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title: "大薩遮尼乾子所說經 · 之一"
description: "大薩遮尼乾子所說經由元魏時期北印度僧人菩提留支翻譯。該經屬大乘佛教經典，記錄了尼乾子大薩遮與佛陀的對話，闡述菩薩行的核心教義，包括發菩提心、修六度萬行及如來藏思想。經文強調眾生本具佛性，並深入探討了菩薩如何於世間實踐慈悲與智慧。此經對漢傳佛教如來藏學說的發展具有重要影響，為研究南北朝時期佛教思想與實踐提供了關鍵文獻，在佛教哲學體系中佔有崇高地位。"
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### 大薩遮尼乾子所說經一乘品第三之一

> 大薩遮尼乾子所説経　一乗品　第三 その一

爾時聖者文殊師利法王子菩薩如是問已，佛告文殊師利：「善哉，善哉！法王子！善哉，文殊師利！汝今善能問於如來、應、正遍知菩薩所行甚深法門。何以故？文殊師利！汝見諸法實義現前無有疑惑，究竟到於智波羅蜜第一彼岸，為欲利益無量眾生，令入菩薩無上道故，問如是法。文殊師利！汝能復為未來眾生然大明燈滅諸闇故，問如是法。善哉，善哉！文殊師利！汝今諦聽，我當為汝說菩薩行方便境界奮迅法門。」

> その時、聖者文殊師利法王子菩薩がこのように問いかけると、仏は文殊師利に告げられた。「善きかな、善きかな。法王子よ。善きかな、文殊師利よ。汝は今、如来・応供・正遍知が説く、菩薩の行う深遠な法の門について、よく問うた。なぜなら、文殊師利よ。汝は諸法の真実の意味を目の当たりに見て、何の疑惑もなく、智慧の波羅蜜の最上の岸に究竟して到っている。無量の衆生を利益し、菩薩の無上の道に入らせようと欲するがゆえに、このような法を問うたのだ。文殊師利よ。汝はさらに、未来の衆生のために大いなる明かりを灯し、すべての闇を滅ぼすがゆえに、このような法を問うたのだ。善きかな、善きかな。文殊師利よ。汝は今、よく聞け。我は汝のために、菩薩の行ずる方便の境地と奮迅の法門を説こう。」

文殊師利白佛言：「善哉，世尊！願樂欲聞。」時諸一切菩薩大眾一心同聲俱白佛言：「善哉，世尊！願樂欲聞。」

> 文殊師利が仏に申し上げました。「ありがとうございます、世尊よ。ぜひお聞きしたいと願っております。」 そのとき、すべての菩薩の方々も心を一つにして、声をそろえて仏に申し上げました。「ありがとうございます、世尊よ。ぜひお聞きしたいと願っております。」

爾時世尊欲說此法，告諸大眾：「諸善男子！若有善男子、善女人等，畢竟成就十二法者，乃能發於阿耨多羅三藐三菩提心。何等十二？一者、自性信大乘法，為離小乘狹劣心故，發菩提心；二者、自性成就大悲，為欲具足諸白法故，發菩提心；三者、直心本行堅固，為厭生死向彼岸故，發菩提心；四者、善集一切功德，為欲修滿諸願行故，發菩提心；五者、能善供養諸佛，為欲善起諸白法故，發菩提心；六者、身口意業清淨，為離一切諸惡行故，發菩提心；七者、遠離諸惡知識，為欲親近善知識故，發菩提心；八者、聞法如說修行，為不虛妄誑眾生故，發菩提心；九者、為欲利益一切，畜諸資生，不貪不慳故，發菩提心；十者、以得諸佛加護，為離一切諸魔加故，發菩提心；十一者、於諸眾生常起大悲，能捨內外一切諸物，為離慳嫉故，發菩提心；十二者、具法行力，為能成就諸功德故，發菩提心。善男子！是名十二妙法。若善男子、善女人成就此十二法者，乃能發於阿耨多羅三藐三菩提心。」

