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title: "大薩遮尼乾子所說經 · 之二"
description: "大薩遮尼乾子所說經由元魏時期北印度僧人菩提留支翻譯。該經屬大乘佛教經典，記錄了尼乾子大薩遮與佛陀的對話，闡述菩薩行的核心教義，包括發菩提心、修六度萬行及如來藏思想。經文強調眾生本具佛性，並深入探討了菩薩如何於世間實踐慈悲與智慧。此經對漢傳佛教如來藏學說的發展具有重要影響，為研究南北朝時期佛教思想與實踐提供了關鍵文獻，在佛教哲學體系中佔有崇高地位。"
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## 大薩遮尼乾子所說經卷第四

> 大サーキャ・ニガンダ師が説いた経 巻第四

元魏天竺三藏菩提留支譯

> 元魏天竺三藏菩提留支訳

### 王論品第五之二

> 第五品 王論 その二

王言：「大師！於何時中，諸小王等行王論法？」

> 王が尋ねました。「大師よ、いったいいつ、小王たちが王としての教えを行うのでしょうか？」

答言：「大王！於末世時，轉輪聖王隱沒不現，正法不行，邪法競興，眾生心惡起三種過：一者、樂於非法貪心；二者、起於顛倒貪心；三者、邪法羅網纏心。彼諸小王自無智慧，退失明解，是故聖人說諸小王治國論法，為行正法護世眾生。」

> 申し上げます。「大王よ、末世の時代には、転輪聖王が姿を現さず、正しい教えは行われず、邪な教えが競い合って栄え、衆生の心は悪しくなり、三つの過ちが生じます。第一に、正しくない法に喜び執着する心。第二に、倒錯した執着の心。第三に、邪な教えの網に心を絡め取られることです。あの小国の王たちは自ら智慧がなく、正しい理解を失ってしまっています。それゆえ、聖人は小国の王たちのために国を治める法を説き、正しい法を行い世の衆生を守らせたのです。」

王言：「大師！云何名為樂於非法貪心？」

> 王が問うた。「大師よ。どのような状態を『正しくない法に執着し、欲に満ちた心』と呼ぶのでしょうか？」

答言：「大王！於十不善惡業道中生於樂心，是名樂於非法貪心。」

> 王が問う。「大王、十の不善なる悪業の道において楽（あそ）ぶ心を生じることを、これを非法・貪りの心と名づけます。」

「云何名為顛倒貪心？」

> 「どうして逆さまの貪りの心というのでしょうか？」

「自己手力得諸資生，依時節得、依正法得、依如法得，不生足心，更求他財，如是名為顛倒貪心。」

> 「自らの力で生活の糧を得ている。それは時節にかなった方法で、正しい道理に従って、法にかなった方法で得たものである。それなのに、満足する心を持たずに、さらに他人の財産を求める。これを『颠倒した貪りの心』という。」

王言：「大師！云何名為邪法羅網之所纏心？」

> 王が問うた。「大師よ、何を『邪法の羅網に心を絡め取られる』と言うのですか？」

答言：「大王！於諸外道非義論中起義論想；於無益論生利益想；於非法中生是法想；於末世時，非是智者所作論中以為正論，生於信心，熏修邪見，以為福德，是名邪法羅網纏心。」

> 答えていわく、「大王よ、さまざまな外道の義理なき論の中で義理ある論という思いを起こし、無益な論の中で利益ある思いを生じ、非なる法の中でこれこそ法なりという思いを起こし、末法の時にあって智者によるものではない論を正しい論と思い込み、信心を起こし、邪見を修め、それを功徳と見なすこと、これを邪法の網が心を絡め取るというのです。」

王言：「大師！以何等法名為王論，令諸小王依彼論法治國理民，是名如法能護眾生？」

> 王が言いました。「大師よ、どのような教えが王としての統治の論理（王論）と呼ばれ、小国の王たちがその教えに従って国を治め、民を導き、また正しい法によって衆生を守るといえるのでしょうか。」

