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title: "大方便佛報恩經 · 4 發菩提心品"
description: "大方便佛报恩经是一部汉传佛教经典，失译作者不详，约成书于东汉至魏晋时期。本经通过佛陀讲述前世为须阇提太子时割肉供养父母等本生故事，阐述孝道与报恩思想，强调修行与世间责任的统一。其内容融合了儒释观念，对中国佛教伦理特别是孝亲观的形成影响深远，是研究佛教中国化的重要文献，在佛教经典中具有独特地位。"
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### 大方便佛報恩經發菩提心品第四

> 大方便仏報恩経 発菩提心品 第四

爾時會中有一大菩薩摩訶薩，名曰喜王，即從座起，偏袒右肩，右膝著地，合掌仰白如來，而作是言：「菩薩云何知恩報恩？」

> その時、会場の中に喜王という名の大菩薩がおりました。彼は座を立ち、右肩を露わにし、右膝を地面につけて、合掌し、如来を仰ぎ見て、こう申し上げました。 「菩薩は、どのようにして恩を知り、恩に報いるのでしょうか。」

佛告喜王菩薩：「善男子！諦聽！諦聽！菩薩摩訶薩知恩者，當發阿耨多羅三藐三菩提心；報恩者，亦當教一切眾生，令發阿耨多羅三藐三菩提心。若發菩提心，云何而發？菩薩因何事故，所以能發？善男子！菩薩摩訶薩初發三菩提心時，立大誓願，作如是言：『若我得阿耨多羅三藐三菩提時，當大利益一切眾生，要當安置一切眾生大涅槃中，復當教化一切眾生，悉令具足般若波羅蜜，是則名為自利，亦名利他。』是故初發菩提心者，則得名為菩提因緣、眾生因緣、正義因緣、三十七助道法因緣，攝取一切善法根本。是故菩薩名為大善，亦名一切眾生善根，能破一切眾生身口意等三業諸惡。一切世間所有誓願，及出世間所有誓願，無有能勝阿耨多羅三藐三菩提，如是誓願無勝無上。菩薩摩訶薩初發三菩提心時，有五事：一者，性；二者，行；三者，境界；四者，功德；五者，增長。菩薩若能發菩提心，則得名為菩薩摩訶薩，定得阿耨多羅三藐三菩提，修大乘行。是故初發菩提心，即能攝取一切善法。菩薩摩訶薩發菩提心，修行漸得阿耨多羅三藐三菩提；若不發心，終不能得；是故發心即得阿耨多羅三藐三菩提根本。菩薩摩訶薩見苦眾生，心生憐愍，是故菩薩因慈悲心故，能發阿耨多羅三藐三菩提心；因阿耨多羅三藐三菩提心，即能習三十七品；因三十七品故，得阿耨多羅三藐三菩提，是故發心名為根本。發菩提心故，行菩薩尸羅，是故發心名根、名因，名枝、名葉，亦名華、名果，亦名為子。菩薩發心畢竟不畢竟，畢竟者乃至得阿耨多羅三藐三菩提，終不退失；不畢竟者，有退有失。退有二種：畢竟退、不畢竟退。畢竟退者，終不能發阿耨多羅三藐三菩提心，不能推求修習其法；不畢竟退者，求菩提心，修習其法。是菩提心有四種：一者，若善男子、若善女人，若見若聞諸佛菩薩不可思議事，爾時即生信敬之心，作是念言：『佛菩薩事不可思議。若佛菩薩不可思議事是可得者，我亦當得阿耨多羅三藐三菩提。』是故至心念於菩提，發菩提心。復有不見諸佛菩薩不思議事，以聞諸佛菩薩祕密之藏；聞已，即生信敬之心；得生信心故，為阿耨多羅三藐三菩提及摩訶般若，是故發菩提心。復有不見諸佛菩薩不思議事，亦不聞法，見法滅時，復作是念：『無上佛法能滅眾生無量苦惱，作大利益。惟諸佛菩薩能令佛法久住不滅。我今亦當發菩提心，令諸眾生遠離煩惱。願我此身受大苦事，護持佛法久住於世故，發菩提心。』復有不見諸佛菩薩法滅時，唯見惡世諸眾生等，具重煩惱、貪欲、瞋恚、愚癡等；無慙、無愧、慳悋等；嫉妬、恚癡、苦惱等；不信、邪疑、懶惰等。見是事已，即作此念：『大惡世時，眾生不能修善。如是惡時，尚不能發二乘之心，何況阿耨多羅三藐三菩提心？我今當發菩提心，發菩提心已，乃當教一切眾生令發阿耨多羅三藐三菩提心。』」