> その時、世尊はこの法を説こうとして、大衆に告げられた。「諸々の善き男子らよ、もし善き男子、善き女人が、ついに十二の法を成就するならば、その時にこそ無上正等覚（阿耨多羅三藐三菩提）の心を発することができる。その十二の法とは何か。 第一に、自らの本性として大乗の法を信じ、小乗の狭劣な心を離れるために発菩提心すること。 第二に、自らの本性として大悲を成就し、あらゆる善法を具足しようとして発菩提心すること。 第三に、直心をもって本行を堅固にし、生死を厭い彼岸に向かうために発菩提心すること。 第四に、あらゆる功徳をよく集め、願いや行いを満たそうとして発菩提心すること。 第五に、諸仏をよく供養し、あらゆる善法を起こそうとして発菩提心すること。 第六に、身・口・意の業を清らかに保ち、あらゆる悪行を離れるために発菩提心すること。 第七に、悪い知識を遠ざけ、善知識に親しもうとして発菩提心すること。 第八に、法を聞いてその通りに修行し、虚妄に衆生を欺かないために発菩提心すること。 第九に、一切の衆生を利益しようとして、生活に必要なものを蓄え、貪りや吝嗇を離れるために発菩提心すること。 第十に、諸仏の加護を得て、あらゆる魔の妨害を離れるために発菩提心すること。 第十一に、すべての衆生に対して常に大悲を起こし、内外のあらゆるものを施し、慳吝や嫉妬を離れるために発菩提心すること。 第十二に、法行の力を具え、あらゆる功徳を成就するために発菩提心すること。 善き男子らよ、これを十二の妙法という。もし善き男子、善き女人がこの十二の法を成就するならば、その時にこそ無上正等覚の心を発することができるのである。」

「善男子！復有十二種勝法菩薩成就，名發阿耨多羅三藐三菩提心。何等十二？一者、安隱心——為與一切眾生樂故，發菩提心；二者、愍念心——他惡來加，能忍將護，不生異相故，發菩提心；三者、大悲心——為荷眾生大重擔故，發菩提心；四者、大慈心——為拔一切惡道苦故，發菩提心；五者、清淨心——能於餘乘不生願樂故，發菩提心；六者、無染心——為離一切煩惱濁故，發菩提心；七者、光明心——為求無上自性清淨光明照故，發菩提心；八者、幻心——能知諸法究竟無物故，發菩提心；九者、無物心——能知一切無所有故，發菩提心；十者、堅固心——於諸法中不可動故，發菩提心；十一者、不退心——能證諸法究竟盡故，發菩提心；十二者、度諸眾生不生厭心——如說修行故，發菩提心。」

> 「善男子よ、さらに、菩薩が成就すべき十二の優れた教えがあり、それを阿耨多羅三藐三菩提心（この上なく完全な悟りを求める心）を起こすと言います。その十二とは何か。第一に、安らぎの心――すべての生きとし生けるものに楽を与えるために、菩提心を起こすこと。第二に、憐れみの心――他者が悪意を持って接してきても、堪え忍んで守り、異なる思いを起こさないために、菩提心を起こすこと。第三に、大いなる悲しみの心――生きとし生けるものの大きな重荷を担うために、菩提心を起こすこと。第四に、大いなる慈しみの心――すべての悪い境遇の苦しみを取り除くために、菩提心を起こすこと。第五に、清らかな心――他の教えに願い楽む心を起こさないために、菩提心を起こすこと。第六に、汚れのない心――すべての煩悩の濁りから離れるために、菩提心を起こすこと。第七に、光り輝く心――この上なく清らかな自らの本性の光を求めて照らすために、菩提心を起こすこと。第八に、幻のような心――すべてのものごとは究極的には実体がないと知るために、菩提心を起こすこと。第九に、実体のない心――すべてのものが存在しないと知るために、菩提心を起こすこと。第十に、揺るぎない心――すべての教えの中で動じないために、菩提心を起こすこと。第十一に、退かない心――すべての教えの究極を証するために、菩提心を起こすこと。第十二に、生きとし生けるものを救うことに厭う心を起こさないこと――説かれた通りに修行するために、菩提心を起こすことです。」

