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title: "法句譬喻經 · 30 地獄品"
description: "法句譬喻经由西晋僧人法炬与法立共同译出。该经属于早期汉语佛典，在佛教初传中土的两晋时期，为帮助信众理解佛法精义而译。其内容主体为法句经偈颂，并附有譬喻故事，以生动事例阐释佛理，深入浅出。此经在汉传佛教中具有重要地位，是了解早期佛教思想与实践的宝贵文献，对佛教中国化进程及民间弘法产生了深远影响。"
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### 法句譬喻經地獄品第三十

> 法句譬喻経 地獄品 第三十

昔舍衛國有婆羅門師，名富蘭迦葉，與五百弟子相隨，國王人民先共奉事。佛初得道與諸弟子從羅閱祇至舍衛國，身相顯赫道教弘美，國王中宮率土人民莫不奉敬。於是富蘭迦葉起嫉妬意，欲毀世尊獨望敬事，即將弟子見波斯匿王而自陳曰：「吾等長老先學國之舊師，沙門瞿曇後出求道，實無神聖自稱為佛。而王捨我欲專奉之，今欲與佛捔試道德，知誰為勝？勝者王便終身奉之。」王言：「大善！」王即嚴駕往到佛所，禮畢白言：「富蘭迦葉欲與世尊捔盡道力現神變化，不審世尊為可爾不？」佛言：「大佳。」結期七日當捔變化，王於城東平廣好地立二高座，高四十丈七寶莊校，施設幢幡整頓座席，二座中間相去二里，二部弟子各坐其下，國王群臣大眾雲集，欲觀二人捔其神化。於時迦葉與諸弟子先到座所登梯而上，有鬼神王名曰般師，見迦葉等虛妄嫉妬，即起大風吹其高座，坐具顛倒幢幡飛揚，雨沙礫石眼不得視；世尊高座淡然不動。佛與大眾庠序而來，方向高座忽然已上，眾僧一切寂然次坐。王及群臣加敬，稽首白佛言：「願垂神化厭伏邪見，并令國人明信正真。」於是世尊即於座上㸌然不現，即昇虛空奮大光明，東沒西現四方亦爾，身出水火上下交易，坐臥空中十二變化，沒身不現還在座上，天龍鬼神華香供養，讚善之聲震動天地。富蘭迦葉自知無道，低頭慚愧不敢舉目。於是金剛力士舉金剛杵，杵頭火出以擬迦葉：「何以不現卿變化乎？」迦葉惶怖投座而走，五百弟子奔波迸散。世尊威顏容無欣慼，還到祇樹給孤獨園，國王群臣歡喜辭退。

> 昔々、舎衛国にバラモンの師である富蘭迦葉（ふらんかしょう）という者がおりました。彼は五百人の弟子を従え、国王や民衆から以前から崇められていました。 釈尊が悟りを開き、バラモンたちと共に羅閲祇（らえつぎ）から舎衛国へやって来られた時、その荘厳なお姿と広大で素晴らしい教えに、国王や后妃、国中の民が皆、敬い従いました。 そこで富蘭迦葉は嫉妬の心を起こし、世尊を陥れて自分だけが敬われたいと考え、弟子を連れて波斯匿王（はしとくおう）のもとへ行き、こう申し立てました。 「我々は古くからの国の師であり、先に学問を修めた者です。沙門ゴータマは後から悟りを求めた者で、神聖な力もないのに自らを仏と称しています。それなのに王は我々を捨てて彼ばかりを敬われようとされています。今、彼と道の力を競い、どちらが勝るか決めましょう。勝った方を王が終生お慕いください。」 王は「それは良い」とお答えになり、車を整えて仏のもとへ向かわれました。礼を終え、王は申し上げました。「富蘭迦葉が世尊と道の力尽くし、神通変化を現して勝負したいと申しております。世尊がお許しになられますか？」 仏は「それは大変良い」とお答えになりました。七日後に神通変化を競うことと定められました。王は城の東にある平らで広い土地に二つの高座を設けさせました。高さは四十丈（約百二十メートル）、七宝で飾り立て、幢幡（どうばん）を立て座席を整え、二つの高座の間は二里（約八百メートル）離れていました。二派の弟子たちはそれぞれその下に座り、国王や群臣、大衆が雲のように集まって、二人の神通変化を見ようとしました。 その時、迦葉は弟子たちと共に先に座所に到着し、梯子を登って上りました。すると、般師（はんし）という鬼神王が、迦葉たちの虚偽と嫉妬を見て、大風を起こしその高座を吹き飛ばしました。座具は転がり、幢幡は舞い上がり、砂利が雨のように降り注ぎ目も開けられません。しかし、世尊の高座は微動だにしませんでした。仏は大衆と共に悠然と歩み寄られ、高座に向かわれると忽然と既に上におられ、僧たちは皆静かに次々と座られました。 王や群臣はますます敬意を表し、礼をして仏に申し上げました。「どうか神通力をお示しになり、邪見を抑え、国中の人々に正しい教えを明らかにお示しください。」 すると世尊は座から忽然と姿を消され、虚空に昇って大きな光明を放ち、東に消え西に現れ、四方にも同様に出現されました。身体から水火を出し、上下に入れ替え、虚空に座ったり横になったり、十二の変化を示されました。そして姿を隠して座に戻られました。天竜鬼神は花や香を捧げ賛嘆し、その声は天地を震わせました。 富蘭迦葉は自分の無道を悟り、うつむいて恥じ入り、目を上げることさえできませんでした。その時、金剛力士が金剛杵を掲げ、その先から火を出して迦葉に向けて言いました。「なぜお前は自分の変化を見せないのか？」 迦葉は恐怖のあまり座を投げ出して逃げ去り、五百人の弟子たちも散り散りに逃げていきました。世尊は、そのお顔に喜びも悲しみも見せず、祇樹給孤独園に戻られました。国王や群臣は喜び、礼をして退出しました。

