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title: "明行道六成就法 · 第一段　靈熱之發生"
description: "明行道六成就法由藏传佛教大师珀玛迦尔所著，由张妙定莲菩提金刚正汉译。该典籍属于藏密宁玛派重要修行法本，历史可追溯至伏藏传承，内容系统阐述六种即身成就的法门，包括气脉、明点及心性修持。其核心是通过实修转换身心，达到即生成佛的目标。在佛教中具有极高地位，被视为密法实修的精髓指南，为修行者提供清晰次第，是研究藏密理论与实践的重要文献。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmex94lc90bcll404ba1r2wx2"
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### 第一段　靈熱之發生

> 第一段　霊熱の発生

靈熱之發生，又分四：一、著坐安身。二、輕調風息。三、重調風息。四、靈熱觀想。

> 霊熱が生じるには、さらに四つの段階があります。 一、座り方を整え、身体を安らかにする。 二、息を軽く調える。 三、息を深く調える。 四、霊熱を観想する。

（初）著坐安身者：訣云：

> （まず）座り、身体を安らかにするには：

端身如佛之坐，即跏趺坐。梵云珀瑪桑那直豎脊樑，如直垜銅錢一串。伸放膈膜，令極寬鬆。低首前俯，令地角抵壓食管上端之喉結。舌抵上腭，兩手於臍以下，各以掌上曲，灣腕，令兩腕外灣處，分置兩跨灣際。視線取一適可之角度，即注視之，不得高低欹斜改動。且必制伏思潮，令心識惟與呼吸維繫相應。其所以作跏趺坐者，為令行者不久趣入菩提道，然亦可方便作瑜伽坐式。梵云悉達桑那此式較舒適，法以左足跟灣入，抵近密處，而以右足加左足之上，右足跟亦灣向內，且令掌上仰，靠近臍下。

> 姿勢を仏様のように正しく整え、結跏趺坐を組みます。<note>梵語では「珀瑪桑那」といいます</note>背筋はまっすぐに伸ばし、まるで銅銭が一列に積み重なったかのようにします。横隔膜を伸ばして、できるだけゆったりとさせます。頭を少し前に傾け、顎先で食道の上にある喉仏を軽く押さえるようにします。舌は上あごにつけ、両手はへその下に置き、それぞれの手のひらを上に向けて、手首を曲げます。両手首の外側の曲がった部分を、それぞれ両太ももの付け根のくぼみに置きます。視線は適度な角度を定めて、そこに注ぎ、高すぎたり低すぎたり、傾いたり動かしたりしてはいけません。また、必ず雑念を制し、心と呼吸が一つになるようにします。結跏趺坐をする理由は、修行者が速やかに菩提の道に入るためですが、より楽な坐法として瑜伽坐式も用いることができます。<note>梵語では「悉達桑那」といいます</note>この坐法はより楽で、左足のかかとを体の中心に引き寄せ、密所の近くに置き、その上に右足を乗せます。右足のかかとも内側に向け、手のひらは上を向けてへその下に近づけます。

傳如下訣云：

> 伝えられる口訣には次のようにある。

著如佛之坐式，須跏趺，右加左。兩手上仰叠掌，亦右加左。而平持於臍下，作彌陀印式，或仰掌曲腕，以腕背分置兩大腿跨灣處，藉以支身，直豎脊椎，如直叠銅錢。張放臍膜，安適為度。地角抵喉結。舌抵上腭。注視鼻尖，或向前平視。如不能跏趺，可方便著悉達桑那之瑜伽坐式。即如上所述者

> 仏のように坐るには、まず結跏趺坐を組みます。右足を左足の上に置きます。両手は上に向けて重ね、これも右を左の上にします。そして、臍の下で弥陀印を結ぶか、あるいは手のひらを上に向け、手首を曲げて、手首の背を両太ももの付け根に置き、体を支えます。背骨はまっすぐに伸ばし、まるで銅銭を積み重ねたかのようにします。臍の辺りをゆるめ、心地よい状態を保ちます。顎を引いて喉仏に近づけます。舌は上あごにつけます。視線は鼻先か、あるいは前方の水平方向に向けます。結跏趺坐ができない場合は、シッダーサナのヨガの坐法で代用しても構いません。<note>すなわち、上記の通りです</note>

行者須備一禪坐之帶圈，四倍頭箍許大，用以上套於頸，下兜膝外灣際，令入定後，不致傾仆，此帶圈謂之「禪定帶圈」。又須備一方墊，一尺七八寸見方，厚約四指，內實柔物，此名禪定墊。

