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title: "添品妙法蓮華經 · 19 常不輕菩薩品"
description: "添品妙法莲华经是隋代高僧阇那崛多与笈多共同翻译的重要佛教经典，为法华经的异译本之一。该经成书于隋朝佛教鼎盛时期，反映了当时中印文化交流的成果。主要内容延续法华经核心思想，强调一佛乘理念，阐述众生皆可成佛的平等观，包含方便品、譬喻品等二十八品。在佛教地位上，此译本与鸠摩罗什译本并列，为研究法华思想流变提供了重要文献依据，是大乘佛教根本经典之一，对中国佛教天台宗的形成具有深远影响。"
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### 添品妙法蓮華經常不輕菩薩品第十九

> 妙法蓮華経 常不軽菩薩品 第十九

爾時佛告得大勢菩薩摩訶薩：「汝今當知！若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，持《法華經》者，若有惡口、罵詈、誹謗，獲大罪報如前所說；其所得功德，如向所說，眼、耳、鼻、舌、身、意清淨。得大勢！乃往古昔過無量無邊不可思議阿僧祇劫，有佛，名威音王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊，劫名離衰，國名大成。其威音王佛，於彼世中，為天、人、阿脩羅說法，為求聲聞者，說應四諦法，度生、老、病、死究竟涅槃。為求辟支佛者，說應十二因緣法。為諸菩薩，因阿耨多羅三藐三菩提，說應六波羅蜜法，究竟佛慧。得大勢！是威音王佛壽四十萬億那由他恒河沙劫，正法住世劫數，如一閻浮提微塵；像法住世劫數，如四天下微塵；其佛饒益眾生已，然後滅度。正法、像法滅盡之後，於此國土復有佛出，亦號威音王如來、應供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、佛、世尊，如是次第有二萬億佛，皆同一號。最初威音王如來，既已滅度，正法滅後，於像法中增上慢比丘有大勢力。爾時有一菩薩比丘，名常不輕。得大勢！以何因緣名常不輕？是比丘凡有所見，若比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，皆悉禮拜讚歎，而作是言：『我深敬汝等，不敢輕慢。所以者何？汝等皆行菩薩道，當得作佛。』而是比丘，不專讀誦經典，但行禮拜；乃至遠見四眾，亦復故往禮拜讚歎，而作是言：『我不敢輕於汝等，汝等皆當作佛。』四眾之中，有生瞋恚心不淨者，惡口、罵詈，言是無智比丘從何所來，自言：『我不輕汝，而與我等授記，當得作佛。我等不用如是虛妄授記。』如此經歷多年，常被罵詈，不生瞋恚，常作是言：『汝當作佛。』說是語時，眾人或以杖木、瓦、石，而打擲之。避走遠住，猶高聲唱言：『我不敢輕汝，汝等皆當作佛。』以其常作是語故，增上慢比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，號之為常不輕。

