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title: "出曜經 · 1"
description: "出曜经是姚秦时期著名译经师竺佛念所译的佛教经典，属于早期汉传佛教重要文献之一。该经主要阐述佛陀的教法，内容涵盖修行方法、因果业报、戒律规范等核心教义，具有鲜明的实践指导意义。竺佛念作为五世纪初重要译经家，其译文准确流畅，对佛教在中国的传播影响深远。出曜经不仅反映了早期佛教思想体系，也为研究中国佛教发展史提供了珍贵资料，在汉传佛教经典中占有重要地位，是了解原始佛教教义的重要参考典籍之一。"
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### 無常品第一之一

> 無常品　第一の一

昔佛在波羅㮈國。佛告諸比丘：「當來之世，眾生之類壽八萬四千歲。爾時壽八萬四千歲眾生輩，於此閻浮利內，眾生共居一處，穀米豐熟人民熾盛，鷄狗鳴喚共相聞聲。」佛告比丘：「汝等當知，爾時人民，女年五百歲，便外適娶。爾時有王，名曰蠰佉，七寶導從，以法治化無有阿曲。有自然羽寶之車，高千肘廣十六肘，竪立修治眾寶瓔珞，在大眾中，分檀布施無悋悔心，造立功德為眾導首，與諸沙門婆羅門諸得道者，遠行住止經過居宿皆悉給施，有所求索無所悋惜。爾時眾生壽八萬四千歲，有如來出世，名曰彌勒，至真、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、世尊；如我今日，成無上正真等正覺，十號具足。常當將護無數百千諸比丘僧；如我今日，將護無數百千諸比丘僧。與諸大眾，廣說深法上中下善，義味微妙，具足清淨修於梵行；如我今日，與諸大眾廣說深法上中下善，義味微妙，具足清淨修於梵行。廣說如彌勒下生。如佛所說，有經名曰六更樂道，若有眾生生其中者，若眼見色，盡見善色不見惡色，見愛不見非愛，見可敬不見非可敬，見可念不見非可念，見美色不見非美色。諸有眾生耳聞聲者，鼻嗅香、舌知味、身知細滑、意知法，乃至天帝亦復如是。」

> 昔、仏は波羅奈国におられました。仏は諸々の比丘たちに告げられました。「未来の世には、生きとし生けるものの寿命は八万四千歳となる。そのとき、寿命八万四千歳の生きとし生けるものたちは、この閻浮利の内で、みな一つのところに共に住み、穀物や米は豊かに実り、人々は栄え、鶏や犬の鳴き声も互いに聞こえるほどになる。」 仏は比丘たちに告げられました。「あなたがたは知るべきである。そのときの人々は、女が五百歳になると、外に嫁いで娶られる。そのとき、蠰佉という名の王がいて、七つの宝に導かれ従えられ、法によって治め、曲がったことはなかった。自然に羽宝の車があり、高さは千肘、広さは十六肘で、立てて整えられ、多くの宝の瓔珞で飾られていた。大王は大衆の中で、布施を分かち与え、惜しむ心も悔いる心もなく、功德を造り立てて人々の導き手となり、沙門や婆羅門、道を得た者たちが遠くへ行き、あるいは留まり、通り過ぎ、滞在し宿る際には、すべて施しを与え、求められれば惜しむことはなかった。 そのとき、生きとし生けるものの寿命は八万四千歳であり、弥勒という名の如来が世に現れ、至真、等正覚、明行足、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師、仏、世尊と呼ばれた。それはちょうど私が今日、無上の正真の等正覚を成し、十の称号を具えているのと同じである。弥勒は常に無数の百千の比丘僧を導き守るであろう。ちょうど私が今日、無数の百千の比丘僧を導き守っているように。また大衆のために、深い法を広く説き、上中下の善き教えを説き、その意味は微妙で、清らかな梵行を完全に修めるであろう。ちょうど私が今日、大衆のために深い法を広く説き、上中下の善き教えを説き、その意味は微妙で、清らかな梵行を完全に修めているように。広く説かれることは弥勒下生の経のとおりである。 仏の説かれたところによれば、六更楽道という名の経がある。もしそこに生まれる衆生があれば、目で色を見るとき、善い色ばかりを見て悪い色を見ず、愛すべきものを見て愛すべからざるものを見ず、敬うべきものを見て敬うべからざるものを見ず、念うべきものを見て念うべからざるものを見ず、美しい色を見て美しくない色を見ない。耳で声を聞き、鼻で香りを嗅ぎ、舌で味を知り、身で細滑を知り、意で法を知る衆生もまた、みなそのようである。天帝にいたるまで、また同じである。」

爾時世尊遊毘舍離獼猴池水大講堂上，爾時眾多毘舍離諸童子等，各生此念：「我等宜可共相率合至世尊所問訊禮覲。」其中童子，或有乘載青馬青蓋被服皆青，或有乘載青黃赤白，被服皆白，搥鐘鳴鼓作倡伎樂，前後導從至世尊所。爾時世尊告諸比丘：「汝等當知，若有不見諸天遊觀至後園浴池者，今當觀此諸童子等，所著法服乘載輿輦，與彼諸天亦無差別。所以然者，諸天被服與此無異。」

> そのとき、世尊は毘舎離の猿猴池のほとりにある大講堂におられました。そのとき、毘舎離の多くの童子たちは、それぞれこう思いました。「私たちは一緒に連れ立って、世尊のもとへ行き、ご機嫌をうかがい、お会いしよう。」 童子たちの中には、青い馬に乗り、青い傘をさし、衣装もすべて青い者がいました。また、青・黄・赤・白の馬に乗り、衣装もすべて白い者もいました。鐘を打ち、太鼓を鳴らし、音楽を奏で、前後に従者を従えて、世尊のもとへとやって来ました。 そこで世尊は比丘たちに告げられました。「あなたがたは知っておきなさい。もし、天人たちが遊び楽しみ、後園の浴池へと向かうのを見たことがない者がいるなら、今、この童子たちを見なさい。身にまとう衣装も、乗っている車も、あの天人たちと少しも変わりません。なぜそうかといえば、天人の衣装もこれと同じだからです。」

爾時座上數百千眾生之類，各作是念：「我等宜可發真誠誓，使我等後生生天上人中，恒著此法服永已不離，使當來世有佛興出，聞甚深法，永離苦惱入泥洹界。」如來以知眾生心念，求生三有不離苦惱，便與大眾而說此偈：

> そのとき、座にいた数百千もの人々は、それぞれこう思いました。「私たちは真心からの誓いを立てよう。どうか来世でも天の世界や人の世界に生まれ、いつもこの法の衣を身につけて決して離れることのないように。そして未来の世に仏が現れ、深い法を聞いて、永遠に苦しみを離れ、涅槃の世界に入れますように。」如来は、人々が心に思い、生きる世界に生まれ変わって苦しみを離れないことを願っているのをご存じになり、皆のためにこの偈を説かれました。

「所行非常， 為磨滅法， 不可恃怙，變易不住。」

> すべてのものは常ならず、消えゆく定めにあり、頼りになるものは何もなく、変わり続けて止まることがない。

爾時眾生聞此一句偈，不可稱計百千眾生，於現法中漏盡意解，皆得道果。

> そのとき、多くの生きとし生けるものたちがこの一句の偈を聞き、数えきれないほど多くの者たちが、この世において煩悩を尽くして心が解き放たれ、みな道の果てを得たのでした。

昔有婆羅門四人皆得神通，身能飛行神足無礙。此四梵志自相謂言：「其有人民以餚饌食，施瞿曇沙門者，便得生天不離福堂，有聞法者入解脫門，我等今日意貪天福，不願解脫不須聞法。」是時，四人各執四枚甘美石蜜，一人先至如來所，奉上世尊。如來受已，告彼梵志而說此偈，所行非常；梵志聞已以手掩耳。次第二人至如來所，貢上石蜜。如來復說此偈，謂興衰法；梵志聞已以手掩耳。次第三人至如來所，貢上石蜜。如來受已，復說此偈，夫生輒死；梵志聞已以手掩耳。次第四人至如來所，貢上石蜜；如來受已，復說此偈，此滅為樂；梵志聞已以手掩耳，各捨之去。

> 昔、四人の婆羅門がいて、みな神通を得て、身をもって空を飛び、神足に妨げがなかった。この四人の梵志は互いに語り合った。「もし人々が美味しい食べ物を瞿曇沙門に施せば、天に生まれ福の堂を離れない。法を聞いた者は解脱の門に入る。我々は今日、天の福を貪り、解脱を願わず、法を聞く必要もない。」そこで四人はそれぞれ四枚の甘美な石蜜を持ち、一人がまず如来のもとへ行き、世尊に捧げた。如来は受け取ると、その梵志にこの偈を説いた。「行は非常なり」。梵志は聞くと手で耳を覆った。次に二人目が如来のもとへ行き、石蜜を捧げた。如来はまたこの偈を説いた。「興衰の法」と。梵志は聞くと手で耳を覆った。次に三人目が如来のもとへ行き、石蜜を捧げた。如来は受け取ると、またこの偈を説いた。「生あれば則ち死あり」。梵志は聞くと手で耳を覆った。次に四人目が如来のもとへ行き、石蜜を捧げた。如来は受け取ると、またこの偈を説いた。「この滅は楽なり」。梵志は聞くと手で耳を覆い、それぞれ去って行った。

