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title: "脩大方廣佛華嚴法界觀 · 三依理成事門"
description: "脩大方廣佛華嚴法界觀是中國佛教華嚴宗的重要典籍相傳為初祖杜順和尚所著實際成書於唐代反映了華嚴思想的早期體系該觀門以法界為核心系統闡述了真空觀理事無礙觀周遍含容觀三種觀法展現了事事無礙圓融無盡的華嚴境界為修習華嚴經教提供了具體的禪觀實踐路徑在華嚴宗發展史上具有奠基性地位對後世佛教哲學與實修影響深遠是深入理解華嚴一乘思想的關鍵文本"
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### 三依理成事門天

> 三依理成事の門（天）

謂事無別體要因真理而得成立甲以諸緣起乙皆無自性故丙由無性理事方成故丁如波要因於水能成立故戊依如來藏得有諸法當知亦爾思之己。

> 事柄にはそれ自体で独立した実体はなく、真理という根本的な原理によって初めて成り立つのです。 なぜなら、あらゆる現象は縁（条件）が寄り集まって生じるため、それ自体に固有の本質（自性）を持たないからです。固有の本質がないからこそ、現象という「事」と、その根底にある真理という「理」とが、互いに支え合って成立するのです。 例えて言えば、波は水という本体があって初めて成立するようなものです。同じように、すべての現象は如来蔵（すべてのものに本来備わっている仏となる可能性）に基づいて存在していると知るべきです。このことを深く思惟しなさい。

圭峰註

> 圭峰による注釈

甲上宗下因。

> 「甲」 上に宗、下に因と記す。

乙此有二因。

> これには二つの原因がある。

丙一也。

> つまり、すべては一つであるということです。

丁二也真如隨緣故中論云以有空义故一切法得成大品云𠰥諸法不空即無道無果。

> 「丁。二つ目に、真如が縁に従うことから、中論に『空の義があるがゆえに、一切の法が成り立つ』とあり、大品にも『もろもろの法が空でなければ、道も果もない』とある。」

己勝󶹆云依如来藏故有生死依如来藏故有湼槃楞伽亦󵘸如来藏造業受報起信論云依如来藏故有生㓕心𱽍問明品云法性本无生示現而有生𱽍子。

> <注>「己」</注> <注>このように、如来蔵に依るがゆえに生死があり、如来蔵に依るがゆえに涅槃があると説かれています。『楞伽経』もまた、如来蔵に基づいて業が造られ、報いを受けると説き、『大乗起信論』では如来蔵に依るがゆえに生滅心があると述べています。また『華厳経』の「賢首品」には「法性は本来無生であるが、示現として生がある」と説かれています。</注> <注>「子」</注>

夷門註

> 夷門の注釈

天依理成事門謂真理隨緣成事法也理有体故即為所依有隨緣用故即為能成事无体无用故為能依所成也門者通遊无擁為义此明真理有隨緣用成立事法无滯故曰門也。

> <note place="inline">天</note><note place="inline">「依理成事門」とは、真理が縁に従って様々な事象を成立させることを指します。真理には本体があるため、それが依り所となります。また、真理には縁に従って働く作用があるため、事象を成立させる能動的な側面を持ちます。一方、事象には本体も作用もないため、真理に依存する受動的な側面を持ちます。「門」とは、自由に通じることができるという意味です。ここでは、真理に縁に従って働く作用があり、事象を妨げなく成立させるという道理を示しているため、「門」と呼びます。</note>

甲一定宗謂事无別体者釋成標中事字要因真理而淂成立者釋成標中依理成三字意明事法離真理外无別自体故須依理為因󷷻淨為緣方得成就安立也注云上宗者事无別体依理所成為宗下因者即󷷻淨緣起事法也。

> <note place="inline">甲</note><note place="inline">一定宗とは、「事に別体無し」と説くことで、標の中の「事」という字を説明している。「要因真理而淂成立」とは、標の中の「依理成」の三字を説明したもので、事法は真理の外に別の自体がないため、必ず理を因とし、淸淨を縁として、初めて成立・安立することを意味している。注にいう「上宗は事に別体無く、理に依って成立するを宗とする。下因はすなわち淸淨の縁起した事法である」と。</note>

