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title: "佛本行集經 · 58 婆提唎迦等因緣品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
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## 佛本行集經卷第五十七

隋天竺三藏闍那崛多譯

### 難陀因緣品下

> 難陀因縁品 下

爾時，佛告長老難陀：「如是如是。若人親近諸惡知識，共為朋友，交往止住，雖經少時共相隨順，後以惡業相染習故，令其惡聲名聞遠至。」

> そのとき、仏は尊者の難陀に告げられた。「そのとおり、そのとおりである。もし人が悪しき知識に近づき、友となり、交わり、共に過ごすならば、たとえ短い間であっても互いに従い合ううちに、後には悪い行いが互いに染みつく習慣となる。それによって、その人の悪い評判が遠くまで知れ渡ることとなるのである。」

爾時，世尊因斯事故，而說偈言：

「猶如在於魚鋪上， 以手執取一把茅，其人手即同魚臭， 親近惡友亦如是。」

> 魚屋（さかなや）で手を伸ばし、 茣蓙（ござ）の束をひと掴みすると、 その手には魚の匂いが染みつく。 悪い友に近づくのも、まさしく同じこと。

爾時，世尊又共長老難陀，至於一賣香邸，見彼邸上有諸香裹，見已即告長老難陀作如是言：「難陀！汝來取此邸上諸香裹物。」難陀爾時即依佛教，於彼邸上取諸香裹。佛告難陀：「汝於漏刻一移之頃，捉持香裹然後放地。」爾時，長老難陀聞佛如此語已，手持此香於一刻間，還放地上。

> その時、世尊は長老の難陀と一緒に、ある香を売る店にやって来ました。店の上の方に様々な香の包みがあるのを見て、長老の難陀にこう言われました。「難陀よ、あなたはこの店の上の香の包みを取りなさい。」難陀はその時、仏の教えに従って、その店の上から香の包みを取りました。すると仏は難陀に言われました。「難陀よ、あなたは一刻の間、その香の包みを手に持ってから、地面に置きなさい。」その時、長老の難陀は仏のこの言葉を聞いて、手にこの香を持ち、一刻の間だけ持ってから、地面に置きました。

爾時，佛告長老難陀：「汝今當自嗅於手看。」爾時，難陀聞佛語已，即嗅自手。佛語難陀：「汝嗅此手作何等氣？」白言：「世尊！其手香氣，微妙無量。」

> その時、仏は長老のナンダに告げられた。「汝、今、自らの手の匂いを嗅いでみよ。」 ナンダは仏の言葉を聞くと、すぐに自分の手の匂いを嗅いだ。 仏はナンダに問われた。「汝、この手の匂いを嗅いで、どのような香りがするか。」 ナンダは答えた。「世尊よ、その手の香りは、微細で妙なる、量り知れないものでございます。」

佛告難陀：「如是如是。若人親近諸善知識，恒常共居，隨順染習，相親近故，必定當得廣大名聞。」

> 仏は難陀に告げられた。「そのとおりです。人が善き知識（善友）に親しみ、常に共に暮らし、その影響に従って染まり、親しく近づくならば、必ずや広く名を高めることになるでしょう。」

爾時，世尊因此事故，而說偈言：

> その時、世尊はこの出来事をもとに、次のように偈を説かれました。

「若有手執沈水香， 及以藿香麝香等，須臾執持香自染， 親附善友亦復然。」

> もし人が、沈水香や藿香、麝香などの香りを手に持てば、 しばらくの間、その香りは自然と身に染みつく。 同じように、善き友に親しむ者もまた、その徳に自然と染まっていくのである。

爾時，世尊出迦毘羅婆蘇都城，至本住處，以此因緣，聚集大眾諸比丘已，即告長老難陀言曰：「難陀！汝今莫親近彼六群比丘，莫共彼等以為親友。何以故？若其有人親近如是惡知識者，雖復與彼共為朋友，或時與彼互相承事，隨順彼等一切事業，但為惡人，共相親近，即得世間惡名流布。

> その時、世尊はカピラヴァストゥの都を出て、かつて住んでいた場所へと向かいました。この出来事をきっかけに、大勢の比丘たちを集め、長老ナンダにこう告げました。 「ナンダよ、あなたはあの六群の比丘たちに近づいてはなりません。彼らと親しい友になってはいけません。なぜなら、もし誰かがそのような悪い知識に近づくならば、たとえ彼らと友達になり、時には互いに助け合い、彼らの行いに従ったとしても、悪人たちと親しく交わることで、世間での悪い評判が広まってしまうからです。」

「長老難陀！汝若欲覓親友知識，當近比丘舍利弗，比丘大目連，比丘大迦葉，比丘迦旃延，比丘優樓頻䗍迦葉，那提迦葉，伽耶迦葉，優波斯那，摩訶俱郗那，摩訶孫陀，離波多等，諸比丘輩。勸汝親近隨順承事。所以者何？若人親近善知識者，承事親善，雖未證得利益之事，交獲世間名聞流布。」

> 「長老難陀よ。もし親しい友人や善き知識を得たいと思うなら、比丘の舎利弗、目連、大迦葉、迦旃延、優楼頻蟍迦葉、那提迦葉、伽耶迦葉、優波斯那、摩訶倶絺那、摩訶孫陀、離波多といった比丘たちに近づきなさい。彼らに親しく従い、仕えることを勧めます。なぜなら、善知識に近づき、親しく仕え従う人は、たとえ悟りの利益をまだ得ていなくても、世間での名声と評判を得ることができるからです。」

