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title: "禪林僧寶傳 · 雙峯欽禪師"
description: "禅林僧宝传由北宋高僧惠洪撰写，是宋代重要的佛教史传著作。全书收录自唐至宋初共八十一位禅宗高僧的传记，详述其生平、悟道因缘及弘法事迹。该书不仅保存了珍贵的禅门史料，更以文学笔法生动呈现了禅僧的风范与智慧。在佛教史上具有承前启后的地位，是研究唐宋禅宗发展、宗门传承及高僧行谊的核心典籍，对后世禅林传记的撰写影响深远。"
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### 雙峯欽禪師

> 双峰欽禅師

禪師名竟欽。益州人。生鄭氏。少為大僧。於峨眉谿山黑水寺。出蜀南抵韶石雲門。得心法。即就雙峯之下。創精舍以居。號興福。開堂之日。󱞢真禪師躬臨證明。僧問。賓頭盧應供四天下。還徧也無。欽曰如月入水。又問。如何是用而不雜。欽曰明月堂前垂玉露。水精殿裏撒真珠。於是𭅕真以謂。類己加敬焉。太平興國二年三月。謂門弟子曰。吾不久去。汝矣可砌箇卵塔。五月二十三日工畢。欽曰。後日子時行矣。及期適雲門爽禪師。溫門舜峯諸老夜話。侍者報三更。欽索香焚之。合掌而化。閱世六十有八。坐四十有八夏。

> 禅師の名は竟欽。益州の出身で、鄭氏の家に生まれた。若くして僧となり、峨眉谿山の黒水寺にいた。蜀を出て南へ向かい、韶石の雲門に至って、心法を得た。そのまま双峰の下に精舎を建てて住み、興福と名付けた。開堂の日、真禅師が自ら来て証明した。僧が問う「賓頭盧尊者は天下の供養を受けるとされていますが、それですべてに行き渡るのでしょうか。」竟欽が答える「月が水に映るようにである。」また問う「どのようにすれば、用いながらも混ざらないのでしょうか。」竟欽が言う「明月の堂の前に玉露を垂れ、水晶の殿の中に真珠を散らす。」これを聞いて真は、自分の教えに近いと感じ、ますます敬意を表した。 太平興国2年3月、竟欽は弟子たちに言った「私はもうすぐ去る。あなたたちは小さな卵塔を建てなさい。」5月23日に工事が終わった。竟欽は言う「明後日の夜子の時に行く。」その時が来ると、雲門爽禅師や温門舜峯らの老僧たちと夜の語らいをしていた。侍者が三更を告げると、竟欽は香を求めて焚き、合掌して息を引き取った。世に68年、僧として48夏を過ごした。