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title: "出曜經 · 15 忿怒品"
description: "出曜经是姚秦时期著名译经师竺佛念所译的佛教经典，属于早期汉传佛教重要文献之一。该经主要阐述佛陀的教法，内容涵盖修行方法、因果业报、戒律规范等核心教义，具有鲜明的实践指导意义。竺佛念作为五世纪初重要译经家，其译文准确流畅，对佛教在中国的传播影响深远。出曜经不仅反映了早期佛教思想体系，也为研究中国佛教发展史提供了珍贵资料，在汉传佛教经典中占有重要地位，是了解原始佛教教义的重要参考典籍之一。"
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## 出曜經卷第十六

> 出曜経 第十六巻

姚秦涼州沙門竺佛念譯

> 姚秦涼州沙門竺仏念訳

### 忿怒品第十五

> 怒りの章 第15

不怒而興怒， 不造而行惡，彼受其苦痛， 今世亦後世。

> 怒らないのに怒りを起こし、悪を行わないのに悪をなす。その人は苦しみを受ける。この世でも、後の世でも。

昔佛在拘奢彌瞿師園中。爾時彼村眾多比丘好喜鬪諍，惡眼相視共相毀辱。爾時世尊告諸比丘：「止止比丘！勿共鬪諍。所以然者，比丘當知！怨不息怨，忍乃息怨，是如來正法。何以故？過去久遠無數世時，迦尸國王名梵摩達，拘薩羅王名曰長壽。時，梵摩達王即集四兵，象兵馬兵步兵車兵，攻伐長壽王土界。時長壽王聞外境有軍馬至，復集四兵，象兵馬兵步兵車兵，出往迎逆與共戰鬪，生擒梵摩達身，摧破大眾，語梵摩達曰：『赦汝生命歸汝本國，自今以去更莫叛逆。』時梵摩達得還本國，未經幾時復集四種兵，象兵馬兵步兵車兵，往詣攻拘薩羅國求共鬪戰。長壽王內自思惟：『吾先與共戰鬪，擒獲己身摧破大眾，不能自改既往之失，今復來戰侵我土境。』長壽王輕將數騎往與共戰，為梵摩達所破，輕走得脫，及將第一夫人，侍臣有一，隱處深山無人之處，藏形滅跡恐有知者。時，長壽王復重思惟：『吾居深山無方自存，當習詩頌歌詠，遊處人間乞丐自存。』如其所念即習歌頌，兼學彈琴鼓瑟，音響流利與琴相入，在在處處以得自存。時，梵摩達王第一大臣出梵志種，聞此國界寒儉乞士夫婦二人，遊在人間彈琴鼓瑟乞丐自存，即遣人喚欲聽音樂。乞者到家共相慰勞即設音樂，大臣聞已歡喜踊躍不能自勝，即告乞人：『汝等夫婦二人孤窮倮露恒乏衣食，可住我家教習後生，常當供給不令乏短。』時，彼乞士第一夫人垂垂欲產，內生此心語其夫曰：『我向生念，願得四種兵眾圍我數匝，得好幃帳而寢其中，洗利刀汁欲得飲之。君能辦不？』夫報其妻：『我等二人為梵摩達所壞，亡失國土，那得辦此四種兵眾，及好幃帳洗利刀汁？』其妻語夫：『設不辦者，正爾取死。復用活為？』爾時大臣即喚乞士在前作樂，聲與琴合琴與聲合，或時琴與聲違聲與琴違，大臣問曰：『觀卿作樂而有不悅，身有患耶？心有所念乎？』乞士報曰：『身無苦患，唯心有所念耳。』問曰：『汝何所念？可說情故。』答曰：『我所將妻，懷妊日滿垂產在近，欻生此念：「欲得四種兵眾圍繞數匝，寢好幃帳，洗利刀汁而欲飲之，得便存活不得便死。」審當爾者，我用活為？』大臣報語：『卿且自寧勿懷憂慮，當設權計辦四種兵。』即如其語辦四種兵，圍繞數重，寢好幃帳飲洗刀汁，即生男兒顏貌殊特有豪貴相。大臣見已跽向夫人三自稱善！舉聲說曰：『拘薩羅國復生聖主，係嗣王位自今熾盛。』告己兵眾：『莫傳此語，及使彰露當誅戮之。』時梵摩達竊聞長壽彈琴鼓瑟人間乞求，即遣人捕得閉在牢獄。長生太子漸長成人，詣諸大臣豪貴長者，自訴求願口出斯言：『願諸賢士行檀布施分德立善，設有毫釐福者，盡施長壽王！早得解脫畢此苦原。』梵摩達王，竊復聞知長壽太子長生者，遊在人間與父乞恩勸人修善，願及父身早免苦難。梵摩達王瞋恚興盛，即出長壽王詣於都市，長生後執利劍高聲白父：『我堪此間脫父厄難。』長壽王報曰：『止止童子！夫人立行，亦莫見短亦莫見長。』傍人聞之，謂為長壽王知死逼近狂有所說，長壽報傍人曰：『其中智者童子，乃當識吾往言耳。』即於市上斬為七段。長生太子見己，身中沸血遍滿身中，瞋恚內盛不敢顯外。復詣諸大臣所求哀請恩，『我父無過橫為貴主所殺，形尸暴露捐在都市，無人殯藏收拾形骸。願諸賢士與我收拾起七偷婆，華香供養如世常法。』即如其語收拾供養起七偷婆。長生太子內自思惟：『梵摩達王暴虐無道，侵我境土奪我民眾，復取父王都市斬殺。我宜逃走出此國界，捕得我者不免此患。』即將夫人出國逃走到他方土，復習琴瑟歌聲調和，在在處處乞丐自存。漸漸以次還入本國，梵摩達王聞有乞士將母自隨，彈琴鼓瑟家家乞索，音響清和見莫不歡，即遣人喚將入深宮，晝夜聽樂乃無厭足，形命相委如同產子。時，梵摩達出外遊獵，長生太子御車遊獵，恒導險難無人之處，不按正路不附兵眾。太子自念：『昔破我國劫奪我民枉殺我父，今不報怨何日可果？』復御獵車轉入深山。時，梵摩達疲頓欲得懈息，即告御者：『可於此頓，吾今疲極欲小止息。』即如其言住車止息。王告御者：『汝坐，吾欲枕汝膝上。』王即枕而眠。長生太子內自思惟口發斯語：『此梵摩達王暴虐無道，侵我境土奪我人民枉殺我父，思欲報怨，正是今日，若不殺者何日可果？』時長生太子即拔利劍俟王頸項，退復追念：『昔我父王臨終時教誡我曰：「童子當知，夫人立行，宜唯貴信義。」違父遺意者則非孝子。又勅我曰：「汝莫見短亦莫見長。」設當殺此王者違我父教。』即還內劍息恚不興。時，梵摩達王於夢中驚，忽然覺寤，身體流汗衣毛皆竪。長生太子問其王曰：『向如安眠，何為驚寤？』王告御者：『汝欲知不？我向安眠，夢見長壽王兒長生，右手執劍左捽吾髻，以刀俟我項曰：「吾欲報怨，汝知不乎？」即於夢中復重悔責：「昔我父王臨欲終時慇懃教勅：『夫欲勝怨唯當以忍。』」以是之故於夢驚覺。』御者白王：『還安眠，勿復驚懼。王欲知不？長壽王子長生者我身是也。昔我父王以法治化不枉人民，王自暴虐，侵我境土奪我人民枉殺我父，思欲報怨，於此深山正得王便，今不報怨何日可果？向實拔劍俟王頸，退復追念父王教誡：「童子當知，夫人立行，唯貴信義，慎莫念惡，惡加人形終不得解。」設我違父遺意者則非孝子，欲崇父教誡故即便內劍耳。今原前𠎝不錄其罪，欲還將王早歸國界，得至彼已任王刑斬。』即共載車還本宮殿，普集大臣而告之曰：『卿等云何設見長壽王太子者，卿等如何？』其中或有說者：『設當見者，先截手足却取殺之。』復有說者：『當生剝其皮，爾乃却殺。』復有說者：『當以火炭箭射之。』異口論者不可稱計。時，梵摩達王告諸群臣：『長壽王太子者今此人是。卿等勿興惡意生殺害心於此太子。所以然者，我由此人得存命根。』爾時梵摩達王，即沐浴長生太子，著王者服頭戴天冠，妻以一女，還立為拘薩國王。」

