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title: "佛說大乘無量壽莊嚴清淨平等覺經會集 · 重印無量壽經五種原譯會集序"
description: "佛說大乘無量壽莊嚴清淨平等覺經會集本是民國時期夏蓮居居士於二十世紀三十年代彙編的佛教經典。他鑒於《無量壽經》原譯本繁多且內容差異，遂以五種漢譯本為基礎，去重補缺，精勤會集，形成此一內容完備、文辭流暢的善本。該經主要闡述阿彌陀佛因地發願與果地成就，極樂世界的莊嚴景象，以及眾生信願念佛、橫超三界、往生淨土的易行法門。此會集本揉合各譯精華，深得淨土宗大德推崇，被譽為闡釋淨土法門的權威讀本，在漢傳佛教中具有重要地位，廣為流傳。"
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### 重印無量壽經五種原譯會集序

> 「無量寿経 五種原訳 会集」復刻本の序

《無量壽經》者，如來稱性之極談、眾生本具之化儀，一乘之了義、萬善之總門，淨土羣經百數十部之綱要，一大藏教之指歸也。不但統攝事理因果，融會顯密性相，而且詳陳苦樂，照真達俗。是以我佛屢說，諸師競譯，東來最早，譯本獨多。《小本》始譯於姚秦，《觀經》初顯於劉宋，二經未達乎東土，蓮社已建於廬山。唐宋以前，淨宗之盛，莫不以此經為宗尚也。宋元而降，古冊散佚，十二譯中，僅存五本，文詞互有詳略，義諦不無異同，初心學人，徧讀為艱。僅持一譯，莫窺奧旨，是以塵封大藏，持誦者稀。雖曹魏康僧鎧師所譯，號為詳贍；而漢、吳、唐、宋四本中，義旨亦有康本所無者。如四十八願中最重要者，厥為蓮花化生與國無婦女兩願，而漢、吳本有之，曹魏本所無。彭二林云：「此經闡揚者少，實由無完本故。」非虛語也。王、彭、魏三家節會之本，皆未盡美盡善，誠如黃超子居士所云，可見會集此經非易事也。一須教眼圓明，照真達俗。二須淹貫羣籍，深於文字。三須於淨宗法門，有久修專功。四須於五本原譯，了然胸次。五須於王、彭、魏三家節會之本，洞鑒得失。六須於宋、明迄清，南北各藏以及中外刊本，詳審校勘，始可着筆。具此六者，惟吾學佛老友夏蓮居師兄庶可當之無愧，此吾所以對於其會集之本一再讚歎，而惜其未能及早普遍流通也。

> 『無量壽経』とは、如来がその本性を極限まで説き明かした最高の教えであり、衆生が本来備えている教化の方法、一仏乗の究極の真理、あらゆる善の総合的な入り口です。また、浄土に関する百数十の経典の綱要であり、一切経蔵の帰趨するところです。この経は、事象と理法、原因と結果を包括的に捉えるだけでなく、顕教と密教、理性と現象を統合し、さらには苦しみと楽しみを詳しく述べ、真理を明らかにして世俗にも通じるものとなっています。そのため、我が仏は繰り返し説かれ、多くの師によって相次いで翻訳され、東へ伝わるのが最も早く、翻訳の数も特に多いのです。 『小本』（阿弥陀経）は姚秦の時代に初めて翻訳され、『観経』（観無量寿経）は劉宋の時代に初めて顕れました。この二つの経典が東アジアに伝わるよりも前に、廬山にはすでに蓮社（念仏結社）が建立されていました。唐宋以前、浄土宗の隆盛は、すべてこの経を根本の拠り所としていました。宋・元以降、古い版本は散逸し、十二の翻訳のうち、わずか五本だけが現存しています。それぞれの文辞には詳細と簡略の違いがあり、その教えの意味にも異同がないわけではありません。初心の学び手がすべてを読むことは困難です。一つの翻訳だけを頼りにしても、奥深い宗旨を窺い知ることはできません。そのため、大蔵経は埃をかぶり、読誦する人も稀でした。 曹魏の康僧鎧師による翻訳は詳しく充実していると評されますが、漢・呉・唐・宋の四本には、康本にはない教えの趣旨も含まれています。例えば、四十八願の中で最も重要なものには、蓮華化生と国に女性がいないという二つの願がありますが、漢本と呉本にはあって、曹魏本にはありません。彭二林は「この経が広められることが少ないのは、実に完全な版本がないからである」と言っています。これは虚言ではありません。 王・彭・魏の三家による節会（抜粋編集）本は、いずれも完全に優れたものではなく、まさに黄超子居士が言う通りです。これにより、この経を会集（統合編集）することは容易ではないことがわかります。必要な条件は、第一に、教えを見極める眼が完全に明らかで、真理を照らし世俗に通じること。第二に、多くの典籍に通暁し、文章に深く習熟していること。第三に、浄土宗の法門に対して、長年にわたる修行と専門的な研鑽があること。第四に、五本の原訳を心の中で明瞭に理解していること。第五に、王・彭・魏の三家による節会本の功罪を深く見極めていること。第六に、宋・明から清に至るまで、南北の各蔵経や内外の刊本を詳細に校勘してから、初めて筆を執ることができることです。これら六つを備えているのは、私の仏教徒としての古くからの友人である夏蓮居師兄だけであり、彼ならば恥じることがないでしょう。これこそが、私が彼の会集本を一再ならず称賛し、それが早期に広く流通しなかったことを惜しむ理由なのです。

