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title: "妙法蓮華經文句 · 1"
description: "妙法蓮華經文句是隋代高僧智顗講述、由其弟子章安灌頂筆錄的佛教經典注疏，又稱法華文句。智顗是天台宗實際創立者，此作依其師慧思傳承，以天台宗獨特的五重玄義和四釋消文方式系統闡釋法華經深義，涵蓋因緣、約教、本迹、觀心等層面。該書與法華玄義、摩訶止觀合稱天台三大部，奠定了一念三千和會三歸一等核心教義，是研究中國佛教天台宗思想與法華經的權威典籍，對漢傳佛教影響深遠。"
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### 序品第一佛出世難，佛說是難，傳譯此難，自開悟難，聞師講難，一遍記難。余二十七於金陵聽受，六十九於丹丘添削，留贈後賢，共期佛慧

委釋經題已如上說。「序」者，訓庠序，謂階位、賓主、問答悉庠序也。經家從義，謂次、由、述也。如是等五事冠於經首，次序也；放光六瑞起發之端，由序也；問答釋疑，正說弄引，敘述也。具此三義，故稱為序。「品」者，《中阿含》云跋渠，此翻為品。品者，義類同者聚在一段，故名品也。或佛自唱品，如《梵網》；或結集所置，如《大論》；或譯人添足，如羅什。今〈藥王本事〉是佛唱。〈妙音〉、〈觀音〉等是經家、譯人未聞。諸品之始，故言第一。

> 経題の解釈については、すでに上記のように述べました。「序」とは、順序や段階を意味し、位階や主賓の関係、問答のやり取りがすべて整然としていることを指します。経典の編纂者はその意義に従い、順序、由来、叙述という三つの意味を含めています。このような五つの事柄が経の冒頭に置かれているのは、順序を示すためです。光を放つ六つの瑞兆が起こる端緒は、由来を示すものです。問答によって疑いを解き、正しい説法を導き出すのは、叙述にあたります。これら三つの意義を備えているため、「序」と呼ばれます。「品」とは、『中阿含経』で「跋渠」と称されるもので、ここでは「品」と訳されています。品とは、同じような内容や意義を持つものを一つの段落にまとめたものを指します。あるいは、仏自らが品を唱えたものもあり、例えば『梵網経』がそうです。また、結集者によって置かれたものもあり、『大智度論』がその例です。あるいは訳者が付け加えたものもあり、羅什三蔵の訳経がそれに当たります。今ここにある「薬王本事品」は、仏が自ら唱えたものです。「妙音菩薩品」や「観音菩薩普門品」などは、経典の編纂者や訳者がどのように扱ったかは定かではありません。これらは諸品の始まりにあたるため、「第一」と記されています。

佛赴緣作散花、貫花兩說，結集者按說傳之，論者依經申之，皆不節目。古講師但敷弘義理、不分章段，若純用此意，後生殆不識起盡。又佛說貫、散，集者隨義立品。《增一》云：契經一分，律一分，阿毘曇一分。契經更開四，謂《增一》、《長》、《中》、《雜》。《增一阿含》明人天因果，《長阿含》破邪見，《中阿含》明深義，《雜阿含》明禪定。律開五部及八十誦。阿毘曇開《六足》、《八犍度》等。《阿含》謂：「施、戒、慧、六度皆足也，謂根、性、道、定等八種聚也。」天親作論，以七功德分〈序品〉，五示現分〈方便品〉，其餘品各有處分。

> 仏は縁に応じて、散花と貫花の二つの説法をなされました。結集者たちはその説法に従って伝え、論者たちは経典に基づいてそれを展開しましたが、いずれも細かな節目を立てることはしませんでした。古い講師たちはただ広く義理を説き弘めるだけで、章や段に分けることはなく、もしこの意を純粋に用いれば、後世の者たちはほとんどその始まりと終わりを理解できなくなってしまうでしょう。 また、仏が貫と散の説法をなされると、結集者たちはその義に従って品を立てました。『増一阿含経』には、「契経一分、律一分、阿毘曇一分」とあります。契経はさらに四つに開かれ、『増一阿含経』、『長阿含経』、『中阿含経』、『雑阿含経』とされます。『増一阿含経』は人天の因果を明らかにし、『長阿含経』は邪見を破り、『中阿含経』は深い義を明らかにし、『雑阿含経』は禅定を明らかにします。律は五部と八十誦に開かれ、阿毘曇は『六足』や『八犍度』などに開かれます。『阿含経』には、「施、戒、慧、六度はすべて足りている。根、性、道、定などの八種の聚である」と説かれています。 天親は論を著し、七つの功德をもって〈序品〉を分け、五つの示現をもって〈方便品〉を分け、その他の品もそれぞれに処分を設けました。

昔河西憑、江東瑤，取此意節目經文，末代尤煩。光宅轉細，重雰翳於太清，三光為之戢耀，問津者所不貴。曇鸞云：「細科煙颺，雜礪塵飛。」蓋若過、若不及也。廬山龍師，分文為序、正、流通，二十七品統唯兩種：從〈序〉至〈法師〉，言方便、言真實，理一說三故；〈寶塔〉下，身方便、身真實，實遠唱近故。又從〈方便〉至〈安樂行〉是因門，從〈踊出〉下是果門。齊中興印、小山瑤，從龍受經，分文同。玄暢從〈序〉至〈多寶〉為因分，從〈勸持〉至〈神力〉為果分，從〈囑累〉盡經為護持分。又有師云：「從〈序〉至〈學無學人記〉，是《法華》體；從〈法師〉至〈囑累〉，明受持功德；從〈藥王〉盡經，美諸菩薩本願。」有師作四段：初品為序段；從〈方便〉至〈安樂行〉，開三顯一段；從〈踊出〉訖〈分別功德〉，開近顯遠段；後去餘勢，流通段。光宅雲從印受經，初三段次各開二，謂通序、別序，正謂因門、果門，流通謂化他、自行。二序各五，二正各四，二流通各三，合二十四段云云。

> 昔、河西の憑と江東の瑤は、この意に基づいて経文の章節を分けましたが、末法の世では特に煩雑になりました。光宅の解釈はさらに細かくなり、重い霧が大空を覆い、日月星の光さえも曇らせ、道を尋ねる者には重んじられませんでした。曇鸞は言いました：「細かな科文は煙のように舞い上がり、雑多な解釈は塵のように飛び散る。」これは、過ぎても及ばなくてもいけないということです。 廬山の龍師は、経文を序分・正宗分・流通分に分け、二十七品を二種類に統括しました：〈序品〉から〈法師品〉までは方便と真実を説き、一つの真理を三乗に説くためです。〈宝塔品〉以下は、身の方便と身の真実を明かし、遠い実相を近くに唱えるためです。また、〈方便品〉から〈安楽行品〉までは因の門、〈涌出品〉以下は果の門です。 斉の中興の印と小山の瑤は、龍師から経を受けて、同じように経文を分けました。玄暢は、〈序品〉から〈多宝品〉までを因分、〈勧持品〉から〈神力品〉までを果分、〈嘱累品〉から経の終わりまでを護持分としました。 また、ある師は言いました：「〈序品〉から〈学無学人記品〉までが『法華経』の本体であり、〈法師品〉から〈嘱累品〉までは受持の功徳を明かし、〈薬王品〉から経の終わりまでは諸菩薩の本願を称える。」 ある師は四段に分けました：初めの一品を序段、〈方便品〉から〈安楽行品〉までを三乗を開いて一乗を顕す段、〈涌出品〉から〈分別功徳品〉までを近きを開いて遠きを顕す段、その後を余勢として流通段としました。 光宅の雲は印から経を受け、最初の三段をさらにそれぞれ二つに分けました。つまり、通序と別序、正宗分を因門と果門、流通分を化他と自行としました。二つの序はそれぞれ五つ、二つの正宗はそれぞれ四つ、二つの流通はそれぞれ三つ、合わせて二十四段に分けました<note>云々</note>。

夫分節經文悉是人情，蘭菊各擅其美，後生不應是非諍競，無三益、喪一道。三益者，世界等三悉檀也；一道者，第一義悉檀也。

> 経文の区分は、すべて人の考えによるものです。蘭も菊もそれぞれの美しさがあります。後世の者は、是非を争ってはなりません。三つの益を失い、一つの道を喪うことになります。三つの益とは、世界などの三つの悉檀であり、一つの道とは、第一義悉檀のことです。

天台智者分文為三：初品為序；〈方便品〉訖〈分別功德〉十九行偈，凡十五品半，名正；從偈後盡經，凡十一品半，名流通。又一時分為二：從序至〈安樂行〉十四品，約迹開權顯實；從〈踊出〉訖經十四品，約本開權顯實。本迹各序、正、流通。初品為序，〈方便〉訖〈授學無學人記品〉為正，〈法師〉訖〈安樂行〉為流通。〈踊出〉訖「彌勒已問斯事佛今答之」半品，名序；從「佛告阿逸多」下，訖〈分別功德品〉偈，名為正；此後盡經為流通。今記從前三段消文也。

> 天台智者大師は、経文を三つの部分に分けられました。 初めの一品は序分。 〈方便品〉から〈分別功徳品〉の十九行の偈まで、合わせて十五品半を正宗分。 その偈以降から経の終わりまで、十一品半を流通分とされます。 また、一時的に二つに分ける方法もあります。 序分から〈安楽行品〉までの十四品は、迹（しゃく）の面から権（ごん）を開いて実（じつ）を顕わす部分。 〈従地涌出品〉から経の終わりまでの十四品は、本（ほん）の面から権を開いて実を顕わす部分です。 本門と迹門のそれぞれにも、序・正・流通の三段があります。 迹門では、初めの一品が序分、〈方便品〉から〈授学無学人記品〉までが正宗分、〈法師品〉から〈安楽行品〉までが流通分です。 本門では、〈従地涌出品〉から「弥勒已問斯事 仏今答之」までの半品が序分、「仏告阿逸多」以下から〈分別功徳品〉の偈までが正宗分、その後から経の終わりまでが流通分となります。 この『法華文句記』では、最初に示した三段（序・正・流通）に従って、経文の解釈を進めていきます。

問：

> 質問：

一經云何二序？

> 一つの経典には、どのような二つの序文があるのでしょうか？

答：

> 答え：

《華嚴》處處集眾，《阿含》篇篇如是，《大品》前後付囑，皆不乖一部，兩序阿妨？

> 『華厳経』には至る所で大衆が集い、『阿含経』はどの篇も同じく、『大品般若経』には前後に教えが託され、いずれも一つの経典に背かず、二つの序文が何の妨げになろうか。

今不安五義者，本門非次首故也。迹門但單流通者，說法未竟也，有無之意云爾。今帖文為四：一、列數；二、所以；三、引證；四、示相。

> 今、五つの義が不安定であるのは、本門が次第の最初に位置しないためです。迹門において単に流通だけを述べるのは、説法がまだ終わっていないからであり、有るか無いかの意味はこのように言われます。今、帖文を四つに分けます：一、数を列挙すること；二、その理由；三、証拠を引用すること；四、相を示すこと。

列數者：一因緣、二約教、三本迹、四觀心。始從「如是」終于「而退」，皆以四意消文，而今略書，或三、二、一，貴在得意不煩筆墨。

> 四つの解釈方法とは、第一に因縁、第二に教えに基づく解釈、第三に本迹、第四に観心です。経典の冒頭の「如是我聞」から結びの「作礼而退」に至るまで、すべてこの四つの方法で解釈しますが、ここでは簡略に記すため、三つ、二つ、または一つだけを用いる場合もあります。大切なのは意味を理解することで、文字にこだわる必要はありません。

二、所以者，

> 二、その理由は、

問：

> 問：

若略則一，若廣匪四，所以云何？

> 簡潔に言えば一つ、詳しく言っても四つにはなりません。

答：

> 答：

廣則令智退，略則意不周，我今處中說，令義易明了。因緣亦名感應，眾生無機雖近不見，慈善根力遠而自通，感應道交故，用因緣釋也。夫眾生求脫，此機眾矣；聖人起應，應亦眾矣。此義更廣，處中在何？然《大經》云：「慈善根力有無量門，略則神通，若十方機感，曠若虛空。」今論娑婆國土音聲佛事則甘露門開，依教釋者中說明矣。若應機設教，教有權實、淺深不同，須置指存月、亡迹尋本。故肇師云：「非本無以垂迹，非迹無以顯本。」故用本迹釋也。若尋迹，迹廣徒自疲勞，若尋本，本高高不可極，日夜數他寶，自無半錢分，但觀己心之高廣，扣無窮之聖應，機成致感，逮得己利，故用觀心釋也。

> 広く説けば智慧が退き、簡略に過ぎれば意味が行き届かぬ。私は今、中道をとって説き、その意義を明らかにしやすくしよう。 因縁とはまた感応ともいう。衆生に機縁がなければ近くにあっても見えず、慈悲の根力は遠くにあっても自ずから通じる。感応が道として交わるゆえに、因縁による解釈を用いるのである。 そもそも衆生が解脱を求めるこの機縁は多い。聖人が応じて現れるその応現もまた多い。この意義はさらに広大であるが、中道はどこにあるのか。しかし『大経』には、「慈悲の根力には無量の門があり、略すれば神通となる。もし十方の機感があれば、それは虚空のように広大である」と説かれている。 今、娑婆国土における音声の仏事、すなわち甘露の門が開かれることを論じるならば、教えに依って解釈する者が中道を説き明かすのである。 もし機縁に応じて教えを説くならば、教えには権実・浅深の違いがある。指を置いて月を存し、迹を亡くして本を尋ねなければならない。ゆえに肇師は言う、「本なくしては迹を垂れることなく、迹なくしては本を顕わすことがない」と。それゆえ本迹による解釈を用いるのである。 もし迹を尋ねれば、迹は広くただ自ら疲労するばかり。もし本を尋ねれば、本は高く極めることができない。日夜、他人の宝を数えても、自らには半銭の分け前もない。ただ己が心の高さと広さを観じ、無限の聖なる応現に叩けば、機縁が成就して感応を得、己が利益に達するのである。ゆえに観心による解釈を用いるのである。

三、引證。〈方便品〉云：「十方諸佛為一大事因緣故出現於世。」若人天、小乘，非一、非大，又非佛事，不成機感。實相名一，廣博名大，佛指此為事，出現於世，是名一大事因緣也。又云：「以種種法門，宣示於佛道。」當知種種聲教，若微若著、若權若實，皆為佛道而作筌󱇮，《大經》云：「麁言及軟語，皆歸第一義。」此之謂也。〈壽量品〉云：「今天人阿修羅，皆謂我少出家，出釋氏宮，去伽耶城不遠，得三菩提。然我實成佛已來，無量無邊阿僧祇劫，以斯方便導利眾生。」〈方便品〉又云：「我本立誓願，普令一切眾，亦同得此道，如我等無異。」又〈五百受記品〉云：「內祕菩薩行，外現是聲聞，實自淨佛土，示眾有三毒，又現邪見相；我弟子如是，方便度眾生。」此則師弟皆明本迹云云。〈譬喻品〉云：「若人信汝所說，即為見我亦見於汝，及比丘僧并諸菩薩。」當知隨有所聞，諦心觀察，於信心中得見三寶：聞說是法寶，見我是佛寶，見汝等是僧寶云云。

> 三、引証。『方便品』に云う、「十方の諸仏は、一大事の因縁の故に世に出現したもう」。もし人天・小乗は、一に非ず、大に非ず、また仏事に非ず、機感を成さず。実相を一と名づけ、広博を大と名づく。仏はこれを指して事と為し、世に出現したもう、是れを一大事の因縁と名づく。また云う、「種々の法門を以て、仏道を宣示したもう」。当に知るべし、種々の声教は、若し微なり若し著なり、若し権なり若し実なり、皆な仏道の為に筌蹄と作す。『大経』に云う、「麁言及び軟語は、皆な第一義に帰す」。これこれを謂う。『寿量品』に云う、「今、天人阿修羅は、皆な我れ少く出家し、釈氏の宮を出で、伽耶城を去ること遠からずして、三菩提を得たりと謂う。然れども我れ実に成仏してより已来、無量無辺阿僧祇劫、この方便を以て衆生を導利す」。『方便品』にまた云う、「我れ本に誓願を立て、普く一切の衆をして、また同じくこの道を得せしめんことを願う、我等の如くにして異なること無からしめん」。また『五百受記品』に云う、「内には菩薩行を秘し、外には是れ声聞と現じ、実に自ら仏土を浄くし、衆に三毒有りを示し、また邪見の相を現ず。我が弟子は是の如くにして、方便をもって衆生を度す」。これ則ち師弟ともに本迹を明かす<note>云云</note>。『譬喩品』に云う、「もし人、汝の説く所を信ずれば、即ち我を見ることを為し、また汝及び比丘僧、ならびに諸の菩薩を見る」。当に知るべし、随って聞く所有れば、諦めて心に観察し、信の心中に三宝を見ることを得。説く是の法を聞くは法宝、我を見るは仏宝、汝等を見るは僧宝<note>云云</note>。

四、示相者，且約三段示因緣相。眾生久遠蒙佛善巧，令種佛道因緣，中間相值，更以異方便助顯第一義而成熟之。今日雨花動地，以如來滅度而滅度之。

> 四、示相について、三つの段階に分けて因縁の相を示します。 衆生は遠い昔から仏の巧みな導きを受け、仏道の因縁を植え付けられました。その後の出会いにおいて、さらに様々な方便によって第一義を助け顕わし、成熟させてこられました。そして今日、花が降り地が震える中、如来の滅度をもって、私たちを滅度へと導いてくださるのです。

復次，久遠為種，過去為熟，近世為脫，地涌等是也。

> さらにまた、遠い昔に種を蒔き、過去に熟し、近い世に解脱を得る。地から涌き出た菩薩たちがこれである。

復次，中間為種，四味為熟，王城為脫，今之開示悟入者也。復次，今世為種，次世為熟，後世為脫，未來得度者是也。雖未是本門，取意說耳。其間節節作三世九世，為種、為熟、為脫，亦應無妨。何以故？如來自在神通之力，師子奮迅大勢威猛之力，自在說也。以如是等故，有序分也。眾見希有瑞，顒顒欽渴，欲聞具足道，佛乘機設化，開示悟入佛之知見，故有正說分也。非但當時獲大利益，後五百歲遠沾妙道，故有流通分也。

> さらに、中間を種とし、四味を熟とし、王城を脱とするのが、今の開示悟入である。また、今世を種とし、次世を熟とし、後世を脱とするのが、未来に得度する者である。これはまだ本門ではないが、意味を取って説いているのである。その間、節々に三世九世を立て、種とし、熟とし、脱としても、さしつかえない。なぜなら、如来の自在神通の力、師子奮迅の大勢威猛の力によって、自在に説かれるからである。このような理由から、序分があるのである。 大衆は希有の瑞相を見て、心をこめて仰ぎ、渇望して、具足の道を聞こうと欲する。仏は機に乗じて教化を施し、開示悟入して仏の知見を示される。それゆえ、正説分があるのである。 ただ当時に大いなる利益を得るだけでなく、後五百歳に遠く妙道に潤される。それゆえ、流通分があるのである。

又示教相者，此序非為人天清升作序，非為二乘小道作序，不為即空通三作序，不為獨菩薩法作序，乃為正直捨方便、但說無上佛道作序耳。此正不指世間為正，不指螢光析智為正，不指燈炬體法智為正，不指星月道種智為正，乃指日光一切種智為正。此流通非為楊葉木牛木馬而作流通，非流通半字，非流通共字，非流通別字，純是流通圓滿修多羅滿字法也。

> また教相を示すならば、この序文は人天の清らかな昇進のために書かれたものではなく、二乗の小道のために書かれたものでもなく、即空を通じて三乗を導くためでもなく、ただ菩薩の法のためだけに書かれたものでもありません。これはまさに方便をまっすぐに捨てて、ただ無上の仏道を説くための序文なのです。ここでいう「正」とは、世間を正とするのではなく、蛍の光のような分析的な智慧を正とするのでもなく、灯火のような体法の智慧を正とするのでもなく、星月のような道種智を正とするのでもありません。それは日光のような一切種智を正とするのです。この流通は、楊の葉や木の牛・木の馬のために行われるものではなく、半字の教えを流通させるためでもなく、共の字を流通させるためでもなく、別の字を流通させるためでもありません。純粋に円満なる修多羅、満字の法を流通させるためのものなのです。

次示本迹者，久遠行菩薩道時，宣揚先佛《法華經》，亦有三分上中下語，亦有本迹，但佛佛相望是則無窮，別取最初成佛時所說《法華》三分上中下語，專名為上，名之為本。何以故？最初成佛，初說法故，為上為本，此意可知；中間行化，助大通智勝、然燈等佛，宣揚《法華》三分者，但名為中，但名為迹。何以故？前有上故，前有本故。今日王城所說三分，但名為下，但名為迹，乃至師子奮迅之力，未來永永所說三分，亦指最初為上為本。譬如大樹雖有千枝萬葉，論其根本，不得傳傳相指同宗一根，此喻可解云云。

> 本と迹を示す次第は、久遠の昔に菩薩の道を修行していた時、先の仏の『法華経』を宣揚した際にも、三分の上中下の語があり、また本と迹もあった。しかし、仏と仏を相対させて見れば、それは際限がない。そこで特に、最初に仏となられた時に説かれた『法華経』の三分の上中下の語を、専ら「上」と呼び、「本」と名付ける。なぜなら、最初に仏となり、初めて法を説かれたからであり、「上」であり「本」であるという意味は理解できるであろう。中間の時代に教化を行い、大通智勝仏や然燈仏などを助け、『法華経』の三分を宣揚したものは、ただ「中」と呼び、ただ「迹」と名付ける。なぜなら、その前には「上」があり、「本」があるからである。今日、王城で説かれた三分は、ただ「下」と呼び、ただ「迹」と名付け、さらには師子奮迅の力による未来永劫に説かれる三分も、やはり最初のものを指して「上」とし「本」とする。たとえば、大樹には千の枝、万の葉があっても、その根本を論じる時には、枝から枝へと伝え指し示すのではなく、同じ一つの根に帰するのである。この譬えは理解できるであろう<note>云云</note>。

次示觀心相者，當約己心論戒、定、慧為三分，修行以戒初、定中、慧後；若法門以慧為本，定、戒為迹。又戒、定、慧各各作三分，前方便白四羯磨結竟，為戒三分；二十五方便正觀歷緣，又善入出住百千三昧等為定三分；因緣所生法，即空、即假、即中為慧三分。

> 観心の相を示すには、まず自らの心を戒・定・慧の三分に分けて論じるべきです。修行の順序としては、戒を初めとし、定を中程とし、慧を後とします。しかし法門の本質から言えば、慧を根本とし、定と戒はその現れ（迹）です。 また、戒・定・慧のそれぞれをさらに三分することができます。戒の三分とは、前方便・白四羯磨・結竟（結界成就）の三段階です。定の三分とは、二十五方便・正観歴縁（縁に歴って正しく観ずる）・さらに善く百千の三昧に入り出で住することを指します。慧の三分とは、因縁によって生じた一切の法が、そのまま空であり、仮であり、中道であると観ずることです。

已約三分示四種相，當用此義。從「如是」去、至「作禮而退」已還，悉作四意消文。但準望此義比知則易，分別顯示其辭則難，行者善思量之，語異意同，千車共轍、萬流醎會者也。

> 既に三分を約して四種の相を示した。今この意味を用いるべきである。「如是」から始まり、「作禮而退」に至るまでの文は、すべて四つの意図をもって解釈する。ただ、この意味を基準として推し量れば理解しやすいが、言葉を分けて示すのは難しい。修行者はよく考えてみよ。言葉は違っても意味は同じであり、千の車が同じ轍を通り、万の流れが一つの海に注ぐようなものだ。

○序有通、別，從「如是」去、至「却坐一面」，通序也；從「爾時世尊」去、至品，別序也。通序通諸教；別序別一經。通序為五或六或七云云。

> 序文には、通序と別序があります。「如是」から始まり「却坐一面」に至るまでが通序であり、「爾時世尊」から始まり品の終わりまでが別序です。通序はすべての教えに共通する序文であり、別序はこの経典独自の序文です。通序は五つ、あるいは六つ、あるいは七つの要素から成ると言われています。

「如是」者，舉所聞之法體。「我聞」者，能持之人也。「一時」者，聞持和合，非異時也。「佛」者，時從佛聞也。「王城耆山」，聞持之所也。「與大比丘」者，是聞持之伴也。此皆因緣和合，次第相生。

> 「このように」とは、聞かれた法の本体を挙げています。「私は聞きました」とは、それを保持する人のことです。「ある時」とは、聞くことと保持することが和合し、別々の時ではないことを示します。「仏」とは、その時、仏から聞いたことを意味します。「王舎城の霊鷲山」は、聞き保持する場所です。「大比丘たちと共に」とは、聞き保持する仲間のことです。これらはすべて因縁によって和合し、順序立てて生じるものです。

又「如是」者，三世佛經初皆安「如是」，諸佛道同不與世諍，世界悉檀也；《大論》云：「舉時方令人生信者」，為人悉檀也；又對破外道阿歐二字不如、不是，對治悉檀也；又如是者，信順之辭，信則所聞之理會，順則師資之道成，即第一義悉檀也。因緣釋甚廣，不能具載云云。

> また、「如是」という言葉について、三世の仏の経典の冒頭にはすべて「如是」が置かれている。これは、諸仏の教えが同じであり、世俗と争わないことを示すもので、世界悉檀である。『大論』には、「時と場所を挙げて人々に信を生じさせる」とあり、これは為人悉檀である。また、外道の「阿」と「欧」という二字が「不如」（及ばない）「不是」（正しくない）であることを破るために用いられ、対治悉檀である。さらに、「如是」とは信順の言葉であり、信じることで聞いた道理が理解され、従うことで師弟の道が成り立つ。これが第一義悉檀である。因縁による解釈は非常に広く、すべてを記すことはできない<note>云云</note>。

約教釋者，經稱三世佛法初皆如是，先佛有漸、頓、祕密、不定等經，漸又三藏、通、別、圓；今佛亦爾，諸經不同，如是亦異，不應一匙開於眾戶。又佛、阿難二文不異為如，能詮詮所詮為是。今阿難傳佛何等文、詮何等是？不可以漸文傳頓是、以偏文詮圓是，傳詮若謬則文不如，文不如則理不是。此義難明，須加意詳審。