答言：「大王！離諸顛倒貪欲之心；離諸顛倒瞋恚之心；離諸顛倒愚癡之心，依對治、依實體、依差別、依利益。依對治、依實體者，對所治法，所謂名為不貪善根、不瞋善根、不癡善根。云何能起所治法、能治法？所治法者，謂：放逸心及無慈心；能治法者，謂：行法行王，不放逸心、大慈悲心，知身無常、資生無常，善自觀身，見諸過失，能如實知，如是遠離受用資生，行法行王，雖得自在不行非法，如是名為不放逸心。

> 答えて言う。「大王よ、顛倒した貪欲の心を離れよ。顛倒した瞋恚の心を離れよ。顛倒した愚癡の心を離れよ。対治に依り、実体に依り、差别に依り、利益に依れ。対治、実体に依るとは、対治される法に対して、いわゆる不貪の善根、不瞋の善根、不癡の善根と名づけるものを指す。いかにして対治される法と対治法が生じるのか。対治される法とは、放逸の心と無慈悲な心である。対治法とは、法に従って統治する王が、放逸でない心、大いなる慈悲の心を持ち、身体が無常であること、生活の糧が無常であることを知り、よく自らの身を観察して、諸々の過失を見極め、それを如実に知り、このようにして生活の糧の受用を遠ざけ、法に従って統治する王が、たとえ自在の立場にあっても非法を行わないこと、これを放逸でない心と名づける。」

「大王當知！依王論法，不應得物，得不應取；所應得者，非時不敢取。若依時節應得之物，於貧窮人不逼惱取。至於儉難、賊難、返逆難、相害難——如此難時，當起慈心不避危害，護諸眾生。於貧窮者施與衣食、於惡行者教以善法，是名慈心。大王當知！依此二法，是則名為行法行王，正護眾生，不放逸心、大慈悲心。」

> 王様、よくお聞きください。王としての正しい道に従うならば、本来受け取るべきでないものは受け取らず、受け取るべきであっても時節でないならば取ってはなりません。また、受け取るのにふさわしい時節のものであっても、貧しい人々からは無理に取ってはなりません。もし、飢饉、賊の乱、反逆の乱、殺し合いの害のような困難な時が来たならば、慈しみの心を起こして危険を避けず、全ての生きとし生けるものを守るべきです。貧しい者には衣食を施し、悪を行う者には善い行いを教えなさい。これが慈しみの心というものです。王様、よくお聞きください。この二つの方法に従うことこそ、正しい法に従って統治する王と名づけられ、生きとし生けるものを正しく守り、怠る心なく、大いなる慈しみの心を持つ者なのです。

王言：「大師！行法行王有慈悲心，云何而能治彼惡行諸眾生等？」

> 王が言いました。「大師よ、法に従って統治する王に慈悲の心があるなら、どのようにして悪を行う民衆たちを治めることができるのでしょうか？」

答言：「大王！彼法行王若欲治彼惡行眾生，先起慈心，智慧觀察，思惟五法，然後當治。何等為五？一者、依實非不實；二者、依時非不時；三者、依義非無義；四者、依柔軟語非麁獷語；五者、依慈心非瞋心。」

> お答えします。「大王よ、その法に従って統治する王が、もし悪行を行う者たちを罰しようとするならば、まず慈しみの心を起こし、智慧をもって観察し、五つのことを考えた上で罰を与えるべきです。その五つとは何か。第一に、真実に基づき、虚偽に基づかないこと。第二に、時機に適い、時機を失しないこと。第三に、意義あることであり、無意味なことでないこと。第四に、優しい言葉を用い、荒々しい言葉を用いないこと。第五に、慈しみの心に基づき、怒りの心に基づかないこと。」