> 修行者は、坐禅用の輪帯を用意する必要があります。これは頭帯の約四倍ほどの大きさで、首にかけ、膝の外側の曲がり際まで覆うようにして用います。これにより瞑想に入った後、体が傾いたり倒れたりするのを防ぎます。この輪帯は「禅定帯輪」と呼ばれます。 また、一尺七八寸四方（約54～55cm四方）、厚さ四指ほどの方形の座布団を用意します。中には柔らかいものを詰め、これは「禅定座布団」と呼ばれます。

（二）輕調風息者：分二，即三三九之風箱式，及呼吸四種合法，是也。三三九之風箱式者，先用右鼻孔三呼吸，吸時頭須隨之由右轉向左。次用左鼻孔三呼吸，吸時頭須隨之由左轉向右。末次頭不動，兩鼻孔同用，亦三呼吸。此三三呼吸，共三作，即共作三九二十七呼吸也。

> （二）軽やかに風息を調える方法：これには二つあり、一つは「三三九の風箱式」、もう一つは「呼吸四種の合法」です。 「三三九の風箱式」とは、まず右の鼻の穴で三回呼吸します。息を吸うとき、頭はそれに合わせて右から左へと回します。次に左の鼻の穴で三回呼吸し、吸うときは頭を左から右へと回します。最後は頭を動かさず、両方の鼻の穴を同時に使って、同じく三回呼吸します。この「三回ずつの呼吸」を三セット行い、合計で三九二十七回の呼吸とします。

第一遍之九息，極輕細，幾不自聞其聲。第二遍之九息，略可聞聲。第三遍之九息，不惟可聞呼吸之聲，且吸時須扭動身體，使息得充分滿達肺部，故此亦名為「扭息」。次：呼吸四種合法者，如訣云：

> 第一の九回の呼吸は、とても軽く細やかで、ほとんど自分の声も聞こえないほどです。第二の九回の呼吸では、少し呼吸の音が聞こえるようになります。第三の九回の呼吸では、呼吸の音が聞こえるだけでなく、吸うときには体をひねり、息が十分に肺に届くようにします。そのため、これも「ひねり呼吸」と呼ばれます。次に、呼吸には四つの適切な方法があり、口伝にはこうあります：

曲頸向前灣， 令如鐵鈎式。 鼓張胸腔部， 令如瓦水壺。將息緊拴繫， 令如灣弓弦。 射息而呼出， 令如放箭式。

> 首を前に曲げ、鉄の鉤のように。 胸を張り、水がめのように。 息をしっかりと締め、弓の弦のように。 吐く息を射るがごとく、矢を放つように。

又訣云：

> また、口訣には次のように説かれています。

引息滿息與均息， 及以射息為四法。不明四法合作者， 無益有損險當知。

> 息を引き、息を満たし、息を均らし、 そして息を射ることを四つの法とする。 この四法の働きを明らかにせずに行う者は、 益なく損あり、危うきを知るべきである。

釋曰：言引息者，於身前約十六指之距離處，想有靈息輪圈，用兩鼻孔，輕緩無聲，飽滿引吸入體中之謂也。引息入已，務須極盡充滿，達到肺之最下端。於是收束腹筋，令隔膜上提，以抵逼胸腔。同時閉氣下壓，使此上下不漏，中滿風息之胸腔，如同瓦壺，滿滿盛水，而不滲漏點滴，是即滿息，或云壺式息。既作此壺式已，當更力挺胸骨，以提隔膜，令其膜之中凸者，愈再上抵胸腔，同時膜之兩旁，愈向下收窄，彈力亦愈大，所謂如抽弦彎弓之式。但此時也，胸腔縱已被逼於其下端之高凸膈膜，然猶一面緊之再緊，扭動胸肋各骨，愈益挺出胸腔。一面更由鼻孔吸入短息數口，使胸中風息，極盡緊滿，無以復加，而各處無不極盡均勻達到，是之謂均息。息既滿而且均，於是保持勿洩，至儘力能持之久。然後乃由兩鼻孔，先輕微和緩，繼略粗重，終乃一衝而出，如射箭，是之謂射息。此四法須合作，打成一片，所謂引、滿、均、射，一氣依次行之，方為完整之瑜伽息。否則無益，而反有害也。

