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title: "佛本行集經 · 60 阿難因緣品"
description: "佛本行集經是隋代高僧闍那崛多翻譯的一部重要佛教經典，屬於佛陀傳記類文獻。該經詳細記載了釋迦牟尼佛從誕生、出家、成道到涅槃的完整生平事蹟，內容涵蓋佛陀前世因緣、降生王宮、四門出遊、捨棄王位、苦行悟道、初轉法輪等重要事蹟。闍那崛多作為隋代著名譯經師，其譯本語言流暢，保存了印度佛教原始風貌。此經在漢傳佛教中具有重要地位，是研究佛陀生平及早期佛教思想的重要典籍，為後世佛教史傳文學的發展奠定了基礎，對佛教修行者理解佛陀教法具有指導意義。"
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## 佛本行集經卷第六十

> 『仏本行集経 第六十巻』

隋天竺三藏闍那崛多譯

> 隋の天竺三蔵僧侶、闍那崛多訳

### 摩尼婁陀品下

爾時，佛告諸比丘言：「汝諸比丘！彼時賊人在於辟支佛塔之前，益燈明者，其人是誰？莫作異見，摩尼婁陀比丘是也。摩尼婁陀，往昔作於大居士子，名曰大財，於後復作行賊盜人，為辟支佛舍利塔中，添益燈油，以清淨心，乞如是願：『願我來世，莫生惡道。』由彼業報，生世不曾墮惡道中，恒於天人，往反受樂。而於彼時，復乞是願：『願我來世，恒常值遇如是世尊，或勝此者，彼所說法，願我速解。』由彼業報，今得值我如是世尊，復於我邊，獲得出家，受具足戒。而於彼時，復乞是願：『願我於彼世尊所有弟子之中，得天眼者，我為第一。』由彼業報，今於我法聲聞弟子，得天眼中，其第一也。

> その時、仏は比丘たちに告げられた。「比丘たちよ、あの時、独覚仏の塔の前で灯明を盛んに灯した賊人は誰だったと思うか？違う見方をしてはならない。あれこそが摩尼婁陀比丘なのである。摩尼婁陀は、前世で大富豪の子として『大財』と呼ばれ、後に盗人となったが、独覚仏の舎利塔で灯油を灯し加えたのだ。その時、清らかな心でこう願った。『どうか来世では、悪道に生まれませんように』と。その業の報いにより、彼は生涯、決して悪道に堕ちることなく、常に天や人の間で喜びを味わってきた。また、その時こうも願った。『どうか来世では、常にこのような尊い方、あるいはそれ以上の尊い方にお会いし、その説法を速やかに理解できますように』と。その業の報いにより、今、彼はこのような尊い私に出会い、私のもとで出家し、具足戒を受けることができたのだ。さらに、その時こう願った。『どうか、その尊い方の弟子たちの中で、天眼を得た者として、私が最も優れたものとなりますように』と。その業の報いにより、今、私の声聞弟子の中で、天眼を得た者として、彼が最も優れた者となったのである。」

「汝諸比丘！摩尼婁陀，昔有如是種殖善根，由彼業力，今得出家，受具足戒得羅漢果。汝諸比丘！我復授記，於我聲聞弟子之中，摩尼婁陀，最為第一。」

> 「比丘たちよ、摩尼婁陀（まにろうだ）はかつてこのように善い根を植え、その業の力によって、今、出家し、具足戒を受け、阿羅漢の果を得ることができた。比丘たちよ、私はさらに授記する。私の声聞の弟子たちの中で、摩尼婁陀が最も第一である。」

復有一時，世尊在於波羅㮈城舊仙居處鹿野苑中，彼時天雨，長老阿難，詣向佛所，頂禮佛足，却住一面，住一面已，白言：「世尊！今日天雨，無有飲食，當作何計，令諸比丘過一日夜？」佛告阿難：「汝莫愁也！摩尼婁陀比丘！現在福力甚強，今日比丘應當得過一日一夜。」

> またある時、世尊はバラナシの古仙人が住んでいた鹿野苑におられた。その日は雨が降っていた。長老のアーナンダは仏の許へ参り、仏の足に礼拝し、退いて一方に立った。そして、一方に立ってから申し上げた。 「世尊、今日は雨が降り、食べ物がございません。比丘たちが一昼夜を過ごすには、どのようになさったらよいでしょうか？」 仏はアーナンダに告げられた。 「あなたは心配してはならない。マハーニローダ比丘は現在、福徳の力がまことに強い。今日、比丘たちは一昼夜を過ごすことができるであろう。」

爾時，長老摩尼婁陀詣向佛所，到已頂禮，却住一面而白佛言：「世尊！今者受我微供，若食我食，堪令一切諸比丘等過一日夜。」於時，世尊默然受許。爾時，長老摩尼婁陀，於晨朝時，著衣持鉢，往至入彼彼羅㮈城。其入城已，未曾告乞，亦更無有親舊識知。當於爾時，忽然即有五百釜食，來至彼前。爾時，長老摩尼婁陀，尋時送彼五百釜食，向鹿苑中，即敷諸座，敷設已訖，往白佛言：「世尊時至，飯食已辦，唯願就食。」

> その時、長老マハー・モッガラーナ（摩尼婁陀）は、仏のもとへ赴いた。到着してひれ伏し礼拝し、一方に立ってから仏に申し上げた。「世尊よ、どうか今、私のささやかな供養をお受けください。私の食事をお召し上がりいただければ、すべての比丘たちが一昼夜にわたって十分に過ごせることでしょう。」その時、世尊は黙ってお許しになった。 そこで長老マハー・モッガラーナは、朝の時に衣を着け、鉢を持って、かのバラナシ（彼羅㮈）の町に入った。しかしその町に入っても、托鉢をすることもなく、また親しい知り合いもいなかった。ところがその時、突然に五百の釜の食べ物が、彼の前に現れた。そこで長老マハー・モッガラーナは、すぐにその五百の釜の食べ物を鹿野苑（鹿苑）へと運ばせ、座を設け整えた。設営が終わると、仏のもとへ行き申し上げた。「世尊よ、お時間となりました。食事の用意が整いました。どうかお召し上がりください。」

爾時，世尊日在東方，著衣持鉢，共諸比丘，來至食堂，於所敷設，次第而坐。爾時，長老摩尼婁陀見佛及僧次第坐已，奉持如上五百釜食，施佛及僧，恣飽滿已，然後自食。飯食亦訖，共諸比丘，詣向講堂，敷座而坐。

> その時、世尊は東の空に日が昇る頃、衣を着けて鉢を持ち、比丘たちと共に食堂に来られ、用意された席に順に座られました。 長老マニルーダは、佛と僧伽が順に座られたのを見て、先に用意した五百釜の食べ物を差し上げ、佛と僧伽が十分に満たされるよう施し、その後自ら食事をされました。食事が終わると、比丘たちと共に講堂へ向かい、座を敷いて座られました。