於是富蘭迦葉與諸弟子受辱而去，去至道中逢一老優婆夷，字摩尼，逆罵之曰：「卿等群愚不自忖度，而欲與佛比捔道德，狂愚欺誑不知羞恥，亦可不須持此面目行於世間也。」富蘭迦葉羞諸弟子至江水邊，誑諸弟子：「我今投水必生梵天，若我不還則知彼樂。」諸弟子待之不還，自共議言：「師必上天我何宜住？」一一投水冀當隨師，不知罪牽皆墮地獄。

> そこで、富蘭那迦葉（ふらんなかしょう）は弟子たちと共に辱められて立ち去り、その途中で一人の年老いた優婆夷（うばい）に出会いました。その名を摩尼（まに）といい、彼らに向かって罵りました。「お前たち愚か者どもは、自分の実力も考えずに仏と道徳を競い合おうなどとは、狂ったように愚かで人を欺き、恥を知らぬとは、まさにその顔を世間にさらして歩く価値もない。」富蘭那迦葉は弟子たちと共に恥じ入り、川辺に至って弟子たちを騙しました。「私は今、身を投げて必ず梵天（ぼんてん）に生まれ変わろう。もし私が戻ってこなければ、その楽しみを知るがよい。」弟子たちは彼が戻らないのを待ち、互いに話し合いました。「師はきっと天に昇られたのだ。我々はなぜここに留まるべきだろう？」そして一人また一人と身を投げ、師に従おうとしましたが、罪に引き寄せられて皆、地獄に落ちてしまいました。

後日國王聞其如此，甚驚怪之，往到佛所白佛言：「富蘭迦葉師徒迷愚，何緣乃爾？」佛告王曰：「富蘭迦葉師徒重罪有二：一者三毒熾盛自稱得道，二者謗毀如來欲望敬事。以此二罪應墮地獄，殃咎催逼使其投河，身死神去受苦無量。是以智者守攝其心，內不興惡外罪不至。譬如邊城與寇連接，守備牢固無所畏懼，內人安隱外寇不入，智者自護亦復如是。」

> 後日、王がそのことを聞くと、非常に驚き怪しみ、仏のもとへ行って申し上げました。「富蘭迦葉（ふらんかしょう）の師弟たちは愚かで迷っておりましたが、どうしてこのようなことになったのでしょうか？」 仏は王に告げられました。「富蘭迦葉の師弟たちには二つの重い罪がありました。第一に、三毒（貪・瞋・痴）が盛んであるのに自ら悟りを得たと称したこと。第二に、如来を誹謗して尊敬と供養を望んだこと。この二つの罪によって地獄に堕ちるべきところ、その罪の報いが迫り、彼らを川に投身させたのです。身は死に、神（意識）は去り、限りない苦しみを受けています。それゆえに、賢者は心をしっかりと守り、内に悪を起こさなければ、外からの罪も及ばないのです。例えば、国境の城が賊と接していても、守備がしっかりしていれば何の恐れもなく、城内の人々は安らかで、外の賊は侵入できません。賢者の自らの守りも、またこのようなものです。」

