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title: "不空羂索陀羅尼自在王呪經 · 16 成就見如來法分"
description: "不空羂索陀羅尼自在王呪經是一部重要的佛教密教经典由唐代译经师宝思惟从梵文翻译成汉文该经形成于印度密教兴起时期主要宣说不空羂索观音菩萨的广大功德及其核心咒语陀罗尼详细阐述了持诵此咒能除灾解难满足众生愿望乃至成就菩提的殊胜利益此经是早期传入中国的密教典籍之一对汉传密教特别是观音法门的形成与发展具有重要影响为修行者提供了重要的法门依据在佛教经典中占有显著地位"
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### 成就見如來法分第十六

> 第十六章 成就見如來之法

「若有欲得見如來者，其持呪人行十善業，起慈悲心發增上意樂，精進堅固自誓要期。為欲利益一切眾生供養三寶，於聖觀自在菩薩像前塗地造壇，隨力所辦種種資具、燈燭華香而用供養。清淨其身、著鮮白衣，日別三時洗浴并換衣服。於其壇內或三日或七日斷食，結加趺坐作如來印，應誦不空羂索心呪王。爾時聖觀自在菩薩像身震動或現神變、或行或坐、或低或昂、或現一身多身或麁或細、或起騰空放大光明。若見如此種種異相，當知即是呪法成就。其持呪人應令普賢得見如來。復由此相聖觀自在菩薩，令普賢菩薩奉請世尊使呪人見。復由此相當知如來允許聖觀自在菩薩之所啟請，為欲利益哀愍一切眾生故。時持呪者見如是相，歡喜踊躍，復以種種供養之具供養聖觀自在菩薩，應誦不空羂索心呪王，乃至聖觀自在菩薩像於其座上示現隱沒，如來出現申金色臂，安慰呪人唱如是言：『汝者，如來大悲者哀愍汝故，汝所希求我當滿足汝願。』于時呪人瞻仰世尊，踊躍歡喜右繞七匝，香花供養修敬已畢，白言：『世尊！我今肉眼得見如來，我所希求願令滿足。』爾時世尊告呪人言：『隨汝意樂悉當與汝。汝今何求？若求多聞、若求財寶富貴自在、若求呪仙，若於如來法中求聲聞緣覺菩提、若求灌頂菩薩之位。若求人中無病長壽，或求生婆羅門家居士大種姓家、轉輪王家殊勝生處。若求生四大王眾天、三十三天、焰摩天、覩史多天、化樂天、他化自在天、梵身天、淨居天及求聖果。如是等處所求皆得，以如來神力故、福德加持故、如來祕密神呪故、聖觀自在菩薩願力故、不空羂索心呪王威力故、持呪之人意樂清淨故、如來語言無虛謬故，諸所希求必當成就。』若持呪者於如來前欲得授記，如來亦為授記。愚夫少智不應分別，生如是疑：『佛智難成。要經無量百千俱胝那庾多阿僧企耶劫，修行淨業百千業行，善巧方便方得成滿。云何以少呪法一生修集便得授記？』勿起此疑。何以故？以持呪人修行般若善巧方便，信力、精進力、念力、三摩地力，由是因緣一切成就，乃至成佛故。我今者安慰呪人，勸發精進為之授記，當成阿耨多羅三藐三菩提。欲令呪人得授記已，依菩薩行次第修習，一切自在，得靜慮三摩地。如是自在菩薩，得近阿耨多羅三藐三菩提。由是呪人先求自在。若有未甞菩提樂者，應生淨信，乘信力故一切事成速達彼岸。若不信者，假使經於百千俱胝多劫精進，唐捐其功，終無獲證，遠離阿耨多羅三藐三菩提。世尊由是了知眾生意樂，故為之授記。呪人由是於世尊前，求授記故佛為之記。爾時呪人得授記已，應知決定我當成佛，為天人師無上福田，而發是心：『我下劣身，不淨所生，無常敗壞，壽命短促生滅逼迫，復何所用？為求如來不壞身故，持養此身。發願不作身語及意不善之業，常行身語及意善業，必當捨離五趣之身，修行佛因精勤苦行。』以持呪人神呪力故，定證菩提，為能積集不可思議功德力故、誦持如來陀羅尼故、修習殊勝三摩地力故。由是如來呪藏中說如此神呪，有大印法及結壇法并入壇法，攘災法、增益法、治罰一切障礙鬼法。若有信者，以呪方便而調伏之，能現菩薩種種神變，所作吉祥善巧方便，無病長壽，滅諸煩惱，離五無間業，復能銷滅厄難災障，能除疫病，及能除呪起死屍鬼魘魅并起屍鬼及惡徵祥，復能令毒藥、蠱毒、器仗、赤瘡黑瘡痔瘻、塞建陀鬼、癎鬼、影鬼、小兒鬼由呪力故不能為害。復得色力、富貴自在、安樂身心，悅豫智慧聰明憶念，有大威德眾人敬愛。復能成就福智資糧增長善根，面貌端正光輝可愛。若有成就尊者聖觀自在菩薩不空羂索心呪王法，即得如是無量功德，如如意寶及劫臘波樹，所求皆得。此神呪法假使經於百千俱胝劫生求，尚難可得，何況少福眾生而得此法，法尚難得何況成就。當知此呪難得見聞，以一切如來之所護持、一切菩薩之所同入、一切如來所共成就、一切諸天之所擁衛，常為呪人之所供養，是大福聚，能應眾生皆得滿足，示現無上正等菩提。若有人受持此呪，以諸花香幢幡寶蓋供養恭敬尊重讚歎，終不墮於地獄，餓鬼，畜生諸惡趣中，常生極樂世界阿彌陀佛前，壽命無量，一切皆如聖觀自在菩薩威德神力。