> 仏が喜王菩薩に告げられた。「善男子よ、よく聞きなさい。よく聞きなさい。菩薩摩訶薩で恩を知る者は、必ず阿耨多羅三藐三菩提心を起こすべきです。恩に報いる者は、また全ての众生を教えて、阿耨多羅三藐三菩提心を起こさせるべきです。もし菩提心を起こすなら、どのようにして起こすのでしょうか。菩薩はどんな理由によって、それを起こすことができるのでしょうか。善男子よ。菩薩摩訶薩が初めて三菩提心を起こす時、大誓願を立てて、こう言います。『もし私が阿耨多羅三藐三菩提を得たならば、必ず全ての众生を大いに利益し、必ず全ての众生を大涅槃の中に安置し、さらに全ての众生を教化して、皆に般若波羅蜜を具足させる。これを自利と言い、また利他とも言う。』ですから初めて菩提心を起こす者は、菩提の因縁、众生の因縁、正義の因縁、三十七助道法の因縁と呼ばれ、一切の善法の根本を摂取します。故に菩薩は大善と呼ばれ、また一切众生の善根と呼ばれ、一切の众生の身口意の三業の諸悪を破ることができます。一切世間の全ての誓願、および出世間の全ての誓願の中で、阿耨多羅三藐三菩提に勝るものはなく、このような誓願は勝るものなく、上なるものもありません。菩薩摩訶薩が初めて三菩提心を起こす時、五つのことがあります。一は性、二は行、三は境界、四は功徳、五は成長です。菩薩がもし菩提心を起こすことができれば、菩薩摩訶薩と呼ばれ、必ず阿耨多羅三藐三菩提を得て、大乗の行を修めます。故に初めて菩提心を起こすことが、全ての善法を摂取できるのです。菩薩摩訶薩が菩提心を起こし修行すれば、徐々に阿耨多羅三藐三菩提を得ます。もし心を起こさなければ、ついに得ることはできません。故に心を起こすことが、阿耨多羅三藐三菩提の根本を得ることなのです。菩薩摩訶薩は苦しむ众生を見て、心に憐れみを生じます。故に菩薩は慈悲の心によって、阿耨多羅三藐三菩提心を起こすことができるのです。阿耨多羅三藐三菩提心によって、三十七品を習うことができます。三十七品によって、阿耨多羅三藐三菩提を得ます。故に心を起こすことを根本と言います。菩提心を起こすことによって、菩薩の尸羅を行います。故に心を起こすことを根と言い、因と言い、枝と言い、葉と言い、また花と言い、果と言い、また子とも言います。菩薩の心を起こすことには、必ず成し遂げる場合と、そうでない場合があります。必ず成し遂げるとは、阿耨多羅三藐三菩提を得るに至るまで、決して退き失われないことです。そうでないとは、退き失うことがあるということです。退くことには二種類あります。必ず退くことと、必ずしも退かないことです。必ず退くとは、ついに阿耨多羅三藐三菩提心を起こすことができず、その法を推求し修習することができないことです。必ずしも退かないとは、菩提心を求め、その法を修習することです。この菩提心には四種類あります。一、善男子、善女人が、諸仏菩薩の不可思議な事を見聞きした時、その時に信敬の心を生じ、こう思う。『仏菩薩の事は不可思議である。もし仏菩薩の不可思議な事が得られるものであるなら、私もまた阿耨多羅三藐三菩提を得るべきだ。』このようにして心から菩提を念じ、菩提心を起こします。また、諸仏菩薩の不可思議な事を見ない者が、諸仏菩薩の秘密の蔵を聞き、聞いた後に信敬の心を生じる。信心を得たので、阿耨多羅三藐三菩提および摩訶般若のために、菩提心を起こします。また、諸仏菩薩の不可思議な事を見ず、法も聞かない者が、法が滅びる時を見て、こう思う。『無上の仏法は、众生の無量の苦悩を滅し、大きな利益をもたらす。ただ諸仏菩薩だけが仏法を久しく住まわせ、滅ぼさないことができる。私も今、菩提心を起こし、众生を煩悩から遠ざけよう。願わくは、この身が大きな苦しみを引き受け、仏法を久しく世に保つために、菩提心を起こそう。』また、諸仏菩薩や法の滅びる時を見ない者が、ただ悪世の諸众生が、重い煩悩、貪欲、瞋恚、愚痴などを持ち、慚愧なく、慳吝で、嫉妬、恚痴、苦悩などを持ち、信じず、邪疑で、怠惰であるのを見ます。この事を見て、こう思う。『大悪世の時、众生は善を修めることができない。このような悪い時に、まだ二乗の心すら起こすことができない。まして阿耨多羅三藐三菩提心を起こすことなどできようか。私は今、菩提心を起こそう。菩提心を起こした後、必ず全ての众生を教えて、阿耨多羅三藐三菩提心を起こさせよう。』」

爾時喜王菩薩復白佛言：「世尊！菩薩知恩，自發菩提心；菩薩報恩，教一切眾生令發菩提心者；如來世尊於生死時初發菩提心，因何事發？」

> その時、喜王菩薩が再び仏に申し上げました。「世尊よ。菩薩は恩を知り、自ら菩提心を起こします。菩薩は恩に報いるために、すべての衆生に菩提心を起こさせます。しかし、如来世尊が生死の迷いの世界におられた時、最初に菩提心を起こされたのは、どのような出来事がきっかけだったのでしょうか？」