> 釈す。引息とは、身体の前方、約十六指の距離に霊妙な息の輪を想い描き、両鼻孔を用いて、静かに音を立てず、豊かに息を体内へ引き入れることをいう。息を引き入れたならば、必ず極限まで満たし、肺の最下部にまで到達させること。そこで腹筋を引き締め、横隔膜を上へ持ち上げ、胸腔を押し上げる。同時に息を止めて下方へ圧をかけ、上下に漏れなく、風息で満たされた胸腔を、水を満たし一滴も漏らさない水瓶のようにする。これが満息、あるいは壺式息である。この壺式ができたら、さらに胸骨を力強く張り出し、横隔膜を引き上げ、その中央の盛り上がりをさらに胸腔へ押し上げると同時に、横隔膜の両脇をより下方へ引き締め、弾力を強める。いわば弦を引き絞った弓のような形である。しかしこの時、胸腔はすでに高く盛り上がった横隔膜によって押し上げられているが、さらに胸肋骨を締め上げ、ねじりながら胸腔をより張り出させる。一方、鼻孔から短い息を数回吸い込み、胸中の風息を極限まで緊密に満たし、これ以上ないほどにし、全身の隅々まで均等に行き渡らせる。これを均息という。息が満ちて均等になったならば、それを漏らさず保ち、力の続く限り保持する。その後、両鼻孔から、まず軽く穏やかに、次にやや強く、最後に一気に勢いよく、矢を射るように放出する。これを射息という。この四つの法は協調して一体となり、引・満・均・射を一連の流れとして順に行うことで、初めて完全な瑜伽息となる。そうでなければ益はなく、かえって害となる。

（三）重調氣息者：與上諸法大率相同，惟作時加重氣力而為之。此有五意義：謂用力以作風箱式之三三九息，所以防息之破斷，一也。用力滿引吸息，令能充分達入各應到之處，二也。肺量務令極盡擴張，俾能充分納入風息，則靈息入體多，而靈熱易發生，三也。用力保持風息，極令滿足，俾靈脈穴道，得充分攝入風息中之靈力活素，四也。弛息時，亦用力為之，使體外及體內之靈力活素，震盪加劇，則混合交融，及引攝力亦大，五也。

> （三）息を重く調える方法：上記の諸法と大筋では同じですが、行う際に気力を強めて行います。これには五つの意味があります。 第一に、風箱のような三三九の呼吸を行う際に力を込めることで、息が途切れるのを防ぎます。 第二に、吸う息を力強く深く引き入れ、息が行き渡るべき各所に十分に到達させます。 第三に、肺の容量を可能な限り拡張させ、風息（呼吸）を十分に取り込めるようにします。こうして霊息が体内に多く入れば、霊熱も生じやすくなります。 第四に、風息を力強く保ち、十分に満たすことで、霊脈や経絡が風息の中の霊的な活力要素を十分に摂取できるようにします。 第五に、息を緩める時も力を込めて行い、体外と体内の霊的な活力要素の振動を強めます。そうすることで、それらが混ざり合い、引き寄せる力も大きくなります。

（四）靈熱觀想者：此復分三：一、外靈熱。二、內靈熱。三、秘密靈熱。

> （四）霊熱の観想について：これもまた三つに分けられる。一、外なる霊熱。二、内なる霊熱。三、秘密なる霊熱。

初、外靈熱者，訣云：

> 初めに、外霊の熱についてですが、経典にはこう説かれています。

剎那變成金剛母， 專注觀彼幻變身。

> 刹那にして金剛の母となり、一心にその幻の身を観じる。

換言之，即專注觀想於上所述，剎那所變體量同己身之金剛瑜祇尼母，等等表法，了了分明，則外之靈熱加持具足矣。

> 言い換えれば、先に述べた、一瞬にして自らの体と同じ大きさに変化する金剛瑜祇尼母などの象徴を、はっきりと心に描きながら集中することです。そうすれば、外からの霊熱の加護は十分に備わるのです。

