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title: "淨土指歸集 · 水澄月現"
description: "明代高僧大佑法师所集《净土指归集》是净土宗重要典籍之一。该书成书于明初佛教复兴时期，系统汇编了净土经典核心教义与历代祖师精要开示，内容涵盖念佛方法、往生条件及净土依正庄严。其以简明导引为特色，助修行者确立信愿行，归心西方极乐世界。作为净土修行权威指南，该书深刻影响了汉传佛教净土法门的弘扬与实践，至今仍被奉为修学净业的重要依据。"
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### 水澄月現

> 水澄めば月現る

無為居士楊次公曰。大願聖人從淨土來。來實無來。深心凡夫往淨土去。去實無去。彼不來此。此不往彼。而其聖凡會遇兩得交際者何耶。彌陀光明。如淨滿月。徧照十方。水清而靜。則月現全體。月非取水而遽來。水濁而動。則月無定光。月非舍水而遽去。在水則有清濁動靜。在月則無取舍去來。故華嚴解脫長者云。知一切佛猶如影像。自心如水。彼諸如來不來至此。我不往彼。我若欲見安樂世界阿彌陀如來。隨意即見。是知眾生注念。定見彌陀。彌陀來迎。極樂不遠。乃稱性實言。非權教也决疑集序○天衣懷禪師室中問學者云。若言舍穢取淨。厭此欣彼。則是取舍之情。眾生妄想。若言無淨土。則違佛語。修淨土者。當如何修。眾無語。復自答云。生則決定生。去則實不去。又云。譬如雁過長空。影沉寒水。雁絕遺踪之意。水無留影之心。

> 無為居士の楊次公が言う。大願の聖人は浄土より来たり、来るも実には来たらず。深心の凡夫は浄土へ往き、往くも実には往かず。彼はここに来ず、ここは彼へ往かず。しかるに聖と凡とが会い遇い、互いに交わるのはなぜか。弥陀の光明は、清らかに満ちた月のごとく、十方を遍く照らす。水が清く静かならば、月は全体を現す。月は水を取って急に来たるにあらず。水が濁り動けば、月は定まった光なし。月は水を捨てて急に去るにあらず。水には清濁動静あるも、月には取舍去来なし。故に華厳経の解脱長者は言う。一切の仏は影像の如く、自心は水の如しと知れ。彼の諸如来はここに来たらず、我は彼に往かず。我もし安楽世界の阿弥陀如来を見んと欲すれば、意のままに即ち見る。これによりて知る、衆生が念を注げば、必ず弥陀を見、弥陀が来迎すれば、極楽遠からず。これは性に称える実言にして、権教にあらず<note>决疑集序</note>○天衣の懐禅師、室中にて学者に問うて云く。もし穢を捨て浄を取り、これを厭い彼を欣うと言わば、すなわち取舍の情、衆生の妄想なり。もし浄土なしと言わば、すなわち仏語に違う。浄土を修する者は、いかんぞ修すべきや。衆、語なし。復た自ら答えて云く。生ずれば則ち決定して生ず、去くれば則ち実には去かず。また云く。譬えば雁が長空を過ぐれば、影は寒水に沈む。雁は踪を遺すの意なく、水は影を留むるの心なし。