> 昔、仏は拘舎弥の瞿師園におられました。そのとき、その村の多くの比丘たちは争いを好み、悪い目つきで互いににらみ合い、傷つけ合っていました。 そこで世尊は比丘たちに告げられました。「やめなさい、比丘たちよ。争ってはならない。なぜなら、比丘たちよ、知るがよい。怨みは怨みによっては止まない。忍耐によってこそ怨みは止む。これが如来の正法である。 なぜか。遠い昔、数えきれないほどの世代をさかのぼったとき、迦尸国の王を梵摩達といい、拘薩羅国の王を長寿といった。そのとき、梵摩達王は四種の兵――象兵・馬兵・歩兵・車兵――を集め、長寿王の国土を攻めた。長寿王は外境に軍が迫っていると聞くと、同じく四種の兵を集め、出陣して迎え撃ち、梵摩達を生け捕りにし、その大軍を打ち破った。そして梵摩達に言った。『おまえの命を赦し、本国へ帰してやろう。今後は決して背いてはならない。』 梵摩達は本国に帰ると、間もなく再び四種の兵を集め、拘薩羅国を攻めに来た。長寿王は心の中で思った。『私は先に戦って彼を捕らえ、大軍を破ったが、彼は過去の過ちを改めず、また攻めてきて私の国土を侵そうとしている。』長寿王はわずかな騎兵を率いて戦ったが、梵摩達に破られ、かろうじて逃げ延び、第一夫人と一人の侍臣だけを連れて、人里離れた深山に身を隠し、痕跡を消して知られまいとした。 長寿王はまた考えた。『深山にいては生きる術がない。詩や歌を習い、人里に出て物乞いをして暮らそう。』思ったとおりに歌を習い、琴や瑟を弾くことも学び、その音は流れるように琴と調和し、どこへ行っても暮らしを立てることができた。 梵摩達王の第一の大臣はバラモンの家系の出であったが、国境のあたりに、みすぼらしい乞食の夫婦が人里を巡り、琴や瑟を弾いて物乞いして暮らしていると聞き、人を遣わして呼び寄せ、音楽を聴こうとした。乞食の夫婦が大臣の家に来て互いにねぎらい、音楽を奏でた。大臣は聞いて喜びおどり、自分を抑えられないほどだった。そして乞食の者に言った。『おまえたち夫婦は身寄りもなく裸同然で、いつも衣食に困っている。わが家に住んで後進に教え、常に不足のないよう供給してやろう。』 そのとき、乞食の者の第一夫人は、今にも子を産もうとしていた。心にこんな思いが生じて夫に言った。『私に一つの願いが浮かびました。四種の兵に何重にも囲まれ、立派な帳の中で寝て、研いだ刀の汁を飲みたいのです。あなたは叶えられますか。』夫は妻に答えた。『われわれ二人は梵摩達に破られ、国を失った身だ。どうして四種の兵や立派な帳、研いだ刀の汁など用意できよう。』妻は夫に言った。『もし叶えられないなら、このまま死にます。生きていて何になりましょう。』 そこで大臣は乞食の者を呼び、前で楽を奏でさせた。声と琴が合い、琴と声が合うこともあれば、琴と声が食い違い、声と琴が食い違うこともあった。大臣が問うた。『そなたの奏でる楽を聞くと、どこか晴れない様子だ。体でも患っているのか、心に思いがあるのか。』乞食の者は答えた。『体の患いはありません。ただ心に思いがあるだけです。』『何を思っているのか、話してみなさい。』『私が連れている妻は、出産が間近です。ふとこんな思いを起こしました。「四種の兵に何重にも囲まれ、立派な帳で寝て、研いだ刀の汁を飲みたい。叶えば生き、叶わねば死ぬ。」もしそうなら、生きていて何になりましょう。』 大臣は言った。『そなたはしばらく心を落ち着け、心配するな。何とかして四種の兵を用意しよう。』言葉どおりに四種の兵を用意し、何重にも囲ませ、立派な帳で寝かせ、研いだ刀の汁を飲ませると、男の子が生まれた。その顔かたちは際立ってすぐれ、高貴な相を備えていた。大臣はこれを見て、夫人に向かってひざまずき三度称賛し、声をあげて言った。『拘薩羅国に再び聖なる主が生まれた。王位を継ぎ、今後ますます栄えるだろう。』そして自分の兵たちに告げた。『このことを漏らしてはならない。もし露見させれば処刑する。』 やがて梵摩達は、長寿が琴や瑟を弾いて人里で物乞いしていると密かに聞き、人を遣わして捕らえ、牢獄に閉じ込めた。長生太子はしだいに成長した。大臣や豪族、長者たちのもとへ行き、自ら願いを訴えてこう言った。『どうか皆さま、布施を行い、功徳を分かち善を立ててください。わずかでも福があれば、すべて長寿王に施し、早く解脱してこの苦しみを終えられますように。』梵摩達は、長寿太子こと長生が人里を巡り、父のために恩を乞い、人々に善を勧め、父の身が早く苦難を免れるよう願っていると、また密かに知った。梵摩達の怒りは激しくなり、長寿王を市中に引き出した。 長生は後ろから利剣を手にし、高声で父に言った。『私はここで父の厄難を逃れさせられます。』長寿王は答えた。『やめなさい、子供よ。人が行いを立てるには、短を見てもならぬ、長を見てもならぬ。』傍の者はこれを聞き、長寿王は死が近いと知って狂ったことを言っているのだと思った。長寿は傍の者に言った。『その中の智慧ある童子こそ、私の言葉の意味を悟るだろう。』そして市中で七つに斬られた。 長生太子はこれを見て、体中に血が沸き、怒りが内に満ちたが、外には表さなかった。また大臣たちのもとへ行き、哀れみと恩を乞うて言った。『私の父は罪もなく、むざむざ主君に殺され、屍はむき出しのまま市中に捨てられ、だれも葬り収める者がいません。どうか皆さま、私とともに遺骸を収め、七つの塔を建て、花や香で供養してください。世の習わしのとおりに。』言葉どおりに収めて供養し、七つの塔を建てた。 長生太子は心に思った。『梵摩達王は暴虐で道に背き、私の国土を侵し、民を奪い、さらに父王を市中で斬り殺した。私はこの国を逃れ出るべきだ。捕まればこの難を免れない。』そこで夫人を連れて国を逃れ、他国へ行き、また琴や瑟と歌を習い、その調べを調和させ、どこへ行っても物乞いして暮らした。しだいに本国へ戻ってくると、梵摩達王は、母親を連れた乞食の者が琴や瑟を弾いて家々を巡り、その音が清らかに和み、見る者は喜ばぬ者がないと聞き、人を遣わして呼び寄せ、深宮に招き入れ、昼も夜も楽を聴いて飽きることがなかった。まるで我が子のように身命を委ねた。 あるとき、梵摩達が外へ狩りに出ると、長生太子が御者として狩りに従い、常に険しく人のいない所へ導き、正しい道をたどらず、兵たちからも離れた。太子は思った。『かつて我が国を破り、我が民を奪い、我が父をむざむざ殺した。今こそ怨みを報いずに、いつ果たせるというのか。』また狩りの車を御して深山へ入った。 梵摩達は疲れ果て、休息したくなり、御者に告げた。『ここで止まろう。私はひどく疲れたので少し休みたい。』言われたとおりに車を止めて休んだ。王は御者に言った。『そなた座れ。私はそなたの膝を枕にしたい。』王はすぐに枕にして眠った。 長生太子は心に思い、口にした。『この梵摩達王は暴虐で道に背き、我が国土を侵し、我が民を奪い、我が父をむざむざ殺した。怨みを報いたい。まさに今日こそ、殺さずばいつ果たせるのか。』長生太子は利剣を抜き、王の首にあてがったが、退いてまた思った。『かつて我が父王は臨終のとき、私を教え戒めて言った。「童子よ、知るがよい。人が行いを立てるには、ただ信義を貴ぶべきである。」父の遺志に背く者は孝子ではない。また私に命じた。「汝は短を見てもならぬ、長を見てもならぬ。」もしこの王を殺せば父の教えに背く。』そこで剣を収め、怒りを静めて起こさなかった。 そのとき、梵摩達王は夢の中で驚き、はっと目を覚まし、体に汗を流し、衣の毛がすべて逆立った。長生太子が王に問うた。『先ほどは安らかに眠っておられたのに、なぜ驚いて目覚められたのですか。』王は御者に告げた。『汝は知りたいか。私は先ほど安らかに眠り、夢で長寿王の子・長生を見た。右手に剣を執り、左手で私の髪を掴み、刀を私の首にあてて言った。「私は怨みを報いたい。汝は知っているか。」そこで夢の中でまた悔い責めた。「かつて我が父王は臨終のとき、懇ろに教え戒めた。『怨みに勝とうとするなら、ただ忍耐によるべきである。』」そのために夢で驚き目覚めたのだ。』 御者は王に言った。『どうかまた安らかにお眠りください。もう驚かないでください。王よ、知りたいですか。長寿王の子・長生とは、この私です。かつて我が父王は法をもって治め、民をむざむざ傷つけませんでした。王はみずから暴虐に、我が国土を侵し、我が民を奪い、我が父をむざむざ殺しました。怨みを報いたいと思い、この深山でちょうど王を得ました。今報いずばいつ果たせるのか。先ほど確かに剣を抜き王の首にあてましたが、退いてまた父王の教えを思い出しました。「童子よ、知るがよい。人が行いを立てるには、ただ信義を貴び、慎んで悪を思うな。悪を人に加えれば、終に解けることはない。」もし私が父の遺志に背けば孝子ではありません。父の教えを尊ぶために、剣を収めたのです。今、以前の罪を許し、その罪を問いません。王を連れて早く国境へ帰り、そこに至れば王の刑に任せて斬られましょう。』 そして共に車に載せて元の宮殿へ帰り、大臣たちを広く集めて告げた。『卿たちはどうか。もし長寿王の太子に会ったら、卿たちはどうするか。』中にはこう言う者がいた。『もし会ったなら、まず手足を切り落とし、それから殺す。』またこう言う者がいた。『生きたまま皮を剥ぎ、それから殺す。』またこう言う者がいた。『火のついた炭の矢で射る。』口々の議論は数えきれなかった。 そのとき、梵摩達王は群臣に告げた。『長寿王の太子とは、この人のことである。卿たちよ、この太子に悪意を起こし、殺害の心を抱いてはならない。なぜなら、私はこの人によって命を保つことができたのだから。』そして梵摩達王は長生太子を沐浴させ、王者の衣を着せ、天冠を頭に戴かせ、一人の娘を妻とし、拘薩羅国の王として立て直した。