爾時世尊重說偈言：

> その時、世尊は重ねて偈を説かれた。

「諸善男子等， 若有諸眾生，欲修諸白法， 成就無垢法，能於怨親中， 悲潤心平等，如是諸菩薩， 名發菩提心。若有眾生等， 已於無量劫，將護惡知識， 供養善知識，護持菩提門， 起諸大願行，如是諸菩薩， 名發菩提心。若有諸眾生， 憶念過去世，無量億劫事， 堅固如山王，精進心無惓， 常行不休息，如是諸菩薩， 名發菩提心。若有眾生等， 捨離諸惡法，具足悲愍心， 安隱心成就，念示諸眾生， 一切善業道，如是諸菩薩， 名發菩提心。若有眾生等， 見諸勝智者，念於大菩提， 無上勝功德，欲於餘乘中， 心淨無點穢，如是諸菩薩， 名發菩提心。菩薩得淨心， 離虛妄分別，觀世間涅槃， 平等無差別，雖行化眾生， 如見鏡中像，如是發心者， 是實菩提心。已離煩惱過， 一切諸塵勞，清淨如虛空， 不為垢所染，諸相永寂滅， 出離言語道，是名滿足修， 清淨菩提心。如是諸菩薩， 不久坐道場，得大陀羅尼， 無上勝辯才，具足三十二， 八十相好身，能住一切佛， 本性功德中。

> 「善き人々よ、もしも衆生の中に、 清らかな行いを修め、汚れなき法を成就しようと欲し、 怨みも親しみも、悲みの心で潤し、平等に扱うことができるなら、 そのような菩薩たちを、発菩提心した者という。 もしも衆生の中に、無量の劫の昔から、 悪知識を慎み遠ざけ、善知識に供養し、 菩提の門を護り、大きな願いと行いを起こしてきたなら、 そのような菩薩たちを、発菩提心した者という。 もしも衆生の中に、過ぎ去った世の 無量億劫の出来事を、山王のように堅固に思い、 精進の心に倦むことなく、常に行い休まないなら、 そのような菩薩たちを、発菩提心した者という。 もしも衆生の中に、諸々の悪い行いを捨て離れ、 悲みの心を満たし、安穏の心を成就し、 全ての衆生に善い道を示そうと願うなら、 そのような菩薩たちを、発菩提心した者という。 もしも衆生の中に、優れた智慧ある者たちを見て、 大いなる菩提の、無上で素晴らしい功徳を思い、 他の乗り物においても、心清らかに汚れが無いなら、 そのような菩薩たちを、発菩提心した者という。 菩薩は清らかな心を得て、虚妄の分別を離れ、 世間と涅槃を観察し、平等で差別がない。 衆生を導き教化しても、鏡に映る影を見るかのようである。 このように発心する者こそ、真実の菩提心である。 すでに煩悩の過ち、全ての塵労を離れ、 清らかで虚空の如く、汚れに染められることがない。 諸々の相は永遠に静まり、言葉の道を超えている。 これを、完全に修めた清らかな菩提心と名付ける。 このような菩薩たちは、やがて道場に坐し、 大いなる陀羅尼と、無上の優れた弁才を得る。 三十二相と、八十種の好を具え、 全ての仏の、本性の功徳の中に住することができる。」

「復次，文殊師利！菩薩摩訶薩能住如是勝功德中，有十二種布施妙行，能大利益，疾到菩提，菩薩應行檀波羅蜜。何等十二？一者、布施能速增長無上菩提功德利故，菩薩應行檀波羅蜜；二者、布施生處富足，手中常出無盡寶故，菩薩應行檀波羅蜜；三者、布施隨願得生釋梵天王、諸大家故，菩薩應行檀波羅蜜；四者、布施能離一切慳貪心過，棄捨諸有不生願樂故，菩薩應行檀波羅蜜；五者、布施能捨世間貪染縛故，菩薩應行檀波羅蜜；六者、布施出餓鬼門、離諸惡趣故，菩薩應行檀波羅蜜；七者、布施離諸世間多人共物，能得菩提不共物故，菩薩應行檀波羅蜜；八者、布施能稱眾生歡喜心故，菩薩應行檀波羅蜜；九者、布施能捨內外、行佛行故，菩薩應行檀波羅蜜；十者、布施於諸一切所愛事中，能離縛著垢害心故，菩薩應行檀波羅蜜；十一者、布施行能滿足無上檀波羅蜜故，菩薩應行檀波羅蜜；十二者、布施行能隨如來教、所願成就故，菩薩應行檀波羅蜜。善男子！是名菩薩摩訶薩十二種修行檀波羅蜜得大利益，迴向阿耨多羅三藐三菩提。」