王言：「大師！云何依實非不實？」

> 王が申し上げました。「大師よ、どのようにすれば真実に依って、虚偽ではないと言えるのでしょうか？」

答言：「大王！如法詰問，取其自言，依實過治，不依不實，是名依實非不實。」

> 申し上げます：「大王よ、法のままに問い詰め、自らの言葉を引き出し、実に従って過ちを裁き、実でないものに従わないこと。これを『実に依りて虚ならず』と名づけます。」

王言：「大師！云何依時非不時？」

> 王が尋ねました。「大師よ。『時に従って』行動し、『時ではないから』としないとは、どのようなことでしょうか？」

答言：「大王！王有力時，彼違王命，應治其罪；若王無力，應止不治，是名依時非不時。」

> お答えします。「大王、王に力がある時には、その命令に背いた者を罰するのは当然です。しかし、王に力がない時には、罰するのはやめるべきです。これが『時にかなった行動であり、時にかなっていない行動ではない』という意味です。」

王言：「大師！云何依義非無義？」

答言：「大王！當問前人，何心起罪？若從惡心，應如法治；若非惡心，不應治罪，是名依義非無義。」

> 答え申し上げます。「大王、まず相手の心を知るべきです。どんな心で罪を犯したのかを問うべきです。もし悪意からであれば、法に従って裁くべきです。しかし、悪意なくして犯したのであれば、罪に問うべきではありません。これこそが、意味に基づいて裁くことであって、無意味に裁くことではないのです。」

王言：「大師！云何柔軟非麁獷語？」

答言：「大王！知此眾生所犯王法，但應呵責不合餘治，應如其過正說不隱，善說苦言。如是呵責、非不呵責，是名軟語、非麁獷語。」

王言：「大師！云何慈心非瞋心？」

答言：「大王！智者知此非但呵責，斷此罪過，除却斷命，不得割截手、腳、眼、耳、鼻、舌，依於大慈大悲之心，聽繫閉牢獄，枷鎖打縛，種種呵責，奪取資生，驅擯他方，為令改悔，非常惡心捨此眾生，是名慈心，非瞋心。」

王言：「大師！行法行王，云何如是苦他眾生，繫閉打縛，驅擯他方，而復說言有慈悲心？二法相違。云何名為行法行王？」

爾時大薩遮尼乾子告言：「大王！如此之義，我今為汝說於譬喻。大王當知！譬如父母於惡行子，為念子故，欲令改悔，方便苦治，除不斷命、不壞諸根，餘打罵等隨心苦治，不名捨心、不名惡心、不名惱心，以念子重，為令改悔更不作故；而彼父母不名非法，名為念子，不失慈心。大王當知！行法行王，治諸一切惡行眾生，亦復如是，慈心重故，為令改悔，除却斷命，不壞諸根，生大慈心，起大悲心，繫閉、打縛、惡口、呵罵，奪其資生，驅擯他方，為令改悔，捨惡從善，亦令其餘念惡眾生不作非法，非常惡心捨此眾生，亦不故心為惱眾生而行苦切，如是名為行法行王，以慈悲心行惡口等治罪眾生，不名非法、不失慈心。是故二行名雖有返，而不相違。」

> そこで、大薩遮尼乾子は言いました。「大王よ、この意味を、今、あなたに譬えを用いて説明しましょう。大王、よくお聞きください。例えば、父母が悪事を働く子に対して、その子を思うゆえに、改心させようとして、やむを得ず厳しく叱りつけることがあります。命を奪ったり、身体に傷を負わせるようなことはせずに、叱ったり叩いたりしながら心を込めて教え導くのは、見捨てる心や憎しみの心、苦しめてやろうという心からではなく、わが子を深く思うがゆえに、改心させ、二度と同じ過ちをさせまいとするからです。このような父母の行いは、決して間違ったことではなく、子を思う慈しみの心を失ってはいないのです。大王、よくお聞きください。法に従って国を治める王が、様々な悪行を犯す民衆を教化するのも、全く同じことです。深い慈しみの心から、彼らを改心させようとして、命を奪うことだけはせず、身体に傷を負わせることもせず、大きな慈しみと深い憐れみの心をもって、拘束したり、縛ったり、悪態をついたり、叱りつけたり、財産を取り上げたり、国外に追放したりするのです。これらはすべて、彼らに悪を捨て善に従うよう改心させると同時に、他の悪事を考えている者たちが不法な行いをしないように戒めるためです決して、憎しみの心から民衆を見捨てるのでも、故意に苦しめてやろうと思って厳しい罰を与えるのではありません。このように法に従って国を治める王が、慈しみと憐れみの心から、悪口などを用いて罪ある民衆を罰するのは、決して間違ったことではなく、慈しみの心を失っているわけでもないのです。ですから、この二つの行いは、その方法は一見異なっていても、互いに矛盾するものではないのです。」

