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title: "淨土三部經音義集 · 阿陀經"
description: "淨土三部經音義集由日本僧人釋信瑞於鎌倉時代編撰。該書是對淨土宗根本經典淨土三部經的注音釋義之作，旨在輔助日本僧侶準確理解漢文經藏的讀音與字義。內容主要對三部經中的難讀漢字進行注音與詞義訓釋，融合了中日兩國的訓讀傳統。此著作不僅是研究日本中世佛教語言學與淨土宗思想的重要文獻，更見證了中國佛教典籍傳入日本後的接受、詮釋與本土化過程，在日本佛教音義學領域具有承先啟後的學術地位。"
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## 淨土三部經音義集卷第四

> 浄土三部経音義集 第四巻

沙門　信瑞　纂

> 沙門信瑞編纂

### 阿󳇐陀經舎衛國

> 阿弥陀経 舎衛国

經音義（四九左帋）曰。金剛般若經云舎衛國。十二遊經云無物不有國。或言舎婆提城。或言捨羅婆悉帝夜城。並訛也。正言室羅代國。此譯云聞者城。法鏡經云聞物國。善見律云舎衛者是人名。昔有人居住此地。徃古有王。見此地好。故乞立為國。以此人名号舎衛國。一名多有國。諸國珍奇皆皈此國也（文）。霅川新疏云。舎衛者。正言室利筏悉底。訛言舎衛。新飜豐德。謂豐四事。一財物。二𣣔塵。三多門。四解脫。舊飜聞物。厥意大同。此是中印度北憍薩羅國都城之名。為簡南憍薩羅國故。以城名而為國號。󷑜樹

> <note place="inline">経音義（四九左帋）に曰く、金剛般若経に舎衛国と云い、十二遊経に無物不有国と云う。或いは舎婆提城と云い、或いは捨羅婆悉帝夜城と云う。これらは皆、訛りである。正しくは室羅伐国と言う。これは聞者城と訳される。法鏡経には聞物国とある。善見律には舎衛とは人名であるとある。昔、ある人がこの地に住んでいた。遠い昔、ある王がこの地の良さを見て、ここに国を建てることを乞うた。この人の名をとって舎衛国と号したのである。別名を多有国という。諸国の珍奇なものは皆、この国に集まる（文）。霅川新疏に云う、舎衛とは、正しくは室利筏悉底と言い、訛って舎衛となった。新訳では豊徳と訳す。これは四つの事柄が豊かであることを意味する。一に財物、二に欲塵、三に多門、四に解脱である。旧訳では聞物と訳す。その意味は大同小異である。これは中インドの北憍薩羅国の都城の名である。南憍薩羅国と区別するために、城の名をもって国号としたのである。</note>祇樹

經音義（四九左帋）云。金剛般若經云。󷑜樹或言󷨩陀。或云󷨩洹。皆訛也。應言逝多。此譯云勝𫞕。即憍薩羅國波斯匿王之子也。婆那此云林。正言飯那。以樹代之（耳）文霅川新䟽云。󷨩樹者。梵言󷑜洹。亦言󷑜陀。正云逝多。此飜戰勝。波斯匿王太子也。生時與外國戰勝。是故以人而命其樹。法鏡経飜為勝𫞕樹焉。給孤獨

> 『経音義』（巻四十九の左の紙）にこうある。「金剛般若経に『祇樹』とあるが、ある本では『祇陀』、あるいは『祇洹』と書かれている。これらは皆、誤った表記である。正しくは『逝多』と言うべきで、これは『勝者』と訳される。すなわち、憍薩羅国の波斯匿王の子である。『婆那』は『林』と訳されるが、正しくは『飯那』と言い、ここでは樹木を以ってそれに代えている（に過ぎない）」。また、文霅川の新疏にはこうある。「『祇樹』とは、サンスクリット語で『祇洹』、あるいは『祇陀』と言い、正しくは『逝多』である。これは『戦勝』と訳される。波斯匿王の太子である。生まれた時に外国との戦いに勝利したため、この人物の名をもってその樹に名付けた。『法鏡経』ではこれを『勝者樹』と訳している」。

經音義與上（同処）云金剛般若經云給孤獨。應言阿那他。此云無親。舊人義訳為孤獨。賓茶駄󴧭耶此云團與。舊人義訳為給。猶是修達多之別名修達多。此云善與。故得給孤獨名也。舊言阿那邠坁或云阿藍。訛略也。磨者園也（文）。新訳華嚴音義云。須達多此云善給施無依怙者。舊訳云給孤獨者是也。大阿羅漢

> <note place="inline">経の音義と上（同じ箇所）に云う、金剛般若経に云う給孤獨。応に阿那他と言うべし。此れは無親と云う。旧人は義訳して孤獨と為す。賓茶駄󴧭耶は此れは團與と云う。旧人は義訳して給と為す。猶是れ修達多の別名なり。修達多は此れは善與と云う。故に給孤獨の名を得たり。旧に阿那邠坁或いは阿藍と云うは、訛略なり。磨は園なり（文）。新訳華厳音義に云う。須達多は此れは善く施し、依怙無き者に給するなり。旧訳に云う給孤獨とは是れなり。</note>大阿羅漢

新訳華嚴音義云。阿羅漢。按梵語中。此名𭇥攝多義。依大婆沙論第九十四中。四義釈。一者應供。二者殺賊。三者不生。四者遠𢙣。依唯識論中。三義以釈。一者已永害煩惱賊故。二應受世間妙供養故。三永不復處分𫨻生死故。依成實論中一識。謂断惑盡故。名阿羅漢。舊飜之為無生者。謂三界惑盡。更無三界之生故也。眾所知識

> 新訳華厳音義によると、阿羅漢について述べている。梵語では、この名は多くの意味を含んでいる。大婆沙論第九十四によれば、四つの意味で解釈されている。第一に応供（供養を受けるにふさわしい）、第二に殺賊（煩悩の賊を滅ぼす）、第三に不生（もはや生まれ変わらない）、第四に遠悪（悪から遠ざかる）である。唯識論では、三つの意味で解釈されている。第一に、すでに永遠に煩悩の賊を滅ぼしたから、第二に、世間の優れた供養を受けるにふさわしいから、第三に、永遠に再び生死の分断に陥らないからである。成実論では一つの認識として、煩悩を断じ尽くしたから、阿羅漢と名づけるとされる。古くは無生と訳され、三界の煩悩が尽きて、もはや三界に生まれることがないからである。

孤山疏云。眾所知識者歎徳也。聞名欽德曰知。覩形敬奉曰識。行宗記云。徳業為人所知。容儀為人所識（文）。長老

> 孤山の疏には、『衆所知識』とは、その徳を称える言葉であると説いています。名を聞いてその徳を慕うことを「知」といい、姿を見て敬い仕えることを「識」といいます。行宗記には、その徳と行いが人々に知られ、その姿や振る舞いが人々に認められることを意味するとあります（文）。

東宮切韻云。釈𫞕云。長張兩切。大也。增也。薛峋云。又張丈切進也。尊也。百物所成謂之長。祝尚丘云。長大師也。孫伷云。左傳。教誨不倦曰長。儀禮献眾賓之長。鄭玄云。長其老者也（文）。鄭玄註周礼曰。老尊穪也（文）。聞持記（會本上（三十二））云。徳重故。長臘高故老（文）。南山業疏云。長老乃大故。經中長老舎利弗尊者阿難等。律中不定。今略釈之。行解具故。名為大德。年臘高遠。名為長老。如俗中云長老之言。善見云。大為大徳。小為長老（文）。孔安國註孝經云。事父母。接兄弟。和親戚。睦宗族。敬長老。信朋友是也。弟子

> <note place="inline">『東宮切韻』に云う。釈𫞕に云う。長は張と丈の二つの読みがある。大きい、増すの意。薛峋に云う。また張丈と読み、進む、尊ぶの意。百物の成る所を長と謂う。祝尚丘に云う。長は大師なり。孫伷に云う。左伝に、教え諭して倦まずを長と曰う。儀礼の献眾賓の長に。鄭玄が云う。長は其の老者なり（文）。鄭玄が周礼に註して曰う。老は尊称なり（文）。聞持記（会本上（三十二））に云う。徳重きが故に長。臘高きが故に老（文）。南山業疏に云う。長老は乃ち大なる故。経中には長老舎利弗尊者阿難等。律中には定まらず。今略釈す。行解具足せるが故に、名づけて大徳と為す。年臘高遠なるが故に、名づけて長老と為す。俗中の長老の言うが如し。善見に云う。大なるを大徳と為し、小なるを長老と為す（文）。孔安国が孝経に註して云う。父母に事え、兄弟に接し、親戚を和し、宗族を睦まじくし、長老を敬い、朋友を信ずる是なり。</note>弟子

翻譯名義集云。室灑舊翻弟子。新云所教。南（行事鈔止三十）南山曰。学在我後名弟。解從師生名子。天台云（淨名㐬四三石）有匠成之能。學者具資稟之徳。資則捨父従佛。敬如父。師之謙讓。處資如弟。故夫子（論語先進篇今所引與彼有少異）云。回也處余如父。余也處回如弟。律（四分）云和尚於弟子當生兒想。弟子於和尚當生父想。司馬彪曰。徒弟子謂門徒弟子。老子（增上）（補𩠐書三十九）云。善人不善人之師。不善人善人之資。南山云。佛法僧之廣大。實由師資相攝。互相敦遇。財法兩濟。日益業深行久德固。皆頼此矣。比。真教陵遲。慧風掩扇。俗懷侮慢。道出非法。並由師無率誘之心。資欽奉行之志。二彼相捨𡚶流鄙境。𣣔令道光。焉可得乎。釋提桓因