> また、文殊師利よ。菩薩摩稽薩がこのようなすぐれた功徳に安住するとき、十二の布施の見事な行いがあり、大きな利益をもたらし、速やかに悟りへと至らせます。菩薩は檀波羅蜜（布施の修行）を実践すべきです。その十二とは何でしょうか。 第一に、布施は無上の悟りの功徳を速やかに増大させる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第二に、布施は生まれるところで裕福になり、手から尽きることのない宝が常に出てくる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第三に、布施は願いのままに帝釈天や梵天、諸々の名家に生まれる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第四に、布施はすべての慳貪（けんどん）の心の過ちを離れ、存在への執着を捨てて、楽しみを願わなくなる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第五に、布施は世間の貪欲や執着の束縛を捨てる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第六に、布施は餓鬼の世界から出て、さまざまな悪い境地を離れる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第七に、布施は世間の多くの人が共有する物を離れ、悟りという共有されない独自のものを得る利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第八に、布施は衆生の心を喜ばせるにかなう利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第九に、布施は内外のものをすべて捨て、仏の行いを行う利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第十に、布施はすべての愛する事柄において、執着や汚れ、害する心を離れる利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第十一に、布施の行いは無上の檀波羅蜜を満たす利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 第十二に、布施の行いは如来の教えに従い、願いが成就する利益があるので、菩薩は檀波羅蜜を実践すべきです。 善き人よ。これが菩薩摩訶薩の十二種の檀波羅蜜の修行であり、大きな利益を得て、それを無上の正しい悟り（阿耨多羅三藐三菩提）へと回向するのです。

爾時世尊即以偈頌讚歎檀波羅蜜，重說偈言：

> そのとき、世尊は偈頌をもって布施波羅蜜を称賛し、重ねて偈を説かれた。

「欲求無上道， 修行諸功德，破於慳貪心， 布施最第一。佛子行捨心， 見來乞求者，能生歡喜心， 一切無悋惜。國城及妻子， 乃至天王位，身肉及手足， 頭目諸膸腦，清淨無垢眼， 施已心歡喜，如是行捨心， 名檀波羅蜜。一切諸如來， 滿足諸功德，具勝涅槃道， 皆由布施故。是故諸佛子， 欲求無上道，常當修捨心， 行檀波羅蜜。施能得菩提， 不住於世間，是故諸菩薩， 常當行捨心。施能斷貧窮， 富足七淨財，慳嫉妬心盡， 清淨佛菩提。布施能滿足， 成就十自在，是故諸如來， 讚歎行施福。菩薩見是利， 為成波羅蜜，是故修捨心， 常施一切物。

> 無上道を求めて、 諸々の功徳を修行するには、 慳吝（けんりん）の心を打ち破り、 布施こそが最も大切です。 仏の子は施しの心を修行し、 求めて来る人を見れば、 喜びの心を生じ、 一切に惜しみの心がありません。 国や城、妻や子、 さらには天の王の位までも、 身の肉や手足、 頭・目・髄・脳も、 清らかで曇りのない眼も、 施した後は心が喜びに満ちます。 このように施しの心を修めることを、 檀波羅蜜（布施の完成）と呼びます。 すべての如来は、 諸々の功徳を満たし、 勝れた涅槃の道を具えているのも、 すべて布施によるものです。 それゆえ、仏の子たちよ、 無上道を求めるならば、 常に施しの心を修め、 檀波羅蜜を行じなさい。 布施は悟りを得させ、 世間に執着しません。 それゆえ、諸々の菩薩は、 常に施しの心を行うのです。 布施は貧しさを断ち、 七つの清らかな財を満たし、 慳吝（けんりん）や嫉妬の心を尽くし、 清らかな仏の悟りに至ります。 布施は満たすことができ、 十の自在を成就させます。 それゆえ、諸々の如来は、 施しの功徳を讃えるのです。 菩薩はこの利を見て、 波羅蜜を成就するために、 施しの心を修め、 常に一切のものを施します。