如來觀彼心意念，知應得度，便以權便隱形不現，四人各聚一處自相謂言：「我等雖施瞿曇沙門，意不決了，瞿曇沙門有何言教？」先問前者：「奉上石蜜得何言教？亦不聞法乎？」對曰：「我從如來聞一句義，所行非常；聞此義已即以手掩耳亦不承受。」次問第二人：「至如來所得何言教？」其人復自陳說：「吾至如來所貢上石蜜，如來與我而說此偈，謂興衰法；吾聞此已以手掩耳亦不承受。」次問第三人：「汝至如來所得何言教？」其人復自陳說：「至如來所貢上石蜜，如來與我而說此偈，夫生輒死；吾聞此已以手掩耳亦不承受。」次問第四人：「汝至如來所得何言教？」其人對曰：「至如來所貢上石蜜，如來與我而說此偈，此滅為樂。」四人說此偈已心開意解，得阿那含道。

> 如来は彼らの心の思いを観察し、教化されるべき者たちだと知ると、神通力で姿を隠されました。四人はそれぞれ別の場所に集まり、互いに語り合いました。「私たちは瞿曇沙門に布施したが、その教えの意味はよく分からない。瞿曇沙門はどんな教えを説かれたのだろうか」 まず最初の人に尋ねました。「石蜜を捧げたとき、どんな教えを受けましたか。法を聞きましたか」 その人は答えました。「私は如来から一つの句の意味を聞いた。『行は無常である』と。それを聞いてすぐに手で耳をふさぎ、受け入れなかった」 次に二番目の人に尋ねました。「如来のもとでどんな教えを受けましたか」 その人も語りました。「私が如来のもとに石蜜を捧げると、如来はこの偈を説かれた。『興衰の法』についてである。聞いてすぐに手で耳をふさぎ、受け入れなかった」 次に三番目の人に尋ねました。「あなたは如来のもとでどんな教えを受けましたか」 その人も語りました。「如来のもとに石蜜を捧げると、如来はこの偈を説かれた。『生あるものは必ず死ぬ』と。聞いてすぐに手で耳をふさぎ、受け入れなかった」 次に四番目の人に尋ねました。「あなたは如来のもとでどんな教えを受けましたか」 その人は答えました。「如来のもとに石蜜を捧げると、如来はこの偈を説かれた。『この滅こそが楽である』と」 四人はこの偈を語り終えると、心が開けて理解し、阿那含の道を得ました。

爾時四人自知各得道證，還自懇責，至如來所，頭面禮足在一面立，須臾退坐白世尊曰：「唯願如來！聽在道次得為沙門。」世尊告曰：「善來比丘！快修梵行。」爾時四人頭髮自墮，身所衣服變為袈裟，尋於佛前得羅漢道。

> そのとき、四人はそれぞれが道の悟りを得たことを自覚し、あらためて深く反省して、如来のもとへ参りました。頭を地につけて足を礼拝し、片側に立っていましたが、しばらくして座を退き、世尊に申し上げました。「どうか如来よ、私たちを出家の道に加え、沙門とお許しください。」世尊は告げました。「善いかな、比丘たちよ。よく梵行を修めよ。」そのとき四人の髪は自然に落ち、身にまとっていた衣服は袈裟に変わり、まもなく仏の前で阿羅漢の道を得ました。

佛臨欲般泥洹時，告大迦葉及阿那律：「汝等比丘當承受我教、敬事佛語，汝等二人莫取滅度，先集契經、戒律、阿毘曇及寶雜藏，然後當取滅度，廣說乃至供養舍利。」盡耶旬竟，便共普會集此諸經，五百羅漢皆得此解脫，捷疾利根眾德備具普集一處，便與阿難敷師子高座，勸請阿難使昇高座。已昇高座便問阿難：「如來最初何處說法？」時阿難便說：「聞如是一時。」說此語已，時五百羅漢皆從繩床上起，在地長跪：「我等躬自見如來說法，今日乃稱聞如是一時。」普皆舉聲相對悲泣。時，大迦葉即告阿難曰：「從今日始出法深藏，皆稱聞如是，勿言見也。」「佛在波羅㮈仙人鹿野苑中，爾時世尊告五比丘：『此苦原本，本所未聞、本所未見，廣說如經本。』」是時，眾人已集契經。是時，尊者迦葉復問阿難：「如來最初何處說戒律？」時阿難報大迦葉：「吾從佛聞如是。一時佛在羅閱城迦蘭陀竹園，時迦蘭陀子名曰須陳那，出家學道在比丘境，最初犯律，至不度法，廣說如戒律。」是時，迦葉復問阿難：「如來最初何處說阿毘曇？」

> 仏がまもなく般涅槃に入ろうとされた時、大迦葉と阿那律に告げられた。「あなたがた比丘たちは、私の教えを受け止め、仏の言葉を敬って守りなさい。あなたがた二人はまだ涅槃に入ってはならない。まず契経（経典）と戒律と阿毘曇（論蔵）と宝のごとき雑蔵を集め終えてから、涅槃に入りなさい。詳しく説き、さらには舎利を供養するように。」 耶旬（火葬）が終わると、ただちに一同が集まってこれらの経を集めた。五百人の羅漢はみなこの解脱を得ており、すばやく鋭い根機を持ち、あらゆる徳を備えて一か所に集まった。そこで阿難のために師子座を設け、阿難に勧めて高い座に昇らせた。すでに高座に昇ると、阿難に問うた。「如来は最初、どこで法を説かれたのか。」 その時、阿難は説いた。「聞くところによれば、かくのごとし、一時に。」 この言葉を説き終えると、五百人の羅漢はみな縄床から起ち、地にひざまずいて言った。「私たちは自ら如来の説法を目の当たりにした。今日こそ、聞くところによれば、かくのごとし、一時に、と称するのだ。」 一同は声を上げて互いに悲しみ泣いた。その時、大迦葉はすぐに阿難に告げた。「今日から始めて法の深き蔵を出し、みな『聞くところによれば、かくのごとし』と称しなさい。『見た』と言ってはならない。」 「仏は波羅㮈（バラナシ）の仙人鹿野苑におられた。その時、世尊は五人の比丘に告げられた。『この苦の原本は、もと聞いたこともなく、もと見たこともなかった』と、経典のままに詳しく説かれた。」 この時、人々はすでに契経を集め終えていた。そこで尊者迦葉は再び阿難に問うた。「如来は最初、どこで戒律を説かれたのか。」 阿難は大迦葉に答えた。「私は仏からこのように聞いた。ある時、仏は羅閲城（ラージャグリハ）の迦蘭陀竹園におられた。その時、迦蘭陀の子で須陳那という者が、出家して比丘として修行していたが、最初に律を犯し、不度法に至った。戒律のままに詳しく説かれたとおりである。」 この時、迦葉は再び阿難に問うた。「如来は最初、どこで阿毘曇を説かれたのか。」

阿難曰：「吾從佛聞如是。一時佛在毘舍離獼猴池側普集講堂所。爾時世尊見拔耆子因緣本末，告諸比丘：『諸無五畏恚恨之心者，便不墮惡趣，亦復不生入地獄中，廣說如阿毘曇。』」初夜集阿毘曇竟，後夜便說出曜，而說此偈：「睡眠覺寤，何以故說，睡眠覺寤？如世尊等正覺所說：『夫睡眠者，損命愚惑，有所傷壞，不成果證，沒命無救，不至明處。所以然者，如人覺寤，便能修德，造立善本，躭著睡眠，便失此法，故謂愚惑。』」

> アーナンダがこう申し上げました。「私は仏からこのように聞きました。あるとき、仏はヴェーサーリーの猿猴池のほとりにある普集講堂にいらっしゃいました。そのとき、世尊はヴァッジ族の者の因縁の本末をご覧になり、比丘たちに告げられました。『五つの恐れや恨みの心がない者は、悪趣に堕ちることはなく、また地獄に生まれることもない』と、アビダルマのように詳しく説かれました。」 初夜にアビダルマの集まりが終わると、後夜に『出曜』を説き、この偈を説かれました。「睡眠と目覚め、なぜこれを説くのか、睡眠と目覚めとは何か。世尊・等正覚が説かれたところによれば、『眠りにふける者は、命を損ない、愚かで惑い、傷つき壊れることがあり、悟りの成果を成し遂げず、命を落としても救われず、明るいところに至らない。なぜそうなのか。人は目覚めていれば、徳を修め、善き根本を築くことができるが、眠りに耽れば、この法を失う。だから愚かで惑っているというのである。』」と。

時座中復有說者：「如佛所言：『若有眾生，覺寤之中，所念眾事，於睡眠中，澹然無想。』世尊告諸比丘：『寧睡不覺，此云何通？』是故佛說除去睡眠常念覺寤，如佛說偈，睡眠覺寤，宜歡喜思，言歡者內心踊躍，喜怡歡樂善心生焉，是故稱說宜歡喜思。聽我所說者，專意一心無有亂想，意定無誤堪任承受，是以故說聽我所說撰記出曜。言出曜者，過去恒沙諸佛世尊，皆共讚歎出曜法義，如來世尊亦名最勝。云何為最勝？勝諸結使不善之法，勝婬怒癡，勝一切生死結縛，勝外道異學尼乾子等九十六種術，於中特出，故曰最勝。演說暢達無有留滯，布現演吐為諸天人，義味成就，是故說撰記出曜。如世尊所說，演說暢達無有留滯，如世尊說一切通達，仙人慈哀一身無餘，如世尊所說者，暢達演說言無留滯，故曰世尊說也。一切通達者，一切智達、一切示現、一切通了、分別一切義。遊六神通成無上道，如來六通亦非羅漢所能及逮，佛為諸度最勝最上，於諸法相悉能分別，故曰一切通達也。仙人慈哀者，一切充滿生死悕望如父母之想，擁護心慈哀之意，諸佛世尊亦言仙人，修神足道亦名仙人，眾德具足亦名仙人，長夜修善亦名仙人，是以故說仙人慈哀也。一身無餘者，所謂身者，依四大根本更無復有，亦無邊際，亦無出生，如佛存在躬自演說：『阿難！當知末後境界，末後無胎末後所受形分如我。阿難！更不復見天地方域，更受此身，此是苦邊。』故曰一身無餘也。」