爾時，世尊以此因緣而說偈言：

> そのとき、世尊はこの因縁によって偈（うた）を説かれました。

「若人親近惡知識， 現世不得好名聞，必以惡友相親近， 當來亦墮阿鼻獄。若人親近善知識， 隨順彼等所業行，雖不現證世間利， 未來當得盡苦因。」

> もし人が悪い仲間と親しくなれば、 この世で良い評判を得ることはできない。 必ず悪友と近しく交わり、 将来は阿鼻地獄に堕ちるだろう。 もし人が善い友人と親しくすれば、 彼らの行いに従って生きるようになる。 たとえ今はっきりとした世の中の利益が得られなくとも、 将来には必ず苦しみの原因を尽くすことができる。

爾時，世尊雖以善言教示難陀，而彼難陀猶戀王位自在之樂，憶孫陀利五欲之事，於佛法中猶不欣樂，欲捨梵行，欲捨具戒，還從家事。

> その時、世尊は難陀に善い言葉で教え示したけれども、難陀はまだ王位の自由な楽しみに執われ、孫陀利との五欲のことを思い出して、仏の教えの中でもまだ喜び楽しむことができず、清净な修行（梵行）を捨て、完全な戒め（具足戒）を捨てて、俗世の生活に戻ろうとしていた。

爾時，世尊知彼長老難陀心已，作如是念：「然此難陀煩惱熾盛，豈能小教破彼煩惱，我於今者須作方便，喻如世間以火滅火、以毒治毒。」作是念已，執彼長老難陀之手，從尼俱陀樹林而出，以神通力隱沒其身，忽然在於香醉山上，出現而住。

> その時、世尊は長老の難陀の心の内を見抜いて、こうお考えになりました。 「この難陀は、煩悩が激しく燃え盛っている。小さな教えで、その煩悩を打ち破ることなどできまい。今こそ、私は方便を用いねばならない。まるで、この世で火を火で消し、毒を毒で治すように。」 そうお考えになった後、世尊は長老の難陀の手を取り、尼俱陀の木立を出られました。そして神通力でその身を隠し、忽然と香酔山の上に姿を現されたのです。

爾時，彼山以風吹故，兩樹相揩遂即出火，燒然彼山，出大煙炎。時彼山內，多有獼猴，其數五百，被火燒毛，皆悉存地，摩滅身火。

> その頃、その山で風が吹いたため、二本の木が擦れ合って火が起こり、山全体を燃やし、大きな煙と炎が立ち上りました。その山の中には五百匹もの多くの猿が住んでいましたが、火で毛が焼かれて、皆地面に伏せて体の火を消そうとしました。

爾時，世尊見有一箇雌瞎獼猴在彼群內，亦復以手撲滅身火。

> そのとき、世尊は、一匹の目の見えない雌の猿がその群れの中にいるのをご覧になりました。その猿もまた、自分の体の火を手で消そうとしていました。

爾時，佛告長老難陀：「汝今見此雌瞎獼猴在彼群內，亦復以手滅其身火如此已不？」爾時，難陀白佛言：「世尊！如是如是，我今已見。」

> その時、仏は長老の難陀に告げられた。「汝は今、あの群れの中にいる盲目の雌猿が、手で自らの体の火を消しているのを見たか？」そこで、難陀は仏に申し上げた。「世尊よ、その通りでございます。私は今、確かに見ました。」

爾時，世尊尋復告彼長老難陀，作如是言：「汝意云何？汝孫陀利，可憙端嚴，與此獼猴，是誰為勝？」

> その時、世尊は再び長老の難陀にこう言われました。 「あなたの考えはどうか。あなたの妻スンダリーは愛らしく美しいが、その美しさと、この猿とでは、どちらが勝っていると思うか。」

爾時，難陀遂向世尊，顰眉蹙面，默然不言。爾時，世尊執持長老難陀手臂，從香醉山沒身往至三十三天，現於波利質多羅樹。時，彼樹下有一大石，名曰婆奴唫逆林反摩羅隋言黃褐，住於彼處。

> その時、難陀は眉をひそめ、顔を曇らせて、黙って何も言わなかった。そこで、世尊は長老難陀の腕を掴み、香酔山から姿を消し、三十三天（とりこ）に現れ、波利質多羅樹の前に立たれた。その木の下には、婆奴唫摩羅（黄褐色の大石）という大きな石があった。

爾時，帝釋天王往入彼園，遊戲其園，名曰伊迦分陀利，將領五百宮人婇女，左右圍遶，作倡伎樂。於時世尊見帝釋王，在彼伊迦分陀利園將領五百婇女，音聲歡娛受樂。時，佛即告長老難陀作如是言：「汝今見此五百婇女作倡伎樂遊戲已不？」難陀白言：「如是世尊！我今已見。」

爾時，世尊尋復告彼長老難陀作如是言：「汝意云何？為當釋女孫陀利好？為當五百婇女端正？」

> そのとき、世尊はまた長老の難陀に向かってこう言われました。「あなたはどう思うか。シュラダーの娘である孫陀利と、五百人の侍女たちと、どちらが美しいと思うか。」

長老難陀白言：「世尊！如以彼時雌瞎獼猴，與孫陀利共相比挍，百倍不如，乃至千倍，至百千倍，世間算數亦不可及。我今如是孫陀利女，欲令比此婇女五百，亦復不如百倍千倍，至百千倍世間算數所不能及。今者云何可為比喻？」

