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title: "請觀世音菩薩消伏毒害陀羅尼三昧儀 · 8 披陳懺悔"
description: "北宋天台宗高僧遵式大师集录的《請觀世音菩薩消伏毒害陀羅尼三昧儀》，是一部重要的观音忏法仪轨。该仪轨以《请观音经》为核心，结合密咒与天台观想法，详细规定了礼拜、供养、持咒、忏悔等修行次第，旨在通过观世音菩萨的慈悲愿力消除业障、祛除病厄与灾祸。此仪轨体现了宋代天台宗显密圆融的特色，是汉传佛教观音信仰的重要实践指南，至今仍在佛教修持中具有深远影响。"
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### 第八披陳懺悔

> 第八章 懺悔の告白

呪竟。當自憶念先罪起大怖畏。未有惡業不招苦報。禪門云。行者思惟。若戒不清淨決須懺悔。是故經云。佛法之中有二健兒。一性不作惡。二作已能悔。今造過知悔名健人也。夫懺名懺謝三寶及一切眾生。悔名慚愧改過求哀。我今此罪若得滅者。於將來時寧失身命終不更犯。如比丘白佛。我寧抱是熾然大火。終不敢毀犯淨戒此下語出法華三昧復憶無始所造乃至今生業性雖空果報不失。顛倒因緣起諸重罪。流淚悲泣口宣懺悔應心念言。我及眾生無始常為三業六根重罪所障。不見諸佛不知出要。低順生死不知妙理。我今雖知猶與眾生同。為一切重罪所障。今對觀音十方佛前。普與眾生歸命懺悔。唯願加護令障消滅。念已唱云。

> 呪が終わったならば、自らこれまでの罪を思い起こし、大きな恐れを起こすべきです。悪い行いをして苦しい報いを受けないということはありません。禅の教えにはこうあります。「修行者はよく考えなさい。もし戒めが清らかでなければ、必ず懺悔しなければならない。だから経典には『仏法の中には二種の勇者がいる。一つは生まれつき悪を犯さない者、もう一つは犯した後に悔い改めることができる者である』と説かれている。過ちを犯したと知って悔いること、これを勇者という。」 そもそも懺とは、仏・法・僧の三宝とすべての生きとし生けるものに謝罪することを言い、悔とは、恥じ入り反省して過ちを改め、哀れみを乞うことを言います。私は今、この罪をもし滅することができるなら、将来においては、たとえ命を失うことになろうとも、決して再び犯してはなりません。 ちょうど比丘が仏に申し上げたように、「私はこの燃え盛る大火を抱くようなことがあっても、決して清らかな戒めを破ることはいたしません」<note>以下、法華三昧より引用</note> と。 さらに、無始の過去から今生に至るまで、業の本質は空であっても、その報いは失われないのだと心に刻みなさい。そして、迷いの因縁によって引き起こされた多くの重い罪を思い、涙を流し悲しみ泣きながら、口に出して懺悔しなさい<note>心の中でこう唱えるべきです。「私とすべての生きとし生けるものは、無始の昔から常に三業（身・口・意の行為）と六根（眼・耳・鼻・舌・身・意の感覚器官）の重い罪に妨げられ、諸仏にお目にかかることができず、出離の方法を知らず、生死にしたがうがままに流され、素晴らしい真理を知ることができません。私は今、知ったとはいえ、なおすべての生きとし生けるものと同じく、一切の重い罪に妨げられています。今、観音菩薩と十方の諸仏の御前で、生きとし生けるものすべてと共に、身を投げ出して懺悔いたします。どうかお守りくださり、障りを滅ぼしてくださいませ。」と心の中で唱え、その後、声を出して唱えるのです。</note>。

普為法界眾生悉願。斷除三障歸命懺悔唱已五體投地心復念云。我與眾生無始來今。由愛見故內計我人外加惡友。不隨喜他一毫之善。唯遍三業廣造眾罪。事雖不廣惡心遍布。晝夜相續無有間斷。覆覆過失不欲人知。不畏惡道無慚無愧。撥無因果故於今日深信因果。生重慚愧生大怖畏。發露懺悔斷相續心。發菩提心斷惡修善。勤策三業翻昔重過。隨喜凡聖一毫之善。念十方佛有大福慧。能救拔我及諸眾生。從二死海置三德岸。從無始來不知諸法。本性空寂廣造眾惡。今知空寂為求菩提。為眾生故廣修諸善遍斷眾惡。唯願觀音慈悲攝受。

> すべての法界の衆生のために、三世の障害を断ち切ることを願い、帰命し懺悔いたします。 <note>唱え終わったら、五体投地し、心の中で次のように念じなさい。 私と衆生は、無始の昔から今に至るまで、愛着や邪見によって、内には自己と他人への執着を起こし、外には悪友に親しんできました。他人のわずかな善にも随喜せず、ただ身・口・意の三業を尽くして広く罪を造ってきました。行いのひとつひとつは広くなくとも、悪心はあまねく広がり、昼夜にわたって絶え間なく続き、過ちを隠して人に知られまいとします。悪道を怖れず、慚愧の心もなく、因果の道理を否定してきました。それゆえに今日、因果を深く信じ、深い慚愧の心と大きな怖れを起こし、発露して懺悔し、相続する悪の心を断ち切ります。菩提心を起こして悪を断ち善を修め、身・口・意の三業を励まして、かつての重い過ちを翻します。凡夫や聖者のわずかな善にも随喜し、十方の仏には大きな福徳と智慧があり、私や全ての衆生を、生死の二つの海から救い出し、三徳の岸に置いてくださることを念じます。無始の昔から、諸法の本性が空寂であることを知らずに広く悪を造ってきましたが、今その空寂を知り、菩提を求め、衆生のために広く善を修め、あまねく悪を断ち切ります。どうか観音様、慈悲をもってお受け入れください。</note>

