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title: "本願藥師經古迹 · 第二"
description: "本願藥師經古迹由新羅高僧太賢撰寫，是對《藥師經》的權威註釋。該書成書於新羅時期，融合了唯識學與藥師法門的教義，系統闡釋藥師佛十二大願、淨土信仰及消災延壽的法門。其內容深入解讀經文，強調現世利益與究竟解脫的結合。在佛教史上具有重要地位，尤其影響東亞藥師信仰的發展，是研究藥師法門和朝鮮佛教的關鍵典籍。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cme55wale00ntjo04j68rox7w"
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## 本願藥師經古迹下

> 本願薬師経古跡下

藥師瑠璃光如來本願功德經

爾時曼殊室利童子白佛言：世尊！我當誓於像法轉時，以種種方便令諸淨信善男子善女人等，得聞世尊藥師瑠璃光如來名號，乃至睡中亦以佛名覺悟其耳。世尊！若於此經受持讀誦，或復為他演說開示，若自書、若教人書，恭敬尊重，以種種華香、塗抹香、燒香、華鬘瓔珞、幡蓋伎樂而為供養，以五色綵作囊盛之，掃灑淨處敷設高座而用安處，爾時四大天王與其眷屬，及餘無量百千天眾，皆詣其所供養守護。世尊！若此經寶流行之處，有能受持，以彼世尊藥師瑠璃光如來本願功德及聞名號，當知是處無復橫死，亦復不為諸惡鬼神奪其精氣，設已奪者還得如故身心安樂。

> その時、文殊師利童子が仏に申し上げました。 「世尊よ、私は誓います。像法の時代において、様々な方便をもって、清らかな信心を持つ善男子・善女人たちに、世尊・薬師瑠璃光如来の御名を聞かせ、眠りの中にあっても、その耳を仏の名号で目覚めさせましょう。 世尊よ、もしこの経典を受持し読誦し、あるいは他の人々のために説き明かし、自ら書き写し、あるいは人に書き写させ、恭敬尊重し、種々の華・香・塗香・焼香・華鬘・瓔珞・幡蓋・伎楽をもって供養し、五色の綵で作った袋に納め、清浄な場所を掃き清めて高座を設け安置するならば、その時、四大天王とその眷属、および無量百千の天衆が、その場所に赴き供養し守護するでしょう。 世尊よ、もしこの経典の宝が流布する所で、これを受持し、かの世尊・薬師瑠璃光如来の本願の功徳と御名号を聞くことがあれば、その場所にはもはや横死はなく、また諸々の悪鬼神がその精気を奪うこともないと知るべきです。仮に奪われたことがあっても、元通りになり、身心安楽を得るでしょう。」

述曰：大段第二勸物利益門。此有五門：一誓願警覺門，如經「我當誓於像法轉時方便令聞如來名號，由於此經受持供養天眾守護無災橫」故。

> 述べます。大段第二は、衆生を勧めて利益を得させる門です。これには五つの門があります。 第一は、誓願をもって警策し覚醒させる門です。経文に「我は像法の転ずる時に当たりて、方便を以て如来の名号を聞かしめんことを誓う。この経を受け持ち供養する天衆は守護して災い横死することなし」とある通りです。