> 長老ナンダが申し上げた。「世尊よ。あの時の、目の見えない雌猿を、スンダリーと比べるならば、百倍どころか、千倍、百千倍、世間の計算でも及ばないほどです。今の私にとって、あのスンダリーという女を、この五百人の宮女たちと比べるならば、やはり百倍、千倍、百千倍、世間の計算でさえ及ばないほどです。では今、どのように例えればよいのでありましょうか。」

爾時，佛告長老難陀：「汝今意欲共此婇女相娛樂不？」

> その時、仏は長老の難陀に告げられました。 「あなたは今、これらの女性たちと楽しみを共にしたいと思っているのか？」

爾時，難陀歡喜踊躍，白言：「世尊！如我意者，實欲與彼五百婇女共相娛樂。」爾時，佛告長老難陀：「汝今不可以此凡身共彼娛樂，若欲然者，必須以汝歡喜之心，於我法中行於梵行，我當報汝：『今者若能隨順此法，行清淨行，命終捨身，於未來世，必得受報生於此處，共此五百諸婇女輩共相娛樂。』」爾時，難陀聞此事已，歡喜踊躍，遍滿其體，不能自勝，而白佛言：「世尊！我從今日於佛法中，歡喜行於清淨梵行。世尊！今者已許報我，我今實欲當未來世生於此處，共此五百諸婇女等，共相娛樂。」爾時，世尊復執長老難陀臂已，從彼三十三天沒身，還其本處。

> その時、ナンダは心から歓喜し、こう申し上げました。 「世尊よ！私の望みは、本当にあの五百人の天女たちと共に楽しむことです。」 そこで、仏は長老ナンダに告げられました。 「あなたは、今この凡夫の身をもって、彼女たちと楽しむことはできません。もしそれを望むならば、喜びの心をもって、私の教えの中で清らかな行い（梵行）を修めなさい。そうすれば、私があなたに約束しよう。『この教えに従い、清らかな行いを修め、命終わってこの身を捨てるならば、来世には必ずその報いとして、この天界に生まれ、この五百人の天女たちと共に楽しむことができるだろう。』」 その時、ナンダはこの言葉を聞いて、歓喜のあまり全身にその喜びが満ちあふれ、抑えきれずに仏に申し上げました。 「世尊よ！私は今日から、仏の教えの中で、喜んで清らかな梵行を修めます。世尊はすでに私に約束してくださいました。私は本当に、来世にこの天界に生まれ、この五百人の天女たちと共に楽しみたいと願っております。」 そこで、世尊は再び長老ナンダの腕を取られ、その三十三天（とりとくてん）から身を消して、もとの場所に戻られました。

爾時，難陀作如是念：「世尊於先已許報我於未來世，當得共彼五百婇女，以相娛樂。」是故難陀，以此因緣，盡其身心，正念行於清淨梵行，調伏諸根，節量飲食，初夜後夜，起誦經行，勇猛精進，不共他人言談戲笑；心不躁急，心無狡猾，口不綺言，發精進行，念四威儀，樂於空寂，閉塞諸根，成就最勝微妙正念。

> その時、難陀はこう思った。「世尊（仏陀）は既に私に、未来世において五百人の天女たちと共に楽しむことを許されたのだ」と。そこで難陀は、この因縁によって全身全霊を尽くし、正しい心で清らかな修行（梵行）を行い、感覚の働きを調え、食事を節度正しくし、夜の初めと終わりに起きて読経や経行（歩く瞑想）を行った。勇猛に精進し、他人とむだ話や遊びをせず、心は落ち着いていて偽りがなく、口は飾った言葉を語らず、精進を続けた。四威儀（立ち居振る舞い）に気を配り、静けさを喜び、感覚の門を閉ざし、最も優れた正しい心づかいを成就した。

爾時，難陀若欲意觀東方之時，安定身心，志意充滿，既正念已，然後方始觀於東方。如是觀時，無有愁惱，無有黑闇，於不善法，終無漏失，亦不迷惑。如是欲觀南西北方上方下方，亦定身心，志意充滿。如是觀時，亦無愁惱，無有黑闇，於不善法，更不漏失，亦不迷惑。

> その時、尊者のナンダは、もし東の方角を観察しようと望むなら、心と身体を落ち着け、意志を満たし、正しい念を確立した後にはじめて、東を観察するのである。このように観る時、憂い悩みはなく、暗闇もなく、善からぬ法に対して決して漏れ落ちることがなく、また迷うこともない。東を観るように、南・西・北・上方・下方を観察しようと望むなら、同様に心身を落ち着け、意志を満たす。このように観る時も、憂い悩みはなく、暗闇もなく、善からぬ法に対してさらに漏れ落ちることがなく、また迷うこともない。

爾時，難陀或有同行諸比丘輩，而告之言：「長老難陀！汝於先時，不閉諸根，於諸飲食，不知厭足，恒求妙好床褥臥具安隱睡眠，本無厭勌，或時戲笑，心意不定，狡猾䛴語，不曾精勤，恒常懈怠，亦無正念，多諸忘失，威儀漏缺，無禪無定，不能攝心，諸根逸浪，不可具說。云何今者諸根調伏，飲食知足，初夜後夜不曾睡眠，無復狡戲，攝𣫍身心，又不䛴語，勇猛精進，正念正勤，已得禪定，心不漏逸，諸根不浪？長老今日，何因得爾？」