吾常慨夫今之習淨宗者僅持《小本》，於《小本》僅持秦譯，問以法藏因地，不知也；何者無量壽？何者無量光？茫然也；叩以濁世惡苦，往生正因，與夫持名方法，亦多瞠然無以應也；乃至詢以依正莊嚴，修行次第，亦僅能粗舉七寶八德、三輩九品、四十八願之名目，而於其內容仍不知也。噫！理既未明，信何能深？信尚未堅，而欲使之一門深入，不惑他歧，難矣；而欲使之不動不搖，一向專念，以期達到一心不亂，得大輕安，獲大解脫，抑又難矣。現象如此，而欲使之普遍宏揚、而欲以之折伏魔外、而欲使科學知識階級低首降心於淨宗之門，此尤難之又難，幾於不可能矣。以無上甚深微妙法門，竟使一般盲目者流，視為消極厭世、自了送終之具，豈不大可哀耶？此何以故？佛徒不讀《大經》故；不弘《大經》故；《大經》無完本，而又不能遍觀各種原譯故；三家節會之本，又悉未能盡美盡善故。此吾師兄蓮公所以謝絕萬緣，掩關數載，千研百考，稿經十易，成為會集一本之總因也。其本為何？即《佛說大乘無量壽莊嚴清淨平等覺經》是也。

> 私はいつも嘆いている。今日、浄土宗を学ぶ者の多くが『小本』（阿弥陀経）だけを学び、『小本』もまた秦訳（鳩摩羅什訳）だけを学んでいる。法蔵比丘の因縁を尋ねても知らず、何が無量寿か、何が無量光かと問うても茫然としている。濁世の悪苦や往生の正因、さらに称名の方法を尋ねても、多くは目を見開いたまま答えられない。さらには依報・正報の荘厳や修行の次第を問うても、ただ七宝・八徳、三輩・九品、四十八願の名目を大まかに挙げるだけで、その内容についてはやはり知らないのである。ああ、道理が明らかでなければ、信心がどうして深くなれようか。信心がまだ堅固でないのに、一つの法門に深く入り込み、他の道に惑わされないようにさせるのは難しい。ましてや、動ぜず揺るがず、一向専念して一心不乱に至り、大軽安を得、大解脱を獲ようと望むのは、なおさら難しい。このような状況であるのに、これを普遍的に広めようとし、これをもって魔や外道を打ち負かそうとし、これをもって科学知識階級に浄土宗の門に頭を下げさせようとするのは、なおのこと難しく、ほとんど不可能に近い。無上・甚深・微妙なる法門が、一般の盲目的な人々によって、消極的で厭世的であり、自分だけが救われて終わるためのものと見なされている。これは何と嘆かわしいことではないか。この理由は何か。仏教徒が『大経』（大阿弥陀経）を読まないからである。『大経』を弘めないからである。『大経』には完全な本がなく、しかも各種の原訳を広く見ることができないからである。三家の会節本も、すべてが完全で善いものとは言えないからである。これこそが、私の師兄である蓮公（夏蓮居老師）が一切の縁を絶ち、数年にわたって関にこもり、千回も研究し百回も考証し、稿を十回も改めて、会集本を一冊作り上げた総合的な理由である。その本とは何か。すなわち『仏説大乗無量寿荘厳清浄平等覚経』である。