> 経典の教えを解釈する者について、経典には「三世の諸仏の法は初めから皆このようである」と説かれています。先の仏の時代にも、漸教・頓教・秘密教・不定教などの経典がありました。漸教の中にもさらに三蔵教・通教・別教・円教がありました。今の釈尊の時代も同様で、様々な経典の内容は異なり、「如是」の意味もそれぞれ違います。一つの鍵で全ての戸を開けることはできません。 また、仏の言葉と阿難の伝える言葉が一致していることを「如」とし、言葉（能詮）が表す真理（所詮）を「是」とします。では、阿難は仏のどのような言葉を伝え、どのような真理を表しているのでしょうか。漸教の言葉で頓教の真理を伝えることはできず、偏った言葉で円満な真理を表すこともできません。伝え方や表し方に誤りがあれば、言葉は「如」ではなくなり、言葉が「如」でなければ、真理も「是」とは言えません。この道理は理解が難しいので、心を込めてよく考えてみる必要があります。

且依漸教分別，佛明俗有文字，真無文字。阿難傳佛俗諦文字，與佛說不異，故名如，因此俗文會真諦理，故名為是，此則三藏經初明如是也。佛明即色是空，空即是色，色空空色，無二無別，空色不異為如，即事而真為是。阿難傳佛文不異為如，能詮即所詮為是，此則通教經初如是也。佛明生死是有邊，涅槃是無邊，出生死有邊，入涅槃無邊，出涅槃無邊，入於中道。阿難傳此出有入無，出無入中，與佛說無異為如，從淺至深，無非曰是，此則別教經初如是也。佛明生死即涅槃，亦即中道，況復涅槃寧非中道？真如法界實性實際，徧一切處無非佛法。阿難傳此，與佛說無異，故名為如，如如不動故名為是，是則圓經初如是也。若動俗入如，三藏義耳；不動俗即是如，通教義耳；動如入如，別教義耳；不動如而是如，圓教義也云云。若頓如是與圓同，不定如是前後更互，祕密者隱而不傳。敷八教網亘法界海，懼其有漏，況羅之一目若為獨張？又一時接四箭，不令墮地，未敢稱捷；策鈍驢、驅跛鼈尚不得一，何況四耶云云？

> また漸教に依って分別すると、仏は俗諦には文字があるが、真諦には文字がないと明かされました。阿難が仏の俗諦の文字を伝えることは、仏の説かれたことと異ならないので「如」と呼ばれ、この俗の文によって真諦の理に会うので「是」と呼ばれます。これが三蔵教の経の初めに「如是」と明かされる所以です。 仏は「色即是空、空即是色」と明かされ、色と空、空と色は二つではなく別でもなく、空と色が異ならないことを「如」とし、即事而真（現象そのものが真理）であることを「是」とされます。阿難が仏の文を伝えて異ならないことを「如」とし、能詮（言葉）が即ち所詮（意味）であることを「是」とします。これが通教の経の初めの「如是」です。 仏は生死は有辺（限界がある）であり、涅槃は無辺（限界がない）であると明かされ、生死の有辺を出て涅槃の無辺に入り、涅槃の無辺を出て中道に入るとされます。阿難がこの「有を出て無に入り、無を出て中に入る」ことを伝え、仏の説と異ならないことを「如」とし、浅きより深きに至るまで、すべて「是」であるとします。これが別教の経の初めの「如是」です。 仏は生死即涅槃、すなわち中道であり、まして涅槃が中道でないことがあろうかとされます。真如・法界・実性・実際は、一切の処に遍満して仏法ならざるはありません。阿難がこれを伝え、仏の説と異ならないので「如」と呼ばれ、如如不動であるので「是」と呼ばれます。これが円教の経の初めの「如是」です。 もし俗を動かして如に入るならば、三蔵教の義です。俗を動かさずして即ち如であるならば、通教の義です。如を動かして如に入るならば、別教の義です。如を動かさずして而も如であるならば、円教の義です<note>云云</note>。 もし頓教の「如是」は円教と同じであり、不定教の「如是」は前後互いに通じ、秘密教の「如是」は隠されて伝えられません。八教の網を法界の海に張り巡らせて、漏れがあることを恐れるのに、まして一目だけの網をどうして独り張ることができましょうか。また一時に四本の矢を受け止めて地に落とさないとしても、まだ捷敏とは称しがたく、鈍い驢馬を鞭打ち、跛びた鼈を駆っても一つさえ得られないのに、まして四つを得ることができましょうか<note>云云</note>。

約本迹釋如是者，三世十方橫豎皆爾，過去遠遠，現在漫漫，未來永永，皆悉如是，何處是本？何處是迹？且約釋尊最初成道，經初如是者，是本也；中間作佛說經，今日所說經初如是者，皆迹也。又阿難所傳如是者迹也，佛所說如是者本也。又師弟通達如是，非始今日、亦非中間者，本也；而中間而今日者，迹也。

> 「如是」という言葉を、本と迹の二つの側面から解き明かしましょう。 三世十方、時間的にも空間的にも、すべてがこの通りです。遠い過去も、広大な現在も、果てしない未来も、すべてが「如是」のままです。では、どこが本で、どこが迹なのでしょうか。 釈尊が最初に悟りを開かれた時、経典の冒頭に記された「如是」が本です。その後、仏として経典を説かれ、今日私たちが目にする経典の冒頭の「如是」は、すべて迹となります。 また、阿難尊者が伝えた「如是」は迹であり、仏自らが説かれた「如是」が本です。 さらに、師と弟子が共に悟り通じた「如是」は、今日に始まったものでも、途中で現れたものでもなく、本です。それに対して、途中や今日という時点に現れた「如是」は、迹なのです。

觀心釋者，觀前悉檀教迹等諸如是義，悉是因緣生法，即通觀也；因緣即空即假者，別觀也；二觀為方便道，得入中道第一義，雙照二諦者，亦通亦別觀也；上來悉是中道者，非通非別觀也。下文云：「若人信汝所說，即得見我亦見於汝及比丘僧并諸菩薩。」即觀行之明文也。信則論機，見則是應，即因緣也。又信有淺深、見有權實，種種分別不同者，即分別教。又信《法華》之文，則見實相之本，若見身子之化，則見龍陀之本；若見始成釋尊，亦見久成先佛；若見千二百比丘、八萬菩薩者，亦見其本也。又聞經心信無疑，覺此信心明淨，即是見佛；慧數分明，是見身子；諸數分明，是眾比丘；慈悲心淨，是見諸菩薩。約心為四帖釋轉明，若釋他經但用三意，為未發本顯迹故。當知今經三釋與他同，一釋與彼異，四番釋如是竟云云。

> 観心釈とは、前の悉檀の教えや跡などのすべての「如是」の意味を観じることで、これらはすべて因縁によって生じた法であり、これが通観である。因縁が即ち空であり即ち仮であることを観じるのが別観である。この二つの観が方便の道であり、これによって中道第一義に入り、二諦を双照するのが、亦通亦別観である。これまでのすべてが中道であることを観じるのが、非通非別観である。 次の文に「もし人が汝の説くことを信ずれば、即ち我を見、また汝及び比丘僧、ならびに諸菩薩を見ることを得る」とあるのは、観行の明らかな文である。信は機を論じ、見は応を論じる。これが因縁である。また、信には浅深があり、見には権実があり、種々の分別が異なるのは、これが分別教である。また、『法華経』の文を信ずれば、実相の本を見る。もし舎利弗の化現を見れば、龍陀（舎利弗の本地）の本を見る。もし始成正覚の釈尊を見れば、また久遠実成の先仏をも見る。もし千二百の比丘や八万の菩薩を見るならば、またその本地をも見るのである。 また、経を聞いて心に信を起こし疑いがなく、この信心が明らかで清らかであることを覚るならば、これが仏を見ることである。慧の心所が明らかであるのは、舎利弗を見ることである。諸々の心所が明らかであるのは、衆比丘を見ることである。慈悲の心が清らかであるのは、諸菩薩を見ることである。 心に約して四帖釈が転じて明らかになる。もし他の経を釈するならば、ただ三つの意味を用いる。それは未だ本地を発顕せず、迹を顕わさないからである。知るべし、今この経の三つの釈は他と同じであり、一つの釈は彼と異なる。四番の釈はかくの如し。<note>云云</note>

「我聞」者，或「聞如是」，蓋經本不同，前後互舉耳。今例為四釋，《大論》云：「耳根不壞聲在可聞處，作心欲聞，眾緣和合，故言我聞。」

> 「我聞」という言葉は、ある経典では「聞如是」と記されていますが、これは経典の伝本によって異なり、前後に分けて表現されているだけのことです。ここでは四つの解釈を例示します。『大論』には次のようにあります。「耳の機能が健全で、音声が聞こえる範囲にあり、聞こうとする心が働くとき、さまざまな条件が整い、『我聞』と言えるのです。」

問：

> 問：

應言耳聞，那云我聞？

> 耳で聞いたと言うべきところを、どうして「私は聞いた」と言うのでしょうか。

答：

> お答えしますと、

我是耳主，舉我攝眾緣。此世界釋也。阿難登高稱我聞，大眾應悲號，適見如來今稱我聞，無學飛騰說偈。《佛話經》明文殊結集，先唱題、次稱如是我聞，時眾悲號。此為人釋也。阿難登高稱我聞遣眾疑，阿難身與佛相似，短佛三指，眾疑釋尊重出，或他方佛來，或阿難成佛；若唱我聞，三疑即遣。此對治釋也。阿難學人，隨俗稱我聞，第一義中無我無聞，古來眾釋同是因緣一意耳。

> 私は耳の主、私を挙げて衆縁を摂す。これは世界の解釈である。阿難が高みに登り「我聞」と称するや、大衆は悲しみ嘆くべきところ、ちょうど如来を見た今、「我聞」と称する。無学の者たちが飛び上がり偈を説く。『仏話経』には、文殊が結集を明らかにし、まず題を唱え、次に「如是我聞」と称した時、衆は悲しみ号泣したとある。これは人に対する解釈である。阿難が高みに登り「我聞」と称して衆の疑いを晴らす。阿難の身は仏に似ており、仏より三指分だけ背が低い。衆は疑う、釈尊が再び現れたのか、他方の仏が来られたのか、あるいは阿難が仏となったのかと。「我聞」と唱えれば、三つの疑いは即座に晴れる。これは対治の解釈である。阿難は学ぶ者として、俗に従って「我聞」と称するが、第一義においては我もなく聞くこともない。古来より多くの解釈があるが、同じく因縁の一つの意味にすぎない。

約教解釋者，《釋論》云：「凡夫三種我，謂見、慢、名字，學人二種，無學一種。」阿難是學人，無邪我、能伏慢我，隨世名字稱我無咎，此用三藏意釋我也。《十住毘婆沙》云：「四句稱我皆墮邪見，佛正法中無我，誰聞？」此用通教意也。《大經》云：「阿難多聞士，知我無我而不二，雙分別我、無我。」此用別教意也。又阿難知我無我而不二，方便為侍者，傳持如來無礙智慧，以自在音聲傳權傳實，有何不可？此用圓教釋我也。又《正法念經》，明三阿難：阿難陀此云歡喜，持小乘藏；阿難跋陀此云歡喜賢，受持雜藏；阿難娑伽此云歡喜海，持佛藏。《阿含經》有典藏阿難，持菩薩藏。蓋指一人具於四德，傳持四法門，其義自顯云云。

> 教えを解釈する者によれば、『釈論』にこうあります。「凡夫には三種の我がある。見我・慢我・名字我である。学人には二種、無学には一種である」と。阿難は学人であり、邪我はなく、慢我を伏せることができる。世間に従って名字として「我」と称することに咎めはない。これは三蔵の意を用いて「我」を解釈したものである。 『十住毘婆沙』にはこうあります。「四句で我と称するは皆、邪見に堕す。仏の正法には我なし、誰が聞くというのか」と。これは通教の意を用いたものである。 『大経』にはこうあります。「阿難は多聞の士、我と無我とを知りて二ならず、我と無我とを双に分別す」と。これは別教の意を用いたものである。 また、阿難は我と無我とを知りて二ならず、方便として侍者となり、如来の無礙なる智慧を伝え持つ。自在の音声をもって権をも実をも伝える。何の不可があろうか。これは円教をもって「我」を解釈したものである。 また『正法念経』には、三種の阿難を明かしている。阿難陀（アーナンダ）は歓喜と訳し、小乗蔵を持つ。阿難跋陀（アーナンダバドラ）は歓喜賢と訳し、雑蔵を受持する。阿難娑伽（アーナンダサーガラ）は歓喜海と訳し、仏蔵を持つ。『阿含経』には典蔵阿難があり、菩薩蔵を持つ。おそらく一人の人に四つの徳を備え、四つの法門を伝え持つことを指し、その義は自ずから明らかである<note>云云</note>。

本迹釋者，若未會入，可言阿難隨世名我；若發迹顯本，空王佛所同時發心，方便示為傳法之人，何所不能？

> 本迹の解釈について、もし未だ会得せずに入らなければ、阿難が世に従って我と名づくと言えよう。もし迹を発して本を顕わし、空王仏の所で同時に心を発し、方便として法を伝える人を示すならば、何をか能わざらん。

觀心釋者，觀因緣所生法，即空、即假、即中，即空者我無我也，即假者分別我也，即中者真妙我也云云。

> 観心釈とは、因縁によって生じた法を観じることです。それは即ち空であり、即ち仮であり、即ち中です。即ち空とは、我も無我もないということ。即ち仮とは、分別の我があるということ。即ち中とは、真実にして妙なる我があるということ<note>云云</note>。

釋「聞」者，阿難，佛得道夜生，侍佛二十餘年，未侍佛時應是不聞。《大論》云：「阿難集法時自云：『佛初轉法輪，我爾時不見，如是展轉聞。』」當知不悉聞也。舊解云：「阿難得佛覺三昧，力自能聞。」《報恩經》云：「阿難求四願，所未聞經願佛重說。」又云：「佛口密為說也。」《胎經》云：「佛從金棺出金臂，重為阿難現入胎之相，諸經皆聞。」況餘處說耶？此文云：「阿難得記，即憶本願，持先佛法皆如今也。」此因緣釋也。

> 「聞」という言葉について説明しますと、阿難は、仏が悟りを開かれた夜に生まれ、仏に二十余年仕えましたが、仕える前のことは聞いていなかったはずです。 『大智度論』にはこうあります：「阿難が経典を結集した時、自らこう言った。『仏が初めて法輪を転じられた時、私はその場にいなかった。このように次々と伝え聞いたのである』」と。これによって、阿難がすべてを直接聞いていたわけではないことがわかります。 古い解釈では、「阿難は仏覚三昧を得て、自力で聞く力を得た」と説かれています。 『報恩経』には、「阿難は四つの願いを求め、未だ聞いていない経典については、仏がもう一度説いてくださることを願った」と記されています。また、「仏が口で密かに説かれた」ともあります。 『胎経』には、「仏が金の棺から金の臂を出され、もう一度阿難のために胎内に入られた様子を示された。諸々の経典はすべて聞くことができた」と説かれています。ましてや、他の場所で説かれた教えについては言うまでもありません。 この経文には、「阿難が授記を受けると、たちまち本来の願いを思い出し、過去の仏の教えをすべて今のように保持した」とあります。これが因縁による解釈です。

若約教者，歡喜阿難，面如淨滿月，眼若青蓮華，親承佛旨如仰完器，傳以化人如瀉異瓶，此傳聞、聞法也。歡喜賢，住學地得空無相願，眼、耳、鼻、舌諸根不漏，傳持聞不聞法也。典藏阿難多所含受，如大雲持雨，此傳持不聞聞法也。阿難海，是多聞士，自然能解了是常與無常，若知如來常不說法，是名菩薩具足多聞，佛法大海水，流入阿難心，此傳持不聞不聞法也。今經是海阿難，持不聞不聞之妙法也。

> もし教えに基づいて言えば、歓喜阿難は、顔が清らかな満月のようで、目は青蓮華のように、仏のご意思を直接受け継ぐことは完璧な器を仰ぎ見るがごとく、人々を教化するために伝えることは異なる瓶に注ぎ出すがごとし、これは伝聞、聞いた法を伝えることです。歓喜賢は、学びの境地に住して空・無相・無願を得、眼・耳・鼻・舌などの諸根から漏れることがなく、聞こえない法を伝え持つことです。典蔵阿難は多くを受け入れ、大いなる雲が雨を保つがごとく、これは聞こえない法を聞いて伝え持つことです。阿難海は、多くの教えを聞く士であり、自然に常と無常を理解し、もし如来が常に説法しないことを知れば、これこそ菩薩が多聞を具足するというものです。仏法の大海の水が、阿難の心に流れ込む、これは聞こえない法を聞かずに伝え持つことです。今この経は、海のような阿難が、聞こえない法を聞かずに伝え持つ妙法なのです。

本迹解者，如上四聞皆迹引，而本地不可思議云云。

> 本地と迹門の解釈について、先に述べた四つの聞き方はすべて迹門の導きであり、本地は思いはかることも言い表すこともできない<note>云云</note>。

觀心釋者，觀因緣法是觀聞聞，觀空是觀聞不聞，觀假是觀不聞聞，觀中是觀不聞不聞云云。一念觀者，妙觀也云云。

> 観心釈とは、因縁の法を観じることは、聞くものを聞くこと（聞聞）を観じることである。空を観じることは、聞くものを聞かざること（聞不聞）を観じることである。仮を観じることは、聞かざるものを聞くこと（不聞聞）を観じることである。中を観じることは、聞かざるものを聞かざること（不聞不聞）を観じることである<note>云々</note>。一念の観とは、妙なる観である<note>云々</note>。

「一時」者，肇師云：「法王啟運嘉會之時」者，世界也。論云：「迦羅是實時」，示內弟子時；食時著衣者，為人也。「三摩耶是假時」，破外道邪見者，對治也。若時與道合者，第一義也云云。若見諦已上、無學已下，名下一時；若三人同入第一義，名中一時；若登地已上，名上一時；若初住已上，名上上一時。今經是上上一時，此約教分別也。

> 「一時」とは、肇師が「法王が教えを開き、縁起の良い時が巡ってきた」と説くのは、世界の成り立ちを示すものです。論には「迦羅は実の時」とあり、これは内弟子に時を示すことです。食時に衣をまとうのは、人々を導くためです。「三摩耶は仮の時」とは、外道の邪見を破ることで、これが対治にあたります。もし時と道が合致するならば、それは第一義です<note>云々</note>。 もし見諦を超え、無学に至る前の段階であれば、それは「下一時」と呼ばれます。もし三人が共に第一義に入るならば、それは「中一時」と呼ばれます。もし登地を超えたならば、それは「上一時」と呼ばれます。もし初住を超えたならば、それは「上上一時」と呼ばれます。今の経典は「上上一時」であり、これは教えに基づいて区別されたものです。

本迹者，前諸一時，迹也；久遠實得之一時，本也。

> 本とは、過去の様々な一時的な教えは迹（あと）であり、久遠の昔に真実を得たその一時こそが本である。

觀心釋者，觀心先空、次假、後中，次第觀心也。觀心即空、即假、即中者，圓妙觀心也。

> 観心を解釈するには、まず心を空と観じ、次に仮と観じ、後に中と観じる、これが順序立てた観心の修行です。心を即空、即仮、即中と観じる、これが円妙なる観心の境地です。

「佛」者，劫初無病，劫盡多病；長壽時樂，短壽時苦。東天下富而壽，西天下多珠寶多牛羊，北天下無我、無臣屬，如此時處不感佛出。八萬歲時百年時，南天下未見果而修因，故佛出其地。離車子云：「摩竭提國如大池，佛出其國如大蓮華。」無勝云：「佛於眾生平等無二，汝等耽荒五欲不見佛耳，非佛棄汝出摩竭提。」此皆世界釋也。日若不出，池中未生、生已等華，翳死無疑；佛若出世則有剎利、婆羅門、居士、四天王乃至有頂，此就為人釋也。三乘根性感佛出世，餘不能感，善斷有頂種，永度生死流，此就對治說也。佛於法性，無動、無出，能令眾生感見動出，而於如來實無動出，此就第一義說也。皆因緣釋耳。

> 「仏」とは、世界の初めには病なく、世界の終わりには病が多い。寿命が長い時は楽であり、寿命が短い時は苦である。東の天下は富み寿命も長く、西の天下は宝珠や牛・羊が多い。北の天下には我執もなく臣従もない。このような時と場所では、仏の出現を感じることはない。八万歳の時や百年の時、南の天下では果報を見ずに因を修めるため、仏はその地に出現するのである。離車子は言う：「摩竭提国は大いなる池の如く、仏がその国に出現することは大いなる蓮華の如し」。無勝は言う：「仏は衆生に対して平等で差別はない。あなたたちが五欲に耽り乱れているから仏を見ないのであって、仏があなたたちを捨てて摩竭提国に出現したのではない」。これらは世界釈による解釈である。太陽が出なければ、池の中の蓮華は生じず、生じても枯れてしまうのは確かである。仏が世に出現すれば、剎利、婆羅門、居士、四天王、さらには有頂天までもが存在する。これは為人釈による解釈である。三乗の根性を持つ者が仏の出現を感じ、それ以外の者は感じることができない。有頂天の種を善く断ち切り、生死の流れを永遠に渡り切る。これは対治釈による説き方である。仏は法性において、動くことも出現することもない。しかし衆生をして動き出ることを感じさせることができる。しかも如来には実は動きも出現もない。これは第一義釈による説き方である。これらはすべて因縁による解釈なのである。

佛名覺者、知者，於道場樹下，知覺世間、出世間，總相、別相，覺世即苦、集，覺出世即道、滅；亦能覺他。身長丈六，壽八十，老比丘像。菩提樹下三十四心正、習俱盡者，即三藏佛自覺覺他。帶比丘像現尊特身，樹下一念相應，斷餘殘習者，即通佛自覺覺他。單現尊特相，坐蓮花臺受佛職者，即別佛自覺覺他。隱前三相，唯示不可思議如虛空相，即圓佛自覺覺他。故經云：「或見如來丈六之身，或見小身、大身，或見坐花臺為百千釋迦說心地法門，或見身同虛空遍於法界無有分別。」即此義也。是為約教分別也。

> 仏の名は「覚者」「知者」と呼ばれます。道場の菩提樹の下で、世間と出世間の総相・別相を知り覚り、世間を覚れば苦と集であり、出世間を覚れば道と滅であることを知ります。また他者をも覚らせることができます。身長は丈六、寿命は八十歳、老比丘の姿をしています。 菩提樹の下で三十四心が正しく、習気もともに尽きる者、これが三蔵仏の自覚覚他です。比丘の姿を帯びて尊特の身を現し、樹下一念相応して残りの習気を断つ者、これが通仏の自覚覚他です。ただ尊特の相のみを現し、蓮華の台に坐して仏職を受ける者、これが別仏の自覚覚他です。前三つの相を隠し、ただ不可思議なる虚空のような相を示す者、これが円仏の自覚覚他です。 故に経にはこう説かれています。「ある者は如来の丈六の身を見、ある者は小身・大身を見、ある者は蓮華の台に坐し百千の釈迦のために心地法門を説く姿を見、ある者は虚空と同じく法界に遍満して分別なき身を見る」と。これがその意味です。 これが教えに基づく分別です。

本迹釋者，一佛為本，三佛為迹，中間示現數數唱生、數數唱滅，皆是迹也；唯本地四佛皆是本也。

> 本地と迹（あと）の解釈としては、一仏が本地であり、三仏が迹です。その間で繰り返し現れ、繰り返し滅することを示すのは、すべて迹に属します。ただ、本地の四仏だけがすべて本地に属するのです。

觀心釋者，觀因緣所生心，先空、次假、後中，皆偏覺也；觀心即空、即假、即中，是圓覺也云云。

> 観心釈とは、因縁によって生じた心を観じることで、まず空、次に仮、後に中と進むのは、偏った覚りです。心が即空、即仮、即中であると観じるのが、円満な覚りです。

「住」者，能住住所住，所住即是忍土王城，能住即是四威儀，住世未滅，此則世界因緣釋住也。又住者，住十善道、住四禪中，此即為人因緣釋住也。又住者，住三三昧，對治因緣釋住。又住者，住首楞嚴，即是第一義因緣釋住云云。

> 「住」とは、住むものが住む場所に住むことを指し、住む場所とは忍土の王城であり、住むものとは四威儀（行住坐臥）のことです。この世に住みながらも滅びず、これが世界因縁による「住」の解釈です。 また、「住」とは、十善の道に住み、四禅の中に住むことを意味し、これは人としての因縁による「住」の解釈です。 さらに、「住」とは、三三昧に住むことを指し、対治の因縁による解釈です。 また、「住」とは、首楞厳に住むことを意味し、これが第一義の因縁による「住」の解釈です<note>（以下同様）</note>。

約教者，三藏佛從析門發真無漏，住有餘、無餘涅槃。通佛從體門發真，住有餘、無餘涅槃。別佛從次第門入，住祕密藏。圓佛從不次第門入，住祕密藏。前三佛住，能所皆麁；後一佛住，能所俱妙。今經則是圓佛住於妙住也。

> 教えについて言えば、三蔵仏は分析の門から真実の無漏を発して、有余・無余の涅槃に住す。通仏は本体の門から真実を発して、有余・無余の涅槃に住す。別仏は次第の門から入って、秘密蔵に住す。円仏は不次第の門から入って、秘密蔵に住す。前三の仏の住は、能も所も共に粗なり。後の一仏の住は、能も所も共に妙なり。今の経はすなわち円仏の妙住に住するものなり。

本迹解者，三藏佛應涅槃，慈悲垂迹生身住世。通佛誓願慈悲，扶餘習度眾生作佛事。別、圓佛皆慈悲薰法性，愍眾生故垂應法界。當知四佛住本佛住，以慈悲故住於忍土王城，威儀住世，是名迹住。

> 本迹の解釈とは、次の通りです。 三蔵教の仏は涅槃に入るべきところを、慈悲によって迹（仮の姿）を垂れ、生身のままこの世に留まります。 通教の仏は誓願と慈悲によって、残された習気（煩悩の名残）を利用して衆生を導き、仏事を行います。 別教と円教の仏は、慈悲が法性を薫じ、衆生を憐れむがゆえに、法界に応じて姿を現します。 これら四仏は、本来の仏の境地に住しながらも、慈悲ゆえにこの忍土（娑婆世界）の王城に留まり、威儀を整えて世に住む。これを「迹住」と呼びます。

