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title: "萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄 · 第四十三則雲門法身"
description: "萬松老人評唱天童覺和尚拈古請益錄，簡稱萬松老人評唱天童拈古請益錄，由宋代高僧正覺拈古，元代高僧行秀評唱而成。該書屬禪宗語錄體著作，內容輯錄天童正覺禪師對古德公案的拈提評唱，萬松行秀在此基礎上進一步闡釋發揮，以問答形式啟發學人悟入禪機。此作誕生於宋元禪宗鼎盛時期，融合了臨濟與曹洞宗風，深刻體現了禪宗“不立文字、直指人心”的宗旨，是研究宋元禪宗思想與公案詮釋的重要文獻，在佛教史上具有承先啟後的地位，為後世學人參究禪法提供了權威依據。"
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### 第四十三則雲門法身

> 第四十三則　雲門の法身

舉僧問雲門如何是清淨法身。不是目前機門云。花藥欄。開口斯當僧云。便恁麼去時如何。莫錯認門云。金毛師子。一手擡一手捺雪竇著語云。太無端。一箭射兩垛天童拈云。賊來須打。泥裏著棘針客來須待。苦口是良藥雲門。雪竇。二俱作家。祇會待客。不解打賊這裏莫有便恁麼去者麼。唆猫入枯井切忌撞頭磕額暮故瞎茅廣。

> ある僧が雲門に問う。「如何なるか是れ清浄法身なるや」<note>目前の機に非ず</note>雲門云く。「花薬欄」<note>開口すなわち斯に当たる</note>僧云く。「便恁麼に去る時如何」<note>錯認すなからんことを</note>門云く。「金毛師子」<note>一手を擧げ一手を捺す</note>雪竇、語を著して云く。「太だ無端なり」<note>一箭にして両垛を射る</note>天童、拈じて云く。「賊来れば須らく打つべし」<note>泥裏に棘針を著す</note>「客来れば須らく待つべし」<note>苦口は是れ良薬</note>雲門、雪竇、二倶に作家なり<note>只だ客を待つことを会し、賊を打つことを解せず</note>「ここに便恁麼に去る者莫からんや」<note>猫を唆して枯井に入らしむ</note>「頭を撞き額を磕くことを切忌せよ」<note>暮故瞎茅広</note>

師云。萬松昔在大慶壽玄悟席下。一年入室兩度。經半年。纔得告香入室。室中舉問玄沙如何是清淨法身。沙云。膿滴滴。此是玄悟之師。高郵定和尚悟處。今日看來這清淨法身話。玄沙答得最強。高郵悟處更的。雲門答花藥欄。權實並舉。道金毛師子。褒貶雙行。這僧道。便恁麼去。雪竇道。太無端。可謂賊來須打。客來須待。雪竇道。花藥欄。莫顢頇。星在稱兮不在盤。恐人錯認一機一境。不薦普天帀地一段大事。便是撞著露柱。磕破燈籠。喚作撞頭磕額。此猶可恕。忽然向花藥欄上絆番。金毛師子上磕倒。也大煞麤心。不見保福因僧侍立。福曰。你得與麼麤心。僧曰。甚處是某麤心處。福拈一塊土度與曰。拋向門外著。僧拋了却來曰。甚處是某麤心。福曰。我見你築著磕著。所以道你麤心。雪竇拈云。然則這僧被熱謾。爭奈真不掩偽。曲不藏直。雪竇將今視古。於理不甘。你這一隊漢。或僧堂裏來。寮舍內出。築著磕著。亦乃不知。近來麤心轉盛。我若放過。便見諸方撿責。卓拄杖下座。天童道撞頭磕額。保福道。築著磕著。且道是同是別。雪竇道這僧被熱謾。且道雲門何似保福。難甘放不過。雪竇何似天童。保福門下。昔日麤心尚多。萬松門下。近日麤心更甚。何也。覓箇築著磕著底也不可得。

> 師が言われた。 万松が昔、大慶寿寺の玄悟和尚の会下にいた時、一年に二度だけ入室を許され、半年経ってようやく告香入室ができた。 室中で玄沙和尚の「清浄法身とは何か」という問いが挙げられた。玄沙は「膿が滴る」と答えた。 これは玄悟和尚の師である高郵の定和尚の悟りの境地である。 今日この清浄法身の話を見ると、玄沙の答えが最も強く、高郵の悟りはさらに的を射ている。 雲門和尚は「花薬欄」と答え、権と実を併せて示した。 「金毛の獅子」と道い、褒め貶しを双行させた。 この僧は「そのまま去る」と言い、雪竇和尚は「あまりに無分別だ」と言った。 賊が来れば打ち、客が来ればもてなすべきであると言える。 雪竇は「花薬欄、まどろむな。星は秤にあり盤に在らず」と言った。 人が一機一境に執着し、普天匝地の一大事を悟らないことを恐れたのである。 柱にぶつかり、提灯を壊すようなものだ。 頭をぶつけ額を打つと言うが、これはまだ許される。 もし花薬欄につまずき、金毛の獅子に倒れるなら、あまりにも粗心である。 かつて保福和尚が僧に侍立させた時、保福は「お前はこれほど粗心か」と言った。 僧が「どこが私の粗心なところですか」と尋ねると、保福は土塊を取って渡し「門の外に投げよ」と言った。 僧が投げて戻って来て「どこが私の粗心ですか」と尋ねると、保福は「お前がぶつかり倒れるのを見たから、粗心だと言ったのだ」と答えた。 雪竇はこれを取り上げて「この僧はだまされたが、真は偽を覆い隠せず、曲は直を隠せない」と言った。 雪竇は今を見て古を思うに、理に甘んじられない。 お前たち一隊の者は、僧堂から来たり寮舎から出たりして、ぶつかり倒れることさえ知らない。 近ごろは粗心がますます盛んである。 もし私が見過ごせば、諸方から責められるだろう。 杖を卓して下座した。 天童和尚は「頭をぶつけ額を打つ」と言い、保福は「ぶつかり倒れる」と言った。 同じか別か。 雪竇は「この僧はだまされた」と言うが、雲門と保福はどう似ているか。 甘んじ難く、見過ごせない。 雪竇と天童はどう似ているか。 保福の門下では昔、粗心な者が多かった。 万松の門下では近ごろ、粗心な者がさらに甚だしい。 なぜか。 ぶつかり倒れる者さえ見つけられないからだ。