> 「もし如来を拝見したいと望むならば、その呪を唱える人は十善業を実践し、慈悲心を起こし、高次の喜びを意図し、堅固な決意で自ら誓いを立てなさい。すべての衆生を利益し、三宝に供養するために、聖観自在菩薩の像の前に地面を整えて壇を設け、自分の力に応じて様々な供物、灯明、花、香を用意して供養しなさい。身を清め、清らかな白衣を身に着け、一日に三度、沐浴して衣服も替えなさい。その壇の中で、三日間または七日間断食し、結跏趺坐して如来の印を結び、不空羂索心呪王を唱えるべきです。 その時、聖観自在菩薩の像が震動し、あるいは神変を示し、あるいは歩き、あるいは座り、あるいは傾き、あるいは上がり、あるいは一つの身や多くの身を現し、あるいは粗く、あるいは細かく、あるいは空中に舞い上がり大光明を放ちます。このような様々な異相を見たら、それが呪法の成就であると知るべきです。その呪を唱える人は、普賢菩薩に如来を見せていただくべきです。また、この相によって聖観自在菩薩が普賢菩薩に世尊を招請させ、呪を唱える人に見せるのです。さらにこの相によって、如来が聖観自在菩薩の請願を許し、すべての衆生を利益し哀れむためであると知るべきです。 その時、呪を唱える人はこのような相を見て、歓喜し踊り、さらに様々な供養の道具で聖観自在菩薩を供養し、不空羂索心呪王を唱え続けます。ついには聖観自在菩薩の像がその座に現れたり隠れたりし、如来が現れて金色の腕を差し伸べ、呪を唱える人を慰めてこう言われます。「汝よ、如来の大悲が汝を哀れむがゆえに、汝の求めるものを私は満たそう。」 その時、呪を唱える人は世尊を仰ぎ見て、歓喜し踊り、右に七回繞り、香花を供養して敬意を捧げ終えた後、申し上げます。「世尊よ、私はこの肉眼で如来を拝見しました。私の願いをどうか叶えてください。」その時、世尊は呪を唱える人に告げられます。「汝の望みに従って、すべてを汝に与えよう。汝は今、何を求めるのか？多聞を求めるか、財宝や富貴や自在を求めるか、呪仙を求めるか、如来の教えの中で声聞や独覚の菩提を求めるか、灌頂の菩薩の位を求めるか。あるいは、人間の中で病気なく長寿を求めるか、婆羅門や在家や大種姓の家、転輪王家のような優れた生まれを求めるか。あるいは、四大王衆天、三十三天、焔摩天、覩史多天、化楽天、他化自在天、梵身天、浄居天に生まれ、聖なる果を求めるか。これらの場所で求めるものはすべて得られるであろう。如来の神力ゆえに、福徳の加持ゆえに、如来の秘密の神呪ゆえに、聖観自在菩薩の願力ゆえに、不空羂索心呪王の威力ゆえに、呪を唱える人の意楽が清らかゆえに、如来の言葉に虚偽はないゆえに、あらゆる願いは必ず成就する。」 もし呪を唱える人が如来の前で授記を得たいと望むなら、如来もまた授記を与えるでしょう。愚かな凡夫は智慧が少なく、分別すべきではなく、こう疑ってはなりません。「仏の智慧は成就しがたい。無量百千倶胝那由多阿僧企耶劫を経て、清らかな業と百千の業行を修行し、巧みな方便をもって初めて成就するというのに、どうしてわずかな呪法を一生修行しただけで授記を得られるのか？」このような疑いを起こしてはなりません。なぜなら、呪を唱える人が般若の巧妙な方便を修行し、信の力、精進の力、念の力、三摩地の力を持つからです。これらの因縁によってすべてが成就し、ついには成仏に至るのです。私は今、呪を唱える人を慰め、精進を促し、授記を与え、阿耨多羅三藐三菩提を成就させようとしています。呪を唱える人が授記を得た後、菩薩の行に従って次第に修行し、すべてに自在となり、静慮の三摩地を得させたいのです。このように自在な菩薩は、阿耨多羅三藐三菩提に近づきます。それゆえ、呪を唱える人はまず自在を求めるのです。もし菩提の喜びをまだ味わったことのない人がいれば、清らかな信を起こすべきです。