> 『翻訳名義集』によると、「室灑」は古くは「弟子」と訳され、新訳では「教えを受ける者」とされる。南山大師は言う、「私の後に学ぶ者を弟とし、師から解釈を得て生まれる者を子とする」。天台大師は言う、「匠として完成させる能力を持つ者が師であり、学ぶ者が資質を受け継ぐ徳を持つ。資質は父に従い仏に従う。父のように敬い、師は謙虚に譲り、弟子のように接する。故に孔子は言う、『顔回は私を父のように扱い、私は顔回を弟のように扱う』と。律（四分律）には、和尚は弟子に対して子のように思い、弟子は和尚に対して父のように思うべきであるとある。司馬彪は言う、弟子とは門徒の弟子を指す。老子は言う、『善人は不善人の師であり、不善人は善人の資質である』。南山大師は言う、仏法僧の広大さは、師と弟子が互いに引き立て合い、互いに励まし合い、財と法の両方を施し合うことによって実現する。日々に業を深め、行いを久しくし、徳を固めることは、すべてこれに依るのである。今、真の教えは衰え、智慧の風は閉ざされ、俗世の心は侮りと怠慢に満ち、道は非法から出ている。これらはすべて、師に導き誘う心がなく、弟子に奉行する志がないためである。両者が共に誤りに流され、卑しい境涯に陥れば、仏法の光を輝かせようとしても、どうしてできるだろうか。」

経音義云。道行般若云。因坁直尸切。或言因提棃。或云因陀羅。正翻名天主。以帝代之。故經中亦󰅻天主。或穪天帝釋者。并位之與名也（文）。新訳華嚴音義云。釈提桓勘此中梵本。之與第一卷說不殊。古人謬置植字。深成罪過也（文）。智度論云問曰。先言釈是字提桓因。是天主。今佛何以不言釈。乃命言憍尸迦。荅曰。昔摩伽陀國中有婆羅門。名摩伽。姓憍尸迦。有福徳大智慧。知友三十三人共修福徳。命終皆生須󳇐山頂第二天上。摩迦婆羅門。為天主。三十二人為輔臣。以此三十三人故。名為三十三天。喚其本姓。故言憍尸迦。或云天主。或言千眼等。大人喚之。故穪其姓（文）。欄楯

> <note place="inline">経音義に云う。道行般若に云う。因坁（直尸切）と。或いは因提棃と言い、或いは因陀羅と言う。正しく翻訳すれば天主という名である。帝をもってこれに代える。故に経中にも亦た天主とある。或いは天帝釋と称する者は、位と名とを併せたものである（文）。新訳華嚴音義に云う。釈提桓（勘）此の中の梵本は、第一卷の説と異ならない。古人が誤って植の字を置いたのは、深く罪過となる（文）。智度論に云う。問うて曰く、先に釈は字であり、提桓因は天主であると言った。今、仏は何故釈と言わず、乃ち憍尸迦と命じて言うのか。答えて曰く、昔、摩伽陀国の中に婆羅門がいた。名は摩伽、姓は憍尸迦。福徳と大智慧があった。知友三十三人と共に福徳を修め、命終して皆須弥山頂の第二天上に生まれた。摩迦婆羅門は天主となり、三十二人は輔臣となった。この三十三人の故に、三十三天と名づけられた。その本姓を喚ぶ故に、憍尸迦と言う。或いは天主と言い、或いは千眼などと言う。大人がこれを喚ぶ故に、その姓を称するのである（文）。</note>欄干

經音義云。華嚴經云欄楯又作闌同。力寒切。下食允切。說文欄檻也。通俗文欄檻謂之楯。王逸註楚辞曰。縦曰檻。橫曰楯。楯間子曰櫺（文俗用連子誤也）。階𨕥

> 《経音義》に云う。華厳経に「欄楯」とある。また「闌」とも作る。同じ。上は力寒切。下は食允切。説文には「欄は檻なり」とある。通俗文には「欄檻を楯と謂う」とある。王逸が楚辞に註して曰く、「縦なるを檻と曰い、横なるを楯と曰う。楯の間の子を櫺とす（俗に連子と用いるは誤りなり）」と。

廣韻云。階級也。說文階陸也。釋名云。階梯也。如梯之有等差也。居諸切。玉篇云。階登堂道也。樓閣

> <note place="inline">『広韻』には「階級なり」とある。『説文』には「階は陸なり」とある。『釈名』には「階は梯なり。梯の等差あるが如し」とある。居諸切。『玉篇』には「階は堂に登る道なり」とある。</note>楼閣

東宮切韻云。郭知玄曰。樓櫓。城上屋。麻果云。樓正樓。通重屋也。爾雅。四方而高曰臺。陜而脩曲曰樓。孫愐云。樓閣也。顓頊所造重屋（也）。倭名曰。考聲字𫟍云。今謂臺上搆屋為樓（音婁）辨色立成云（大加度能）野王按閣（音各）重門復道也。今俗謂朱雀門為重閣是也。頗梨

經音義云。涅槃經曰頗梨。力私切。又作黎。力奚切。西國寶名也。梵言塞頗胝迦。此云水玉。或云白珠。大論云。此寶出石窟中。千年氷化為頗梨。案西域暑𤍠無氷。仍多饒此寶。非氷所化。但石之類耳。胝音竹尸切（文）新譯華嚴音義云。頗棃正云窣坡致迦。其狀少似水精。然有赤胝迦此翻靈芝義䟽（會本聞持記中（十帋）一左）云。玻𰢎亦云頗胝迦。此翻水玉。或云水精（文）。赤珠

> 『経音義』によると、涅槃経に「頗梨」とあり、音は「力私切」と読む。また「黎」とも書き、「力奚切」と読む。これは西方の国の宝の名である。梵語では「塞頗胝迦」といい、ここでは「水玉」と訳す。あるいは「白珠」ともいう。大論には、この宝は石窟の中から出て、千年の氷が頗梨に化したとある。しかし西域は暑くて氷はなく、この宝が多く産するのは、氷が化したものではなく、ただ石の類である。胝の音は「竹尸切」と読む（以上）。『新訳華厳音義』によると、「頗棃」は正しくは「窣坡致迦」といい、その様子は少し水晶に似ている。また「赤胝迦」があり、これは「霊芝」と訳す。『義疏』（会本聞持記の中、十紙の一左）によると、「玻𰢎」もまた「頗胝迦」といい、これは「水玉」と訳す。あるいは「水精」ともいう（以上）。

翻譯名義集云。鉢摩羅伽。大論此云赤光珠。佛地論云。赤蟲所出。或珠體名為赤珠。智論。真珠出魚腹中蛇腦中。漢書（前漢書列傳五十七五）云。蛛蚌中隂精。隨月隂盈虚。車輪

> 『翻訳名義集』によると、鉢摩羅伽は、『大論』ではこれを赤光珠と訳し、『仏地論』では赤い虫から出るものと説いています。あるいは珠の本体を赤珠と呼びます。『智論』には、真珠は魚の腹中や蛇の脳中から出るとあります。『漢書』（前漢書列伝五十七五）には、珠は蚌の中の陰精であり、月の満ち欠けに応じて陰の気が盛衰すると記されています。

千字文云。車梵云捨迦㕰。輪云斫訖囉（文）。廣韻云古史考曰。黃帝作車。引重致遠。少昊時加牛。禹時奚仲加馬。周公作指南車。尺󴎯切。又音居（文）。東宮切韻云。武玄之云。淮南子曰。古者見轉蓬為車。薛峋云。黃帝作舟車。故號軒轅𫞕。世本云。奚仲造車。謂廣制度。麻果云。車輿之緫名。易云。神農氏沒。黃帝𫞕作服牛乘馬。言奚仲作者非也。奚仲夏時車政。益有加。孫愐云。車乘也。畜駕之。孫伷曰。釋名車古者曰。車（音居）聲如居言行所以居人也。今曰車（昌󴎯）車舎也。行者所處。若舎也。籀文作𨏖。今按山海経奚仲生吉光吉光始以木為車。世本云。奚仲作車。宋忠曰。夏禹時也。黃帝時已有造車駕。此後言作者。為車政也（文）。老子曰。三十輻共一轂。註云。古者車三十輻。法月數也。共一轂者。轂中有孔。故眾輻共湊之（文）。案此間大車不過數尺。彼國蓮華甚以廣大。其義見于靈芝義疏（會本間持記中十二左也）。天樂

> 『千字文』に云う、車は梵語で捨迦㕰と言い、輪は斫訖囉と言う（文）。『広韻』に云う、『古史考』に曰く、黄帝が車を作り、重きを引き遠きに致す。少昊の時に牛を加え、禹の時に奚仲が馬を加う。周公が指南車を作る。尺󴎯切。また音は居（文）。『東宮切韻』に云う、武玄之が云う、『淮南子』に曰く、古の者は転蓬を見て車と為す。薛峋が云う、黄帝が舟車を作る。故に軒轅𫞕と号す。『世本』に云う、奚仲が車を造る。広く制度を謂う。麻果が云う、車輿の総名なり。『易』に云う、神農氏没し、黄帝𫞕は服牛乗馬を作す。奚仲の作者を言うは非なり。奚仲は夏の時の車政なり。益し加うる有り。孫愐が云う、車は乗なり。畜を駕す。孫伷が曰く、『釈名』に車は古くは曰く、車（音は居）声は居の如く行う所以に人を居するなり。今は曰く、車（昌󴎯）車は舎なり。行く者の処する所、舎の若しなり。籀文に𨏖と作す。今、『山海経』に按ずるに、奚仲は吉光を生み、吉光は始めて木を以て車と為す。『世本』に云う、奚仲が車を作る。宋忠が曰く、夏の禹の時なり。黄帝の時既に車駕を造る有り。此の後、作者を言うは、車政の為なり（文）。『老子』に曰く、三十の輻、一つの轂を共にす。註に云う、古の車は三十輻、月の数を法とす。一つの轂を共にするは、轂の中に孔有り。故に衆の輻共に湊る（文）。案ずるに、此の間の大車は数尺を過ぎず。彼の国の蓮華は甚だ広大なり。其の義は霊芝の義疏に見る（会本間持記の中十二左なり）。