觀解者，觀住於境，或住無常境，即空、即假、即中等境，以無住法住於境中故名為住。

> 観解とは、観想が対象に留まることです。あるいは無常の対象、すなわち空、仮、中といった境地に留まりながら、留まらない法によって対象の中に留まることを指します。それゆえに「住」と呼ばれるのです。

「王舍城」者，天竺稱羅閱祇伽羅，羅閱祇此云王舍，伽羅此云城，國名摩伽陀，此云不害，無刑殺法也；亦云摩竭提，此云天羅，天羅者王名也，以王名國，此王即駁足之父。昔久遠劫，此王主千小國，王巡山值牸師子，眾人迸散，仍共王交。後月滿來殿上生，王知是己子，訛言我既無兒，此乃天賜，養為太子，足上斑駁，時人號為駁足。後紹王位，喜噉肉，勅厨人無令肉少，一時遽闕，乃取城西新死小兒為膳。王言大美，勅之常辦此肉，厨人日捕一人，舉國愁恐，千小國興兵廢王，置耆闍山中，諸羅剎輔之為鬼王，因與山神誓，誓取千王祭山。捕得九百九十九，唯少普明王，後時伺執得之。大啼哭，恨生來實語，而今乖信。駁足放之還國，作大施，立太子，仍就死，形悅心安。駁足問之，答：「得聞聖法。」因令說之，廣讚慈心，毀呰殺害，仍說四非常偈云云。駁足聞法，得空平等地，即初地也。千王各取一渧血、三條髮，賽山神願。駁足與千王共立舍城，都五山中為大國，各以千小國付子胤，千王更迭知大國事。又百姓在五山內，七遍作舍，七度被燒，百姓議云：「由我薄福數致煨燼，王有福力其舍不燒，自今已後皆排我屋為王舍。」由是免燒，故稱王舍城。又駁足共千王立舍於其地，故稱王舍。又駁足得道放赦千王，千王被赦於其地故，名地為王赦，而經家借音為屋舍字耳。因緣出《大論》及諸經云云。

> 「王舎城」とは、天竺で「羅閲祇伽羅」と呼ばれるものです。「羅閲祇」はここでは「王舎」と訳し、「伽羅」はここでは「城」と訳します。国の名は「摩伽陀」といい、これは「害さない」、つまり刑罰や殺戮の法がないという意味です。また「摩竭提」ともいい、これは「天羅」と訳します。「天羅」とは王の名で、王の名を国名としたものです。この王は、駁足（はくそく）の父にあたります。 昔、はるか遠い劫の昔、この王は千の小国を治めていました。王が山を巡行中、牝獅子に出会い、供の者たちは散り散りになり、王はその獅子と交わりました。その後、月が満ちて宮殿に子が生まれました。王は自分の子だと知りながら、「私は子がいなかったが、これは天の賜り物だ」と言い、養子として太子とし、足にまだら模様があったため、当時の人々は彼を「駁足」と呼びました。 後に王位を継ぐと、肉を好んで食べ、料理人に「肉を欠かすな」と命じました。ある時、急に肉が不足したため、料理人は城西の新しく死んだ幼児を料理として出しました。王は「大変うまい」と言い、常にこの肉を用意するよう命じました。料理人は毎日一人を捕らえ、国中が憂いと恐れに包まれました。千の小国が兵を起こして王を廃し、耆闍山（ぎじゃせん）に置きました。諸々の羅刹（らせつ）が彼を補佐して鬼王とし、山神と誓いを立て、千人の王を捕らえて山に捧げると誓いました。 九百九十九人の王を捕らえましたが、ただ一人、普明王だけが足りませんでした。後に機会をうかがい、ついに捕らえました。普明王は大声で泣き、「生まれてからずっと真実を語ってきたのに、今、約束を破ることになる」と悔しがりました。駁足は彼を国に帰し、大施しを行い、太子を立てた後、自ら死に赴きました。その姿は悦び、心は安らかでした。 駁足がその理由を尋ねると、答えました。「聖なる法を聞くことができたからです。」そこで説法を請うと、広く慈しみの心を讃え、殺害を非難し、さらに四つの無常の偈を説きました<note>（云々）</note>。駁足は法を聞き、空平等の地（初地）を得ました。 千人の王はそれぞれ一滴の血と三本の髪を取って山神に願をかけました。駁足は千人の王と共に舎城を建て、五山の中に都を置いて大国とし、それぞれ千の小国を子孫に託し、千人の王が代わる代わる大国の政事を知りました。 また、民衆は五山の中に住んでいましたが、七度家を建てては七度焼かれたため、民衆は議しました。「私たちの福が薄いから、たびたび灰燼に帰すのだ。王には福徳の力があり、その舎は焼けない。今から後は、皆、自分の家を王の舎として並べよう。」これによって焼失を免れたため、「王舎城」と称されました。 また、駁足が千人の王と共にその地に舎を建てたため、「王舎」と称されました。また、駁足が悟りを得て千人の王を赦したことから、千人の王がその地で赦されたため、その地を「王赦」と名付けましたが、経典の編者は音を借りて「屋舎」の字を当てたのです。 この因縁は『大論』及び諸経に出ています<note>（云々）</note>。

約教者，《像法決疑經》云：「一切大眾所見不同，或見娑羅林地，悉是土砂、草木、石壁，或見七寶清淨莊嚴，或見此林是三世諸佛所遊行處，或見此林即是不可思議諸佛境界真實法體。」例知此義，四見不同，所住既然，能住亦爾。此則約教分別也。本迹、觀心在後說。

> 教えについて言えば、『像法決疑経』に次のように説かれています。 「すべての大衆の見方はそれぞれ異なり、ある者は沙羅双樹の林がすべて土砂や草木、石壁であると見、ある者は七宝で清らかに荘厳されていると見、ある者はこの林が三世の諸仏が遊行される場所であると見、ある者はこの林がそのまま不可思議な諸仏の境界であり、真実の法の本体であると見る」 この例えが示すように、四つの見方は異なっています。見られる対象がそうであるならば、見る側もまた同様です。 これが、教えに基づいて区別するという意味です。 本迹と観心については、後に述べます。

「耆闍崛山」者，此翻靈鷲，亦云鷲頭，亦云狼跡，梁武云：「王鴡引詩人所詠關睢是也。」《爾雅》云：「似鵄。」又解，山峯似鷲，將峯名山。又云，山南有尸陀林，鷲食尸竟棲其山，時人呼為鷲山。又解，前佛今佛皆居此山，若佛滅後羅漢住，法滅支佛住，無支佛鬼神住。既是聖靈所居，總有三事，因呼為靈鷲山。有五精舍：鞞婆羅跋恕，此云天主穴；薩多般那求訶，此云七葉穴；因陀世羅求訶，此云蛇神山；薩簸恕魂直迦鉢婆羅，此云少獨力山；五是耆闍崛山。

> 「耆闍崛山」とは、これは霊鷲と訳され、また鷲頭とも、狼跡とも言います。梁の武帝は、「王鴡が詩人の詠んだ関睢を引き合いに出すのはこれである」と言いました。『爾雅』には、「鵄に似ている」とあります。また別の解釈では、山の峰が鷲に似ているため、峰の名を山の名としました。また、山の南に尸陀林があり、鷲が死体を食べ終わるとこの山に棲みつくので、当時の人々が鷲山と呼んだとも言われます。さらに、過去の仏も現在の仏も皆この山に住まわれ、もし仏が滅した後は羅漢が住み、法が滅した後は支仏が住み、支仏がいなくなれば鬼神が住むとされます。聖なる霊が住まう場所であるため、総じて三つの事柄から霊鷲山と呼ばれています。五つの精舎があります：鞞婆羅跋恕、これは天主穴と訳されます；薩多般那求訶、これは七葉穴と訳されます；因陀世羅求訶、これは蛇神山と訳されます；薩簸恕魂直迦鉢婆羅、これは少独力山と訳されます；五つ目が耆闍崛山です。

問：

> 問：

劫火洞然，天地廓清，云何前佛後佛同居此山？

> 劫の火が燃え盛り、天地が清らかに澄み渡る中、どうして前の仏も後の仏も同じこの山に住まわれるのでしょうか？

答：

> 答：

後劫立，本相還現，得神通人，知昔名以名今耳。例如先劫姓瞿曇，將本姓以姓今也。

> 後の劫が立ち、本来の姿が再び現れると、神通を得た人は、昔の名を知って今に名づけるのです。例えば、先の劫の姓は瞿曇であり、本来の姓をもって今に姓とするようなものです。

約教釋「山」，例如城義說云云。

> 経典の教えで「山」を解釈する場合、例えば「城」の意味として説明する<note>云云</note>。

觀釋者，王即心王，舍即五陰，心王造此舍，若析五陰舍空，空為涅槃城，此觀既淺如見土木；若體五陰舍即空，空為涅槃城，即通教也；若觀五陰舍，因滅是色獲得常色，受、想、行、識亦復如是，此之四德常為諸佛之所遊處；若觀五陰即法性，法性無受、想、行、識，一切眾生即是涅槃，不可復滅，畢竟空寂舍，如是涅槃，即是真如實體云云。

> 観想を解釈すると、王とは心の王であり、舎とは五蘊のことです。心の王がこの舎を造ります。もし五蘊の舎を分析して空と見れば、その空が涅槃の城となります。この観想は浅く、あたかも土木を見るようなものです。もし五蘊の舎がそのまま空であると体得すれば、その空が涅槃の城となり、これを通教とします。もし五蘊の舎を観じて、因縁が滅してこの色が常なる色を得、受・想・行・識もまた同様であるとすれば、この四つの徳が常に諸仏の遊行する処となります。もし五蘊がそのまま法性であると観じ、法性には受・想・行・識がなく、一切の衆生がそのまま涅槃であり、これ以上滅するものもなく、畢竟空寂の舎であるとすれば、このような涅槃こそが真如の実体です<note>云云</note>。

觀心山者，若觀色陰，無知如山，識陰如靈，三陰如鷲，觀此靈鷲無常，即析觀也；觀此靈鷲即空，體觀也；觀靈即智性了因，智慧莊嚴也，鷲即聚集緣因，福德莊嚴也，山即法性正因，不動三法，名祕密藏；自住其中亦用度人，下文云：「佛自住大乘」，即別、圓二觀云云。

> 観心の山とは、もし色陰を観るならば、無知は山の如く、識陰は霊鷲の如く、三陰は鷲の如し。この霊鷲が無常であると観ずることは、すなわち析観である。この霊鷲が即ち空であると観ずることは、体観である。霊が即ち智性の了因であり、智慧の荘厳であると観じ、鷲が即ち集まる縁因であり、福徳の荘厳であると観じ、山が即ち法性の正因であり、動かぬ三法であると観ずることを、秘密蔵と名づける。自らその中に住し、また人を度するに用いる。下文に云く、「仏自ら大乗に住す」と、すなわち別・円の二観である<note>云云</note>。

「中」者，佛好中道，升中天、中日、降中國、中夜滅，皆表中道；今處山中，說中道也。

> 「中」とは、仏が中道を好まれることを示しています。昇天する時も中天に昇り、日も中天にあり、降誕する地も中国であり、入滅も中夜に行われ、すべて中道を表しています。今、山中にて中道の教えを説かれているのです。

釋同聞眾為三：初聲聞、次菩薩、後雜眾，諸經多爾。舊云有事、有義。事者，逐形迹親疎，聲聞形出俗網，迹近如來，證經為親，故前列也；天人形乖服異，迹非侍奉，證經為疎，故後列也；菩薩形不檢節、迹無定處，既不同俗，復異於僧，處季孟之間，故居中仲也。有義者，聲聞欣涅槃，天人著生死，各有所偏，菩薩不欣、不著，居中求宗，故在兩間。《釋論》意亦爾，此一解似兩釋，事解似因緣，義解似約教云云。

> 同聞衆を釈して三となす。初めは声聞、次は菩薩、後は雑衆。諸経多くかくのごとし。旧くは「事あり、義あり」と云う。事とは、形跡の親疎に逐う。声聞は形、俗網を出で、跡、如来に近し。経を証すること親なり。故に前に列す。天人は形、服に乖き、跡、侍奉に非ず。経を証すること疎なり。故に後に列す。菩薩は形、節を検ぜず、跡、定処なし。既に俗に同じからず、また僧に異なる。季孟の間に処る。故に中仲に居す。義とは、声聞は涅槃を欣び、天人は生死に著く。各おの偏りあり。菩薩は欣ばず、著かず。中に居りて宗を求む。故に両間にある。『釈論』の意もまたしかり。この一解、両釈に似たり。事解は因縁に似、義解は教に約するに似たり<note>云云</note>。

本迹解者，聲聞內祕外現，何甞保證涅槃；天人皆大薩埵，豈復耽染生死？皆是迹引二邊，而本常中道也。

> 本迹の解釈とは、声聞が内に秘め外に現わすものであり、どうして涅槃を保証するものだろうか。天人も皆、大いなる菩薩であり、どうして再び生死に耽溺するだろうか。これらはすべて、二辺を導く迹であり、本は常に中道にあるのである。

觀心釋者，從假入空觀，即偏破生死；從空入假觀，即偏破涅槃，中道正觀無復前後云云。

> 観心を解釈するとは、仮の状態から空の境地に入る観想は、偏って生死を破ること。空の境地から仮の状態に入る観想は、偏って涅槃を破ること。中道の正しい観想には、前後の区別はありません<note>などなど</note>。

列聲聞為二：先比丘、次比丘尼。比丘又二：先列多知識，次列少知識；舊呼為大名聞、小名聞。雖然無據，今依文判如此。就多知識眾為六：一類、二數、三位、四歎、五列名、六結。

> 声聞の列挙を二つに分ける。まず比丘、次に比丘尼である。比丘はさらに二つに分けられる。先に多くの知識（同門・学友）を列挙し、次に少ない知識を列挙する。かつては大名聞・小名聞と呼んだが、根拠はない。今は経文に基づいてこのように判断する。多くの知識の衆について六つの点を述べる。一に類、二に数、三に位、四に歎（称賛）、五に列名、六に結びである。

一、類者，皆是大比丘氣類也。譬群方貴賤，各有班輩。今諸比丘，皆眾所知識、高譽大德也。

> 一、類とは、皆、大比丘の気類である。譬えば、群方の貴賤がそれぞれ班輩を持つようなもの。今、諸比丘は皆、衆に知られ、高く誉れられた大徳である。

《釋論》明「與」者，共義，舉七一解共，謂一時、一處、一戒、一心、一見、一道、一解脫也。若歷教，應各明七一：三藏一七一，通教二七一，別教無量七一，圓教一七一。若未發迹，正是三藏、通教中七一，直明兩意幾異，時、處、戒、解脫是同，心、見、道三種則異；若至開三顯一，即得入圓教七一也。

> 『釈論』は「与」を「共」の意味と明かし、七つの「一」を挙げて「共」を解釈する。すなわち、一時、一処、一戒、一心、一見、一道、一解脱である。もし教えに沿って見るならば、それぞれの教えに応じて七つの「一」を明らかにすべきである。三蔵教には一つの七つの「一」、通教には二つの七つの「一」、別教には無量の七つの「一」、円教には一つの七つの「一」がある。もし未だ迹（しゃく）を発していないならば、まさに三蔵教と通教の中の七つの「一」であり、ただ二つの意味の違いを明らかにする。時、処、戒、解脱は同じであり、心、見、道の三つは異なる。もし三乗を開いて一乗を顕わすに至れば、すなわち円教の七つの「一」に入ることができるのである。

《法華》論四種聲聞，今開住果者為兩：析法住果是三藏聲聞，體法住果是通教聲聞。開應化者為兩：登地應化別教聲聞，登住應化圓教聲聞。開佛道聲聞亦為兩：令他次第聞佛道是別教聲聞，令他不次第聞佛道即圓聲聞。聲聞義浩然，云何以證涅槃者判之云云。

> 『法華経』の論では四種の声聞を説くが、今、果位に住する者を二つに開く。析法（現象分析）によって果位に住するのは三蔵教の声聞であり、体法（本質直観）によって果位に住するのは通教の声聞である。応化（方便の姿）の者を二つに開く。初地に登った応化は別教の声聞であり、初住に登った応化は円教の声聞である。仏道の声聞もまた二つに開く。他者に次第に仏道を聞かせるのは別教の声聞であり、他者に次第を超えて仏道を聞かせるのは円教の声聞である。声聞の意義は広大無辺である。どうしてただ涅槃を証得した者をもってこれを判定できようか<note>云云</note>。

「大」者，《釋論》明「大」者，亦言多，亦言勝，器量尊重為天王等大人所敬故言大，升出九十五種道外故言勝，遍知內外經書故言多，又數至一萬二千故言多。今明有大道故、有大用故、有大知故，故言大。勝者，道勝、用勝、知勝，故言勝。多者，道多、用多、知多，故言多。道即性念處，大於一切智外道；用即共念處，勝神通外道；知即緣念處，多四韋陀外道也。約教釋大、多、勝者，大人所敬等，是三藏中釋耳。大者，大力羅漢所敬也；多者，遍知生滅即無生滅法也；勝者，勝三藏四門也，此通教釋也。又大者，體法大力羅漢所敬也；多者，恒沙佛法皆知也；勝者，勝二乘人，此別教釋也。又大者，諸大菩薩所敬也；多者，法界不可量法悉知也；勝者，勝諸菩薩也，此圓教釋也。

> 「大」という言葉について、『釈論』では「大」を説明しており、また「多い」とも「勝れている」とも言います。器量が尊ばれ、天王などの偉大な人々から敬われるゆえに「大」と言い、九十五種の道を超え出ているゆえに「勝れている」と言い、内外の経典や書物を広く知っているゆえに「多い」と言います。また、数が一万二千に及ぶゆえに「多い」と言います。 今ここで明らかにするのは、大いなる道があるゆえに、大いなる働きがあるゆえに、大いなる知恵があるゆえに、「大」と言うのです。「勝れている」とは、道が勝れ、働きが勝れ、知恵が勝れているゆえに「勝れている」と言います。「多い」とは、道が多く、働きが多く、知恵が多いゆえに「多い」と言います。 道とは性念処であり、一切の智恵を持つ外道よりも大きいのです。働きとは共念処であり、神通力を持つ外道よりも勝れています。知恵とは縁念処であり、四つのヴェーダを持つ外道よりも多いのです。 教えに基づいて「大」「多」「勝」を解釈すると、偉大な人々から敬われるなどというのは、三蔵教の中での解釈です。「大」とは、大力の羅漢から敬われることです。「多」とは、生滅を遍く知り、即ち無生滅の法であることです。「勝」とは、三蔵教の四つの門に勝ることです。これが通教の解釈です。 また、「大」とは、法を体得した大力の羅漢から敬われることです。「多」とは、恒河の砂の数の仏法をすべて知っていることです。「勝」とは、二乗の人々に勝ることです。これが別教の解釈です。 さらに、「大」とは、すべての大菩薩から敬われることです。「多」とは、法界の量り知れない法をすべて知っていることです。「勝」とは、すべての菩薩に勝ることです。これが円教の解釈です。

本迹者，此諸大德久為諸佛之所咨嗟，本得勝幢三昧超諸外道，先已成就種智遍知，迹來輔佛行化，示作愛見中大、多、勝，欲引乳入酪；又作三藏中大、多、勝，欲引酪入生蘇；示方等中大、多、勝，欲引生蘇入熟蘇；示轉教作《般若》中大、多、勝；欲引熟蘇入醍醐故作《法華》中大、多、勝也，然其本地大、多、勝又矣云云。

> 本と迹について申しますと、これらの大徳方は久しく諸仏から称賛されてこられました。本質的には勝幢三昧を得て外道を超え、すでに種々の智慧と遍く知ることを成就しておられますが、迹として仏の教化を補佐するために現れ、愛見の中でも大・多・勝を示して、乳から酪へと導き入れました。また三蔵の中でも大・多・勝を示して、酪から生酥へと導き入れ、方等経の中でも大・多・勝を示して、生酥から熟酥へと導き入れました。転教として『般若経』の中でも大・多・勝を示し、熟酥から醍醐へと導き入れるために、『法華経』の中でも大・多・勝を示されたのです。しかし、その本地における大・多・勝はさらに深遠なものであります<note>云々</note>。

觀心者，空觀為大，假觀為多，中觀為勝。又直就中觀心性廣博猶若虛空，故名大；雙遮二邊入寂滅海，故名勝；雙照二諦多所含容，一心一切心，故名多也。

> 心を観じるとは、空観が大であり、仮観が多であり、中観が勝れているということです。また、中観の心性は広大で虚空のようであるため、大と呼ばれます。二辺を遮って寂滅の海に入るため、勝れていると呼ばれます。二諦を照らして多くを含み容れるため、一心がすべての心となるので、多と呼ばれるのです。

「比丘」者，肇師云：「秦言淨命，乞食、破煩惱、能持戒、怖魔等，天竺一名含此四義，秦無以翻，故存本稱。」什師云：「始出妻子家，應以乞食自資，清淨活命；終出三界家，必須破煩惱，持戒自守。具此二義，天魔怖其出境也。」《釋論》云：「怖魔、破惡、乞士，魔樂生死，其既出家復化餘人，俱離三界乖於魔意，魔用力制翻被五繫，但愁懼而已，故名怖魔。出家人必破身、口七惡，故言破惡。夫在家三種如法，一田、二商、三仕，用養身命；出家人佛不許此，唯乞自濟，身安道存，福利檀越，三義相成即比丘義也。」《涅槃》、《寶梁》皆舉破惡名比丘者，不具說也。今明此三義，應通初、後，如初出家時白四羯磨，無作戒力遍一切境，翻無作惡；初修禪定發定共戒，防伏意地貪、瞋不起；初修觀慧發相似道共戒，能伏煩惱。初心亦稱破惡，何獨後心耶？怖魔者，初剃髮、稟戒，已令魔愁，修定欲伏惱煩，修慧欲破煩惱，初心亦令魔怖，何獨後心耶？乞士者，初離邪命以乞自活、修禪歷境、求定修慧緣理求無漏，皆是乞士，何況相應而非乞士？具此義故通名比丘。依經家皆歎後心比丘耳，此皆三藏意。若歷緣求真名乞士，破障理之惑名破惡，修此行怖四魔，即通教義。若歷三諦求理名乞士，除通、別惑名破惡，怖八魔十魔者，即別義。若即生死求實相味名乞士，達煩惱即菩提名破惡，魔界即佛界者，是圓教義。若未發迹但明前二義，若已顯本，具後意也。

> 「比丘」とは、肇師が言うには、「秦の言葉で清らかな命を意味し、托鉢、煩悩を破る、戒律を守る、魔を恐れさせるなど、天竺では一つの名前にこれら四つの意味を含むが、秦には翻訳する言葉がなく、故に元の名称を残す」とあります。什師は言います。「まず妻子の家を出て、托鉢によって自らを養い、清らかに命を保つべきであり、終には三界の家を出て、必ず煩悩を破り、戒律を守って自らを守らなければならない。この二つの意味を備えることで、天魔はその者が三界を出ることを恐れるのである」と。 『釈論』には、「魔を怖れさせる、悪を破る、乞う士」とあります。魔は生死を楽しむが、出家した者はさらに他の人々を教化し、共に三界を離れることは魔の意に反する。魔は力を使って制しようとするが、かえって五つの束縛に縛られ、ただ憂い恐れるだけである。故に魔を怖れさせるという。出家者は必ず身と口の七つの悪を破るので、悪を破るという。在家の者には三つの如法な方法がある。一つは田畑、二つは商売、三つは仕官であり、これらで身命を養う。しかし出家者は仏がこれを許さず、ただ托鉢によって自らを救い、身を安んじて道を保ち、施主に福と利益をもたらす。この三つの意味が互いに成り合って、比丘の意味となるのである。 『涅槃経』や『宝梁経』では、悪を破るという名を挙げて比丘としているが、これはすべてを説き尽くしたものではない。今、この三つの意味を明らかにするならば、初めから終わりまで通じるべきである。例えば、初めて出家する時に白四羯磨を行い、無作の戒の力が一切の境に遍く行き渡り、無作の悪を転じる。初めて禅定を修めて定共戒を発し、意の地に貪りや瞋りが起こらないように防ぎ伏せる。初めて観慧を修めて相似の道共戒を発し、煩悩を伏せることができる。初心の時もまた悪を破ると称されるのであり、どうして後の心だけを指すことがあろうか。 魔を怖れさせるとは、初めて髪を剃り、戒を受けた時点で、すでに魔を憂わせる。禅定を修めて煩悩を伏せようとし、智慧を修めて煩悩を破ろうとする。初心の時もまた魔を怖れさせるのであり、どうして後の心だけを指すことがあろうか。 乞う士とは、初めて邪な生計を離れ、托鉢によって自らを生きさせ、禅を修めて境を巡り、定を求め、智慧を修めて理に縁り、無漏を求める。これらすべてが乞う士である。ましてや、これらと相応しているのに乞う士でないことがあろうか。これらの意味を備えているので、通じて比丘と名づけるのである。 経典の説くところによれば、皆、後の心の比丘を称えているが、これらはすべて三蔵の教えの意味である。もし、縁に歴って真実を求めることを乞う士とし、理を妨げる惑いを破ることを悪を破るとし、この行いを修めて四魔を怖れさせるならば、それは通教の意味である。もし、三諦に歴って理を求めることを乞う士とし、通惑と別惑を除くことを悪を破るとし、八魔や十魔を怖れさせるならば、それは別教の意味である。もし、生死そのものにおいて実相の味を求めることを乞う士とし、煩悩が即ち菩提であると悟ることを悪を破るとし、魔界が即ち仏界であるとするならば、それは円教の意味である。もし、まだ迹を発していないならば、ただ前の二つの意味を明らかにするが、もしすでに本を顕わしているならば、後の意味を備えているのである。

本迹者，本登涅槃山頂，與無明癡愛父母、結業妻子別，出分段、變易家，久除五住，何惡不破？獲真法喜，如食乳糜更無所須。持中道道共尸波羅蜜攝眾生戒度，魔界降伏，即佛界如。堪任乘御，本地功德久已成就，為調眾生，迹示五味比丘傳引眾生，例如前釋。