> そのとき、座中にまたこう言う者があった。「仏がおっしゃるには、『もし生きとし生けるものがあって、目覚めている間にあれこれと思い巡らすさまざまなことを、眠っている間はすっかり思いもせずにある』と。世尊は比丘たちに告げられた。『むしろ眠っていて目覚めないほうがましであるのに、これはどうして成り立つのか』と。だからこそ仏は、眠りを除いて常に目覚めていることを念じよと説かれたのである。仏が偈を説かれたように、眠りと目覚めについては、喜んでよく思いを巡らすのがよい。喜ぶと言うのは、内心が躍り上がり、嬉しく楽しく、善い心が生じてくることである。だからこそ『喜んでよく思いを巡らすのがよい』と称え説かれたのである。『私の説くところを聞け』と言うのは、心を一つに専念して乱れた思いがなく、心が定まって誤りがなく、よく受け止めることができる、ということである。それゆえ『私の説くところを聞いて、出曜を記し伝えよ』と説かれたのである。出曜と言うのは、過去のガンジス川の砂の数ほどの諸仏世尊が、みな共に出曜の法の義を讃歎された。如来世尊はまた最勝とも名づけられる。どうして最勝というのか。もろもろの煩悩の束縛と不善の法に勝ち、婬欲と怒りと愚かさに勝ち、すべての生死の束縛に勝ち、外道や異学のニルグランタたちなど九十六種の術に勝り、その中でも特に優れているので、最勝と言うのである。演説はすらすらと滞りなく通じ、天人たちのために説き示し述べ広める。その義の味わいが成就している。それゆえ『撰記出曜』と説かれたのである。世尊が説かれたとおりに、演説はすらすらと滞りなく通じる。世尊の説かれたことはすべて通達している。仙人は慈しみ哀れみ、一身に余るものがない。世尊が説かれたとおりに、すらすらと説き述べて言葉に滞りがないので、『世尊説』と言うのである。一切通達とは、一切を知り達し、一切を示し現し、一切を通じ了え、一切の義を分別することである。六神通を遊び歩いて無上の道を成し遂げられた。如来の六神通は、阿羅漢にも及ぶことのできないものである。仏はもろもろの渡るところにおいて最も勝れ最も上であり、もろもろの法の相をことごとく分別できる。ゆえに一切通達と言うのである。仙人慈哀とは、すべて生死の望みを満たし、父母を思うように、擁護し慈しみ哀れむ心の意である。諸仏世尊もまた仙人と言われ、神足の道を修める者も仙人と名づけられ、もろもろの徳を具えている者も仙人と名づけられ、長い夜に善を修める者も仙人と名づけられる。それゆえ仙人慈哀と説くのである。一身無余とは、いわゆる身とは、四大に依って成り立ち、さらにこれ以外に何もなく、辺際もなく、出生もない。仏が在世のとき自ら説かれたように、『阿難よ、知るがよい。最後の境界、最後の胎、最後に受ける形は私のようなものである。阿難よ、もはや天や地の方域を見ることはなく、再びこの身を受けることはない。これが苦の果てである』と。ゆえに一身無余と言うのである。」

所行非常， 謂興衰法， 夫生輒死，此滅為樂。

> 行われているものは常ならず、 栄えたり衰えたりするのがその法則です。 生まれたものは必ず死に至ります。 その滅びこそが、真の安らぎなのです。

昔諸梵志各誦師法，分為二部，一部所見萬物皆有，一部自稱萬物皆無。諸言有者，如來分別除去猶豫斷其悕望，便與演說所行非常。諸言有者，自有讚誦：

> 昔、多くの梵志たちはそれぞれ師の法を唱え、二つの部に分かれていました。一部は「万物はすべて有る」と見なし、一部は「万物はすべて無い」と主張していました。有ると言う者たちに対して、如来は分別してためらいを取り除き、その望みを断ち切って、行の無常であることを説かれました。有ると言う者たちは、自らこのように讃えて唱えました。

「以利輪劍， 殺害眾生， 恒知惠施，無有善惡： 亡形不變， 身體中間，利劍來往， 不傷其命： 地大恒在，風界無著， 火受苦樂， 命根亦爾：正使利劍， 通達來往， 亦不見有，善惡之報： 設害父母， 無善惡報，況當餘者， 而有其果？」

> 利いっぱいの剣をもって、もろもろの生き物を殺しても、いつも施しの功徳を知っていて、善も悪もないという。形は滅びず、体のただ中を、鋭い剣が行き来しても、その命を傷つけることはない。地の要素は常にあり、風の要素はとらわれず、火は苦も楽も受け、命の根もまた同じである。たとえ鋭い剣が、通い来て行き来しても、善悪の報いがあるのを見ることもない。まして父母を害しても善悪の報いはなく、ましてその他の者に、どうしてその果てがあろうか。

猶如以瓶盛雀，有人打瓶，雀便飛逝；傷害眾生，命自遠逝，無所傷損。如來世尊，欲去彼邪見眾生，故曰所行非常不可恃怙，遷轉不住為磨滅法，命如朝露暫有便滅，故曰所行非常。

> たとえば、瓶の中に雀を入れておいて、誰かがその瓶を叩けば、雀はすぐに飛び去ってしまうようなものです。同じように、生き物の命を奪うならば、命はおのずと遠くへ去ってしまい、傷つくことはありません。如来世尊は、そのような邪(よこしま)な見方をする人々を導き去ろうとして、「この世のすべては無常であり、頼りにすることはできない。移り変わりとどまることなく、消えゆくものです。命は朝露のように、つかの間あってすぐに消えてしまう」と説かれました。だからこそ、「この世のすべては無常である」と言うのです。

一部自稱萬物無者，共相慶賀成我等義。如來觀彼心中所念而告之曰：「謂興衰法，夫興衰者，夫盛有衰，合會有離，無身則已，受身有何可避？」梵志復作是念：「設衰耗法更不生者，則成我義。」是故世尊重與說義：「夫生輒死，輪轉不住，諸受陰持共相受入，慧眼觀察乃能分別，猶如日光塵數流馳難可稱計。」此五盛陰身，眾行所逼流轉生死，無有懈息，故曰夫生輒死。此滅為樂者，所謂永盡無餘，無欲著意，常息安寧最第一樂，無生滅想成第一義，無欲樂、無為樂、無漏樂、盡樂、滅樂，故曰此滅為樂。

> ある人々は「万物は無である」と自称し、互いに喜び合って「これが我々の正しい理解だ」と言った。如来は彼らの心に思っていることを見て、こう告げた。「生じたり滅したりする法について言えば、栄えるものは必ず衰え、会うものは必ず別れる。身体がなければそれまでだが、身体を受けた以上、どうして避けられようか。」梵志はまたこう思った。「もし衰え滅する法が二度と生じないならば、それが我々の正しい理解となる。」そこで世尊は再びその意味を説いた。「生まれたものは必ず死ぬ。輪のように巡り止まらない。すべての受・陰・持は互いに影響し合って取り込まれる。慧の眼で観察してこそ、はじめて見分けることができる。それはちょうど日光の中を塵の数ほど流れ飛ぶものが、数えきれないのと同じである。」この五盛陰の身は、もろもろの行に迫られて生死を流転し、少しも休まることがない。だから「生まれたものは必ず死ぬ」と言うのである。「この滅こそが楽しみである」とは、永遠に尽きて余りなく、欲に執着する心もなく、常に安らかで、最もすぐれた楽しみであること。生も滅もないという想いが第一の意味を成し、無欲の楽しみ、無為の楽しみ、無漏の楽しみ、尽の楽しみ、滅の楽しみがある。だから「この滅こそが楽しみである」と言うのである。

何憙何笑， 念常熾然， 深蔽幽冥，而不求錠？

> 何を喜び、何を笑っているのか。常に燃え盛る思いに深く覆われて、なぜ燈（あかり）を求めないのか。

昔佛在舍衛國祇樹給孤獨園。食後日晡，有眾比丘及天帝臣民四輩弟子，欲聽如來說甘露法。有異方道士異學婆羅門七人，頭鬚晧白拄杖呻吟來至佛所，稽首作禮叉手白佛言：「吾等遠人伏承聖化，久應歸命道術有簡，今乃得來覲覩聖顏，願為弟子得滅眾苦。」佛即聽受，悉為沙門，勅七比丘共止一房。然此七人覩見世尊，尋得為道，不計無常變易之法，共坐房中思惟世事，小語大笑不念成敗，命日促盡不與人期，但共戲笑恣意放逸不念無常。爾時世尊起至房中，而告之曰：「卿等為道，當求度世無為之道，何為大笑？一切眾生自憑五事。何謂為五？一者恃怙年少，二者恃怙端正，三者恃怙力勢，四者恃怙才器，五者恃怙貴族。卿等七人小語大笑，恃怙何等？」於是世尊即說頌曰：