二、內靈熱者，訣云：

> 二、内なる霊熱について、経典には次のように説かれている。

專注觀想於四輪， 猶如車輪或傘蓋。

> 四つの輪に心を集中して観想せよ、それは車輪や傘蓋のごとくである。

釋之曰：謂行者所觀習於上述之皮囊空體，其中脈穴道亦中空者，乃表「法爾」一大實相之如實空也。其紅色者，表大安樂也。其透明者，以其妙明無染，能豁破無明重障也。其體直者，表「生本」之樹幹也。中脈為一切靈脈之大本營，在此脈道中，近命門處，有為生命本原。識種初植之「穆拉達囉」基本靈火輪。中脈由此而發生，五官百骸亦由之長養而成。故此中脈，即吾人身心靈命樹之總幹，瑜珈行人，由此修習，得解脫之果。行人須觀想具此四德之中樞靈識脈道，上達梵穴（即頂門），下達臍下四指之處（即命門），有穆拉達囉輪。又觀此中脈，上下端皆平頭，靠近中脈兩傍，有「以達納底」之左脈道，及「丙嘠拉納底」之右脈道，如瘦小羊腸之大。上行繞腦巔，由前腦下折，通入兩鼻孔下端，與中脈道會合之前，各挽一圈，如藏文之◇字形。又三脈道並通於腦巔之處，謂之「洒哈沙囉（頂）洽格囉（輪）」，亦名千葉蓮臺。此處有依止中脈為軸之三十二支脈道，向下俯張。於喉際有「微素達洽格囉」之喉輪，亦有依中脈為軸之十六支脈道，向上仰張於心際。有「阿那哈達洽格囉」之心輪，有八支脈，向下俯張。於臍際有「嘛尼補囉洽格囉」之臍輪，有六十四支脈，向上仰張。凡諸輪處之各小支脈，觀其如傘蓋之骨，或如輪盤之輻，依中央之中脈，為柄為軸，及其傍脈為聯貫，而繫聚者。行人須依是觀想，了了分明。

> 釈すべきは、修行者が観想する上述の皮袋のような空虚な身体において、その中の脈道もまた中空であることを指す。これは「法爾」という一大実相の如実なる空を示している。その赤い色は、大いなる安楽を表す。その透明さは、妙なる明るさで染まることがなく、無明の重い障害を打ち破ることができるからである。その体がまっすぐなのは、「生本」の樹幹を表している。<note>中脈はすべての霊脈の大本営であり、この脈道の中、命門の近くに、生命の本原がある。識の種が最初に植え付けられる「ムーラダーラ」の基本霊火輪である。中脈はここから発生し、五官百骸もこれによって育ち形成される。したがってこの中脈は、すなわち我々の身心霊命の樹の総幹であり、ヨガの修行者は、これによって修習し、解脱の果を得る。</note>修行者は、この四つの徳を備えた中枢霊識脈道を観想しなければならない。上は梵穴（すなわち頂門）に達し、下は臍下四指のところ（すなわち命門）に達し、ムーラダーラ輪がある。またこの中脈を観想し、上下の端はどちらも平らで、中脈の両側近くに、「イダーナーディー」の左脈道と、「ピンガラーナーディー」の右脈道があり、細い羊の腸のように小さい。上行して脳の頂点を巡り、前脳から下に折れ、両鼻孔の下端に通じ、中脈道と合流する前に、それぞれ一回りし、チベット文字の◇の字形のようになる。また三つの脈道がともに脳の頂点に通じる場所を、「サハスラーラ（頂）チャクラ（輪）」といい、千葉蓮台とも名づける。ここには中脈を軸として依止する三十二の支脈道があり、下に向かって広がっている。喉の際には「ヴィシュッダ・チャクラ」の喉輪があり、やはり中脈を軸とする十六の支脈道があり、上に向かって心の際に広がっている。心の際には「アナーハタ・チャクラ」の心輪があり、八つの支脈があり、下に向かって広がっている。臍の際には「マニプーラ・チャクラ」の臍輪があり、六十四の支脈があり、上に向かって広がっている。すべての輪の場所にある各小さな支脈は、傘の骨や車輪の輻のように観想し、中央の中脈を柄や軸とし、その傍らの脈を連貫させ、結び集めるものである。修行者はこのように観想し、明らかにはっきりと理解しなければならない。