經音義云。法華經云作樂。五角切。世本云。黃帝世。伶倫作樂。五聲八音。總名樂也。禮記（集註十八切名）比音而樂之。及于戚羽󲒛。謂之樂。鄭玄曰。八音克諧謂之樂（文）。禮記（與上同處）曰。樂者音之所由生也。又云。樂者天地之和也。樂者由天作。禮以地制（言法天地之也）又云樂者敦和󷛇神而従天。又曰。樂者樂也。君子樂得其道。小人樂得其𣣔。孝經曰。移凮易俗。莫善於樂。孔安國曰。樂五聲之主。盪滌人之心。使和易專一。由中情出者也。故其聞之者。雖不識音。猶屏息靜聴。深思遠慮。其和音則修宮商。而變節隨角徵。以改操。是以古（之）教民。莫不以樂。以為無尚之故也（文）。周禮註。有六樂。雲門（黃帝樂）大咸（堯樂）大韶（舜樂）大夏（禹樂）大󷬀（湯樂）大武（武王之樂）也。莊子曰。與人和者。謂之人樂。與天和者。謂之天樂。郭象曰。天樂𮷧則人樂足（文）。曼陀羅花

> 経音義に云う。法華経に「楽を作す」とある。五角切。世本に云う。黄帝の世、伶倫が楽を作す。五声八音、総じて名づけて楽という。礼記（集註十八切名）に「音を比べてこれを楽しみ、干戚羽旄に及ぶ、これを楽という」とある。鄭玄が曰く、「八音克く諧う、これを楽という」（文）。礼記（上と同じ箇所）に曰く、「楽とは、音の生ずる所由なり」。また云う、「楽とは天地の和なり。楽は天に作り、礼は地に制す」（天地に法ることを言う）。また云う、「楽とは和を敦くして神に従い天に従う」。また曰く、「楽とは楽しむなり。君子はその道を得るを楽しみ、小人はその欲を得るを楽しむ」。孝経に曰く、「風を移し俗を易うるは、楽に善きは莫し」。孔安国が曰く、「楽は五声の主たり。人の心を盪滌し、和易にして専一たらしむ。中情より出づる者なり。故にこれを聞く者は、音を識らざるといえども、なお息を屏ぎ静かに聴き、深く思い遠く慮る。その和音は則ち宮商を修め、節を変じて角徴に随い、以て操を改む。是を以て古（の）民を教うるに、楽を以てせざるは莫し。以て尚ぶ無き故なり」（文）。周礼註に、六楽あり。雲門（黄帝の楽）・大咸（堯の楽）・大韶（舜の楽）・大夏（禹の楽）・大濩（湯の楽）・大武（武王の楽）なり。荘子に曰く、「人と和する者、これを人の楽と謂う。天と和する者、これを天の楽と謂う」。郭象が曰く、「天の楽備われば則ち人の楽足る」（文）。

新譯華嚴音義云。曼陀羅此云悅意花。又曰雜色花。亦云柔軟聲。亦云天妙花。清旦

> 新訳華厳音義によると、曼陀羅とは、喜ばしい花、あるいは色とりどりの花、また柔らかな音、あるいは天上の妙なる花を意味するとされています。

廣韻云釋名云清音也。去濁遠穢。色如青也。又靜也。澄也。潔也。七政切。說文云。且明也。従日見一上。一地也。徐鍇云。日出於地。兜散切（文）經音義云。涅槃經云。晨朝食仁切。爾雅晨早也。譯名云。晨伸也。旦而日灮復伸見（文）今案。清旦晨朝也。問曰。於十二時。晨朝正當何時乎。答曰。孫愐云。晨寅時也。說文云。晨早昧爽也。徐鍇云。昧爽為寅。難曰。呂向註文選曰。晨謂日出時也（釋名同之）而世人寅時不見日灮。相違如何。會云。應劭漢官儀云。大山東南名云日觀。鷄鳴時見日。玄中記曰。東南有桃都山。上有大樹。名曰桃都。枝相去三十里上有天鷄。日初出照此木。天鷄即鳴。天下之鷄皆隨之鳴（云云）。日出暘谷照桃枝時。神鷄見旭日光芒初發音聲。天下凡鷄隨之咸鳴。鷄鳴者丑時。丑終日光雖初發。曈曨未照曀。至于寅初其光甚清明。世人雖知暗。神鷄見告𥁞。此乃晨朝也。徐鍇云。凡自夜半子以後為晝。六壬樞機經云。寅為旦。戌為暮。𠀍俗以寅時為晝之證是也（文）。衣裓

> 《広韻》によると、《釈名》に「清とは音なり。濁りを去り穢れを遠ざく。色は青の如し」とある。また、静かであること、澄んでいること、清らかであることともいう。七政切。《説文解字》には「且明なり。日に従い一を見る上に。一は地なり」とある。徐鍇は「日は地より出でる」と注釈し、兜散切と読む（以上、本文）。経音義には、『涅槃経』に「晨朝、食仁切」とある。『爾雅』には「晨は早なり」とある。訳名には「晨は伸なり。旦にして日の光が再び伸びて現れる」とある（以上、本文）。今考えるに、清旦とは晨朝のことである。問う：十二時において、晨朝は正に何時に当たるか。答える：孫愐は「晨は寅の時なり」と言う。『説文解字』には「晨は早昧爽なり」とある。徐鍇は「昧爽を寅となす」と注釈する。難問：呂向が『文選』に注釈して「晨とは日の出る時を謂う」（『釈名』も同じ）と言うが、世間の人々は寅の時に日の光を見ない。これは矛盾しないか。会通して言う：応劭の『漢官儀』に「泰山の東南を日観と名づく。鶏の鳴く時に日を見る」とある。『玄中記』には「東南に桃都山あり。その上に大樹あり、名を桃都と曰う。枝は三十里を隔てて相離れ、その上に天鶏あり。日の初めて出でてこの木を照らす時、天鶏は即ち鳴く。天下の鶏は皆これに随いて鳴く」とある（云云）。日が暘谷より出でて桃の枝を照らす時、神鶏は旭日の光芒が初めて発するのを見て声を出す。天下の凡鶏はこれに随いて皆鳴く。鶏が鳴くのは丑の時である。丑の終わりには日光が初めて発するが、曈曨としてまだ明るく照らさない。寅の初めに至ってその光は甚だ清明となる。世間の人は暗いと知っていても、神鶏は告げて知らせる。これが晨朝である。徐鍇は「凡そ夜半の子の時以後を昼となす」と言う。『六壬樞機経』に「寅を旦とし、戌を暮となす」とある。世俗が寅の時を昼の証とするのはこれである（以上、本文）。

經音義云。阿毗曇毗婆沙論云。衣裓孤得切。相傳云。謂衣襟也未祥所出（文）霅川新疏云。舊云衣襟。真諦云。外国盛華器也（文）。飯食

> 経の音義に云う。阿毘曇毘婆沙論に云う。衣裓（孤得切）。相伝に云う。衣襟を謂うなりと。未だ出づる所を詳らかにせず（文）。霅川新疏に云う。旧は衣襟と云う。真諦に云う。外国の華を盛る器なり（文）。

千字文曰。薄多阿賀羅此云飯食（文）。廣韻云。周（小補韻會六一（十四）引）書云。黃帝始炊穀為飯。又作鉼針云形同。符萬切。大載禮云。食穀者。智慧而巧。古（小補韻會二十九二十三引）史考云。古者茹毛飯血。燧人鑽火。始裹肉而燔之曰炮。神農時。人方食穀。加米於燒石上。而食之。黃帝時。始有釜甑。火食之道成矣（文）經音義增一阿𭇥𦀇云飯食古文󰕖同扶萬切。黃帝始炊糓為飯飯食也（文）新譯華嚴音義云飯食。飯扶晚切。說文云飯食也。謂食飯也。葢喫之異名爾（文）。經行

> 千字文には、「薄多阿賀羅」とは飯食（食事）を意味するとあります。広韻によれば、周の書に「黄帝が初めて穀物を炊いて飯とした」と記されています。また、鉼針という字も同じ形で、符萬切と読みます。大戴礼には「穀物を食べる者は、智慧に富み巧みである」とあります。古史考には「昔は毛をむしり血をすすり、燧人が火を鑽り出してから肉を包んで焼き、これを炮と呼んだ。神農の時代、人々は穀物を食べ始め、焼いた石の上に米を載せて食べた。黄帝の時代に初めて釜や甑ができ、火を使って調理する方法が完成した」と記されています。経音義の増補版である阿𭇥𦀇には「飯食」とあり、古文では同じく扶萬切と読み、黄帝が初めて穀物を炊いて飯としたとあります。新訳華厳音義には「飯食」について、飯は扶晚切と読み、説文解字では「飯は食うこと」と説明され、飯を食べることを指し、食べるという行為の別名であると記されています。

寄𡚖傳經行小病章曰。五天之地。道俗多作經行。直去直來唯遵一路。隨時𮷧性。勿居閙處。一則癈痾。二能銷食。禺中日映即行時也。或可出寺引或於廊下徐行。若不為之身多病苦。遂令脚腫肚腫臂疼󵖃疼。但有痰𭼭不銷。并是端居所致。必能行此事。實可資身長道。故鷲山覺樹之下。鹿𫟍王城之內。及餘跡皆有世尊經行之基耳。闊可二肘長十四五肘。高二肘餘。壘甎作之。上乃石灰素作蓮花開勢。高可二寸。闊纔一尺有十四五。表聖足跡。兩頭基上安小制底。量與人齊。或可內設尊容。為釋迦立像。若其右達佛殿旋遊制底。別為生福不𣣔處敬經行及是銷散之儀。意在養身療病。舊云行道。或曰經行。則二事總包。無分涇渭。遂使調𮷧之事。久闕東川。經云觀樹經行。親在金剛座側。但見真迹。未覩圓基耳（文）。四分律云。徑行有五益堪遠行。能思惟。少病消食。得定。久住（文）。之鳥