或曰：「此本一出，各譯將廢。」余曰：「原譯何可廢也。不有原譯，何成斯本？彼王、彭、魏三本既出，古譯未廢，而謂此本廢古譯乎？不慮於五譯塵封之際，而慮於古本將顯之時，是誠何心哉！且蓮公此本，正欲導行者遍觀各譯，廣獲法益，擴心目、堅信向，使無人持誦之古本光顯於世，此其慘淡經營、報佛深恩之苦心也。」或者又曰：「古本全為四十八願，今竟改為二十四者，何耶？」余啞然笑曰：「聞子此言，知子不但於今本未嘗展閱，即於五種原譯亦未曾寓目也。漢、吳兩譯願文皆為二十四，魏、唐兩譯四十八，宋譯三十六。驟覽之，魏、唐廣而漢、吳略；細辨之，漢、吳盈而魏、唐絀。緣二十四者不僅二十四，四十八者又不足四十八。遵魏、唐兩譯耶？既有缺而且複之憾；取漢吳二譯而補之耶？又將躬冒改經之嫌。蓮公會集此章，累月未决，寢食俱減。而余與慧老法師恰於此時先後北來，遇諸蓮公寓中，於是三人共同參詳，又復拈鬮佛前，始行定議：决奉漢、吳二譯，以二十四為綱；復準魏、唐兩本，以四十八為目。舉其綱既與漢吳相同，數其目則較魏唐為備，千斟萬酌，會成此章。問者不識之無，則莫如何；倘稍通文理者，詳覽原譯自可瞭然，固無待余之詞費也。」

> ある人が言った。「この新たな経本が世に出れば、従来の各訳本は廃れてしまうでしょうね。」 私は答えた。「古い訳本がどうして廃れましょうか。古い訳本がなければ、どうしてこの新たな経本ができたでしょうか？王訳・魏訳・彭訳の三本が出たときも、それ以前の古い訳本は廃れませんでした。それなのに、この新たな経本が古い訳本を廃するというのでしょうか？あなたは、五つの訳本が長い間顧みられなかったことを憂えずして、かえって古い訳本が明らかにされようとしている今の時を憂えるとは、いったいどういう心持ちでしょうか。 それに、夏蓮居老師がこの会集本を作られたのは、まさに修行者たちにそれぞれの訳本を広く見比べさせ、より豊かな法の恵みを得させ、視野を広げ、信仰の心を固くさせ、これまで誰も読誦しなかった古い訳本を世に輝かせるためなのです。これこそが、入念に企て、仏の深い恩に報いようとする、その苦心にほかなりません。」 またある人が言った。「古い経本はすべて四十八願ですが、今回のものはなぜ二十四願に改められたのですか？」 私は思わず苦笑して言った。「あなたのその言葉を聞いて、あなたが今回の経本を一度も読んだことがないだけでなく、五つの原訳本にも目を通したことがないことがよく分かりました。漢訳本と呉訳本の願文はどちらも二十四願で、魏訳本と唐訳本は四十八願、宋訳本は三十六願です。一目見れば、魏訳本と唐訳本は詳しく、漢訳本と呉訳本は簡略に見えます。しかし細かく調べると、漢訳本と呉訳本は内容が豊富で、魏訳本と唐訳本は却って不十分な点があります。 というのも、二十四願と言っても実際には二十四だけでなく、四十八願と言っても四十八に満たないのです。魏訳本と唐訳本に従えば、欠落や重複の遺憾があります。漢訳本と呉訳本を取って補おうとすれば、今度は勝手に経典を改変したという疑いを招きかねません。 夏老師がこの章を会集するにあたり、何か月も決断がつかず、食事も睡眠も減っていました。ちょうどその時、私と慧老法師が相次いで北方に来て、夏老師の住居で出会いました。そこで三人で共に検討し、さらに仏前でくじを引いて、ようやく決定しました。 すなわち、漢訳本と呉訳本に従って二十四を綱とし、魏訳本と唐訳本に準じて四十八を目とすることを決めたのです。その綱を挙げれば漢訳本・呉訳本と同じであり、その目を数えれば魏訳本・唐訳本よりも備わっています。幾度も幾度も斟酌して、この章を会集したのです。 質問した方が無学であるならば仕方ありませんが、もし少しでも文理が分かる方であれば、原訳本を詳しくご覧になれば自然に明らかになることであり、私が言葉を費やすまでもないのです。」

或又問曰：「初印、重印兩本不同，將以何者為準耶？」余告之曰：「後後勝於前前，此無待論。初印未允流通，重校方為定本，蓮公當日之言，已在黃序之內。况前本已臻完好，見者獲益實多，重印精益求精，為效自當更普。而此次分增章句，大體依然，即令並行，亦復何碍？龍舒所會四譯，兩本並存；二林所節魏譯，一再重刊。善乎二林之言曰：『歷考大藏諸經，舊錄或加再治，衹求精當，豈憚審詳。』但若續印，固當以定本為據耳。」