於是世尊即說偈言：

> そこで世尊はすぐに偈を説かれた。

「妄證求賂行已不正，怨譖良人以枉治世，罪牽斯人自投於坑。如備邊城中外牢固，自守其心非法不生，行缺致憂令墮地獄。」

> 「間違った悟りを求めて賄賂を取り、行いが正しくない。 恨みや中傷で善良な人を陥れ、不当な方法で世の中を治める。 罪の行いがその人を自らの穴へと落とし込む。 まるで国境の城が内外とも堅固に守られているように、 自らの心をしっかりと守れば、法にかなわないことは起こらない。 しかし行いに欠陥があると悩みを招き、地獄に落ちてしまう。」

佛說偈已重告王曰：「乃往昔時有二獼猴王，各主五百獼猴。一王起嫉妬意欲殺一王，規圖獨治，便往共鬪，數數不如羞慚退去。到大海邊海曲之中，有水聚沫風吹積聚高數百丈，獼猴王愚癡謂是雪山，語群輩言：『久聞海中有雪山，其中快樂甘菓恣口，今日乃見，吾當先往行視，若審樂者不能復還，若不樂者當來語汝。』於是上樹盡力跳騰，投聚沫中溺沒海底。餘者怪之不出，謂必大樂，一一投中斷羣溺死。」佛告王曰：「爾時嫉妬獼猴王者，今富蘭迦葉是也：群輩者，今富蘭迦葉弟子五百人是也；彼一獼猴王者，我身是也。富蘭迦葉前世坐懷嫉妬，為罪所牽自投聚沫絕羣斷種，今復誹謗盡投江河，罪對使然累劫無限。」王聞信解作禮而去。

昔有七比丘入山學道，十二年中不能得道。自共議言：「學道甚難，毀形執節不避寒苦，終身乞食受辱難堪，道卒叵得罪難可除，唐自勞勤殞命山中，不如歸家修立門戶娶妻養子，廣為利業快心樂意。安知後事？」於是七人即起出山。佛遙知之應當得度，不忍小苦終墮地獄，甚可憐傷。佛即化作沙門往到谷口，逢七比丘，化人問曰：「久承學道，何以來出？」七人答言：「學道勤苦罪根難拔，分衛乞食受辱難堪，又此山中無供養者，璅璅積年恒守儉約，唐自困苦道不可得。且欲還家廣求利業，大作資財後老求道。」化沙門言：「且止且止！聽我所言。人命無常旦不保夕，學道雖難前苦後樂，居家艱難億劫無息，妻息會止願同安利，欲望永樂不遭患難，是猶治病服毒有增無損也。三界有形皆有憂惱，唯有信戒無放逸意，精進得道眾苦永畢。」

於是化沙門現佛身相，光像巍巍即說偈言：

> そこで、姿を変えた沙門（修行者）が仏の姿と相を現し、その光輝く姿は実に荘厳で、次のような偈（うた）を説かれました。

「學難捨罪難， 居在家亦難，會止同利難， 艱難無過有。比丘乞求難， 何可不自勉？精進得自然， 終無欲於人。有信則戒成， 從戒多致寶，亦從得諧偶， 在所見供養。一坐一處臥， 一行不放恣，守一以正心， 心樂居樹間。」

> 学びは難しく、罪を捨てるのはさらに難しい。家に住むこともまた難しい。 仲間と利益を分かち合うのは難しい。苦難の中でも、煩悩を持つことほど難しいものはない。 托鉢の修行僧であること自体が難しいのに、どうして自らを励まさずにいられようか？ 努力を続ければ自然と道は開け、結局は他人に何かを求める心はなくなる。 信仰があれば戒律は成就する。戒律により多くの宝が得られる。 また、戒律によって良き縁にも恵まれ、あらゆる場所で敬い供養される。 一つの座に、一つの場所に臥し、一つの修行に専念し、決して怠りなく、 ただ一つのことに心を正しく保つ。その心は安らかに樹々の間に住むのである。

於是七比丘見佛身相，又聞此偈慚怖戰慄，五體投地稽首佛足，攝心悔過作禮而去，還入山中殞命精進，思惟偈義，守一正心閑居寂滅，得羅漢道。

> さて、七人の比丘たちは仏の御姿とその相好を見て、さらにこの偈を聞き、慚愧と畏怖に心を震わせた。彼らは五体を地に投げうって仏の足に頭をすり寄せ、心を静めて懺悔し礼拝を終えると、山の中へ戻っていった。そこに命を懸けて精進し、偈の意味を思惟して、心を一つの正しさに保ち、閑かに寂静の境地に住した。そして、ついに羅漢の悟りの道を得たのである。