「善男子！菩薩復有十二種持戒得大利益，菩薩應行尸波羅蜜。何等十二？一者、持戒能攝一切諸善根故，菩薩應行尸波羅蜜；二者、持戒入菩薩道故，菩薩應行尸波羅蜜；三者、持戒解脫一切煩惱縛故，菩薩應行尸波羅蜜；四者、持戒能過一切諸惡道故，菩薩應行尸波羅蜜；五者、持戒能拔惡道苦眾生故，菩薩應行尸波羅蜜；六者、持戒身口意業不為諸佛如來訶故，菩薩應行尸波羅蜜；七者、持戒諸佛如來常讚歎故，菩薩應行尸波羅蜜；八者、持戒能入諸有不放逸故，菩薩應行尸波羅蜜；九者、持戒即施眾生無怖畏故，菩薩應行尸波羅蜜；十者、持戒成就身口意業善故，菩薩應行尸波羅蜜；十一者、持戒能得於諸法中隨順自在故，菩薩應行尸波羅蜜；十二者、持戒成就第一彼岸功德波羅蜜業故，菩薩應行尸波羅蜜。善男子！是名菩薩摩訶薩十二種修行尸波羅蜜，得大利益，迴向阿耨多羅三藐三菩提。」

> 「善き男子よ。菩薩にはさらに十二の戒律の守り方があり、大きな利益を得られる。菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。その十二とは何か。 第一に、戒律を守ることで、あらゆる善い根をまとめて保つことができる。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第二に、戒律を守ることで、菩薩の道に入ることができる。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第三に、戒律を守ることで、あらゆる煩悩の束縛から解放される。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第四に、戒律を守ることで、あらゆる悪い道を乗り越えられる。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第五に、戒律を守ることで、悪い道で苦しむ生きとし生けるものを救い出せる。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第六に、戒律を守ることで、身・口・意の行いが諸仏・如来から非難されることがない。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第七に、戒律を守ることで、諸仏・如来が常にほめたたえる。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第八に、戒律を守ることで、あらゆる生存の世界に入っても心が怠けることがない。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第九に、戒律を守ることは、すなわち生きとし生けるものに恐れのない心を与えることである。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第十に、戒律を守ることで、身・口・意の行いが善く成就する。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第十一に、戒律を守ることで、あらゆる教えに従い自然に自在を得られる。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 第十二に、戒律を守ることで、第一の彼岸（向こう岸）の功徳である波羅蜜の行いが完成する。ゆえに菩薩は戒波羅蜜を実践すべきである。 善き男子よ。これが菩薩摩訶薩の十二種の戒波羅蜜の修行であり、大きな利益を得て、最高の悟り（阿耨多羅三藐三菩提）へと回向されるのである。」

爾時世尊即以偈頌讚歎尸波羅蜜，重說偈言：

> その時、世尊は偈頌をもって尸波羅蜜（持戒の完成）を称賛し、重ねて偈を説かれた。

「欲離諸生死， 安隱到涅槃，一切如來說， 持戒最第一。戒如清涼池， 能生諸善花，亦如猛熾火， 能燒諸惡草。戒善持行者， 如鳥飛虛空，不懼墮生死， 諸趣惡道中。惡道大毒龍， 無明諸羅剎，見持淨戒者， 恭敬捨害心。一切諸如來， 安隱住涅槃，斷諸惡趣道， 皆由持戒故。是故諸佛子， 欲求無上道，堅固諸善本， 持戒波羅蜜。菩薩應思惟， 善住戒品中，解脫煩惱縛， 閉諸惡趣門。若欲持淨戒， 應當如犛牛，為護一毛故， 守死不惜命。如是護諸業， 是名持戒人，如來常讚歎， 所求皆成就。能持淨戒者， 有如是功德，是故諸菩薩， 常當持淨戒。身口意業淨， 諸惡皆不行，是能到菩提， 一切智現前。持戒不放逸， 諸善皆堅固，法中得自在， 能淨諸佛戒。菩薩持淨戒， 視物無怨親，等心諸群生， 見者無怖心。我住於彼處， 常修不放逸，是故今得離， 一切諸惡趣。到第一彼岸， 如實功德地，是故諸菩薩， 常當持淨戒。菩薩若欲求， 菩提佛功德，持戒如犛牛， 常念不放逸。如是諸菩薩， 是名為智者，能速到彼岸， 住佛果菩提。