乙二顕因所起不一故名諸注有二因者皆无自性者諸法從緣皆无实性故依理成也此即体空因也由无性理𱽍者謂真理不守自性隨緣成諸事法故淨名云依无住本建立一切法无住即隨緣义此隨緣因也中論下證成隨緣义由真理不守自性故云空也如珠体瑩淨也一切法淂成者正明隨緣成事如珠影現也大品下證成緣起諸法无性又𠰥諸法定有实体不依理成者則无道果可修可證即凡圣名異結成大過也反明緣起諸法必依理成无实自体則有道果可修可證。

> よって、諸法が縁から生じることを示す所以は、第一に「体空の因」による。これは、諸法が縁から生じるゆえに、みな実体のないことを表す。よって理に基づいて成立するのである。すなわち、これが「体空の因」である。 第二に「随縁の因」による。これは、真理が自性に執着せず、縁に従って諸々の事象を生み出すことをいう。ゆえに『維摩経』には「無住の本に依って、一切の法を建立す」とある。無住とは、すなわち随縁の意味である。『中論』の下巻では、この随縁の意味を証明している。真理が自性に執着しないから「空」というのである。あたかも珠の体が清らかに澄みわたっているようなものだ。 「一切の法 得成す」とは、正に随縁によって事象が成立することを明らかにしている。珠の影像が現れるようなものである。『大品般若経』の以下の文は、縁起の諸法には自性がないことを証明している。 もし諸法が定まった実体を持ち、理に基づいて成立しないならば、修行すべき道も、証得すべき果も存在しないことになる。すなわち凡夫と聖者の区別もなくなり、大きな過失が生じる。これとは反対に、縁起の諸法は必ず理に基づいて成立し、実体のない自体を持つからこそ、修行すべき道があり、証得すべき果があるのである。

戊三喻指如波下喻前事法无体要因真理而淂成立然喻亦有二意一喻无自性义由波无自性要湏依水二喻真理隨緣义如水隨緣能成于波𠰥无其水則无其波𠰥无真理依何成事。

> 水の波のように、先行する物事は実体がありません。真理に依って初めて成立するのです。この比喩には二つの意味があります。第一に、無自性の義を表します。波に自性がなく、水に依らねばならないように。第二に、真理が縁に随う義を表します。水が縁に随って波を生じるように。もし水がなければ波もありません。もし真理がなければ、何に依って事象が成立するのでしょうか。

己四法合依如来下引經合喻将喻曉法更互相依昭然顕󷓞如来藏為所依合水諸法為能依合波也亦證上依理成事思之者結󷧡𮗚心。

> ＜注：自己＞ ＜注：四つの法がまとまって如来に依る。以下、経典を引用して譬えを合わせ、譬えによって法を明らかにし、互いに依り合って明確に如来蔵が所依となり水に譬えられ、諸法が能依となり波に譬えられることを示す。また、上の「理に依って事を成す」という教えを証明している。これをよく考えるようにと結び、心の観察を促す。＞

子勝鬘下依如来藏者證所依理也有生死湼槃證能依事謂迷之則下轉有三界生死悟之則上轉󷷻㓕淨生有三乗湼槃楞伽亦󵘸如来藏理也造業受報者依理成事也彼文云如来藏是善不善因能徧具造一切趣生故釋曰以性從相故如来藏造善造𢙣如人㺯師子人入師子活人出師子死也以緣起性空故起信下正顕依理成事也事有󷷻淨又皆具足何者謂迷時依如来藏有󷷻生淨㓕之心故成生死悟時依如来藏有淨生󷷻㓕之心故淂湼槃是知世出世間法皆依真理而淂成辦問明品下證成緣起甚深即文殊問斍首云心性是一云何見有種種差別𱽍󷨽云法性本无生即不変性也示現而有生即相隨緣也是中无能現妄心不实也亦无所現物妄境不真也。