> 本と迹について言えば、本来の境地は涅槃の山頂に登り、無明の迷いと執着という父母、業の結びつきという妻子と別れ、分段生死と変易生死の家を出て、長く五住の煩悩を除き、破らざる悪は何一つない。真実の法喜を得て、乳粥を食するが如く、更に求めるものは何もない。中道の道と共に、尸波羅蜜（戒律の完成）によって衆生を摂し、魔界を降伏させ、即ち仏界の如くである。乗り御するに堪え、本地の功徳は久しく成就している。衆生を調伏するために、迹においては五味の比丘として示現し、衆生を導き引くのである。例えば、前に釈した通りである。

觀心者，觀一念心淨若虛空，不為二邊桎梏所礙，平等大慧無住、無著，即名出家；以中觀自資、活法身慧命，名為乞士；觀五住煩惱即是菩提，是名破惡；一切諸邊顛倒無非中道，即是怖魔云云。

> 心を観るとは、一瞬の心が虚空のように清らかであり、二つの極端な束縛に妨げられることなく、平等なる大いなる智慧はどこにもとどまらず、執着もないことを観ることです。これを出家といいます。中観の智慧をもって自らを養い、法身の智慧の命を生きること、これを乞士といいます。五住の煩悩を観じ、それがそのまま菩提であると知ること、これを破悪といいます。すべての偏った見方や倒錯は、ことごとく中道にほかならないと観じること、これが怖魔です<note>云云</note>。

「眾」者，天竺云僧伽，此翻和合眾，一人不名和合，四人已上乃名和合，事和無別眾，法和無別理。佛常與千二百五十人俱，三迦葉千人，身子、目連二百五十。又云，耶舍五十。《雜阿含》四十五云：「五百比丘中，九十人三明，九十人俱解脫，餘但慧解脫。」《釋論》明四種僧：不依淨命名破戒僧，不解法律名愚癡僧，五方便名慚愧僧，苦法忍去名真實僧。此中非三種，但是真實僧。若依四教者，此僧歷偏、圓五味座，作同聞人，今正是圓教中證信也。

> 「衆」とは、天竺（インド）で「僧伽（サンガ）」といい、ここでは「和合衆」と訳します。一人では和合とは言えず、四人以上になって初めて和合と言えます。事の和合とは、別々の衆ではないことであり、法の和合とは、別々の理ではないことです。仏は常に千二百五十人の人々と共におられました。三迦葉の千人、舎利弗と目連の二百五十人、また耶舎の五十人です。 『雑阿含経』四十五には、「五百人の比丘の中に、九十人は三明を得、九十人は俱解脱を得、残りはただ慧解脱を得た」とあります。 『釈論』には四種の僧が説かれています：浄戒に依らない者は破戒僧、法律を解しない者は愚癡僧、五方便の者は慚愧僧、苦法忍より去る者は真実僧です。ここで言う僧は前三種ではなく、ただ真実僧のみを指します。 もし四教に依って言うならば、この僧は偏・円の五味の座を歴て、同聞の人となり、今まさに円教の中の証信であるのです。

本迹釋者，本與實相理和，又與法界眾生機緣和，而迹為半字事理之僧，歷五味中引諸眾生云云。

> 本迹の解釈とは、本は実相の理と調和し、また法界の衆生の機縁とも調和する。そして迹は半字の事理の僧として、五味の修行の過程の中で、あらゆる衆生を導くのである。

觀解者，初學中觀入相似觀，既未發真，慚第一義天、愧諸聖人，即是有羞僧；觀慧若發即真實僧。若異此者，即前兩僧：不依觀行名破戒僧，不解觀相名愚癡僧。舉類義竟。

> 観解とは、初めて中観を学び、似たような観に入った状態を指します。まだ真実の悟りは開けていませんが、第一義の天（真理の世界）を尊び、聖人たちを敬う心があり、恥を知る僧侶です。観の智慧が発現すれば、それは真実の僧侶となります。もしこれと異なるならば、先に述べた二種類の僧侶に当てはまります：観行に依らずに戒律を破る僧侶と、観の相を理解せず愚かである僧侶です。以上が分類の意味です。

二、明數者，即是一萬二千人也。本迹者，本是一萬二千菩薩，迹為萬二千聲聞也。觀者，觀十二入，一入具十法界，一界又十界，界界各十如是，即是一千，一入既一千，十二入即是萬二千法門也。

> 二、数を明らかにするとは、すなわち一万二千人のことである。本迹とは、本来は一万二千の菩薩であり、迹（仮の姿）としては一万二千の声聞である。観とは、十二入を観じ、一入に十法界を具え、一界にまた十界があり、界々それぞれに十如是がある。すなわち一千であり、一入がすでに一千であるならば、十二入はすなわち一万二千の法門である。

三、明位者，皆是阿羅漢也。《阿颰經》云應真；《瑞應》云真人，悉是無生釋羅漢也。依舊翻云無著、不生、應供。或言無翻，名含三義。無明糠脫，後世田中不受生死果報，故云不生；九十八使煩惱盡，故名殺賊；具智斷功德，堪為人天福田，故言應供。含此三義釋阿羅漢也。或言初始學無生，生未無生，初雖怖魔，魔未大怖，初雖乞士，未是灼然應供；今獲無生忍，破煩惱賊盡，是好良田，以果對因釋羅漢三義。若論成就應取果三義，若通於初，亦取因三義，如此釋者，皆三藏通中意耳。若別、圓者義則不然，非但殺賊，亦殺不賊，不賊者涅槃是，是亦須破故，是殺賊義。不生於生，亦不生不生，無漏是不生，非但應供亦是供應，一切眾生是供應，皆歎初地、初住德也。

> 三、明位とは、すべて阿羅漢のことである。 『阿颰経』では応真、『瑞応経』では真人と説かれ、いずれも無生を解き明かした羅漢である。 従来の訳では、無著・不生・応供と訳される。 あるいは「訳さない」とも言われ、この名には三つの意味が含まれている。 無明のもみ殻が脱ぎ捨てられ、後の世の田地において生死の果報を受けないゆえに「不生」。 九十八の煩悩が尽き果てたゆえに「殺賊」。 智慧と断徳の功徳を備え、人天の福田となるに堪えるゆえに「応供」。 これら三つの意味をもって阿羅漢を解釈するのである。 あるいはまた、初めに無生を学ぶ段階では、生はまだ無生となっていない。 初めは魔を怖れさせるが、魔はまだ大いに怖れていない。 初めは乞士であっても、明らかに応供とは言えない。 今、無生忍を得て煩悩の賊を破り尽くし、良き福田となった。 果をもって因に対し、羅漢の三義を解釈するのである。 成就を論ずるならば、果の三義を取るべきであり、 初めに通ずるならば、因の三義をも取る。 このような解釈は、すべて三蔵教・通教の意によるものである。 別教・円教においては、その義はそうではない。 ただ賊を殺すのみならず、不賊をも殺す。 不賊とは涅槃のことであり、これもまた破らねばならない。 これが殺賊の意味である。 生に生ぜず、不生にも生ぜず。 無漏は不生であるが、ただ応供であるのみならず、供応でもある。 一切の衆生は供応であり、すべて初地・初住の徳を讃えたものである。

本迹者，本得不受三昧，於二邊無所著，故名不生；斷五住惑，故名殺賊；能福九道饒益眾生，故有應供。本義也。方便度眾生，歷五味傳傳作不生，迹也。又本是法身，迹示己利；本是般若，迹示不生；本是解脫，迹示殺賊云云。

> 本と迹について述べる。 本とは、本来から三昧を受けず、二つの極端な見方に執着することがなく、それゆえに「不生（生まれない）」と呼ばれる。五住の煩悩を断じるので、「殺賊（煩悩の賊を殺す）」と呼ばれる。九道の衆生を利益し、福をもたらすことができるので、「応供（供養を受けるにふさわしい）」と呼ばれる。これが本の意味である。 方便をもって衆生を救済し、五味（五つの味、つまり段階）を経て、次々と「不生」を示すのが、迹である。 また、本は法身であり、迹は自らの利益を示す。本は般若であり、迹は不生を示す。本は解脱であり、迹は殺賊を示す<note>云云</note>。

觀心者，空觀是般若，假觀是解脫，中觀是法身。又觀心者，從假入空，觀亦有三義，乃至中道觀，殺無明賊，不生二乘心，供養此人如供養世尊。《方等》云：「供佛及文殊，不如施行方等者一食充軀。」下文云：「毀讚佛罪福輕，毀讚持經者罪福重。」何者？佛無食想，久離八風不為損益；施持經者，全肉身、續報命、生法身、增慧命，故有益；毀之，憂惱退悔，若失好時則不可救，故大損云云。

> 心を観じるとは、空観は般若であり、仮観は解脱であり、中観は法身である。また、心を観じるとは、仮より空に入ることであり、その観にも三つの意味があり、さらに中道観に至っては、無明の賊を殺し、二乗の心を生ぜず、この人を供養することは世尊を供養するがごとしである。 『方等経』には、「仏及び文殊を供養するよりも、方等経を施行する者に一食を施して身を充たすに如かず」とある。また、下文には、「仏を毀り讃える罪福は軽く、経を持つ者を毀り讃える罪福は重し」とある。なぜか。仏には食の想いがなく、久しく八風を離れて損益を受けないからである。経を持つ者に施せば、その肉身を全うし、報命を継ぎ、法身を生じ、慧命を増すゆえに益がある。これを毀れば、憂い悩み退悔し、もし良き時を失えば救うべからず、故に大なる損となる<note>云云</note>。

四、歎德，文有五句歎上三德。《法華論》云：「初句總，後句別。」當知諸句皆歎羅漢句耳。

> 四、功徳を称える文。文は五句あり、上の三つの徳を称える。『法華論』に云く、「初めの句は総じて、後の句は別に」と。知るべし、諸句は皆阿羅漢の句を称えるのみと。

「諸漏已盡，無復煩惱」，此兩句歎上殺賊。漏者三漏也，《成論》云：「失道故名漏。」律云：「癡人造業，開諸漏門。」毘曇云：「漏落生死。」論、律語異而同明漏義。良由賊誑失於理寶，貧窮孤露造諸惡業、致生死苦，亡法身、失慧命、喪重寶，皆是賊義。不應謂是不生義歎德也。煩惱者，即九十八使，流扼纏蓋等逼惱行人。煩惱是能潤，漏業是所潤，能所既盡，正是殺賊義，那得作不生歎耶？

> 「諸漏已尽，無復煩惱」、この二句は、上に「殺賊」を称えるものである。「漏」とは三漏のことであり、『成実論』には「道を失う故に漏と名づく」とある。律には「愚かなる人は業を造り、諸漏の門を開く」とある。『毘曇』には「生死に漏れ落つ」とある。論と律の言葉は異なるが、ともに漏の意味を明らかにしている。まさに賊が欺き、理の宝を失わせるからこそ、貧窮し孤露となり、諸々の悪業を造り、生死の苦しみを招き、法身を亡くし、慧命を失い、重宝を喪うのである。これらすべてが賊の意味である。不生の義を称える徳と解釈すべきではない。煩悩とは、すなわち九十八使であり、流れ扼まれ纏われ覆われて修行者を逼悩するものである。煩悩は能潤であり、漏業は所潤である。能所がすでに尽きていることが、まさに殺賊の意味である。どうして不生を称えると解釈できようか。

「逮得己利」一句，是歎應供，三界因果皆名為他，智斷功德皆名己利，己利具足故成應供。

> 「自分自身の利益を達成した」という一句は、応供（供養を受けるに値する者）を称えるものである。三界の因果はすべて「他」と呼ばれ、智慧と煩悩の断絶による功徳はすべて「己利（自分の利益）」と呼ばれる。己利が具足しているゆえに、応供となるのである。

「盡諸有結，心得自在」兩句，是歎不生。諸有即二十五有，生處也；結即二十五有，生因也。因盡果亡，歎不生明矣！不應作殺賊歎也。羅漢但應結盡，未應有盡；有盡者，因中說果，又盡在不久也。

> 「あらゆる存在の結びを尽くし、心は自在を得る」という二句は、生まれないことを讃嘆したものです。諸有とは二十五有、つまり生まれる場所のことです。結とは二十五有、つまり生まれる原因のことです。原因が尽きれば結果も消え去り、生まれないことを讃嘆していることは明らかです。賊を殺すことを讃嘆するものではありません。阿羅漢はただ結びが尽きるだけで、存在そのものが尽きるわけではありません。存在が尽きるというのは、原因の中に結果を説き、またすぐに尽きることを示しているのです。

「心得自在」者，定具足名心自在，慧具足名慧自在，慧自在未必心自在，心自在必慧自在。今言心自在，即是定、慧具足俱解脫人，俱解脫人生決定盡，驗知歎不生德也。若依《法華論》者，呼為上上起門，則是以後釋前也。論云：「以諸漏盡故名羅漢，以心得自在故名有結盡。」如是傳傳釋上也。

> 「心得自在」とは、禅定が完全に備わっていることを「心自在」と言い、智慧が完全に備わっていることを「慧自在」と言います。智慧が自在であっても必ずしも心が自在とは限らず、心が自在であれば必ず智慧も自在です。ここで言う「心自在」とは、禅定と智慧の両方が完全に備わり、完全に解脱した人のことです。完全に解脱した人は、生を決定して終わらせるので、嘆きが生じないという徳があることが分かります。もし『法華論』に依るならば、これを「上上起門」と呼び、これは後の解釈で前を説明するものです。論には、「諸漏が尽きたので阿羅漢と呼ばれ、心が自在を得たので有結が尽きたと呼ばれる」とあります。このように、次々と上の段階を説明しているのです。

本迹者，不生不生名大涅槃，煩惱漏流其源久竭，不復墮落二乘及凡夫地，即本不生。法身智斷實相功德，名本己利；得王三昧破二十五有，顯出我性具八自在我，名本殺賊。迹示二乘功德耳。

> 本と迹について言えば、不生不生を大涅槃と名づけ、煩悩の流れはその源が久しく枯れ、二乗や凡夫の地に再び堕ちることなく、これが本不生である。法身の智慧と煩悩の断絶、実相の功徳を、本己利と名づける。王三昧を得て二十五有を破り、我性に具わる八種の自在を顕わし、これを本殺賊と名づける。迹は二乗の功徳を示すに過ぎない。

觀心者，中道正觀不漏落空、假二邊，二邊煩惱滅也，能觀心性名為上定，衣珠祕藏是己之物即己利也，正觀中道結賊則斷，無結故有亦斷，二邊不能縛心故名自在，雖有煩惱如無煩惱，不斷煩惱而入涅槃即其義也。

> 心を観じるとは、中道の正しい観察が空と仮の二辺に陥ることなく、二辺の煩悩が滅することです。心の本性を観じることを上定と名づけます。衣の中の宝珠や秘蔵は、もともと自分自身のものであり、自らの利益となるものです。中道を正しく観じれば、結びつく賊は断たれ、結びつきがないゆえに、あることも断たれます。二辺が心を縛ることができないので、自在と呼ばれます。煩悩があっても、まるで煩悩がないかのようであり、煩悩を断たずして涅槃に入る、これがその意味です。

五、列名，略舉二十一尊者，佛諸弟子皆備眾行，而隱其圓能各從一德標名者，欲引偏好故。《增一阿含》云：「憍陳如比丘，皆共上座名者，有德大人相隨，舍利弗共智慧深利者相隨，目連共神通大力者相隨。」皆掌一法，引諸偏好意也。若欲消名須識其行，從德立號無往不通也。一一羅漢例作四釋云云。

> 五、列名。二十一の尊者を簡略に挙げる。仏の諸弟子は皆、あらゆる行を備えているが、その円満なる能力を隠し、それぞれ一つの徳に基づいて名を掲げるのは、人々の好みに合わせて導くためである。《増一阿含経》に云く、「憍陳如比丘は、皆、上座の名を持つ者と共にあり、徳ある大人が相随う。舎利弗は、智慧深く利なる者と共に相随う。目連は、神通大力の者と共に相随う。」と。皆、一つの法を司り、様々な好みを持つ者を導く意図がある。もしその名の意味を知りたいならば、その行いを理解せねばならず、徳に基づいて名を立てれば、どこへ行っても通じないことはない。一一の羅漢について、四つの解釈を例として示す<note>云云</note>。

「憍陳如」，姓也，此翻火器，婆羅門種，其先事火，從此命族。火有二義：照也、燒也。照則闇不生，燒則物不生，此以不生為姓。「阿若」者，名也，此翻已知，或言無知，無知者非無所知也，乃是知無耳，若依二諦即是知真，以無生智為名也。《無量壽》、《文殊問》、《阿毘曇》、《婆沙》皆稱為了本際、知本際，若依四諦即是知滅，而諸經多名為無知，或翻為得道。《增一阿含》云：「我佛法中寬仁博識，初受法味者，拘隣如比丘第一。」故以阿若為名也。願者，佛昔於饑世，化為赤目大魚，閉氣不喘示為死相，木工五人先斧斫魚肉，佛時誓言：「於當來世先度此等。」先願與其無生，故云阿若。又迦葉佛時，九人學道，五人未得果，誓於釋迦法中最先開悟，本願所牽，前得無生，故名阿若。行者，智生惑滅智斷行也。夫巨夜長寢無人能覺，日光未出明星前現，憍陳如比丘，初得無生智，譬若明星在眾明之始，一切人智明無前陳如，故名阿若。最先破闇莫過明星，陳如亦爾，一切人闇滅無前陳如，故名阿若。前者，太子棄國捐王入山學道，父王思念遣五人追侍，所謂拘隣；頞鞞，亦云濕鞞，亦阿說示，亦馬星跋提，亦摩訶男，十力迦葉，拘利太子，二是母親，三是父親。二人以欲為淨，三人以苦行為淨。太子勤行苦行，二人便捨之去，三人猶侍；太子捨苦行，還受飲食蘇油、煖水，三人又捨去。太子得道，先為五人說四諦，初教二人，拘隣法眼淨，四人未得，三人乞食，六人共噉；次教三人，三人法眼淨，二人乞食六人共噉；第三說法時，拘隣五人、八萬諸天遠塵離垢，五人得無生，佛三問：「知法未？」即三答云：「已如。」地神唱，空神傳，乃至梵世。咸稱已知，拘隣最前，初見佛道相，初聞法鼓，初服道香，初甞甘露，初入法流，初登真諦，閻浮提得道，最在一切人、一切天、一切羅漢前，故《十二遊經》云：「佛成道第一年度五人，第二年度三迦葉，第五年度身子、目連。」當知阿若在前明矣。此因緣釋也。

> 「憍陳如」は姓であり、これは「火器」と訳される。バラモン種族で、その祖先は火を祀り、これに因んで一族の名とした。火には二つの意味がある：照らすことと、焼くことである。照らせば闇が生じず、焼けば物が生じない。これが「不生」を姓とする所以である。 「阿若」は名であり、これは「既に知る」と訳される。あるいは「無知」とも言うが、無知とは何も知らないことではなく、むしろ「無」を知ることである。二諦に依れば真実を知ることであり、無生の智を以て名としたのである。『無量寿経』『文殊問経』『阿毘曇』『婆沙論』などでは、皆「本際を了知する者」「本際を知る者」と称されている。四諦に依れば「滅」を知ることであるが、諸経では多く「無知」と名付けられ、あるいは「道を得た者」と訳される。『増一阿含経』には、「我が仏法の中において寛容で博識であり、最初に法味を受けた者は、拘隣如比丘が第一である」とある。故に阿若を名としたのである。 「願」とは、仏が昔、飢饉の世に赤目大魚と化し、息を止めて喘がず、死んだ相を示した時のことである。木こり五人が先に斧で魚の肉を切り取った。その時、仏は誓って言われた：「未来世において、まずこの者たちを度そう」。先に無生の法を与えることを願われたので、阿若と言うのである。また、迦葉仏の時代、九人が道を学んだが、五人は未だ果を得ず、釈迦仏の法の中で最も先に悟りを開くことを誓った。本願に導かれ、先に無生を得たので、阿若と名付けたのである。 「行」とは、智が生じ、惑が滅し、智によって行が断たれることである。長い夜の眠りの中、誰も目覚めることができない。日光が未だ出ず、明星が先に現れるように、憍陳如比丘が最初に無生智を得たことは、譬えば明星が多くの明かりの最初にあるようなもので、一切の人々の智の明かりは陳如に先立つものはない。故に阿若と名付けたのである。最も先に闇を破るものは明星に過ぎないが、陳如もまた同様であり、一切の人々の闇の滅びは陳如に先立つものはない。故に阿若と名付けたのである。 「前」とは、太子が国を棄て王位を捨てて山に入り道を学んだ時、父王が思い悩み、五人を遣わして追い仕えさせたことによる。いわゆる拘隣・頞鞞（またの名を濕鞞、あるいは阿説示ともいう）・馬星跋提（またの名を摩訶男）・十力迦葉・拘利太子の五人である。うち二人は母親側、三人は父親側の縁者であった。二人は欲を以て清浄とし、三人は苦行を以て清浄とした。太子が苦行を勤行すると、二人は去ってしまい、三人はなお仕えた。太子が苦行を捨て、飲食・蘇油・暖水を受けると、三人もまた去ってしまった。太子が悟りを得た後、まず五人に四諦を説き、初めに二人を教えた時、拘隣は法眼清浄を得たが、四人は未だ得ず、三人が乞食し、六人で共に食した。次に三人を教えた時、三人は法眼清浄を得、二人が乞食し六人で共に食した。第三の説法の時、拘隣ら五人と八万の諸天が遠塵離垢し、五人は無生を得た。仏が三度「法を知ったか」と問うと、三度「既に知りました」と答えた。地神が唱え、空神が伝え、ついに梵世に至るまで、皆が「既に知った」と称した。拘隣が最も先んじ、初めて仏の道相を見、初めて法の鼓を聞き、初めて道の香を服し、初めて甘露を味わい、初めて法の流れに入り、初めて真諦に登った。閻浮提で悟りを得た者の中で、一切の人・一切の天・一切の羅漢に先んじている。故に『十二遊経』には、「仏が悟りを開いて最初の年に五人の弟子を得、二年目に三迦葉を度し、五年目に舎利弗・目連を度した」とある。阿若が最も先であったことは明らかである。これが因縁による解釈である。

三藏教者，盲譬無生智，鏡譬無生境，陰、入、界也，頭等六分譬現在因也，像譬未來果也。若開眼取鏡，形對像生，愚故不斷絕；若閉眼如盲，則無所見。不見六分是因不生，不見鏡像是果不生，故《阿含經》云：「若謂有色，色是淨，淨即生，非不生；若謂有受想行識，識是淨，淨即生，非不生；若謂有受，受是樂，樂即生，非不生；乃至色，色是樂，樂是生，非不生；若計有想行，行是我，我是生，非不生；乃至色，色是我，我是生，非不生；若計有識，識是常，常是生，非不生，乃至色，色是常，常是生非不生。」譬如執鏡見面，面是生，非不生，若謂有五陰，悉是生，非不生，若能知色非淨乃至識非常，又能知色無常、苦、空、不淨，乃至識無常、苦、無我、不淨者，是為不生，非是生。如盲執鏡不見像生，是為不生，非是生。既知不生，寧復於中計我是色，計我異色，我在色中，色在我中？乃至識亦如是。如是觀者，現因來果俱皆不生，如盲對鏡不見形像，是名觀陰無生觀智也。

> 三蔵教においては、盲は無生の智を譬え、鏡は無生の境を譬えます。陰・入・界がそれです。頭などの六つの部分は現在の因を譬え、鏡に映る像は未来の果を譬えます。 もし目を開けて鏡を取れば、形が対して像が生じ、愚かであるがゆえに断ち切ることができません。もし目を閉じて盲のようであれば、何も見えなくなります。六つの部分が見えなければ、因は生じず、鏡の像が見えなければ、果は生じません。ですから『阿含経』にはこう説かれています。 「もし色があるとし、その色が清浄であると言うなら、清浄であることがすなわち生であり、不生ではない。もし受・想・行・識があるとし、識が清浄であると言うなら、清浄であることがすなわち生であり、不生ではない。もし受があるとし、その受が楽であると言うなら、楽であることがすなわち生であり、不生ではない。色についても同様に、色が楽であると言うなら、楽であることがすなわち生であり、不生ではない。もし想・行があるとし、その行が我であると言うなら、我であることがすなわち生であり、不生ではない。色についても同様に、色が我であると言うなら、我であることがすなわち生であり、不生ではない。もし識があるとし、その識が常であると言うなら、常であることがすなわち生であり、不生ではない。色についても同様に、色が常であると言うなら、常であることがすなわち生であり、不生ではない。」 譬えば、鏡を執って顔を見れば、顔があることがすなわち生であり、不生ではありません。もし五陰があると言うなら、すべてが生であり、不生ではないのです。 もし、色が清浄ではないことを知り、さらに識が常ではないことを知り、また色が無常・苦・空・不浄であることを知り、さらに識が無常・苦・無我・不浄であることを知るならば、それが不生であって、生ではないのです。盲が鏡を執っても像が生じないのと同じで、それが不生であって、生ではないのです。 すでに不生であると知れば、どうして再びその中で「我は色である」「我は色とは異なる」「我は色の中にある」「色は我の中にある」などと計らうことがありましょうか。識についても同様です。 このように観じるならば、現在の因も来るべき果もともに生じることがなく、盲が鏡に向かっても形や像を見ないのと同じです。これを「陰を観じて無生の観智を得る」と言います。

觀入、界者，凡言海者，雖復深廣亦有此彼岸，蓋小水耳；若眼見色已，愛念染著貪樂，起身、口、意業者，是為大海，沈沒一切世間天、人、修羅。當知眼是大海，色是濤波，愛此色故是洄澓，於中起不善覺是惡魚龍，起妬害是男羅剎，起染愛是女鬼，起身、口、意是飲醎自沒，是為眼色無知而生無明愛，愛生故名為行；行生故名為業，業縛識入中陰，是為識生；所受胞胎五疱未成，是為名色生；五疱成已名六入生；六入未能別苦樂，名為觸生；別苦樂名受生；於塵起染名愛生；四方馳求名取生；造身、口、意名有生；應受未來五陰，名生生；未來陰變名老生，未來陰壞名死生，心中內熱名憂生，發聲大喚名悲生，身心顦悸名苦惱生。是名眼見色時即有三世十二因緣大苦聚生，非不生。耳、鼻、舌、身、意，眼界乃至法界亦如是，是為入界生，非不生。