王言：「大師！何等是惡行眾生？」

> 王が尋ねました。「大師よ、どのような者たちが悪行の衆生なのでしょうか？」

答言：「大王！惡行眾生略說有五，如是應知。何等為五？一者、於王無利益眾生；二者、迭共作無利益眾生；三者、起逆眾生；四者、邪行眾生；五者、邪命眾生。

> お答えします。「大王よ、悪しき行いをする衆生（しゅじょう）には、大きく分けて五つの種類があります。どうかこれを知ってください。五つとは何か？ 第一に、王様のためにならない者。第二に、互いに害し合う者。第三に、反抗する者。第四に、道を踏み外した行いをする者。第五に、間違った生き方をする者です。」

「大王當知！於王無利益眾生有十一種。何等為十一？一者、返逆眾生；二者、教他返眾生；三者、與王毒藥眾生；四者、奪王資生眾生；五者、破王所應作事眾生；六者、侵奪王妻宮女眾生；七者、違王命眾生；八者、出王密語眾生；九者、覘伺國土眾生；十者、罵王眾生；十一者、毀呰王眾生，如是等。大王當知！是名於王無利益眾生。

「大王當知！迭共作無利益眾生者，有十種。何等為十？一者、迭共相殺眾生；二者、迭相劫奪眾生；三者、迭相侵妻眾生；四者、虛妄證他眾生；五者、虛妄誑他眾生；六者、壞他親友眾生；七者、惡口罵他眾生，八者、惡業斗秤欺誑損他眾生；九者、迭相毀呰眾生；十者、迭相焚燒眾生。大王當知！如是等名迭共作無利益眾生。

「大王當知！返逆眾生者，謂諸邊地、城邑、小王、聚落主等，不臣根本大王教命，如是名為返逆眾生。」

「大王當知！邪行眾生者，謂無戒眾生。何等無戒？所謂：具足諸惡律儀，屠兒、獵師，畜養猪、羊、鷄、犬、鵝、鴨、猫、狸、鷹、鷂，釣射魚鼈，造諸羅網、火坑、毒箭，劫奪虫獸，斷害他命，自恣作惡，如是名為邪行眾生。

「大王當知！邪命眾生者，所謂出家剃除鬚髮，斷諸資生修無著行，著諸種種異相衣服，不護禁戒起種種見，行諸異行種種方便，求諸利養非法活命，各各不能自法中住，如是名為邪命眾生。」

王言：「大師！行法行王，云何治彼五種眾生？」

答言：「大王！行法行王，治彼罪人不斷其命，不行割截眼、耳、鼻、舌、手、足身根，有三種治法。何等三法？一者、呵責以為治罪；二者、奪其所有資生以為治罪；三者、牢獄、繫閉、枷鎖、打縛、呵罵、驅擯以為治罪。隨彼五種作惡眾生，上中下罪三種法治，是名行法行王治彼五種作惡眾生。」