爾時，長老摩尼婁陀坐已即告諸比丘言：「諸長老輩！希有希有！未曾得見如此之事，乃有如此多大果報，多大功德，多大威勢。所以者何？諸長老輩！我念往昔，久遠之時，波羅㮈城有一貧人，無有資財，不立倉庫。於彼之時，波羅㮈城，有辟支佛，依倚而住，名婆斯吒。當爾之時，其城穀貴，人民飢饉，乏少者多，其城內外，多有人死，唯見白骨，處處狼籍。於彼之時，諸出家人，乞食難得，以飢所逼，不能修道。當爾之時，彼辟支佛，於晨朝時，日在東方著衣持鉢，入波羅㮈次第乞食，遍歷彼城全無所得，如本洗鉢，還出城去。我於爾時，見婆斯吒辟支佛尊，詣向彼邊，到已白言：『善哉大仙！此處乞食，頗得已不？彼尊報我，作如是言：仁者！我今乞食不得？』我於爾時，復白彼尊，作如是言：『尊者！若然，來至我家。』於時家內，唯有一升稗子熟飯，我即喚彼辟支佛尊，命入舍內將彼稗飯，以用奉施。時辟支佛，受我施已，隨意所去。我於彼時，為採薪柴，出至城外，與尸陀林，相去不遠，採取柴木。彼林有一白骨屍骸，忽然起來，抱我項住。我於彼時，欲脫彼屍，慇懃用力，不能得脫。我於彼日，日落西下，將欲沒時，抱持死屍，來入城內。我入城時，人見我者，而告我言：『咄人何故將此骨屍，而入城內？』我報彼言：『是諸人輩！我今盡力，欲脫此屍，了不能得。汝等若有堪能脫者，當為我脫。』時彼人輩，詳共捉此骨屍牽挽，盡力望脫，亦不能得。我時漸漸至於家內，望欲脫彼白骨死屍，而彼白骨，悉變成金，自然墮地。我於爾時，作如是念：『我以此金，不可獨用。』作是念已，即詣向彼梵德王邊白言：『大王！當知，我今地得伏藏，大王受取，用為國寶。』時梵德王，喚諸左右而勅之言：『汝等當須隨此人去，其人指授，悉皆受取，將來向此。』

> 爾（その）時、長老マハー・モッガラーナ（摩尼婁陀）は坐して、ただちに諸比丘に告げて言った。 「諸々の長老の方々！実に稀有なことです。実に稀有なことです。かつて見たことのないような、このような大きな果報、大きな功徳、大きな威勢があるとは。 なぜかと言いますと、諸長老の方々、私はかつて、はるか昔の遠い昔、バラーナシー（波羅㮈）の町に、財産もなく、蓄えもない貧しい者がいたのを覚えています。 その時、バラーナシーの町には、バーシタ（婆斯吒）という名の独覚（辟支仏）がおられました。その頃、その町では穀物が高く、人々は飢饉に苦しみ、乏しい者が多く、町の内外には多くの人が死に、骨が至る所に散乱していました。 当時、出家者たちは托鉢もままならず、飢えに迫られて修行もできない状態でした。 ある日の朝、太陽が東に昇るころ、その独覚様は衣を身に着け鉢を持ち、バラーナシーの町に托鉢に入られました。しかし町中を巡っても何も得られず、鉢を洗って町を出ていかれました。 その時、私はバーシタ独覚様を見かけ、お近づきになり、申し上げました。 『善きかな、大仙よ。こちらでの托鉢は、何かおありになりましたか？』 その尊師はこうお答えになりました。 『友よ、私は今、托鉢で何も得られなかった。』 そこで私は、再びその尊師に申し上げました。 『尊者よ、もしそうでしたら、私の家にお越しください。』 その時、家にはたった一升の雑穀（稗）の炊き込みご飯だけがありました。私はその独覚様をお呼びし、家の中に招き入れて、その雑穀飯を差し上げました。 独覚様は私の布施をお受けになり、その後、思いのままに去っていかれました。 その後、私は薪を取るために城外の屍陀林（しかばね林）の近くに行きました。すると、林の中にあった一つの白骨の死骸が、突然立ち上がり、私の首に抱きつきました。 私はその死骸を振り払おうと、懸命に力を尽くしましたが、どうしても振りほどけませんでした。 その日、日が西に沈みかけ、まさに暮れようとする時、私はその死骸を抱えたまま町の中に入りました。 私が町に入ると、人々は私を見て言いました。 『おい、どうしてそのような骨の死骸を抱えて町に入るのだ？』 私は彼らに答えました。 『皆さん、私は力を尽くしても、この死骸を振り払うことができません。もしあなたがたでできるなら、私のために振りほどいてください。』 その時、人々は皆でその骨の死骸を掴み、引っ張って、力を尽くして振りほどこうとしましたが、やはりできませんでした。 そうして私はようやく我が家に着き、その白骨の死骸を振りほどこうとしました。すると、その白骨はすべて金に変わり、自然と地面に落ちました。 その時、私はこう考えました。 『この金を、独り占めにしてはならない。』 そう思ってから、私はバラモン（梵徳）王のところに行き、申し上げました。 『大王よ、お聞きください。私は今、地中にお宝を見つけました。大王がお受け取りになり、国の宝としてください。』 するとバラモン王は、左右の者たちを呼び寄せて命じました。 『あなたたちは、この者に従って行きなさい。この者が指し示す所を、すべて受け取り、ここに運びなさい。』