> 観入と界について申し上げます。世間で海と言えば、深く広いとはいえ、こちら側と向こう岸があるものですから、小さな水たまりに過ぎません。もし目で色を見て、それに愛着し、染まりつき、貪り楽しみ、身・口・意の三業を起こすならば、それが真の大海です。その海は、世のすべての天・人・阿修羅を沈めてしまいます。 目こそが大海であり、色はその荒波です。この色を愛する心が渦巻きとなり、その中に不善なる思いが起こるのが悪魚や悪龍であり、妬み害する心が男の羅刹となり、染め愛する心が女の鬼となります。身・口・意の三業を起こすことは、自ら塩辛い水を飲んで沈むようなものです。これが、眼と色について無知であるがゆえに無明の愛が生じ、愛が生じるゆえに行と呼ばれ、行が生じるゆえに業と呼ばれるのです。 業が識を縛って中陰に入らせる、これが識の生まれです。受けた胎内で五つの要素が未完成の状態、これが名色の生まれです。五つの要素が完成して六入が生まれます。六入がまだ苦楽を区別できない状態、これが触の生まれです。苦楽を区別するようになる、これが受の生まれです。対象に染着する心が起こる、これが愛の生まれです。四方に奔走して求める、これが取の生まれです。身・口・意を造り出す、これが有の生まれです。未来の五蘊を受けるべき状態、これが生の生まれです。未来の蘊が変化する、これが老の生まれです。未来の蘊が壊れる、これが死の生まれです。心の内が熱く焦がれる、これが憂いの生まれです。声をあげて大きく喚く、これが悲しみの生まれです。身心が震え慄く、これが苦悩の生まれです。 これを、目で色を見る時に、すなわち三世にわたる十二因縁の大いなる苦の集まりが生じる、生じないのではない、と言うのです。耳・鼻・舌・身・意についても、眼界から法界に至るまで、同様です。これが入と界の生じる様、生じないのではない、ということであります。

云何不生？觀眼色時，不種苦種，不生苦芽，不漏臭汁，不集蛆蠅，若種不生則芽不生，則臭汁不生，則蛆蠅不生，故名不生。云何苦種？眼見色時起貪恚覺是為苦種，念於五欲法是生苦芽，六根取六塵是名臭汁流出，於六塵中善惡競起是名蛆蠅，若知眼色無常、苦、空、無我，則貪恚不生、念欲不生、取境不生、善惡行不生，是為不生；耳、鼻、舌、身、意亦如是，是眼界乃至法界亦如是。阿若最初得此三藏不生智故，名阿若憍陳如。

> どうして「不生」と言うのか。目で色を見るときに、苦の種をまかず、苦の芽を生やさず、臭い汁を漏らさず、ウジやハエを集めないからである。もし種が生じなければ、芽も生じず、臭い汁も生じず、ウジやハエも生じない。だから「不生」というのである。 では、苦の種とは何か。目で色を見るときに、貪りや怒りの思いが起こること、これが苦の種である。五欲の法を思い求めること、これが苦の芽を生じさせる。六根が六塵を捉えること、これが臭い汁が流れ出るということであり、六塵の中で善悪が競い起こること、これがウジやハエである。もし、目と色が無常であり、苦であり、空であり、無我であると知るならば、貪りや怒りは生じず、欲を求める思いも生じず、境を捉えることも生じず、善悪の行いも生じない。これが「不生」である。 耳、鼻、舌、身、意についても同じであり、眼界から法界に至るまで、すべて同じである。阿若（アニャ）は、最初にこの三蔵の不生の智慧を得たがゆえに、阿若憍陳如（アニャー・カウンディンニャ）と呼ばれるのである。

通教無生觀，譬如幻人執幻鏡，以幻六分臨幻鏡、覩幻像，像非鏡生、非面生，非鏡面合生，非離鏡面生，既不從四句生，則非內外中間，不常自有亦無滅處，去不至東西南北方，性本無生，非滅生無生，性本無滅，非滅滅無滅，無生無滅故曰無生；受想行識亦復如是。又觀幻色如幻鏡像、觀受如泡、觀想如炎、觀行如芭蕉、觀識如幻，幻不從幻物生，不從幻師生，非物、師合生，非離物、師生，四句求幻生，生無從來，四方求幻滅，滅無去處，性本無生，非滅生無生，性本無滅，非滅滅無滅，無生無滅故曰無生。觀根塵村落結賊所止，從本已來一一不實，妄想故起，業力機關假為空聚，無明體性本自不有，妄想因緣和合而有，有本自無，因緣成諸，煩惱業苦如旋火輪，觀其本無，皆如上說，此通意云云。

> 通教の無生観は、たとえば幻術師が幻の鏡を持ち、幻の六分（六根）で幻の鏡を臨み、幻の像を見るようなものです。その像は、鏡から生じたのでもなく、顔から生じたのでもなく、鏡と顔が合わさって生じたのでもなく、鏡と顔を離れて生じたのでもありません。四つのあり方からも生じていないのであれば、内にも外にも中間にもなく、常に自らあるものでもなく、また滅びる場所もありません。去って東西南北のどこにも至らず、その本性はもともと無生であり、滅して生じた無生ではありません。本性はもともと無滅であり、滅して滅した無滅ではありません。無生であり無滅であるゆえに、無生と言うのです。受・想・行・識もまた同じです。 また、幻の色を幻の鏡像のように観じ、受を泡のように観じ、想を陽炎のように観じ、行を芭蕉のように観じ、識を幻のように観じます。幻は幻の物から生じるのでもなく、幻術師から生じるのでもなく、物と術師が合わさって生じるのでもなく、物と術師を離れて生じるのでもありません。四つのあり方で幻の生を求めても、生じるものはどこからも来ず、四方で幻の滅を求めても、滅びるものはどこへも行きません。本性はもともと無生であり、滅して生じた無生ではありません。本性はもともと無滅であり、滅して滅した無滅ではありません。無生であり無滅であるゆえに、無生と言うのです。 根と塵（感官と対象）の村落に賊（煩悩）が結びついてとどまっているのを観じますが、これらはもとより一つとして実体はありません。妄想によって起こり、業力の仕掛けによって仮に空の集まりとなっているのです。無明の体性はもともと存在せず、妄想の因縁が和合してあるように見えるだけです。あることももともと無く、因縁によってさまざまな煩悩・業・苦が生じ、それは火の輪が回るように続きます。その本質が無いことを観じるのは、すべて上に説いた通りです。これが通教の意<note>である</note>。

## 妙法蓮華經文句卷第一上

> 妙法蓮華経文句 巻第一 上

## 妙法蓮華經文句卷第一下

> 妙法蓮華経文句 巻第一 下

天台智者大師說

> 天台智者大師の教え

別觀無生智者，鏡譬法界，眼譬觀智，青黃赤白、小大長短譬十法界，青譬地獄因果，黃譬餓鬼因果，赤譬畜生因果，白譬人天因果，小色像譬二乘因果，大色像譬通菩薩因果，短色像譬別菩薩因果，長色像譬佛因果，皆於鏡中分別無謬。若欲自正，令九因果不生、一因果生；若欲正他，令他九因果不生、一因果生。依於法界行菩提行，次第用析體觀智，斷四住生令不生；次用恒沙佛法斷客塵煩惱，令無知不生；後用實相智慧斷無明，令根本不生。若無四住則分段不生，若無無知則方便不生，若無無明則實報不生，生亦不生，不生亦不生，故名不生，是名別教無生智也。

> 別に無生の智を観ずるとは、鏡は法界に譬え、眼は観智に譬え、青・黄・赤・白、小・大・長・短は十法界に譬える。青は地獄の因果に譬え、黄は餓鬼の因果に譬え、赤は畜生の因果に譬え、白は人天の因果に譬え、小さき色像は二乗の因果に譬え、大いなる色像は通菩薩の因果に譬え、短き色像は別菩薩の因果に譬え、長き色像は仏の因果に譬える。これらは皆、鏡の中に分別して誤りがない。 もし自らを正そうとすれば、九つの因果を生ぜず、一つの因果を生ぜしめる。もし他を正そうとすれば、他の九つの因果を生ぜず、一つの因果を生ぜしめる。法界に依って菩提の行を行じ、次第に析観・体観の智を用いて、四住の生を断じて生ぜしめず。次に恒沙の仏法を用いて客塵の煩悩を断じ、無知を生ぜしめず。後に実相の智慧を用いて無明を断じ、根本を生ぜしめない。 もし四住がなければ、分段の生は生ぜず。もし無知がなければ、方便の生は生ぜず。もし無明がなければ、実報の生は生ぜない。生もまた生ぜず、不生もまた生ぜない。ゆえに不生と名づけ、これを別教の無生の智というのである。

約圓教觀無生智者，觀鏡團圓，不觀背面、不觀形像，非背非闇、非面非明，不取種種形容、不取種種檠像，但觀團圓，無際畔、無始終、無明闇、無一異差別者，譬於圓觀，不取十法界相貌，無善惡、無邪正、無小大等，一切皆泯，但緣諸法實相，法性佛法，若色若香無非實相，觀煩惱業生即無生，無生不生，故曰無生，陰、入、界苦即是法身，非顯現故名為法身，障即法身，貪、恚、癡即般若，非能明故名為般若，無所可照性自明了，業行繫縛皆名解脫，非斷縛得脫，亦無體可繫，亦無能繫，故稱解脫。解脫即業不生，般若即煩惱不生，法身即苦不生，是三不生即一不生，是一不生即三不生，非三非一故言不生，況變易煩惱業苦而非不生？此即圓無生觀智云云。

> 円教の観無生智について述べると、鏡の円満なる姿を観るがごとく、その裏面や形像を観ず、裏でもなく暗でもなく、表でもなく明でもない。種々の形状や様々な影像を捉えず、ただ円満なる全体を観る。際限なく、始めも終わりもなく、明暗もなく、一異の差別もない。これを円観に譬えるならば、十法界の相貌を捉えず、善悪も邪正も大小もなく、一切は消え去り、ただ諸法の実相、法性の仏法に縁る。色も香りもすべて実相に外ならず、煩悩・業・生を観ずれば即ち無生であり、無生は生ぜず、ゆえに無生という。五陰・十二入・十八界の苦は即ち法身であり、顕現するものではないゆえに法身と名づける。障り即ち法身であり、貪・瞋・癡は即ち般若であり、明らかにするものではないゆえに般若と名づける。照らすべきものなく、性は自ら明らかである。業行の繫縛はすべて解脱と名づけられ、縛を断じて得る解脱ではなく、また繫がれる体もなく、繫ぐものもないゆえに解脱と称する。解脱は即ち業が生ぜず、般若は即ち煩悩が生ぜず、法身は即ち苦が生ぜない。この三つの不生は即ち一つの不生であり、一つの不生は即ち三つの不生である。三でも一でもないゆえに不生と言う。ましてや変易の煩悩・業・苦が不生でないことがあろうか。これが円無生観智である。

本迹者，是憍陳如本自不生，非始不生；欲引乳為酪故，迹為初教不生；引酪為生蘇故，迹為通不生；引生為熟故，迹為別不生；引熟為醍醐故，迹為圓不生。而其本地住阿字門，謂一切法初不生故。若聞阿字門，則解一切義皆非生非不生；垂迹引化，能為生不生。眾生若能會圓不生，則同阿若，非本非迹、非生非不生，大事因緣於茲畢矣。故下文云：「富樓那，種種變化事，我若具足說，眾生聞是者，心則懷疑惑。」即其義也。《阿含》云：「阿難持傘蓋燈隨佛後，大梵王持傘蓋燈隨陳如後。」斯皆示迹而欲顯本也。

> 本と迹とは、すなわち憍陳如が本来より生ずることなく、始めて生じないのではないということである。乳を引いて酪とするために、迹として初教の不生を示し、酪を引いて生蘇とするために、迹として通教の不生を示し、生蘇を引いて熟蘇とするために、迹として別教の不生を示し、熟蘇を引いて醍醐とするために、迹として円教の不生を示すのである。しかるにその本地は阿字門に住し、一切の法は初めより生ぜざるがゆえである。もし阿字門を聞けば、一切の義が生ずるものでもなく、生じないものでもないと解する。迹を垂れて衆生を導き教化するゆえに、生じることも生じないことも自在に示すことができる。衆生もし円教の不生を会得すれば、阿若憍陳如と同じく、本でもなく迹でもなく、生ずるものでもなく生じないものでもなくなる。大事の因縁はここにおいて完結するのである。故に下文に「富楼那よ、種々の変化の事は、もし我が具足に説かば、衆生これ聞くものは、心すなわち疑惑を懐かん」とあるのは、この義である。『阿含経』に「阿難は傘蓋と灯を持って仏の後に随い、大梵王は傘蓋と灯を持って陳如の後に随う」とある。これらはみな迹を示して本を顕わさんとするのである。

觀心不生者，約三觀不生可知，不煩更說。

> 心を観じて生じないとは、三つの観点から生じないことが分かるので、さらに述べる必要はありません。

「摩訶迦葉」，此翻大龜氏，其先代學道，靈龜負仙圖而應，從德命族故言龜氏。真諦三藏翻光波，古仙人身光炎踊，能映餘光使不現，故言光波。亦云飲光，迦葉身光亦能映物。名畢鉢羅，或畢鉢波羅延，或梯毘犁。畢鉢羅樹也，父母禱樹神求得此子，以樹名之。跋耆子生此聚落，人以為號，其家大富。《增一阿含》云：「羅閱祇大富長者，名迦毘羅，婦名檀那，子名畢鉢羅，子婦名婆陀，其家千倍勝瓶沙王，十六大國無以為隣。」《付法藏》言：「毘婆尸佛滅後，塔像金色缺壞，時有貧女匃得金珠，倩匠為薄。金師歡喜治瑩佛畢，立誓為夫婦。九十一劫人中天上身恒金色、心恒受樂，最後託摩竭提國尼拘律陀婆羅門家生，畏勝王得罪，減一耕犁，但用九百九十九雙牛金犁。」又經云：「其家有㲲，最下品者，直百千兩金，以釘釘入地七尺，㲲不穿破如本不異。六十庫金粟，一庫容三百四十斛。」庫，倉類也。又經云：「以麥飯供養支佛，怛越忉利各千反受樂，身有三十相。」直論金色，剡浮那陀金，在濁水底光徹水上，在闇闇滅，迦葉身光勝於此金，身光照一由旬。闕二相，應是無白毫、肉髻也。故諸天請結集時讚言：「耆年欲恚慢已除，其形譬如紫金柱，上下端嚴妙無比，目明清淨如蓮花。」捨此家業，又納金色婦迭臥無欲，捨而出家，身披無價寶衣，截為僧伽梨，四疊奉佛為座，如是三捨世無倫匹，是為捨大。於跋耆聚落，值佛奉寶衣，佛授糞掃大衣，此衣是大聖大衣，又不麁重，故迦葉云：「我受佛衣，師想、塔想，未曾頭枕，況以覆臥？如此大衣，大進我行。」故言受大。

> 「摩訶迦葉」は、大亀氏と訳されます。その先祖が道を学んでいたとき、霊亀が仙図を背負って応じたことから、徳に従って氏族を名付けたので、亀氏と言われます。真諦三蔵は光波と訳し、古仙人は身から光の炎が湧き出て、他の光を映し出して現れなくさせたので、光波と言われます。また飲光とも言い、迦葉の身の光も物を映し出すことができました。名は畢鉢羅、あるいは畢鉢波羅延、あるいは梯毘犁とも言います。畢鉢羅は樹木の名で、父母が樹神に祈ってこの子を得たので、樹の名を取って名付けました。跋耆子はこの集落に生まれ、人々がそれをもって号としました。その家は大変裕福でした。 『増一阿含経』には、「羅閲祇の大富の長者、名は迦毘羅、妻は檀那、子は畢鉢羅、子の妻は婆陀、その家は瓶沙王の千倍に勝り、十六大国も隣とすることができない」とあります。『付法蔵伝』には、「毘婆尸仏が滅した後、塔像の金色が欠け壊れたとき、貧しい女が乞い得た金の珠を職人に薄くするよう頼みました。金師は喜んで仏像を磨き上げ、夫婦となる誓いを立てました。九十一劫の間、人間界や天上界で身は常に金色、心は常に楽しみを受け、最後に摩竭提国の尼拘律陀婆羅門の家に生まれました。勝王に罪を得ることを恐れ、一つの耕犁を減らし、九百九十九双の牛と金の犁だけを用いました」とあります。また経典には、「その家には㲲（毛織物）があり、最も下等な品でも十万両の金に値し、釘を地に七尺打ち込んでも、㲲は破れず元のままです。六十庫の金の粟があり、一庫は三百四十斛を容れます」とあります。庫とは倉庫の類です。また経典には、「麦飯で辟支仏を供養し、怛越天と忉利天でそれぞれ千回楽しみを受け、身に三十の相がある」とあります。金色について直接論じると、剡浮那陀金は濁った水の底にあっても光が水上に徹し、暗闇の中ではその光は消えますが、迦葉の身の光はこの金よりも勝り、身の光は一由旬を照らします。二つの相が欠けており、おそらく白毫相と肉髻相がないのでしょう。それ故、諸天が結集を請うときに讃えて言いました。「耆年の欲・瞋・慢は既に除かれ、その形は紫金の柱の如く、上下端厳にして妙なること比類なく、目は明清浄にして蓮華の如し」 この家業を捨て、さらに金色の妻を娶りながらも欲を交えずに寝て、捨てて出家しました。身にまとっていた無価の宝衣を切り、僧伽梨とし、四つに折り畳んで仏に座として捧げました。このように三度捨てることは世に並ぶものなく、これが捨大です。跋耆の集落で仏に会い宝衣を捧げると、仏は糞掃衣の大衣を授けました。この衣は大聖の大衣であり、また粗重でないので、迦葉は言いました。「私は仏の衣を受け、師と思い、塔と思い、一度も頭に枕したことはなく、まして覆って寝たことなどありません。このような大衣は、私の行を大いに進めます」それ故に受大と言います。

佛弟子中多名迦葉，如十力、三迦葉等，皆是大人；於諸同名中最長，故標大迦葉也。於跋耆聚落，初從佛聞增上戒、定、慧，即得無漏，受乞食法，行十二頭陀，逾老不捨，後時佛語：「汝年高，可捨乞食，歸眾受食，可捨麁重糞掃衣，受壞色居士輕衣。」迦葉白佛：「佛不出世我當為辟支佛，終身行頭陀，我今不敢放所習更學餘者，又為當來世作明。未來世言：『上座迦葉為佛所歎，我亦當學難行苦行。』」佛言：「善哉！」是為行大。《增一阿含》：「佛法中行十二頭陀，難行苦行，大迦葉第一。頭陀既久，鬚髮長、衣服弊，來詣佛所，諸比丘起慢。佛命令就佛半座共坐，迦葉不肯。佛言：『吾有四禪，禪定息心從始至終無有耗損，迦葉亦然；吾有大慈仁覆一切，汝亦如此體性亦慈；吾有大悲濟度眾生，汝亦如是；吾有四神三昧：一無形、二無量意、三清淨積、四不退轉，汝亦如是；吾有六通，汝亦如是；吾有四定：一禪定、二智定、三慧定、四戒定，汝亦如是。』」《增一阿含》云：「一婆羅門白佛：『昨有婆羅門至我家，何者是？』佛指迦葉。又問：『此沙門，非婆羅門。』佛言：『沙門法律，婆羅門法律，我皆知，迦葉亦爾。迦葉功德與我不異，何故不坐？』諸比丘聞佛所讚，心驚毛竪。」佛引本因緣，昔有聖王號文陀竭，高才絕倫，天帝欽德，遣千馬車造闕迎王，天帝出候與王同坐，相娛樂已，送王還宮。昔迦葉以生死座命吾同坐，吾今成佛以正法座報其往勳，對佛坐時天人咸謂佛師。又迦葉共阿難為比丘尼說法，有一比丘尼不喜云：「販針兒在針師前賣針。」迦葉語阿難言：「此比丘尼以汝為針師，我為販針兒。」迦葉語尼言：「佛說月喻經，日日增長常如新學者，唯大迦葉，汝聞不？於大眾中分半座，汝聞不？於大眾中讚同佛廣大功德，汝聞不？云何此人是販針兒？」如此等是被佛印可大也。

> 仏弟子の中には迦葉という名が多い。例えば十力迦葉、三迦葉など、皆すぐれた方々である。その同名の中でも最年長であるため、大迦葉と称される。 跋耆の聚落において、初めて仏から増上戒・定・慧を聞き、ただちに無漏を得て、乞食の法を受け、十二頭陀行を実践した。年老いても捨てず、後に仏が言われた。「汝は年を取った。乞食を捨てて僧団に帰り食事を受け、粗末な糞掃衣を捨てて、在家の軽い衣を受けるがよい。」迦葉は仏に申し上げた。「仏が世に出られなかったなら、私は辟支仏となり、一生頭陀行を続けたでしょう。今、習い慣れたことを放り出して他のことを学ぶことはできません。また、未来の世のために模範となるためです。未来の世の人々が『上座迦葉は仏に称賛された。私も難行苦行を学ぼう』と言うでしょう。」仏は言われた。「善い哉。」これが大行である。 『増一阿含経』には、「仏法の中で十二頭陀を行い、難行苦行を実践するのは、大迦葉が第一である。頭陀行が長く続き、鬚髪が伸び、衣服が破れて仏のもとに来た時、諸比丘たちは慢心を起こした。仏は迦葉に命じて仏の半座に共に坐るよう言われたが、迦葉は肯わなかった。仏は言われた。『私には四禅があり、禅定によって心を静め始めから終わりまで損なうことがない。迦葉もまた同じである。私には一切を覆う大慈があり、汝もまたそのように慈の体性を持つ。私には衆生を済度する大悲があり、汝もまた同じである。私には四神三昧がある。一に無形、二に無量意、三に清浄積、四に不退転。汝もまた同じである。私には六通があり、汝もまた同じである。私には四定がある。一に禅定、二に智定、三に慧定、四に戒定。汝もまた同じである。』」 『増一阿含経』にはまた、「ある婆羅門が仏に言った。『昨日、婆羅門が私の家に来ました。どなたでしょうか。』仏は迦葉を指された。また尋ねた。『この沙門は、婆羅門ではありません。』仏は言われた。『沙門の法律も、婆羅門の法律も、私はすべて知っている。迦葉もまた同じである。迦葉の功徳は私と異ならない。なぜ坐らないのか。』諸比丘たちは仏の称賛を聞き、心驚き毛が逆立った。」とある。 仏は過去の因縁を引き合いに出された。昔、文陀竭という聖王がおり、才能が高く並ぶ者なく、天帝がその徳を敬い、千の馬車を遣わして宮殿を造り王を迎えた。天帝は出迎え、王と同座し、共に楽しんだ後、王を宮殿に送り返した。昔、迦葉が生死の座で私と同座するように命じた。私は今仏となり、正法の座をもってその昔の功績に報いる。仏と向かい合って坐する時、天人は皆、仏の師であると言った。 また、迦葉が阿難と共に比丘尼のために説法した時、ある比丘尼が喜ばず言った。「針売りの子が針師の前で針を売っている。」迦葉は阿難に言った。「この比丘尼は汝を針師とし、私を針売りの子としている。」迦葉は比丘尼に言った。「仏が月喩経を説き、日々増長して常に新たに学ぶ者のようにあるのは、ただ大迦葉のみであると、汝は聞かないのか。大衆の中で半座を分かつと、汝は聞かないのか。大衆の中で仏と同じ広大な功徳を称賛すると、汝は聞かないのか。どうしてこの人が針売りの子なのか。」このようなことが、仏に印可された大いなる所以である。

位大者，於大眾中為大，於千二百五十中為大，於五百中為大，於四大弟子中為大，為五山寺主，作閻浮提知事上座，故言位大。

> 位の高い者とは、大衆の中にあって最も優れ、千二百五十人の弟子の中でも最も優れ、五百人の弟子の中でも最も優れ、四大弟子の中でも最も優れ、五山の寺主として、閻浮提の知事上座を務める者を指します。それゆえに、位が高いと言われるのです。

佛燒身後，灰場生四鉢多羅樹，此表迦葉集三僧祇劫法為三藏四阿含。僧肇序云：「宗極絕於稱謂，賢聖以之冲默，玄旨非言不傳，釋迦以之致教。約身、口防之以禁律，明善惡則導之以契經，演幽微辨之以法相。」此即明戒、定、慧三藏也。《增一》明人天因果，《長》破邪見，《中》明深義，《雜》明禪定，皆大迦葉之功也。若別論集者，阿難誦出修多羅，優波離誦出毘尼，迦葉誦出阿毘曇，故言結集大也。

> 仏が焼身された後、その灰の場に四つの鉢多羅樹が生えました。これは迦葉が三僧祇劫にわたる法を集めて三蔵、すなわち四阿含となしたことを表しています。僧肇の序にはこうあります。「究極の真理は言葉で言い表せず、賢聖はそれによって静かに沈黙する。しかし深遠な教えは言葉によらなければ伝わらないので、釈迦はそれによって教えを説いた。身と言葉を戒め、禁律によって防ぎ、善悪を明らかにし、契経によって導き、幽微な理を演じ、法相によって弁じた。」これはすなわち、戒・定・慧の三蔵を明らかにしたものです。『増一阿含』は人と天の因果を明らかにし、『長阿含』は邪見を破り、『中阿含』は深い意義を明らかにし、『雑阿含』は禅定を明らかにしています。これらはすべて大迦葉の功績です。別に論じるならば、阿難が修多羅（経蔵）を誦出し、優波離が毘尼（律蔵）を誦出し、迦葉が阿毘曇（論蔵）を誦出したので、結集が大いなるものであったと言えるのです。

如來去後法付迦葉，能為一切而作依止，猶如如來。何者？若有頭陀苦行人，我法則存；若無此人，我法則不存。迦葉能荷負佛法令得久住，至未來佛，付法、授衣竟，然後入滅，故言持法大。

> 如来が去られた後、法は迦葉に託されました。彼は一切の者にとって依り所となり、如来と同様の存在となりました。なぜならば、もし頭陀行を実践する者がいれば、私の教えは存続するからです。もしそのような者がいなければ、私の教えは存続しません。迦葉は仏法を担い、未来の仏に至るまで法を護持し続けることができました。法と衣を託し終えた後、彼は入滅されました。それゆえに、法を護持する偉大な者と言われるのです。