佛告比丘：「古昔諸王檢意自守，修忍如地視怨如赤子，不造怨讎，況汝等諸族姓子！以信堅固出家學道，剃除鬚髮著三法衣，不能行忍互相是非，以小致大共相毀辱，為是宜不於彼眾中鬪訟。」比丘前白佛言：「唯願世尊！暫屈威神至彼比丘眾中，乃當知曲直耳。彼人自恣罵詈不慮禁法，我等有何不如能默然忍之？」爾時世尊觀彼比丘不受其教，即騰上虛空還本精舍，復集聖眾說斯頌曰：

> 仏は比丘たちに告げられた。「昔の王たちは、心を慎んで自らを守り、地のように堪え忍び、怨みのある者を幼い子のように見て、恨みを結ばなかった。ましてや、あなたがた一族の者たちよ。固い信仰をもって出家し、道を学び、髭と髪を剃り、三つの法衣を身にまとっていながら、堪え忍ぶことができず、互いに是非を争い、小さなことを大きなことにして互いに辱め合う。これでよいだろうか。そのような集まりの中で争ってはならない。」 比丘たちは仏に申し上げた。「どうか世尊、しばらく威神の力をお屈めになって、あの比丘たちの集まりへおいでください。そうすれば、どちらが正しいか分かるでしょう。あの者たちは勝手に罵り、戒めの法を顧みません。私たちにどうして黙って堪え忍ぶことができましょうか。」 そのとき世尊は、あの比丘たちが教えを受け入れないのをご覧になり、虚空へと昇ってもとの精舎にお戻りになり、ふたたび聖なる僧衆を集めて、この詩を説かれた。

「不怒而興怒， 不造而行惡，彼受其苦痛， 今世亦後世。」

> 怒っていないのに怒りを起こし、 悪いことをしていないのに悪を行えば、 その人はその苦しみを受ける。 この世でも、後の世でも。

無過而強生過者，今世後世而受其痛。

> 過ちがないのに無理に過ちをでっち上げる者は、この世でもあの世でも苦しみを受ける。

先自漏罪， 然後害人， 彼此興害，如鳥墮網。

> まず自らの罪を隠し、そのうえで他人を傷つける。互いに害し合うさまは、鳥が網に落ちるようなものだ。

先自漏罪者，或有眾生心識倒錯，數興惡念不能禁制，是故說，先自漏罪也。然後害人者，夫人興惡結嫌積久，常求方便思惟計數，然後乃得發惡於外。已生惡念，不得思惟道德，是故說，然後害人也。彼比丘興惡者，復以偈報之：

> まず自分自身の罪を漏らすとは、ある衆生の心の識が倒錯して、しばしば悪念を起こして禁じることができない者がいる、それゆえ「まず自ら罪を漏らす」と説くのである。次に人を害するとは、人が悪を起こして恨みを結ぶこと久しく積もれば、常に手立てを求めて思惟し計り数えて、それからようやく外に悪を発することができる。すでに悪念を生じれば、道徳を思惟することができず、それゆえ「次に人を害する」と説くのである。かの比丘が悪を起こす者に対して、また偈をもってこれに答えた。

「多結怨讎， 禍患流溢， 實無過咎，怨者何望？」

> 怨恨を重ねれば、災いが溢れ出る。 こちらに少しの過ちもないのなら、 怨む者はいったい何を望むというのか。

是故說，彼此興害也。如鳥墮網者，昔有鷹王搏撮群鳥獲得一鳥，名伽頻闍路，高飛遠翔詣高山頂。時伽頻闍路並說斯言：「是我身過當復告誰？設我恒守本業舊居者，則不為汝所擒。」鷹王問曰：「本業舊居在何所乎？」雀報鷹曰：「高山絕岸深澗石聚則我舊墟，若在彼者終不為汝所擒。」鷹告雀曰：「今且放汝聽歸本居，觀吾力勢為能獲汝身不？」時鳥雀得歸，住兩石間，遙語鷹王：「汝設可者暫下共戰。」鷹王聞已恚怒熾盛，鼓翼奮勢，從空中下欲搏撮之，鳥入石間鷹摧翅翮於此命終。是故說，如鳥墮網羅也。

> だからこそ説かれるのです、互いに害し合うことについて。網に落ちた鳥のように。昔、鷹の王が群れの鳥を捕らえ、ガビンジャルという一羽の鳥を得ました。鷹は高く遠く飛び、山の頂へと向かいました。そのときガビンジャルはこう言いました。「私の身が過ちを犯したとしても、誰に告げられようか。もし私がいつも自分の本来の住みかと仕事を守っていたなら、あなたに捕らえられることはなかったでしょう。」鷹の王が問いました。「本来の住みかと仕事とはどこにあるのか。」雀は鷹に答えました。「高い山の切り立った崖、深い谷、石の集まる所、それが私の古い住みかです。もしそこにいれば、決してあなたに捕らえられることはありません。」鷹は雀に告げました。「今しばらくお前を放し、もとの住みかに帰らせてやろう。私の力がお前を捕らえられるかどうか、見てみよう。」そのとき鳥は帰ることができ、二つの石の間にとどまり、遠くから鷹の王に語りました。「あなたにできるなら、しばらく降りて共に戦いましょう。」鷹の王はこれを聞いて怒りが激しく燃え上がり、翼を打ち鳴らし勢いを奮い、空から降りてこれを捕らえようとしました。鳥は石の間に入り、鷹は翼を折り、ここで命を終えました。だからこそ説かれるのです、網に落ちた鳥のように、と。