> かつて、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられました。食事の後、日が傾きかけた頃、多くの比丘たちや天帝の臣民、四種の弟子たちが、如来の甘露の法を聞こうと集まっていました。そこへ、遠い異国の道士や異学の婆羅門たち七人が、頭も髭も真っ白で、杖をつきながら苦しげにやって来て、仏のみもとに到り、頭を地につけて礼拝し、両手を合わせて仏に申し上げました。「私たちは遠方の者でございますが、聖なる教化をうけたまわり、久しく帰依すべきでありながら、道の術に簡略があり、今日ようやく聖顔を拝することができました。どうか弟子として、多くの苦しみを滅することができますように。」仏はすぐにお許しになり、皆を沙門とされ、七人の比丘に一つの部屋に共に住むよう命じられました。しかしこの七人は、世尊にお会いしてすぐに道を得たものの、無常変易の法を心にとめず、部屋に共に座って世の中のことを思惟し、小声で話して大笑いし、成敗を念じることもなく、命の日が迫り尽きることも人に告げることもなく、ただ共に戯れ笑い、心のままに放逸にふけり、無常を念じませんでした。そのとき、世尊は起きて部屋に至り、彼らに告げられました。「卿たちは道を求める者として、世を度する無為の道を求めるべきであるのに、なぜ大笑いするのか。一切の衆生は自ら五つの事に頼っている。何を五つというか。一つには年少であることに頼る。二つには端正であることに頼る。三つには力勢に頼る。四つには才器に頼る。五つには貴族であることに頼る。卿たち七人は小声で話して大笑いしているが、何に頼っているのか。」そこで世尊はすぐに頌を説かれました。

「何喜何笑， 念常熾然， 深蔽幽冥，而不求錠？」

> 何を喜び、何を笑っているのか。常に心は燃え盛り、深い闇に覆われているのに、なぜ灯りを求めないのか。

何喜何笑者，爾時世尊告七人曰：「汝等七人未在道境，亦復不在須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢。」復告比丘：「我先有教，未能盡漏不可有所恃怙，汝等受形未脫結縛，蛇蚖共居成五盛陰，云何於中小語大笑？當念此苦永劫不除，方興戲笑以成塵垢，苦哉難悟，卿等是也。」故曰，何喜何笑，是世尊教勅之言。念常熾然者，云何為熾然？以無常火而為熾然，亦以苦火而為熾然，愁憂苦惱而為熾然。又以何等而見熾然？愛欲瞋恚愚癡憍慢，嫉妬恚疑所見熾然，故曰念常熾然。深蔽幽冥者，猶人夜行不覩顏色，生盲無目不見玄黃，如此幽冥蓋不足言。所謂大幽冥者，無明纏絡遍人形體無空缺處，是謂大冥覆蔽眾生，不別善惡趣要之本，不別白黑縛解之要道俗之法，亦復不知善趣惡趣出要滅盡，故曰深蔽幽冥。而不求錠者，云何為錠？所謂智慧之錠，以智慧錠為照何等？答曰：知結所興以道滅之，分別善趣惡趣出要之本，能別白黑縛解之要道俗之法，善能分別善趣惡趣出要滅盡，普曜諸法無不明照，而更捨之乃趣冥道，故曰而不求錠。

> 何を喜び何を笑うのか。そのとき世尊は七人に告げられた。「あなたがた七人はまだ道の境地にいない。また須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢でもない。」さらに比丘たちに告げられた。「私が以前に説いた教えがある。煩悩の漏れを尽くしていない者は、頼りにするものを持ってはならない。あなたがたは身体を受けてまだ束縛を脱しておらず、蛇と共に住み、五つの盛んな陰を作っている。どうしてその中で小声で笑い大声で笑うのか。この苦しみは永遠の劫に除かれないと念じるべきである。それなのに戯れ笑いを起こして塵垢を作るとは。苦しいかな、悟りがたい。あなたがたのことである。」だから「何を喜び何を笑うのか」と言う。これは世尊の教え諭しの言葉である。常に燃え盛ると念じるとは、どうして燃え盛るのか。無常の火によって燃え盛り、また苦の火によって燃え盛り、愁い憂い苦しみ悩みによって燃え盛る。また何によって燃え盛ると見るのか。愛欲、瞋恚、愚癡、憍慢、嫉妬、恚り、疑いによって燃え盛ると見る。だから「常に燃え盛ると念じる」と言う。深く幽冥を覆うとは、人が夜に歩いて色形が見えず、生まれつきの盲人が目がなくて玄黄を見ないようなものである。このような幽冥は語るに足らない。いわゆる大いなる幽冥とは、無明がからみついて人の身体全体を覆い、隙間がないことをいう。これを大いなる冥が衆生を覆い隠すといい、善悪の趣の要と本を区別せず、白黒・束縛解脱の要、道俗の法を区別せず、また善趣悪趣の出要滅尽も知らない。だから「深く幽冥を覆う」と言う。しかし灯を求めないとは、何が灯か。いわゆる智慧の灯である。智慧の灯で何を照らすのか。答えて言う。結縛の起こるところを知り、道によってこれを滅し、善趣悪趣の出要の本を分別し、白黒・束縛解脱の要、道俗の法を区別でき、善く善趣悪趣の出要滅尽を分別し、すべての法を普く照らして明らかにしないものはない。それなのにこれを捨てて冥き道に向かう。だから「灯を求めない」と言う。

諸有形器， 散在諸方， 骨色如鴿，斯有何樂？

> 形あるものはあちこちに散らばり、骨は鳩の色のようになっている。そこに何の楽しみがあろうか。

昔佛在舍衛國祇樹給孤獨園。爾時有異比丘，日至城外曠野塜間，路由他田乃得達過，其主見已便興瞋恚：「此何道士日此往來不修道德？」即問道人：「汝何乞士，在吾田中縱橫往來，乃成人蹤？」道人對曰：「吾有鬪訟來求證人。」時彼田主宿緣鈎連應蒙得度，便逐道人私匿從行，見曠塜間屍骸狼籍膖脹臭爛，鳥狩食噉散落異處，或有食噉盡不盡者，有似炙鴿蛆蟲𠯗𠲿臭穢難近，烏鵲狐狗老鷲鵄鵂噉死人屍。比丘舉手語彼人曰：「此諸鳥獸是我證人。」其人問曰：「此諸鳥獸可為證人，汝今比丘與誰共諍？」比丘報曰：「心之為病多諸漏患，我觀此骸分別惡露，便還房室還自觀身，從頭至足與彼無異，然此心意流馳萬端，追逐幻偽色聲香味細滑之法。我今欲誡心之原本，汝心當知，興起是念，無令將吾入地獄餓鬼之中。我今凡夫未脫諸縛，然此心賊不見從命，以是之故日住曠野，為說惡露不淨之想，復與心說，心為卒暴亂錯不定，心今當改無造惡緣。」時彼田主聞道人教，以手揮淚哽咽歎言。然彼田主於迦葉佛十千歲中，修不淨想，尋時分別三十六物惡露不淨。爾時比丘及彼田主，即往曠野大畏塜間，得須陀洹道。

> 昔、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられた。そのとき、一人の比丘が毎日、城の外の荒野にある墓場まで、他人の田んぼを通り抜けて行っていた。田んぼの持ち主はそれを見て腹を立て、「この修行者は何者だ。毎日ここを行き来しながら、道徳を修めようともしないのか」と思った。そして修行者に尋ねた。「おまえは何の托鉢僧だ。わたしの田んぼの中を縦横に歩き回り、人の足跡をつけて」。修行者は答えた。「わたしには争いごとがあり、証人を求めに来ているのです」。そのとき、田んぼの主には宿縁がつながっていて、導かれるべき者であった。そこで修行者の後をそっと追いかけていった。荒野の墓場では、屍が乱れ散らばり、膨れ上がり、臭く爛れ、鳥や獣が食い散らかしてあちこちに散乱していた。食い尽くされたものもあれば、そうでないものもあり、焼き鳩のようで蛆虫が湧き、臭く汚くて近寄れないものもあった。烏、鵲、狐、犬、老鷲、鵄鵂が死人を食らっていた。比丘は手を挙げてその人に言った。「これらの鳥や獣が、わたしの証人です」。その人が尋ねた。「これらの鳥や獣が証人になれるとして、あなたは今、誰と争っているのですか」。比丘は答えた。「心というものは病であり、多くの煩悩の患いがある。わたしはこの骸を観じて、悪露を分別する。そして房に戻り、また自らの身体を観る。頭から足まで、あの骸と変わらない。しかしこの心は、あちこちに流れ走り、幻の偽りの色・声・香・味・細滑の法を追い求める。わたしは今、心の根本を戒めたい。心よ、知れ。この思いを起こすなら、わたしを地獄や餓鬼の中に入れるな。わたしはまだ凡夫で、諸々の束縛から脱していない。しかしこの心の賊は、わたしの命に従わない。それゆえ、毎日荒野に住み、悪露・不浄の想いを説き、また心に説く。心は卒暴で乱れ定まらない。心よ、今こそ改めよ、悪しき縁を造るな」。そのとき、田んぼの主は修行者の教えを聞き、手で涙をぬぐい、むせびながら嘆じた。その田んぼの主は、迦葉仏の一万年の間、不浄想を修めていた。そしてただちに三十六物の悪露・不浄を分別した。そのとき、比丘と田んぼの主は、荒野の大いに恐ろしい墓場へ行き、須陀洹の道を得た。