佛告曼殊室利：如是如是，如汝所說。曼殊室利！若有淨信善男子善女人等，欲供養彼世尊藥師瑠璃光如來者，應先造立彼佛形像，敷清淨座而安處之，散種種華、燒種種香、以種種幢幡莊嚴其處。七日七夜受八分齋戒，食清淨食，澡浴香潔著新淨衣。應生無垢濁心、無怒害心，於一切有情起利益安樂慈悲喜捨平等之心，鼓樂歌讚右遶佛像。復應念彼如來本願功德，讀誦此經、思惟其義、演說開示，隨所樂願一切皆遂，求長壽得長壽、求富饒得富饒、求官位得官位、求男女得男女。若復有人忽得惡夢、見諸惡相，或怪鳥來集、或於住處百怪出現。此人若以眾妙資具恭敬供養彼世尊藥師瑠璃光如來者，惡夢惡相諸不吉祥皆悉隱沒不能為患。或有水火刀毒懸嶮、惡象師子虎狼熊羆、毒蛇惡蠍蜈蚣蚰蜒蚊虻等怖，若能至心憶念彼佛、恭敬供養，一切怖畏皆得解脫。若他國侵擾盜賊反亂，憶念恭敬彼如來者，亦皆解脫。復次曼殊室利！若有淨信善男子善女人等，乃至盡形不事餘天，唯當一心歸佛法僧，受持禁戒，若五戒、十戒、菩薩四百戒、苾芻二百五十戒、苾芻尼五百戒。於所受中或有毀犯，怖墮惡趣；若能專念彼佛名號、恭敬供養者，必定不受三惡趣生。或有女人臨當產時受於極苦，若能至心稱名禮讚、恭敬供養彼如來者，眾苦皆除，所生之子身分具足形色端正，見者歡喜，利根聰明安穩少病，無有非人奪其精氣。

> 仏は曼殊室利に告げられた。その通りだ、その通りだ、あなたの言うとおりである。曼殊室利よ、もし清らかな信仰を持つ善男子・善女人たちが、かの世尊・薬師瑠璃光如来を供養しようと願うならば、まずその仏の像を造り、清らかな座を敷いて安置し、さまざまな花を散らし、さまざまな香を焚き、さまざまな幢幡（旗）でその場所を荘厳すべきである。七日七夜の間、八斎戒を受け、清らかな食事を取り、香を焚いて沐浴し、新しい清らかな衣を着る。無垢で濁りのない心、怒りや害の心を起こさず、すべての生きとし生けるものに対して利益と安楽、慈悲と喜捨の平等な心を起こし、音楽を奏で歌を詠み、仏像の右を巡って礼拝すべきである。また、かの如来の本願の功徳を思い、この経を読み誦え、その意味を考え、説き明かし示すならば、願うところのすべてが成就し、長寿を求めれば長寿を得、富を求めれば富を得、官位を求めれば官位を得、男女の子を求めれば男女の子を得るであろう。もしまた、人が突然悪夢を見たり、さまざまな悪い兆しを見たり、不吉な鳥が集まってきたり、住むところに多くの怪異が現れたりしたならば、この人が多くの優れた供物で、かの世尊・薬師瑠璃光如来を敬い供養するならば、悪夢や悪い兆し、すべての不吉なことは消え去り、害をなすことはできない。あるいは、水難・火難・刀難・毒難・危険な場所、悪象・獅子・虎・狼・熊・羆（ひぐま）、毒蛇・悪蠍・蜈蚣（むかで）・蚰蜒（げじげじ）・蚊・虻（あぶ）などの恐怖があっても、もし真心を込めてかの仏を思い、敬い供養するならば、すべての恐怖から解脱することができる。もし他国からの侵略や盗賊の反乱があっても、かの如来を思い敬うならば、それらからも解脱するであろう。さらに曼殊室利よ、もし清らかな信仰を持つ善男子・善女人たちが、生涯をかけて他の天（神々）に仕えることなく、ただひたすらに仏・法・僧に帰依し、戒律を受持するならば、たとえ五戒・十戒・菩薩の四百戒・比丘の二百五十戒・比丘尼の五百戒であっても、受けた戒の中で破ったり犯したりして、悪趣（地獄・餓鬼・畜生）に堕ちることを恐れるならば、もし一心にかの仏の名号を念じ、敬い供養するならば、必ず三悪趣に生まれることはない。あるいは、女性が産みの苦しみに臨むとき、もし真心を込めて名号を称え礼賛し、かの如来を敬い供養するならば、すべての苦しみは除かれ、生まれる子は身体が具足し、形や色が端正で、見る者が喜び、利口で聡明、安らかで病気が少なく、非人（悪霊など）がその精気を奪うこともないであろう。

