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title: "道德經（老子河上公注） · 玄符第五十五"
description: "道德经是春秋时期老子所著的哲学经典，河上公注本是汉代河上公所作的权威注释版本。该书产生于先秦思想百家争鸣的背景下，以道为核心概念，阐述无为而治、道法自然的哲学思想，包含宇宙观、治国方略与修身智慧。河上公注本通过经世致用的解读，使深奥经义更易传播，虽非佛教典籍，但其清静无为的思想与佛教般若空观形成哲学对话，在大乘佛教中国化过程中成为重要的文化参照，为汉传佛教吸收本土思想提供了理论桥梁。"
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### 玄符

含德之厚，謂含懷道德之厚也。比於赤子。神明保佑含德之人，若父母之於赤子也。毒蟲不螫，蜂蠇蛇虺不螫。猛獸不據，玃鳥不搏。赤子不害於物，物亦不害之。故太平之世，人無貴賤，仁心，有刺之物，還返其本，有毒之蟲，不傷於人。骨弱筋柔而握固。赤子筋骨柔弱而持物堅固，以其意心不移也。未知牝牡之合而朘作，精之至也。赤子未知男女會合而陰陽作怒者，由精氣多之所致也。終日號而不啞，和之至也。赤子從朝至暮啼號聲不變易者，和氣多之所至也。知和日常，人能和氣柔弱有益於人者，則為知道之常也。知常日明，人能知道之常行，則日以明達於玄妙也。益生日祥，祥，長也。言益生欲自生，日以長大。心使氣日強。心當專一和柔而神氣實內，故形柔。而反使妄有所為，和氣去於中，故形體日以剛強也。物壯則老，萬物壯極則枯老也。謂之不道，枯老則不得道矣。不道早已。不得道者早死。

> 徳を厚く含む者は、 <note>道徳を厚く心に抱くことをいいます。</note> 赤子にたとえられます。 <note>神霊は徳を厚く含む人を守り助けます。それはまるで親が赤子に対してするようなものです。</note> 毒虫も刺さず、 <note>蜂、サソリ、蛇なども刺しません。</note> 猛獣も襲わず、猛禽もつかみません。 <note>赤子は物を害さず、物もまた赤子を害しません。だから平和な世の中では、人は貴賤なく仁愛の心を持ち、刺すものもその本来の姿に戻り、毒を持つ虫も人を傷つけないのです。</note> 骨は弱く筋は柔らかいのに、握る力は固いのです。 <note>赤子は筋骨が柔弱なのに物を握る力が固いのは、その意志と心がぶれないからです。</note> 男女の交わりを知らないのに、生殖器が勃起するのは、精気が極まっているからです。 <note>赤子が男女の会合を知らないのに陰部が興奮するのは、精気が豊かであることによるものです。</note> 一日中泣き叫んでも声が枯れないのは、和気が極まっているからです。 <note>赤子が朝から晩まで啼き叫んでも声が変わらないのは、和やかな気が豊かであることによるものです。</note> 「和」を知ることを「常」といいます。 <note>人が和気と柔弱さを持ち、人に益ある者となるならば、それは「道の常」を知る者といえます。</note> 「常」を知ることを「明」といいます。 <note>人が道の常なる行いを知ることができれば、日々に玄妙な道理に明達していくのです。</note> 生を益そうとすることは、祥（長ずること）です。 <note>祥とは、長く続くことです。生を益そうと自らを生かそうとすれば、日々に成長していくというのです。</note> 心が気を意のままにすることは、強（剛強になること）です。 <note>心は専一で和やかで柔らかく、神気が内に満ちているべきです。だから形も柔らかいのです。それなのに反って妄りに作為を加え、和気が内から失われれば、形ある体は日々に剛強になっていくのです。</note> 物が壮んになれば、やがて老います。 <note>万物は極めて壮んになれば、枯れて老いるのです。</note> これを「道にかなわない」といいます。 <note>枯れて老いることは、道を得たことにはなりません。</note> 道にかなわなければ、早くに終わります。 <note>道を得ない者は、早くに死を迎えるのです。</note>