> <note place="inline">『寄帰伝』の「経行小病章」に次のようにある。インドの地では、出家者も在家者も多く経行を行う。真っ直ぐに行き、真っ直ぐに戻る一つの道を専ら守り、時と自らの体調に合わせて、騒がしい場所を避ける。一つには病を癒し、二つには飲食を消化させるためである。午前九時から正午にかけての時間が行うのに適している。あるいは寺を出て、あるいは廊下をゆっくりと歩く。もしこれを行わなければ、身体に多くの病苦が生じ、ついには脚や腹が腫れ、腕や膝が痛むことになる。また、痰などの不調が消えず、すべては座り続けることによるものである。必ずこの行いを実践すれば、まさに身体を養い、道を長く歩む助けとなる。故に、霊鷲山や菩提樹の下、鹿野苑や王舎城の内、その他の聖跡には、すべて世尊が経行された基壇が残されている。幅は約二肘、長さは十四、五肘、高さは二肘余りで、煉瓦を積み上げて作られている。上には石や素焼きで蓮華が開いた形を造り、高さ約二寸、幅わずか一尺四、五寸で、聖なる足跡を表している。基壇の両端には小さな塔を安置し、その大きさは人の身長ほどである。あるいは内部に尊像、すなわち釈迦の立像を設けることもある。もし右回りに仏殿や塔を巡礼するならば、別に福を生じ、恭敬の心を起こす場所であるが、経行はまた、気を散らし養う儀式であり、その意は身体を養い病を癒すことにある。かつては「行道」とも言い、あるいは「経行」とも言ったが、この二つは総括的に包み込み、明確に区別はされなかった。そのため、心身を調えるこの行いは、長らく東国（中国）では欠けていた。経典には「樹を見つめながら経行する」とあり、釈尊が金剛座の傍らにおられたことを示している。ただ真の足跡を見るだけで、円満な基壇を目にすることはなかった（以上）。『四分律』には、径行には五つの利益があると説かれている。遠くまで行けるようになる。思惟することができる。病が少なくなり飲食が消化される。禅定が得られる。長く住することができる（以上）。</note>の鳥

千字文云。愽乞史󵘞。此云鳥（文）。廣韻云。說文云。鳥長尾禽總名也。都了反。倭名云。爾雅集註（註疏十六六石）云。二足而羽曰之禽（和名與鳥同土里）一說飛曰鳥（都了反）走曰獸。總謂之禽（訓與獸同）毛詩註云。鳥之雌雄不別者。以翼知之。右掩左雄（音熊和名乎土里）左掩右雌（和名米止利也）隂陽相下之義也（郭註爾雅十卷二十六帋同之）。白鵠

> 『千字文』に「愽乞史󵘞」とあり、これは「鳥」を意味します（文による）。『広韻』には、『説文解字』に「鳥は長い尾を持つ禽類の総称である」とあります。音は「都了反」です。『倭名類聚抄』では、『爾雅』の集註（註疏十六六石）に「二足で羽を持つものを禽という（和名は鳥と同じく「とり」）」とあり、一説には「飛ぶものを鳥（都了反）、走るものを獣といい、総じて禽と呼ぶ（訓読みは獣と同じ）」とあります。『毛詩』の註には、「鳥の雌雄が区別しにくいときは、翼で見分ける。右の翼が左を覆っているのが雄（音は「熊」、和名は「おとり」）、左の翼が右を覆っているのが雌（和名は「めとり」）であり、陰陽が互いに下るという道理である」とあります（郭璞の『爾雅』註十巻二十六紙も同じ）。

經音義云。涅槃經云白鶴。今作寉同。何各切。古今註云。白鶴千歲則變蒼。又千歲則變黑。所謂玄鶴是也。文有作鵠。胡哭切。案廣志云。鵠形似鶴色蒼黃也。霅川新疏云。白鵠舊云鸛水鳥也。夜半水泣。咸其生氣。則益喜而鳴。其聲高亮。聞八九里（文）。東宮切韻云。郭知玄云。鴻鵠似鶖色蒼。釋𫞕云。鳱鵠鳥似鵲。鵠一名射的。又似鳳白色。又似鶴蒼黃色。孫愐云。鵠鶴屬也。孫伷云。韓詩外傳云。鴻鵠一舉千里。楚辞云。黃鵠之一挙知山川之紆曲。再挙知天地之圎方。倭名云。野王按。鵠（胡篤反。漢語抄云古布。日本紀私記云久久比）大鳥也。孔雀

> 経音義に云う。涅槃経に白鶴と云う。今は鶴と同じく作る。何各切。古今註に云う。白鶴は千歳にして蒼に変じ、また千歳にして黒に変ず。いわゆる玄鶴これなり。文に鵠と作るものあり。胡哭切。案ずるに広志に云う。鵠は形鶴に似て色蒼黄なり。霅川新疏に云う。白鵠は旧に鸛と云う。水鳥なり。夜半に水泣し、その生気に咸じるときは、ますます喜んで鳴く。その声高く亮らかにして、八九里に聞こゆ（文）。東宮切韻に云う。郭知玄が云う。鴻鵠は鶖に似て色蒼なり。釋𫞕が云う。鳱鵠は鳥鵲に似る。鵠は一名射的という。また鳳に似て白色。また鶴に似て蒼黄色。孫愐が云う。鵠は鶴の属なり。孫伷が云う。韓詩外伝に云う。鴻鵠は一挙して千里。楚辞に云う。黄鵠の一挙は山川の紆曲を知り、再挙は天地の圎方を知る。倭名に云う。野王が按ずるに、鵠（胡篤反。漢語抄に古布と云う。日本紀私記に久久比と云う）は大鳥なり。孔雀

翻譯名義集云。摩由邏此云孔雀綷羽而翱翔（文）。霅川新疏云。孔雀生於西方。周書曰。成王之時有献此土。異物志曰。南方有孔雀。大如鷄。尾長於身。手拍則舞（文）文選（六臣註五十八右）吳都賦云。孔雀綷（祖會）羽而翱翔。劉曰。孔雀尾長六七尺。綠色有華彩。向曰。孔雀以五色羽翰（文）。倭名曰。孔雀兼名𫟍注云。孔雀（俗云宦尺）毛端圎一寸者。謂之珠毛。毛文如𦘕。此鳥或以音響相接。或見雄則有子矣。鸚䳇

> <note place="inline">『翻譯名義集』に云う。摩由邏（まゆら）は、これ孔雀と云う。綷（あつま）り羽を翺翔（こうしょう）す（文）。『霅川新疏』に云う。孔雀は西方に生ず。『周書』に曰う。成王の時に此れを献ずる者有り。『異物志』に曰う。南方に孔雀有り。大さ鶏の如し。尾は身より長し。手を拍てば則ち舞う（文）。『文選』（六臣註五十八右）の「呉都賦」に云う。孔雀、綷（祖會）羽して翺翔す。劉曰う。孔雀の尾は長さ六七尺。緑色にして華彩有り。向曰う。孔雀は五色の羽翰を以てす（文）。『倭名類聚抄』に云う。孔雀、『兼名𫟍』の注に云う。孔雀（俗に宦尺（くじゃく）と云う）の毛の端、円く一寸なる者を、珠毛と謂う。毛の文は画の如し。此の鳥は或いは音響を以て相接ぎ、或いは雄を見れば則ち子有り。</note>鸚䳇（おうむ）

翻譯名義集云。臊陀或叔迦婆嘻。此云鸚䳇。說文云能言鳥也（文）。霅川新疏云。鵡字作䳇。山海經云。黃山及數歷之山有鳥焉。其狀如鶚（五各）青羽赤喙。人舌能言。名曰鸚鵡。郭璞曰。鸚鵡舌似小兒舌。有五色者。亦有純白（文）。東宮切韻云。郭知玄曰。鸚鵡能言。有三色異。釋𫞕云。鸚鵡丹紫翠毛羽。出隴西。麻果云。鸚鵡有三種。青一種。白一種。五色一種。交州已南諸国悉有之。白及色者其性尤慧解。隋開皇十八𥝝。林邑國有献白色者。時以為異。是嵗貢士試賦。孫愐云。鸚鵡人禽。今案禮記（集註一曲礼上篇）云鸚鵡能言。不離飛鳥。𰗼𰗼能言。不離禽獸。今人而無禮。𨿽能言不亦禽獸之心乎是也（文）倭名曰鸚鵡。山海𦀇云。青羽赤喙能言名曰鸚䳇（攖母二音）郭璞注云今之鸚鵡（音武）脚指前後。各兩者也（文）。舎利

翻訳名義集云。舎利此云春鸎。黃鸝也。詩曰。出自幽谷遷于喬木。又翻鶖鷺。鶖七由切。玉篇云。水鳥也。詩曰。有鶖在梁。鷺（來故）爾雅註云。白鷺也。頭趐背二有長翰毛（文）霅川新䟽云。舎利翻鶖鷺。又云鸚鵒。亦曰春鸚（文）。迦陵頻伽

> 『翻訳名義集』には、「舎利」は春鸎、つまり黄鸝（コウライウグイス）のことだとあります。『詩経』には「幽谷より出でて喬木に遷る」とあります。また、鶖鷺とも訳されます。鶖（しゅう）は水鳥のことで、『詩経』には「鶖有り梁に在り」とあります。鷺（ろ）は白鷺のことです。頭や背中に長い羽毛があります。『霅川新疏』には、「舎利」は鶖鷺とも訳され、また鸚鵒（オウム）とも言い、春鸚とも呼ばれるとあります。