> そこで仏は、得大勢菩薩摩ヒサツに告げられた。「汝、今知るべし。もし比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷が『法華経』を受持する者に対して、悪口や罵詈、誹謗を行えば、先に述べたような大きな罪報を受けることになる。また、その功徳については、先に述べた通り、眼・耳・鼻・舌・身・意が清らかとなるのである。 得大勢よ、はるか昔、無量無辺不可思議アサンギ劫の昔に、威音王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名乗られる仏がおられた。その時代は離衰といい、国は大成といった。その威音王仏は、その世において天人や阿修羅のために説法し、声聞を求める者には四諦の法を説き、生・老・病・死を超え、究極の涅槃に導いた。また、辟支仏を求める者には十二因縁の法を説き、菩薩たちには無上正等菩提（アノ′タラサンミャクサンボダイ）に基づき、六波羅蜜の法を説いて、究極の仏の智慧に至らしめた。 得大勢よ、この威音王仏の寿命は四十万億那由他恒河沙劫であり、正法が世にあった期間は一閻浮提の微塵の数に等しく、像法の期間は四天下の微塵の数に等しかった。この仏は衆生を利益し終えた後、入滅された。正法と像法が完全に滅びた後、この国に再び仏が現れ、同じく威音王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏・世尊と名乗られた。このようにして次々に二万億の仏が現れ、皆同じ名を名乗った。 最初の威音王如来がすでに入滅し、正法が滅びた後の像法の時代に、増上慢の比丘が大いに勢力を持っていた。その時、常不軽という名の菩薩比丘がいた。得大勢よ、なぜ常不軽と名付けられたのか。この比丘は、見る者すべて、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷に対して、皆、礼拝し賛嘆して、こう言ったからである。『私はあなた方を深く敬い、軽んじたりしません。なぜなら、あなた方は皆、菩薩道を歩んでおり、やがて仏になるからです。』そしてこの比丘は、読経を専門とせず、ただ礼拝を修行した。遠くに四衆を見かけても、わざわざそのもとへ行き、礼拝し賛嘆して、こう言った。『私はあなた方を軽んじません。あなた方は皆、やがて仏となるべき方々です。』この中で、怒りや不浄の心を起こす者たちがいて、悪口や罵詈を浴びせ、『この無知な比丘はどこから来たのか。自分は軽んじないと言いながら、我々に授記して、仏になるといっている。我々はそんな虚妄の授記など必要ない。』と言った。こうして長年にわたり、罵られ続けても、常不軽比丘は怒りを起こさず、常に『あなたは仏となるでしょう』と言い続けた。この言葉を発するたびに、人々は杖や木片、瓦、石で彼を打ち投げつけた。彼は遠くに逃げ去りながらも、声高に叫んだ。『私はあなた方を軽んじません。あなた方は皆、やがて仏となるべき方々です。』常にこの言葉を口にしたので、増上慢の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷は、彼を“常不軽”と呼んだのである。

「是比丘臨欲終時，於虛空中具聞威音王佛先所說《法華經》，二十千萬億偈，悉能受持，即得如上眼根清淨，耳、鼻、舌、身、意根清淨，得是六根清淨已，更增壽命二百萬億那由他歲，廣為人說是《法華經》。於時增上慢四眾——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，輕賤是人為作不輕名者，見其得大神通力、樂說辯力、大善寂力，聞其所說，皆信伏隨從。是菩薩復化千萬億眾，令住阿耨多羅三藐三菩提，命終之後，得值二千億佛，皆號日月燈明，於其法中說是《法華經》，以是因緣，復值二千億佛，皆同號雲自在燈王。於此諸佛法中，受持讀誦，為諸四眾說此經典故，得是常眼清淨，耳、鼻、舌、身、意諸根清淨，於四眾中說法心無所畏。

> その比丘は、命終の間際に、虚空中にて威音王仏がかつて説かれた『法華経』の二十千万億の偈をことごとく聞き、それを受持し、先に述べたような眼根の清浄、耳・鼻・舌・身・意の根の清浄を得ました。こうして六根が清浄になった後、さらに寿命が二百千万億那由他歳延び、広く人々のためにこの『法華経』を説きました。 その時、増上慢の四衆——比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷——で、かつてこの人を軽蔑して「不軽」という名で呼んだ者たちは、彼が大きな神通力、楽説弁才の力、大いなる寂静の力を得たのを見て、彼の説法を聞き、みな信伏し随従しました。この菩薩はさらに千万億の衆生を教化して、阿耨多羅三藐三菩提に住まわせました。 命終の後、二千億の仏に出会い、いずれも同名を日月灯明といい、その教えのもとで『法華経』を説きました。この因縁により、さらに二千億の仏に出会い、いずれも同名を雲自在灯王といいました。これらの諸仏の教えのもとで、この経典を受持し読誦し、四衆のために説いたことにより、この常なる眼の清浄、耳・鼻・舌・身・意の諸根の清浄を得て、四衆の中で説法する際、心に何の恐れもなくなりました。