問者又曰：「三家節會之本，或名『無量壽』，或名『大阿彌陀』，或名『摩訶阿彌陀』，今本所立之名，無乃贅乎！」余反叩之曰：「子於經名，以諸家為準耶？以原譯為據耶？謹考自漢迄宋十二譯中，以『無量壽』為名者七，以『平等覺正覺』為名者三。最初一譯名《無量清淨平等覺經》，最後一譯名《佛說大乘無量壽莊嚴經》，其中唯吳譯經名最長，計共廿字。王會本於阿彌陀上加以『大』字，已為無據；彭、魏兩本皆名『無量壽經』，亦覺與原譯相濫。而正定王氏取魏本作為衷論，冠以『摩訶』二字尤嫌杜撰。蓮公此本，直合前後兩名，未動一字，既非自造，又極現成，不但無混於古本，且亦有別於諸家。一唱經名，不但十二種原本名義咸括其中，即全經大旨亦瞭然心目；不但本經，即《小本》與《觀經》之大意，亦在其中。蓋一心不亂，心作心是，咸莫非以自己無量壽之心體，合阿彌陀無量壽之大願，以莊嚴自心，清淨自心，以期普遍平等，自覺覺他而已。古所謂智者見經名，即知全部義；忙人見經題，亦易得利益。嗟乎！一經之名所關如此，况全經文句耶？一名之義深廣若此，又况於全經意旨耶？蓮公會集大經時所以慎而又慎，不敢有隻字之忽也。以上所答皆余往昔所聞於蓮公者，今皆舉以相告矣。」

於是聞者忻然請曰：「得聆緒論，疑慮冰釋，蓮公會集此本經過，復能見示否？」余曰：「善哉！願略述之，以利學人。余與蓮公同官十稔，共學三十年。同受皈戒，同參叩於宗門耆宿，同受灌頂於密宗大德，同於慧老法師座下得受印證。生平友朋，深於儒佛兩教者，首推蓮公，實吾之摯友，亦吾之畏友也。至其力屏萬緣，掩關十載，於宗淨要旨窮深極微，發前人未發之蘊，艱苦卓絕，為法忘身，實有足令人驚歎敬佩者。其會集此經之動機與苦心，並所具六種特點，所謂教眼圓明，深於文字，專攻久修，遍探原譯，洞窺諸本，網羅各藏等，悉見前文所述。而其始終敬慎，心精力果，以迄於成，更有非人所及者。方其從事之初，淨壇結界，香光莊嚴，呪水加持，內外整潔，冥心孤詣，萬緣俱屏，秉筆必先禮佛，坐臥不離稱名，累月經年，人物罕睹，《歡喜念佛齋詩》中所謂『一室唯供佛，三年不下樓』者，盖記實也。故其於九萬五千七十字之五種原譯內，玄義微言，深文奧旨，無一語而不詳參，無一字而不互校，務使精當明確，鑿然有據，無一義不在原譯之中、無一句溢出本經之外，艱澁沉晦使之爽朗、繁複冗蔓歸于簡潔，凌亂俾成整嚴、闕疎悉令圓滿，必期有美皆備、無諦不收。往往因一字之求安，浹旬累月而不决，日日禱於佛前，時時縈諸夢寐，此其敬慎、虔恭狀况，皆光羲與慧老法師所目睹者也。故其精誠所感，屢現瑞徵，茲恐駭俗，姑不具引。」