「爾時，左右聞王勅已，即時共我來至家內，我即以金，示彼使人。

> その時、左右の者たちは王の命令を聞くと、すぐに私と共に家の中へやって来ました。そこで私はその使いの人々に金をお見せしました。

「爾時，使人還見死屍白骨如故，見已謂我：『咄哉癡人！汝不癲狂！何故持彼死屍白骨以為金也？』而彼使者還至王所，具說前事。我於後時，復至王邊而白王言：『大王！當知，我得伏藏，事實不虛，惟願大王！早為納受。』時梵德王，遂即自往至其家內，見彼金藏，還是白骨如本不異，復告我言：『咄哉癡人！汝著癲狂！何為於此白骨死屍而作金想？』我復白彼梵德王言：『大王！當知，此實金也，非是屍骨。』如是再三，作是語已。我於爾時，手執彼金，作是誓言：『若此金寶，為我來作善業報者，願梵德王亦如是見。』作此誓已，時梵德王看此死屍，還如我見金寶不異，即告我言：『善哉仁者！汝作何等善業因緣？曾事何神？供養何天？供養何仙？而能與汝如是願也。』我於爾時，白梵德王作如是言：『大王！當知，有一仙人，我曾供給此仙人食。必應是彼神力所致，令我今日得是果報。』時梵德王而告我言：『汝以造作如是善業，故於今日得此果報。汝此果報，無人能奪，從今日後，不須疑慮，隨意而用。』諸長老輩！我於彼時，正以布施彼辟支佛一食之業，現於爾時即獲果報，所須資財，隨意即辦。正以施彼一食之故，七反生於三十三天，受其福報，乃於彼處三十三天，作帝釋王，復於人中，而為國王，并復得作轉輪聖王，治四天下，為世界主，護持世間，七寶具足，乃至降伏，如法治化。由彼布施一食果報，命終生天，從天下生在於人間；命盡復得生於天上。流轉如是，更不雜生。我所生處，恒得最勝上妙宮殿，若生人間，生豪貴家，資財豐足，乃至一切無所乏少；如在天身，多受快樂，下生人間，亦復如是。以施一食，因彼果報，今生釋種。我生之日，諸天下來，將五百寶衣覆我身上，地下復有五百伏藏自然現出，皆以布施一食果報。我之父母，為我造作三種宮殿：一宜夏坐，二宜冬坐，三宜春秋二時居坐。以彼施食果報因緣，我既生於釋種之家，我家爾時，遂即日別漸漸增長，所謂穀米盈溢倉廩，真珠琉璃珊瑚虎魄金銀玉等，無量珍寶，二足四足，無所尠乏。又以彼時施食果報，我在園苑，我母爾時，欲試我故，辦具空器，以衣覆蓋，送來與我，至其半路，即有諸天種種飲食，悉滿其器。彼食香美，大有氣力。又以施食果報力故，共父相隨，撿挍田作。當爾之時，身患飢渴，遂往赴水，掬取欲飲，其水變成天妙甘露。又以施彼一食之故果報成熟，今來入此波羅㮈城，未曾與彼委曲相識，自然即有五百釜食，來於我前。我受彼食，遣送林中，請佛及僧，供奉此食，悉令佛僧大眾充飽。藉彼業報，我於四事，無所乏短。我施彼食，果業因緣，於世俗樂，亦無所乏；今者出家，於出家樂，亦皆具足。以彼施食果報熟故，今斷生死，得梵行力，所有作者，皆悉已辦，不受後有，至無畏處，至於前所，當得涅槃，得涅槃已，無樂無苦，自然證知。諸長老輩！我於彼時，乃不識是辟支世尊，我若決定知辟支佛，我應尋時更求勝果，求大威德，應求無上廣大果報。」

> 「その時、使いの者が戻ってみると、あの死体や白骨は以前と同じままでした。それを見て、彼は私に言いました『ああ、愚かな者よ！ お前は気が狂ってはいない！ どうしてあの死体や白骨を金だと思ったのか？』と。そして、その使いの者は王のところに戻り、先ほどのことを詳しく申し上げました。私はその後、再び王のところへ行き、申し上げました『大王、お聞きください。私は財宝を見つけました。これは本当のことで決して偽りではございません。どうか大王様、お早くお受け取りください』と。すると、梵徳王は自ら私の家に来て、その金の蔵をご覧になりましたが、やはり同じように白骨のままでした。そして再び私に言いました『ああ、愚かな者よ！ お前は気が狂っている！ どうしてこの死体や白骨を金だと思うのだ？』と。私は再び梵徳王に申し上げました『大王、お聞きください。これは本当に金なのです。死体や骨ではありません』と。このように二度三度と申し上げた後、私はその時にその金を手に取り、こう誓いました『もしこの金の宝が、私のために善い行いの報いとして現れたものなら、梵徳王もどうか同じように見えますように』と。この誓いが終わると、梵徳王はその死体を、私が金の宝を見るのと同じようにご覧になりました。そして私に言いました『立派な方よ、あなたはどのような善い行いの因縁を積まれたのですか？ どのような神様に仕え、どのような天を供養し、どのような仙人を供養されたのですか？ それによって、このような願いが叶えられたのですか？』と。私はその時、梵徳王にこう申し上げました『大王、お聞きください。ある仙人がおりました。私はその仙人に食事を差し上げました。その神通力の賜物で、今日このような果報を得たのに違いありません』と。すると梵徳王は私に言いました『あなたはそのような善い行いをしたので、今日この果報を得たのです。この果報は誰にも奪えません。今日から後は、疑いを持たずに好きなようにお使いなさい』と。 皆さん、私はその時、まさにその辟支仏に一食を布施したという業によって、その場で即座に果報を得ました。必要な財物は、思いのままに手に入りました。まさにその一食を布施したことによって、七回も三十三天に生まれ変わり、その福報を受け、そこでは帝釈王となりました。また、人間の世界では国王となり、さらに転輪聖王となって、四天下を治め、世界の主となり、世の中を守り、七宝をすべて備え、また人々を服従させて、法に従って正しく統治しました。その一食を布施した果報によって、命を終えて天に生まれ、天から人間の世界に生まれ変わり、命が尽きれば再び天に生まれました。このようにして生死を繰り返し、他の世界に混じることなく生まれ変わりました。私が生まれるところは常に最も優れた素晴らしい宮殿を得ました。人間の世界に生まれる時は、富貴の家に生まれ、財産は豊かに満ち、何一つ不足することはありませんでした。天の身体でいる時のように多くの楽しみを受け、人間の世界に下りてもまた同じでした。一食を布施したというその果報によって、今この釈迦族に生まれました。私が生まれた時、多くの天人が下りて来て、五百枚の宝の衣で私の体を覆いました。地下からも五百の伏蔵が自ずと現れました。これらすべて、一つ食事を布施したという果報によるものです。私の両親は私のために三つの宮殿を建てました。夏に適したもの、冬に適したもの、春秋の二つの季節に住むためのものです。その布施の果報の因縁によって、私は釈迦族に生まれ、我が家はその時から日ごとに次第に繁栄していきました。穀物は倉に溢れ、真珠、瑠璃、珊瑚、琥珀、金、銀、玉などの計り知れない宝、二足のもの、四足のもの、何一つ欠けることはありませんでした。また、その時の布施の果報によって、私が庭園にいた時、母が私を試そうとして、空の器を用意し、布で覆って私に送ってよこしました。すると、途中で天の人々が様々な飲食をその器に満たしました。その食べ物は香り高く美しく、大いに元気が出ました。さらに、布施の果報の力によって、父と一緒に田んぼの仕事をしていた時、私は飢えと渇きに苦しみ、水を飲もうとして水辺に行き、手で水をすくおうとしました。すると、その水は天の素晴らしい甘露に変わりました。また、その一食を布施したという果報が成熟したことにより、今、この波羅奈の都に入り、誰かと特別に知り合ったわけでもないのに、自然に五百の釜の食事が私の前に現れました。私はその食事を受け取り、林の中に送って、仏様と僧侶の皆さんをお招きしてこの食事を供養し、仏様と僧侶の大勢の皆さんが満ち足りました。その業の報いにより、私は衣食住の四つの事柄について、何も欠けることがありませんでした。私があの食事を布施したという業の因縁によって、世俗の楽しみについても何も不足はなく、今出家してからは、出家の楽しみもすべて備わっています。あの布施の果報が熟したことにより、今、生死を断ち、清らかな行いの力を得て、なすべきことはすべて成し遂げ、再び生を受けることはなく、畏れのない境地に至り、以前の境地に至り、やがて涅槃を得るでしょう。涅槃を得たならば、楽も苦もなく、自然にそれを知るでしょう。 皆さん、私はその時、あの方が辟支仏であるとは知りませんでした。もし私が辟支仏であると確かに知っていたならば、すぐにさらに優れた果報を求め、偉大な威徳を求め、無上の広大な果報を求めたことでしょう。」