> 生死を離れ、安らかに涅槃に至りたいと願うならば、 すべての如来が説かれる通り、戒律を守ることが最も大切です。 戒律は清らかな水の池のように、様々な善い花を咲かせ、 また、激しく燃える火のように、様々な悪い草を焼き尽くします。 戒律をよく保ち実践する人は、鳥が虚空を飛ぶように、 生死の世界や様々な悪い道に落ちる恐れがありません。 悪い道の大きな毒龍や、無明の羅刹たちも、 清らかな戒律を保つ者を見れば、敬い、害そうとする心を捨てます。 すべての如来が安らかに涅槃に留まれるのも、 諸々の悪い道を断ち切れるのも、すべて戒律を守るからです。 それゆえ、仏の子たちよ、無上の道を求め、 あらゆる善の基盤を固めるならば、戒律の完成（戒波羅蜜）を守りなさい。 菩薩はよく考え、戒律の品の中に善く留まり、 煩悩の束縛から解き放たれ、諸々の悪い道の門を閉ざすべきです。 もし清らかな戒律を守りたいなら、ヤクの牛のようでありなさい。 一本の毛を守るために、死を覚悟して命も惜しまないように。 このようにして自らの行いを守る人、これを戒律を守る人と言います。 如来は常にこれを称賛し、その求めることはすべて成就します。 清らかな戒律を守る者には、このような功徳があります。 それゆえ、諸々の菩薩は、常に清らかな戒律を守るべきです。 身体と言葉と心の行いが清らかで、あらゆる悪を行わないこと、 これが悟りに至る道であり、すべての智慧が目の前に現れます。 戒律を守り、怠らずにいれば、あらゆる善は堅固になり、 教えの中で自在を得て、諸仏の戒律を清らかにすることができます。 菩薩が清らかな戒律を守る時、すべてのものを見て怨みも親しみもなく、 全ての生きとし生けるものに平等な心を持ち、見る者に恐れの心を起こさせません。 私はその境地に留まり、常に怠らずに修行したので、 今、あらゆる悪い道から離れることができました。 最高の彼岸に至り、真実の功徳の地に到達しました。 それゆえ、諸々の菩薩は、常に清らかな戒律を守るべきです。 菩薩がもし悟りと仏の功徳を求めるなら、 ヤクの牛のように戒律を守り、常に怠らないことを心に留めなさい。 このような諸々の菩薩、これを智者と呼びます。 彼らは速やかに彼岸に至り、仏の果ての悟りに留まることができるのです。

「善男子！菩薩如是修行諸法已，復有十三種觀修行羼提波羅蜜得大利益，菩薩應行忍波羅蜜。何等十三？一者、忍行堪忍諸惱，能證一切諸法空故，菩薩應行忍波羅蜜；二者、忍行不見有我為他害故，菩薩應行忍波羅蜜；三者、忍行不見眾生有怨親故，菩薩應行忍波羅蜜；四者、忍行不見自他身可損故，菩薩應行忍波羅蜜；五者、忍行聞毀讚歎心常不動故，菩薩應行忍波羅蜜；六者、忍行能斷煩惱諸結使故，菩薩應行忍波羅蜜；七者、忍行能斷瞋恨諸結使故，菩薩應行忍波羅蜜；八者、忍行能成三十二相、八十種好故，菩薩應行忍波羅蜜；九者、忍行能離惡道生梵天故，菩薩應行忍波羅蜜；十者、忍行能過一切損害境界故，菩薩應行忍波羅蜜；十一者、忍行能得盡智、無生智故，菩薩應行忍波羅蜜；十二者、忍行能降一切惡魔諸境界故，菩薩應行忍波羅蜜；十三者、忍行能見如來無量功德莊嚴身故，菩薩應行忍波羅蜜。善男子！是名菩薩十三種觀修羼提波羅蜜得大利益，迴向阿耨多羅三藐三菩提。」