爾時世尊天眼清淨無瑕穢，觀見二人成其果證，因宿本緣，亦欲示現後學之徒，使將來世現其大明，正法久存無能中滅，便自稱慶而說此偈。諸有形器者，或有手脚臂肘腰臗髀膊、膝踝足跟髑髏支節，各在異處，是故說曰諸有形器。散在諸方者，猶木無識，本所愛樂不去心懷，莊嚴文飾香花脂粉芬熏其身，今皆散落，各在異處。骨色如鴿者，本所眾生億百千數，而見愛念觀無厭足，如今億百千眾所見薄賤，覩皆怖懅身毛為竪，是故說曰骨色如鴿。斯謂何樂者，世言有樂則是凡夫愚惑之人，智者所棄，愚人所樂，智者懷愧但有醜陋，愚者翫習甘樂不捨，藏匿懷抱。

> そのとき、世尊は清らかな天眼で、二人が悟りを証するのをご覧になった。過去の縁により、後の学び手にも示そうとし、未来の人々に大きな光を現し、正しい法が長く保たれ、滅びることのないようにと願われた。そこで自ら喜びを述べ、この偈を説かれた。 「諸々の形あるもの」とは、あるものは手や足、腕や肘、腰や臀、腿や肩、膝や足首、かかと、頭骨など、それぞれの関節が別々の場所にある。それゆえ「諸々の形あるもの」という。 「諸方に散在する」とは、木のように意識がなく、生前に愛し楽しんだものは心から去らない。花や香、化粧で美しく飾られ、香りが身を包んでいたが、今はすべて散り落ち、それぞれ別の場所にある。 「骨の色は鳩のごとし」とは、もともと億百千の生き物たちが愛し見つめ、飽くことなく眺めていたものが、今では億百千の者たちに見下され、見る者は皆おののき、身の毛がよだつ。それゆえ「骨の色は鳩のごとし」という。 「これに何の楽しみがあろうか」とは、世間が楽しみというものは、すなわち凡夫の愚かな迷いの者にとってのものであり、賢者は捨て去る。愚者が楽しむもの、賢者は恥じてただ醜いと見る。愚者はそれに慣れ親しみ、甘んじて楽しみ、捨てようとせず、隠し抱いているのである。

若如初夜， 識降母胎， 日涉遷變，逝而不還。

> もし初夜のころ、 識が母の胎に降り、 日がたつにつれて移り変わり、 過ぎ去って戻ることはない。

如佛世尊敷演言教有三有為，有為之相興衰變易。問曰：「故當萬物恒有常者，死屍骸骨不久存乎？百二十時謂之一日一夜，若當形骸久存世者，一人形體遍滿世界。」答曰：「以其眾生與根共生、與根共滅，以是之故骸不久存。設當眾生與根共滅與根共生者，骸骨便當久存於世。復次與識共生與識共滅，是時形骸不久在世，若當眾生與識共滅與識共生，爾時形骸久存於世。」問曰：「若當老耄久存世者，人初出胎頭髮恒不白乎？」答曰：「所謂頭髮晧然白者非衰老義。」「此義云何乎？」答曰：「依彼受形分時，便有衰色之變，有白髮生猶酒酥麻油必有濁滓，受形分時亦復如是，便有衰色白髮生焉。」是故說曰若如初夜。識降母胎者，猶如男識女識降在母胎，據在一時之內，或生或滅，經百千變起滅不息猶如輪轉，不可稱計，唯有天眼乃得見耳。時識過去及還來者，亦非神呪技術能制，去自永逝來亦無跡，識處母胎生滅不停亦復如是，猶河東流終不西顧，胎識去過終不還反，唯有天眼，見胎識還見胎識去。

> 仏世尊が説かれた教えには三つの有為があり、有為の相は興り衰え変わりゆくものです。 問い：「それでは、万物が永遠に常に存在するならば、死体や骸骨も長く存続するのではないでしょうか。百二十時を一日一夜といいますが、もし形体が長く世に存続するなら、一人の身体が世界に満ちあふれてしまうでしょう。」 答え：「衆生は根とともに生まれ、根とともに滅するからです。それゆえ骸骨は長く存続しません。もし衆生が根とともに滅し根とともに生まれるのでなければ、骸骨は長く世に存続するでありましょう。さらに、識とともに生まれ識とともに滅するからです。それゆえ形体は長く世にありませぬ。もし衆生が識とともに滅し識とともに生まれるのでなければ、そのとき形体は長く世に存続するでありましょう。」 問い：「もし老齢が長く世に存続するなら、人が胎から出たばかりのとき、髪はいつも白くないのでしょうか。」 答え：「いわゆる髪が白くなるというのは、老い衰えるという意味ではありません。」 「その意味はどういうことでしょうか。」 答え：「あの形を受ける分のときに、すでに衰えの色の変化があり、白髪が生じます。ちょうど酒や酥や麻油に必ず濁った滓があるように、形を受ける分のときもまたそのようであり、衰えの色と白髪が生じるのです。」 それゆえに説いて言うのです、「初夜のごとく」と。識が母胎に降りるとは、ちょうど男の識、女の識が母胎に降り、一時の内にとどまり、あるいは生じあるいは滅し、百千の変を経て起滅やまず、ちょうど車輪が回るように、数えることもできません。ただ天眼のみがこれを見ることができるのです。そのとき識は過去に去りまた還って来るものですが、これも神呪や技術で制することはできません。去れば自ずと永遠に逝き、来るもまた跡がありません。識が母胎にとどまり生滅やまぬこともまたそのようです。ちょうど川が東に流れて決して西を顧みないように、胎の識は去って過ぎれば決して還ってきません。ただ天眼のみが、胎の識が還るのを見、胎の識が去るのを見るのです。

晨所覩見， 夜則不現， 昨所瞻者，今夕則無。 我今少壯， 無所恃怙，少者亦死， 男女無數。

> 朝に見えていたものは、夜には消えてしまう。昨日見ていたものは、今宵にはもうない。私は今は若く壮健だが、頼りにできるものは何もない。若い者もまた死ぬのだ。男も女も数えきれないほどに。

昔佛在舍衛國祇樹給孤獨園。爾時尊者阿難，到時著衣持鉢入舍衛城分衛，遙見門外有眾男子作倡伎樂而自娛樂。尊者阿難入城乞食訖欲還出城，見此伎人忽已命終，眾人舁舉號哭相向。時尊者阿難便生此念：「奇哉變怪無常對至，何其速乎？我向晨朝入城乞食，見此男子五樂自娛，像如天子，如今受對取無常耶？」時尊者阿難出舍衛城祇洹精舍，收攝衣服淨洗手足，至世尊所，頭面禮足在一面立。爾時尊者阿難長跪叉手前白佛言：「唯然世尊！我向晨朝著衣持鉢入城乞食，見有男子作倡伎樂五欲自娛，便入城乞，還出在外，見此男子忽已命終，眾人舁舉號哭相向。時我，世尊！便生此念：『奇哉變怪無常對至，何期速乎？我向晨朝入城乞食，見此男子五樂自娛，像如天子，如今受對，取無常耶？』我今所見甚為奇特，未曾所覩。」世尊告曰：「汝今，阿難！有何奇特？我曾所覩乃為奇特，出過汝今所見者上。我曾昔日到時著衣持鉢，入舍衛城分衛乞食。時我，阿難！見有男子在祇洹門外作倡伎樂五欲自娛，時我入城乞食訖還出城外，見此男子作倡伎樂如本不誤。我見奇特出汝者上。」爾時阿難即白佛言：「此是常儀，有何奇特？」佛告阿難：「命速於風，逝難制御，汝今方言，有何奇耶？」爾時世尊觀察此義尋究本末，欲使比丘明鑒此法，為將來眾生現大光明，亦使正法久存於世，爾時世尊便說出曜之偈：

> 昔、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられました。そのとき、尊者阿難は、時が来て衣を着け鉢を持ち、舎衛城へ托鉢に入りました。遠く門の外に多くの男性が歌舞音曲を奏でて楽しんでいるのを見ました。尊者阿難は城に入って托鉢を終え、城を出ようとしたとき、この芸人たちが突然すでに命を終え、人々が遺体を担ぎ上げて声を上げて泣き合っているのを見ました。そのとき尊者阿難はこう思いました。「不思議だ。無常の対面がなんと速いことか。私が今朝、城に入って托鉢したとき、この男性が五つの欲楽で自ら楽しみ、まるで天子のようだったのに、今は無常の対面を受けるとは。」尊者阿難は舎衛城の祇洹精舎を出て、衣服を整え手と足を清く洗い、世尊のもとへ行き、頭を地につけて足を礼拝し、一方に立った。 そのとき尊者阿難は長跪し合掌して、前に仏に申し上げました。「世尊よ、私が今朝、衣を着け鉢を持ち城に入って托鉢しましたところ、男性が歌舞音曲を奏で五欲を楽しんでいるのを見ました。そこで城に入って托鉢し、外に出ますと、この男性が突然すでに命を終え、人々が担ぎ上げて泣き合っていました。そのとき、世尊よ、私はこう思いました。『不思議だ。無常の対面がなんと速いことか。私が今朝、城に入って托鉢したとき、この男性が五つの欲楽で楽しみ、天子のようだったのに、今は無常の対面を受けるとは。』私が今見たことはまことに奇特で、かつて見たことがありません。」 世尊は告げました。「阿難よ、おまえが今見たことに何の奇特があろう。私がかつて見たことこそ奇特であり、おまえが今見たものをはるかに超えている。私がかつて、時が来て衣を着け鉢を持ち、舎衛城へ托鉢に入った。そのとき、阿難よ、祇洹門の外に男性が歌舞音曲を奏で五欲を楽しんでいるのを見た。私が城に入って托鉢を終え、城外に出たとき、この男性がもとのまま歌舞音曲を奏でているのを見た。私が見た奇特はおまえを超えている。」 そのとき阿難はすぐに仏に申し上げました。「これは普通のことです。何の奇特がありましょうか。」 仏は阿難に告げました。「命は風よりも速く、過ぎ去るのを制御するのは難しい。おまえは今、何の奇特があると言うのか。」 そのとき世尊はこの意味を観察し、本末を究明し、比丘たちにこの法を明らかに見せ、未来の衆生のために大きな光明を現し、また正法が長く世にとどまるようにと、そのとき世尊は出曜の偈を説かれました。