> 根拠となる理とは、如来蔵のことです。 生死と涅槃があるのは、それに基づく事実の現れです。 迷えば下って三界の生死があり、悟れば上って清らかな生死を離れた、三乗の涅槃があります。 『楞伽経』にも、如来蔵の理についてこう説かれています。 「如来蔵は善・不善の因であり、あらゆる生存の様相を生み出す」と。 これを解釈すると、本性という観点からは、如来蔵が善も悪も生み出すのです。 それは、まるで人が獅子を操るようなものです。人が獅子の中に入れば獅子は活き、人が出れば獅子は死にます。 これは、縁起の性質が空であるからです。 『大乗起信論』では、さらに理に基づいて事が成り立つことを明らかにしています。 事には、清らかなものと清らかでないものがありますが、どちらもすべて備わっています。 なぜなら、迷っている時は、如来蔵に基づいて、清らかでない生存と清らかな消滅という心があるので、生死が生じるからです。 逆に、悟った時は、如来蔵に基づいて、清らかな生存と清らかでない消滅という心があるので、涅槃が得られるのです。 このように、世の中のあらゆるもの、世を超えたあらゆるものは、真理に基づいて成り立っているのです。 『問明品』では、この縁起の深遠さを証明しています。 文殊菩薩が覚首菩薩に問います。 「心の本性は一つなのに、どうして様々な違いがあるのでしょうか？」 覚首菩薩は答えます。 「法の本性は本来、生じることがありません。これは、変わらないという性質です。 現象として現れて生じるのは、縁に従って変化する性質です。 この中で、現れる主体となる心は実在せず、現れる対象となるものも真実ではないのです。」

### 頌

> 偈頌

三依理成事門。

> 三つの道理によって物事が成り立つという教え。

隨緣成妙有大用独全彰义曰事无別体依真理而成如波因水方淂成立此門唯隨义也。

> <note place="inline">因縁に随って妙有が成り立ち、その大いなる働きがただ独り完全に現れているという意味である。すなわち、事象にはそれ自体の別の本体はなく、真実の理に依って成立する。例えば、波は水によって初めて成立するようなものである。この門はただ因縁に従うという意味である。</note>

明明底事𠁅𠁅施張。

> はっきりとしたこのこと、あらゆる所に現れ広がっている。

山河及大地全露法王身。

> 山河や大地のすべてが、そのまま法王の姿を現している。

澄湛絕絕纖塵能為󷷻淨因。

> 澄みきって、まったく塵のない状態こそが、清らかな因となり得るのです。

絕點純清水能隨風起波此頌是一心之妙体杳絕纖埃十法界之親因隨緣成矣。

> 絶えず澄み切った清らかな水が、風に従って波を起こす。この偈は、一心そのものの巧妙な本体が、わずかな塵さえもなく、十法界の直接の因として、縁に従って生じることを示している。

聖凡無異路迷悟有踈親。

> 聖者と凡夫の間に異なる道があるわけではない。 ただ、迷いと悟りがあり、それによって親しさや疎遠さが生じるだけだ。

󷷻淨体一愚智妄分此頌四聖六凡所依性一迷者從識而似踈悟者就智而全親迷悟在於人何関法性哉。

> 清らかな本質は一つである。愚かさと智慧によって誤って分けられているだけだ。この偈は、四聖と六凡がよりどころとする本性が一つであることを示している。迷える者は、認識（識）に従うことで遠ざかるように見え、悟った者は、智慧に従うことで完全に親しむ。迷いと悟りは人にあるのであって、法の本性に関係があるわけではない。

不変時時隔。

> 変わらずに、時は常に隔たっている。

无為无事人猶遭金鎖难此頌隔者塞而不通也時時者長逺也𠰥真如无隨緣之用則真妄長塞而不通也有僧問法眼云情生智隔情未生時如何師云隔是此意也。

隨緣日日新。

> 縁にしたがって、日々新たに生きる。

草木精神換江山氣象新此頌正显此門意也謂真如能隨緣新新不住成諸事法𠰥法有住不名妙用也且道是何人分上。

> この偈（げ）は、「草木の精神が山河の風景を新たにする」と詠んでいます。この句こそ、この教えの真意を如実に示しています。つまり「真如（しんにょ）」は縁に応じてはたらき、絶えず新たに、とどまることなく、あらゆる事柄や法則を成り立たせているのです。もし、そのはたらきに執着してとどまることがあれば、それを「妙（みょう）なはたらき」とは呼べません。さて、いったい誰の役割の話だと言うのでしょうか。

披毛戴角者方是箇中人。

斫倒那邉无影𣗳却来火𫟚又抽枝此頌隨緣人也謂自古賢圣了證真理由悲故回入塵劳由智故方便利物宗門中喚作異𩔗中人也丹霞云戴角披毛異𩔗身是此意也。