> その時、難陀のもとに、共に修行する比丘たちが来て、こう言った。 「長老難陀よ。あなたは以前、諸々の根を閉じず、飲食に飽き足りることを知らず、常に立派な寝具や寝床を求めて、安らかな睡眠ばかりを望み、決して倦むことを知らなかった。また時には遊び戯れ、心は定まらず、狡猾で虚言を好み、精進することもなく、常に怠けていた。正しい念もなく、多くのことを忘れ失い、威儀も欠け、禅定もなく、心を収めることもできず、諸々の根は逸れ動き、その有様は言葉に尽くせなかった。 それなのに、どうして今は諸々の根が調えられ、飲食に満足を知り、初夜・後夜に眠ることなく、再び戯れることもなく、身心を収め整え、虚言もなく、勇猛に精進し、正しい念と正しい勤めを持ち、すでに禅定を得て、心は漏れ出ることなく、諸々の根も逸れなくなったのか。 長老よ、今日、何が因で、このようになったのか。」

爾時，難陀告彼同行諸比丘言：「諸長老輩！當知世尊於未來世，將欲報我五百婇女，歡娛受樂，是故我今於此法中，勤行梵行。」

> その時、ナンダは共に修行する比丘たちにこう告げた。「長老方よ、知っておいてほしい。世尊は未来において、私に五百人の侍女を与え、楽しみを味わわせようとしておられる。それゆえ、私は今、この教えにおいて、熱心に清らかな行いを実践しているのだ。」

爾時，難陀親友同行諸比丘等，於彼難陀欲有調笑嘲弄譏戲，各相謂言：「長老難陀！於世尊所，客作傭力，求將來報，故於法中勤行梵行。長老難陀！汝於佛邊，行梵行者，正為諸天五百玉女行梵行耳？」

> その時、ナンダの親しい友人である修行者たちは、ナンダをからかい、嘲り、冗談の種としながら、互いにこう言いました。「長老ナンダよ、あなたは世尊のもとで、日雇い労働者のように報酬を求めて、法に従って修行しているのですね。長老ナンダよ、あなたが仏のもとで修行をしているのは、まさに天の五百人の天女のためなのですね。」

爾時，長老難陀親友諸比丘等，從爾已後，是故常喚為客作者。

> その時、長老ナンダの友人である比丘たちは、それ以降、彼を「客（かく）作者（さしゃ）」と呼ぶようになりました。

爾時，世尊見此難陀為諸玉女行於梵行，遂便執臂，從彼尼拘陀林而出，沒身入於大地獄裏。世尊於時見一銅釜下然猛火，其釜爀赤與火無異，出大光炎，熾然赩赩。世尊見已，告彼難陀：「汝往問此諸獄卒等，此之銅釜欲為阿誰熾然湧沸？」乃至如是長老難陀，聞佛是語白言：「世尊！唯如佛教。」即往詣彼諸獄卒邊而問之言：「此大銅釜，欲為何人如是湧沸乃至此也？」爾時獄卒，咸報難陀，作如是言：「佛有姨母所生之弟，名曰難陀，為彼人故，燒然此釜。」

> その時、世尊は、難陀が天女たちと共に梵行を修めているのをご覧になり、彼の腕を取って、尼拘陀林を出て、地獄の中へと姿を消された。 世尊は、そこに一つ銅の釜が下から猛火で焼かれて、真っ赤に燃え、巨大な炎を発し、激しく灼熱しているのをご覧になった。 世尊はこれを見て、難陀に告げられた。 「行って、あの地獄の獄卒たちに尋ねなさい。『この銅釜は、誰のためにこれほど激しく熱せられているのか』と」 長老難陀は、仏の言葉を聞いて、「世尊よ、仏のお言葉のままに」と答え、獄卒たちのところへ行き、尋ねた。 「この大きな銅釜は、誰のためにこのように煮え立っているのですか？」 すると、獄卒たちは難陀に答えて言った。 「仏の叔母が産んだ弟、名を難陀という者がいる。その者のために、この釜は熱せられているのだ。」

難陀復問：「汝豈不聞？如來往日，許報其人，若為五百天樂婇女行於梵行，後得生於三十三天。」諸獄卒言：「如是如是，我等已知。但我等輩，復聞其人於彼三十三天之上墮落已後，來生此處。」

> 難陀がまた尋ねた。「あなたは聞いていないのですか？昔、如来が誰かに約束して、もしその人が五百の天の楽器と天女と共に清らかな行いを実践すれば、後に三十三天に生まれることができると仰ったことを？」すると地獄の役人たちが言った。「その通りです。私たちはそれを知っています。しかし、さらに私たちが聞いたところによると、その人はあの三十三天から堕ちた後、この場所に生まれてきたのです。」

爾時，難陀聞此語已，心生恐怖，舉身毛竪，作如是念：「我若次第於此受苦，我今亦欲不用如此婇女果報。」

> その時、ナンダはこれらの言葉を聞いて、心に恐怖を生じ、全身の毛が逆立った。そして、こう考えた。「もし私が順を追ってこのような苦しみを受けるならば、今この宮廷の女たちの報いなど、決して望まない。」

爾時，世尊即執長老難陀臂已，從地獄內，隱沒其身，還至尼俱陀林而出。爾時，難陀為己同行諸親友等，恒常喚作佛客作人，被笑被呵，嘲調戲弄。復見地獄，慚愧恐怖，即生厭離，自悼自悔，求空閑處，獨行獨坐，更不放逸，精進勇猛。凡善男子，其有正信捨家出家，求於無上清淨梵行，行已現得自證神通，得諸漏盡，口自唱言：「生死已盡，梵行已立，所作已辦，不受後有。」證羅漢果，心得解脫。長老難陀亦復如是，證羅漢果，然後始往至於佛所，頂禮佛足，却坐一面。

