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title: "請觀世音菩薩消伏毒害陀羅尼三昧儀 · 3 燒香散華"
description: "北宋天台宗高僧遵式大师集录的《請觀世音菩薩消伏毒害陀羅尼三昧儀》，是一部重要的观音忏法仪轨。该仪轨以《请观音经》为核心，结合密咒与天台观想法，详细规定了礼拜、供养、持咒、忏悔等修行次第，旨在通过观世音菩萨的慈悲愿力消除业障、祛除病厄与灾祸。此仪轨体现了宋代天台宗显密圆融的特色，是汉传佛教观音信仰的重要实践指南，至今仍在佛教修持中具有深远影响。"
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### 第三燒香散華

> 第三 焼香散華

止觀云燒香運念三業供養。輔行云三業供養者。身翹跪口宣唱意運想。百錄云禮竟燒香散華而作是言。

> 止観（しかん）には「香を焚き、心を巡らせ、身・口・意の三業（さんごう）で供養する」とあります。輔行（ぶぎょう）には「三業で供養するとは、身体をひざまずかせて敬い、言葉で唱え、心で思い描くことである」と述べられています。百録（ひゃくろく）には「礼拝を終えて香を焚き、花をまきながら、このように言葉を述べる」と記されています。

是諸眾等。各各胡跪。嚴持香華。如法供養。供養十方。法界三寶。

> 人々は皆、それぞれ胡跪し、心を込めて香や花を捧げ、正しい作法にのっとって、十方の法界に広がる三宝（仏・法・僧）に供養した。

至此捧香華想云　願此香華遍十方　以為微妙光明臺　諸天音樂天寶香　諸天餚膳天寶衣　不可思議妙法塵　一一塵出一切塵　一一塵出一切法　旋轉無礙互莊嚴　遍至十方三寶前　十方法界三寶前　悉有我身修供養　一一皆悉遍法界　彼彼無雜無障礙　盡未來際作佛事　普熏法界諸眾生　蒙熏皆發菩提心　同入無生證佛智　想已散華更執手爐口發誠言云。

> <note>ここで、花や香を捧げつつ次のように観想します：願わくは、この香華が十方に遍く広がり、微妙な光明の台となり、天人の音楽や天の宝香、天人の珍しい料理や天の宝衣、そして不可思議な妙法の微塵となります。一つ一つの微塵から全ての微塵が生じ、一つ一つの微塵から全ての法が生じ、互いに巡り合い妨げなく、荘厳に飾り合います。そして十方の三宝の前にまで至り、十方法界の三宝の前に、全てにこの身が修行し供養している姿が現れます。一つ一つがことごとく法界に遍く、それぞれが混ざることなく妨げもなく、未来際までも仏の働きを為し、あまねく法界の諸々の衆生を薫じ、その薫りを受けて皆が菩提心を発し、共に無生の境地に入り、仏の智慧を証ることができますように。観想が終わったら、花を散らし、再び手炉を執って、心を込めて真実の言葉を述べます。</note>

願此香華雲。遍滿十方界。供養一切佛。尊法諸菩薩。無量聲聞眾。以起光明臺。過於無邊界。無邊佛土中。受用作佛事。普熏諸眾生。皆發菩提心。

> 願わくは、この香と花の雲が、あまねく十方の世界に広がり、すべての仏、尊い法、そしてあらゆる菩薩、無量の声聞の皆さまに捧げられますように。この供養により光の台座が起こり、限りない世界を超えて、果てしない仏の国土において仏の御業として用いられます。すべての生きとし生けるものを広く薰し、皆が菩提心を起こすことができますように。

起已一禮收坐具。至坐禪處。理解者。疏云。香即熏馨遮掩臭穢。表智慧斷結。香即智慧也。亦名止善。華能嚴飾表定。定是福德莊嚴。亦名行善。復次華以表慧。華是可見之法對慧。是照了見理之義。香以表定。香以冥熏對定。寂靜之義。作此互對者。通明慧中有定定中有慧。別明各具定慧。復次香對無作行善。無作因作而發。而須更作任運常起。如燒香時用火為緣。即便香烟任運遍滿。華對作善。不作善則不生。如華以手散香。若不運華則不散。用此合十種行人。明消伏意。

> 起き上がって、一礼し、坐具をたたんで、坐禅の場所へ向かいます。 これを理解するために、疏にはこうある――「香」とは、馥郁とした香りで臭いを隠し清めること。智慧が煩悩を断ち切ることを表し、香はすなわち智慧である。また「止善」ともいう。 「花」は荘厳を飾るもので、定を表す。定は福徳の荘厳であり、「行善」ともいわれる。 さらに、花によって慧を表すこともできる。花は目に見えるものだから、慧が道理をはっきりと見通すことに対応する。 香によって定を表すこともできる。香は目に見えずに熏じるから、定の静かなはたらきに対応する。 このように互いに対応させるのは、「慧の中に定があり、定の中に慧がある」ということを全体として示すためであり、別々にみれば、それぞれに定と慧を備えていることを示すためである。 さらに、香は「無作の行善」に対応する。無作とは、もととなる行いによって生じるが、その後は特別に改めて行う必要がなく、自然と常にはたらくものである。香をたくときに火を縁として用いれば、煙が自然にあまねく広がっていくようなものである。 花は「作善」に対応する。行いをしなければ善は生じない。花を手でまくとき、手を動かさなければ花は散らない。 これらの考えを用いて、十種の修行者の立場を合わせ、煩悩を消し去る心構えを明らかにするのである。