爾時，長老摩尼婁陀說前語已，重說偈言：

> その時、長老大迦葉が先の言葉を述べ終え、再び偈（うた）を詠んで言いました。

「我自思惟往昔時， 依住在於波羅㮈，負賣薪柴以為業， 值遇尊者婆斯吒，見已布施一飡食， 故生豪貴釋種姓，其名號曰尼婁陀， 善解音聲復能舞，拍手歌詠諷頌等， 并及一切諸技藝。我今已自知宿命， 及以昔世所生處，往於三十三天上， 於彼七反往來生，彼處或作釋天王， 及以自在天宮內，一切隨我所造作， 如是治化於諸天。復經七反作人主， 灌頂成就剎利王，自在大力降伏眾， 不行刀兵諸戎仗。如法治化大地中， 多有無量諸珍寶，於我境界悉豐饒， 所生家中大巨富，資財增長無有數， 於諸人中最為首。世間五欲悉圓備， 七寶諸珍無闕少，皆由我作如是業， 不曾生於惡道中。今於釋種得出家， 得三解脫甘露處，我為何故得出家， 棄捨家業來於此？正以我獲彼利益， 故來報佛世尊恩，世尊知我機熟時， 為我演說無常法。若有意所幻化身， 神通自來至我所，若我心中有疑惑， 如是皆悉為我解。佛所說法無分別， 還為我說無別法。我今得聞彼實語， 如法愛樂而奉行，如是即得三解脫， 即是仰報諸佛恩。我今不樂此命終， 亦不愛樂此壽命，但我所受業至時， 正念思惟當捨壽。我知未來生死處， 眾生往來處亦知，既知此處命終已， 亦知往至彼處生。毘舍離境竹林村， 我於彼林當捨壽，於彼林中蔚茂處， 漏盡其下入涅槃。」

> 私はこう考えました。「昔、バラナシに住んでいた時、 薪を売って生計を立てていたが、尊者ヴァシシュタに出会い、 一食を布施した功徳により、尊い釈迦族に生まれ変わった。 その名はニローダ（尼婁陀）といい、音律や舞踊に秀で、 手拍子、歌詠、諷誦など、あらゆる芸能に通じていた。 今や私は自らの宿命を知り、過去世の生まれた場所も知っている。 三十三天（忉利天）に七度生まれ変わり、 そこでは天帝となり、また自在天の宮殿においても、 すべてを意のままに統べ、天界を治めた。 さらに七度、人間の王となり、灌頂を受けた刹帝利の王として、 自在の力で民を治め、刀兵を用いることなく、 法に基づいて大地を統治した。国土には無量の宝が満ち、 私の領地は豊かに実り、家は大いなる富に恵まれ、 財産は限りなく増え、人々の中で最も優れていた。 世の五欲はすべて備わり、七宝の珍宝も欠けることはなかった。 これらすべては、私が行った善業の報いであり、 決して悪道に生まれることはなかった。 今、釈迦族を離れて出家し、三つの解脱と甘露の境地を得た。 なぜ私は出家し、家業を捨ててここに来たのか？ まさにその利益を得たからであり、それゆえに仏世尊の恩に報いるために来たのだ。 世尊は私の機が熟した時を見極め、無常の法を説いてくださった。 もし心に描いた幻の化身があれば、神通力により自ずと私のもとに来る。 もし私の心に疑いがあれば、すべてを解き明かしてくださる。 仏の説かれた法に分別はなく、私にも分別なき法を説いてくださった。 今、私はその真実の言葉を聞き、法を愛し喜んで実践し、 かくして三つの解脱を得た。これこそ、諸仏の恩に報いることである。 私はこの命の終わりを望まず、この寿命を愛することもない。 しかし、私の受けるべき業の時が来たならば、正念をもって寿命を捨てよう。 私は未来の生死の場所を知り、衆生の輪廻のあり様も知る。 ここで命を終えた後、どこに生まれるのかも知っている。 ヴァイシャーリーの竹林の村、その林の中で私は寿命を捨てる。 その林の茂みの中で、煩悩を尽くして涅槃に入るのだ。」

爾時，世尊以淨天耳過於人耳，聞彼長老摩尼婁陀，說此過去造業因緣，今昔獲得如是果報。復以妙偈，而陳說之。聞是事已，讚歎欣然。

> その時、世尊は人を超えた清らかな天耳によって、長老マニローダが語った過去の業の因縁と、それによって得た現在の果報の話を聞かれました。そして、見事な詩句をもってこれを称えられた後、その話を聞いて深く感嘆し、喜ばれました。

### 佛本行集經阿難因緣品第六十

> 第六十品 阿難因緣

又於一時，長老阿難，被諸梵行大德人輩勸請，令彼奉侍世尊。從爾已來，盡心盡力，意行調適，如來所說，悉皆受持。從如來口所聞之事，或世間事、或出世事，悉能受持，永不忘失，若有人來諮問所疑，亦悉能令彼心歡喜。以是因緣，世尊集眾，告諸比丘，作如是言：「汝諸比丘！於我聲聞弟子之中，多聞利智，侍者之內，阿難比丘是其人也。」時，諸比丘白佛言：「世尊！長老阿難，於往昔時，造何善根？藉彼善根，今生釋種大豪姓家，巨富饒財，大有勢力，乃至一切無所乏少。復以何業？今得出家，受具足戒，得諸聖法，若聞世間出世間事，永不忘失，若有諸人來問所疑，亦悉能令彼心歡喜。世尊復記謂諸比丘：『若知於我聲聞弟子，多聞智慧強記不忘最第一者，此即阿難比丘是也。』」作是語已，佛告諸比丘：「我念往昔，過去世中，久遠之時，還於此處波羅㮈城，有王治化，名曰梵德。彼王爾時，生於二子，一名喜根，二名婆奴隋言月。二子之內，喜根為大。其大子者，本性調善，賢直柔和，多有慈心，畏懼諸罪，厭離愛有。其彼王子，見其城內為諸王事之所逼切，縣官苦惱，殺害無窮，多有繫閉，所謂枷鎖杻械囹圄，地牢固禁，斬截手足，割其耳鼻，挑其眼目。既見此事，遂作是念：『我之父王，百年已往，我身云何當治王位？我今知用如此王位，欲作何事？及我身命，亦知何用？所以者何？今見一切諸眾生輩，以種種苦逼切其身。如我今者，不如捨家出家修道。』作是念已，詣父母邊，白言：『父母！我欲捨家出家修道。』