述曰：此即第二如來述成門。於中有二：初明供養、後說獲益。供養有三：一財物供養，如經「造立形像乃至莊嚴其處」故。二正行供養，如經「七日受戒乃至平等之心」故。三三業供養，如經「鼓樂歌讚乃至演說開示」故。獲益有三：一所求稱遂門，如經「隨所樂願乃至得男女」故。二所厭消滅門，如經「若復有人乃至亦皆解脫」故。三毀戒離苦門，於中有二：一現身毀戒，畏當苦故，如經「復次曼殊乃至不受三惡趣生」故。此中菩薩四百戒者，良由如來隨物宜聞，廣略說故，開合不同。方等經說四重二十八輕，《瑜伽論》說四重四十五輕，《梵網經》說十重四十八輕，有不同故。然此一本宋譯云「二十四戒」，隋譯云「一百四戒」，諸梵本者有不同故。二前身毀戒，受女產苦故。如經「或有女人乃至奪其精氣」故。

> 述べます。これは第二の「如来が述べて成す門」です。この中には二つの部分があります。初めに供養を明らかにし、後に利益を得ることを説きます。供養には三種類あります。一つは財物による供養で、経文に「形像を造立し、その場所を荘厳するに至る」とある通りです。二つ目は正しい行いによる供養で、経文に「七日間戒を受け、平等の心に至る」とある通りです。三つ目は三業（身・口・意）による供養で、経文に「鼓楽や歌で讃え、演説し開示するに至る」とある通りです。 利益を得ることにも三つあります。一つは「願いが叶う門」で、経文に「楽しい願いに従い、男女を得るに至る」とある通りです。二つ目は「嫌うことが消滅する門」で、経文に「もしまた人があり、皆も解脱するに至る」とある通りです。三つ目は「戒を破って苦から離れる門」です。この中には二つあります。一つは現世で戒を破り、将来の苦を恐れることです。経文に「また曼殊に至り、三悪趣の生を受けない」とある通りです。ここで菩薩の四百戒とは、如来が衆生に適した方法で、広くあるいは簡略に説かれたため、開合（展開と統合）が異なるからです。『方等経』では四重二十八軽を説き、『瑜伽論』では四重四十五軽を説き、『梵網経』では十重四十八軽を説いており、違いがあるためです。しかし、この一つの経典でも、宋訳では「二十四戒」とあり、隋訳では「一百四戒」とあり、諸々の梵本によって違いがあるためです。二つ目は前世で戒を破り、女性として出産の苦しみを受けることです。経文に「あるいは女人があり、その精気を奪うに至る」とある通りです。

爾時世尊告阿難言：如我稱揚彼佛世尊藥師瑠璃光如來所有功德，此是諸佛甚深行處難可解了。汝為信不？阿難白言：大德世尊！我於如來所說契經不生疑惑。所以者何？一切如來身語意業無不清淨。世尊！此日月輪可令墮落、妙高山王可使傾動，諸佛所言無有異也。世尊！有諸眾生信根不具，聞說諸佛甚深行處，作是思惟：云何但念藥師瑠璃光如來一佛名號便獲爾所功德勝利？由此不信，返生誹謗。彼於長夜失大利樂，墮諸惡趣流轉無窮。佛告阿難：是諸有情若聞世尊藥師瑠璃光如來名號，至心受持不生疑惑，墮惡趣者無有是處。阿難！此是諸佛甚深所行，難可信解。汝今能受，當知皆是如來威力。阿難！一切聲聞獨覺及未登地諸菩薩等，皆悉不能如實信解，唯除一生所繫菩薩。阿難！人身難得，於三寶中信敬尊重亦難可得，得聞世尊藥師瑠璃光如來名號復難於是。阿難！彼藥師瑠璃光如來，無量菩薩行、無量巧方便、無量廣大願，我若一劫若一劫餘而廣說者，劫可速盡，彼佛行願善巧方便無有盡也。

