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title: "宋高僧傳 · 唐京兆菩提寺束草師傳"
description: "宋高僧传由北宋赞宁等人奉敕编撰于太平兴国七年，是继唐高僧传后重要的佛教传记文献。全书三十卷收录南朝至宋初十宗共五百三十三位高僧事迹，分译经义解习禅明律护法感通遗身读诵兴福杂科十科。该书系统记载中古佛教传承脉络与宗派发展，史料翔实文体典雅，为研究中国佛教史社会史及文化史的核心典籍，与梁唐明高僧传并称四朝高僧传，在佛教文献学中具有承前启后的权威地位。"
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### 唐京兆菩提寺束草師傳

> 唐京兆菩提寺束草師伝

釋束草師者，無何而至京兆平康坊內菩提寺。其為人也，形不足而神俊，吟嘯自得，罕接時人，且不言名姓。常負束󱡐，坐臥於兩廊下，不樂住房舍，或云此頭陀行也。經數年，寺內綱任勸其住房。或有誚其狼藉，曰：「爾厭我邪？世不堪戀，何可長也？」其夕遂以束󱡐焚身，至明唯灰燼耳，且無遺骸，略盡污塗之臭，又無延燎驚咤之聲。計其少󱡐，不能焚此全軀。既無孑遺，然其起三昧火而自焚也。眾皆稱歎，民多觀禮焉。京邑信士遂塑其灰為僧形，置于佛殿偏傍，世號束草師，禱祈多應焉。

> 束草師という僧は、いつの間にか京兆の平康坊にある菩提寺に現れました。その風貌は、体つきは貧弱ながらも精神は優れており、ひとりで詩を吟じたり口笛を吹いたりして楽しみ、ほとんど人と交わらず、名前も明かしませんでした。常に草の束を背負い、回廊の下に座ったり寝たりして、僧房には入ろうとせず、ある人は「これは頭陀行の実践者だ」と言いました。 数年が経ち、寺の責任者たちが彼に僧房を使うよう勧めました。ある者が彼の乱れた様子をあざ笑うと、彼は言いました。「私が気に入らないのか？この世は執着するに値しない。どうして長く留まれようか」。その夜、彼は草の束で自らを焼き、夜明けには灰だけが残り、遺体はまったく見当たりませんでした。焼け焦げる臭いもほとんどなく、燃え広がって人々が驚くようなこともありませんでした。考えてみれば、あのわずかな草の束では、体全体を焼き尽くすことはできないはずです。何も残らなかったということは、やはり三昧の火を起こして自らを焼いたのでしょう。 人々は皆これを称賛し、多くの見物人が礼拝に訪れました。都の信心深い人々は、その灰で僧の形を塑像にし、仏殿の脇に安置しました。世間では束草師と呼ばれ、祈願すると多くが叶うと言われています。

系曰：《處胎經》中菩薩禪定攝意，入火界三昧，愚惑眾生謂為菩薩遭劫火燒，是也。比丘實未及此，無象此以惑人。如能用少芻𮓐能焚巨骸，則可信矣！故書曰：「民無胥譸張為幻。」吁哉！

> 経典に曰く、『処胎経』の中で菩薩が禅定によって心を統一し、火界三昧に入られた時、無知な衆生は菩薩が劫火に焼かれたのだと思い込んだ、とある。比丘は実際にはこの境地に達しておらず、そのような姿を見せて人を惑わすことはない。もし少量の薪で巨大な骸を焼き尽くすことができたなら、信じるに足りよう。故に書物に「民は互いに欺き合い、幻を弄してはならない」とある。ああ、その通りである！