信の力に乗って、すべてのことが成し遂げられ、速やかに彼岸に達するでしょう。もし信じなければ、たとえ百千倶胝もの劫の間精進しても、その努力は無駄になり、ついに悟りを得ることなく、阿耨多羅三藐三菩提から遠ざかるでしょう。世尊はこのように衆生の意楽を了知し、そのために授記を与えるのです。呪を唱える人は、このように世尊の前で授記を求めるゆえに、仏は授記を与えるのです。 その時、呪を唱える人は授記を得た後、自分が必ず仏となり、天人師、無上の福田となることを確信し、こう発心すべきです。「この卑しい身は、不浄から生まれ、無常で壊れやすく、寿命は短く、生滅に迫られている。何の役に立つのか？如来の壊れない身を求めるために、この身を保ち養おう。身・言葉・意の不善の業を決して行わず、常に身・言葉・意の善い業を行い、必ず五趣の身を捨て、仏の因を修行し、精進し苦行に励もう。」 呪を唱える人の神呪の力によって、必ず菩提を証し、不可思議な功徳の力を積むことができるのです。如来の陀羅尼を誦持し、殊勝な三摩地の力を修行するからです。それゆえ、如来の呪蔵の中にこのような神呪が説かれ、大いなる印法、結壇法、入壇法、攘災法、増益法、すべての障害の鬼を治罰する法があります。信じる者があれば、呪の方便で調伏し、菩薩の様々な神変を示し、吉祥で巧みな方便を行い、病気なく長寿で、煩悩を滅し、五無間業を離れ、さらに厄難や災いを消滅させ、疫病を除き、死屍鬼や魘魅、起屍鬼や悪い兆しをも除くことができます。また、毒薬、蠱毒、武器、赤瘡、黒瘡、痔瘻、塞建陀鬼、癎鬼、影鬼、小児鬼も、呪の力によって害をなすことができません。さらに、美しい色や力、富貴や自在を得、身心は安楽で、智慧や聰明、記憶力が増し、大いなる威徳を持ち、人々の敬愛を受けます。また、福と智の資糧を成就し、善根を増長し、顔立ちは端正で、輝き愛らしいものとなります。 もし尊者聖観自在菩薩の不空羂索心呪王の法を成就する者があれば、このような無量の功徳を得、如意宝や劫臘波樹のように、求めるものはすべて得られるでしょう。この神呪の法は、たとえ百千倶胝劫もの間求めても得難いものです。ましてや福の少ない衆生がこの法を得ることなど、なおさら難しい。法を得ることすら難しいのに、成就することはなおさらです。この呪は見聞きすることが難しく、すべての如来が護持し、すべての菩薩が共に入り、すべての如来が共に成就し、すべての天が擁護し、常に呪を唱える人の供養するところであり、大いなる福の集まりです。衆生の願いをすべて満たし、無上の正等菩提を示します。 もし人がこの呪を受持し、様々な花や香、幢幡、宝蓋で供養し、恭敬し、尊重し、讃嘆すれば、決して地獄、餓鬼、畜生の悪趣に堕ちることなく、常に極楽世界の阿弥陀仏の前に生まれ、寿命は無量で、すべて聖観自在菩薩の威徳神力のようになるでしょう。」

「第二十六呪。

> 第二十六の呪文

「南謨囉哆那　怛囉夜耶　南謨阿弭哆婆耶怛他𦽆多耶　南謨阿唎耶跋嚧吉帝失筏囉耶　菩提薩埵耶　摩訶薩埵耶　摩訶迦嚧尼迦耶　怛跌他　唵　阿慕伽鉢囉底喝多　僧訶囉　僧訶囉𤙖泮吒」

> 「南無、宝よ。三宝に帰依します。南無、阿弥陀仏、如来に帰依します。南無、聖なる観世音菩薩、大菩薩、大いなる慈悲ある方に帰依します。すなわち、こう唱えます。オーン、あまねく広がる、打ち勝つ力を持つ者よ。獅子の如く吼えよ、獅子の如く吼えよ。スヴァーハー。」

此是收除呪。凡結壇事畢欲收除時，先誦此呪然後除之。

> これは壇を片付けるための呪文です。壇の儀式がすべて終わり、片付けようとする時は、まずこの呪文を唱えてから片付けなさい。

## 不空羂索陀羅尼自在王呪經卷下

> 不空羂索陀羅尼自在王呪經 巻下