> その時、世尊は阿難に告げられました。 「私が薬師瑠璃光如来のすべての功徳を称揚するのは、これが諸仏の深遠な行いであり、理解しがたいものだからです。あなたは信じますか？」 阿難は答えました。 「尊い世尊よ。私は如来の説かれた教えに対して、少しも疑いを抱きません。なぜなら、すべての如来の身・口・意の行いは、清らかでないものはないからです。世尊よ、たとえこの太陽や月が落ち、須弥山が揺らぐことがあっても、諸仏の言葉に違いはありません。 世尊よ、信仰の根が十分でない衆生は、諸仏の深遠な行いについて聞くと、こう考えます。『どうしてただ薬師瑠璃光如来の一仏の名号を念じるだけで、これほどの功徳と利益を得られるのか』と。このために信じることができず、かえって誹謗を生じるのです。彼らは長い闇の中で大きな利益と安楽を失い、悪しき世界に堕ちて、果てしなく流転することになります。」 仏は阿難に告げられました。 「これらの衆生が、世尊薬師瑠璃光如来の名号を聞き、真心から受け持ち疑わないならば、悪しき世界に堕ちることは決してありません。阿難よ、これは諸仏の深遠な行いであり、信じ理解することは難しい。あなたが今、受け入れることができるのは、すべて如来の威徳によるものです。 阿難よ、一切の声聞・独覚、および菩薩の境地に至っていない菩薩たちでさえ、ありのままに信じ理解することはできません。ただ一生を終えて仏となる菩薩だけが例外です。 阿難よ、人間に生まれることは難しく、仏・法・僧の三宝を信じ敬うこともまた得難いことです。ましてや、世尊薬師瑠璃光如来の名号を聞くことは、それよりもさらに難しいのです。 阿難よ、あの薬師瑠璃光如来は、無量の菩薩行、無量の巧みな方便、無量の広大な願いを持っておられます。もし私が一劫、あるいはそれ以上の時をかけて広く説いたとしても、劫は速やかに尽きるでしょうが、あの仏の行願と善巧方便は尽きることがありません。」

述曰：此第三毀信損益門。此有四門：一佛語決定門，如經「如我稱揚乃至諸佛所言無有異也」故。二毀謗衰損門，如經「有諸眾生乃至流轉無窮」故。三敬信獲益門，如經「佛告阿難乃至墮惡趣者無有是處」故。四勸物信受門，如經「阿難乃至無有盡也」故。

> 述べるに、これは第三の信心を毀損する損益の門である。これには四つの門がある。第一は仏語決定の門であり、経文に「我が称揚する如く、乃至諸仏の言うところも異なること無し」とある通りである。第二は毀謗衰損の門であり、経文に「諸の衆生あり、乃至流転して窮まり無し」とある通りである。第三は敬信獲益の門であり、経文に「仏、阿難に告げたまわく、乃至悪趣に堕つる者は是れ無きが故なり」とある通りである。第四は物を勧めて信受せしむる門であり、経文に「阿難、乃至尽きること無し」とある通りである。

爾時眾中有一菩薩摩訶薩名曰救脫，即從座起，偏袒一肩右膝著地，曲躬合掌而白佛言：大德世尊！像法轉時，有諸眾生為種種患之所困厄，長病羸瘦不能飲食，喉脣乾燥，見諸方暗，死相現前。父母親屬朋友知識啼泣圍遶，然彼自身臥在本處，見琰魔使引其神識至于琰魔法王之前。然諸有情有俱生神，隨其所作若罪若福皆具書之，盡持授與琰魔法王。爾時彼王推問其人算計所作，隨其罪福而處斷之。時彼病人親屬知識若能為彼歸依世尊藥師瑠璃光如來，請諸眾僧轉讀此經，燃七層之燈、懸著五色續命神幡，或有是處彼識得還，如在夢中明了自見。或經七日、或二十一日、或三十五日、或四十九日，彼識還時如從夢覺，皆自憶知善不善業所得果報。由自證見業果報故，乃至命難亦不造作諸惡之業。是故淨信善男子善女人等，皆應受持藥師瑠璃光如來名號，隨力所能恭敬供養。