「晨所覩見， 夜則不現， 昨所瞻者，今夕則無。 我今少壯， 無所恃怙，少者亦死， 男女無數。」

> 朝に見えていたものは、夜には見えなくなる。昨日見ていたものも、今晩にはもうない。私は今、若く健康だが、それに頼ることはできない。若い者もまた死ぬのだ。男も女も数えきれないほどに。

晨所覩見夜則不見者，晨朝所見眾生之類數千百眾，暮則不見，諸有眾生思惟校計善根具足，意不錯亂，則自覺知命如琢石閃現已滅，誰當興意貪著此乎？唯有無聞凡夫愚人，乃興此心生貪著意。昨所瞻者今夕則無，如昨所見進止行來，設彼有念思惟善本殖眾功德，心便勇猛能自改悔，內自興發不可樂想，是故說曰，晨所覩見夜則不現，昨所瞻者今夕則無也。我今少壯無所恃怙者，如有愚人無所聞知，自怙強壯氣力熾盛，苟得自縱隨其所如不顧後慮。自稱端正顏貌殊特，餘者卑賤非我等友，色力財富出眾人表，既自盛壯獨步無侶，所願者得無能拒逆，所欲自恣不避豪強，亦復不思無常對至，不覩生死苦惱之患，是故說曰，我今少壯無所恃怙。少壯亦死男女無數，正使無數眾生之類，男女大小受形分者，氣力殊特財富無數，所欲自恣年皆盛壯，於人世間壯者命終多於老者皆為無常，所見蹈藉，然彼終者先在世時不修功德，諸善之本無所恃怙，從今世至後世流馳五趣無有懈息，是故說曰，少者亦死男女無數。在胎自敗初出亦殤，既生子壞孩抱而喪，諸老少壯及中間人，漸漸以次如果待熟。

> 朝に見たものも、夜には見えなくなる。朝に多くの生きとし生けるものを見ても、夕べには見えなくなる。それらの生きとし生けるものが善根をよく思惟し整え、心が乱れていなければ、自ら命のはかなさを悟る。それは石を彫るように、一瞬の閃きのごとく現れては消えていく。誰がこれに執着しようと思うだろうか。ただ教えを聞かぬ凡夫の愚か者だけが、貪りの心を起こして執着するのである。昨日見た者も今宵はいない。昨日見た歩みや行いも、もしその者がよく善を思惟し、多くの功徳を積んでいれば、心は勇猛になり自ら悔い改め、内に厭離の思いを起こす。だからこう説くのである。朝に見たものも夜には現れず、昨日見た者も今宵はいない、と。 「私もまた若く壮健で、頼るものとてない」とは、教えを聞かぬ愚か者が、自ら強壮な力を恃み、勢い盛んで、思うままに振る舞い、後のことを顧みないようなものである。自ら容姿端正だと称し、他の者を卑しいと見なし、色欲や財産が人に優れていると誇る。すでに盛壮で並ぶ者もなく、望むものは得られ、誰も逆らえない。欲するままに振る舞い、権力者も恐れず、無常が訪れることも思わず、生死の苦しみの患いも見ない。だからこう説くのである。「私もまた若く壮健で、頼るものとてない」と。 若くても死ぬ、男も女も数えきれない。たとえ無数の生きとし生けるものが、男女や老若を問わず、力に優れ財産も無数にあっても、欲するままに振る舞い、皆が盛壮であっても、世の中で壮年の者が死ぬことは老人よりも多い。皆が無常であり、踏みつけにされるのである。しかしその死者たちも、生前には功徳を積まず、善の根本に頼ることもなく、この世から後の世へと五つの世界を流転して休むことがない。だからこう説くのである。「若い者もまた死ぬ、男も女も数えきれない」と。 胎内で自ら壊れる者もいれば、生まれてすぐに亡くなる者もいる。生まれた子が育たず幼くして亡くなる者もいる。老いた者も若い者も壮年の者も、すべては次第に、まるで果実が熟すのを待つかのようである。

六十千生六十百生，於生藏壞斯由害人，所謂人者國王一億則害導師商人父母，須陀洹、斯陀含、阿那含、阿羅漢。興心起意害此輩人，或入阿鼻地獄，或熱、大熱、啼哭、大啼哭、等活、黑繩、等會地獄。畢此罪已，生六畜中，經歷劫數往來周旋，乃復人身，於其中間在生藏中不卒其命，是故說曰，在胎自敗也。初出胎亦壞者，或有眾生始出胎門而命終者，或有眾生，始欲造福功業未果，便於胎門中夭命者，斯由前身興心傷害彼造福人，是故說曰，初出亦殤。既生子壞者，或有眾生施功立德，在諸塔寺施設園菓浴池橋梁圊廁，功業未就為人所害，斯由先世害福德人，死入地獄畜生餓鬼，經歷久遠乃還復人，既生離胎於中逝殤，是故說曰，既生子壞也。孩抱而喪者，或有眾生於塔寺中施功立德，施設園菓浴池橋梁圊廁，功業已就餘功未幾，便為人所害，斯由前身興心殤害彼造福人，身壞命終入地獄中，於中畢罪生畜生中，雖得為人未別白黑，便於孩抱夭其命也。

> 六十千生、六十百生のあいだ、生まれては蔵（胎内）にて壊（命を失う）。これは人を害したことによる。いわゆる「人」とは、国王、一億の者、導師、商人、父母、そして須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢である。心に害意を起こしてこのような人々を害すれば、あるいは阿鼻地獄に堕ち、あるいは熱地獄・大熱地獄・啼哭地獄・大啼哭地獄・等活地獄・黒縄地獄・等会地獄に堕ちる。 この罪を終えてから、六道の畜生の中に生まれ、劫の数だけ経めぐり、ようやく再び人間の身を得る。そのあいだ、生（胎内）にあっては命を全うできない。だから「胎に在りて自ら敗る」と説くのである。 「初めて胎を出でても亦た壊る」とは、あるいは衆生が胎門を出たばかりで命を終える者があり、あるいは衆生が福徳の功業を始めようとしてまだ果たさぬうちに、胎門の中で命を落とす者がある。これは前世において心に害意を起こし、福徳を造る人を害したことによる。だから「初めて生まれても亦た殤（わかじに）す」と説くのである。 「既に生まれし子も壊る」とは、あるいは衆生が功徳を施し、塔寺に園や果樹・浴池・橋梁・厠を設けようとして、功業がまだ成らないうちに人に害される者がある。これは前世において福徳ある人を害したことによる。死して地獄・畜生・餓鬼に堕ち、久遠を経てようやく人間に還るが、生まれ出でて胎を離れたのちに命を落とす。だから「既に生まれし子も壊る」と説くのである。 「孩抱（みどりご）にして喪う」とは、あるいは衆生が塔寺において功徳を施し、園や果樹・浴池・橋梁・厠を設けようとして、功業はすでに成り、残りの功もわずかとなったところで人に害される者がある。これは前世において心に害意を起こし、福徳を造る人を害したことによる。身が壊れ命が終われば地獄に堕ち、そこで罪を終えて畜生の中に生まれ、たとえ人間となっても白黒（善悪）を区別できぬうちに、孩抱（みどりご）のうちに命を夭するのである。

諸老少壯， 及中間人， 漸漸以次，如菓待熟。

> 年老いた人も若い人も、壮年の人も、その間の年齢の人も、次第に順を追って、まるで果物が熟すのを待つかのように。

昔日尊者馬聲說偈曰：

> 昔、尊者マハーカッチャーナ（馬声）は次のように偈を説かれました。

「或有在胎喪， 已生在外𣧩，盛壯不免死， 老耄甘心受。猶樹生狂花， 結實時希有，志故必欲捨， 伺命召不忍。」

> お腹の中で命を失う子もあれば、 生まれて外で亡くなる者もある。 盛んな壮年期でも死を免れず、 年老いた者は甘んじてこれを受け入れる。 それはちょうど、木がむやみに花を咲かせても、 実を結ぶことがめったにないようなものだ。 だからこそ、執着を捨てる決心をすべきなのに、 死の使いが呼びに来るのを、人は受け入れようとしない。

猶彼菓樹隨時繁茂，狂華生長遇風凋落結實者尠，或已結實遇雹墮落，或有未花而凋落者，或有已華而凋落者，其中成實待熟落者，少少耳。此眾生類亦復如是，於百千生其中身，若一若二處胎出胎少壯老疾，悉歸斯道無免此患，於百千生老壽命終若一若二，少壯死者不可稱計，是故說曰，諸老少壯及中間人，漸漸以次如菓待熟。

> 果樹は季節に応じて茂り、むだ花は風に吹かれて散り、実を結ぶものはごくわずかです。実をつけても雹に打たれて落ちることもあり、花も咲かずに散るものもあり、花が咲いてから散るものもあります。その中で実となり、熟すまで待って落ちるものはごくわずかです。生きとし生けるものも同じです。百千の生の中で、わずか一、二だけが胎に宿り、胎から生まれ、若さ、壮年、老い、病を経て、すべてこの道に帰り、この苦しみを免れません。百千の生のうち、老いて寿命を終えるものは一、二にすぎず、若くして死ぬものは数えきれません。それゆえに説きます、老いた者も若い者も壮年の者も中間の者も、次第に順に、果実が熟すのを待つように。