三、秘密靈熱者：訣云：

> 三、秘密の霊熱について：口伝にはこうある。

阿字半體為觀點， 發生靈熱秘密法。

> 阿字の半体を観じることで、秘法たる霊熱が生じる。

於臍下四指，左右脈與中脈會合處，觀想半「阿」字，細如毫毛，長僅半指，色粽紅，飄動，發如風吹繩索之蹦蹦聲，有熱觸。又於頂輪千葉蓮臺處之中脈內，觀想「涵」字，白色，如欲降滴甘露之狀。於是引入風息，而攝靈力入於左右脈道中。此靈力下行膨脹，由中脈底端鼓入，上觸細如毫毛之半阿字，令其不惟加粗，且熾然轉為鮮明之紅色。此之觀想，須與均息之法相應而作。當呼息出時，雖實際由鼻孔出息，然同時須觀中脈道中，𢌞出有藍色「靈力流」，與息俱出。又於保持住息時，觀想由紅色半阿字體，發生火燄，半指長，上端尖銳，熾然上澆，此火燄同賦有如中脈道之四德。即直、明、紅、空。且此火燄，速速轉動，如紡椎之不停。又每一吸息入體後，此火燄即上升半指。經入息後，即升至臍輪處。又經十息，則凡由臍輪中脈分出之各各支脈道中，皆充滿靈熱。又經十息，此靈熱燄下轉，令下體各部，無不充滿靈熱，即足趾尖端，亦皆貫到。又經十息，靈燄復上熾，達於心輪處。又經十息，達喉輪。又經十息，達頂輪。如是遞上，遂至於如訣所云「漸得神牛降聖乳」之妙境。此譯神牛，藏文為朗喀巴，乃上述涵字之密稱，蓋半阿陰字之性，表陰。而此涵字之性，表陽。聖陽得合於聖陰，如甘露之聖乳降澍矣。此訣言極深秘意即謂至斯又經十息之入體，則千葉蓮臺處中脈道中之「涵」字，為靈熱力所溶化，而菩提「月液」，乃滴降而下，周潤腦頂之各各靈脈穴。如是又經十息，周潤喉輪之各各靈脈穴。又經十息，周潤心輪之各各靈脈穴。又經十息，周潤臍輪之各各靈脈穴。又經十息，全身上下，無不周潤，即手指足趾之尖端，亦皆貫到而無餘。此靈熱乳露妙法，總共須作百零八息，修習者所應知也。初修習者，一晝夜間，須六次如是為之。嗣後可減四次，但同時其住息所占之時間，即亦已隨之而漸經加長。每日除眠食等外，餘時皆須常作如是修習而無間。此為調攝身心靈力之主要功夫，亦名靈熱發生之主功，為瑜伽者之最要修習也。

> 臍下四指の位置、左右の脈と中脈が合流する場所に、半「ア」の字を観想します。それは細くて毫毛のようで、長さはわずか半指分、色は粽（ちまき）のような赤で、揺らめき、風が縄を吹くときのピンと張るような音を立て、熱い感触があります。また、頂輪の千葉蓮台の中脈内に、「ハン」の字を観想します。白色で、甘露が滴り落ちようとするような形をしています。 次に、風息（呼吸）を導き入れ、霊力を左右の脈道に取り込みます。この霊力は下へと降りて膨張し、中脈の底から押し上げられ、細い半アの字に触れます。すると、半アの字は太くなるだけでなく、鮮やかな赤色に燃え上がります。この観想は、均等な呼吸法と調和させて行わなければなりません。 息を吐くとき、実際には鼻から出ていきますが、同時に中脈道から青い「霊力の流れ」が回り出て、息と共に出ていくのを観想します。また、息を止めている間は、赤い半アの字から炎が発生するのを観想します。炎は半指の長さで、先端は尖り、燃え上がって上へと注ぎます。この炎は、中脈道と同じ四つの徳、すなわち「直・明・紅・空」を備えています。そしてこの炎は、紡錘が止まらないように速く回転します。 吸息が体に入るたびに、この炎は半指分上昇します。一息吸った後には、臍輪の位置まで上がります。さらに十息後には、臍輪の中脈から分かれたすべての支脈道に、霊熱が満ち溢れます。さらに十息後、この霊熱の炎は下へと転じ、下半身のあらゆる部分、足の指先に至るまで、霊熱で満たします。さらに十息後、霊炎は再び燃え上がり、心輪に達します。さらに十息後、喉輪に達し、さらに十息後、頂輪に達します。このように次第に上昇し、遂には「神牛が聖乳を降らす」という訣（教え）が説く妙境に至ります。<note>ここで訳す「神牛」とは、チベット語で「ランカパ」といい、前述の「ハン」の字の密称です。半アの字（陰の性質を表す）と、このハンの字（陽の性質を表す）が、聖なる甘露である聖乳のように合わさることを意味します。</note> この深秘の意は、さらに十息が体に入ると、千葉蓮台の中脈道にある「ハン」の字が霊熱の力で溶け、菩提の「月液」が滴り落ち、脳頂の各霊脈穴をくまなく潤すということです。さらに十息後、喉輪の各霊脈穴を潤し、さらに十息後、心輪の各霊脈穴を潤し、さらに十息後、臍輪の各霊脈穴を潤します。さらに十息後、全身くまなく、指先や足の先に至るまで、余すところなく潤されます。この霊熱乳露の妙法は、総計百八息で行うもので、修行者はこれを知っておくべきです。 初心の修行者は、一日に六回このように行います。その後は四回に減らしても構いませんが、その際、息を止める時間は次第に長くしていきます。毎日、睡眠や食事などを除く時間は、常にこの修行を途切れさせることなく行います。これは身心の霊力を調え整える主要な修行であり、「霊熱発生の主功」とも呼ばれ、ヨガ行者にとって最も重要な修習です。