述曰：此是第四開像資助門。此有二門：一資助所為門、二資助勝利門。初所為者，如經「像法轉時乃至而處斷之」故。言琰魔者，唐云靜息，曉悟罪人止眾惡故。即由此義，雖鬼界攝亦名法王。謂由業力，病人意識現四相分：一琰魔使、二己神識、三琰魔王、四俱生神。傳說本識與身，故名俱生。神能熏習，言具書持表於法王，故言授與。由業威力，似神相現。如《淨土三昧經》云「同生同名，一神俱生。」二資助勝利門者，如經「時彼病人乃至諸惡之業」故。此中資緣有五，歸佛、請僧、轉法、燃燈及懸幡故。燈者明也，幡者將也。救闇沈故，須幡燈也。七層五色者，無說所以。若以義推，伏七支罪、調五方故。或有是處彼識得還者，為簡定業，故言或有。言或經七日乃至四十九日者，擬中有命七日住故。然其後三隔二七說，為顯據實，不離身故。傳者皆言，其實神識未曾離身。

爾時阿難問救脫菩薩曰：善男子！應云何恭敬供養彼世尊藥師瑠璃光如來？續命幡燈復云何造？救脫菩薩言：大德！若有病人欲脫病苦，當為其人七日七夜受持八分齋戒，應以飲食及餘資具隨力所辯供養苾芻僧，晝夜六時禮拜供養彼世尊藥師瑠璃光如來，讀誦此經四十九遍，燃四十九燈。造彼如來形像七軀，一一像前各置七燈，一一燈量大如車輪，乃至四十九日光明不絕。造五色綵幡，長四十九搩手。應放雜類眾生至四十九，可得過度危厄之難，不為諸橫惡鬼所持。復次阿難！若剎帝利灌頂王等災難起時，所謂人眾疾疫難、他國侵逼難、自界叛逆難、星宿變怪難、日月薄蝕難、非時風雨難、過時不雨難。彼剎帝利灌頂王等，爾時應於一切有情起慈悲心，赦諸繫閉，依前所說供養之法供養彼世尊藥師瑠璃光如來。由此善根及彼如來本願力故，令其國界即得安穩，風雨順時穀稼成熟，一切有情無病歡樂，於其國中無有暴惡藥叉等神惱有情者，一切惡相皆即隱沒，而剎帝利灌頂王等壽命色力無病自在皆得增益。阿難！若帝后妃主、儲君王子、大臣輔相、中宮婇女、百官梨庶為病所苦及餘厄難，亦應造立五色神幡、燃燈續明、放諸生命、散雜色華、燒眾名香，病得除愈，眾難解脫。

述曰：自下第五問答釋難門。於中有二：一問答故、二釋難故。此初也。答中有二：初約病難答，如經「救脫菩薩言乃至廣說」故。此中所說就其邊際，設不具足，非無勝利，如前經言「隨力所能而供養」故。《法社經》云「貧者一燈亦得成」故。各置七燈者，邁師云：「像前一座，造七輪燈，形如車輪。一一像座前各置一輪燈，一一輪上各安七盞燈。」後約國難答。此復有二：國界難故、眷屬難故。如經「復次阿難乃至眾難解脫」故。非但病人亦濟王難，此中意也。國有七難，如文可解。灌頂王者最大國主上位之時，諸小國王及諸群臣各取四大海水灌其頂故。言國界安穩者，第二三難除故。風雨穀順者，第六七難除故。無病無神者，初難除故。惡相隱沒者，第四五難除故。王眷屬難，如文可解。