命如菓待熟， 常恐會零落，已生皆有苦， 孰能致不死？

> 命は果実が熟すのを待つようなもの、 常に落ちて散ることを恐れる。 生まれたものには皆、苦しみがあり、 誰が死を免れることができようか。

昔惡生明王嚴駕翼從詣後園遊觀，眾菓樹木行列相當，彼國常禮，菓熟乃食終不噉生。時王有教勅守園者，若有菓蓏墮落地者不應獻上，有犯此制當梟其首。時守園人內自思惟：「此惡生明王暴虐無道，殺害生類無慈愍心，若當我今犯制者，死在旦夕不免其困。然今此園樹菓眾多，在樹既少墮落者眾，設責我菓更無於出。且自逃走求出家學。」即踰牆出至世尊所，五體投地願為沙門。佛即然可，得在道次，靜寂無為，不興巧便坐禪誦經，亦復不習戒律阿毘曇，謂為行道齊是而已，亦復不惟空閑曠野經行諷誦十二難得懃勞之要，自憑三事不慮後緣，內自喜慶：「我今已脫形急之患，今且自安焉知餘者。」爾時世尊觀其人心，欲使免苦濟眾戹難，欲使安處善法妙堂，欲拔根本離生死原，將入解脫無退轉道。爾時在眾便說此出曜偈曰：

> 昔、悪生明王が厳めしく駕を整え、従者を従えて後園に遊覧に出かけた。多くの果樹や草木が整然と並んでいた。その国の習慣では、果実は熟してから食べ、決して生のままでは食べなかった。時に王は園の番人に命じた。「もし果実や瓜が地面に落ちたなら、差し出してはならない。この掟を破る者があれば、その首をはねる。」 そこで園の番人は内心こう考えた。「この悪生明王は暴虐で道に背き、生き物を殺すことに慈悲の心がない。もし私が今、掟を破れば、命は明日にも危うく、苦しみを免れない。しかしこの園には木の果実が多く、木になっているものは少なく、落ちているものは多い。仮に私が果実を責められても、他に出せるものはない。ましてや逃げ出して出家し修行を求めよう。」 すぐに塀を越えて出て、世尊のもとへ至り、五体投地して沙門となることを願った。仏はそれを許し、道の次第に加わることができた。静かで無為にして、巧みな便宜を起こさず、坐禅し経を誦し、また戒律や阿毘曇を学ぶこともせず、「道を行うとはこれだけのことだ」と思い、また空閑の曠野で経行し諷誦する十二の難得や勤労の要を思うこともなく、三つの事に頼って後の因縁を顧みず、内心喜び祝して言った。「私は今すでに身の急なる患いを脱れた。今はしばらく自ら安んじていよう。他のことはどう知ろうか。」 その時、世尊はその人の心を観じ、苦しみを免れさせ、衆生の厄難を救い、善法の妙堂に安んじさせ、根本を抜いて生死の源を離れ、解脱の退転しない道に入らせようと欲した。その時、衆の中にあってこの出曜の偈を説いた。

「命如菓待熟， 常恐會零落，已生皆有苦， 孰能致不死？」

> 命は果実が熟すのを待つようなもので、 いつ散り落ちるかと常に恐れている。 生まれたものはみな苦しみを抱えるのだから、 誰が不死を得ることができようか。

爾時比丘聞佛所說，內自怨責，懷慚愧心，在閑靜處思惟惡露止觀之道，即於彼處成阿羅漢。

> そのとき、比丘たちは仏の説かれた教えを聞き、心の内に自らを責め、恥じ入る心を抱いて、静かな場所で、体の汚れた部分を観察し、心を落ち着けて見つめる修行に励み、その場で阿羅漢になったのでした。

譬如陶家， 埏埴作器， 一切要壞，人命亦然。

> たとえば陶芸師が粘土をこねて器を作っても、すべてはいつか壊れてしまいます。人の命も同じです。

昔佛在舍衛國祇樹給孤獨園。爾時有一陶師造作瓦器，觸物不却隨其形狀亦無疑難。時拘薩羅國波斯匿王，勅諸瓦師使造器皿，彼人事猥竟不成辦。時波斯匿王內懷恚怒，勅語傍臣：「至瓦師家毀壞其器。」時彼瓦師懼失命根，竊自逃走至迦尸國界，復於彼土造作瓦器。波斯匿王聞彼造器，復遣臣佐至彼國界，悉使壞破所造瓦器。時彼瓦師復自逃走至拘薩羅國，復於彼土造立瓦器。波斯匿王聞彼造器，復遣臣佐使壞其器。時彼瓦師財產竭盡無復生理，食不充口衣不蓋形，恒懼波斯匿王當取殺之，便復逃走入深山中，往至世尊所求為道人。時佛默然聽在道次。然彼人內不思惟，謂為永離困厄之難，不復懼彼為王所害，在閑靜處不思道德，亦不習契經戒律阿毘曇，亦復不分別義理，諸度世道亦復不習，坐禪誦經佐助眾事，永離三事不懃採習，謂為行道齊是而已，不增翹勇進求上人法，然未得證不懃求證，然未得果不懃求果。如來世尊以三達智觀察其心，以漸化彼無疑網意，便告彼人以免瓦器之功，更不懼喪身之惱，唯有五盛陰為瓦之形，此為大畏無免其患。瓦器雖壞，不懼當墮地獄餓鬼畜生之道，五盛陰為形瓦器，先不造諸功德福業修諸善本，無所恃怙亦無歸趣，恒畏地獄餓鬼畜生。爾時世尊觀察此義尋究本末觀了此義已，欲使諸比丘永離嫌疑，使將來眾生覩其大明正法久存，爾時在眾便說此偈：

> 昔、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられました。そのとき、一人の陶師が瓦器を造っていました。彼はどんな物にも逆らわず、その形のままに作り、少しも迷うことがありませんでした。 当時、拘薩羅国の波斯匿王は、陶師たちに命じて器皿を造らせていました。しかし、その人たちは仕事が雑で、ついに作り上げることができませんでした。そこで波斯匿王は内心怒りを抱き、側近の臣に命じました。「陶師の家に行き、その器を壊してしまえ。」 そのとき、かの陶師は命を失うことを恐れ、こっそりと逃げ出して迦尸国の境に至り、またその地で瓦器を造りました。波斯匿王は彼が器を造っていると聞くと、また臣を遣わしてその国の境に至らせ、造った瓦器をことごとく壊させました。 そのとき、かの陶師はまた自ら逃げ出して拘薩羅国に至り、またその地で瓦器を造りました。波斯匿王は彼が器を造っていると聞くと、また臣を遣わしてその器を壊させました。 そのとき、かの陶師は財産を使い果たし、もはや生きる術もなく、食べ物は口を満たさず、衣は身を覆うこともできず、いつも波斯匿王が自分を捕らえて殺すのではないかと恐れ、また逃げ出して深い山の中に入り、世尊のもとへ行って出家を願いました。 そのとき、仏は黙って道に入ることを許されました。しかし、かの人は内に省みることがなく、永遠に困難を離れたと思い、もはや王に害されることを恐れることもなく、静かな所にいても道徳を思わず、契経や戒律や阿毘曇を学ばず、また義理を分別することもなく、諸々の世を度する道もまた学ばず、坐禅や読経や衆事の手伝いをして、永遠に三つの事を離れて勤め修めることなく、行道とはこれだけのことだと思い、さらに勇気を奮い起こして上人の法を求めることなく、まだ証を得ていないのに証を求めて勤めず、まだ果を得ていないのに果を求めて勤めませんでした。 如来世尊は三達智をもってその心を観察し、次第にかの疑いの網の心を教化し、かの人に告げました。「瓦器を造る功から免れ、もはや身を失う悩みを恐れることはない。ただ五盛陰が瓦の形をなしている。これこそ大きな畏れであり、その患いを免れることはできない。瓦器は壊れても、地獄・餓鬼・畜生の道に堕ちることを恐れるには及ばない。五盛陰を形とする瓦器は、先に諸々の功徳福業を造らず、諸々の善本を修めなければ、頼るものもなく帰る所もなく、常に地獄・餓鬼・畜生を畏れることになる。」 そのとき、世尊はこの義を観察し、本末を尋ね究め、この義を観了してから、諸々の比丘に疑いを永遠に離れさせ、将来の衆生がその大きな明かりを見て正法が久しく存続するようにと、そのとき、衆の中にあってこの偈を説かれました。

「猶如陶家， 埏埴作器， 一切要壞，人命亦然。」

> たとえば陶芸師が粘土をこねて器を作っても、すべてはいつか壊れてしまうように、人の命もまた同じです。

諸有生熟之器要當歸壞，漸成糞聚無可貪者，諸有生類受五盛陰為坏之器，及剎利、婆羅門、栴陀羅種受形分者，短壽長壽、饒財貧匱、端正醜陋、豪族卑賤、有顏無顏、智慧愚闇，盡歸於死，無常變易皆當捐棄在曠塜間。時彼比丘聞如來所說教訓之道，知無常之要，達罪福之源，解興衰之變，遵滅度之行，即於佛前得阿羅漢道。

