惡，到已應知，既知見已，如實應行。』

> そのとき、かの三十二人の女たちは慈者にこう言いました。「尊い方よ、どうかこの町を出て他の町へ行かないでください。」 慈者は疑いを抱き、こう思案しました。「これらの女たちは、なぜ私に『尊い方、どうかこの町を出て他の町へ行かないでください』と言うのだろう。私は彼女たちが眠っている間に、この道を行き、ゆっくりと立ち去ろう。何が起ころうと、確かめてから、現実に沿って行動しよう。」

「爾時，慈者伺彼諸女睡眠著時，徐徐緩起，下殿而去，出城東門，巡遶彼城，詣到城南，見一道路，見已遂復乘彼而去，須臾遙見有一鐵城，其城四面，皆各有門。時彼城中，無有一人，若男若女、童男童女，出迎慈者，唯聞是聲：『誰飢誰渴？誰裸露者？誰急走者？誰遠行來疲乏之者？我乘誰者？』

> その時、慈者は、かの女たちが皆深く眠りに落ちているのを見計らい、静かにゆっくりと立ち上がり、殿を下りて立ち去った。城の東門を出て、城の周りを巡り、南に到ると、一つの道を見つけた。それを見た後、その道をさらに進んで行くと、やがて遠くに一つの鉄の城が見えた。その城は四面、それぞれに門があった。しかし、その城中には一人の人もおらず、男も女も、童男も童女も、慈者を出迎える者はなかった。ただ、次のような声だけが聞こえてきた。 「誰か飢えている者はいるか？誰か渇いている者はいるか？誰か裸の者はいるか？誰か慌てて走る者はいるか？誰か遠くから来て疲れている者はいるか？私は誰を乗せて行こうか？」と。

「爾時，慈者便作是念：『我先已曾見於銀城，於其城內，有四女人，迎接於我。又詣金城時，彼城內有八女人，出迎於我。又於一時詣頗梨城，有十六女，出迎接我。我後一時，遇琉璃城，三十二女，出迎接我。而今此城，無有一人，或男或女，童男童女，迎接我者，唯有聞彼意所不憙如是等聲：「言誰飢者？言誰渴者？誰裸露者？誰急走者？誰從遠道疲乏來者？誰我乘者？」如我今者，若入此城，即知是聲誰所作也。』

> ときに、尊者はこう思いました。『私は以前、銀の城を見たことがあり、その城内では四人の女が私を迎えた。また金の城に行った時は、城内に八人の女が迎えに出てきた。さらに以前、玻璃の城に行った時は、十六人の女が迎えに出てきた。その後、瑠璃の城に行った時は、三十二人の女が迎えに出てきた。ところがこの城には、私を迎える者が一人もいない。男も女も、子供もいない。ただ、私が好まない次のような声だけが聞こえる。「誰か飢えた者はいるか？誰か渇いた者はいるか？誰か裸の者はいるか？誰か急いで走る者はいるか？誰か遠い道から疲れて来た者はいるか？誰か私が乗るべき者はいるか？」と。今、私がこの城に入れば、これらの声が誰のものかが分かるであろう。』

「爾時，慈者即入彼城，入彼城已，四門尋閉。爾時，慈者心懷恐懼，身毛皆竪，處處逃走，作如是言：『我今敗也，我今壞也。』而彼處處逃走之時，見有一人，頭戴鐵輪，其輪赫赤，狀如猛火，其火焰熾，甚可怖畏。遂詣彼所問言：『仁者！汝是誰也？汝頭上輪誰所轉也？何故焰赫熾燃可畏，猶如火聚？』時彼罪人報言：『仁者！汝今知不？我是商主，名瞿頻陀。』爾時慈者又問彼言：『汝於往昔作何罪業？以彼造罪業因緣故，有此鐵輪，如是熾猛，如是焰熱，轉在頭上。』彼人報言：『我於昔日，以瞋怒故，打蹋母頭，以如是業罪因緣故，受大鐵輪，如是猛熾，如是赫焰，轉在頭上。』爾時，慈者，聞此語已，悲啼號哭，悔過自責，憶省自業，口作是言：『今我被禁，如鹿入檻。』