爾時阿難問救脫菩薩言：善男子！云何已盡之命而可增益？救脫菩薩言：大德！汝豈不聞如來說有九橫死邪？是故勸造續命幡燈、修諸福德。以修福故，盡其壽命不經苦患。阿難問言：九橫云何：救脫菩薩言：有諸有情得病雖輕，然無醫藥及看病者，設復遇醫授以非藥，實不應死而便橫死。又信世間邪魔外道妖㜸之師妄說禍福便生恐動，心不自正卜問覓禍，殺種種眾生解奏神明、呼諸魍魎，請乞福祐、欲冀延年，終不能得。愚癡迷惑信邪倒見，遂令橫死，入於地獄無有出期。是名初橫。二者橫被王法之所誅戮。三者畋獵嬉戲耽婬嗜酒放逸無度，橫為非人奪其精氣。四者橫為火焚。五者橫為水溺。六者橫為種種惡獸所噉。七者橫墮山崖。八者橫為毒藥、厭禱呪咀、起屍鬼等之所中害。九者飢渴所困不得飲食而便橫死。是為如來略說橫死有此九種。其餘復有無量諸橫，難可具說。復次阿難？彼琰魔王主領世間名藉之記，若諸有情不孝五逆、破辱三寶、壞君臣法、毀於信戒，琰魔法王隨罪輕重考而罰之。是故我今勸諸有情，燃燈造幡、放生修福，令度苦厄不遭眾難。

述曰：此即釋難門。於中有五：一難、二決、三徵、四解、五結。決意者，九種橫死皆不定業，宿業相似等流果故、若有助福得延長故。言終不能得者，夫殺生短命、食肉病多，而斷他命延己壽乎？得病雖輕，損滅壽業、橫死入獄，此中意也。結意者，若不延命，屬琰魔故，文相可知。

爾時眾中有十二藥叉大將俱在會坐，所謂宮毘羅大將、伐折羅大將、迷企羅大將、安底羅大將、頞爾羅大將、珊底羅大將、因達羅大將、波夷羅大將、摩虎羅大將、真達羅大將、招杜羅大將、毘羯羅大將，此十二藥叉大將一一各有七千藥叉以為眷屬，同時舉聲白佛言：世尊！我等今者蒙佛威力，得聞世尊藥師瑠璃光如來名號，不復更有惡趣之怖。我等相率皆同一心，乃至盡形歸佛法僧，誓當荷負一切有情，為作義利饒益安樂。隨於何等村城國邑空閑林中，若有流布此經，或復受持藥師瑠璃光如來名號恭敬供養者，我等眷屬衛護是人，皆使解脫一切苦難，諸有願求悉令滿足。或有疾厄求度脫者，亦應讀誦此經，以五色縷結我名字，得如願已然後解結。爾時世尊讚諸藥叉大將言：善哉善哉！大藥叉將！汝等念報世尊藥師瑠璃光如來恩德者，常應如是利益安樂一切有情。

述曰：此下第五藥叉大將獲益報恩成就。此中有三：初經家列名、次藥叉誓願、後如來讚許，文相可知。

爾時阿難白佛言：世尊！當何名此法門？我等云何奉持？佛告阿難：此法門名說藥師瑠璃光如來本願功德、亦名說十二神將饒益有情結願神呪、亦名拔除一切業障，應如是持。時薄伽梵說是語已，諸菩薩摩訶薩及大聲聞，國王大臣、婆羅門居士、天、龍、藥叉、健達縛、阿素洛、揭路羅、緊㮏洛、莫呼洛伽、人非人等一切大眾，聞佛所說皆大歡喜，信受奉行。

述曰：此下第三聞名喜行分。言應如是持者，答第二問。應如三名所詮之法而受持故。

藥師瑠璃光如來本願功德經

## 本願藥師經古迹下終