至心懺悔比丘某甲稽首。歸命十方三世三寶。本師釋迦牟尼佛等。上所奉請諸佛賢聖。大悲觀世音菩薩。憐愍覆護受我奉請。顯現道場受我懺悔。比丘某甲等。為法界沈淪苦趣一切眾生。發菩提心行菩薩道。但以三業六根多諸罪累三障厚重。菩提行願不得現前。不能自利利人深自剋責。今日奉請諸佛賢聖。大悲觀世音菩薩摩訶薩等。懺悔過去今生及未來世。一切惡業三業六根。三障三毒自有身來。流浪六道處處受形。內無慧眼外近惡人。開放逸門造生死業。枝條華葉遍滿三界。二十五有無不受生。輪環無際相續無窮。偶得人身犯諸重戒。一切諸犯輕重篇聚。多有毀犯違逆十方。三世諸佛清淨妙戒。若不懺悔當墮阿鼻大地獄中。畜生餓鬼阿修羅道。天上人間受無量苦。輪迴六道無解脫期。今日嚴淨道場。誠心懺悔不敢覆藏。唯願尊者觀世音菩薩摩訶薩。顯現道場放勝光明。照觸身心令得清淨。一一戒根還得如故。興隆三寶起護法心起護戒心起四攝心。起慈忍心心如金剛。願不更犯已犯之罪。與法界眾生俱同懺悔。盡未來際常得修習菩提行願。生生常處淨佛國土。三障永除絕三惡道。永離眾苦成無上道。虛空有盡我願無窮。法性有邊願心無極。盡入如來願性海中懺悔發願已歸命禮三寶。

> 心を込めて懺悔いたします。比丘（某甲）は、頭を地につけて礼拝し、十方三世の三宝と、根本の師である釈迦牟尼仏などの諸仏・賢聖、そして大悲観世音菩薩に帰依いたします。先にお招きした諸仏・賢聖、大悲観世音菩薩よ、どうか哀れみ、お守りくださり、私の招請を受け入れてください。道場に顕現し、私の懺悔をお受けください。 比丘（某甲）らは、法界に沈み苦しむすべての衆生のため、菩提心を起こし菩薩道を歩みます。しかし、三業（身・口・意の行為）と六根（眼・耳・鼻・舌・身・意の感覚器官）には多くの罪や障りが積もり、三障（煩悩・業・報いの障り）は重く、菩提の行いや願いは現れず、自らを利し他を利することもできません。深く自らを責め、今日、諸仏・賢聖、大悲観世音菩薩摩訶薩などをお招きし、過去・現在・未来におけるすべての悪業、三業・六根、三障・三毒（貪・瞋・癡の三つの毒）を懺悔いたします。 生まれながらにして、六道（地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天）をさまよい、あらゆる場所に姿を得てきました。内には智慧の眼がなく、外には悪しき人に近づき、放逸の門を開いて生死の業を造りました。その枝や葉は三界（欲界・色界・無色界）に満ち広がり、二十五有（三界内の様々な生存形態）において生まれないところはありません。輪廻は果てなく続き、絶えることがありません。 ようやく人間の身を得ても、多くの重い戒律を破りました。すべての軽重の戒律や、多くの毀損・違反により、十方の三世諸仏の清らかな妙戒に背きました。もし懺悔しなければ、必ず阿鼻地獄に堕ち、畜生・餓鬼・阿修羅道、または天上・人間において無量の苦しみを受け、六道を輪廻して解脱の時はありません。 今日、清らかに道場を整え、心を込めて懺悔し、隠し避けることはいたしません。ただ願わくは、尊者観世音菩薩摩訶薩よ、道場に顕現し、勝れた光明を放ち、私の身心を照らし清らかにし、一つ一つの戒根（戒を守る基盤）を元の通りに回復させてください。また、三宝を興隆し、法を護る心、戒を護る心、四摂（布施・愛語・利行・同事の四つの教化の方法）の心を起こし、慈悲と忍びの心を金剛のように固く持ち、すでに犯した罪を再び犯さないと誓います。 法界の衆生と共に懺悔し、未来際に至るまで常に菩提の行いと願いを修習し、生涯ごとに清らかな仏の国土に生まれ、三障を永遠に除き、三悪道を絶ち、あらゆる苦しみから離れて無上の道を成就します。虚空に尽きることがあっても、私の願いは尽きることがありません。法性に限りがあっても、願いの心は限りがありません。すべてが如来の願いの海に入りますように。 （懺悔と発願を終え、三宝に帰命して礼拝する）