王言：「大師！行法行王，云何治彼於王作無利益眾生？」

答言：「大王！如是罪人除不斷命、不壞諸根，得繫閉、牢獄、枷鎖、打縛，奪其資生、驅擯他處以為治罪。大王當知！如是名為行法行王治彼於王作無利益眾生之罪。」

王言：「大師！行法行王云何治彼迭共作無利益眾生？」

答言：「大王！除不斷命、不壞諸根，得繫閉牢獄、枷鎖、打縛，不得全奪所有資生，六分之中奪其一分，驅擯他處。大王當知！如是名為行法行王治彼迭共作無利益眾生之罪。」王言：「大師！行法行王云何治彼起逆眾生？」

答言：「大王！行法行王先以善言如法開示，若聞王命即捨逆心，請罪王所者，王放大恩恕其重罪，依其國土王領之處，不減、不奪亦不驅出。何以故？為令知王有三種事故。何等三事？一者、有信；二者、有恩；三者、大力。未降伏者為令降伏，已降伏者令不更作，欲返逆者令不敢起。大王當知！彼有罪人得免其罪，還伏王位，人民安隱，彼如法王，得福無量，善名流布。若彼罪人聞大王命不肯伏罪，當加重治，不得斷命，不壞諸根，盡奪資生、國土、人民，驅擯他處。何以故？為餘眾生不起逆故。大王當知！如是名為行法行王治彼起逆眾生之罪。」

王言：「大師！行法行王云何治彼邪行眾生？」

答言：「大王！如是惡人不得斷命，不壞諸根，不得驅擯，不得奪其資生之物，惟呵責治罪，而作是言：『若汝更作如是如是事者，與汝重罪。』是名行法行王治彼邪行眾生之罪。」

王言：「大師！行法行王云何治彼邪命眾生？」

答言：「大王！應當隨順如法僧眾。大王當知！若彼比丘破戒邪見，不依正法如實修行，邪命自活者，僧當和合，喚令現前，取其自言。彼若自引所作是罪，隨犯輕重當如法治。若彼比丘拒違僧命，不從師友善知識語，惱亂眾僧不得修道者，若彼國主是法王者，僧當往語令王教勅，順從僧命。爾時行法行王先應喚彼破戒比丘，善言勸喻，令順僧命，若其不從，當集二眾現前對實。若得其罪，助如法眾，治彼比丘，不得斷命，不得割壞一切諸根，不得囚閉，不得枷鎖，不得撾打，不得脫袈裟，不得奪其資生之物，得呵責，得驅擯。

「大王當知！若有二眾朋黨諍訟，依破戒、依邪見、依顛倒邪行、依種種邪命，起種種異諍、種種異說、種種異語。行法行王若自知法、若自知義，應當如法斷彼諍事。若彼國王闇鈍無知，不自知法、不自知義、不知正法、不知邪法、不知如法眾、不知非法眾、不知如法語、不知非法語，爾時彼王應問國內大德沙門知法、知義、有大智慧、常行正法利益眾生、善知斷諍、能如法語者，問其正法知犯非犯。如是知已，然後如法為滅彼諍。大王當知！如是名為行法行王治彼邪命眾生之罪。」

王言：「大師！若彼國王闇鈍無智，國內多諸沙門、婆羅門，所行各異，互相是非，各各自言：『我是沙門修正道者，能利眾生，我是福田應受供者。』如是各各互相是非。云何得知是真沙門、非真沙門，是正道、是邪道，是如法語、非法語？」

「大王當知！有大沙門釋迦子出家為道，得神通證，有大名稱如來、應、正遍知，彼諸弟子比丘、比丘尼於彼瞿曇法中住者，是真沙門，能行正道利益眾生，是福田者，能知正法，是如法語者。大王當知！除彼沙門瞿曇法外，餘諸一切婆羅門等，是名邪道，非實沙門，非法語者，不應取語。何以故？大王當知！彼無正法，云何能得如法之語？」