翻譯名義集云。迦陵頻伽此云妙聲鳥。大論云。如迦羅頻伽鳥。在殻（口角）中未出。発聲微妙勝於餘鳥。正法念經云。山名曠野。其中多有迦陵頻伽。出妙音聲。如是美音若天󷨽人緊那羅等無能及者。唯除如來音聲（文）。經音義云大集經云。迦陵頻伽。經中或作歌羅頻伽。或云加蘭迦。或言羯羅頻迦。或言毗伽皆梵音訛轉也。迦陵（者）好。毗伽者聲。名好聲鳥也（文）。新譯󷙳嚴音義云。迦陵頻伽鳥。此云美音鳥。或曰妙聲鳥。此鳥本出雪山。在殼中。即能鳴。其音和雅。聴者無猒（文）。其命

> 『翻訳名義集』によると、迦陵頻伽は妙声鳥と訳される。『大論』には、迦羅頻伽鳥が殻の中にいるときから、その声は他の鳥よりも優れて微妙であるとある。『正法念経』には、山の名を曠野といい、そこには多くの迦陵頻伽がいて、妙なる音声を発する。その美しい声は、天や人、緊那羅なども及ばず、ただ如来の音声だけが勝ると記されている。『経音義』によれば、『大集経』では迦陵頻伽を、経典によっては歌羅頻伽、加蘭迦、羯羅頻迦、毗伽などと記すが、これらはすべて梵音の訛りである。迦陵は「良い」、毗伽は「声」を意味し、良い声の鳥という名である。『新訳華厳音義』には、迦陵頻伽鳥は美音鳥、あるいは妙声鳥と訳され、この鳥は元々雪山に生息し、殻の中にいるときから鳴くことができ、その音は和やかで雅やかであり、聞く者は飽きることがないとある。

翻譯名義集云。耆婆󷫺婆迦此翻生。勝天王云生生或翻命。法花云命命（經音義云。大集經云。命命。梵言。耆婆。耆婆鳥此言命命鳥是也）雜寶藏𦀇云雪山有鳥名為其命一身二頭識神各異同其報命故命命（文）。和雅音

> 『翻訳名義集』によると、耆婆耆婆迦は「生」と訳す。『勝天王経』では「生生」または「命」と訳す。『法華経』では「命命」とある（『経音義』によれば、『大集経』に「命命」とあり、梵語で耆婆耆婆鳥、すなわち命命鳥のことである）。『雑宝蔵経』には、雪山に命命という名の鳥がおり、一つの体に二つの頭があり、識神はそれぞれ異なるが、同じ報命を共有しているため、命命と呼ばれるとある。

廣韻云和聲相應也。胡臤切。又音禾。雅正也。五十切（文）案和者諸和音󷫏。克調不違樂音故。雅者𡢃雅韻響正雅。專順佛法故。演暢

> 『広韻』には「和とは声が相応ずることなり」とある。胡臤の切韻。また「禾」とも読む。「雅」とは正しいことなり。五十切（文）によれば、和とは諸々の音が調和し、楽の音に背かず整うことをいう。雅とは優雅な韻律が響き、正しく雅やかで、ひたすら仏法に順うことをいう。

經音義云。法花𦀇云。演暢。勅亮切。廣雅暢達明也（文）。變化

> 経音義に云う。法華経には「演暢」とある。勅亮の切。広雅には「暢達明なり」とある（文）。変化

廣韻云。化也。通也。易也。彼卷切。鄭玄曰。化猶生（文）經音義云。說文云。化變也。謂變化無常也。文選鵩鳥賦（六臣註十）曰。萬物變化。翰曰。万物變化。遷轉反䨱無定。銑曰。變化。反䨱無始無終（文）。東宮切韻曰。周易堅柔相推而生變化。變化者進退之象也。韻圃絕形為化。王逸曰。化變也。微風

> 『広韻』には、「化す、通ずる、易（か）わる」とあります。彼巻切。鄭玄は、「化とは、生ずるがごときものなり」と述べています。『経音義』には、「『説文』に云う、化とは変ずることなり。すなわち変化して常ならざるをいう」とあります。『文選』の「鵩鳥賦」（六臣注十）には、「万物変化す」とあり、翰は「万物は変化し、遷り転じ、反覆して定まりなし」と注し、銑は「変化とは、反覆して始めも終わりもなし」と注しています。『東宮切韻』には、「『周易』に、堅柔相推して変化を生ず。変化とは、進退の象なり」とあります。『韻圃』には、「形を絶つを化と為す」とあり、王逸は「化とは変ずることなり」と述べています。 微風

廣韻曰。微妙也。細也。風教也。聲也。河圖曰。風者天地之便。元命包曰。隂陽怒而為風也。毛詩傳云。清微之風。化養萬物者也。自然

文選（六臣註五十四）辨命論曰。夫道生萬物。則謂之道。生而無主謂之自然（文）王弼曰。自然者無󰅻。之言。窮極之辞（文）郭象註莊子曰。天地者萬物之緫名也。天地以萬物為躰。而萬物以自然為正。自然者不為而自然者也。尚書曰。水曰潤下。火曰炎上。孔曰。言其自然之常性也（文）案自然者。非凡聖鬼神作。唯是法爾道理謂也。障礙

> <note place="inline">『文選（六臣註五十四）』の「辨命論」に曰く、「夫れ道は萬物を生ず。則ちこれを道と謂ふ。生じて主無きを自然と謂ふ（文）」とある。王弼は曰く、「自然とは、無（な）きを言ふ。窮極の辞なり（文）」と。郭象が『莊子』に註して曰く、「天地とは萬物の緫名なり。天地は萬物を以て躰と為し、而して萬物は自然を以て正と為す。自然とは、為さずして然るものなり」と。『尚書』に曰く、「水は潤下と曰ひ、火は炎上と曰ふ」と。孔（安國）は曰く、「其の自然の常性を言ふなり（文）」と。案ずるに、自然とは、凡聖や鬼神の作せるものに非ず、唯だ法爾の道理を謂ふなり。</note>障礙

玉篇曰。障隔也。亦作㢓。之尚之羊二切（文）𦀇音義云（華嚴音義）礙字文硋同。五代切。說文礙止也。又作閡。郭璞以為古文礙字說文閡外閇也（文）。壽命

梵語勘文云。阿庚灑此云壽命（文）𦀇音義云。涅槃𦀇云。壽命視󷬈切。案壽亦即命也。壽取一期之名。命取人之生分。但異名耳。說文壽久也。釋名云。生已久遠氣終盡也。又音視溜切。上壽也。溜音力救切（文）。人民

> 梵語の勘文には「阿庚灑」とあり、これは「寿命」と訳す（文）。𦀇の音義には「涅槃𦀇は云う、寿命は視󷬈切なり」とある。案ずるに、寿もまた命なり。寿は一期の名を取り、命は人の生分を取る。ただ異名なるのみ。説文には「寿は久しきなり」と。釈名には「生くること久遠にして気終に尽きるなり」と。また音は視溜切。上寿なり。溜の音は力救切（文）。

玉篇曰。人象辟脛之形。萬物之靈也。而真切（文）東宮切韻曰。郭知玄曰。民王者之百姓。釋𫞕云。民氓也。薛峋云。民無知穪。祝尚丘云。民亦󳸓也。孫愐云。案天子曰兆民。諸侯曰萬民。賈逵曰。四民士農工商也。礼記曰孔子曰。古者長民。朝廷敬老。鄭玄曰。長民天子諸侯也。毛詩蒸民鄭氏註禮記曰。黔𩠐民也（文）。倭名曰。日本紀云。人民（和名。比止久佐）一云（於保無太加良）。眾生

> 『玉篇』によれば、「人」は脛の形に似ており、万物の霊長である。音は「而真切」である。 『東宮切韻』によれば、郭知玄は「民は王者の百姓である」と述べている。釈釈釈は「民は氓（庶民）である」とし、薛峋は「民は無知を指す」としている。祝尚丘は「民もまた民である」とし、孫愐は「天子は兆民、諸侯は万民と呼ぶ」と記している。賈逵は「四民とは士・農・工・商である」と述べている。 『礼記』によれば、孔子は「昔は長民（君主）が朝廷で老人を敬った」と言い、鄭玄は「長民とは天子や諸侯のことである」と注釈している。 『毛詩』の「蒸民」に対する鄭氏の注釈では、『礼記』を引用して「黔首（黒い頭）は民のことである」としている。 『倭名類聚抄』によれば、『日本書紀』では「人民」を「ひとくさ（比止久佐）」と呼び、また「おおむたから（於保無太加良）」とも言うとされている。 衆生

經音義云。華嚴經云禪頭是戰切。梵言。或云禪豆禪兜。或言繕都。此譯云眾生也（文）。又云對法論云。有情梵言薩埵。薩此云有。埵此言情。故云有情言眾生者。案梵本僕呼膳那此云眾生。語名別也。故從本譯（文）同性経佛言。眾生者眾緣和合名曰眾生。所謂地水火風空識名色六入因緣生。楞伽王言。世尊彼眾生者。以何為本。依何而住。以何為因。佛言。眾生者無明為本。依愛而住。以業為因。楞伽王言。世尊業有三種。何等為三。謂身口意業法花文句曰。眾生者。中阿𭇥十二云。刧初光音天下生世間。無男女尊𢌿。眾共生世故言眾生。此㨿最初也。若𭣄眾隂。而有假名眾生。此㨿一期受報也。若言處處受生故名眾生者。此㨿業力五道流轉也。正法念経云。十種眾生。諸長短方円三角青黃赤白紫（文）禮記曰。眾生必死必𡚖土。此謂之鬼。骨肉弊于下隂為野土也。阿󳺎跋致