> これを聞いて、喜んだ聴衆が尋ねました。「ご高論を伺い、疑問は氷解しました。ところで、蓮公がこの経典を会集された経緯についても、お聞かせいただけますか？」私は答えました。「それは良い質問です。学びの多い道の方々のため、大まかにお話しいたしましょう。私は蓮公と同役所で十年、共に学ぶこと三十年。同じく帰依の戒を受け、同じく禅宗の長老に参じ、同じく密教の高徳から灌頂を受け、同じく慧老師匠のもとで悟りの印可を得ました。生涯の友の中で儒教と仏教の両方に深い者としては、蓮公が第一です。彼は私の親友であると同時に、畏敬すべき友でもあります。何よりも、一切の俗縁を絶ち、十年にわたり関門にこもり、禅と念仏の要諦を極め尽くし、先人の未開の奥義を明らかにしました。その刻苦精励、法のため自らを忘れる姿は、まさに驚嘆し敬服すべきものがあります。彼がこの経典を会集した動機と苦心、そして六つの特徴、すなわち教えの眼目が円かに明らかで、文章に深く通じ、専ら長く修行し、原訳を広く探り、諸本を洞見し、あらゆる蔵経を網羅したことなどは、すべて先に述べた通りです。そして終始一貫、敬虔で慎重に、心を集中し努力を結実させ、完成に至るまでの過程には、他の追随を許さないものがありました。作業の当初には、浄壇を設けて境界を結び、香と光明で荘厳し、加持した水で内外を清め、心を沈めてただ一つのことだけを思い、全ての俗縁を絶ちました。筆を執る前には必ず礼仏し、座臥の間も常に念仏の名を唱え、長い年月、人と会うことも稀でした。『歓喜念仏斎詩』にある『一室唯供佛，三年不下樓』（一つの部屋にはただ仏を供え、三年間階を下りず）という句は、まさにその実情を記したものです。ですから、彼は九万五千七十字からなる五種の原訳の中から、奥深い教えや微細な言葉、難解な文章や深遠な意味を、一語たりとも敷衍せず、一文字たりとも校合しないことはなく、必ず精確で明確、確かな根拠があるように努めました。原訳の中にない意味は一つもなく、本経の外に溢れ出た一文もありません。難解で陰鬱な箇所は明瞭に、複雑で冗漫な部分は簡潔に、乱れは整え、欠落や粗漏は全て円満にし、美点を全て備え、真理を一つも漏らさないようにと期しました。一字の適切な表現を求めて十日も一か月も決まらず、日々仏の前に祈り、時には夢枕にもそのことが浮かびました。この敬虔で慎重な様子は、慧老師匠と私の目撃したところです。そのため、その精誠が感応して、屡々瑞兆が現れましたが、世間を驚かせることを恐れ、ここではあえて詳しく述べません。」

是以及其告成也，文約而義豐，理顯而詞暢，醒眸爽口，易記易持，無艱深畏難之慮，有殊勝易往之感，雖欲不謂之善本不可得也。每一持誦，恍若置身於清淨莊嚴之域，徜徉乎華池寶樹之間，如覲慈光、如聆法語，誦者忘倦、聽者生忻，隨分領解，各如其量。攝凡濁介爾之心，入聖眾俱會之境；易全真成妄之念，為背塵合覺之行。果能受持讀誦，如說修行，不但拔將來之苦果，實已獲現前之福利。非真修淨業者不覺其妙，非曾涉教海者莫窺其深；非詳考各譯，不知其抉擇之精；唯遍校會本，始見其從事之慎。然此實非門外耳食者所能驟解也。

> その書が成るに及び、文章は簡潔でありながら義は豊かであり、理は明らかで言葉は滑らかである。目を覚まし口に快く、覚えやすく保ちやすく、艱深で畏れ多いという心配はなく、殊勝で往生しやすいという感覚がある。たとえこれを善本と呼ばずとも得られないものである。読み誦するたびに、あたかも清浄荘厳の世界に身を置き、華池や宝樹の間を徜徉し、慈光を拝し、法語を聴くかのようであり、誦する者は疲れを忘れ、聴く者は喜びを生じ、分に応じて領解し、それぞれの器量にかなう。凡夫の濁った小さな心を摂めて、聖衆が共に集まる境に入れ、全く真を成す妄念の心を転じて、塵を背けて覚に合う行と為す。もしよく受持読誦し、説の如く修行するならば、将来の苦果を抜くのみならず、現前の福利をすでに得るのである。真に浄業を修する者でなければその妙を覚えず、かつて教海に涉った者でなければその深さを窺えない。各々の訳を詳しく考しなければ、その選択の精妙さを知らず、会本を遍く校し始めて、その從事の慎ましさを見るのである。しかしこれは実に門外の耳食者のように容易に解せるものではない。

吾嘗謂欲宏佛法於今日，必須提倡淨土；欲宏淨宗，必須先宏《大經》。果能人人持誦，則因果自明，身心自潔，劫運自轉，太平自至。盖統攝二諦，未有明備簡要若此者也。惜多年未有定本，致法寶莫能流通。前清盛時，萬善殿常課此經，故得宮廷整肅，政治清明；由彼時，羣知因果，故能上下相戒、朝野相安。咸、同而後，此經輟誦，朝綱紊亂，國勢隨衰，雖不盡由於此，而此經所關重矣。今此本既出，不但為淨宗前途賀，且可為世運前途幸也。