王言：「大師！若彼國王闇鈍無智，不知王論，不行正法，自在作惡，是國王罪誰應當治？」

答言：「大王！彼王自身自罪自治。」

王言：「大師！云何自身而自治罪？」

答言：「大王！彼王當依二法自治。何等二法？一者、依自力；二者、依外力。依自力者，彼王應當如是思惟：『我今所行為是放逸、為非放逸，為有慈心、為無慈心，為是應作、為不應作，為是善業、為是惡業。』若知所作是不應作、是惡業者，即止不作，生慚愧心，悔過自責，畏惡名稱，畏墮惡道，當依二法護惜自身。何等二法：一者、放逸；二者、無慈悲心。如是名為依自智力自罪自治。若王無智不能如是自思惟者，應於國內處處推求有大智慧、善知王論、常行正法、能如實語諸沙門等，王應自往彼沙門所，若不自往，當遣大臣、王子、貴人、人所重者，詣彼沙門宣王渴仰尊重之心，將至王所。若彼來者，王應迎送、禮拜、問訊，盡恭敬心、盡尊重心問沙門言：『何等善行？何等惡行？行何等法能有利益？行何等法無有利益？我心闇鈍，無有智慧，願為我說。』時彼沙門應當為王廣說過去行法行王所行之法、諸王論法，以柔軟語語彼王言：『如是如是法應當奉行，有大利益，謂十善法，不殺生等；如是如是法不應行，無有利益，謂十惡法，如殺生等；如是如是等是行法行王所行之法，王今不知，應捨十惡等惡行法，應行十善等善行法。』聞已受持，如法改悔，若能如是，名依外力自罪自治。」

王言：「大師！行法行王云何護器世間？」

答言：「大王！行法行王不焚燒、不破壞、不澆灌，是名護器世間行。何以故？一切皆是作不善業。是故行法行王不應焚燒、破壞、澆灌。城邑、聚落、山林、川澤、園觀、宮殿、莊嚴樓閣，一切行路及諸橋梁、自然窟宅，一切穀、豆、麻、麥、花果、草木、叢林，不應焚燒、不應破壞、不應澆灌、不應斫伐。何以故？以彼諸物皆共有命畜生等有，無不用者，而彼眾生無有罪過，不應損其所受用物，令生苦惱。又彼一切外樹林等，諸善淨天、一切鬼神皆悉共有，於中受用，屋舍、宮殿、莊嚴樓觀諸天共住；又彼園池、屋舍、宮殿、莊嚴樓觀，一切水陸有命諸虫悉皆共用，所謂雀、鼠、鷄、狗、鳩、鴿、鸚、鵡、象、馬、牛、羊、猫、狸、蛇、蝎、鵝、鴨、魚、鼈、乃至一切微細諸虫所共受用。行法行王與諸眾生共依止此器世間活，不應破壞，如是名為行法行王護器世間安樂眾生。」

王言：「大師！行法行王無量諸天侍從護王，天力自在能護於人，云何而言人能護天？」

答言：「大王！行法行王能與彼天正命淨食，所謂為說如來正教、甘露法門、禪定解脫、十善道等，令其得離諸惡道苦，以是為護；除諸不善殺生鬼等。何以故？攝在惡命自活眾生分故。是故行法行王即身能集無量功德，資益現在、未來，復能集諸善果。大王當知！行法行王不應焚燒、破壞、除滅如來塔廟，及諸沙門淨行人等房舍、窟宅、資生之物，園觀、樓閣、樹林、華果亦不應取，亦不應貸，除欲為利佛法僧者。」

王言：「大師！行法行王所有臣佐、宰官、禁司，不憂國計但求利己，或從私忿以害公政，或受貨財以抂治道，增長百姓迭相欺亂，以強陵弱、以貴輕賤，以富欺貧、以曲抂直，富者獲申、貧者受屈，諂侫宰政、忠賢隱退，或時在朝懼危自默，或行求財貨用安己，百姓貧苦不堪充濟，厭苦思亂不聞王命，斯由臣吏不行忠節，欺上亂下，冒受王祿，如是之人攝在何等眾生數中？」