> 経音義には、『華厳経』に「禅頭」とあり、これは「戦」の切れ目であると記されています。梵語では、禅豆、禅兜、あるいは繕都とも言い、これは「衆生」と訳されます（文）。また、『対法論』には、「有情」は梵語でサットヴァと言い、「サ」は「有」、「トヴァ」は「情」を意味するため、「有情」と訳すとあります。「衆生」という語は、梵本のプフシャンナに由来し、これは「衆生」を意味しますが、語の名称が異なるため、原典に従って訳されています（文）。 『同性経』では、仏が言われました。「衆生とは、多くの縁が和合して生じたものをいう。すなわち、地・水・火・風・空・識・名色・六入・因縁によって生じるものである。」楞伽王が尋ねました。「世尊、その衆生は何を根本とし、何によって住み、何を因とするのでしょうか。」仏は答えられました。「衆生は無明を根本とし、愛によって住み、業を因とする。」楞伽王がさらに尋ねました。「世尊、業には三種類ありますが、それはどのようなものでしょうか。」仏は言われました。「身業・口業・意業である。」 『法華文句』には、『中阿含十二』に基づき、「劫初、光音天より下生して世間に至り、男女や尊卑の区別なく、衆々共に世を生きる故に衆生という。これは最初の状態に基づく説明である。もし、多くの陰（要素）が集まって仮に衆生と名づけられるというなら、これは一期の受報に基づく説明である。もし、処々に生を受ける故に衆生というなら、これは業力によって五道を流転することを指す」とあります。 『正法念経』には、「十種の衆生」として、長短・方円・三角・青・黄・赤・白・紫などが挙げられています（文）。 『礼記』には、「衆生は必ず死に、必ず土に帰る。これを鬼という。骨肉は下に朽ち、陰は野土となる」と記されています。

經音義云。法花經云。阿󳺎跋。頻脂切。譯言不退住也。此與聲字同。諸經有作阿毗跋致。或作阿惟越致。皆梵音訛轉也（文）翻釋名義集云。阿󳺎跋致亦名阿惟越致。此云不退轉。不退有三義。入空位不退。入假行不退。入中念不退。如樂云。般若是位。離二死故。解脫是行。諸行具故。法身是念。證實境故。智論云。無生忍法即是阿󳺎跋致地（文）。一生補處

> <note place="inline">『経音義』には、『法華経』に「阿󳺎跋（アビバ）」とあり、これは「不退住（ふたいじゅう）」と訳すと記されています。これは「阿惟越致（アビラクティ）」と同じ意味で、諸経典には「阿毗跋致（アビバクティ）」や「阿惟越致（アビラクティ）」とも表記されますが、いずれもサンスクリット語の音訳の違いによるものです（以上、引用文）。『翻訳名義集』には、阿󳺎跋致は阿惟越致とも呼ばれ、「不退転（ふたいてん）」と訳すとあります。不退には三つの意味があります。空の理を悟って位が退かない「位不退（いふたい）」、仮の世界で修行が退かない「行不退（ぎょうふたい）」、中道の実相を念じて忘れない「念不退（ねんふたい）」です。例えば『摩訶止観』には、般若は位不退（生死を離れる）、解脱は行不退（あらゆる修行を具える）、法身は念不退（真実の境を証する）と説かれています。『大智度論』には、無生法忍を得ることがすなわち阿󳺎跋致の境地であるとあります（以上、引用文）。</note>一生補処

経音義云。菩薩瓔珞經云。阿惟顏。案菩薩十住經云。第十阿惟顏住。謂一生補處者也（文）。靈芝義䟽（會本聞持記中三十一）云。一生補處。即等覚菩薩。如觀音勢至等（文）。智度論云（經云）一切菩薩皆是補處。紹尊位者。問曰。若彌勒菩薩。應穪補處。諸餘菩薩何故復言紹尊位者。󷨽曰。是諸菩薩。於十方佛土。皆補佛處。阿僧祇

> <note place="inline">経音義に云う。菩薩瓔珞経に云う、阿惟顔。案ずるに菩薩十住経に云う、第十阿惟顔住。一生補処の者を謂うなり（文）。霊芝義疏（会本聞持記中三十一）に云う、一生補処、即ち等覚菩薩なり。観音・勢至等の如し（文）。智度論に云う（経に云う）、一切の菩薩は皆是れ補処なり。尊位を紹ぐ者なり。問うて曰く、若し弥勒菩薩は、応に補処と称すべし。諸の余の菩薩は何故に復た尊位を紹ぐ者と云うや。答えて曰く、是の諸の菩薩は、十方の仏土に於いて、皆仏処を補うなり。</note>阿僧祇

經音義云。法花經云。無央。於良切（已下二十四左顯揚聖教論音義）梵言阿僧企耶。丘豉切。此云無央數。舊言阿僧󷨩。訛略也（文）。劫

> 『経音義』に云う。法華経に云う「無央」。於良切（以下二十四左、『顕揚聖教論』の音義を参照）。梵語では阿僧企耶（アサンキヤ）と云い、丘豉切。これは「無央数」と訳される。旧訳では阿僧祇（アソウギ）と云うが、これは訛りであり略されたものである（文）。

新譯花嚴音義（一四）云。劫梵言也。具正云羯臘波。此翻為長時也（文）翻譯名義集云。󵘻陀刧簸劫簸。大論秦言分別時節。󵘻陀者秦言善。有千萬劫過去。空無有佛。是一劫中有千佛興諸淨居天歓喜故。名為善劫。此一劫內有四中劫。成住壞空。輔行云此云時。俱舎等論。多以二十增减為一中刧。八十增减為一大劫。金光明云。梵天三銖天衣。三年一拂。拂盡畟方四十里石。以為小劫。八十里盡以為中劫。百二十里盡名為大劫。不於如此劫數修学。不名菩薩。又云。有一里刧。二里劫。乃至萬里劫。又云。有大方城。周四十里。滿中芥子不槩令平。百年取一盡。名為劫。經劫無數。名阿僧󷨩。委出刧義（文）。男子

> <note place="inline">『新訳華厳音義（一四）』に云う。劫は梵語なり。正しく具足して云うと羯臘波。これは長時と翻訳す（文）。『翻訳名義集』に云う。劫陀劫簸、劫簸。『大論』には秦の言葉で時節を分別すと訳す。劫陀は秦の言葉で善なり。千万の劫が過ぎ去り、空しく仏無き有り。是れ一劫の中に千仏が興り、諸の浄居天歓喜する故に、善劫と名づく。此の一劫の内に四の中劫有り。成・住・壊・空なり。『輔行』に云う、此れ時と云う。『倶舎』等の論には、多くは二十の増減を以て一の中劫と為し、八十の増減を以て一の大劫と為す。『金光明経』に云う。梵天の三銖の天衣を、三年に一たび払う。払い尽くして畟方四十里の石と為すを、小劫と為す。八十里尽きるを以て中劫と為し、百二十里尽きるを名づけて大劫と為す。此の如き劫数の如く修学せざれば、菩薩と名づけず。又云う。一里の劫有り、二里の劫有り、乃至万里の劫有り。又云う。大方城有り。周囲四十里、芥子を満たして平らかに槩さず。百年に一つを取りて尽くすを、劫と名づく。劫は数えず、名づけて阿僧祇と為す。委しくは劫義に出づ（文）。</note>男子

千字文曰。補嚕灑此云男（文）。梵語勘文云。金剛經云。補嚕󱍮󶧠。此云丈夫。說文曰。男丈夫也。从田从力。言男用力於田也𥝝覃切。周易曰。有天地然後有萬物。有萬物然後有男女。有男女然後有夫婦。有夫婦然後有父子。有父子。然後有君臣。有君臣然後有上下。有上下然後有禮儀。有所錯（文）。又曰。乾道成男（王曰乾陽物也）坤道成女（王曰。坤隂物也。謝曰。此原反化之所至）倭名曰。說文云。男（和名乎乃古文）丈夫也公羊傳云丈夫一云萬𰱒集云（万須良乎）。大人之穪也（文）。女人

> 『千字文』に曰く、「補嚕灑」、これを「男」と云う（文）。梵語勘文に云う、『金剛経』に「補嚕󱍮󶧠」とあり、これを「丈夫」と云う。『説文』に曰く、「男は丈夫なり。田と力に従う。男は田に力を用うるを言うなり」と（𥝝覃切）。『周易』に曰く、「天地有りて然る後に万物有り。万物有りて然る後に男女有り。男女有りて然る後に夫婦有り。夫婦有りて然る後に父子有り。父子有りて然る後に君臣有り。君臣有りて然る後に上下有り。上下有りて然る後に礼儀有り。錯うる所あり」（文）。また曰く、「乾道は男を成し（王曰く、乾は陽の物なり）、坤道は女を成す（王曰く、坤は陰の物なり。謝曰く、これ反化の至る所を原う）」と。倭名に曰く、『説文』に云う、「男（和名を乎乃とす、古文）は丈夫なり」と。『公羊伝』に云う、「丈夫」、一に云う「萬𰱒集」に云う（万須良乎）。大人の称なり（文）。

千字文曰悉恒哩此云女（文）。梵語勘文云。金剛經悉怛哩婆。此云女人（文）。東宮切韻曰。釋氏云。女在父母家之穪。婦在夫婿家之穪。孫愐云。大戴禮云。女者如也。言如男子之教也。倭名云婦人。日本紀云。手弱女人（和名太手夜米）上同（文）。名號

> <note place="inline">『千字文』には「悉恒哩」とあり、これは「女」と訳す（文）。梵語の勘文によれば、『金剛経』の「悉怛哩婆」は、ここでは「女人」と訳す（文）。『東宮切韻』には、釈氏が云うには、「女」とは父母の家にいる時の呼称であり、「婦」とは夫の家にいる時の呼称であるとある。孫愐は云う、『大戴礼』には「女とは如なり」とあり、男子の教えに従うことを言うとある。倭名では「婦人」と言い、『日本紀』には「手弱女人（和名：太手夜米）」とあり、同じである（文）。</note>名号