> その時、世尊は長老の難陀の腕を取って、地獄の中から姿を隠し、尼拘陀林に戻って現れました。 さて、難陀は一緒に修行していた親しい人々から常に「仏のもとで雇われた者」と呼ばれ、笑われたり嘲られたり、からかわれたり弄ばれたりしていました。さらに地獄を見たことで、慚愧と恐れの心が生じ、厭離を起こし、自らを悼み悔い改め、閑静な場所を求めて独り歩き、独り座り、もはや放逸せず、精進勇猛に励みました。 およそ善き男子であれば、正しい信心を持って家を捨て出家し、無上の清らかな梵行を求め、修行の後、現世で自ら神通を証得し、諸々の煩悩の尽きるのを得て、自ら「生老病死は尽き、梵行は既に立ち、なすべきことは終え、後世を受けることはない」と唱えます。阿羅漢果を証得し、心は解脱を得ます。 長老の難陀もまた同じく、阿羅漢果を証得しました。そしてその後、初めて仏のもとへ赴き、仏の足に頂礼し、退いて一方に座りました。

爾時，長老難陀白佛作如是言：「今捨世尊往日恩許，我昔欲取如來報者，正為五百諸天婇女，是故如此；而今，世尊！得解脫也。」

> その時、長老の難陀が仏にこう申し上げました。「今、世尊がかつてお許しくださった恩恵をお捨てになります。私がかつて如来のご報いを受けようとしたのは、まさにあの五百の天女たちのためであり、そのためあのようにしておりました。しかし今、世尊よ、私は解脱を得ました。」

爾時，佛告長老難陀：「非但今日我於汝邊始得脫也，汝初唱言：『梵行已立，所作已辦，不受後有。』我於彼時，已得脫也。」

> その時、仏は長老の難陀に告げられた。 「今日、私があなたのもとを離れたのは、これが初めてではない。あなたが初めて『清らかな修行は既に完成し、なすべきことは全て成し遂げ、再び迷いの世界に生まれ変わることはない』と宣言した時、私はすでにあなたのもとを離れていたのだ。」

爾時，長老難陀同行諸比丘等，未知難陀得漏盡者，猶如先日未漏盡時，戲弄謿調，唱如是言：「長老難陀於世尊所，客作求報，為彼五百諸天婇女，行於梵行。」

> その時、長老の難陀尊者は、修行僧たちと共にいました。 まだ難陀が煩悩を尽くしたことを知らない比丘たちは、かつて煩悩が尽きていなかった頃と同じように、からかいや冗談を言って、こう唱えました。 「長老難陀は、世尊のもとで報いを求めて雇われ、あの五百の天女たちのために梵行を行っているのだ。」

爾時，世尊作如是念：「此等比丘未知難陀諸漏已盡，還依昔日未漏盡時，猶故唱言：『長老難陀為彼諸天五百婇女，行於梵行。』我恐彼等多獲罪過。然我今者，可於眾中宣揚顯說長老難陀漏盡事也。」

> その時、世尊はこう思われました。「これらの比丘たちは、難陀がすでに煩悩を尽くしていることを知らず、かつて煩悩を尽くしていなかった頃のままに、『長老難陀は天界の五百人の天女のために梵行を修めている』と言い続けている。これによって彼らが多くの罪過を招くことを私は憂える。そこで今、私は大衆の中で長老難陀が煩悩を尽くしたことを明らかに説き示そう。」

爾時，世尊以如此等因緣事故，集聚一切諸比丘僧，既聚集已，而告之言：「汝諸比丘！若有人言好男子者，難陀比丘即其人也；若言端正，亦即難陀比丘是也；大壯人者，難陀比丘亦其人也。

> その時、世尊は、このような様々な因縁や出来事によって、すべての比丘たちを集めました。そして、集まった彼らにこう告げられました。 「比丘たちよ、もし『立派な人物』と言うなら、それはまさに難陀比丘のことである。また、『端正な顔立ち』と言うなら、それも難陀比丘のことである。そして『非常に逞しい人』と言うなら、それもまた難陀比丘のことである。」

「若言身體細軟弱者，亦復難陀比丘是也。若言有人諸根寂靜不散亂者，亦復難陀比丘是也。

> もし「体がなめらかでやわらかい」というなら、それこそが難陀比丘のことです。もし「諸根が静かで乱れない人」というなら、それもまた難陀比丘のことです。

「若有人言於諸飲食知節量者，亦復難陀比丘是也。

> もし誰かが「飲食に節度を知る者は、あの難陀比丘である」と言うなら、その通りである。

「若有人言初夜後夜不睡眠者，今亦難陀比丘是也。

> ある人が「初夜も後夜も眠らない修行をしている」と言ったなら、まさにそれは難陀比丘のことである。

「若言三族清淨生者，亦即難陀比丘是也。若有人言得六通者，此亦難陀比丘是也。若言得八解脫定者，亦復難陀比丘是也。」

> 「三族（けちえん・血縁・家柄）の清らかさによって生まれた者」と言うなら、それはまさにナンダ比丘のことです。もし「六つの神通力を得た者」と言うなら、それもまたナンダ比丘のことです。また「八つの解脱の定を得た者」と言うなら、それも同じくナンダ比丘のことなのです。

