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title: "雙峰山曹侯溪寶林傳（殘卷） · 第二祖阿難童中流寂滅品第六"
description: "雙峰山曹侯溪寶林傳殘卷由唐代僧人智炬編著。該書成於貞元年間，是研究禪宗早期歷史的重要文獻，尤其對南宗禪的傳承記錄具有關鍵價值。內容主要輯錄了從佛陀至中土六祖惠能等禪宗祖師的傳記、語錄和傳法機緣，旨在確立南宗禪的正統法脈。原書已大部散佚，現存殘卷雖非全貌，但為後世燈錄體史書如景德傳燈錄奠定了基礎，是了解禪宗思想演變與祖師信仰的珍貴史料。"
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## 雙峯山曹侯溪寶林傳卷第二失第二第十兩卷而京師徧問皆無

> 双峰山曹侯渓宝林伝 巻第二<note>第二巻と第十巻は失われており、都中に

### 第二祖阿難童中流寂滅品第六遂取聖曾集立章品補此卷由欠第十

> 第六章 第二祖阿難、童子中流寂滅品

尒時阿難尊者王舍城人也姓剎利帝斛𩚳王子𠀍戚即與佛同氣連枝出家即昇堂入室梵語阿難此云慶喜亦云歡喜為佛成道夜生父母歡喜故得嘉名於多刧中而修忍辱性不忤物常出美言情無卒暴多聞博達智慧揔持若海吞流如燈傳照佛智法藏悉在伊人先囑文殊今為近侍阿難乃先求四願允即依隨一者願佛不賜我故棄之衣及餘㱃食二者聽我隨佛別請三者諸比丘見佛有時聽我出入無時不須制約四者我至佛前所說經藏重為我說文殊白佛佛讚聦慧阿難善息譏疑皆聽所願二十年中侍奉無迨所有法藏纖豪不遺凡見醜惡未嘗毀呰曾隨如來至一平墅見其穴墓佛告曰何以此墓穴敗無人封樹阿難曰此墳中人心達大道一無所有門不閉塞常覩佛日清虛自在佛讚善哉又至一林見葉凋落顧問阿難曰此林何䟽荅曰人無寒暑禮儀不生木無榮枯誰知稟氣佛言善哉又於路次見一死犬迴問曰此犬甚臰誰能近者荅曰雖復臰穢而無臰想其齒白淨甚是可愛𠀍尊重嘆善哉阿難心無毀辱言多贊敬昔金龍尊佛所化功德無量

> その時、尊者アーナンダは王舎城の人であり、クシャトリア（刹利）の種姓に生まれた。ドロノダナ王（斛飯王）の王子であり、世俗の親戚関係では仏陀と同気連枝（同じ血筋）であった。出家して仏門に入ると、すぐに奥義を極めた。 サンスクリット語の「アーナンダ」を、この地では「慶喜」あるいは「歓喜」と訳す。これは、仏陀が成道された夜に生まれ、父母が大いに喜んだため、この良い名を得たのである。 彼は多くの劫にわたって忍辱（にんにく）の修行を積み、その性質は決して人に逆らうことがなく、常に美しい言葉を発し、粗暴な振る舞いがなかった。また、多聞博達（たもんはくたつ）で、智慧と陀羅尼（じゅ）をそなえ、その様は海が流れを飲み込むかのようであり、灯火が光を伝えるかのようであった。仏陀の智慧と法の宝蔵は、すべてこの人にあった。 先に文殊菩薩に託されていたが、今は仏陀の近侍となった。アーナンダはまず四つの願いを求め、それが許されてから師に従った。 第一に、願わくは、仏陀よ、私に衣や食べ物をお与えにならないでください。 第二に、私が仏陀と共に別の施主の招請を受けることをお許しください。 第三に、諸々の比丘（びく）が仏陀にお目にかかる時があっても、私の出入りは自由とし、制約を設けないでください。 第四に、私が仏陀の御前で説かれた経の蔵を、再び私のために説いてください。 文殊菩薩が仏陀に申し上げると、仏陀はアーナンダの聡明さを賛嘆された。アーナンダは良く非難の心を静め、すべての願いは聞き入れられた。 二十年の間、彼は怠ることなく仕え、すべての法蔵に対して、少しの欠けもなく伝えた。どんな醜い悪いものを見ても、決して毀（そし）ることはなかった。 かつて、仏陀に従ってある平原に行った時、そこに穴の開いた墓（はか）があるのを見た。仏陀が「なぜこの墓は穴が開き、誰も手を加えずに放置されているのか」と問われると、アーナンダは答えた。 「この墓の中の人は、心が大いなる道に達しており、何一つ所有するものがありません。ゆえに門は閉ざされず、常に仏陀の智慧の光を仰ぎ、清らかで虚ろなるままに、自在にあったのです」 仏陀は「善きかな」と讃えられた。 また、ある林で木の葉が落ちているのを見て、仏陀が振り返って「この林はなぜまばらなのだ」と問われると、アーナンダは答えた。 「人に寒暑がなければ、礼儀作法も生まれません。木に盛衰がなければ、いったい誰が自然の気（いのち）を受けていると知るのでしょう」 仏陀は「善きかな」と