害人得害， 行怨得怨， 罵人得罵，擊人得擊。

> 人を傷つければ自分も傷つき、 恨みを抱けば自分も恨まれ、 人を罵れば自分も罵られ、 人を打てば自分も打たれる。

害人得害者，眾生處世志趣不同，己身行惡自然不祐，舉手打人仍更自害，是故說。害人得害也。行怨得怨者，復有暴惡眾生，晝夜念惡。常伺人短心常思惟：「某村某家，劫奪我牛強取我財，殺我知親侵我田業，要當伺捕方便報其重怨。」思惟挍計不去心懷，設復出家道心未固學日既淺，內心思惟：「某甲比丘曾共止住，取我坐具鍼筒鑰拇沙門六物至今不還。」但思惟諸物不念修道，不知後報卒至為身招禍。是故說，行怨得怨也。罵人得罵者，若有罵詈反得其辱不自觀省，皆由愚惑緣致斯罵，不知受報亦復不久。修行人所修，彼行人者分別前人，計罵盡寂了無形質，若人罵我知之為空，吾耳往聽悉無所有，彼虛我寂誰有罵者？是故我今忍而不起。夫人罵詈法自有極，四大為形不久居世，快意斯須，不知久久涉苦無量。是故說，罵人得罵也。擊人得擊者，夫人相嫉毀人善行，性無常則喜怒無恒。或有愚人不遇師訓，既不廣學志性闇鈍，結怨在心終已不解，如斯之人不當與坐起言語飲食歡醼，人欲之造見則不吉，成事傾敗不果本願。是故說，擊人得擊也。

> 人を害すれば害を受ける。生きとし生けるものは世に処して志も趣もそれぞれ異なり、自ら悪を行えば自然に守りはなく、手を挙げて人を打てばかえって自らを害することになる。それゆえ説くのである。人を害すれば害を受ける、と。 怨みを行えば怨みを受ける。さらに暴悪な生きとし生けるものがあり、昼夜ともに悪を念じ、常に人の短所を伺い、心に常に思う——「あの村のあの家は、私の牛を奪い、私の財を無理に取り、私の親しい者を殺し、私の田畑を侵した。必ずや機を伺って捕らえ、その重い怨みに報いよう」と。思い計りを巡らせて心から離さず、たとえ出家しても道心がまだ固まらず学びの日も浅ければ、内心に思う——「あの比丘はかつて私と共に住み、私の座具・針筒・鑰拇・沙門の六物を今に返さない」と。ただ諸の物を思うばかりで修道を念じず、後の報いがにわかに至りて身に禍を招くことを知らない。それゆえ説くのである。怨みを行えば怨みを受ける、と。 人を罵れば罵を受ける。もし罵り詈ればかえって辱めを得て、自ら省みることがない。すべて愚かさと迷いによってこの罵りが生じ、報いを受けるのもまた遠くないことを知らない。修行者が修するところ、その修行者は前の人を分別し、罵りを計ればついに寂として形も質もないと悟る。もし人が私を罵ると知ればこれを空とし、わが耳が聞きに行ってもすべて何もない。彼は虚しく我は寂かなれば、誰か罵る者がいるだろうか。それゆえ私は今、耐え忍んで起こさない。そもそも人の罵りには法としておのずから限りがあり、四大を形として世に久しく居ない。快いのはわずかの間で、久しく無量の苦を経ることを知らない。それゆえ説くのである。人を罵れば罵を受ける、と。 人を撃てば撃を受ける。そもそも人は互いに嫉み、人の善行を毀り、性は無常にして喜怒も定まらない。あるいは愚かな人が師の教えに遇わず、すでに広く学ばず志性も暗鈍で、怨みを心に結んで終に解かない。このような人とは、座を共にし起ち居し言語し飲食し歓宴するべきではない。人がこれに近づけば不吉となり、事を成しても傾き敗れて本の願いを果たさない。それゆえ説くのである。人を撃てば撃を受ける、と。

斯何沙門， 不知正法， 壽既短促，復結怨為？

> この修行者はなんと浅はかなのか。正しい法も知らず、命はあまりに短いのに、どうして怨みを結ぶのでしょうか。

斯何沙門者，夫言沙門者，履行清虛離世八業志崇清淨，乃謂沙門。如今卿等沙門，荷珮法服，不能禪寂六情閉塞五欲，世間榮寵心求染著，設遭毀辱悔欲就俗。夫為沙門，若遭榮寵不以增歡，設遇毀辱不以加慼，爾乃名為沙門。是故說，斯何沙門也。不知正法者，是時，世尊告諸比丘：「汝等雖出家學，種姓若干意行不同，或畏王法而出家者，或避重役而共出家，如斯之心不可親近。已能出家當修正業，六時行道晝夜不廢，復當思惟福度眾生，設欲飲食，意願一切不獨為己。汝等諸人，雖言為道行與願違，過去賢聖所以教人，法衣表識者，欲令除內穢垢。卿等穢人假被法服，污染真形壞敗表識。」是故說不知正法也。壽既短促者，佛告比丘：「生處五濁，雖云百年臥消其半，命多危險，受四大身如蛇蟄聚，一增百病共相危害，樂少苦多憂患萬端苦痛難量，不能端意思惟以求真道方便，興起慢嫉履凡夫行。」是故說，壽既短促也。復結怨為者，人身難得佛世難值像法難遇，雖得為人，不能練精進行禪燕，役神方更隨時進趣，與世同流又不廣顯三寶訓悟後學，三塗八難何日當空？是故說，復結怨為也。

> 沙門とは何か。そもそも沙門とは、清らかな行いを守り、世間の八つの業から離れ、清浄を志す者を沙門と呼ぶのです。ところが、あなたがた沙門は法衣を身にまといながら、六つの感覚を静めることもなく、五つの欲望を閉ざすこともなく、世間の栄誉や寵愛を心に求めて執着しています。もし侮辱されれば、悔しさから俗世に戻りたいと願うのです。真の沙門とは、栄誉を受けても喜びを増さず、侮辱を受けても悲しみを加えない者、まさにそれを沙門と名づけるのです。それゆえ「沙門とは何か」と説くのです。 正法を知らないとは。あるとき、世尊が比丘たちに告げられました。「あなたがたは出家して学んではいるが、生まれや身分はさまざまで、志も行いも異なっている。王の法を恐れて出家した者、重い労役を避けるために共に出家した者、そのような心は近づいてはならない。すでに出家できたなら、正しい業を修め、六つの時を定めて道を行じ、昼も夜も怠ってはならない。さらに、福によって衆生を救うことを思い、飲食を欲するときも、ただ自分のためだけではなく一切のためにと願いなさい。あなたがたは皆、道のための行いと言いながら、その願いと行いは食い違っている。過去の賢聖が人を教えるとき、法衣を身につけさせるのは、内なる穢れや垢を除かせるためなのだ。あなたがた穢れた者が仮に法衣をまとい、真の姿を汚し、その証を壊しているのだ。」それゆえ「正法を知らない」と説くのです。 寿命はすでに短く急であるとは。仏が比丘たちに告げられました。「生まれるところは五濁の世であり、百年と言ってもその半分は臥して過ごす。命は危険が多く、四大の身を受けることは蛇の巣のように、一つ増えれば百の病が共に危害を加える。楽しみは少なく苦しみは多く、憂いや患いは万端で、苦痛は量り難い。それなのに、心を正して思惟し、真の道を求める方便を起こすこともできず、慢心や嫉妬を起こして凡夫の行いを踏んでいる。」それゆえ「寿命はすでに短く急である」と説くのです。 さらに怨みを結ぶとは。人の身を得ることは難しく、仏の世に値うことも難しく、像法に遇うことも難しい。たとえ人となっても、精進して禅を行ずることもできず、心を費やしてただ時に従って進み、世間と同じ流れに身を任せ、また三宝の教えを広く示して後の学び手を悟らせることもない。三途八難はいつになったら空しくなるのだろうか。それゆえ「さらに怨みを結ぶ」と説くのです。