爾時，世尊告比丘僧作如是言：「汝諸比丘！於我聲聞弟子之內，調伏諸根，難陀比丘最為第一。」

> その時、世尊は比丘たちにこうおっしゃいました。「比丘たちよ、私の声聞の弟子たちの中で、諸々の感覚をよく調え整えている者としては、難陀比丘が最も優れている。」

時，諸比丘而問佛言：「如是世尊！其彼長老難陀比丘，往昔之時，有何善根？因彼善根，生於釋種甚大富貴，豐足資財，其人身體端正可憙。世尊今日復記云：『我聲聞弟子，調伏諸根，最第一者，難陀比丘即其人也。』」作是語已，佛告彼等諸比丘言：「汝諸比丘！我念往昔九十一劫，時有一佛出現於世，名毘婆尸多他竭多、阿羅呵、三藐三佛陀，如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊，於彼世界王所居住。彼有一城，名槃徒摩低，於時彼佛依彼城住，有諸比丘六千人，俱皆阿羅漢。時有一王名曰槃頭，供養彼佛及比丘僧，尊重恭敬，所謂衣服臥具飲食，及諸湯藥房舍之具，無所乏少。

> その時、比丘たちが仏陀に問うた。「世尊よ、かの長老ナンダ比丘は、過去にどのような善根を積んだのでしょうか。その善根により、釈迦族に生まれ、大いなる富貴と財宝に恵まれ、その身体は端正で愛らしいのです。そして今日、世尊は『我が声聞の弟子の中で、諸根を調伏すること最も第一なる者は、ナンダ比丘である』と記別されました。」と。 この言葉を聞いて、仏陀は比丘たちに告げた。「汝ら比丘よ、我は思い起こす。遠い昔、九十一劫の昔、一つの仏が世に出現した。その名を毘婆尸（ヴィパッシン）多他竭多、阿羅呵、三藐三佛陀、如来、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏、世尊という。その仏が住む世界には、槃徒摩低という城があった。その時、その仏はその城に住み、六千人の比丘たちが皆、阿羅漢であった。また、槃頭という王がいて、その仏と比丘僧団を供養し、尊重し、恭敬した。すなわち、衣服、臥具、飲食、そして諸々の湯薬や房舎の具に至るまで、欠けることなく施した。」

「爾時，槃頭摩低城內有一種姓婆羅門子，而彼童子營造溫室，請佛及僧洗浴供養。其婆羅門種姓童子，見諸比丘從溫室出，身體清淨，甚大香潔無有臭氣，見已心生歡喜，踊躍遍滿其體，不能自勝，心發是願：『願我來世，常得如是清淨無垢不腥臭身，當似如是比丘僧等清淨香潔無臭之身。』又於後時，毘婆尸佛、多他伽多、阿羅呵、三藐三佛陀，入般涅槃，其王槃頭，為彼世尊所有舍利，取四種寶，為造塔廟，所謂金銀琉璃頗梨。時彼種姓婆羅門子，撿挍經營，當造彼塔。既造塔已，心作是願：『願我來世恒常值遇如是世尊，彼所說法，願我領解悉得證知，莫背彼法，生生世世不入惡道。』而彼童子命終之後，恒生天上，或生人間，於後一生，生一大富長者之家，父母養育，隨時長大，意智漸漸，皆得成就。

> ある時、槃頭摩低という都の中に、バラモンの家系に生まれた若者がいました。その若者は温室を建て、仏様と僧侶たちを招いて沐浴の供養をしました。彼は、僧侶たちが温室から出てくる様子を見て、その身体が清らかで、大変香り高く、全く嫌な臭いのないことに気づきました。それを見た彼の心には歓喜が溢れ、全身に喜びが満ちて、自分を抑えきれないほどになり、こう願いを立てました。 「どうか未来世において、私もまた、このように清らかで汚れがなく、生臭くない身を得られますように。この僧侶の方々のように、清らかで香り高く、嫌な臭いのない身でありますように。」 その後、毘婆尸仏（ヴィパッシー仏）、如来、応供、正等覚者が涅槃に入られました。槃頭王は、その世尊の舎利のために、金、銀、瑠璃、頗梨という四種類の宝を用いて塔を建てました。その時、あのバラモンの家系の若者は、その塔の建設を取り仕切り、監督しました。 その塔を完成させた後、彼は心にこう願いました。 「どうか未来世において、私は常にこのような世尊に出会えますように。そして、その方が説かれた教えを、私は理解し、全てを悟り知ることができますように。その教えに背くことがありませんように。そして、生まれ変わるたびに、決して悪い道に落ちることがありませんように。」 その若者は命を終えた後、常に天界か人間界に生まれました。そしてとある一生で、大変裕福な長者の家に生まれ、両親に愛情深く育てられ、成長するにつれて知恵も徐々に備わり、全てが成就しました。

「爾時，童子其家恒有一辟支佛，為作門師，數數至家。彼辟支佛，可憙端正，具足三十大丈夫相，而彼童子恒以四事供養供給彼辟支佛，盡其一形，無所乏少。其辟支佛盡其住世，然後涅槃。

> その昔、ある家に一人の童貞の少年がいました。その家には常に一人の辟支仏（びゃくしぶつ）がいて、家の導き手として頻繁に訪れていました。その辟支仏は、たいへん美しく整ったお姿で、三十のすぐれた相を完全に備えていました。その少年は、常に四つの必需品（衣服・食事・寝具・薬）を欠かさず捧げ、辟支仏が生涯を終えて涅槃に入られるまで、何の不足もなくお世話をし続けました。