時阿闍𠀍王知其法藏悉付阿難白言仁者昔如來迦葉二師滅度自我多故咸不覩見仁者於後般涅槃時願垂告語阿難曰然即以巡游國土宣暢真宗次第經行至一竹林聞一比丘悞念偈云

若人生百歲 不見水潦涸 不如生一日而得覩見之

> たとえ人が百年生きても、水たまりが干上がるのを見なければ、たった一日生きて、その様子を目にすることには及ばない。

阿難聞已嗟嘆曰

> 阿難はこれを聞いて、深く感嘆して言った。

𠀍閒一凡有 不解諸佛意 徒載四圍陀不如空身睡

阿難言已乃語彼比丘曰此非佛偈汝今當聽吾為汝宣偈佛云

若人生百歲不會諸佛機未若生一日而能決了之

彼比丘聞已即歸白師說阿難所正之偈彼師曰阿難老朽記念非真智慧衰殘言多錯謬慎勿隨之阿難却後依前聞誦悞偈謂曰我曾教汝佛偈何故由念邪言比丘曰我師教招不令棄捨阿難返自思惟人不可言言須得地彼輕我言而諷魔偈佛當在𠀍我即白佛聖已涅槃今向誰說作是念已地六震動須󱅨光輝下有一聖宿空中而說偈曰

彼者諷念偈實非諸佛語今遇歡喜尊而可依了之

前師與弟子聞聖宿菩󴅽現身說偈心生恭敬隨順佛語於一食證斯陀含果心自念言吾身老朽不宜久停將入涅槃永歸常樂乃憶阿闍𠀍王與吾盟誓事須相告即詣王宮而語門者為我奏王吾欲涅槃故來辭王閽官曰王當𮄎次覺即奏聞阿難曰然為我陳說即趣毗舍離城恒河岸側王於夢中見一隊仗𢺠從一蓋七寶嚴麗瓔珞殊妙至一寬平處四眾圍繞恭敬供養須󱅨之間忽降風雨摧折蓋柄珍寶墜地因此驚覺神情惘然門者奏曰阿難辭王入般涅槃值王𮄎次留言而去王聞悶絕良久乃甦顧問左右曰尊者當於何處入般涅槃大臣奏曰往毗舍離城王即嚴駕四兵賷持七寶至彼國土見阿難在弶伽中流而住王即瞻仰稽首三界人尊已棄我去暫馮願且莫涅槃毗舍離國王亦奉八珍精嚴三德在弶伽側而說偈言

至尊一何速而歸寂滅場願住須󱅨間而受於供養

尒時阿難以偈辭曰

二王善嚴住勿為苦悲戀涅槃當我淨而無語有故

阿難復念言我若向一國而𧼈涅槃者諸國持兵而諍舍利殘害他故何名慈慧可於弶伽中流而般涅槃令無爭競作是念已大地山河六種震動時雪山中有一仙人五通具足覩斯瑞應即與五百仙人飛空而至稽首禮足胡跪白言我於當證佛法願為我等而度出家阿難既受請已即化弶伽變作金地為諸仙人如應說法復作是念我昔所受弟子冝當悉集未逾食頃有五百羅漢從空而至為諸仙人出家受戒第一羯磨得初果三法竟得第四果中有二人一名商那和修二名末田底迦亦名末田地迦末田地時度須跋陀羅便證道果云我不欲見師滅度遂先入寂阿難告二第子曰昔如來以大法眼藏付于迦葉迦葉入定而付於我我今滅度用傳於汝汝等二人如法受行流通後世無令斷絕聽吾偈言

本來付有法付了言無法各各自須寤寤了無無法

阿難又告商那和修曰汝善行化繼聖傳揚汝後有嗣者度人籌盈石室後謂末田地曰如來語汝罽賔國中一百二十年閒有一比丘字末田地迦於彼化道利濟無涯汝當持此正法彼土宣揚我憶如來以諸比丘至彼國土住一大池邊語吾曰我涅槃後有一比丘名末田地迦在此池岸修習禪定彼池龍王深生敬重請於龍宮精陳供養龍乃縮水奉池願充精舍於池西北角別創小池可百餘里龍與眷屬五百自新而居龍因施池尅證那含尒時末田地迦受阿難旨往彼化緣一代光輝師資絕嗣阿難付法藏竟作十八變入風輪奮迅三昧分身四分奉忉利天一分奉娑竭羅龍王一分奉阿闍世王一分奉毗舍離王一分各起寶塔廣興供養自尒雲旋鸖繞梵奏香凝九月四生作禮祈󸃓當周第十主厲王十二年癸巳歲矣