「得大勢！是常不輕菩薩摩訶薩，供養如是若干諸佛，恭敬、尊重、讚歎，種諸善根，於後復值千萬億佛，亦於諸佛法中說是經典，功德成就當得作佛。得大勢！於意云何？爾時常不輕菩薩，豈異人乎？則我身是。若我於宿世不受持讀誦此經為他人說者，不能疾得阿耨多羅三藐三菩提；我於先佛所，受持讀誦此經為他人說故，疾得阿耨多羅三藐三菩提。得大勢！彼時四眾比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷，以瞋恚意輕賤我故，二百億劫，常不值佛、不聞法、不見僧，千劫於阿鼻地獄受大苦惱；畢是罪已，復遇常不輕菩薩教化阿耨多羅三藐三菩提。得大勢！於汝意云何？爾時四眾常輕是菩薩者，豈異人乎？今此會中，跋陀婆羅等五百菩薩，師子月等五百比丘，尼思佛等五百優婆塞，皆於阿耨多羅三藐三菩提不退轉者是。得大勢！當知是《法華經》，大饒益諸菩薩摩訶薩，能令至於阿耨多羅三藐三菩提，是故諸菩薩摩訶薩，於如來滅後，常應受持、讀誦、解說、書寫是經。」

> 「勢至よ、この常不軽菩薩摩い訶薩は、このように多くの諸仏に供養し、敬い、尊び、讃嘆し、諸々の善根を植えました。その後さらに千万億の仏に値い、また諸仏の教えの中でもこの経典を説き、功徳を成就して、やがて仏と成りました。勢至よ、どう思うか。その時の常不軽菩薩が、誰か他の者であっただろうか。いや、実はこの私（釈迦牟尼仏）なのである。もし私が過去世においてこの経を受持し、読誦し、他の人のために説かなかったならば、速やかに阿耨多羅三藐三菩提を得ることはできなかったであろう。私は先の仏のもとで、この経を受持し、読誦し、他の人のために説いたからこそ、速やかに阿耨多羅三藐三菩提を得たのである。勢至よ、その時の四衆（比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷）は、怒りの心で私を軽んじたため、二百億劫の間、常に仏に値わず、法を聞かず、僧を見ず、千劫もの間、阿鼻地獄で大きな苦しみを受けました。その罪が終わった後、再び常不軽菩薩に出会い、阿耨多羅三藐三菩提へと導かれました。勢至よ、あなたはどう思うか。その時、常にこの菩薩を軽んじた四衆は、誰か他の者であっただろうか。いや、今この会座にいる、跋陀婆羅ら五百の菩薩、師子月ら五百の比丘、尼思仏ら五百の優婆塞たちこそ、皆、阿耨多羅三藐三菩提において不退転の位にいる者たちなのである。勢至よ、まさに知るがよい。この『法華経』は、諸々の菩薩摩訶薩にとって大きな利益をもたらし、彼らを阿耨多羅三藐三菩提に至らせるものである。それゆえ、諸々の菩薩摩訶薩は、如来の滅後においても、常にこの経を受持し、読誦し、解説し、書き写すべきなのである。」

爾時世尊，欲重宣此義，而說偈言：

> 時に世尊は、この意味を重ねて説かれるために、偈を唱えられた。

「過去有佛， 號威音王； 神智無量，將導一切， 天人龍神， 所共供養。是佛滅後， 法欲盡時， 有一菩薩，名常不輕。 時諸四眾， 計著於法，不輕菩薩， 往到其所， 而語之言：『我不輕汝， 汝等行道， 皆當作佛。』諸人聞已， 輕毀罵詈； 不輕菩薩，能忍受之； 其罪畢已， 臨命終時，得聞此經， 六根清淨， 神通力故，增益壽命， 復為諸人， 廣說是經。諸著法眾， 皆蒙菩薩， 教化成就，令住佛道。 不輕命終， 值無數佛，說是經故， 得無量福； 漸具功德，疾成佛道。 彼時不輕， 則我身是。時四部眾， 著法之者， 聞不輕言：『汝當作佛。』 以是因緣， 值無數佛。此會菩薩， 五百之眾， 并及四部，清信士女， 今於我前， 聽法者是。我於前世， 勸是諸人， 聽受斯經，第一之法； 開示教人， 令住涅槃，世世受持， 如是經典。 億億萬劫，至不可議， 時乃得聞， 是《法華經》。億億萬劫， 至不可議， 諸佛世尊，時說是經； 是故行者， 於佛滅後，聞如是經， 勿生疑惑； 應當一心，廣說此經， 世世值佛， 疾成佛道。」