俱舎光記云。梵云那（去聲）摩。唐言名。是隨義。𡚖義。赴義。名義。謂隨音聲𡚖赴於境。呼召色等（文）經音義云。名彌成切。名幖幟也亦所以召質也自命也。左傳曰名以制義。廣雅名成也（文）。廣韻云。名字。春秋說題曰。名成也。大也。巧也。號也。說文曰。自命也。从口从夕。夕者󳸓也。󳸓不相見。故以口自名武并切。号令也。召也。呼也。亦作號同。胡倒切（文）東宮切韻曰。郭知玄曰。名所以召質也。釋𫞕曰。名号也。武玄之曰。名朋也。以明其質也。従夕从口。闇不相見。須口以自名也。薛峋云。人及万物各須有以名。其質明顯。而分別也。又有異徳顯亦別謂之名。山丘眾物有奇異亦皆謂之名也。号󲣿令。又召也。麻果曰。号者切之狀也。名号也（文）。今案名号異躰同訓。平他之差別也。顛倒

> <note place="inline">俱舎光記には次のように説かれている。サンスクリット語で「ナーマ」（去声）という。漢訳では「名」と訳す。これは「随」の義、「𡚖（帰）」の義、「赴（赴く）」の義、「名（名づける）」の義である。すなわち、音声に随って対象（境）に𡚖赴し、色などの事物を呼び召すものである（文）。経音義には次のようにある。「名」は弥成切と読む。「名」は標識（目印）であり、また、それによって本質を召し出すものである。自ら命ずるものでもある。左伝には「名は以て義を制す」とある。広雅には「名は成なり」とある（文）。広韻には次のようにある。「名」という字について。春秋説題には「名は成なり。大なり。巧なり。号なり」とある。説文解字には「自ら命ずるなり。口と夕とに従う。夕は𡚖（暮れ）なり。𡚖（暗く）て互いに見えないので、口をもって自ら名乗る」とある。武并切と読み、号令の義、召す義、呼ぶ義である。「号」と同じ字としても用いる。胡倒切と読む（文）。東宮切韻には次のようにある。郭知玄は「名は、それによって本質を召し出すものである」と言い、釋𫞕は「名は号なり」と言う。武玄之は「名は朋（とも）なり。それによってその本質を明らかにするものである。夕と口とに従う。闇（暗く）て互いに見えないので、口をもって自ら名乗る必要がある」と言う。薛峋は「人および万物は、それぞれその本質を明らかにし、区別するために名を持つ必要がある。また、異なる徳が顕現して区別されることも名という。山や丘など多くの物に奇異な点があれば、それも皆名という」と言う。号は令（命令）であり、また召すことである。麻果は「号とは、切った（区切った）形状である。名号である」と言う（文）。今、考えるに、「名」と「号」は異なる字体であるが同じ訓（意味）を持つ。平声と他声（声調）の違いである。</note>顛倒

輔行云言顛倒者顛即頂也。頂墜於下。故名顛倒。廣雅云。顛倒也。論語註曰。顛沛僵仆也（文）。阿閦

> 輔行には、言の顛倒とは、顛は頂（いただき）を意味し、頂が下に落ちることを指すとあります。そのため、これを顛倒と呼ぶのです。広雅にも、顛倒とあります。論語の注釈には、顛沛とは倒れ伏すことだと記されています（文）。阿閦

經音義云。明度無極。經云阿閦。案閦文字所無相承。叉六切。餘經作無怒。亦云無動。或云無怒覚。皆義譯其名（文）翻譯名義集云。阿閦（註經九（三十一））淨名經云。有國名妙喜。佛號無動䟽（略䟽十八帋右）曰阿之言無。閦之言動（文）。恆河沙數

> <note place="inline">経典の音義には、「明度無極」とある。経典には「阿閦」とある。調べてみると、閦という字は通常の文字にはなく、相伝では叉六と切る。他の経典では「無怒」とも書き、「無動」とも言い、あるいは「無怒覚」とも言う。いずれもその名を意味から訳したものである（文）。『翻訳名義集』には、「阿閦（註経九（三十一））」とある。『浄名経』には、「妙喜という国があり、仏の号は無動である」とある。疏（略疏十八丁右）には、「阿は無の意味、閦は動の意味である」とある（文）。</note>ガンジス川の砂の数ほど

經音義云（唐訳）俱舎論云殑伽河。其昇切。諸經論中或作恒河。或言恒伽河。亦云恒迦河或作強伽河。皆訛也。此河従無𤍠惱池東靣象口而出。流入東海。舊譯云天堂來。以彼外書云。本入摩醯首羅天頂。從耳中出。流在地上。以此天化來也（已下二十四十（四帋）右對法論（音義））其沙至細。與水同流。以手掬水。滿手中急把於沙還隨水出。經中多此喻也（文）。慈㤙法花玄贊曰。梵云殑伽。訛略云恒河。神之名。河從彼穪。殑音其矜反。去聲也。經中說恒河沙為喻。無𤍠惱池出四大河此即一也。一由沙多。二由𠀍人共為福水。入洗罪㓕沒󷫖生天。三雖經劫壞。名字常定。四佛多近此宣說妙法。五眾人共委故多為喻。仍取初出池口方四十里沙。以為喻（文）西域記曰。瞻部洲之中地者。阿那婆答多池（唐言無𤍠惱。旧曰阿耨達池。訛）在香山之南。大雪山之北。周八百里矣。金銀瑠璃頗胝飾其岸焉。金沙彌漫。清波㬵鏡。大地菩薩。以願力故。化為龍王。於中潛宅。出清冷水。給瞻部洲。是以池東面。銀牛口流出殑（巨升切）伽河（旧曰恒河又曰恒伽訛也）繞池一帀入東靣海池南靣金象口流出信度河（旧曰辛頭河訛）繞池一帀入西南海池西靣琉璃馬口流出縛芻河（旧曰愽叉河。訛）繞池一帀。入西北海。池北靣頗胝。師子口流出徙多河（旧曰私陀河訛）繞池一帀入東北海。或曰。潛流地下出穪石山。即徒多河之流。為中国河源（文私案。頌疏（冠註曰一二十一右）無𤍠惱池縦廣正等五十踰繕那量。八功徳水盈滿其中。非得通人。無由能至　文）。釋迦牟尼

新譯花嚴音義曰。釈迦此云能仁。牟尼寂默也。言其三業離於諠雜也（文）翻譯名義集云。釋迦牟尼。󴌷󷙳云。此云能仁寂默。寂默故不住生死。能仁故不住涅槃。悲智兼運立此嘉穪。發軫云。本起經翻釈迦為能仁。本行經（未得文更撿）譯牟尼為寂默。能仁是姓。寂默是字。姓從慈悲利物。字取智慧冝理。以利物故不住涅槃。以理故不住生死。長水（金剛刊定記一三十）云。寂者現相。無相。默者示說。無說。此則即真之應也。能仁是姓者。長阿𭇥云。昔有輪王。姓甘蔗𫞕。聽次妃之讚。𢷤四太子。至雪山之北。自立城居。以德𡚖人。不數年間。欝為強国。父王悔憶。遣使徃召四子。辞過不還。父王三歎。我子釋迦。因此命氏。又（長阿𭇥十三）云。住直樹林。又號釈迦。既於林立国。即以林為姓。此以釈迦翻為直林。寂默是字者。本行經（未得文更撿）云。又諸釋種。立姓憍慢多言。及見太子悉皆默然。王云。宜字牟尼。穪讚淨土經。名釋迦寂靜。又釋迦牟尼翻度沃焦。如舊華嚴四名字品及十住婆沙所列。大海有石。其名曰沃焦。萬流沃之至石皆竭。所以大海水不增長。眾生流轉猶如焦石。五𣣔沃之。而無猒足。唯佛能度。故此為名。釋迦牟尼。属應身也。摩訶衍云。所言應者。隨順根機。而不相違。隨時隨處隨趣出現非安樂相。故名為應。而此應身。周帀千華上復現千釋迦。一華百億國。一國一釋迦故。召釋迦牟尼。名千百億化身。唯識論云。三變化身。謂諸如來由成事智變現無量隨𩔗化身。居淨穢土。為未證智菩薩眾二乘異生。穪彼機宜現通說法。若就應身開出變化。則成四身。以現同始終名應。無而欻有名化。然此三身之法。或執即義名失三身。或執離義相乖一體。今約三義。通而辨之。一者體用。智與體󳸓能起大用。自報上󳸓法性體。名真身。化報下赴機緣用。名應身。故光明云。佛真法身猶如虚空。應物現形如水中月。而観世音普門示現令無涯人獲乎冥顯兩種利益者。由此二身也。二者權實。權名權暫實謂實錄。以󲣿權故。従勝起劣。三佛離明以顯實。故従劣起勝。󷨩是一身。故曰吾今此身即是法身。又云。㣲妙淨法身具相三十二。是知順機則權設三身。就應乃實唯一佛也。三者事理観経（天台）䟽（會本妙宗鈔）曰佛本無身無壽。亦無於量。隨順世間而論三身。是則仰観至理。本實無形。俯隨物機。迹埀化事猶明鏡也。像體本虚。若水月焉。影元非實。苟於迹事而起封執。則同癡猴墮井而死。学出世法。宜誡之哉（文）。不退轉經云。阿難當知。若有眾生。已聞今聞當聞釋迦牟尼佛名者。是諸眾生皆於阿耨多羅三藐三菩提不退轉。所以者何。諸佛菩薩無虚𡚶故。亦有貪𣣔及以瞋恚故。阿難何况今日。現於我前能以一花散我上者。若有眾生。我泥洹後。形像舎利能持一花。以供養者。如是眾生亦於阿耨多羅三藐三菩提不退轉。阿難白佛曰。若有畜生。聞釋迦牟尼佛名者。皆於阿耨多羅三藐三菩提不退轉耶。佛告阿難。若有畜生。聞釈迦牟尼佛名者。是諸畜生皆種阿耨多羅三藐三菩提種子因緣。所以者何。諸佛如來。其有聞者必不虚。是故諸佛如來言無有二（文）央掘経云。一聞釋迦牟尼佛名。雖未発心。已是菩薩（文）噫遇者聞者。可仰可信。善男善女。勿癡。勿𡚶。伏惟釋尊㤙德。甚深。難思。筭數叵覃。恒沙非喻。而今纔標山海塵滴之功德。為得空地廣大之善根耳焉（文）。希有