> ある時、長老アーナンダは修行仲間の長老たちから、世尊に仕えるよう勧められました。それ以来、彼は全力を尽くし、心身を調えて、如来の説かれた教えをすべて受け止めました。如来の口から聞いたことは、世間のことであれ、出世間のことであれ、すべてを記憶し、決して忘れることはありませんでした。また、人が疑問を尋ねに来ると、その心を喜ばせることができました。このような理由から、世尊は比丘たちを集めてこう言われました。「汝ら比丘よ、私の声聞の弟子の中で、多くの教えを聞き、鋭い智慧を持ち、侍者として最も優れているのは、アーナンダ比丘である。」その時、比丘たちは仏に尋ねました。「世尊よ、長老アーナンダは過去世において、どのような善根を積んだのでしょうか。その善根によって、今世では釈迦族の大富豪の家に生まれ、財宝に恵まれ、大きな勢力を持ち、何一つ欠けることなく、そしてどのような業によって、今世で出家し、具足戒を受け、聖なる教えを得て、世間・出世間の事柄を聞けば決して忘れず、また人々が疑問を尋ねればその心を喜ばせることができるのでしょうか。世尊はまた、比丘たちに『私の声聞の弟子の中で、多くの教えを聞き、智慧があり、よく記憶し決して忘れない者の中で最も優れているのは、このアーナンダ比丘である』とおっしゃいました。」この言葉を聞いて、仏は比丘たちに告げました。「私は思い起こす。遠い過去世、この同じバラナシの都に、梵徳という名の王が統治していた。その王には二人の子がいた。長子を喜根、次子を婆奴（隋の言葉で月という）といった。二人のうち、喜根が長子であった。その長子は、もともと穏やかで、賢く、柔和で、慈悲深く、罪を畏れ、愛欲ある生存を厭うていた。彼は都の中で、王の政務に追われ、役人の苦しめられ、殺戮が絶えず、多くの人々が拘束され、すなわち枷鎖や足枷、手枷、牢獄、地獄のような固い監禁、手足の切断、耳や鼻の削ぎ落とし、眼のくり抜きなどを見て、こう考えた。『我が父王が亡き後、私はどのように王位を治めるのだろうか。今、私はこのような王位を何に用いよう。また、我が身や命も何の役に立つというのか。なぜなら、今、すべての衆生が様々な苦しみに身を苛まれているのを見るからだ。私は今こそ、家を捨て、出家して道を修行しよう。』こう考えて、父母のもとに行き、こう申し出た。『父母よ、私は家を捨て、出家して道を修行したいと思います。』」

「爾時，父母報其子言：『汝身是我所愛之子，不離心意，瞻看無厭，我等寧死，不能別汝。我等但使身命存在，終不相放。』如是再過，喜根童子，白父母言：『父母當知！我今必定捨家出家，唯願父母！哀愍許我。』如是數數諮請父母，而彼父母，遂即聽許捨家出家，而告之言：『汝是我子，如汝所樂，隨汝意也。』爾時，梵德喜根王子，以其父母許得出家，至於他日，捨家剃髮，次第修道而悟緣覺，能作神通變化之事，放光放水，迴天動地，興雲致雨，如是等事，皆悉能辦。彼辟支佛作如是念：『我為何事而得出家？如是之事，我今已辦，已得己利，所作已辦。我今可往本生之地，憐愍父母諸眷屬故，及餘眾生，令作福田。』

> ある時、父母はその子にこう告げた。 「お前はわが愛する子、心から離れることなく、見飽きることがない。私たちは死んでも、お前と別れることはできない。私たちが生きている限り、決してお前を手放さない。」 こうして再び、喜根童子は父母に申し上げた。 「父母よ、どうかお聞きください。私は今、必ず家を捨てて出家いたします。どうか父母よ、哀れみをもって私をお許しください。」 こうして何度も父母に願い出たところ、ついに父母は家を捨てて出家することを許し、こう告げた。 「お前は我が子である。望むままに、思いのままに従いなさい。」 その時、梵徳喜根王子は父母の許しを得て、後に家を捨て、髪を剃り、順に修行して悟りを開き、独覚となった。神通変化の力が得られ、光を放ち水を出し、天を巡らせ地を動かし、雲を起こし雨を降らせるなど、これらのことをすべて成し遂げることができた。 その辟支仏はこう思った。 「私は何のために出家したのか。その目的はすでに成し遂げ、自らの利益を得、なすべきことをなした。今、私は生まれ故郷へ赴き、父母や親族、そして他の衆生を哀れみ、彼らに福田を作らせよう。」

「爾時，喜根辟支世尊，次第遊行，至波羅㮈，至彼國已，依住彼城父王梵德菴羅林內。

> その時、喜根辟支世尊（きこんびゃくしせそん）は、順に旅を続けて、バラナシ（波羅㮈）の国に到着しました。そして、その国の父王である梵徳（ぼんとく）が所有するアーシュラ林（あーしゅらりん）の中に滞在されました。

「爾時，梵德傳聞他說：『喜根童子，已成大仙，還來於此，住我境界。』『我今可往至喜根邊，顯現於彼，問訊慰喻。』時梵德王，以大勢力，嚴盛威風，示現神德，從城而出，有四兵眾，前後圍遶。

> その時、梵徳という王は、誰かから「喜根童子という方が、すでに大いなる仙人となり、この地に戻って来られ、私の領内におられる」という噂を聞きました。 「私は今、喜根様のもとへ参り、お姿を拝見し、お見舞いとお喜びをお伝えしよう」と思いました。 そこで梵徳王は、大いなる力と厳かな威風、神々しい徳の表れを示しながら、四つの兵隊を前後に従えて、城から出て行きました。

「爾時，喜根尊者辟支，遙見父來，而作是念：『此諸人輩！梵德王等，大有威力，我慢貢高，我若隨宜在彼前者，梵德王等必不敬我。』作是念已，飛騰虛空，現諸神變，坐臥經行，半身放烟，半身出火，身上放火，身下出水，示現如是種種神通。

> その時、尊者のビドゥ（辟支）は、遠くから父が来るのを見て、こう思いました。「この人々、梵徳王たちは、大いなる力を持ち、高ぶった慢心の心を持っている。私がもし、そのまま彼らの前に現れたなら、梵徳王たちは必ずや私を敬わないだろう。」そう思った彼は、虚空に飛び上がり、様々な神通力を現しました。座ったり、横になったり、歩いたり、半身から煙を出し、半身から炎を放ち、上半身から火を出し、下半身から水を流すなど、このような様々な超自然的な力を示したのです。

「時，梵德王諸臣百官，見彼尊者大聖辟支飛騰虛空現諸神變，彼等見已，作如是念：『我之童子，雖捨王位今得出家，已成大仙，有大威德，有大神通。』其心爾時，即大歡喜，踊躍無量，遍滿其體，不能自勝，詣彼喜根辟支佛所。王既漸進，佛復下空，王到其所，歡喜敬仰。時辟支佛，下住地上，即便坐於所敷之座。