> そこで、慈悲深き者はその町に入りました。町に入ると、四方の門はすぐさま閉ざされました。慈悲深き者は恐怖に心を包まれ、身の毛がよ立ちました。あちらこちらへ逃げ惑いながら、『私はもう駄目だ。私は滅んでしまう』と言いました。 そのように逃げ惑う中で、一人の人が頭に鉄の輪をかぶっているのを見ました。その輪は真っ赤に焼け、烈火のようで、炎は燃え盛り、まことに恐ろしいものでした。そこへ行き、次のように尋ねました。 「尊い方。あなたはどなたですか？あなたの頭の輪は、誰が回しているのですか？なぜそのように炎が激しく燃え、火の山のように恐ろしいのですか？」 すると、その罪人が答えました。 「尊い方よ。あなたはご存知ですか？私は商主で、グビンダという名です。」 そこで慈悲深き者はさらに尋ねました。 「あなたは過去にどのような罪を犯したのですか？その罪業の因縁によって、このように激しく燃え、このように熱く、頭上で鉄の輪が回っているのですか？」 その人は答えました。 「私は昔、怒りの心から母の頭を打ち踏みつけました。その罪業の因縁によって、この大きな鉄の輪が、このように猛烈に燃え、このように激しく炎を上げて、頭上で回っているのです。」 これを聞いて、慈悲深き者は悲しみ泣き叫び、自らの過ちを悔い、自らの業を思い返し、口に出してこう言いました。 「今、私は鹿が檻に入れられるように、閉じ込められてしまった。」

「爾時，彼城有一夜叉，業守彼城，名婆流迦，在彼城中。時彼夜叉，從彼商主瞿頻陀邊，取其頭上熾燃火輪，取已擐著慈者頭上。

> その時、その町にはバールカという名の夜叉が住んでいて、町を守る役目を負っていました。その夜叉は、商人のグヴィンダのもとから、頭上で燃え盛る火の輪を取り上げると、それを慈悲深き者の頭にかぶせました。

「爾時，慈者頭上鐵輪，甚大焰赫，極受大苦，極燒極燃，其苦難忍。即時以偈，問夜叉言：

> その時、慈者（じしゃ）の頭上にある鉄の輪は非常に大きく燃え盛り、激しい炎を上げていました。 彼は甚大な苦しみを受け、焼かれ、燃やされ、その苦しみは耐え難いものでした。 そこで彼は、ただちに偈（げ）をもって夜叉に問いかけました。

「『此城周匝四門所， 常有光焰恐怖人，我今已被如此縛， 猶如諸鹿入深檻。善哉乞問夜叉王， 是輪何故與我著？熾然猛焰如火聚， 今將令我身命斷。我先經於憙樂殿， 復入金城常醉宮，又經頗梨意樂處， 最後所過名梵德，先入銀城有四女， 後至金郭復遇八，頗梨城女有十六， 又至琉璃三十二，如是值彼復值此， 次第值已轉更勝，既得值遇如是者， 云何今值恐怖輪？由我貪欲不知足， 今逢如此苦厄難，我昔為更作何業， 值此鐵輪頭上旋？熾燃輝赫如火聚， 今將令我身命斷。願夜叉王哀愍答， 經幾歲數受斯輪？』

> 「この城は四方に門があり、 常に炎が輝き人々を恐怖させる。 私は今、このように縛られてしまった。 まるで鹿が深い檻に落ちたように。 どうかお尋ねしたい、夜叉の王よ。 なぜこの輪が私に巻きついたのか？ 燃え盛る炎は火の山のようで、 今にも私の命を絶とうとしている。 私は先に喜楽殿を経て、 さらに金の城・常酔宮に入った。 また玻璃の意楽処を通り、 最後に通ったのは梵徳という場所だった。 最初に銀の城で四人の女に会い、 その後金の郭でさらに八人に会い、 玻璃の城では十六人の女がおり、 さらに琉璃では三十二人だった。 こうして次々に出会い、 出会うたびに状況はさらに良くなった。 そのようなすばらしい出会いをしたのに、 なぜ今、恐ろしい輪に出会うのか？ 私の貪欲が足りなかったために、 今、この苦しみの難に遭っている。 私はかつてどのような業を積んだのか、 この鉄の輪が頭上で回るとは？ 燃え輝き、火の山のように赫々とし、 今にも私の命を絶とうとしている。 夜叉の王よ、哀れみをもって答えてください。 この輪を何年、受け続けるのでしょうか？」