人相謗毀， 自古至今， 既毀多言，又毀訥訒， 亦毀中和， 世無不毀。

> 人の批評は、昔も今も変わらない。 おしゃべりな人もけなされ、 口が重い人もけなされ、 ほどよい人もまたけなされる。 この世に、けなされない人はいない。

昔佛在羅閱城竹園迦蘭陀所。爾時調達往至世尊所，頭面禮足在一面立，須臾前白佛言：「我觀如來顏色變易諸根純熟，年過少壯垂朽老邁，唯願世尊自閉靜室禪定自娛，四部之眾願見付授我當教誡，如世尊無異，隨時供養四事不乏。」爾時世尊告調達曰：「咄愚所啟不慮後殃，舍利弗、目連比丘，由尚不付授眾僧，況汝嗽唾弊惡之人可付授聖眾耶？」爾時調達內興妬嫉，聞世尊語已倍生恚怒：「如來今日讚歎舍利弗、目連比丘，而更輕賤小弟，要當求便喪滅師徒，使此國界眾生不覩其形不聞其聲。」是時，調達比丘即從坐起禮足退歸，在在處處巧言偽辭誑惑於俗，勸誘世人得數十人，在在處處共相勸勉取要言之。爾時世尊與無央數大眾，圍遶而為說法。爾時調達告己弟子曰：「汝等莫聽瞿曇所說。所以然者？所說不隨正法，吾有一一深經好義當以相教。」恒求方便欲壞亂如來聖眾。爾時世尊告調達曰：「止止調達！慎勿興意壞亂聖眾，後備受報其痛難忍。」爾時調達執意牢固不改其行。爾時世尊知彼意正終不可迴，便以宿命通，觀過去無數阿僧祇世因緣宿對所經歷事。是時，調達將五百弟子，如來自觀為菩薩身，復將五百弟子俱遊寶積山側，菩薩門徒寬仁柔和，教以正法修持禁戒，出入進止不越其序。調達眾者己行不均，門徒弟子盡法師則，出言麤󰉕語輒興恚，與弟子論如怨鬪訟。弟子厭患不堪侍從，盡捨調達往就菩薩。菩薩得已歡喜踊躍不能自勝，並自稱說：「吾有千弟子，眾德具足，與世殊絕，誰能及者？」調達得是，極興恚怒即發誓願：「此人今日誘我弟子壞我門徒，正使此人後成無上等正覺時，我當壞彼徒眾如今無異。」如來觀知調達比丘，必壞聖眾定無有疑，如來即從坐起捨眾而去。何以故？有五事不得壞亂眾僧：一者如來目前，不得壞亂眾僧，如來威神不捨本誓故。二者如來般泥洹後，不得壞亂眾僧。設有人言：「我今成佛逮最正覺。」當以此問之：「釋迦文佛在時，汝為所在？」三者未曾有惡時，不得壞亂眾僧。四者比丘不競利養，不得壞亂眾僧。五者智慧神足弟子和合，不得壞亂眾僧。諸佛世尊常法，神足智慧弟子，一日之中聖眾終不空缺，如來以宿命智觀，必知調達當壞亂眾僧，如來即捨而去，調達在後與眾說法：「若有眾生事我為尊，承受教誡當習五法。何以故？行此五法早得解脫，何假沙門瞿曇說八直行？云何為五？一盡形壽常守三衣。二盡形壽常當乞食。三盡形壽不得食肉飲血。四盡形壽常當樹下露宿。五盡形壽不得獲持金銀寶物。諸有比丘修此五法者，早得解脫盡有漏成無漏，何假沙門瞿曇八直行耶？」調達說是語已即從坐起，五百比丘尋從而去，左面弟子名曰鏗荼陀婆，右面弟子名曰瞿婆離，歸本所居，弟子前後圍繞而為說法。舍利弗、目連比丘後往彼眾，調達見已舉聲稱善：「善來！舍利弗、目連比丘！吾獲大利，知我成佛三界獨尊，智慧神足弟子自然響應。」爾時調達即移瞿波等左右弟子坐，舍利弗、目連安處左右。爾時調達像如如來，告舍利弗、目連曰：「吾患脊痛小欲安睡，卿等二人與聖眾說法。」爾時調達右脇著地欲得睡寐，天神強挽調達左脇在地，天神復厭誑有言語，鼾聲現外穢氣遠徹。爾時尊者目連以神足力飛騰虛空作十八變，坐臥經行涌沒自由，或身上出火身下出水，或身下出火身上出水，東沒西涌四方亦爾。爾時目連從空中還就本坐，尊者舍利弗告眾會人：「如來之身神德無量，具一切智，前達無窮却覩無極；如來法者得現法報快樂無為，智者之所修學，非愚者之所習；如來聖眾者，戒具成就智慧成就解脫成就解脫見慧成就，可敬可貴，承事供養為眾生良祐福田。」爾時諸比丘各生此念：「我等愚惑不識真正，捨實就華棄本逐末。今日觀二賢所說，世之希有！我等寧可捨此調達，就如來眾，不亦快乎？」舍利弗知其心念即從坐起，彼五百比丘亦皆俱起，隨舍利弗、目連後追隨而去。時，瞿波離比丘以右脚蹋調達曰：「弊惡調達何為躭睡？舍利弗、目連二人，將汝弟子去盡。」爾時調達覺寤甚懷憂慼。是故說，人相謗毀，自古至今，乃至世無不毀也。