答言：「大王！如是惡人攝在劫奪眾生數中，上品治罪。何以故？大王當知！以其受王名官重祿，捨公念私，不存公政，禍亂之生莫不由之，此是國之最大惡賊。王是法王，不得斷命，是故攝在劫奪數中，上品治罪。」

王言：「大師！行法行王國內若有不孝眾生，不念父母生養之恩，捨背父母，與妻子居，所有衣食、病瘦、醫藥念給妻子，不與父母。父母衰老，出入無力，曾不生憂，親近扶侍，於其妻子晝夜不離。得一美味，不敢自噉，持與妻子；或偷父母所有財寶，私共妻子歡樂食噉。父母善言，不肯隨順；妻子惡語，信用無捨。或為妻子呵罵父母，或共親族母女、姊妹、尊卑、上下行於婬欲，無慚愧心。如是眾生，攝在何等眾生數中？」

答言：「大王！如是惡人，攝在劫奪眾生數中，上品治罪。何以故？大王當知！父母恩重，至心孝養猶不能報，何況棄捨、違逆教命？是名世間最大劫賊。」

王言：「大師！行法行王國內有人放逸無慈，於其妻子、奴婢、眷屬能行不忍，非法驅使、非時驅使，不應作者強逼令作，至於打罵，無過能行，衣食不充，眠臥無所，喚不及應、走則嫌遲，出言常罵如似怨家。如是之人攝在何等眾生分中？」

答言：「大王！攝在邪行眾生分中，中品治罪。何以故？大王當知！居家資生奴婢共報有其半分，自分衣食恣意著噉，奴婢之分護惜不與，設令給與不依時節，應多與少常令不足，是名世間最大邪行。」

王言：「大師！行法行王國內有人於佛法僧作不利益，焚燒、破壞塔寺、形像及諸經書，惡言毀呰，言：『造作者，無有福利；其供養者，虛損現在，無益未來。』或嫌塔寺及諸形像妨礙處所，破壞、除滅，送置餘處。或破沙門淨行人等房舍窟宅，或取佛物、法物、僧物、園林、田宅、象馬、車牛、驢騾、駱駝、奴婢、僮僕、衣服、飲食、金銀、琉璃、車𤦲、馬瑙一切珍寶。或捉沙門策役、驅使，責其發調，罷令還俗。或時輕心，弄諸沙門；欲為戲笑，不備時供；虛誑請喚，不與飲食；設與飲食，不及時節，與非法食。或時輕賤、毀呰、罵詈、惡言、誹謗。或以杖木、土塊、瓦石及自手捲打諸沙門，或捉刀槊、弓箭、鉾戟斫射傷害，或推水中、或推火中、或推山𡼏、坑陷之中，或放象、馬、虎、狼、師子、惡狗毒獸傷害其身。如是惡人攝在何等眾生分中？」

答言：「大王！如是惡人攝在惡逆眾生分中，上品治罪。何以故？以作根本極重罪故。」

王言：「大師！何者根本罪？」

答言：「大王！有五種罪，名為根本。何等為五？一者、破壞塔寺，焚燒經像，或取佛物、法物、僧物，若教人作、見作助喜，是名第一根本重罪。若謗聲聞、辟支佛法及大乘法，毀呰留難、隱蔽覆藏，是名第二根本重罪。若有沙門信心出家，剃除鬚髮，身著染衣，或有持戒、或不持戒，繫閉牢獄、枷鎖打縛，策役驅使、責諸發調，或脫袈裟逼令還俗，或斷其命，是名第三根本重罪。於五逆中若作一業，是名第四根本重罪。謗無一切善惡業報，長夜常行十不善業，不畏後世，自作教人堅住不捨，是名第五根本重罪。大王當知！若犯如是根本重罪而不自悔，決定燒滅一切善根，趣大地獄，受無間苦。大王當知！以王國內行此不善極重業故，梵行羅漢、諸仙聖人出國而去，諸天悲泣，一切善鬼、大力諸神不護其國，大臣相殺，輔相爭競，四方逆賊一時俱起，天王不下，龍王隱伏，水旱不調，風雨失時。諸龍皆去，泉流河池悉皆枯涸，草木焦然，五穀不熟；人民饑餓，劫賊縱橫；迭相食噉，白骨滿野；疫毒疫病，死亡無數。時諸人民不知自思所作是過，而怨諸天訴諸鬼神，是故行法行王為救此苦行治罪法。」