「爾時，長者見辟支佛命終涅槃，即取彼身，如法闍毘，收取舍利，起塔供養，以泥塗飾復以石灰，重塗其上。以莊嚴故，懸諸種種寶珠瓔珞，發是願言：『願我未來恒值如是辟支世尊，而彼世尊所說之法，聞已領解，永不忘失，生生世世不墮惡道。亦願我身，端正可憙，見者歡喜，身有三十大丈夫相，具足無減，如此大仙等無有異。』而彼長者捨身命終，後更不曾生於惡道，恒生人天，久久流轉，於後復生波羅㮈國。彼時有王名吉利尸隋言瘦細，以為彼子。於爾之時乃有一佛，出現於世，名曰迦葉多他伽多、阿羅訶、三藐三佛陀。然彼世尊隨其住世，滅度已後，吉利尸王純以七寶，為造塔廟，所謂金銀頗梨琉璃，及赤真珠珊瑚馬瑙。其寶塔外，更以麤塼重覆其上，其塔高峻至一由旬，東西縱廣各半由旬，為作銘記，名曰達舍婆陵迦隋云十相。

> その時、長者は辟支仏が命終し涅槃に入ったのを見て、ただちにその身を取り、法に従って荼毘（だび）に付し、舎利（しゃり）を収め、塔を建てて供養した。泥で塗って装飾し、さらに石灰でその上を重ね塗りした。荘厳（しょうごん）のために、種々の宝珠や瓔珞（ようらく）を掲げて、こう祈願した。 「どうか未来永劫、私はこのような辟支世尊にお会いできますように。そして、かの世尊の説かれた法を聞き、その意味を悟り、永遠に忘れることなく、生まれ変わり死に変わりしても悪道に堕ちることのありませんように。また、この身が端正で愛らしく、見る者を喜ばせ、三十の大丈夫相（だいじょうぶそう）を完全に備え、この大仙人と少しも変わらないものでありますように。」 その長者は命を終えた後、再び悪道に生まれることなく、常に人間や天界に生まれ続けた。長い時を経て、後にまたポーラーナシー（波羅奈国）に生まれた。その時、吉利尸（キリシ）という王がおり、その子として生まれた。 その時代に、迦葉（カショウ）多他伽多（タタガタ）・阿羅訶（アラカン）・三藐三仏陀（サンミャクサンブッダ）という名の仏が世に現れた。その世尊が世に留まり、滅度された後、吉利尸王は純粋な七宝、すなわち金・銀・玻璃（はり）・琉璃（るり）・また赤真珠・珊瑚・瑪瑙（めのう）をもって塔を建てた。その宝塔の外側には、さらに粗い煉瓦で重ねて覆い、その塔は高さ一由旬（ゆじゅん）、東西の広さは半由旬に達した。そして銘記として『ダシャブリンガ（十相）』と名付けた。

「爾時，吉利尸王所生七子僉白王言：『善哉大王！當知我等欲於迦葉多他伽多、阿羅訶、三藐三佛陀舍利塔上，各各奉施一大傘蓋以覆其塔。善哉大王！願垂聽許。』王告之言：『任隨汝等！我今聽造。』

> その時、吉利尸王には七人の王子がおりました。彼らは皆、王に申し上げました。 「王様、どうかお聞きください。私たちは、迦葉如来（かしょうにょらい）、阿羅漢（あらかん）、正等覚者（しょうとうかくしゃ）である仏陀の舎利塔（しゃりとう）の上に、それぞれ大きく美しい傘蓋（さんがい）を捧げて、塔を覆いたいと望んでおります。どうか王様、私たちの願いをお許しください。」 王はお答えになりました。 「好きになさい。お前たちの願いを、今、許します。」

「爾時，彼等諸七王子各以一寶，造其一蓋，覆其塔上，或造金蓋，或造銀蓋，乃至或造碼瑙等蓋。其七子內，第二王子，造其金蓋，以覆塔上，心發是願：『願我來世恒值如是辟支佛尊，彼所說法，願我領證，永不忘失，生生世世，不墮惡道，所生之處，願得猶如金色之身。』」

> その時、七人の王子たちはそれぞれ一つの宝を使って、一つの蓋を作り、塔の上を覆いました。ある者は金の蓋を作り、ある者は銀の蓋を作り、さらにはメノウなどの蓋を作りました。七人の王子のうち、第二の王子は金の蓋を作って塔の上を覆い、心の中でこう誓いました。『どうか来世においても、常にこのような辟支仏（びゃくしぶつ）の尊きお方に巡り合えますように。そのお方が説かれる教えを、どうか私は悟り、永遠に忘れることなく、生まれ変わり死に変わりながらも、決して悪道に堕ちることなく、生まれるところでは、どうか金色の身を得られますように。』

爾時，佛告諸比丘等：「汝諸比丘！若有心疑，於彼槃頭摩城之內，婆羅門子，供養彼佛及比丘僧，溫室洗浴，心發是願：『願我來世，當得似此比丘僧眾清淨無垢香潔之身。』於毘婆尸多他伽多、阿羅訶、三藐三佛陀滅度之後，造塔供養之童子者？汝等比丘！莫作異見，此即難陀比丘是也。