> 昔、仏は羅閲城の竹園迦蘭陀の所におられました。その時、調達は世尊のもとへ行き、頭を地につけて足を礼拝し、一方に立っていましたが、しばらくして仏に申し上げました。「私は如来のお顔の色つやが変わり、諸々の感覚器官が衰え、年は若壮を過ぎて、まさに老いに傾こうとしているのを見ます。どうか世尊、ご自身は静かな部屋に閉じこもり、禅定を楽しんでください。四部の衆は私にお授けください。私が教え導きましょう。世尊と少しも変わることなく、時宜に応じて四つの供養を絶やさず行いましょう。」 その時、世尊は調達に告げました。「まあ、愚かな者が言うことだ。後の災いを考えないとは。舎利弗や目連のような比丘でさえ、まだ僧衆を任せてはいない。ましてやお前のような唾を吐きかけるような悪い者に、聖なる衆を任せられるものか。」 その時、調達は心の中に嫉妬を起こし、世尊の言葉を聞いて、いっそう怒りを募らせました。「如来は今日、舎利弗や目連の比丘を褒めそやし、私のような弟分を軽んじ蔑ろにした。きっと機会をとらえて師弟ともども滅ぼし、この国の衆生がその姿を見ることも声を聞くこともできないようにしてやろう。」 そこで調達比丘は座から立ち、足を礼拝して退き帰りました。あちこちで巧みな偽りの言葉を使って世間の人々を惑わし、人々を勧め誘って数十人を得ました。あちこちで互いに勧め励まし合いました。 その時、世尊は数えきれないほどの大衆に囲まれて説法していました。調達は自分の弟子たちに告げました。「お前たちは瞿曇の説くところを聞いてはならない。なぜか。彼の説くところは正法に従っていないからだ。私には一つ一つ深い経とよい教えがあるので、それを教えよう。」常に便宜を図って如来の聖衆を乱し壊そうと求めていました。 その時、世尊は調達に告げました。「やめなさい、やめなさい、調達よ。くれぐれも聖衆を乱し壊そうという思いを起こしてはならない。後でその報いを十分に受け、その苦しみは耐え難いものとなるぞ。」 しかし調達は意志を固く守り、その行いを改めませんでした。世尊は彼の心が正しく、ついに戻ることはないと知り、宿命通によって過去の無数の阿僧祇世の因縁と宿縁の報い、経験してきたことを観察しました。 その時、調達は五百の弟子を連れていました。如来は自ら菩薩の身を観じ、また五百の弟子を連れてともに宝積山の側を遊行しました。菩薩の門弟たちは寛仁柔和で、正法を教え、戒を修め守り、出入り進退はその順序を越えませんでした。調達の衆は自らの行いが均しくなく、門弟たちは皆、法師を則として、荒い言葉を口にすればすぐに怒りを起こし、弟子と論じ合うのは怨敵が争うかのようでした。弟子たちは嫌気がさして耐えられず、皆、調達を捨てて菩薩のもとへ行きました。菩薩は彼らを得て、喜び踊り、自分を制することができず、こう言いました。「私には千の弟子がいる。功徳は十分に備わり、世に類なく優れている。誰が及ぶだろうか。」 調達はこれを聞いて、激しく怒り、すぐに誓願を立てました。「この人は今日、私の弟子を誘い、私の門弟を壊した。たとえこの人が後に無上等正覚を成し遂げても、私は彼の徒衆を壊し、今と同じようにしてやろう。」 如来は調達比丘が必ず聖衆を壊すことを観じ知り、疑いありませんでした。如来はすぐに座から立ち、衆を捨てて去りました。なぜか。五つの事があって僧衆を乱し壊すことはできません。第一に、如来の目前では僧衆を乱し壊すことはできません。如来の威神が本誓を捨てないからです。第二に、如来が般泥洹した後も僧衆を乱し壊すことはできません。もし人が「私は今、成仏し最正覚に達した」と言うなら、こう問うべきです。「釈迦文仏が在世の時、あなたはどこにいたのか」と。第三に、まだ悪の時が訪れていないなら、僧衆を乱し壊すことはできません。第四に、比丘たちが利養を争わないなら、僧衆を乱し壊すことはできません。第五に、智慧と神通の弟子たちが和合しているなら、僧衆を乱し壊すことはできません。諸仏世尊の常の法として、神通と智慧の弟子たちにより、一日の中でも聖衆が欠けることはありません。 如来は宿命智によって観じ、調達が必ず僧衆を乱すことを知り、如来はすぐに捨てて去りました。 調達は後ろで衆に説法しました。「もし衆生が私を尊として仕え、教えを受け入れるなら、五つの法を習うべきです。なぜか。この五つの法を行えば早く解脱を得られる。なぜ沙門瞿曇の説く八直行を借りる必要があろうか。五つとは何か。第一に、一生の間、常に三衣を守ること。第二に、一生の間、常に乞食すること。第三に、一生の間、肉を食べ血を飲んではならないこと。第四に、一生の間、常に樹下に露宿すること。第五に、一生の間、金銀宝物を持ってはならないこと。これらの五つの法を修める比丘は、早く解脱を得て、有漏を尽くして無漏を成し遂げる。なぜ沙門瞿曇の八直行を借りる必要があろうか。」 調達はこの言葉を説き終えてすぐに座から立ち、五百の比丘も続いて去りました。左の弟子は鏗荼陀婆といい、右の弟子は瞿婆離といい、本の住まいに帰り、弟子たちに前後を囲まれて説法しました。 舎利弗と目連の比丘は後でその衆のもとへ行きました。調達は彼らを見て声を上げて称賛しました。「よく来た、舎利弗、目連の比丘よ。私は大いなる利益を得た。私が成仏し三界に独り尊いことを知り、智慧と神通の弟子たちが自然に呼応した。」 その時、調達はすぐに瞿波ら左右の弟子の座を移し、舎利弗と目連を左右に安く座らせました。調達は如来のように振る舞い、舎利弗と目連に告げました。「私は背中の痛みを患っているので、少し眠りたい。あなたたち二人は聖衆と説法しなさい。」 調達は右脇を地につけて眠ろうとしましたが、天神が力を込めて調達を引き、左脇を地につけました。天神はまた、偽りや言葉があることを嫌い、鼾声が外に現れ、穢れた気が遠くまで届きました。 その時、尊者目連は神足力で虚空に飛び騰り、十八の変化作を行い、座り臥し経行し、涌き没すること自由自在で、あるいは身の上から火を出し身の下から水を出し、あるいは身の下から火を出し身の上から水を出し、東に没して西に涌き、四方もまた同様でした。 その時、目連は空中から本の座に戻りました。尊者舎利弗は衆会の人々に告げました。「如来の身は神徳無量で、一切智を具え、前に達すること窮まりなく、後に観ること極まりありません。如来の法は、現法の報を得て、快楽無為であり、智者が修学するもので、愚者が習うものではありません。如来の聖衆は、戒具成就、智慧成就、解脱成就、解脱見慧成就で、敬うべき貴ぶべきもので、承事供養すれば衆生の良き福田となります。」 その時、諸比丘はそれぞれこの思いを生じました。「私たちは愚かで惑い、真正を知らず、実を捨て華に就き、本を棄て末を逐った。今日、二人の賢者の説くところを観るに、世に希有である。私たちはむしろこの調達を捨て、如来の衆に就くべきではないか。なんと快いことか。」 舎利弗は彼らの心の思いを知り、すぐに座から立ちました。その五百の比丘も皆、一緒に立ち、舎利弗と目連の後を追って去りました。 その時、瞿波離比丘は右脚で調達を蹴って言いました。「悪い調達よ、なぜ眠り耽っているのか。舎利弗と目連の二人が、お前の弟子を皆連れて行ってしまった。」 その時、調達は目を覚まし、非常に憂い悲しみました。 それゆえに説くのです。人は互いに謗り毀ることが、古から今に至るまで、世に毀れることのないものはない、と。

斷骨命終， 牛馬財失， 國界喪敗，復還聚集。

> 骨が断たれて命が終わり、 牛や馬や財産を失い、 国が滅びても、 また再び集まるのです。

爾時世尊告諸比丘：「昔長壽王身分為七段，亡國失土，由尚忍怨不起，共相尊敬還立國土如本無異。汝今比丘！當以道德自持共相懺悔，大者以法、小者承受，汝等云何不知正法？當念忍辱、歎說忍力，所行真正歎說真正。比丘當知，吾所以從無數阿僧祇劫積行已來，修六度無極行檀修施，頭目髓腦國財妻子，持戒忍辱精勤一心，皆欲除貪除瞋怒想。」是故說，斷骨命終，國界喪敗也。

> そのとき、世尊は比丘たちに告げられた。 「むかし長寿王は体を七つに分けられ、国を失い領土を奪われた。それでもなお、恨みを起こさず、互いに尊敬し合って、もとのままに国を建て直した。あなたがた比丘たちよ、道徳をもって自らを保ち、互いに懺悔しなさい。目上の者は法をもって導き、目下の者はそれを受け入れなさい。あなたがたはどうして正しい法を知らないのか。忍辱を心に念じ、忍ぶ力のすばらしさをたたえ、真実の行いをたたえなさい。比丘たちよ、知りなさい。私が数えきれないほどの長い時をかけて修行を積み、六度の限りない行を修め、布施を実践してきたのは、頭や目、骨の髄、国や財産、妻子さえも施し、持戒・忍辱・精進・一心に努めてきたのは、すべて貪りを除き、怒りの思いを除くためであった。」 こうして説かれた。骨を断たれ命を終え、国境が滅び失われることについてである。

人若罵我， 勝我不勝， 快意從者，怨終不息。

> 人に罵られても、勝ち負けにこだわらず、相手の思い通りにならなければ、恨みはいつまでも続くことはない。

人若罵我者，人自思惟：「彼人罵我，不隨禁律枉侵良善。」是故說，若人罵我也。勝我不勝者，彼自思惟：「如我法者則我得勝，不如法者則我不勝。」是故說，勝我不勝也。快意從者，作是思惟者，遂增怨讎不諦思惟，是故說，快意從者。怨終不息者，如此之人，心如剛鐵不可沮壞，是故說，怨終不息也。

> 人が私を罵ったとき、その人はこう考えるべきです。「あの人が私を罵るのは、戒律に従わず、善い人を不当に傷つけているのだ」と。だから「人が私を罵る」と言うのです。自分より勝れた者がいる、勝れていない者がいるとき、その人はこう考えます。「私が法にかなっているなら、私は勝っている。法にかなっていないなら、私は勝っていない」と。だから「勝れた者、勝れていない者」と言うのです。気ままに心の赴くままに従う者とは、このように考える人のことで、かえって怨みを募らせ、正しく真理を思惟しないのです。だから「気ままに従う者」と言うのです。怨みはついに消えることがないとは、このような人の心は固い鉄のように、いかなるものも打ち砕くことができないということです。だから「怨みはついに消えることがない」と言うのです。