> 生あるものは皆、いつかは壊れてゆく器のようなものです。やがては糞の山となり、貪るべきものは何もありません。生きとし生けるものはみな、この五つの盛んなる陰を身の器として受け、また王族も、婆羅門も、賤しい種の人も、それぞれの姿形を受けています。短命の人も長命の人も、富める者も貧しい者も、美しい者も醜い者も、高貴な家柄の人も卑しい身分の人も、顔かたちのよい人もそうでない人も、賢い人も愚かな人も、すべては死に帰し、無常に変わりゆき、みな荒野の墓の間に捨てられるのです。そのとき、この比丘は如来の説かれた教えの道を聞き、無常の要点を知り、罪と福の源に達し、栄え衰える変化を悟り、滅度への行を遵び、ただちに仏の前で阿羅漢の道を得ました。

猶如張綜， 以杼投織， 漸盡其縷，人命如是。

> たとえば張綜（ちょうそう）が、 杼（ひ）を投げて織物を織り、 少しずつ糸が尽きていくように、 人の命もまた、そのようなものです。

昔日有人善能織𦋺，兼有一息意常惰嬾，數勸語公：「作應舒遲何必速疾？此功適訖後更無作。」父告其子：「此功雖訖更有餘務。」如是語公往來數十，兒神識錯，尋於父前肝裂命終。時父見子命根已斷，即捨居業出家學道，雖為沙門念子在心不能捨離，亦復不思惟道德專定坐禪求增上法，亦復不思惟契經戒律阿毘曇，亦復不坐禪誦經佐助眾事，唯心存在念彼亡子。爾時世尊以三達智觀察彼人心意所向，尋究本末觀了此義已，欲使諸比丘永離嫌疑，使將來眾生覩其大明正法久存，在於眾中便說出曜之偈：

> 昔、ある織物職人がいました。その一人息子はいつも怠け者で、何度も父にこう言いました。「仕事はゆっくりやればいいじゃないか、どうして急ぐ必要があるんだ？この仕事が終わったら、もう次はないんだから。」父は息子に言いました。「この仕事が終わっても、まだ別の仕事があるのだよ。」こうして何十回も言い合ううちに、息子は心が乱れ、父の目の前で肝が裂けて命を落としました。父は息子の命が絶えたのを見ると、すぐに家業を捨てて出家し、道を学びました。しかし僧侶となっても、心には亡き息子への思いが残り、捨てられませんでした。道を修めることに専念して座禅し、さらに高い悟りを求めることもなく、経典や戒律、論書を学ぶこともなく、座禅や読経、僧団の仕事を手伝うこともなく、ただ心に亡き子のことばかりを思い続けていました。その時、世尊は三つの智慧でその人の心の向かう先を観察し、その本末を究め、この意味をはっきりと見極めると、比丘たちに疑いを永遠に離れさせ、未来の众生がこの大きな光明と正しい法を目の当たりにして長く保たれるようにと、大衆の中でこの『出曜経』の偈を説かれました。

「猶如張綜， 以杼投織， 漸盡其縷，人命如是。」

> 糸を張って織物を織るように、少しずつ糸が尽きていく。 人の命も、それと同じです。

一切萬物皆當歸死，無常變易皆當捐棄在於曠野塜間。時彼比丘聞如來所說教訓之道，知無常之要，達罪福之原，解興衰之變，遵滅度之行，即於佛前得阿羅漢道。

> すべてのものはやがて死に帰し、無常に変わりゆくものはみな、荒野の墓の間に捨てられるのです。そこでその比丘は、如来の説かれた教えの道を聞き、無常の要点を知り、罪と福の根源に達し、栄え衰える変化を理解し、滅度の行いを守り、ただちに仏の前で阿羅漢の道を得ました。

猶如死囚， 將詣都市， 動向死道，人命如是。

> 死にゆく囚人が都へと引かれ、死の道を一歩一歩進んでいく。人の命もまた、それと同じなのです。

昔佛在舍衛國祇樹給孤獨園。時拘薩羅國波斯匿王勅典獄者，諸有盜賊罪應入律詣市殺之，時有一賊在大眾中逃竊得脫，外假法服私為沙門。然彼人內不思惟，謂為永離困厄之難，不復懼彼為王所害，在閑靜處不思道德，亦不習契經戒律阿毘曇，亦復不分別義理諸度世道，亦復不習坐禪誦經佐助眾事，永離三事不懃採習，謂為行道齊是而已，不增翹勇進求上人法，然未得證不懃求證，然未得果不懃求果。如來世尊以三達智觀察其心，以漸化彼無疑網意，便告彼人以免生死賊寇之難故有餘怨，五盛陰身輪轉五趣無有解已，為諸結使所見殘害，便當墮於餓鬼畜生之道。爾時世尊觀察此義尋究本末，欲使諸比丘永離嫌疑，使將來眾生覩其大明正法久存，於大眾前便說此偈：

> 昔、仏は舎衛国の祇樹給孤独園におられました。そのとき、拘薩羅国の波斯匿王は獄吏に命じて、盗賊の罪で律に照らして市場で処刑されるべき者たちを集めていました。そのとき一人の盗賊が大衆の中から逃げ出して、うまく逃れることができました。外見は法服を借りて、ひそかに沙門となっていました。しかしその者は内心で省みることもなく、永遠に苦難の困難から離れたと思い込み、もはや王に害されることを恐れることもなく、静かな場所にあっても道徳を思うこともなく、また契経や戒律や阿毘曇を学ぶこともなく、また義理を分別して諸々の世を渡る道を理解することもなく、また坐禅や誦経や衆事を助けることを習うこともなく、永遠に三つの事から離れて勤め学ぶことなく、行道とはこれだけのことだと思い、さらに勇気を奮い起こして上人法を求めることもなく、まだ証悟を得ていないのに勤めて証を求めることもなく、まだ果を得ていないのに勤めて果を求めることもありませんでした。如来世尊は三達智をもってその心を観察し、しだいに彼を教化して疑いの網の意をなくさせ、その者に告げられました。「生死の賊寇の難を免れたからといって、まだ残りの怨みがある。五盛陰の身は五趣を輪転して解けることがない。諸々の結使に害されれば、まさに餓鬼畜生の道に堕ちるであろう。」そのとき世尊はこの義を観察し本末を究め、諸比丘に永遠に嫌疑を離れさせ、将来の衆生がその大いなる光明を見て正法が久しく存続するようにと、大衆の前でこの偈を説かれました。

「猶如死囚， 將詣都市， 動向死地，人命亦然。」

> 死刑囚が刑場へ引かれていくように、 人の命もまた、同じなのです。

時彼比丘在閑靜處，思惟挍計內自懇責，解知萬物皆悉無常，生不久存盡歸於滅，興衰之變斯來久矣，非適今也，即於佛前悔責自改，成阿羅漢道。

> そのとき、その比丘は静かな場所で、よく考え、心の内を深く省みて、すべてのものは無常であり、生まれたものは長くとどまらず、やがて滅びに帰することを悟りました。栄えたり衰えたりする変化は、はるか昔から続いてきたことで、今に始まったことではありません。そこで仏の前で悔い改めて自らを正し、阿羅漢の道を成就しました。

如河駛流， 往而不反， 人命如是，逝者不還。

> 川の流れが速く、二度と戻らないように、 人の命もまた、過ぎ去れば戻ることはありません。

昔有眾人在江水側坐，而觀看瞻水成敗傷害人民無復齊限，或有父母妻子男女墮水死者亦無有量，其中得解脫者萬中有一。於深水得解脫者，往至佛所求為沙門。佛便然可，聽在道末。內不思惟，謂為永離困厄之難，不復懼彼為水所溺，在閑靜處不思道德，亦不習契經戒律阿毘曇，亦復不分別義理諸度世要，亦復不習坐禪誦經佐助眾事，永離三事不懃採習，謂為行道齊是而已，不增翹勇進求上人法，然未得證不懃求證，然未得果不懃求果。如來世尊以三達智觀察其心，以漸化彼無疑網意，便告彼人以免生死賊寇之難，故有餘怨五盛陰身，輪轉五趣無有解已，為諸結使所見殘害，便當墮於餓鬼畜生之道。爾時世尊觀察此義尋究本末，欲使諸比丘永離嫌疑，使將來眾生覩其大明正法久存，於大眾前便說此偈：

> 昔、多くの人々が川の岸に座って、水が人々を損ない傷つけるのを見ていました。助かる者は限りなく少なく、父母や妻子、男女が水に落ちて死ぬ者も数えきれませんでした。その中で解脱を得た者は一万人に一人でした。深い水から解脱した者は、仏のもとへ行き沙門となることを求めました。仏はすぐに許し、道の末に置かれました。しかし心の中で考えず、永遠に困難から離れたと思い、もう水に溺れる恐れはないと、静かな場所で道徳を思わず、経典や戒律、論蔵も学ばず、義理や世を渡る要諦も分別せず、座禅や経の誦読、衆事の手伝いもせず、三つのことを永遠に離れて励まず、道を行うとはこれだけだと思い、さらに努力して上人の法を求めず、まだ証を得ていないのに証を求めず、まだ果を得ていないのに果を求めませんでした。如来世尊は三達智でその心を観察し、次第に彼の疑いの網を化し、生死の賊の難を免れたがまだ怨みが残り、五盛陰の身が五趣に輪転して止まないことを告げました。結使に害され、餓鬼畜生の道に堕ちるでしょう。その時、世尊はこの義を観察し本末を究め、比丘たちに疑いを永遠に離れさせ、将来の衆生が大いなる明るい正法を見て久しく存続するようにと、大衆の前でこの偈を説きました。

## 出曜經卷第一

> 『出曜経』第一巻