而迦葉將隱密上天禮佛髮，為諸天說法云：「為善生天，為惡入淵，五欲無常，如花上露，見陽則晞。」於是別去。諸天泣歎曰：「里巷窮酸，苦厄羸劣，貧窮孤露，彼恒矜愍，今捨滅度，誰復覆護？云云」

> 迦葉は密かに天上に赴き、仏の髪を礼拝し、諸天のために説法した。 「善を行えば天に生まれ、悪を行えば淵に堕ちる。五欲は無常であり、花上の露のごとく、陽に当たればたちまち乾く」 こうして別れを告げた。 諸天は涙を流して嘆いた。 「巷の貧しい者、苦しみに喘ぐ者、病弱な者、貧しく孤独な者たちを、彼は常に憐れみ慈しんでくださった。今、彼が涅槃に入られてしまえば、いったい誰が彼らを護ってくださるというのか」

約教明抖擻，抖擻十二種過，謂好衣求時苦，得時多怖畏，失時生懊惱。糞掃衣無水、火、盜、賊、王難五怖；若多畜者，縫治浣負其勞亦多，故但三衣；若僧中食則營佐僧事，故乞食；若受殘食、小食，擾動喪時，故一坐食；多食難消、生睡懈怠，少食饑縣乏力故節量食；多器洗持多妨，故一鉢食；須漿勞動故不飲漿；房舍生著故樹下；樹下又著故塚間；冢間憂悲妨故露地；若臥消功增懶故常坐。二是衣法，六是食法，四是住處法。

> 教えは十二の過ちを明らかにし、それを振り払うことを説く。十二の過ちとは、良い衣を求める時の苦しみ、得た時の多くの恐れ、失った時の悔しさである。糞掃衣には水、火、盗賊、王の難という五つの恐れがない。もし多く蓄えるなら、縫い繕い洗濯し運ぶ労も多いので、ただ三衣だけにする。もし僧の中で食事をするなら、僧の事を助けるので、乞食をする。もし残りの食事や軽食を受けるなら、心を乱し時間を失うので、一度に座って食べる。多く食べると消化が難しく、眠気や怠け心が生じる。少なすぎると空腹で力が出ないので、量を調節して食べる。多くの器を洗い持つのは煩わしいので、一つの鉢で食べる。飲み物を求めるのは煩わしいので、飲み物を飲まない。房舎は執着を生むので、木の下に住む。木の下にも執着するので、墓場の間に住む。墓場の間は憂い悲しみが妨げになるので、露地に住む。もし横になると修行の妨げになり怠け心が増すので、常に座る。二つは衣についての教え、六つは食についての教え、四つは住処についての教えである。

且約乞食明抖擻者，乞易得生喜、難得生瞋，得好則愛、得惡則憂，憂喜依色而起即色陰，受此憂喜即受陰，取憂喜相即想陰，憂喜即是行陰，分別憂喜即識陰。憂喜即意法二入三界，界入陰即苦諦，我能乞食，計有我、無我，以乞為道以乞為實，如是諦當。讚喜毀瞋我能被呵即疑不了為癡，是為十使，歷三界四諦，即八十八使名集諦。若識乞食中四倒相似相續覆故謂常，適意謂樂，動轉所作覆故謂我，薄皮覆故謂淨，識四覆、無四倒，勤遮二惡、生二善，修四定根力覺道，是為道諦。於乞食中不計我則癡滅，癡滅故愛滅，愛滅故瞋滅，瞋滅故不自舉則慢滅，慢滅故被呵則無疑，無我故我見滅，我見滅故邊見滅，不執是道則戒取滅，不計為實故見取滅，不邪執故邪見滅，此十滅故則八十八滅，八十八滅故子縛滅，子縛滅故果縛滅，果縛滅故二十五有滅，是為滅諦。若於乞食中，不見四真諦，是故久流轉生死大苦海；若能見四諦，則得斷生死。生死既盡已，更不受諸有，是為乞食中抖擻觀慧；衣法、住處法亦復如是。是三藏頭陀也。

> 乞食について、その心を引き締める（抖擻）ことを説くならば、乞食が容易に得られれば喜び、得られにくければ怒りを生じ、良いものを得れば愛着し、悪いものを得れば憂いとなる。この憂いと喜びは、色（身体・物質）に依って起こるゆえに色陰であり、この憂いと喜びを受けることが受陰であり、憂いと喜びの相を取ることが想陰であり、憂いと喜びそのものが行陰であり、憂いと喜びを分別することが識陰である。憂いと喜びは、すなわち意と法の二つの入（処）であり、三界に属する。界・入・陰はすなわち苦諦である。「私が乞食をする」とし、「我あり」「我なし」と計り、乞食を道とし、乞食を真実とする、このように真実に当てはまる。喜びを賞賛し、怒りを誹れば、「私が呵責される」とし、疑って明らかでないことが癡となる。これが十の煩悩（十使）であり、三界・四諦にわたって、すなわち八十八の煩悩（八十八使）となり、これを集諦という。もし乞食の中で、四つの覆い（四倒）によって、似て続くものを覆って常と謂い、意に適うものを楽と謂い、動転してなす所作を覆って我と謂い、薄皮で覆って浄と謂うことを識り、四つの覆いがなく四つの倒見がなければ、二つの悪を勤めて遮り、二つの善を生じ、四禅定・根・力・覚・道を修める、これが道諦である。乞食の中で「我」と計らなければ癡は滅し、癡が滅するゆえに愛は滅し、愛が滅するゆえに怒りは滅し、怒りが滅するゆえに自ら挙げることがなければ慢は滅し、慢が滅するゆえに呵責されても疑いはなく、「我」がないゆえに我見は滅し、我見が滅するゆえに辺見は滅し、これを道と執らなければ戒取は滅し、真実と計らなければ見取は滅し、邪に執らなければ邪見は滅する。この十の煩悩が滅するゆえに、八十八の煩悩は滅し、八十八の煩悩が滅するゆえに子縛は滅し、子縛が滅するゆえに果縛は滅し、果縛が滅するゆえに二十五有は滅する、これが滅諦である。もし乞食の中で、四つの真実の諦（四真諦）を見なければ、それゆえに久しく生死の大いなる苦の海を流転する。もし四諦を見ることができれば、生死を断つことができる。生死がすでに尽きたならば、さらに諸々の有（存在）を受けることはない。これが乞食における心を引き締める観察の智慧である。衣についての法、住処についての法もまた同様である。これが三蔵の頭陀（修行）である。

通教抖擻者，緣真證寂則是住處，空慧為食，空心行諸行為衣，常性空無不性空時，空慧抖擻皆如幻化，妄想諸惡寂滅不起，心心數法不行故，以不可得故，諸相應中空相應最為第一，諸苦行中空行第一，諸抖擻中空慧抖擻最為第一。略說竟。

> 通教の修行者が心を奮い立たせるとは、真実の証悟と寂静こそが住処であり、空の智慧を食とし、空の心をもって諸行を行じることを衣とすることである。常に自性が空であり、自性が空でない時がない。空の智慧で奮い立たせれば、すべては幻の如く、妄想や諸悪は寂滅して起こらず、心と心の働きも行じられない。なぜなら、得るべきものがないからである。諸々の相応の中で、空との相応が最も第一である。諸々の苦行の中で、空の行が第一である。諸々の奮い立たせの中で、空の智慧による奮い立たせが最も第一である。以上、略説を終える。

別教抖擻者，依於法身以為住處，般若智慧以為食，一切諸行莊嚴遮覆，遮覆抖擻黑業之惡，般若抖擻煩惱之惡，法身抖擻生死苦惡，前抖擻分段煩惱業苦，次抖擻變易煩惱業苦，是為中道正觀頭陀，出過二乘所行苦行云云。

> 別教における「抖擻（とそう）」とは、法身を依り所として住処とし、般若の智慧を糧とし、一切の諸行を以て荘厳し覆い隠すことです。覆い隠すことによって黒業の悪を抖擻し、般若によって煩悩の悪を抖擻し、法身によって生死の苦しみの悪を抖擻します。まずは分段生死の煩悩・業・苦を抖擻し、次に変易生死の煩悩・業・苦を抖擻します。これが中道の正観による頭陀行であり、二乗の行う苦行を超え出たものなのです<note>云云</note>。

圓教抖擻者，住處即衣即食，但是一法分別說三，一抖擻一切抖擻，一切抖擻一抖擻，非一非一切，於一切抖擻無非實相，諸佛所行是如來行，過諸菩薩所行清淨云云。

> 円教の振るいとは、住処がそのまま衣であり食であることです。 ただ一つの法を、三つに分けて説くに過ぎません。 一つの振るいはすべての振るいであり、すべての振るいは一つの振るいです。 一でもなくすべてでもなく、すべての振るいがことごとく実相そのものです。 諸仏の行いは如来の行いであり、あらゆる菩薩の行いを超えた清らかな境地です。

本迹者，本與如來同坐畢竟空理、同得廣大法身、同得無礙智慧、同得無量功德，內捨法愛、外無垢染，內外抖擻本已清淨，欲引乳味事中抖擻，次引酪味空中抖擻，次引生蘇別中抖擻，次引熟蘇圓中抖擻。

> 本と迹とは、本来、如来と同じく畢竟空の理に坐し、同じく広大な法身を得、同じく無礙の智慧を得、同じく無量の功徳を得るものである。内には法愛を捨て、外には垢染なく、内外ともに本来清浄であることを振るい起こす。まず乳味の事において振るい起こし、次に酪味の空において振るい起こし、次に生蘇の別において振るい起こし、次に熟蘇の円において振るい起こす。

觀心者，即空抖擻取相，即假抖擻塵沙，即中抖擻無明，一心中抖擻五住云云。

> 心を観じるとは、空の立場からは執着を振り払い、仮の立場からは無数の煩悩を振り払い、中の立場からは無明を振り払うことです。一つの心の中で五つの住地煩悩を振り払うのです<note>云々</note>。

三迦葉，迦葉如前釋。「優樓頻蠡」，亦優樓毘，亦優為，此翻木瓜林。「那提」，此翻河，亦江。「伽耶」，亦竭夷亦象，此翻城家。在王舍城南七由旬，毘婆尸佛時共樹剎柱，緣是為兄弟。兄為瓶沙王師，五百弟子；兩弟各二百五十，行兄法。佛作十種變：謂龍毒不中，龍火不燒，恒水不溺，三方取果，北取粳糧，忉利甘露，知嫌隱去，知念現來，火滅不然，斧舉不下，廣出瑞應，雖覩眾變邪執未改，故言：「瞿曇雖神，不如我道真。」佛即語云：「汝非羅漢，亦不得道。」霍然開悟，師徒皆伏；二弟見相亦隨歸佛，是則一千比丘。

> 三迦葉とは、迦葉は先に説明した通りです。「優樓頻蠡」は、優樓毘、あるいは優為とも呼ばれ、これは「木瓜林」と訳されます。「那提」は、河、あるいは江と訳されます。「伽耶」は、竭夷、あるいは象とも呼ばれ、これは「城家」と訳されます。王舎城の南七由旬にあり、毘婆尸仏の時代に共に塔の柱を建てた縁で、兄弟となりました。兄は瓶沙王の師となり、五百人の弟子を持ち、二人の弟はそれぞれ二百五十人の弟子を持ち、兄の教えに従っていました。 仏は十種の神通を示されました。すなわち、龍の毒に中たず、龍の火に焼かれず、恒河の水に溺れず、三方から果実を取る、北から米を取る、忉利天の甘露、嫌われると姿を隠し、念じられると現れる、火が消えて燃えず、斧が振り下ろされないなど、多くの瑞相を示されました。しかし、彼らは多くの奇跡を見ても、邪な執着を改めず、「瞿曇は確かに神通力を持つが、私の道の方が真実だ」と言いました。そこで仏は彼らに言われました。「あなたは阿羅漢ではなく、悟りも得ていない」。すると彼らはたちまち悟りを開き、師弟ともに仏に帰依しました。二人の弟もその様子を見て、仏に従いました。こうして千人の比丘ができたのです。

約教者，如《增一阿含》云：「優留毘能將護四眾，供給四事令無所乏，最為第一；那提比丘心意寂然，降伏諸結，精進最第一；伽耶比丘觀了諸法，都無所著，善能教化，為最第一。」是為酪教中意。若轉入生蘇，即應耻小慕大，例則可知；若轉入熟蘇，即應委業領教；若轉入醍醐，如此經中得記作佛也。

> 教えの段階について言えば、『増一阿含経』にはこうあります。 「優留毘は四衆を守り養い、四事を供給して不足なきようにするのが最も優れている。那提比丘は心を静め、煩悩を制し、精進において最も優れている。伽耶比丘は諸法を観察し、何にも執着せず、よく人々を教化するのが最も優れている」。 これが「酪教」の意味です。 もし「生蘇」の段階に進むならば、小乗を恥じて大乗を慕うべきであり、その例は推して知ることができます。 もし「熟蘇」の段階に進むならば、修行を委ねて教えを領受すべきです。 もし「醍醐」の段階に進むならば、この経典に説かれるように、授記を得て仏となるのです。

本迹者，住於三德，林即般若、城即法身、水即解脫，是為祕密本藏；而迹依林城水以度眾生也。

> 本とは、三つの徳に住むものであり、林は般若、城は法身、水は解脱を意味し、これが秘密の根本蔵です。そして迹は、林・城・水に依って衆生を救済するのです。

觀心者，正觀心性，中道不動如城防敵，不動而動如水淨諸邊顛倒，雙照枯榮如林蓊欝，三法相資即是連枝兄弟也。

> 心を観るとは、心の本性を正しく観じることです。 中道に安住して動かず、城が敵を防ぐがごとく、 動かずして動き、水が諸々の偏った見解を清めるがごとく、 枯れと栄えをともに照らし、林の茂るがごとく、 三つの法が互いに支え合う、連なる枝の兄弟のようであります。

「舍利弗」，具存應言舍利弗羅，此翻身子，又翻舍利為珠，其母於女人中聰明，聰明相在眼珠，珠之所生故是珠子；又翻身，此女好形身，身之所生故言身子。時人以子顯母，為作此號也。父為作名，名優波提舍，或優波替，此翻論義，論義得妻、因論名子，標父德也。《釋論》云：「我名提舍，逐我作字，字優波提舍。」優波此言逐，提舍者星名也，又舍標父、利標母，雙顯父母故言舍利弗。弗，子也。姓拘栗陀，婆羅門種。《增一》云：「我佛法中，智慧無窮決了諸疑者，舍利弗第一。」昔者，生經云，過去舅甥俱為織師，知王寶藏，因穿土盜之，大獲珍寶。寶監白王，王云：「勿揚，彼盜尋來，伺而執之。」甥因令舅倒入被執，甥恐人識即級舅頭。王令以屍置四交道引取其親，後因賈客群集猥鬧，甥載兩車薪覆之。王又伺取，又因童兒舞戲投火燒之。又行置酒，伺者大醉，酒瓶盛骨而去。王憂狡猾，出女嚴防，在水邊先誡其女，來者執喚。其浮株於水，防者謂人，視之乃株。連日不備，因是得來通女。女執其衣，其即授死人手而去，女大喚視之乃死手耳。因是有身，生男端正。王令乳母抱出，有嗚者執之。連日飢渴至煮餅爐下，餅師與餅而嗚，王更令出，因酤醇酒伺人大醉，抱兒而去出過他國。他國賢其謀，以大臣女妻之不用，因字之為兒，聘本國王女許之。疑是前盜，其人以五百騎鞍馬衣服一種相似，往迎婦時，本王見之，問是前盜，歎其姦詐，以女婦之。甥者舍利弗是，舅者調達是云云。

> 舎利弗。本来は舎利弗羅と言うべきで、これは「身の子」と訳され、また舎利を「珠」と訳す。その母は女性の中で聡明であり、聡明さは瞳に現れる。珠から生まれたので「珠子」と言う。また「身」とも訳され、この女性は容姿が美しく、その身から生まれたので「身子」と言う。当時の人々は子によって母を顕わし、この名で呼んだのである。父が名付けた名は優波提舍、あるいは優波替で、これは「論義」と訳される。論義によって妻を得、論義によって子に名付けたのは、父の徳を示すためである。『釈論』に、「我が名は提舍、我に従って字（あざな）を優波提舍とした」とある。優波は「従う」、提舍は星の名である。また、舎は父を、利は母を示し、両親を顕わすので舎利弗と言う。弗は「子」である。姓は拘栗陀、バラモン種である。『増一阿含経』に、「我が仏法の中で、智慧が尽きることなく、あらゆる疑いを断じ明らかにする者は、舎利弗が第一である」とある。 昔、『生経』に説かれるところによれば、過去世に甥と舅が共に織物師であり、王の宝蔵を知り、地下を掘って盗み、多くの珍宝を得た。宝蔵の監視官が王に報告すると、王は「表立って言うな。あの盗人はまた来るだろう。待ち伏せして捕らえよ」と言った。甥は舅に命じて穴に倒れ込み捕らえさせ、舅が人に知られるのを恐れ、舅の首を切り落とした。王は死体を四つ辻に置き、親族を引き出そうとした。その後、商人の群れが集まり騒がしくなった時、甥は二台の車に薪を積んでそれを覆い隠した。王はまた待ち伏せして捕らえようとしたが、今度は子供たちが舞い遊び、火を投げ入れて焼いてしまった。また酒を置いて待ち伏せしたが、番人は酔いつぶれ、酒瓶に骨を入れて去ってしまった。王はその狡猾さに憂い、娘を厳重に守らせ、水辺で娘に戒めて、「来た者を捕らえて叫べ」と言った。彼は水に丸太を浮かべ、番人は人だと思って見ると丸太だった。連日警戒が緩み、それによって彼は来て娘と通じた。娘が彼の衣を掴むと、彼は死人の手を渡して去り、娘が大声で叫んで見ると、それは死人の手だった。それによって身ごもり、端正な男児を生んだ。王は乳母に命じて子を抱いて出させ、泣く者がいれば捕らえよと言った。連日飢え渇いて、ついに焼き餅の炉の下まで来ると、餅屋が餅を与えて泣き止ませた。王はさらに出させ、濃い酒を買わせて番人を酔いつぶさせ、子を抱いて去り、他国に出た。その国の王はその謀略を賢しとし、大臣の娘を妻に与えようとしたが、彼は受けず、それで「児」と名付け、本来の国の王の娘と婚約させた。以前の盗人ではないかと疑われたが、彼は五百騎の鞍馬と衣服を同じように揃え、嫁を迎えに行った時、本来の国の王はそれを見て、以前の盗人だと知り、その奸智に感嘆し、娘を嫁がせた。甥が舎利弗であり、舅が提婆達多である<note>云云</note>。

胎者，父名優波提舍，學通典籍，鐵鍱其腹、頭戴火冠，獨步王舍打論議鼓，國師陀羅自知陳故兼則相不祥，義屈奪封以女妻之。妻夢見人身被甲冑，手執金剛杵碎一切山，後立一山邊。夢覺體重以問其夫，夫云：「汝所懷者，破一切論師，唯不勝一人，當為弟子。」舅名拘絺羅，論常勝姊，既懷智人論則勝弟。弟自念言：「此非姊力，必懷智人寄辯母口，在胎尚爾，何況出生耶？」委家更廣遊學，不暇剪爪，時人呼為長爪梵志云云。

> 胎児の父は優波提舎と名乗り、典籍に通じた学識の持ち主でした。彼は鉄の腹当てをつけ、火の冠をかぶり、王舎城を独り歩きながら論議の太鼓を打ち鳴らしていました。国師の陀羅は、自分が以前に議論で負けたことを知り、また縁起が良くないと感じて、領地を取り上げられ、娘を彼に嫁がせました。 妻は夢を見ました。全身に甲冑をまとった人が、金剛杵を手に持ち、すべての山を打ち砕くが、最後に一つの山のそばに立ち止まるという夢です。目覚めると体が重く感じたので、夫に尋ねると、夫は言いました。「あなたが身ごもっているのは、あらゆる論師を打ち破る者だ。ただ一人だけには勝てず、その人の弟子となるだろう。」 舅の名は拘絺羅といい、論争では常に姉（妻）に勝っていました。しかし姉が知恵ある者を身ごもると、弟との議論で勝つようになりました。弟は心の中で考えました。「これは姉の力ではない。必ずや知恵ある者が母の口を借りて弁舌をふるっているのだ。胎内にいる時でさえこうなのだから、生まれた後はなおさらだろう。」 彼は家を捨ててさらに広く遊学し、爪を切る暇もありませんでした。人々は彼を「長爪梵志」と呼びました<note>云云</note>。

難陀、跋難陀二龍，護王舍城，雨澤以時，國無饑年。王及臣民，歲設大會置三高座，王、太子、論師，身子以八歲之年身到會所，問人三座，人具答之，即越眾，登論床，群儒皆耻不肯論議，勝此小兒，無足顯譽；脫其不如，屈辱大矣！皆遣侍者，傳語問之。答過問表，盡墮諸幢，無敢當者。王及臣民稱慶無極，國將太平智人出世。及年十六，究盡閻浮典籍，無事不閑，博古覽今，演暢幽奧，十六大國論議無雙，五天竺地最為第一。師事沙然梵志，梵志道術身子皆得，師有二百五十弟子，悉附身子而成就之。沙然臨死欣然而笑，身子問故，答：「世俗無眼為恩愛所親，我見金地國王死，夫人投火聚，願同生一處。」言已命終。後見金地商人，問之果然。身子追悔：「我未盡師術，而不授此法，為我非其人，師祕乎！」自知未達，更求勝法，而無師可事。雖不逮此一法，餘法皆通，於外道眾中最為第一。於道見頞䫌威儀庠序，因問師法，頞䫌答云：「諸法從緣生，是故說因緣，是法緣及盡，我師如是說。」一聞即得須陀洹果，來至佛所，七日遍達佛法淵海，又云：「十五日後得阿羅漢，為羅云和尚，憍梵作師，聲聞眾中右面弟子。調達破僧，引五百比丘去，身子往化五百人歸云云。」勞度差捔力，度差為花池，身子為象拔花蹋池；度差為夜叉鬼，身子為毘沙門王；種種皆勝，度差降伏。《中阿含》云：「身子是四眾所生母，目連是所養母云云。」

> 難陀と跋難陀という二匹の龍が王舎城を守り、雨は季節に応じて降り、国に飢饉の年はありませんでした。王と臣下・民衆は毎年盛大な集会を開き、三つの高い座席を設けました。王、太子、論師のための席です。舎利弗は八歳の時にその集会の場に赴き、人々に三つの座席について尋ねました。人々が詳しく答えると、彼はすぐに群衆を抜け出し、論議の席に登りました。学者たちは皆、この幼い子供に論議で勝っても名誉にはならず、もし負ければ大きな恥になると考え、直接論議することを恥じて拒みました。皆、侍者を遣わして言葉を伝え、質問させました。舎利弗の答えは質問をはるかに超え、すべての論者の旗印が倒れ、敢えて立ち向かう者はいませんでした。王と臣下・民衆は限りない喜びを称え、「国は太平となり、智者が世に出た」と言いました。 十六歳になるまでに、閻浮提のあらゆる典籍を究め尽くし、精通しないものはなく、古を博く探り今を観て、深遠な道理を演説し暢達しました。十六大国の中で論議に並ぶ者なく、五天竺の中で最も第一とされました。沙然梵志に師事し、梵志の道術をすべて習得しました。師には二百五十人の弟子がいましたが、皆舎利弗に付き従い、その導きによって成就しました。沙然は臨終の際、欣んで笑いました。舎利弗が理由を尋ねると、答えました。「世俗の人々は無明の目で恩愛に縛られています。私は金地国の王が死に、夫人が火の中に身を投げ、同じ所に生まれたいと願うのを見ました。」そう言って命を終えました。後日、金地国の商人に会って尋ねると、確かにその通りでした。舎利弗は後悔しました。「私は師の術をすべて習得していなかったので、この法を授けられなかった。私が相応しくなかったのか、師が秘したのか！」自らが未だ達していないことを知り、さらに勝れた法を求めましたが、師とすべき者は見つかりませんでした。この一法には及ばなかったものの、他の法はすべて通じており、外道の中では最も第一とされました。 道で頞䫌に出会い、その威儀が整然としているのを見て、師の法を尋ねました。頞䫌は答えました。「諸法は縁から生ず。故に因縁を説く。この法は縁によって起こり、縁によって尽きる。我が師はこのように説かれた。」これを聞いてすぐに須陀洹果を得、仏のもとに来て、七日で仏法の深遠な海を遍く達しました。また、「十五日後に阿羅漢を得、羅睺羅の和尚となり、憍梵波提の師となった。声聞衆の中では右面の弟子である。提婆達多が僧伽を破り、五百人の比丘を引き連れて去った時、舎利弗は行って五百人を教化し帰依させた<note>云云</note>。」とあります。労度差と力比べをし、度差が花の池を作ると、舎利弗は象となって花を抜き池を踏みつぶした。度差が夜叉鬼となると、舎利弗は毘沙門天となった。様々な比べで皆勝利し、度差は降伏した。『中阿含経』には、「舎利弗は四衆の生みの母であり、目連は育ての母である<note>云云</note>。」と説かれています。