不可怨以怨， 終已得休息，行忍得息怨， 此名如來法。

> 恨みを恨みで返してはいけない。そうすればいつかは争いが終わる。耐え忍ぶことで恨みは消える。これが如来の教えである。

不可怨以怨者，是時世尊告諸來會：「吾自追憶無數劫已來，怨能息怨，人身難得佛世難遇，猶如憂曇鉢華時時乃有，難得為人出家學道亦不可果。汝等已得人身，諸根不缺堪任受化，何為於正法中共相諍競？」是故說，不可怨以怨，終已得休息也。行忍得息怨，此名如來法者，夫人行忍寂默為首，聽彼已報聞彼罵已還以罵報，如是之比怨終不息，弱名忍強亦名為勝，是故說，行忍得息怨，此名如來法也。

> 怨みを怨みで返してはいけない、と。そのとき世尊は集まった人々に告げられた。「わたしは無数の劫の昔を思い起こしても、怨みを怨みで消すことはできない。人の身を得ることは難しく、仏の世に出会うことも難しい。ちょうど優曇鉢の花が時たまにしか咲かないように、人として生まれ出家して道を学ぶこともまた、成し遂げ難い。あなたがたはすでに人の身を得て、諸器官に欠けるところなく、教えを受けるにふさわしい。なぜ正しい法の中で互いに争うのか。」だからこう説くのです。怨みを怨みで返してはいけない、ついには休まることを得る、と。耐え忍ぶ行いによって怨みが鎮まる、これを如来の法という、と。人の耐え忍ぶ行いは、静けさを第一とする。相手の報復を聞き、相手の罵りを聞いて、罵り返すならば、このような怨みはついに消えることはない。弱いものが忍ぶことを強いとも名づけ、また勝れているとも名づける。だからこう説くのです。耐え忍ぶ行いによって怨みが鎮まる、これを如来の法という、と。

若得親善友， 共遊於世界，不積有遺餘， 專念同其意。

> 親しい善き友を得て、 ともに世を歩むならば、 何も積み残すことなく、 ただ一心にその人と同じ心で向き合おう。

若得親善友者，或有眾生禮儀成就，於行不缺，義味成就、忍行成就，皆由朋友成就身行，是故說，若得親善友。共遊於世界者，如此善友，從劫至劫共相追隨不以為苦，是故說，共遊於世界也。不積有遺餘者，夫人意等不計財貨，亦復不選擇知親，正使朋友出在卑賤，善色惡色若好若醜不得選擇，是故說，不積有遺餘也。專念同其意者，發心起行齊同其善篤信向佛，是故說，專念同其意也。

> 親しい善き友を得たなら、あるいは衆生が礼儀を成就し、行いに欠けることなく、義の味を成就し、忍の行を成就する。これらはみな友によって身の行を成就するのである。だから説く、「親しい善き友を得たなら」と。世界をともに遊ぶとは、このような善き友は、劫から劫へと互いに追随し、苦とは思わない。だから説く、「ともに世界を遊ぶ」と。積んで余りを残さないとは、人は財貨を数えず、また親しいかどうかを選ばない。たとえ友が卑しい身分にあろうと、美しい色であれ醜い色であれ、好であれ醜であれ、選ぶことはできない。だから説く、「積んで余りを残さない」と。専ら念じてその意と同じくするとは、心を発し行いを起こし、等しくその善を同じくし、篤く仏に向かって信じる。だから説く、「専ら念じてその意と同じくする」と。

設不得親友， 獨遊無伴侶，廣觀諸方界， 獨善不造惡。

> 親しい友もなく、一人で伴侶もなく歩み、 広くあらゆる世界を見渡し、 ただ独り善を尽くし、悪をなさない。

設不得親友者，所謂親友者，行齊德同俱造於善乃名親友，不造善行者不名為親友。如世常言，人無有伴侶如驢牛俱，修不善行不得名為善友，是故說，設不得親友也。獨遊無伴侶者，寧獨遊處快修善行，不以弊惡與人共俱，是故說，獨遊無伴侶也。廣觀諸方界者，人欲觀化觸類所見漸以益智，聞語不惑，是故說，廣觀諸方界也。獨善不造惡者，是以智士樂靜不居亂閙。昔有敵國大王興兵相攻，隣國聞之，臣啟王曰：「外有賊寇逼近土境。」王曰：「無苦，無所堪任。」賊復前進，臣復白王：「賊已逼至轉來到城。」王言：「無能侵我。」賊遂入城固守城郭。臣復白王：「賊寇逼近，王宜防備出共鬪戰。」王言：「無苦，終不害我。」外寇轉進直趣宮殿，臣復白王：「賊今已至，王欲云何？」時王沐浴更著新衣，自負糧食，出見敵國隣王而告之曰：「城郭宮殿是卿所有，吾欲入山且修道德，食足支命衣足蓋形。」爾時王便說頌曰：

> 親しい友人が得られないとしても、である。そもそも親友とは、行いを共にし徳を同じくし、共に善を成す者を親友という。善行を成さない者は親友とは言わない。世間でよく言うように、人の伴侶となる者がいなければロバや牛と一緒であるかのようだ。不善の行いを修める者は善き友とは言えない。だから「設(たと)い親友を得ずとも」と説くのである。独り遊び伴侶なき者は、むしろ独りで過ごし快く善行を修し、悪しき者と共にいることはない。だから「独り遊び伴侶なし」と説くのである。よく諸方の世界を観るとは、人が教化を観ようとして触れるものごとに見るものを次第に増し智慧を益し、語りを聞いても惑わない。だから「広く諸方の世界を観る」と説くのである。独り善を成し悪を造らないとは、これによって智慧ある者は静けさを楽しみ乱れた騒がしさに居ないのである。昔、敵国に大きな王がいて兵を興して互いに攻め合った。隣国がこれを聞き、臣下が王に申し上げた。「外に賊がおり、領土の境に迫っております。」王は言った。「心配ない、何もできないだろう。」賊はさらに前進し、臣下はまた王に申し上げた。「賊はすでに迫り、城にやって来ました。」王は言った。「我を侵すことはできない。」賊はついに城に入り、城郭を固く守った。臣下はまた王に申し上げた。「賊が迫っております。王よ、防備を固め出て共に戦うべきです。」王は言った。「心配ない、ついに我を害することはない。」外の賊はさらに進み、まっすぐ宮殿へと向かった。臣下はまた王に申し上げた。「賊は今すでに至りました。王よ、いかがなさいますか。」その時、王は沐浴して新たな衣に着替え、自ら食糧を背負い、出て敵国の隣の王に会い、こう告げた。「城郭も宮殿もあなたのものである。私は山に入りしばらく道徳を修めよう。食は命を支えるに足り、衣は形を覆うに足りる。」その時、王はそこで頌を説いた。

「吾今此衣食， 自求欲隱形，捨位卿為王， 且欲求多福。寧處巖石間， 麤衣弊惡食，食果數息定， 麋鹿共相娛，不以處王位， 考掠苦毒病。智者畏後世， 終不造惡緣。觀卿興兵眾， 欲來傷害吾，是身為朽器， 時殺勿枉眾。」

> 私は今、衣食を自ら求め、ひっそりと身を隠したい。 王の位を捨ててあなたに譲り、ただ多くの福を求めたいのだ。 むしろ岩の間にとどまり、粗末な衣と乏しい食べ物で暮らし、 果物を食べ、呼吸を数えて心を静め、鹿たちと共に楽しむ。 王の位にあって、責め苦や病の苦しみを受けることはない。 賢い者は来世を恐れ、決して悪い因縁を作らない。 あなたが兵を挙げ、私を害そうとしているのを見る。 この体は朽ちた器にすぎない。時が来れば殺めよ、無駄に多くの者を巻き込むな。

時彼敵國王聞是語已熟自思惟，復以此偈報曰：

> そのとき、敵国の王はこの言葉を聞くと、深く考え込み、次の詩で答えました。

「快哉大覺士， 依法而自將，被一切德箭， 摧破我兵眾。雖怨智慧勝， 親友愚何益？是以慧為首， 智慧廣濟度。」

> 「なんと素晴らしいことか、大いなる悟りを開いた方よ。 法に従って自らを導き、 あらゆる徳の矢を身に帯びて、 私の兵たちを打ち破られた。 たとえ敵であっても智慧に優れていれば、 親しい友が愚かであれば何の益があろうか。 だからこそ慧を第一とし、 智慧によって広く人々を救い渡すのである。」

