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title: "林泉老人評唱丹霞淳禪師頌古虗堂集 · 第十六則　漸源持鍬(遷化)"
description: "林泉老人評唱丹霞淳禪師頌古虗堂集是宋代禅宗重要文献，由丹霞子淳创作颂古诗偈，元代从伦禅师加以评唱阐释。该书成书于宋元之际，汇集了子淳禅师以诗偈形式对禅门公案的颂古，从伦通过评唱深入剖析禅理，融合临济与曹洞宗风。内容涵盖禅宗机锋、心性修养与佛法要义，语言精妙，思想深邃。在佛教史上具有重要地位，是研究宋代禅宗思想及颂古评唱体例的经典之作，对后世禅学发展影响深远。"
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### 第十六則　漸源持鍬遷化

> 第十六則　漸源が鍬を手に取る

示眾云。慎終追遠孝感於天。粉骨碎身難酬厚德。衲僧分上不必如斯。若非至理一言險。不漫勞心力。有曾悞犯者麼。

> 皆さんにお示しします。親の死を丁重に送り、遠い先祖を追慕する孝行は天に通じます。骨を砕き身を粉にしても、深い恩徳に報いることは難しい。しかし、修行僧の立場では、必ずしもそのようである必要はありません。もしも究極の真理を一言で示さなければ、危うく無駄に心身を疲れさせることになります。かつて誤って過ちを犯した者はいますか。

舉漸源興禪師一日持鍬上石霜法堂東頋西頋引惹詞訟。霜見乃云作甚麼點撿將來不可放過。源云覔先師靈骨還具眼麼。霜云。洪波浩渺。白浪滔天。覔甚麼先師靈骨只知盡法不管無民。源云正好著力事難方表丈夫心。霜云一物也無著甚麼力不惜唇皮盡情吐露。源持鍬肩上便行伶利衲僧一撥便轉。太原孚云。先師靈骨猶在明眼人難謾。

> 漸源興禅師がある日、鍬を持って石霜の法堂に上がり、東を見渡し西を見渡した<note>周囲の注意を引きつけた</note>。石霜はそれを見て言った、「何をしているのか」<note>しっかり見届けよ、見過ごすな</note>。漸源は言った、「先師のご遺骨を探しているのです」<note>彼は本当に眼を持っているだろうか</note>。石霜は言った、「大河は広々と流れ、白波は天まで逆巻いている。何の先師のご遺骨を探すというのか」<note>法に従うことだけを知り、民のいないことを顧みない</note>。漸源は言った、「ちょうど力を入れる時です」<note>困難なことこそ、真の丈夫の心を示す</note>。石霜は言った、「何もないのに、何に力を入れるというのか」<note>唇を惜しまず、思いのままに吐露する</note>。漸源は鍬を肩に担いで立ち去った<note>利発な修行僧は、一撥で転じる</note>。太原孚は言った、「先師のご遺骨はまだここにある」<note>明眼人は騙せない</note>。

師云。潭州漸源仲興禪師。在道吾為侍者。因過茶與吾。吾提起盞曰。是邪是正。師叉手近前目視吾。吾云。邪則總邪。正則總正。師曰某甲不恁麼道。云汝又作麼生。師奪盞子提起曰是邪是正。云汝不虗為吾侍者。師便禮拜。林泉道。棋逢敵手難藏倖。詩到重吟始見功。一日侍吾往檀越家吊慰。師拊棺曰生邪死邪。吾云。生也不道。死也不道。曰為甚麼不道。云不道不道。歸至中路師曰。和尚今日須與某甲道。若不道。打和尚去也。吾云。打即任打。道即不道。師便打。吾歸院曰。汝宜離此去。恐知事得知不便。師乃禮辭隱于中院。經三年後。忽聞童子念觀音經。至應以比丘身得度者即現比丘身。忽然大省。遂焚香遙禮曰。信知先師遺言終不虗發。自是我不會。却怨先師。先師既沒。唯石霜是嫡嗣。必為證明。乃造石霜。霜見便問。離道吾後到甚處來。曰只在村院寄宿。霜云前來打先師因緣會也未。師起身進曰却請和尚道一轉語。云不見道生也不道死也不道。師乃述在村院得底因緣。遂禮拜石霜設齋懺悔。他日持鍬復到石霜。於法堂上從東過西從西過東。霜云作甚麼。林泉道。不唯審問端由。又恐依前蹉過。曰覔先師靈骨。林泉道。以往觀來大似佯慈悲假孝順。云洪波浩渺白浪滔天覔甚麼先師靈骨。林泉道。鬪難不鬪易。鬪易誰不會。果然道正好著力。林泉道。但辨肯心必不相賺。云這箇針劄不入著甚麼力。林泉道。雖云無縫罅。寧免見披離。源持鍬肩上便行。可謂下坡不走。快便難逢。太原孚尚座果是忍俊不禁。與代語云。先師靈骨猶在。林泉道。路見不平拔劒相助。更請丹霞重宣此義。頌曰。