《中阿含》第二云：「生處安居比丘，稱歎滿慈子，少欲知足精進閑居，一心正念智慧無漏，勸發亦稱說此等法。時身子聞，念：『我何時得見此人？此人何時到佛所？』他示云：『白哲隆鼻鸚鵡嘴者，是其形相。』後於安陀林——此云勝林——相見，身子問：『賢者於瞿曇所修梵行耶？』答：『如是。』又問：『為戒淨修梵行耶？』答：『不也。』『為心淨、見淨、度疑淨、知道非道淨、道迹知見淨、道迹智斷淨修梵行耶？』答：『不也。』又問：『向言如是，今言不也。此義云何？』答：『為無餘涅槃故修梵行。』又問：『以戒淨故，設無餘涅槃？』答：『不也。』乃至『道迹智斷淨故，設無餘涅槃？』答：『不也。』又問：『此義云何？』答：『若以戒淨設無餘者，此以有餘稱無餘，乃至道迹智斷淨設無餘者，亦是有餘稱無餘。若離此七者，凡夫人當般涅槃，凡夫離七故。以不離故，從戒淨至心淨，乃至道迹智斷淨。仁者聽我說喻。如波斯匿王欲從拘薩羅至婆雞帝，中間布七車，捨初乘二，乃至捨六乘七。婆雞帝人問：「為乘初車？」答：「不也。」「乃至乘第七車。」答：「不也。」問：「離此七車？」答：「不也。」此喻問可知。』身子問：『賢名何等，梵行人云何稱汝？』答：『我父名滿，我母名慈，梵行人稱我為滿慈子。』身子稱嗟：『善哉！賢者滿慈子，為如來弟子，智辯聰明決定安隱無畏，逮大辯才得甘露幢，於甘露自作證，值汝者得大饒益，諸梵行人應縈衣頂載。』滿慈子問：『賢者何名，梵行人云何稱？』答：『我父字優波提舍，我母名舍利，故稱我為舍利子。』滿慈子嗟曰：『今與世尊等弟子共論而不知，與第二世尊共論而不知，與法將共論而不知，與轉法輪復轉弟子共論而不知。若我知尊者，不能答一句，況復深論？善哉！善哉！為如來弟子，乃至縈衣頂戴。』云云」佛說一句，身子以一句為本，七日七夜作師子吼，更出異句、異味，使無窮盡，況佛多說，而身子智辯寧可盡耶？

> 『中阿含経』第二に説かれています。 ある比丘が、生まれ故郷に滞在している時、満慈子（プンナ・マンターニプッタ）を称賛しました。「彼は欲少なく、足ることを知り、精進し、閑静なところに住み、心を一つにし、正念を保ち、智慧に満ち、煩悩なく、人々を励まし、このような法を説くのです」と。 舎利子（シャーリプトラ）はこれを聞き、思いました。「私はいつこの人に会えるだろうか。この人はいつ仏陀のもとに来るのだろうか」と。すると、ある人が教えてくれました。「色白で鼻筋が通り、鸚鵡（オウム）のような口をした人です。それが彼の特徴です」と。 後に、安陀林（アンダ林、勝れた林という意味）で二人は出会いました。舎利子が尋ねました。「賢者よ、あなたは瞿曇（ゴータマ、仏陀）のもとで梵行（清らかな行い）を修めているのですか？」満慈子は答えました。「その通りです」舎利子はさらに尋ねました。「戒律の清らかさのために梵行を修めているのですか？」満慈子は答えました。「いいえ、違います」「では、心の清らかさ、見解の清らかさ、疑いを越える清らかさ、道と非道を知る清らかさ、道の跡を知り見る清らかさ、道の跡を知り煩悩を断つ清らかさのために梵行を修めているのですか？」満慈子は答えました。「いいえ、違います」 舎利子は尋ねました。「先ほどは『その通り』と言い、今は『違う』と言う。これはどういう意味ですか？」満慈子は答えました。「無余涅槃（煩悩の残りなき完全な涅槃）のために梵行を修めているのです」舎利子は尋ねました。「では、戒律の清らかさによって、無余涅槃が得られるというのですか？」満慈子は答えました。「いいえ、違います」…（同様の問答が「道の跡を知り煩悩を断つ清らかさ」まで続き、すべて「違います」と答える）… 舎利子は尋ねました。「では、この意味はどういうことですか？」満慈子は答えました。「もし戒律の清らかさによって無余涅槃が得られるなら、それはまだ『有余（煩悩の残りあり）』のものを『無余』と呼んでいることになります。…道の跡を知り煩悩を断つ清らかさによって得られるとしても、同じです。もしこの七つの清らかさを離れて涅槃に入れるなら、凡夫でも涅槃に入れることになります。凡夫はこの七つを離れているからです。しかし、そうではないからこそ、戒律の清らかさから始まり、心の清らかさへ、そして道の跡を知り煩悩を断つ清らかさへと至るのです。仁者（舎利子）よ、たとえを聞いてください。波斯匿王（プラセーナジット王）が、拘薩羅国（コーサラ国）から婆雞帝（ヴァッジ国）へ行こうとした時、途中に七台の車を用意しました。最初の車を降りて二台目に乗り換え、…六台目を降りて七台目に乗り換えました。婆雞帝の人が尋ねました。『あなたは最初の車で来たのですか？』王は答えました。『いいえ』『…では七台目の車で？』王は答えました。『いいえ』『では、この七台の車を離れて来たのですか？』王は答えました。『いいえ』このたとえの意味は、お分かりでしょう」 舎利子が尋ねました。「賢者よ、あなたのお名前は何ですか。修行者たちはあなたを何と呼びますか？」満慈子は答えました。「私の父は『満』、母は『慈』と言います。修行者たちは私を『満慈子』と呼びます」舎利子は称賛しました。「素晴らしい！賢者、満慈子よ。あなたは如来の弟子であり、智慧と弁才に優れ、確固たる安心と畏れなく、大いなる弁才を得、甘露の旗印を得、甘露（涅槃）を自ら証し、あなたに会う者は大いなる利益を得ます。修行者たちはあなたに衣を捧げ、頭に載せるべきです」 満慈子が尋ねました。「賢者よ、あなたのお名前は何ですか。修行者たちはあなたを何と呼びますか？」舎利子は答えました。「私の父は優波提舍（ウパティッサ）、母は舎利（サーリー）と言います。故に、人々は私を舎利子（シャーリプトラ）と呼びます」満慈子は感嘆しました。「私は今、世尊に等しい弟子と議論していたのに、それと知らず、第二の世尊と議論していたのに、それと知らず、法の将と議論していたのに、それと知らず、法輪を転じ、さらにそれを転ずる弟子と議論していたのに、それと知りませんでした。もし私が尊者（あなた）と知っていたなら、一言も答えることができなかったでしょう。ましてや深い議論など。善きかな！善きかな！あなたは如来の弟子であり…（舎利子の称賛の言葉を繰り返し）…衣を捧げ頭に載せるべき方です」<note>（以下、同様の記述）</note> 仏陀が一言説かれると、舎利子はその一言を根本として、七日七晩、獅子吼のように、異なる言葉、異なる意味を次々と説き出し、尽きることがありませんでした。ましてや仏陀が多くを説かれたのです。舎利子の智慧と弁才が、どうして尽きることがありましょうか。

《中阿含》第二十云：「佛在阿耨達池，龍王云：『此眾不見舍利弗，願佛召之。』佛命目連往祇洹呼，身子正縫五納衣。答云：『汝但前去，我在後來。』目連云：『我為佛使人，云何前去？』目連以手摩衣，衣即成。身子念：『目連弄試我，我亦試之。』即以衣繩擲地，『汝能舉此耶？』目連念：『身子弄試我。』即盡力舉不起。身子于時以繩繫閻浮樹，一天下動；繫二三四，四天下亦不立；又繫小千、中千、大千亦不立，又繫他方佛座脚，十方佛世界皆鎮鎮不動。目連自念：『我神力第一，今不能動，將不失神力？』因催促令去，答：『汝前去。』目連還佛所，已見身子在佛前。龍王見地動問佛，佛答：『二人之力。』龍王及五百比丘，於目連生輕心，佛言：『舍利弗於四神力得自在，目連亦自在，而不能拔者，佛力耳。』語目連云：『現汝神力。』目連以鉢絡盛五百比丘，舉著梵宮，一足躡須彌，一足至梵宮，身在彼方而說偈滿大千國，五百心伏云云。」

> 『中阿含経』第二十に説かれる。 仏が阿耨達池におられたとき、龍王が申し上げた。 「この会衆には舎利弗がお見えになりません。どうかお召しください。」 仏は目連に命じ、祇園精舎へ呼びに行かせた。 舎利弗はちょうど五条の袈裟を縫っているところだった。 「先に行ってください。私は後から参ります」と答えた。 目連は言った。「私は仏のお使いです。どうして先に行けましょうか。」 目連が手で袈裟を撫でると、袈裟はたちまち完成した。 舎利弗は思った。「目連が私を試しているなら、私も試してみよう。」 そこで袈裟の糸を地面に投げて言った。「これを挙げられるか？」 目連は思った。「舎利弗が私を試しているのだ。」 力を尽くして挙げようとしたが、挙がらない。 舎利弗はその糸を閻浮樹に結びつけると、一つの天下が揺れた。 二つ、三つ、四つと結びつけても、四天下さえも安定しなかった。 さらに小千世界、中千世界、大千世界に結びつけても動かず、 他方の仏の座の脚に結びつけると、十方の仏世界がことごとく微動だにしなかった。 目連は思った。「私は神通力第一と言われるのに、今動かせない。はたして神通力を失ったのだろうか？」 急いで行くように促すと、舎利弗は答えた。「先に行ってください。」 目連が仏のもとに戻ると、すでに舎利弗は仏の前にいた。 龍王が大地の震動について仏に尋ねると、仏は答えられた。「二人の力によるものだ。」 龍王と五百人の比丘たちは、目連に対して軽んじる心を抱いた。 仏は言われた。「舎利弗は四つの神通力において自在を得ている。目連もまた自在である。それでも抜けなかったのは、仏の力によるのだ。」 そして目連に言われた。「お前の神通力を示せ。」 目連は鉢の網で五百人の比丘を包み、梵天の宮殿に挙げた。 一方の足で須弥山を踏み、もう一方の足で梵天宮に至り、 身は彼方にあって偈を説き、その声は大千世界に満ちた。 五百人の心は伏せられた<note>云云</note>。

約教者，若三藏智慧即是無學十智，斷結證真輔佛揚化。《釋論》四十稱為右面大將，即其義也。通教智慧者，如《般若》中自說所以為摩訶薩，謂我見、眾生見、佛見、菩提見、轉法輪見，破如此等見故，名摩訶薩。諸賢聖自說己法，不如即今人妄有所說，當知身子非但破生死見，亦破佛見、菩提、法輪、涅槃等見，此慧異初教也。別教智慧者，當約五味分別，若從元初但聞乳酪不聞餘味，發心修行但行乳酪者，此是初教智慧也；若但聞酪，酪不由乳，善惡之性性本自空，不由修善破惡、滅色取空，但修即空者，是通教智慧；若從元初得聞醍醐，為醍醐故，𤚲牛求乳、烹乳為酪，轉酪為生蘇，轉生為熟蘇，方得醍醐，修如此行者即是別教智慧也。若從元初但聞牛食忍草即出醍醐，若能服者眾病皆除，一切諸藥悉入其中。為此修行，即是圓教智慧也。

> 教えについて言えば、もし三蔵の智慧が無学の十智であり、煩悩を断ち真理を証して仏を助け教化を広めるものであるならば、『大智度論』巻四十で「右面の大将」と呼ばれるもの、これがその意味です。 通教の智慧については、『般若経』の中で自ら説かれているように、なぜ摩訶薩（大士）と呼ばれるかというと、我見・衆生見・仏見・菩提見・転法輪見などの見解を破るからです。諸々の賢聖が自らの法を説くのは、今の人のように妄りに説くのとは違い、舎利弗尊者が生死の見解を破るだけでなく、仏見・菩提・法輪・涅槃などの見解をも破ることを知るべきです。この智慧は初教とは異なります。 別教の智慧については、五味によって分別すべきです。もし最初から乳や酪だけを聞き、他の味を聞かず、発心修行して乳や酪のみを行うなら、これは初教の智慧です。もし酪だけを聞き、酪は乳によらないとし、善悪の性質は本来から空であり、善を修めて悪を破り、色を滅して空を取るのではなく、ただ即空を修めるなら、これは通教の智慧です。もし最初から醍醐を聞き、醍醐を得るために、牛を飼い乳を求め、乳を煮て酪とし、酪を生酥に転じ、生酥を熟酥に転じ、ようやく醍醐を得るなら、このような行を修めるのが別教の智慧です。 もし最初から、牛が忍辱草を食べれば直ちに醍醐が出て、服する者にはあらゆる病が除かれ、一切の薬がその中に入ると聞き、このために修行するなら、これが円教の智慧です。

本迹者，本住實相智度為母，從境生智慧，境即是身，智慧即是子；悲愍眾生，迹為五味。身子欲轉煩惱惡血令成善乳，示為外道智慧，作大論師；欲烹乳為酪，示三藏智慧，為第二世尊；欲引酪為生蘇，訥大現小，受淨名之屈；欲引生蘇為熟蘇，安慰饒益同梵行者，於般若領教；欲引熟蘇為醍醐，於法華初悟，斯皆迹中外現，而本地內祕其實久矣。

> 本と迹とは、本は実相の智度に住し、母となり、境より智慧を生ず。境はすなわち身であり、智慧はすなわち子である。衆生を悲愍して、迹は五味となる。 身子は煩悩の悪血を転じて善乳となさんと欲し、外道の智慧を示して大論師となる。乳を烹じて酪となさんと欲し、三蔵の智慧を示して第二の世尊となる。酪を引いて生蘇となさんと欲し、大を訥めて小と現じ、浄名の屈を受く。生蘇を引いて熟蘇となさんと欲し、同梵行者を安慰饒益して、般若に領教す。熟蘇を引いて醍醐となさんと欲し、法華に初めて悟る。これらは皆、迹の中に外に現れ、本地は内にその実を久しく秘す。

觀心者，一心三觀，攝得一切智慧，觀心即空故，攝得酪智慧；觀心即假故，攝得兩蘇智慧及世智慧；觀心即中故，攝得醍醐智慧，是名觀心中一慧一切慧，一切慧一慧，非一慧非一切慧云云。

> 観心とは、一つの心に三つの観（空・仮・中）を備えることであり、すべての智慧を収めます。心が空であると観ずるゆえに、酪（らく）の智慧を収めます。心が仮であると観ずるゆえに、両蘇（りょうそ）の智慧と世間の智慧を収めます。心が中道であると観ずるゆえに、醍醐（だいご）の智慧を収めます。これを、観心において一つの智慧がすべての智慧であり、すべての智慧が一つの智慧であり、しかも一つの智慧でもなく、すべての智慧でもない<note>云云</note>、と名づけます。

「大目揵連」，姓也，翻讚誦，《文殊問經》翻萊茯根，真諦云：「勿伽羅，此翻胡豆，二物古仙所嗜，因以命族。」《釋論》云：「吉占師子父也，名拘律陀，拘律陀樹名，禱樹神得子，因以名焉。」又目伽略兮度，《未來因果經》云：「大目連羅夜那，同名者多，故舉大也。」《釋論》云：「舍利弗才明見貴，目連豪爽取重，智藝相比德行互同。」《增一阿含》云：「我弟子中，神通輕舉飛到十方者，大目連第一。」《釋論》四十一，稱左面弟子。外道師徒五百，用呪移山，經一月日簸峨已動。目連念言：「此山若移，多所損害。」即於山頂虛空中結跏，山還不動。外道相謂；「我法山動，計日必移，云何安固，還若於初？必是沙門使爾。」自知力弱歸心佛道，令無量人正法出家也。

> 「大目揵連」は姓であり、「讚誦」と訳される。『文殊問経』では「萊茯根」と訳し、真諦は「勿伽羅、これを胡豆と訳す。この二つのものは古仙が好んだものであり、それによって氏族の名とした」と述べている。『釈論』には「吉占師子の父である。名は拘律陀という。拘律陀は樹の名であり、樹の神に祈って子を得たため、これに因んで名付けた」とある。また、目伽略兮度ともいう。『未来因果経』には「大目連羅夜那、同名の者が多いため、大を挙げて区別する」とある。『釈論』には「舎利弗は才知明らかで尊ばれ、目連は豪胆爽快で重んじられた。知恵と技芸は互いに匹敵し、徳行も同じであった」と記されている。『増一阿含経』には「我が弟子の中で、神通力軽やかに十方に飛び到る者は、大目連が第一である」とある。『釈論』四十一では、左面の弟子と称されている。 外道の師徒五百人は、呪文を用いて山を動かそうとした。一月の間に山はすでに揺れ動いた。目連は思った。「この山が動けば、多くの損害が出るだろう」。そこで山頂の虚空に結跏趺坐し、山は再び動かなくなった。外道たちは互いに言った。「我らの法で山は動き、日数を数えれば必ず移るはずだ。どうして安定して、初めのようになったのか？きっと沙門がそうさせたのだ」。彼らは自らの力の弱さを知り、仏道に帰依し、無量の人々を正法によって出家させた。

「難陀、跋難陀」，兄弟，居須彌邊海，佛常飛空上忉利宮。是龍瞋恨，云何禿人從我上過？後時佛欲上天，是龍吐黑雲、闇霧，隱翳三光。諸比丘咸欲降之，佛不聽。目連云：「我能降是龍。」龍以身遶須彌七匝，尾挑海水、頭枕山頂；目連倍現其身，遶山十四匝，尾出海外頭枕梵宮。是龍瞋盛，雨金剛砂；目連變砂為寶花輕軟可愛。猶瞋不已。目連化為細身入龍身內，從眼入耳出、耳入鼻出，鑽齧其身即受苦痛，其心乃伏。目連攝巨細身，示沙門像，將是二龍來至佛所。調達引五百比丘為己徒眾，目連厭之，令眠大熟，鼾吼雷鳴，下風出聲，瞿伽離以脚蹋之猶故不寤，身子說法迴五百人心，目連手擎將還，僧得和合。

> 難陀と跋難陀は兄弟で、須弥山の海辺に住んでいました。仏陀がよく空を飛んで忉利天宮へ行かれるのを見て、この龍は怒りを覚えました。「どうしてこの禿げた者が俺の上を通り過ぎるのだ」と。 ある時、仏陀が天に昇ろうとすると、龍は黒雲を吐き、暗い霧で日月星の光を隠しました。比丘たちは皆、龍を調伏しようとしましたが、仏陀は許しませんでした。目連が言いました。「私がこの龍を調伏しましょう」 龍は体を須弥山に七回巻きつけ、尾で海水をかき混ぜ、頭を山頂に乗せました。目連は自らの体を倍の大きさにし、山を十四回巻きつけ、尾は海の外に出し、頭は梵天の宮殿に乗せました。龍は激しく怒り、金剛砂の雨を降らせました。目連はその砂を宝の花に変え、柔らかく愛らしいものにしました。それでも龍の怒りは収まりません。 目連は細かな身となり、龍の体の中に入りました。目から入って耳から出、耳から入って鼻から出、龍の体を穿ち噛みついて苦痛を与えると、龍の心はようやく降伏しました。目連は巨細の身を収め、沙門の姿を示し、二匹の龍を連れて仏陀のもとへ行きました。 調達は五百人の比丘を引き連れて自分の徒衆としていました。目連は彼らを眠らせ、深く熟睡させました。鼾は雷のようになり、下風の音まで立てました。瞿伽離が足で蹴っても目を覚ましません。舎利弗が説法して五百人の心を戻し、目連は手に抱えて連れ帰り、僧伽は和合を得ました。

《雜阿含》二十九：「佛在舍衛十五日說戒，佛默然不言。阿難四請，佛言：『眾不清淨，吾今不復說戒。汝可令上座，若持律者、誦戒者唱。』目連尋入定，觀誰不清淨，見馬師、滿宿二比丘，即手執牽出，閉門更請佛說。佛言：『吾無二言，今不復自說戒。』目連云：『眾不清淨，我亦不復為維那也。』」

> 『雑阿含経』第二十九に記されている。釈尊が舎衛城で十五日の布薩（説戒の日）に説戒をなさろうとしたとき、黙ってお言葉を発されなかった。阿難が四度お願いすると、釈尊は言われた。「僧伽に清らかでない者がいる。私は今、自ら戒を説くことはしない。汝、上座か、律に通じた者、あるいは戒を誦する者に唱えさせよ。」 目連はすぐに禅定に入り、誰が清らかでない者か観察した。すると馬師と満宿という二人の比丘が見えたので、手を取って引き出し、門を閉めて再び釈尊に説戒を請うた。釈尊は言われた。「私は二度言ったことはない。今、自ら戒を説くことはしない。」 目連は言った。「僧伽が清らかでないなら、私もこれ以上、維那（法会の進行役）を務めることはいたしません。」

「耆域」，此翻固活，生忉利天，目連弟子病，乘通往問，值諸天出園遊戲，耆域乘車不下，但合掌而已。目連駐之，域即云：「諸天受樂怱遽不暇相看，尊者欲何所求？」具說來意，答云：「斷食為要。」目連放之，車乃得前。帝釋與脩羅戰勝，造得勝堂，七寶樓觀莊嚴奇特，梁柱支節皆容一綖，不相著而能相持，天福之妙力能如此。目連飛往，帝釋將目連看堂，諸天女皆羞目連，悉隱逃不出，目連念：「帝釋著樂不修道本。」即變化燒得勝堂，赫然崩壞，仍為帝釋廣說無常，帝釋歡喜，後堂儼然無灰煙色。又絡囊盛五百羅漢如前說。

> 「耆域」は、固活と訳され、忉利天に生まれました。目連の弟子が病気になったとき、神通力で天界に赴いて尋ねましたが、ちょうど諸天が園を出て遊びに行くところに遭遇しました。耆域は車に乗ったまま降りず、ただ合掌するだけでした。目連が彼を引き止めると、耆域は言いました：「諸天は楽しみに夢中で、ゆっくりしている暇がありません。尊者は何をお求めですか？」目連が来意を詳しく説明すると、答えました：「断食が肝要です。」目連が彼を放すと、車はようやく進むことができました。 帝釈天が阿修羅との戦いに勝利し、得勝堂を建立しました。七宝の楼閣は荘厳で奇抜であり、梁や柱の節々はすべて一本の糸が通るほどの隙間があり、互いに接することなく支え合っていました。天界の福徳の妙なる力はこのようなことを可能にするのです。目連が飛んで行くと、帝釈天は目連に堂を見せましたが、天女たちは皆、目連を恥じて隠れて出てきませんでした。目連は思いました：「帝釈天は楽しみに執着し、道の根本を修めていない。」そこで神通力を用いて得勝堂に火を放ち、たちまち崩壊させました。そして帝釈天のために広く無常の法を説くと、帝釈天は喜び、後に堂は以前と変わらず、灰や煙の跡もありませんでした。また、網袋に五百羅漢を入れた話は、前に述べたとおりです。

如來梵聲深遠，遠聽如佛邊不異，目連欲知佛聲遠近，極去遠遠猶如近聞，仍用神力飛過西方恒河沙土，聞釋師子聲如本不異，去去不已，神力盡身疲，正值他方大眾共食，仍息鉢緣上經行，彼人驚怪：「此人頭蟲從何處來？」彼佛言：「此是東方無量佛土有佛名釋尊，神足第一弟子，尋聲極此，非蟲也。」《涅槃》云：佛求侍者，心在阿難，如東日照西璧云云。

> 如来の梵声は深遠にして、遠くに聞こえても仏のそばで聞くのと変わらない。目連は仏の声の遠近を知ろうとし、極限まで遠くへ行っても、まるで近くで聞くかのようであった。そこで神通力を使って西方の恒河の砂の数ほどの国土を飛び越えても、釈迦獅子の声は元のまま変わらなかった。去り行くことやまず、神通力は尽き身は疲れ、たまたま他方の大衆が共に食事をしているところに至り、鉢の縁の上で経行して休んだ。彼らの人々は驚き怪しんで言った：「この頭虫はどこから来たのか？」彼の仏は言われた：「これは東方の無量の仏土に釈尊という仏がおられ、その神足第一の弟子が、声を尋ねてここまで来たのである。虫ではない。」『涅槃経』に云う：仏が侍者を求めた時、心は阿難にあり、東の日の光が西の壁を照らすが如し<note>云云</note>。

約教論神通者，依四禪十四變化，依觀練熏修十一切無漏事禪，能作十八變，此即初教中神通。依空起慧，以空慧心修諸神通，即通教中神通。次第依三諦習得神通，展轉深入過於二乘，即別教神通。依於實相所得神通，不以二相見諸佛土，從真起應不動真際遍十法界，是則圓教神通云云。往昔曾助辟支佛，剃頭、浣染、縫袈裟，發願得神通云云。

> 神通について教えを説くならば、四禅と十四の変化に依り、観・練・熏・修の十一切無漏事禅に依って、十八種の神通変化を行うことができる。これが初めの教えにおける神通である。 空に依って智慧を起こし、空の智慧の心をもって諸々の神通を修めるならば、それは通教における神通である。 次第に三諦に依って神通を習得し、転々と深く入って二乗を超えるならば、それは別教の神通である。 実相に依って得る神通は、二つの相をもって諸仏の国土を見ることなく、真実より応化を起こして真際を動かさずに十法界に遍く。これが円教の神通である<note>云云</note>。 昔、辟支仏を助け、頭を剃り、衣を洗い染め、袈裟を縫い、神通を得ることを願った<note>云云</note>。

本迹者，本住真際首楞嚴定，能於一念遍應十方，種種示現施作佛事；以慈悲故，迹為五味神通，引令入極云云。

> 本とは、真実の境地である首楞厳定に安住し、一瞬のうちに十方世界に遍く応じ、様々な姿を示して仏のわざをなすことをいう。一方、迹とは、慈悲ゆえに五時の教えや神通をもって衆生を導き、究極の境地へと入らせる方便を指す<note>云云</note>。

觀心者，觀於一心欻有一切心，觀一切心倏無諸心，心無有無，通至實相，即神通觀也。

> 心を観るとは、一つの心の中に忽然とすべての心が現れるのを観じ、すべての心がたちまちにして諸々の心が消え去るのを観じることです。心には有も無もなく、実相に通じる。これが神通観です。