時敵國王即退軍馬，將己兵眾歸還本國，宮殿屋舍盡還本王。是故說，廣觀諸方界，獨善不造惡也。

> そこで敵国の王はただちに軍を退き、自国の兵たちを連れて本国へ帰り、宮殿や屋舎はすべてもとの王に返された。だからこう説くのです。広くあらゆる世界を見渡し、ひとり善を修め、悪を造らないのだと。

忍辱勝怨， 善勝不善， 勝者能施，至誠勝欺。

> 耐え忍ぶことは怒りに勝り、 善は不善に勝り、 勝者は施しを与え、 真心は欺きに勝ります。

忍辱勝怨者，兩劍所俟必有傷損，遇毒毒治必死不疑，唯有忍者能去其怨，是故說，忍勝怨也。善勝不善者云何？卿等頗聞火之稟性有冷義耶？對曰無之。此亦如是，怨欲息怨終不可得。何者能息？唯有善者乃能息耳。是故說，善勝不善也。勝者能施，修善之人，行無缺漏，意不起想，果能惠施；結怨之人，為身招禍，死入地獄受苦無量，共相傷害死而復生，若生人中顏貌醜陋，為人輕慢所願不果。是故說，勝者能施也。至誠勝欺者，智者行身不犯口過，出言應律無所觸嬈，正使身死不以妄言綺語而求苟活，經歷生老涉苦無量，目見耳聞怨讎最重，是故說，至誠勝欺也。

> 忍辱が怨みに勝つとは、二本の剣が向かい合えば必ず傷つく者がいるように、毒に毒で対処すれば必ず死ぬことに疑いはありません。ただ忍ぶ者だけが怨みを除くことができるのです。だからこそ説かれます、忍辱は怨みに勝ると。善が不善に勝つとはどういうことでしょうか。あなたがたは、火の性質に冷たさがあると聞いたことがありますか。いいえ、ないと答えます。これも同じです。怨みを怨みで消そうとしても、決して消えることはありません。何が消すことができるのか。ただ善だけが消すことができるのです。だからこそ説かれます、善は不善に勝つと。勝つ者は施しを与えることができます。善を修める人は、行いに欠けがなく、心に無益な思いを起こさず、その結果として施しを与えることができます。怨みを結ぶ人は、自らに災いを招き、死んで地獄に落ち、測り知れない苦しみを受け、互いに傷つけ合い、死んではまた生まれ、たとえ人として生まれても顔かたちは醜く、人に軽んじられ、願いは成就しません。だからこそ説かれます、勝つ者は施しを与えることができると。至誠が欺きに勝つとは、智者は身を行じても口の過ちを犯さず、言葉を発すれば律にかなって誰も傷つけません。たとえ身が死んでも、偽りの言葉や飾りたてた言葉でいたずらに生き延びようとはしません。生老病死を経て測り知れない苦しみを味わい、目にし耳にする怨みや仇は最も重いものです。だからこそ説かれます、至誠は欺きに勝つと。

學無朋類， 不得善友， 寧獨守善，不與愚諧。

> 善き友を得られず、学ぶ仲間もいないのなら、 一人で善を守るほうがよい。 愚かな者と交わるよりは。

學無朋類者，夫人廣學當憑善知識，從初發意至得道，皆憑善知識乃得成就；若遇惡友行必愚惡。是故說，學無朋類也。不得善友者，或復學人遇惡知識，晝夜鬪訟行惡為業，是故說，不得善友也。寧獨守善，不與愚諧者，設無朋類，當自建意，念在閑靜去離憒亂，設聞鬪訟者，常當遠離心不願樂，是故說，寧獨守善，不與愚諧也。

> 学ぶのに友を選ばないとは、そもそも広く学ぼうとする人は、よい師（善知識）に頼るべきである。最初に志を起こしてから道を得るに至るまで、すべてよい師によってこそ成就できる。もし悪い友に出会えば、行いは必ず愚かで悪くなる。だから「学ぶのに友を選ばない」と言うのである。 よい友を得られないとは、ある学ぶ人が悪い師に出会い、昼夜を問わず争いごとをし、悪を行うことを仕事とする。だから「よい友を得られない」と言うのである。 むしろ独りで善を守り、愚か者とともにいないほうがよいとは、もし友がなくても、自分で決意を固め、静かな場所で心を落ち着け、騒がしい混乱から離れるべきである。もし争いごとを聞いたなら、いつも遠く離れ、心からそれを望まないようにする。だから「むしろ独りで善を守り、愚か者とともにいないほうがよい」と言うのである。

樂戒學行， 奚用伴為？ 獨善無憂，如空野象。

> 戒めを楽しみ、学びを実践するなら、誰かと連れ立つ必要があろうか。ひとり善く生きることは憂いがない。まるで、何もない野原に立つ象のように。

樂戒學行者，夫修行人心樂閑靜，恒以禁戒自纓絡身。爾時世尊告拘苫鞞比丘：「諫喻止訟。」比丘聞已不受佛教。佛知其意即從坐起，飛騰虛空十二由旬，還本精舍至大眾中，而說頌曰：

> 戒を楽しみ修行する者は、修行者として心から静けさを好み、いつも戒律を身にまとっている。そのとき、世尊は拘苫鞞比丘に「争いをやめよ」と諭された。しかし、その比丘は仏の教えを受け入れなかった。仏はその心を知り、すぐに座から立ち上がり、虚空を十二由旬ほど飛んで、もとの精舎に戻り、大衆の中にいて、次のように唱えられた：

「樂戒學行， 奚用伴為？ 獨善無憂，如空野象。」

> 戒を楽しみ、学び、行じるなら、なぜ仲間が必要だろうか。 独りで善を行えば憂いなく、 空しい野に立つ象のように。

爾時世尊便作是念：「拘苫鞞好憘鬪訟各相謗毀，吾今已離之，正使我聞拘苫鞞比丘在其方者，吾當避之而就他方。」爾時有一象王離諸群索居，獨遊曠野心自思惟：「得離諸象及諸宗親，獨遊在此何以快哉？我在象中時群多縱逸，蹋蹈水草然後吾乃得食；今日獨行，得清水好草亦無憂慮。」爾時世尊見彼象心中所念，便於大眾而說頌曰：

> そのとき、世尊はこうお思いになった。「拘苫鞞の者たちは争いを好み、互いにそしり合っている。私は今、そこを離れた。たとえ拘苫鞞の比丘たちがいる方へ行くことになっても、私はそれを避けて別の方へ行こう。」 そのとき、一頭の象の王が群れを離れて一人で暮らし、広い野を独り歩きしながら心に思っていた。「象の群れや親族から離れて、ここで独り遊ぶのはなんと気持ちよいことか。象の群れの中にいたときは、みなが勝手気ままに走り回り、水や草を踏みにじってからでないと私は食べられなかった。今日は独りで歩き、澄んだ水も良い草も心配なくいただける。」 そのとき、世尊はその象の心に思い浮かべていることをご覧になり、大勢の人々に向かって次の詩を唱えられた。

「一象於象眾， 六牙而備具，心念與吾同， 獨善而樂靜。」

> 一頭の象が象の群れの中にいて、 六本の牙をすっかり備えている。 その心は私と同じ思いを抱き、 ひとり善くあり、静けさを楽しんでいる。

一象於象眾者，如來身者亦名龍象，彼象者亦名龍象，如來世雄三界獨尊，象者龍中獨尊，是故說一象於象眾也。六牙而備具者，牙者象之威怒自纓絡身，功德者如來相好，如來見彼拘苫鞞比丘自生厭患，象者患厭群眾，是故說，獨善無憂，如空野象也。

> 如来の身体もまた龍象と呼ばれます。象もまた龍象と呼ばれます。如来は世の英雄として三界にただ独り尊く、象は龍の中でただ独り尊いのです。それゆえに「象の群れの中の一頭の象」と説かれるのです。六つの牙を備えているとは、牙は象が怒りの威を示し自ら身を飾るものです。功徳とは如来の相好です。如来はあの拘苫鞞比丘が自ら厭い離れようとするのをご覧になりました。象は群れの中にいることを厭います。それゆえに説かれるのです。「ただ独り善く、憂いなく、空しい野の象のように」と。

## 出曜經卷第十六

> 出曜経 第十六巻