> 時に、梵徳王とその家臣たちは、かの尊い大聖である辟支仏が虚空に飛翔し、様々な神通力を示すのを見て、こう思った。「我らの王子は、王位を捨てて出家したものの、今や大仙となり、大いなる威徳と大いなる神通力を有しておられる。」その時、彼らの心は大いに喜び、限りない歓喜が全身に満ち溢れ、自らを抑えきれずに、かの喜根辟支仏の許へと向かった。王が近づくにつれ、仏は再び虚空から降り立たれた。王がその場に到着すると、喜びと敬慕の念を抱いた。その時、辟支仏は地上に降り立ち、敷かれた座に坐られた。

「爾時，梵德到辟支邊，頂禮佛足，却住一面，坐一面已。時辟支佛，少說諸法，令王歡喜踊躍無量，顯示善事。

> その時、梵徳は辟支仏のもとに参り、頭を仏の足もとに捧げて礼拝し、その後、片隅に立ってから座りました。その時、辟支仏は教えを簡潔に説き、王を限りなく喜ばせ、善い行いを示されました。

「爾時，大王從辟支佛，聽聞法已，歡喜踊躍，白辟支言：『善哉大仙！今受我請，常住我家，我為尊者，當作伽藍經行房窟，四事供養，心所樂者，悉皆辦與。若欲哀愍諸眾生故，村落城邑，欲行乞食，任意所行，我不障礙。』辟支佛尊，默然而受父王所請。於時彼王，見彼尊者喜根緣覺默然受請，即辦種種諸供養具，經行房窟，四事供養，悉持施與，自餘須者，一切辦給。

> その時、大王は辟支仏から法を聞き終えて、歓喜し踊り上がり、辟支仏に申し上げた。 「まことに素晴らしい大仙よ。どうか私の願いをお受け入れください。常に私の家にお住まいください。私は尊者（あなた）のために、伽藍（寺院）、経行のための部屋や洞窟、そして衣・食・住・薬の四つの供養を用意いたします。あなたがお望みになるものはすべて、整えて差し上げます。もし、諸々の生きとし生けるものを哀れんで、村や町へ托鉢にお出でになりたいと思われましたら、お心のままにお歩きください。私が妨げることは決してございません。」 辟支仏は、この父王の願いを静かに、黙ってお受けになった。その時、この王は、尊者・喜根の縁覚が黙ってお受けになったのを見て、様々な供養の品々、経行のための部屋や洞窟、四つの供養をすべて整えて尊者に施し、その他必要なものもすべて用意して差し上げた。

「爾時，喜根辟支仙人，為欲憐愍諸眾生故，入城乞食，如此之時，即得入城。其月王子，日別至於喜根仙人辟支佛邊，承事供養，於諸法中，心有所疑，時時往問彼辟支佛。其辟支佛，或被婆奴王子所問，默然不答。唯於諸指，出其光炎。爾時婆奴作如是念：『此辟支佛，大有神通，而無才辯。』

> その時、喜根辟支仙人（きこんびゃくしせんにん）は、衆生（しゅじょう）を憐れみたいと願って、托鉢のために町に入りました。そのまま町に入ることができました。 月（がつ）の王子は、毎日、喜根仙人のもとを訪れ、彼を敬い、供養しました。そして、教えに関して疑問があるたびに、その辟支仏（びゃくしぶつ）に質問しました。 ある時、その辟支仏は、婆奴（ばぬ）王子から問われましたが、黙って答えようとしませんでした。ただ、指先から光を放ったのです。 そこで婆奴は、こう思いました。 「この辟支仏は、大きな神通力（じんずうりき）はあるが、弁才（べんざい）はないのだな。」

「爾時，喜根尊者辟支告婆奴言：『婆奴王子！汝來出家，汝今若其不肯出家，我定知汝命終之後必墮惡道。若其出家，汝亦應當成就大仙，有大神通。』爾時婆奴詣向父母，白如是言：『善哉父母！喜根仙人，今已出家，我今意欲隨出家也，唯願父母！哀愍許我。』而彼父母，遂不許可。婆奴王子，猶故數數至彼喜根仙人之所，承事供養。其辟支佛，復數語彼婆奴王子：『汝當出家。』婆奴王子復報兄言：『父母今日決不聽我捨家出家，事云何也？』

> その時、尊者喜根辟支仏は婆奴に告げて言った。「婆奴王子よ、あなたは出家しなさい。もし今出家しなければ、あなたが命を終えた後、必ず悪道に堕ちることは間違いない。もし出家するならば、あなたもまた大いなる仙人となり、大きな神通力を得るべきである。」 その時、婆奴は父母のもとへ行き、こう言った。「尊い父母よ、喜根仙人はすでに出家されました。私も今、その後に続いて出家したいと思います。どうか父母よ、哀れみをもって私を許してください。」しかし、彼の父母はついに許可しなかった。 婆奴王子はそれでもなお、繰り返し喜根仙人のもとを訪れ、供養し奉仕した。その辟支仏もまた、何度も婆奴王子に言った。「あなたは出家すべきだ。」婆奴王子は兄に答えて言った。「父母は今日、私が家を捨てて出家することを決して許しません。どうすればよいのでしょうか？」

「爾時，王子婆奴面上色相出現，於七日內必當命終。爾時，喜根辟支仙人告婆奴言：『汝來婆奴！汝必當須捨家出家。何以故？汝熟相現，於七日內必當命終。』爾時婆奴至父母邊白言：『父母！唯願放我捨家出家。』

> その時、王子バヌの顔に死相が現れ、七日以内に命を終えることとなった。そこで、喜根辟支仙人はバヌに告げて言った。「バヌよ、来なさい。あなたは必ず家を捨てて出家しなければならない。なぜか。あなたに死相が現れており、七日以内に命を終えるからである。」そこでバヌは父母のもとに行き、こう申し出た。「父上、母上、どうか私を出家させてください。」

「爾時，喜根辟支世尊，亦即詣向自父母邊，白言：『父母！汝等當放婆奴出家。所以者何？其相出現，七日之內定當命終。以此因緣，父母必當與彼別離。以是定故，寧放出家，在於法內，取於命終，莫令在家取命終也。』父母報言：『婆奴王子於七日內必取命終，與我別者，我今當許捨家出家。』

> その時、喜根辟支世尊（きこんびゃくしせそん）もまた、父母のもとへ向かい、こう申し上げました。 「父母よ、あなた方は婆奴（ばぬ）を出家させるべきです。なぜなら、彼の相に現れている通り、七日のうちに必ず命を終えるからです。その因縁により、父母は必ず彼と別れることになります。それゆえ、家を捨てて出家させ、法の中にあって命を終えさせてください。どうか、家に居たまま命を終えさせることのないように。」 父母は答えて言いました。 「婆奴王子が七日のうちに必ず命を終え、私と別れるのであれば、今、家を出て出家することを許しましょう。」