佛言：「善男子！過去久遠不可計劫生死中，時以重煩惱，起身口意業故，墮在八大地獄，所謂：阿訶訶地獄、阿婆婆地獄、阿達多地獄、銅釜大銅釜、黑石大黑石，乃至火車地獄。我於爾時，墮在火車地獄中，共兩人竝挽火車。牛頭阿傍在車上坐，緘脣切齒，張目吹火，口眼耳鼻，煙炎俱起，身體殊大，臂脚盤結，其色赤黑，手執鐵杖，隨而鞭之。我時苦痛，努力挽車，力勵前進。時我徒伴劣弱少力，劣弱在後。是時牛頭阿傍以鐵叉刺腹，鐵杖鞭背，血出沐浴，隨體而流。其人苦痛，高聲大喚，苦痛難忍，或稱父母，或稱妻子。雖作如是唱喚，無益於己。我時見是，受大苦惱，心生哀愍，因慈心生故，發菩提心。為此眾罪人故，勸請牛頭阿傍：『此罪人者，甚可憐愍。小復加哀，垂慈憐愍。』牛頭阿傍聞已，心生瞋恚，尋以鐵叉前刺我頸，尋時命終，即得脫於火車地獄百劫中罪。我以發阿耨多羅三藐三菩提心故，即脫火車地獄之罪。」

> 仏がおっしゃった。「善き男子よ。遙か遠い昔、数え切れないほどの劫（長い時間）の間、生死を繰り返していた時、私は重い煩悩によって身・口・意の業を起こし、八つの大地獄に堕ちた。いわゆる、阿訶訶地獄、阿婆婆地獄、阿達多地獄、銅釜地獄・大銅釜地獄、黒石地獄・大黒石地獄、そして火車地獄である。 その時、私は火車地獄に堕ち、二人の者と共に火の車を引いていた。牛頭阿傍（ごずあぼう）が車の上に座り、唇を引き結び、歯を食いしばり、目を見開いて火を吹き、口・目・耳・鼻から煙と炎が立ち上り、その体は非常に大きく、腕や脚は絡み合い、色は赤黒く、手には鉄の杖を持ち、それを振るって私たちを鞭打った。 私はその時、苦しみと痛みに耐え、力を振り絞って車を引き、懸命に前へ進んだ。しかし、私の仲間は弱々しく力が足りず、後ろに遅れてしまった。すると牛頭阿傍は鉄の叉（また）でその腹を刺し、鉄の杖で背中を打った。血が流れ出して全身を洗い、体に沿って流れた。その人は苦しみのあまり、大声で叫び、その苦しみは耐え難く、父母を呼んだり、妻子を呼んだりした。そのように呼びかけても、自分にとって何の役にも立たなかった。 私はそれを見て、大きな苦しみを受け、心に哀れみの思いを起こした。その慈しみの心が生じた故に、菩提心（悟りを求める心）を発した。このすべての罪人のために、牛頭阿傍に懇願した。 「この罪人は、まことに哀れむべき存在です。どうか少しでも慈悲の心をお加えになり、哀れみをおかけください。」 牛頭阿傍はこれを聞くと、激しい怒りの心を起こし、すぐに鉄の叉で私の首を突き刺し、たちまち命を終えた。そしてすぐに火車地獄の百劫にわたる罪から解脱したのである。私は阿耨多羅三藐三菩提（無上正等覚）の心を発したが故に、火車地獄の罪から即座に脱することができたのだ。」

佛告喜王：「挽火車者，今我身是。因發菩提心故，疾得成佛。是故當知，一切眾生發菩提心，其事非一：或因慈心，或因恚心；或因施心，或因慳心；或因歡喜，或因煩惱；或因恩愛別離，或因怨憎和合；或因親近善知識，或因惡友；或因見佛，或因聞法。是故當知，一切眾生發菩提心，各各不同。喜王！當知菩薩摩訶薩知恩報恩，其事如是。」

> 仏は喜王に告げられました。「あの火の車を引いていたのは、今の私自身なのです。菩提心を起こしたがゆえに、速やかに仏となることができました。だから知るべきです。すべての衆生が菩提心を起こすその機縁は、一つではありません。ある者は慈しみの心から、ある者は怒りの心から。ある者は施しの心から、ある者は惜しみの心から。ある者は喜びから、ある者は煩悩から。ある者は愛する者との別れから、あるいは怨み憎む者との出会いから。ある者は善き知識に親しむことから、あるいは悪友から。ある者は仏を見ることから、あるいは法を聞くことから。だから知るべきです。すべての衆生が菩提心を起こすそのあり方は、一人ひとみな異なるのです。喜王よ、知るがよい。菩薩摩訶薩が恩を知り恩に報いる様子とは、まさにこのようなものなのです。」

說是法時，萬八千人發阿耨多羅三藐三菩提心。一切大眾中有得須陀洹乃至阿羅漢。時天龍、鬼神、人及非人，亦能發聲聞、辟支佛心，聞法歡喜，頭面作禮，右遶而去。

## 大方便佛報恩經卷第二

> 大方便仏報恩経 巻第二