「摩訶迦栴延」，此翻為文飾，亦肩乘，人云字誤，應言扇繩，亦好肩，亦名柯羅，柯羅此翻思勝，皆從姓為名。《增一阿含》云：「善分別義敷演道教者，迦栴延最第一。」如《長阿含》云：「有外道執斷見謂無他世，凡有十番問答。外道言：『無有他世。』答言：『今之日月為天為人？為此世他世耶？若無他世，則無明日。』又問：『我見人死不還，云何說其受苦，故知無他世。』答云：『如罪人被駐，寧得歸不？』又問：『若生天，何故不歸？故知無他世。』答云：『如人墮廁得出，寧肯更入廁不？又天上一日當此百年，生彼三五日，未遑歸心，設有歸者而汝已化，寧得知之？』又問：『我鑊煮罪人，密蓋其上，伺之，不見神出故，知無他世。』答云：『汝晝眠時，傍人在邊，見汝神出不？』又問：『我剝死人皮，臠肉、碎骨，求神不得故，知無他世。』答云：『如小兒析薪，寸寸分裂求火，寧有可得不？』又問：『我秤死人更重，若神去應輕，若無神去，則無他世。』答云：『如火與鐵合鐵則輕，鐵失火則重，人生有神則輕，死失神則重。』又問：『我見臨死人，反轉求神不得故，知無他世。』答云：『如人反轉求於貝聲，寧得聲耶？』又問：『汝雖種種破，我執此甚久而不能捨。』答云：『如人採穭，初見麻取麻，次捨麻取麻皮，次捨麻皮取縷，次捨縷取布，次捨布取絹，次捨絹取銀，次捨銀取金，捨劣取勝，云何不能捨？』又問：『非但我如是說，諸人亦如是說，云何謂我為非？』答云：『兩商人逢鬼，鬼為人像，語言：「前路豐米足草，載之何為？」一商人便棄，前路人牛皆飢，遂為鬼所噉；一商人云：「若得新米草，可棄故米草。」人牛皆不為鬼所食。諸人妄說如鬼誑言，汝不納我言，如棄故米草，今既得新何不棄故？』又問：『我不能捨，勸我則瞋。』答曰：『汝如養猪人，路上遇糞，頭擎將還，在路逢雨，汁下污頭，傍人令棄，倒更瞋他，謂汝不養猪故令我棄，反瞋勸者。』如是番番析破廣演諸義，外道便伏而讚歎言：『尊者前說日月而我已解，欲聞智辯故番番執難。善哉！妙說。』」迦栴延善論義相亦復如是。

> 「摩訶迦旃延」は、これを「文飾」と訳します。また「肩乗」とも言い、人々は字の誤りと言い、正しくは「扇繩」とすべきだとします。また「好肩」とも呼ばれ、別名「柯羅」とも言います。柯羅は「思勝」と訳され、すべて姓から名を取ったものです。 『増一阿含経』には、「義をよく分別し、道教を敷演する者の中で、迦旃延が最も第一である」とあります。『長阿含経』には、次のような話があります。 ある外道が「断見」を執し、他世はないと主張しました。それについて十回の問答がありました。 外道が言いました。「他世はありません」 迦旃延は答えました。「今の日月は、天のものか、人のものか。この世のものか、他世のものか。もし他世がなければ、明日もありません」 また外道が尋ねました。「私は人が死んで戻らないのを見ます。どうして苦しみを受けると言えるのでしょうか。だから他世はないと知るのです」 迦旃延は答えました。「罪人が捕らえられたら、帰ることができるでしょうか」 また外道が尋ねました。「もし天に生まれたなら、なぜ帰ってこないのでしょうか。だから他世はないと知るのです」 迦旃延は答えました。「人が厠に落ちて出たとして、再び厠に入ろうとするでしょうか。また、天上の一日はこの世の百年に当たります。そこに生まれて三五日過ごすうちに、帰ろうという心も起こらないでしょう。仮に帰る者がいても、あなたはすでに亡くなっているでしょう。どうして知ることができるでしょうか」 また外道が尋ねました。「私は罪人を釜で煮て、密かに蓋をし、様子を見ましたが、魂が出るのを見ませんでした。だから他世はないと知るのです」 迦旃延は答えました。「あなたが昼寝をする時、そばにいる人は、あなたの魂が出るのを見ますか」 また外道が尋ねました。「私は死人の皮を剥ぎ、肉を切り、骨を砕いて魂を探しましたが、見つかりませんでした。だから他世はないと知るのです」 迦旃延は答えました。「子供が薪を割り、寸寸に裂いて火を探しても、得られるでしょうか」 また外道が尋ねました。「私は死人を秤にかけると、より重くなります。もし魂が去ったなら軽くなるはずです。魂が去らないなら、他世はありません」 迦旃延は答えました。「火と鉄が合わされば鉄は軽くなり、鉄が火を失えば重くなります。人が生きて魂があれば軽く、死んで魂を失えば重くなるのです」 また外道が尋ねました。「私は臨終の人を見て、反転して魂を探しましたが見つかりませんでした。だから他世はないと知るのです」 迦旃延は答えました。「人が反転して貝の音を探しても、音は得られるでしょうか」 また外道が言いました。「あなたは様々に私の説を破りますが、私はこれを長く執着して捨てられません」 迦旃延は答えました。「人が麻を採る時、初めは麻を取り、次に麻を捨てて麻の皮を取り、次に麻の皮を捨てて糸を取り、次に糸を捨てて布を取り、次に布を捨てて絹を取り、次に絹を捨てて銀を取り、次に銀を捨てて金を取ります。劣ったものを捨てて勝れたものを取るのです。どうして捨てられないのでしょうか」 また外道が言いました。「私だけがこう言うのではなく、多くの人もこう言います。どうして私が間違っていると言うのですか」 迦旃延は答えました。「二人の商人が鬼に出会いました。鬼は人の姿をして言いました。『前の道には豊富な米と草がある。なぜそれを載せているのか』一人の商人はすぐに捨てました。前の道で人も牛も飢え、遂に鬼に食われてしまいました。もう一人の商人は言いました。『もし新しい米と草が得られるなら、古い米と草を捨てよう』人も牛も鬼に食われることはありませんでした。多くの人の妄説は、鬼が欺く言葉のようなものです。あなたは私の言葉を受け入れず、古い米と草を捨てようとしません。今新しいものが得られるのに、なぜ古いものを捨てないのですか」 また外道が言いました。「私は捨てられません。勧められると怒ります」 迦旃延は答えました。「あなたは豚を飼う人のようです。道で糞に出会い、頭に載せて帰ろうとします。道で雨に遭い、汁が頭に垂れて汚れます。傍の人が捨てるよう勧めると、逆に怒って、『あなたは豚を飼わないから私に捨てさせようとする』と言い、勧める者に逆らって怒るのです」 このように、何度も分析し破り、広く諸義を説き明かすと、外道はついに降伏して讃嘆し言いました。「尊者、初めに日月について説かれましたが、私はすでに理解しました。智弁を聞きたくて何度も難問を執したのです。善い哉、妙なる説き方です」 迦旃延はこのように、論義の相を善くするのでした。

律中云：「善能教化歸戒，令屠受夜戒，婬者受晝戒，後受報時各於晝夜見前樂相云云。」又世典婆羅門，語五百釋：「能與我論不？」五百釋言：「有瞿蜜釋，國中無黠無聞言語醜拙；有周利槃特，於出家中亦為下者。汝能與此二人論勝者，我與汝能名。」世典思惟：「勝此二人無足可尚，脫不如者甚為屈辱。」後時於路遇槃特，問：「何名？」答：「汝當問義，何勞問名？」又問：「汝能與我論義耶？」答：「我能與梵王論，況汝盲無目者乎？」又問：「盲即無目，無目即盲，豈非煩重？」周利作十八變，即云：「此人但能飛變，更不解義。」迦旃延天耳遙聞，即隱槃特，示身如彼，從空而下問：「汝字何等？」答：「字男丈夫。」又問：「男即丈夫，丈夫即男，豈非煩重？」世典答：「止！止！置此雜論，可論深義。」問：「頗不依法，得涅槃耶？」答：「不依五陰法，能得涅槃。」又問：「五陰依何生？」答：「因愛生。」又問：「云何斷愛？」答：「依八正道即能斷愛。」世典聞此遠塵離垢。例皆如此。

> 律典の中にこうあります。「巧みに教化して戒めに帰依させ、屠殺する者には夜の戒めを授け、淫らな者には昼の戒めを授ける。後に報いを受ける時、それぞれ昼夜に応じて目の前に楽の相が見える<note>云云</note>。」 また、世典婆羅門が五百人の釈迦族に言いました。「私と論議ができるか？」五百人の釈迦族は答えました。「瞿蜜釈という者がいるが、国中で最も愚かで聞くところがなく、言葉も醜く拙い。また周利槃特という者がいるが、出家の中でも最も下の者だ。もし汝がこの二人に論議で勝つことができれば、我々は汝に『能ある者』の名を与えよう。」 世典は思いました。「この二人に勝っても何の誉れにもならず、もし負ければ大いに屈辱だ。」 その後、道で槃特に出会い、尋ねました。「何という名か？」槃特は答えました。「汝は義を問うべきであって、名を問う労をかける必要はない。」また尋ねました。「汝は私と論議ができるか？」槃特は答えました。「私は梵天王とも論議できる。ましてや汝のような盲目の者など問題ではない。」世典はまた尋ねました。「盲目とは目がないことであり、目がないとは盲目のことだ。これは煩雑な重複ではないか？」 周利槃特は十八変を現じ、世典は言いました。「この人はただ飛んだり変化したりするだけで、さらに義を理解していない。」 迦旃延が天耳で遠くからこれを聞き、すぐに槃特を隠し、彼のように姿を現して空から降りてきて尋ねました。「汝の名は何というか？」世典は答えました。「名は男丈夫という。」迦旃延は尋ねました。「男とは丈夫であり、丈夫とは男である。これは煩雑な重複ではないか？」世典は答えました。「止まれ、止まれ。この雑論は置いておき、深い義を論じよう。」そして尋ねました。「法に依らずして涅槃を得ることはあるか？」迦旃延は答えました。「五陰の法に依らずして、涅槃を得ることができる。」また尋ねました。「五陰は何に依って生じるか？」答えました。「愛によって生じる。」また尋ねました。「どのようにして愛を断つか？」答えました。「八正道に依って愛を断つことができる。」 世典はこれを聞いて、塵を遠ざけ垢を離れました。すべてこのような例です。

約教論義者，依無常、苦、空、無我，破斷常見等，是初教論義。依空、無所有、不可得，破斷常愛見者，通教論義，故天女云：「我無所得故辯如此。」依總持四辯，觀機照假以藥逗病，破斷常見者，是別教論義相。依實相畢竟不有不無，破斷常見者，是圓教論義。

> 教えについて論じる者たちは、無常・苦・空・無我に依って、断見や常見などを破る。これが初めの教えの論議である。 空・無所有・不可得に依って、断常の愛見を破る者は、通教の論議である。ゆえに天女は言う、「私は無所得であるがゆえに、このように弁じる」と。 総持と四弁に依り、機根を観て仮に照らし、薬をもって病に応じ、断常の見を破る者は、別教の論議の相である。 実相は畢竟として有らず無からず、これに依って断常の見を破る者は、円教の論議である。

約本迹者，本住福德、智慧二種莊嚴，能問能答；為愍眾生，迹為五味論義師耳。

> そもそも、本迹とは何か。本来の姿は福徳と智慧の二種の荘厳に住し、問うことも答えられることも自在である。しかし、衆生を憐れむがゆえに、方便として五味の論義師となって現れるのである。

觀心者，觀智研境，境發於智，智境往復，即觀心論義也。

> 観心とは、智慧が対象を観察し、対象が智慧を引き出し、智慧と対象が行き交うこと、これが観心の論理です。

「阿㝹樓馱」，亦云阿那律，亦阿泥盧豆，皆梵音奢切耳，此翻無貧，亦如意，亦無獵，名也。昔於饑世，贈辟支佛稗飯，獲九十一劫果報充足，故名無貪。

> 阿㝹楼馱は、また阿那律とも、阿泥盧豆とも言います。いずれも梵語の発音の違いによるものです。これは「無貧」と訳され、「如意」や「無獵」とも呼ばれます。名前の由来は、昔、飢饉の時代に辟支仏に稗の飯を施し、その功徳によって九十一劫もの間、果報に恵まれ、不足することがなかったため、「無貧」と名付けられました。

姓者，劫初大水風吹結構以成世界，光音天命盡，化生為人，身有光、飛而行，歡喜為食，無男女尊卑，眾共生中呼為眾生。自然地味，味如醍醐，色如生蘇，甜如蜜。多食失光，憔悴不能飛，少食者猶光澤，便有勝負，遂相是非，致失地味，食自然地皮。轉相輕慢，失皮食地膚。轉生諸惡，失膚食自然粳米。食米則男女根生，遂為夫婦。羞故造舍多儲取米，後米生糠𥢶，刈已不生，枯株現，更相盜奪，遂立一平能者，為田主，理諍訟，是為民主。民主有子名珍寶，珍寶有子名好味。始自民主草創之後，金輪相繼，迄至善思，從懿摩至淨飯，四世是鐵輪，合有八萬四千二百一十王。《十二遊經》云：「久遠劫有王，早失父母，以國付弟，事一婆羅門。婆羅門言：『汝當解王衣體瞿曇姓。』因而從之，時人號為小瞿曇，住甘蔗園。賊盜他物從園過，捕賊尋迹執小瞿曇，木貫射之，血流污地。大瞿曇悲哀，收血土，還園器盛，置左右呪之：『此瞿曇若誠心，天神變血為人。』逕十月，左為男，右為女，從是姓瞿曇。」瞿曇此言純淑，亦名舍夷，舍夷者，貴姓也。

> 姓とは、劫の初め、大水と風が吹き交わって世界を構成し、光音天の命が尽き、化生して人となりました。その身には光があり、飛んで行き、歓喜を食とし、男女や尊卑の別はなく、多くの者が共に生きる中で衆生と呼ばれました。自然に地の味が現れ、その味は醍醐のようで、色は生蘇のよう、甘さは蜜のようでした。多く食す者は光を失い、憔悴して飛べなくなり、少食の者はなお光沢があり、そこに勝ち負けが生じ、やがて互いに是非を争い、地の味を失い、自然の地の皮を食すようになりました。互いに軽んじ侮るようになり、皮を失い地の膚を食しました。次第に諸々の悪が生じ、膚を失い自然の粳米を食しました。米を食すると男女の根が生じ、やがて夫婦となりました。恥じて家を造り、多くの米を蓄えましたが、後に米には糠と殻が生じ、刈り取っても生えず、枯れた株が現れ、互いに盗み奪い合うようになり、遂に一人の公平で有能な者を立て、田主とし、争い事を裁きました。これが民主です。民主には珍宝という子がおり、珍宝には好味という子がいました。民主の草創から始まり、金輪王が相継ぎ、善思に至り、懿摩から浄飯まで、四世は鉄輪王で、合わせて八万四千二百十王ありました。《十二遊経》にはこうあります。「久遠の劫に一人の王がおり、早くに父母を失い、国を弟に託し、一人の婆羅門に仕えました。婆羅門は言いました。『汝は王の衣を解き、瞿曇姓を名乗るがよい。』それに従い、当時の人々は彼を小瞿曇と呼び、甘蔗園に住まいました。賊が他人の物を盗んで園を通り過ぎ、賊を捕らえようと跡を尋ねて小瞿曇を捕らえ、木に貫いて射かけ、流れる血が地を汚しました。大瞿曇は悲しみ、血のついた土を集め、園に持ち帰り器に入れ、左右に置いて呪いました。『この瞿曇に誠心あらば、天神よ血を人に変え給え。』十月を経て、左からは男が、右からは女が生まれ、これより姓を瞿曇としました。」瞿曇とは純粋で淑やかなことを意味し、また舎夷とも名付けられました。舎夷とは、貴い姓のことです。

仁賢劫初，當寶如來出世時，瞿曇識神始託生。若尋此意，民主已來即姓瞿曇，從懿摩王四子，一面光、二象食、三路指、四莊嚴，被猜徙雪山北直樹林中，國人樂從者如市，欝為彊國，父王歎曰：「我子有能。」四子因此為姓。又其地釋迦樹甚茂，此翻直林，既於林立國，即以林為姓。外國語多含，釋迦亦直、亦能，今淨飯所承，承莊嚴王後，莊嚴即是烏頭，烏頭生烏頭羅，烏頭羅生尼求羅，尼求羅生尸休羅，尸休羅即師子頰，師子頰生三飯，斛飯二子，長名摩訶男，季阿那律，乃是淨飯王之姪兒，斛飯王之次子，世尊之堂弟，阿難之從兄，羅云之叔，非聊爾人也。故周公歎曰：「我是文王之子，武王之弟，成王之叔，於天下非賤人也，而沐三握，餐三吐，禮賢尚爾，況餘人乎？」

> 仁賢劫の初め、宝如来が世に出られた時、瞿曇の識神が初めて託生した。この意味を尋ねれば、民主の時代以来、姓は瞿曇であった。懿摩王の四子、一面光、二象食、三路指、四荘厳は、猜疑を抱かれ雪山の北、直樹林の中に移された。国人が従うことを喜ぶ者は市の如く、盛んに強国となった。父王は嘆じて言われた：「我が子に能あり。」四子はこれにより姓とした。またその地は釈迦樹が甚だ茂り、これは直林と訳される。既に林の中に国を立てたので、林を以て姓とした。外国語は多く含み、釈迦もまた直であり、能でもある。今、浄飯王が継承するのは、荘厳王の後を承けており、荘厳は即ち烏頭である。烏頭は烏頭羅を生み、烏頭羅は尼求羅を生み、尼求羅は尸休羅を生み、尸休羅は即ち師子頰である。師子頰は三飯を生み、斛飯の二子、長男は摩訶男、末子は阿那律、これらは浄飯王の甥、斛飯王の次男、世尊の従弟、阿難の従兄、羅云の叔父であり、並みの人物ではない。故に周公は嘆じて言われた：「私は文王の子、武王の弟、成王の叔父であり、天下において賤しい者ではない。それでも三度髪を握り、三度食事を吐き出し、賢者を礼遇するのは尚おこのようである。ましてや他の人々においてはどうであろうか？」

《賢愚經》云：「弗沙佛末法時世饑饉，有支佛名利吒，行乞空鉢無獲，有一貧人見而悲悼，白言：『勝士能受稗不？』即以所噉奉之。食已，作十八變。後更採稗，有兔跳抱其背，變為死人，無伴得脫。待闇還家，委地即成金人，拔指隨生，用脚更出，取之無盡。惡人、惡王欲來奪之，但見死尸，而其所覩純是金寶，九十一劫果報充足，故號無貧。其生已後，家業豐溢，日夜增益，父母欲試之，蓋空器皿往送，發看百味具足。而其門下日日常有一萬二千人，六千取債，六千還直。出家已後，隨所至處人見歡喜，欲有所須，如己家無異。」

> 『賢愚経』に説かれています。 「弗沙仏の末法の時代、世は飢饉に見舞われていました。辟支仏（縁覚）の利吒という方が托鉢をされましたが、鉢は空のままで何も得られませんでした。一人の貧しい人がこれを見て深く哀れみ、『尊き方、ヒエをお受け取りになりますか？』と申し上げ、自分が食べようとしていたものを捧げました。食事を終えられると、利吒は十八の神通変化を示されました。 その後、その貧しい人が再びヒエを採りに行くと、一羽の兎が跳ねてきて彼の背中に抱きつき、やがて死人の姿に変わりました。誰もいないうちにその姿は消え、暗くなるのを待って家に帰ると、地面に置いたその死人（の姿）はたちまち金の人形となりました。指を抜けばまた生え、足で触れればさらに出てくるというように、尽きることなく取り出すことができました。悪人や悪王が奪おうとやって来ても、彼らにはただの死体に見えるだけで、その貧しい人が見るのは純粋な金の宝ばかりでした。九十一劫にわたって果報は満ち足り、故に『無貧（貧しきこと無し）』と称されました。 その生まれ変わり（＝阿那律尊者）の後、家業は豊かに溢れ、日増しに増えていきました。両親が試そうと、空の器に蓋をして届けさせると、開けてみれば百の味が揃っていました。また、その門下には毎日一万二千人の人々が訪れ、六千人が借りを受け、六千人が返済をしていました。 出家された後も、行く先々で人々は喜んでお迎えし、必要なものがあれば、まるで自分の家と変わらないように供養されました。」

阿那律精進，七日七夜眼睫不交，眠是眼食，既七日不眠，眼則喪睛。失肉眼已，佛令求天眼，繫念在緣，四大淨色半頭而發，徹障內外，明闇悉覩，對梵王曰：「吾見釋迦大千世界如覩掌果。」《增一》云：「我佛法中，天眼徹視者，阿那律比丘第一。」那律既失肉眼，佛與諸比丘恒為裁縫，佛在舍衛拘薩羅窟，佛與八百比丘集，為阿那律作三衣，佛自為舒張，諸比丘截者縫者，一日即成。佛廣為說出家受衣，進止共俱，無量人得道。

> 阿那律は精進に励み、七日七夜、まつげを一度も合わせず眠らなかった。眠りは目にとっての食事のようなもの。七日間も眠らなかったので、目は光を失ってしまった。肉眼を失った後、仏は彼に天眼を求めさせ、心を一つの対象に集中させた。すると、四大の清浄な色が頭の半分から発し、あらゆる障壁を貫き、内外を照らし、明暗をすべて見通すことができた。梵天王に向かってこう言った。「私は釈迦の大千世界を、掌の上の果物を見るように見ることができます」『増一阿含経』にはこうある。「わが教えの中で、天眼で徹して見る者、阿那律比丘が第一である」と。 阿那律が肉眼を失った後、仏と諸比丘は常に彼のために衣を縫ってくれた。仏が舎衛城の拘薩羅窟におられた時、八百人の比丘が集まり、阿那律のために三衣を作った。仏自らが布を広げ、比丘たちが裁断し縫い上げ、一日で完成した。仏は広く出家と衣の受け方について説き、行動を共にし、無数の人々が悟りを得た。

約教者，依禪定發天眼，凡夫、外道也；依無漏事禪發天眼，三藏義。依體法無漏慧發諸行，依諸行發天眼，通教意。依散善發肉眼，依定發天眼，依真發慧眼，依俗發法眼，依中發佛眼，別教意。依實相發天眼，天眼即佛眼，圓教意。又依散善修肉眼，依定修天眼，三藏意。依空修肉眼天眼，是通意。次第修五眼，是別意。不次第修五眼，是圓意。

> 教えの約束によれば、禅定によって天眼を発するのは、凡夫や外道である。無漏の事禅によって天眼を発するのは、三蔵の教義である。体法の無漏慧によって諸行を発し、諸行によって天眼を発するのは、通教の意である。散善によって肉眼を発し、定によって天眼を発し、真によって慧眼を発し、俗によって法眼を発し、中によって仏眼を発するのは、別教の意である。実相によって天眼を発し、天眼すなわち仏眼であるのは、円教の意である。 また、散善によって肉眼を修め、定によって天眼を修めるのは、三蔵の意である。空によって肉眼・天眼を修めるのは、通教の意である。次第に五眼を修めるのは、別教の意である。次第を超えて五眼を修めるのは、円教の意である。

本迹者，本住實相真天眼，不以二相見諸佛國；迹示半頭天眼。

> 本とは、真実の姿に住む真の天眼であり、二つの相によって諸仏の国を見ることはない。迹とは、半分の天眼を示すものである。

觀心者，觀因緣生善心，即肉眼；觀因緣生心空，即天眼；觀因緣生心假，即法眼；即中即佛眼云云。

> 心を観るとは、因縁によって善き心が生じるのを観ることであり、これが肉眼である。 因縁によって生じた心が空であることを観ることであり、これが天眼である。 因縁によって生じた心が仮のものであることを観ることであり、これが法眼である。 そして、そのまま中道であり、これが仏眼である。

「劫賓那」者，此翻房宿音秀，父母禱房星感子故，用房星以名生身也。是比丘初出家未見佛，始向佛所，夜值雨，寄宿陶師房中，以草為座。晚又一比丘亦寄宿，隨後而來，前比丘即推草與之，在地而坐。中夜相問：「欲何所之？」答：「覓佛。」後比丘即為說法，辭在《阿含》可撿取，豁然得道。後比丘即是佛也。共佛房宿音夙，得見法身，從得道處為名，故言劫賓那。毘沙門持蓋隨賓那後，毘沙門是宿主，主既侍奉星宿亦然。此比丘善占星宿，明識圖像，從解得名，名劫賓那。《增一阿含》云：「我佛法中，善知星宿日月者，劫賓那比丘第一。」

> 「劫賓那」とは、これは「房宿」と訳されます<note>音は「秀」</note>。両親が房星に祈願して授かった子であるため、房星にちなんで名付けられました。この比丘は、出家したばかりでまだ仏陀に会ったことがなく、初めて仏陀のもとへ向かう途中、夜に雨に遭い、陶工の家の部屋に宿を借り、草を敷いて座りました。その後、もう一人の比丘も同じく宿を借りに、後からやって来ました。先にいた比丘は、すぐに敷いていた草を譲り、自分は地面に座りました。夜中に互いに尋ね合い、「どこへ行くのか？」と問うと、「仏陀を探している」と答えました。後から来た比丘はすぐに説法を始め、その言葉は『阿含経』にあり、調べることができます。彼はたちまち悟りを得ました。後から来た比丘こそが仏陀だったのです。仏陀と共に部屋に宿泊し<note>音は「夙」</note>、法身を見ることができ、悟りを得た場所にちなんで名付けられたため、「劫賓那」と言います。毘沙門天が傘を持って賓那の後ろに従いました。毘沙門天は宿主であり、主君が仕え奉るように、星宿もまた同じです。この比丘は星宿をよく占い、図像を明らかに識別し、その理解から名を得て、劫賓那と名付けられました。『増一阿含経』にはこうあります。「我が法の中において、星宿や日月をよく知る者は、劫賓那比丘が第一である」と。

約教者，析破根塵之舍，同佛棲真諦之房，是三藏意。體達根塵，即共如來同宿真諦之房，是通教意。分別十法界根塵房舍，悉得見佛，是別教意。於一根塵房舍，即見一切房舍，見一切佛，即圓教意。

> 約教とは、根と塵の家を破り、仏と共に真諦の部屋に住むこと、これが三蔵の意である。根と塵を体得すれば、如来と共に真諦の部屋に宿る、これが通教の意である。十法界の根と塵の家を分別し、すべてにおいて仏を見る、これが別教の意である。一つの根と塵の家において、すべての家を見、すべての仏を見る、これが円教の意である。

約本迹者，本與如來同棲實相，迹示諸房宿耳。

> 本とは如来と共に実相に住み、迹は諸々の房舎に宿ることを示すに過ぎない。

觀心者，觀五陰舍析空即空，與化佛同宿；觀五陰舍即假，與報佛同宿；觀五陰舍即中，與法佛同宿云云。

> 心を観るとは、五陰の家を観じて析空即空とすれば、化仏と共に宿る。五陰の家を観じて即仮とすれば、報仏と共に宿る。五陰の家を観じて即中とすれば、法仏と共に宿る<note>云々</note>。

## 妙法蓮華經文句卷第一下

> 妙法蓮華経文句 巻第一 下