> 師は言われた。潭州の漸源仲興禅師は、道吾のもとで侍者を務めていた。ある時、お茶を運んで道吾に差し出した。道吾は茶碗を掲げて言った。「これは邪か、正か」。師は手を組み、近づいて道吾を見つめた。道吾は言った。「邪ならすべて邪、正ならすべて正」。師は言った。「私はそうは思いません」。道吾が「では、お前はどう思うのか」と言うと、師は茶碗を奪い取り、掲げて言った。「これは邪か、正か」。道吾は言った。「お前は確かに我が侍者にふさわしい」。師は礼拝した。林泉は言う。「碁は好敵手に出会えば、手を隠すことは難しい。詩は繰り返し吟じて初めて、その真価が現れる」。 ある日、師は道吾に従って檀越の家へ弔問に行った。師は棺を叩いて言った。「生きているのか、死んでいるのか」。道吾は言った。「生きているとも言わず、死んでいるとも言わない」。師が「なぜ言わないのですか」と尋ねると、道吾は「言わない、言わない」と言った。帰り道、師は言った。「和尚、今日は私に教えてください。教えなければ、和尚を打ちますよ」。道吾は言った。「打つのは勝手だが、教えることはしない」。師は道吾を打った。道吾は寺に戻ると言った。「お前はここを離れた方がよい。知事が知れば面倒だ」。師は礼をして別れ、中院に隠棲した。 三年後、童子が観音経を唱えるのを聞いた。「比丘の身をもって度すべき者には、即ち比丘の身を現ず」というくだりで、突然大いに悟った。香を焚いて遥かに礼拝し、言った。「先師の遺言が決して虚しくないことを信じた。これまで私が理解できなかったのに、先師を怨んでいた。先師は既に亡くなり、石霜こそが正統な後継者である。必ず証明してくれるだろう」。そして石霜を訪ねた。石霜は会うなり尋ねた。「道吾を離れてから、どこにいたのか」。師は言った。「ただ村の寺に寄宿していました」。石霜が「以前、先師を打った因縁は会得したか」と問うと、師は進み出て言った。「むしろ和尚に一転語を請いたい」。石霜は言った。「生きているとも言わず、死んでいるとも言わない、と聞いている」。師は村の寺で得た因縁を述べ、石霜に礼拝して斎を設け、懺悔した。 ある日、鍬を持って再び石霜を訪ね、法堂を東から西へ、西から東へと歩いた。石霜が「何をしているのか」と尋ねると、林泉は言う。「ただ問いの理由を確かめるだけでなく、以前のように機会を逃すことを恐れている」。師は言った。「先師の霊骨を探しています」。林泉は言う。「過去を見て未来を観るのは、慈悲を装い孝順を仮るようなものだ」。石霜は言った。「洪波は広大で白浪は天に湧く。何の先師の霊骨を探すのか」。林泉は言う。「難しいことに挑み、易しいことには挑まない。易しいことなら誰でもできる」。師は言った。「まさに力を入れる時だ」。林泉は言う。「ただ肯う心があれば、必ず欺かれることはない」。石霜は言った。「この針さえ刺さらぬものに、何の力を入れるのか」。林泉は言う。「隙間がないと言えども、どうして離れ離れになることを免れようか」。源は鍬を肩に担いで立ち去った。まさに下り坂を歩まず、好機はなかなか訪れない。太原の孚尚座は、まさに笑いを禁じえず、代わりに言葉を述べた。「先師の霊骨はまだここにある」。林泉は言う。「路傍の不平を見れば剣を抜いて助ける。さらに丹霞にこの義を重ねて宣べさせよう」。頌に曰く。

本地虗明無一物已太多生。幾人認得黃金骨不道無。只是少。持鍬肩上便行時步步踏着。太辯從來還若訥真文不醋。

> 本地は虚明にして一物もなし<note>すでに多生を経る</note>。 幾人か黄金の骨を認め得ん<note>無きとは言わず、ただ少ない</note>。 鍬を肩に担ぎて便に行く時<note>歩歩に踏み着く</note>。 太辯は從來還って訥の若し<note>真の文は酢ならず</note>。

師云。昔張司徒因燼其居。遂書偈云。居士沉舟日。司徒失火時。本來無一物。何用苦嗟咨。六祖亦云。菩提本無樹。明鏡亦非臺。本來無一物。何假拂塵埃。此皆發明空劫以前本源心地。若非具金剛眼睛。爭能識黃金骸骨。雖是實際理地不受一塵。何疑佛事門中不捨一法。而況持鍬肩上復妙。迴途撒手便行。不居正位。大辯若訥。默默自知田地穩。大智如愚。騰騰誰為肚皮憨。還知放去收來太速處麼。插鍬意與持鍬意。覿面相呈子細看。