> 私は常々、今日において仏法を広めるには、必ず浄土を提唱しなければならず、浄土宗を広めるには、必ずまず『大経』を広めなければならないと考えています。もし人々が皆これを読誦するならば、因果は自ずから明らかとなり、身心は自ずから清らかになり、劫の運命は自ずから転じ、平和は自ずから訪れるでしょう。なぜなら、真諦と俗諦の二つを統摂した教えとして、これほど明らかで備わり、簡潔で要を得たものはないからです。惜しむらくは、長年にわたり定本がなく、そのために法宝が流通できなかったことです。清朝の全盛期には、万善殿で常にこの経が読誦され、そのため宮廷は整然とし、政治は清明でした。当時は皆が因果を知っていたので、上下が互いに戒め合い、朝廷と民間が安らかに調和していたのです。咸豊・同治の頃以降、この経の読誦は途絶え、朝綱は紊乱し、国勢は衰えました。すべてがこれに起因するわけではありませんが、この経の関わりは重大です。今、この定本が現れたことは、浄土宗の前途を祝すだけでなく、世の中の運命の前途にとっても幸いなことと言えるでしょう。

蓮公之為學也，由百家眾流而歸之於佛，歷性相顯密而歸之於淨。其所著述，除會集大經而外，尚有《校經隨筆》、《會集秦唐兩譯阿彌陀經》、《會譯引證記》、《大經五念儀》、《蓮宗密鈔》、《淨修簡課》、《一翁幻語》、《入道三字箴》、《一夢漫言評叙》、《聽佛軒自警錄》、《邵康節安樂集鈔》、《白玉蟾詩禪道影錄》、《二溪學粹》、《歡喜念佛齋詩鈔》、《渠園詩文集》，或已印行，或正待印，計十餘種。蓮公素恥宣傳，余之言此並非故為標榜，盖欲使世知如此學識、如此功行，其所會集之經典、所信向之法門，自必具有甚深義趣；而學識未充，功行不逮者，未可遽以淺陋眼光輕事測評，致蹈謗法之咎，而為深心護法，有志救世者，所笑歎也。又其宏願熱誠，苦口慈心，感人極深，信嚮者眾。

> 蓮公の学問は、諸子百家の多様な流れから仏教へと向かい、性宗・相宗、顕教・密教を経て、最終的に浄土に帰着しました。彼の著作は、大経の会集本を除いても、『校経随筆』、『会集秦唐両訳阿弥陀経』、『会訳引証記』、『大経五念儀』、『蓮宗密鈔』、『浄修簡課』、『一翁幻語』、『入道三字箴』、『一夢漫言評叙』、『聴仏軒自警録』、『邵康節安楽集鈔』、『白玉蟾詩禅道影録』、『二渓学粋』、『歓喜念仏斎詩鈔』、『渠園詩文集』など十数種に及び、すでに刊行されたものもあれば、現在刊行待ちのものもあります。 蓮公は常に自己宣伝を恥としておりました。私がここでこれらのことを述べるのは、決して彼を誇示するためではありません。世の人々に、このような学識とこのような修行の功績を持つ人物が編集した経典や、信じ求めている法門には、必ずや深い意義が備わっていることを知ってもらいたいからです。一方、学識が十分でなく、修行の功績が及ばない者が、軽々しく浅はかな見識で評価を下し、結果として法を謗る過ちを犯し、深い心で法を護り、世を救おうと志す人々から笑われ嘆かれることのないようにと願うからです。 また、彼の広大な誓願と熱烈な誠意、苦心していさめるような慈悲の心は、人々の心を深く打ち、多くの人々が彼を信じ心から従うようになりました。

此次俯應黃甥念祖之請，重印大經，聞者歡躍，爭相隨喜，光羲僑渝養疴，額首遙慶。往年曾為作序，未及付印。茲再略摘蓮公所著《校經隨筆》中語，增入前序；節錄《大經合讚》附於卷末；並遣一甥兩女就學其門，聽受此經要義，即以此序代為之贄焉。每憶沈穀成居士有「眾生福薄，大經塵封，提倡無人，佛恩難報。」之語，輒生慨愧！今幸因緣成熟，寶典放光。本經有云：「值此經者，皆可得度。」彭二林曰：「此實無量劫中，希有難逢之一日也。」然則遇此經者，可不寶諸。有智之士，幸勿忽諸。

民紀三十五年夏曆丙戌南昌梅光羲和南序於重慶