「婆奴王子，當於爾時，即剃鬚髮，著袈裟衣，其出家已，於七日中，供養恭敬，事彼喜根。時辟支佛，教授威儀，過六日已。至其七日，定知命終，哀愍彼故，從坐而起，飛騰虛空，經行坐臥，放烟放火，隱身不現，種種神通。婆奴仙人，見彼喜根辟支佛尊，於虛空中，現於種種神通變化，見已心生歡喜踊躍，遍滿其體，不能自勝，合十指掌，頂禮向彼辟支佛尊。既頂禮已，發如是願：『願我來世，恒值如是辟支聖人，或勝此者，彼所說法，願我聞已，悉令通解。又願我身，於彼聖人，得為侍者，供養彼聖。又願來世，得諸神通，所有威力，皆如此佛，若有來問我之義者，我悉為解，令彼歡喜。又願生生世世之中，不在惡道。』」

> 「バヌ王子はその時、すぐに髪とひげを剃り、袈裟（けさ）を身にまとって出家しました。出家してからの七日間、彼は喜根（きこん）という辟支仏（びゃくしぶつ）を敬い、丁寧に供養しました。辟支仏は彼に作法や礼儀を教え、六日が過ぎました。七日目になると、辟支仏は自分の命が尽きることを確かに悟り、バヌを哀れに思って、座から立ち上がり、虚空に飛び上がりました。空中を行き、座り、横になり、煙や火を放ち、姿を隠しては現すなど、さまざまな神通（じんずう）を示しました。 バヌ仙人は、その喜根という辟支仏が虚空で様々な神通の変化を現すのを見て、心から喜び踊りました。その喜びは全身に満ち、自分自身を抑えきれず、両手を合わせて、その辟支仏に向かって頂礼（ちょうらい）しました。頂礼を終えると、次のように誓願（せがん）を立てました。 『どうか私は来世（らいせ）においても、常にこのような辟支仏の聖人、またはそれ以上の聖人と出会えますように。そして、その方が説かれる教えを聞いたなら、全てを完全に理解できますように。また、その聖人に対して、私はお仕えする者となり、その聖人を供養できますように。さらに来世では、あらゆる神通力を得て、その威力がすべてこの仏のようにありますように。もし私に教えの意味を問う者がいたなら、私はすべてを解き明かし、その人を喜ばせられますように。また、生まれ変わり死に変わりするすべての生涯において、決して悪道（あくどう）に落ちることがありませんように。』」

爾時，佛告諸比丘言：「汝等比丘！若有心疑，於彼之時，婆奴王子，於七日內，供養於彼辟支佛尊，受教法者？莫作異見，此即阿難比丘是也。於彼之時，婆奴王子以歡喜心，供養喜根辟支佛故，以彼業報，今得生於釋種之家。而於彼邊，乞如是願：『願我生生世世之中，不墮惡道。』以彼業報，所生之處，不曾墮於惡道之中，唯生人天，流轉往反，受大快樂。而於彼時，復作是願：『願我來世，值遇如是教師聖人，或勝此者，彼所說法，願我一聞，即得知解。』以是業報，今得值我如是教師，又於我邊，而得出家，受具足戒，得諸聖法。其於彼時乞如是願：『願我來世，若當值遇如是教師，我於彼邊，得作侍者，供養彼聖。』藉彼業報，今於我邊，得作侍者，供養於我。其於彼時，又乞是願：『我於來世，得大神通，得大威力。』藉彼業報，今得成於如是大聖，得大威力。其於彼時，又乞是願：『若有人來問所疑者，我悉為彼分別解說，令心歡喜。』藉彼業報，今日阿難！有人來問心中所疑，皆悉為解，令心歡喜。」

> その時、仏は比丘たちにこう告げられました。「比丘たちよ。もしあなたたちの中に、『あの時、バヌ王子は七日間にわたって、かの辟支仏（独覚）を供養し、教えを受けたのは誰であったか』と疑問に思う者がいるなら、そうではないと知りなさい。この者は、すなわち今の阿難比丘なのである。 あの時、バヌ王子が喜びの心をもって、喜根辟支仏を供養したというその行為の報いによって、彼は現在、釈迦族の家に生まれることができたのだ。 そしてその時、彼はこう願った。『どうか、私が生涯生まれ変わりのたびごとに、悪い世界に落ちることがありませんように』と。その願いの報いにより、彼の生まれるところでは、決して悪い世界に落ちることなく、ただ人間界と天界にだけ生まれ、生死を繰り返しながら、大きな楽しみを受けてきたのである。 また、その時に彼はこう願った。『どうか、私が未来の世において、このような教師である聖者に、あるいはそれよりも優れた方に出会えますように。そしてその方が説かれる法を、一度聞いただけで、すぐに理解し覚ることができますように』と。その願いの報いにより、彼は今、このような教師である私に出会い、さらに私のもとで出家し、具足戒（完全な戒律）を受け、聖なる法を得ることができたのである。 また、その時に彼はこう願った。『もし未来の世において、このような教師に出会うことができましたなら、私はその方のもとで侍者となり、その聖者を供養することができますように』と。その願いの報いにより、彼は今、私のもとで侍者となり、私を供養しているのである。 また、その時に彼はこう願った。『私は未来の世において、大きな神通力と大きな威力を得ることができますように』と。その願いの報いにより、彼は今、このような大いなる聖者となり、大いなる威力を成就しているのである。 また、その時に彼はこう願った。『もし誰かが疑問を抱いて尋ねて来たなら、私はそのすべてを、一つひとつ説明して説き、彼らの心を喜ばせることができますように』と。その願いの報いにより、今の阿難は、誰かが心の疑問を尋ねて来たなら、すべてを解き明かし、彼らの心を喜ばせているのである。」

爾時，佛復告諸比丘作如是言：「汝諸比丘！我念往昔，久遠之時，波羅㮈城，其城有一大富長者，名曰僧薩陀那隋言王安。其彼長者，大富饒財，多有生業，猶如毘沙天王無異。家中日別恒有五百辟支佛，來向其家食。其時而有一辟支佛，所持之鉢，下底尖小，如牛乳形，其鉢所安，或在草上，或簾箔上，隨即傾倒，不得安住。彼時長者僧薩陀那，有一女子，可喜端正，女相具足。其女見彼辟支佛鉢傾倒不住，即自脫釧，奉辟支佛，而白之言：『唯願大仙！取此釧用安其鉢下。』爾時彼仙為憐愍故，即取此釧，用安其鉢，而彼鉢盂，遂不傾動。於時彼女，既見此鉢更不傾動安住釧上，歡喜踊躍，遍滿其體，不能自勝，心發是願：『如此仙人鉢安釧上，不傾不倒，我於來世，所聞如是，若世間事，出世間事，悉令憶持。』」