> 時に仏は諸の比丘たちに告げられた。「汝ら比丘よ、もし心に疑いを抱くならば、あの槃頭摩城の中で、バラモンの子がかの仏と比丘僧伽に供養し、温室で沐浴させ、心に『願わくは我、来世において、この比丘僧伽のように清らかで汚れなく、香り清らかな身を得んことを』と誓願を立てたことについて、あるいは毘婆尸多他伽多・阿羅訶・三藐三仏陀が入滅された後、塔を建てて供養した童子供養者は誰かと問うならば――汝ら比丘よ、異なる見解を抱いてはならない。これこそ、すなわち難陀比丘である。」

「汝諸比丘！汝等若有疑彼長者，一形供養彼辟支佛，滅後復以舍利起塔，供養塗治，及以石灰種種莊飾，及諸瓔珞供養彼塔，心作是願：『願我來世如此辟支端正可憙，觀者無厭，身有三十大丈夫相，具足無減，如此仙人。』蓋是誰也？汝諸比丘莫作異見，此亦難陀比丘是也。

> 「比丘たちよ、もしあなたたちが『あの長者は、その辟支仏（独覚）に対し生涯にわたり供養し、その入滅後には舎利塔を建て、石灰などで美しく飾り、瓔珞（ようらく）を捧げ、そして願を立てた──「来世にはこの辟支仏のように端正で愛らしく、見る者を飽きさせず、三十の大丈夫相を完全に備えた者となれますように」と。その長者とは誰か？』と疑問に思うならば、比丘たちよ、他の者と思うな。その長者こそ、この難陀比丘なのである。」

「汝諸比丘！汝等若有心疑，於彼波羅㮈城吉利尸王第二之子，為彼迦葉多他伽多阿羅訶三藐三佛陀，造作金蓋以覆塔者，莫作異見，此亦難陀比丘是也。

> 「比丘たちよ、もしあなた方が『あのバーラーナシーの王、吉利尸の第二王子が、かの迦葉仏（かしょうぶつ）のために金の蓋（きんのふた）を作って塔を覆ったのは誰か』と疑問に思うなら、そう思ってはならない。あれこそが、この難陀比丘（なんだびく）なのである。」

「然此難陀以於往昔毘婆尸佛及比丘僧，為作溫室，如法洗浴，因發是願：『願我來世，當得如是清淨香潔無垢之身，如此比丘清淨無垢。』又復供養辟支佛尊，尊滅度後起舍利塔，以泥塗治石灰嚴飾，并以瓔珞而莊挍之，心作是願：『願我來世，如是端正，如是可憙，身有三十大丈夫相，具足無減，如此仙人。』復於迦葉多他伽多、阿羅訶、三藐三佛陀滅度之後，造舍利塔，純金造蓋以覆其上，心發是願：『願我來世所生之處，身恒金色。』藉彼業緣，今成如此可憙端正觀者無厭金色之身，復有三十大丈夫相，皆悉具足，無有缺減。

> さて、この難陀は過去世において、毘婆尸仏とその比丘僧団のために温室を建て、正しく沐浴の供養をした際に、こう誓いました。 「どうか来世には、これらの比丘のように清らかで香り高く、汚れなき身体を得られますように。」 また、辟支仏を供養し、その入滅後には舎利塔を建て、壁に泥を塗り、石灰で飾り、さらに瓔珞で荘厳しました。 その時も心にこう願いました。 「どうか来世には、この仙人のように端正で愛らしく、三十二の大丈夫相をすべて備えた身体を得られますように。」 さらに、迦葉多他伽多・阿羅訶・三藐三仏陀の入滅後には、舎利塔を建て、純金の蓋をその上に置いて、こう誓いました。 「どうか来世に生まれるところでは、常に金色の身体でありますように。」 これらの善行の因縁によって、今、このように愛らしく端正で、見る者を飽きさせない金色の身体を得、さらに三十二の大丈夫相もすべて完全に備えているのです。

「於彼之時，復起心願：『願我來世，勿生惡道。』藉彼業報，不曾生於惡道之內，恒得生於人天道中。

> その時、彼は再び心に願いを起こしました。 「どうか来世では、悪い道に生まれませんように。」 その行いの報いによって、彼は決して悪道に生まれることなく、常に人間や天人の世界に生まれることができました。

「復於彼時，毘婆尸佛、多他伽多、阿羅訶、三藐三佛陀造塔之時，撿挍經紀，於辟支佛復以四事，盡形供養。藉彼業報因緣力故，今得生於釋種之家。又於爾時，心發是願：『願我來世，常得值遇如是世尊，或勝此者，然彼世尊所有法教，願我聞已，速得證解。』藉彼業報因緣力故，今得值我，即於我邊，而得出家及具足戒，我復授記，告諸比丘：『若知於我聲聞弟子調伏諸根最第一者，難陀比丘即其人也。』

「汝諸比丘！汝等須知，難陀比丘昔日造作如是善根，藉彼善根，今得生於釋種之家，身有金色，具足三十大丈夫相，現得出家，受具足戒，得羅漢果，復得授記作如是言：『若欲知我聲聞弟子調伏諸根最第一者，所謂難陀比丘是也。』」

> 「比丘たちよ、知っておきなさい。 かつて難陀比丘は、このような善い行いを積んでいました。その善い行いによって、今、釈迦族に生まれ、体は金色に輝き、三十の大丈夫の相を備え、出家して具足戒を受け、ついには阿羅漢の悟りを得ることができました。 さらに、『私の声聞の弟子の中で、諸々の感覚を最もよく調え整えている者を知りたいなら、それは難陀比丘である』と、はっきりと将来の約束（授記）を受けました。」