> 「善男子よ。菩薩はこのように諸法を修行した後、さらに十三の観点から羼提波羅蜜（忍辱波羅蜜）を修行することで大きな利益を得ます。菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。その十三とは何でしょうか？ 第一に、忍辱の修行はあらゆる悩みに耐え、すべての諸法が空であることを証得できるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第二に、忍辱の修行は自分を害する者があっても、自己の実体を見ないため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第三に、忍辱の修行は衆生に怨みや親しみの区別を見ないため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第四に、忍辱の修行は自分や他人の身体に損なうべき実体がないと見るため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第五に、忍辱の修行は悪口や称賛を聞いても心が常に動じないため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第六に、忍辱の修行は煩悩の束縛を断ち切ることができるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第七に、忍辱の修行は怒りや恨みの束縛を断ち切ることができるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第八に、忍辱の修行は三十二相や八十種好を成就できるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第九に、忍辱の修行は悪道を離れ、梵天に生まれることができるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第十に、忍辱の修行はあらゆる損害の境界を乗り越えることができるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第十一に、忍辱の修行は尽智や無生智を得ることができるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第十二に、忍辱の修行はあらゆる悪魔の境界を降伏できるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 第十三に、忍辱の修行は如来の無量の功徳で荘厳された姿を見ることができるため、菩薩は忍辱波羅蜜を行うべきです。 善男子よ。これが菩薩の十三の観点による羼提波羅蜜の修行であり、大きな利益を得て、それを阿耨多羅三藐三菩提に回向するのです。」

爾時世尊即以偈頌讚歎忍辱波羅蜜，重說偈言：

> その時、世尊は偈頌をもって忍辱波羅蜜を称賛し、重ねて次のように説かれた。

「若欲為眾生， 作諸歸依處，令生無畏心， 忍辱最第一。能行忍辱者， 見者皆歡喜，怨家捨毒心， 皆生親友想。一切諸如來， 成就平等心，眾生所歸依， 皆由行忍故。是故諸佛子， 欲求無上道，為物作依止， 當堅固忍辱。菩薩若欲住， 一切佛菩提，當觀諸法空， 眾生不可得，如是行忍行， 能具佛功德，是故諸菩薩， 常應修忍辱。菩薩若修忍， 當遠離二邊，不見自他身， 能有損益者。如來大慈悲， 讚歎如是觀，是故諸菩薩， 常應修忍辱。若欲得盡智， 滅諸使煩惱，不怯弱修忍， 常無分別心，如是觀諸法， 成忍波羅蜜，是故諸菩薩， 常應修忍辱。菩薩欲莊嚴， 如來相好身，復生梵世界， 出離諸魔道，樂行忍辱行， 一切皆成就，是故諸菩薩， 應堅固忍辱。忍辱力最上， 諸行無過者，一切諸功德， 住在忍行中。四魔力難敵， 忍力能除滅，是故諸菩薩， 常應修忍辱。

> もし人々のために 　迷いのないよりどころとなり 恐れのない心を起こさせようと望むなら 　忍辱こそが最も優れている 忍辱を実践する者は 　見る人すべてから喜ばれ 敵対する者も毒心を捨て 　皆が親しい友のように思う すべての如来は 　平等の心を完成し 衆生のよりどころとなる 　すべては忍辱の実践によるからだ ゆえに仏の子らよ 　無上の悟りを求め 人々のよりどころとなろうと願うなら 　しっかりと忍辱を修めなさい 菩薩が一切の仏の悟りに 　安住しようと望むなら すべての現象は空であり 　衆生も実体として捉えられないと観じなさい このように忍辱の実践を行うなら 　仏の功徳を具えることができる ゆえに諸菩薩は 　常に忍辱を修めるべきである 菩薩が忍辱を修めるなら 　両極端を離れ 自分と他人という見解を持たず 　損益があるとも見ない 如来は大いなる慈悲で 　このような観察を称賛される ゆえに諸菩薩は 　常に忍辱を修めるべきである 尽智を得て 　すべての煩悩を滅ぼそうと願うなら 臆することなく忍辱を修め 　常に分別心を持たない このように諸法を観察すれば 　忍辱波羅蜜を成就する ゆえに諸菩薩は 　常に忍辱を修めるべきである 菩薩が如来の相好の身を 　荘厳しようと願い さらに梵天の世界に生まれ 　すべての悪魔の道を出離しようと望むなら 忍辱の行を喜んで実践し 　すべてを成就させる ゆえに諸菩薩は 　しっかりと忍辱を修めなさい 忍辱の力は最も優れ 　他のどの修行もこれに勝るものはない すべての功徳は 　忍辱の行の中に宿る 四つの悪魔の力は対抗しがたいが 　忍辱の力はそれらを滅ぼす ゆえに諸菩薩は 　常に忍辱を修めるべきである

## 大薩遮尼乾子所說經卷第一

> 大サーキャニルグラントパトラが説いた経 巻第一