「爾時，夜叉業守城者，即便以偈告慈者言：

> 「その時、夜叉で城を守る者が、ただちに偈をもって慈者に告げて言った。

「『昔時汝母持淨戒， 汝以脚足踏其頭，以如是等業因緣， 今為鐵輪頭上轉，熾然猶如猛火聚， 光輝炎赫甚可畏，輪轉在於汝頭上， 令汝身命斷更斷。於斯滿足六萬年， 終無歲數闕減者，此輪常在汝頭上， 如是事實終不疑。』」

> 「昔、あなたの母親は清らかな戒律を守っていましたのに、あなたはその頭を足で踏みつけました。 そうした行いの報いによって、今、燃え盛る大きな火の塊のごとき熱く輝く鉄の輪が、恐ろしい光を放ちながらあなたの頭上で回り続けています。 この輪によってあなたの命は何度も断ち切られ、六万年もの間、その数が減ることは決してありません。 この輪がいつまでもあなたの頭上にあるという事実は、疑いようもない真実です。」

爾時，世尊即說偈言：

> その時、世尊は偈を説かれました。

「若有知識與彼利， 彼乃返更與其禍，彼則後受如是殃。 猶如慈者懷瞋恨，不應與惡反與惡， 不應與罪更與罪，彼則後受如是殃。 猶如慈者懷瞋恨，若興慈心反覓便， 於恩德處不報恩，彼則後受如是殃。 猶如慈者懷瞋恨，業力從遠牽將來， 業力自近牽將去。業力將人處處經， 隨其作業受苦樂，非地非空非海中， 亦非山間巖石裏，一切無有地方處， 能使脫之不受業。」

> もし知識ある人がその人に利益を与えれば、 その人はかえって害をもたらすなら、 その人は後にこのような災いを受ける。 あたかも慈しみを持ちながらも憎しみを抱く者があるように。 善をもって悪に応えるべきでなく、 無実をもって罪に応えるべきでもない。 その人は後にこのような災いを受ける。 あたかも慈しみを持ちながらも憎しみを抱く者があるように。 もし慈しみの心を起こしたのに、かえって機会をうかがわれ、 恩恵に対して報いをしないなら、 その人は後にこのような災いを受ける。 あたかも慈しみを持ちながらも憎しみを抱く者があるように。 業の力は遠くからも人を引き寄せ、 業の力は近くからも人を連れ去る。 業の力は人をあらゆる場所へと導き、 その人の行いに応じて苦楽を味わわせる。 大地にも、虚空にも、海の中にも、 また山間の岩の裂け目の中にも、 一切の場所のどこにも、 業から逃れて免れさせるところはない。

佛告諸比丘：「汝等比丘！於意云何？是時慈者，豈異人乎？勿作異見，即我身是。我以彼時欲入海故，受八關齋戒，以彼業報因緣力故，得值如是四種寶城，一切諸物皆悉具足無所乏少。由於惡心瞋恨因緣蹹母頭故，具足經由六萬年歲，受大鐵輪熾然之苦。汝諸比丘！因業報應，非虛空受，但是眾生造善惡業，隨業因緣而受是報。是故諸比丘！應須受業，清淨身業，清淨口業，清淨意業。諸比丘！若有比丘，身自愚癡，不辯罪福、善不善等，應當諮問師長和上阿闍梨等，於後乃行城邑聚落、若和上阿闍梨而不許可自專去者，應當如法治其不敬不孝順罪。」

> 仏は比丘たちに告げられた。「比丘たちよ、どう思うか。その時の慈者というのは、他人だっただろうか。そうではないのだ。他でもない、この私である。私はその時、海に入ろうとして八斎戒を受け、その業の報いの因縁の力によって、このような四つの宝の城を得て、すべてのものが欠けることなく備わったのである。しかし、悪心と怒りの因縁によって母の頭を踏んだために、六万年もの間、焼けるように熱い大鉄輪の苦しみを受けたのだ。比丘たちよ、業の報いは虚空の中で受けるものではない。すべての生きとし生けるものは善悪の業を造り、その業の因縁に従って報いを受けるのである。 それゆえ、比丘たちよ、業を受け止め、身の業を清らかにし、口の業を清らかにし、意の業を清らかにしなさい。比丘たちよ、もしある比丘が自ら愚かで、罪と福、善と不善などを弁えず、師や師匠や阿闍梨に相談せずに、自分勝手に城や村へ行くならば、その者は不敬と不孝の罪に従って正しく処罰しなければならない。」