> その時、仏は再び比丘たちにこう言われました。「比丘たちよ、私は過去、遠い昔のことを思い出す。バーラーナシーという町に、サンサッダナという名の大富豪がいた。彼は大変な裕福で、財宝が豊かにあり、その財産は毘沙門天にも劣らなかった。家では毎日、五百人の辟支仏（ひとりで悟りを開いた聖者）を食事に招いていた。 ある時、一人の辟支仏が使っている鉢の底が牛の乳の形のように尖っており、草の上や簾の上に置くとすぐに倒れて、安定しなかった。その時、長者サンサッダナには、美しくて姿かたちの整った娘がいた。その娘は、辟支仏の鉢が安定しないのを見て、自分の腕輪を外して辟支仏に捧げ、こう言った。 『どうか大仙様、この腕輪を鉢の下に敷いてお使いください。』 その聖者は哀れみの心から、その腕輪を受け取り鉢の下に置くと、鉢はもう倒れることなく安定した。娘は鉢が腕輪の上でしっかりと動かなくなったのを見て、全身に喜びが満ちあふれ、自分を抑えきれずにこう誓った。 『この聖者の鉢が腕輪の上で倒れずに安定したように、私も未来において、この世のことや、世を超えたことなど、聞いたことをすべてしっかりと覚えていられますように。』」

爾時，佛告諸比丘言：「汝等比丘！若有心疑，於彼之時，長者家女，今為誰者？莫作異見，此即阿難比丘是也。由於彼時，以歡喜心，自脫手釧，以奉尊者辟支仙人，安置鉢器，因發是願：『如此仙人，以鉢安釧不傾倒故，願我來世，若有所聞，若世間事、出世間事，悉皆憶持，永不忘失。』由彼業緣，今所聞事，悉不遺忘。」

> その時、仏は比丘たちに告げられた。「比丘たちよ、もし『あの時の長者の娘は、今の誰であるのか』と疑問に思うなら、異なった見方をしてはならない。彼女こそ、今の阿難比丘である。その時、彼は喜びの心を持って、自ら腕輪を外し、尊い辟支仙人に捧げ、鉢の器を安置した。そして、このように願ったのだ。『この仙人が、鉢に腕輪を置いても傾かなかったように、どうか未来において、私が聞くことのすべて――世間のこと、出世間のこと――を、ことごとく覚え、決して忘れることがありませんように。』その行いの縁によって、今、聞いたことを一切忘れることなく、このように記憶しているのである。」

長老阿難比丘，又時日在東方，著衣持鉢，往入舍婆提城乞食。去彼祇樹給孤獨園，猶未至於舍婆提城，於其中間，有一大樹名尸奢波，其樹陰下，多有一切諸婆羅門止息其下。諸婆羅門遙見阿難來欲到邊，各相告言：「汝輩當知！此是沙門瞿曇弟子，於諸聰明，多聞之中，最第一者。」作是語已，阿難便至，白言：「仁者！今請觀此尸奢波樹，合有幾葉。」爾時，阿難觀其樹已，而報彼言：「東枝合有若干百葉，若干千葉，如是南枝、西枝、北枝，皆言合有若干百葉若干千葉。」作是語已，遂即捨去。

> 長老アーナンダ（阿難）尊者は、ある時、日がまだ東にある時に、衣を整え、鉢を持って、舎衛城（しゃえいじょう）へ托鉢（たくはつ）に出かけました。祇樹給孤独園（ぎじゅぎっこどくおん）を出て、まだ舎衛城に着かない途中に、シシャバ（尸奢波）という名の大きな木がありました。その木陰には、多くのバラモンたちが集まって休息していました。 そのバラモンたちは、遠くからアーナンダがこちらに来るのを見て、互いに言い合いました。「諸君、知っておくれ。あれは修行者ゴータマ（瞿曇）の弟子で、聡明で博学な者の中でも、最も優れた人物だ。」そう言っているうちに、アーナンダがそこに到着したので、彼らは言いました。「尊者よ、どうかこのシシャバの木を見て、葉が全部で何枚あるかお答えください。」 そこでアーナンダはその木を観察してから、「東の枝にはこれこれの百枚、これこれの千枚の葉があります。同じく南の枝、西の枝、北の枝も、それぞれこれこれの百枚、これこれの千枚の葉があります」と答えました。そう言い終えると、すぐにその場を去っていきました。

爾時，彼諸婆羅門輩，阿難去後，取百數葉，隱藏一邊，阿難迴已，諸婆羅門於是復問：「仁者阿難！汝復來也，乞更觀此尸奢波樹，有幾多葉？」

> さて、阿難が去った後、ブラフマンたちは百枚ほどの葉を取って片隅に隠しました。阿難が戻ってくると、ブラフマンたちは再び尋ねました。「尊き阿難よ、あなたは戻ってきましたね。この尸奢波（シシャパ）の木には、葉が何枚あるかもう一度ご覧ください。」

爾時，阿難仰觀樹已，即知如是婆羅門等所擿藏葉若干百數，便即報彼婆羅門言：「東枝合有若干百葉，若干千葉，如是南枝、西枝、北枝，亦言合有若干百葉，若干千葉。」作是語已，便即過去。

> そのとき、阿難は木を見上げ、バラモンたちが摘んだ葉の数が何百、何千とあるのをすぐに理解しました。そして彼らにこう告げました。「東の枝には何百、何千の葉があるべきであり、同じように南の枝、西の枝、北の枝にも何百、何千の葉があるべきです。」そう言い終えると、すぐにその場を立ち去りました。

爾時，彼等婆羅門輩，生希有心未曾有心，各相謂言：「此之沙門，甚大聰明，有大智慧。」諸婆羅門以此因緣，心得正信，得正信已，其後不久，悉各出家，成羅漢果。

> そのとき、バラモンたちは驚きの心を起こし、今までにない気持ちで互いに言い合った。「この修行者は、実に聡明で、大いなる智慧を持っておられる。」と。バラモンたちはこの出来事によって、心に正しい信仰を得た。正しい信仰を得た後、ほどなくして皆、出家して阿羅漢の果報を得た。

爾時，復有長老分那婆素隋言井宿，長老宮毘羅隋言蛟龍，長老難提迦等，如是三人，唯得知其出家由緒，不知所生因緣之事，亦不知彼於往昔時，作何業也？或問曰：「當何名此經？」答曰：「摩訶僧祇師！名為大事。

> その時、さらに長老の分那婆素（隋の言葉では「井宿」）、長老の宮毘羅（隋の言葉では「蛟龍」）、そして長老の難提迦という、この三人がいた。彼らの出家の経緯は知られているが、どのような生まれの因縁であるのか、また彼らが過去世においてどのような業を積んだのかは知られていない。ある人が尋ねた。「この経を何と呼ぶべきでしょうか？」答えられた。「摩訶僧祇の師たちは、これを『大事』と名付けている。」

「薩婆多師，名此經為大莊嚴。

> 薩婆多師は、この経を『大荘厳』と名付けています。

「迦葉維師，名為佛生因緣。

> 迦葉という師は、仏が生まれる因縁として知られています。

「曇無德師，名為釋迦牟尼佛本行。

> 曇無徳（ドゥルマグプタカ）の師である釈迦牟尼仏の本行（過去の修行の物語）。

「尼沙塞師，名為毘尼藏根本。」

## 佛本行集經卷第六十

> 『仏本行集経 第六十巻』