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title: "合訂天台三聖二和詩集 · 附張序"
description: "《合訂天台三聖二和詩集》汇集了唐代著名诗僧寒山、丰干、拾得的原诗，以及元代高僧梵琦和济岳的和诗。寒山、丰干、拾得并称天台三圣，其诗作以通俗语言阐发禅理，融合自然与佛法，在佛教文学史上影响深远。梵琦与济岳的和诗进一步弘扬了三圣的禅学思想，展现了后世僧人对前贤的敬仰与传承。该诗集不仅是佛教禅宗的重要文献，也是研究中国佛教诗歌与禅学思想的关键资料，具有极高的宗教与文学价值。"
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### 附重刻和天台三聖詩序

> 重刻和天台三聖詩序

楚石琦禪師自雙徑發悟後。作為詩文。皆第一義。如雪山肥膩。純淨無雜。本傳所載。著有北遊鳳山西齋三集。及和天台三聖。永明陶潛。林逋諸家詩。而西齋集。與和三聖詩。五百年來。尤膾炙於老儒尊宿之口。西齋集既刻於吳中。和三聖詩獨無傳本。輒以為恨。今歲清涼寺傳戒。隨藥藕二公登藏經閣。見有以禪林唱和集名者。乃楚石石樹二老人。和天台三聖詩也。爰分為三集。藕公刻原唱。藥公刻石樹。寂與季子栽。甫刻是編。一夕之聚。頓令三聖密語。二老心傳。並垂不朽。詢樂事也。昔汪大紳之論詩曰。有詩人之詩。有道人之詩。夫範水模山。吟風弄月。一草一木。窮其幽致。一字一句。盡其推敲。此詩人之詩。於出世第一義。渺不相值也。若夫道人之詩。一自真性中流出。通天地萬物之靈。而無所作為也。湧泉源萬斛之富。而不立一字也。苟得其意。雖漁歌樵唱。鳥語蟲吟。乃至山河大地。牆壁瓦爍。有情無情。若語若默。一一皆宣妙諦。塵塵普轉法輪。若是者可與讀楚石詩。并可與讀三聖詩。彼執指為月。隨語生解者。雖讀盡三藏十二部。如數他家寶。於己無分。何足以知是詩哉。光緒甲申季冬。海虞弟子張寂謹序。

> 楚石琦禅師は双径で悟りを開いて後、詩文を作るに、すべて第一義を旨とした。雪山の肥膩のごとく、純粋で雑じり気がなかった。本伝に載せるところによれば、『北遊集』『鳳山集』『西斎集』の三集を著し、また天台三聖、永明、陶潜、林逋らの諸家の詩に和した。そのうち『西斎集』と三聖詩に和したものは、五百年来、とりわけ老儒や尊宿の口に膾炙している。『西斎集』はすでに呉中で刻まれたが、三聖詩に和したものだけは伝本がなく、常にこれを遺憾としていた。 今年、清涼寺で伝戒があり、薬公・藕公の二師に随って蔵経閣に登ったところ、『禅林唱和集』と題するものを見つけた。これは楚石と石樹の二老が天台三聖の詩に和したものである。そこで三集に分け、藕公は原唱を刻し、薬公は石樹の和詩を刻し、寂は季子栽甫とともにこの編を刻した。一夜の集いによって、たちまち三聖の密語と二老の心伝とをともに不朽に垂れることとなった。まことに楽しいことである。 昔、汪大紳が詩を論じて言った。「詩人の詩あり、道人の詩あり」と。山水を描き、風月を吟じ、一草一木の幽致を極め、一字一句の推敲を尽くす。これが詩人の詩であり、出世の第一義とははるかにかけ離れている。もし道人の詩となれば、ひとたび真性の中から流れ出で、天地万物の霊に通じ、作為するところがない。湧泉のごとく万斛の富みを源とし、一字も立てない。もしその意を得れば、漁夫の歌や樵夫の唱え、鳥の語らいや虫の吟ずるところ、さらには山河大地、壁や瓦礫に至るまで、有情無情、語るも黙するも、一つひとつがみな妙諦を宣べ、塵塵ことごとく法輪を転ずる。このような者こそ、楚石の詩を読むに足り、また三聖の詩を読むに足るのである。 指を月と執り、言葉に随って解釈を生ずる者は、たとえ三蔵十二部を読み尽くしても、あたかも他家の宝を数えるがごとく、己には分がない。どうしてこの詩を知るに足りようか。 光緒甲申の季冬、海虞の弟子 張寂 謹んで序す。