王言：「大師！行法行王若無染心、無惡心者，何故不得慈心斷命、割截諸根？」

答言：「大王！行法行王以無染心、無惡心故，不能得起如是心念：斷眾生命、割截諸根。何以故？彼法行王見彼眾生至於死時，依自業過生瞋恨心，死已命斷生惡道中，惡心隨逐，長夜不斷，是故行法行王不行斷命、不壞諸根。何以故？此事難故。若斷其命、割截諸根，一作已後不可收故，繫閉、枷鎖、打縛、呵罵等非永棄捨，是故佛聽。行法行王為護眾生，若斷其命、割截諸根，不名滿足護眾生者。大王當知！斷眾生命、割截諸根最是世間大怖畏事故，佛不聽行法行王作如是事。」

王言：「大師！行法行王國內人民所應輸王課調物者，為是王物、為是他物？」

答言：「大王！非王自物、亦非他物。何以故？他自手力能作能得，是故非王自己有物；非他物者，以王能護彼眾生故，是故非是一向他物。彼眾生等立如是法，是故輸王，王應得分，非是他物。」

王言：「大師！行法行王若有人民應輸王物而不輸王，彼民為是偷盜王物、為非偷盜？」

答言：「大王！非偷王物。彼民貪惜，欺王不輸，得無量罪。何以故？以應輸物不輸王故。」

王言：「大師！於王國內合輸物者而不肯輸，然王即行鞭杖打責，若取彼物，為是劫奪、為非劫奪？」

答言：「大王！非是劫奪。何以故？大王當知！以王有力能護其難，彼由王護得安自業，應輸王物，故非劫奪。」

王言：「大師！若貧窮人應輸王物，以無物故，強加鞭打而責其物，為是劫奪、為非劫奪？」

答言：「大王！有人邊是劫奪，有人邊非劫奪。有人邊非劫奪者，彼人若是窳墮懈怠，不勤家業，非法邪婬、樗蒱、棊博如是等戲，輸他財物致貧窮者，如是人邊，行法行王，鞭打徵責，乃至他邊貸物輸王，王非劫奪。何以故？王作是念：『為令彼人更不敢作非法之事，損失財物故。』如是王、民二俱有益。王得益者，庫藏滿足；民得益者，資生成就。又，得無罪故。」

王言：「大師！何等人邊，王是劫奪？」

「大王當知！王雖合得，若知彼人所有家業為賊劫奪，詐親人奪，非法王奪，失火焚燒，暴風、疾雨、飛沙、雹石壞其家業，或時住處不得安隱，人民走散失沒家生，或有虫、螟、雀、鼠、鸚、鵡噉傷五穀，或時復值天旱不熟、水澇不收，如是等緣，家業不立資生壞盡，於此人邊應當默然不應徵責，若取此物名為劫奪。何以故？以不慈愍此貧窮人，不名具足護眾生故。大王當知！我為此事說一譬喻，智者於中以喻得解。譬如有人欲以飲食供養沙門淨行人等，備具種種一切美味，其家忽然失火焚燒、風吹水漂、賊所劫奪，飲食都盡，或為不淨惡物所污，不任食噉。諸沙門等食時既至，到施主家見其損失，反助憂苦乞食來與，何心敢責施主飲食。然彼施主，不與飲食亦無有罪。大王當知！行法行王亦復如是。王雖合得，彼人不與，不犯王法，不合打責，如是行法行王在世治化民常願樂。」

## 大薩遮尼乾子所說經卷第四