> 稀有

廣韻曰。爾雅曰。希罕也。香衣切（文）老子経註曰。希劣也。娑婆

> 広韻によれば、爾雅にいう。希とはまれであることである。香衣切（文）。老子経の註にいう。希とは劣ることである。

新譯󷙳嚴音義云。娑婆此云堪忍也。謂具足眾𢙣境。對堪行忍也（文）翻譯名義集云。西域記云。索訶世畍（舊曰娑婆世界又曰娑訶世界皆訛）三千大千國土為一佛之化攝也。楞伽（三訳未得文㪅撿）翻能忍。悲花（五十一）云何名娑婆。是諸眾生。忍受三毒及諸煩惱。能忍斯𢙣。故名忍土。如来獨證自誓三昧經（一卷𦀇見文）云沙訶。漢云忍土。真諦三藏云。刧初梵王名忍。梵王是世畍主故。名忍土。一云雜會世畍。長水云。大千界之都名。感通傳云。娑婆則大千總号。孤山云。挙其通名。非指大千也（文）。佛說此經已舎利弗及諸比丘一切世間

> <note place="inline">新訳華厳音義によれば、娑婆とは「堪忍」と訳されます。これは、あらゆる悪しき境遇に満ちた世界であり、それに対して耐え忍ぶ行いができるという意味です（文）。翻訳名義集によれば、西域記には「索訶世界（旧訳では娑婆世界、また娑訶世界ともいうが、いずれも誤り）」とあり、三千大千国土は一仏の教化の範囲であるとされています。楞伽経（三訳の文は未確認、さらに調査が必要）では「能忍」と訳されています。悲華経（第五十一）には「なぜ娑婆というのか。それは諸々の衆生が三毒と諸々の煩悩を耐え忍び、このような悪を忍ぶことができるからであり、忍土と呼ばれる所以である」とあります。如来独証自誓三昧経（一卷、経文を参照）には「沙訶」とあり、漢訳では「忍土」と訳されています。真諦三蔵は、「劫初の梵王の名が忍であり、梵王は世界の主であるため、忍土と呼ばれる」と述べています。一説には「雑会世界」とも呼ばれます。長水は「大千世界の総称である」とし、感通伝には「娑婆は大千世界の総号である」とあります。孤山は「その通称を挙げたものであり、大千世界を指すものではない」と述べています（文）。</note>仏がこの経を説き終えられると、舎利弗および諸々の比丘、一切の世間の

經音義云。明度無極經云。秋露子。梵言舎利弗。舊文言舎利子。或言奢利富多囉。此譯云鴝𮬶子。從母為名。母眼似鴝鵒。或如秋露鳥眼。因以名焉。舊云身子者謬也。身者舎棃。與此奢利聲有長短故有斯誤。或言優波提舎者。従父名也（文）智度論云問曰。何以名舎利弗。為是父母所作字。為是依行功德立名。󷨽曰。是父母所作名字。於𨵻浮提中第一安樂有摩伽陀國是中有大城。名王舎。王名頻婆娑羅。有婆羅門論議師。名摩陀羅。王以其人善能論故賜封一邑。去城不遠。是摩陀羅遂有居家婦。生一女。眼似舎利鳥眼。即名此女為舎利。次生一男。膝骨󱍮大。名𤘽絺羅。𤘽絺羅秦言大膝也（乃）至是時南天笁有一婆羅門大論議師。字提舎。於十八種大經皆悉通利。是人入王舎城。以鐵鍱鍱腹。人問其故。便言。我所学経書甚多。恐腹破裂。是故鍱之乃至是時摩陀羅語提舎言。汝是聦明人。我以女妻汝。乃至提舎納其女為婦。其婦懷妊夢見一人身披甲冑。手執金剛。摧破諸山而在大山邊立。覚已。白其夫言。我夢如是。提舎言。汝當生男。摧伏一切諸論議師。其弟拘絺罗與姊談論。每屈不如。知。姊所懷子必大智慧。未生如是。何况出生。即捨家學問。至南天笁不暇（剪）爪。讀十八種經書。皆令通利。是故時人名為長爪梵志。姉子既生七日之後。裹以白㲲以示其父。父思惟。我名提舎。遂我名字為優波提舎（優波秦言遂提舎星名）是為父母作字。眾人以其舎利所生。皆共名之為舎利弗。弗（者秦言子也。復）次舎利弗。世世本願。於釋迦牟尼佛所。作智慧弟一之弟子。字舎利弗。是為本願因緣名字矣（委細如論）增一曰。我佛法中。智慧無窮。󷪘了諸疑者。舎利弗第一乃至及𥝝十六。窮𥁞𨵻浮提典籍。無事不聞。󵗠古覧今。演暢幽奥。十六大國論義無雙。五天笁地最為弟一。師事沙然梵志。梵志道術身子皆得。師有二百五十弟子。悉付身子而成就之。沙然臨死。听然而笑。身子問故。󷨽云。世俗無眼。為㤙愛所親。我見金地國王死夫人投火聚願同生一處。言已命絕。後見金地國高人問之。事果然。身子追悔。我未𥁞師術。而不授此法。為我非其人。師秘乎。自知未達㪅求勝法。而無師可事。雖不逮此一法。餘皆通達。於外道中最為第一。於道見頞󷬃威儀庠序。因問師法。頞顆󷨽曰。諸法從緣生。是故說因緣。是法緣及𥁞。我師如是說。一聞即得須陀洹果。來至佛所。七日偏達佛法淵海（乃）至十五日後得阿羅漢。為羅云和尚。憍梵作師。聲聞眾中左靣弟子。調達破僧引五百比丘云。身子徃化。五百人𡚖。榮度差󷬛力。度差為花池。身子為象󳫠花蹈池。度差為夜叉鬼。身子為毗沙門王。種種皆勝。度差降伏（文）。智度論云。問曰。般若波羅蜜。是菩薩摩訶薩法。佛何以故。告舎利弗。而不告菩薩。荅曰。舎利弗於一切弟子中智慧最第一。如佛偈說。一切眾生智唯除佛世尊。𣣔比舎利弗。智慧及多聞於十六分中猶尚不及一（文）夫此尊者。智慧無窮。󷪘了諸疑。釋尊對之說專修法。有識披之。知正因極。徳行不可不知。故集之。見者敬奉焉。一切

> 『経音義』によれば、『明度無極経』に次のようにある。秋露子。梵語では舎利弗。旧訳では舎利子。あるいは奢利富多羅ともいう。これは「鴝𮬶（くぐい）の子」と訳される。母の名にちなむ。母の目が鴝鵒（くぐい）に似ていたため。あるいは秋露鳥の目のようであったため、この名がついた。旧訳で「身子」とするのは誤りである。「身」は舎棃であり、この奢利とは発音の長短に違いがあるため、この誤りが生じた。あるいは優波提舎というのは、父の名にちなむ（以上）。 『智度論』に云う。問うて曰く、なぜ舎利弗という名なのか。父母がつけた名か、それとも行いの功徳によって立てられた名か。答えて曰く、これは父母がつけた名である。閻浮提の中で最も安楽なところに摩伽陀国がある。そこに大城あり、名を王舎城という。王の名は頻婆娑羅。ある婆羅門の論議師がいて、名を摩陀羅といった。王はその人がよく論議するのを認め、一つの邑を賜った。城から遠くないところに、この摩陀羅は住まいを構え、妻がいた。妻は一女を産み、その目が舎利鳥の目に似ていた。そこでこの女を舎利と名付けた。次に一男を産み、膝の骨が大きかった。名を𤘽絺羅といった（𤘽絺羅は秦語で大膝の意）。……（中略）……この時、南インドに一人の婆羅門の大論議師がいて、字を提舎といった。十八種の大経にすべて通じていた。この人が王舎城に入るとき、鉄の板で腹を覆っていた。人がその理由を尋ねると、言うには、「私の学んだ経書は非常に多い。腹が裂けるのを恐れて、このように覆っているのだ」と。……（中略）……この時、摩陀羅が提舎に言った。「あなたは聡明な人だ。私は娘をあなたの妻にしよう」。……（中略）……提舎はその娘を娶り妻とした。その妻は懐妊し、夢を見た。一人の人が鎧を身に着け、金剛杵を手に持ち、あらゆる山を打ち砕き、そして大きな山の傍らに立っている。目覚めてから夫に告げて言った。「私はこのような夢を見ました」。提舎は言った。「あなたは男の子を産むだろう。あらゆる論議師を打ち負かす者だ」。その弟の拘絺羅は姉と談論するたびに、屈することが多く、勝てなかった。姉の胎内にいる子は必ず大いなる智慧を持つに違いない、と知った。生まれる前でさえこのようである。まして生まれてからはなおさらだ。そこで家を出て学問を求め、南インドへ行き、爪を切る暇もなく、十八種の経書を読み、すべて通達させた。そのため、当時の人々は彼を長爪梵志と呼んだ。姉の子が生まれて七日後、白い布に包んで父に見せた。父は思惟した。「私の名は提舎である。私の名にちなんで優波提舎と名付けよう（優波は秦語で「遂（ちな）う」の意。提舎は星の名）」。これが父母がつけた名である。人々は、彼が舎利から生まれたので、皆ともに彼を舎利弗と呼んだ（弗は秦語で「子」の意）。また、舎利弗は、世々の本願により、釈迦牟尼仏の下で智慧第一の弟子となることになっており、その名を舎利弗という。これが本願による因縁の名である（詳細は論による）。 『増一阿含経』に曰く、我が仏法中において、智慧は窮まりなく、あらゆる疑いを明らかにする者、舎利弗が第一である。……（中略）……十六歳にして、閻浮提の典籍を究め、聞かないことはなかった。古を尋ね今を覧、幽玄な奥義を演説し暢びた。十六大国において論義で双ぶものなく、五天竺の地で最も第一であった。沙然梵志に師事した。梵志の道術を、舎利弗こと身子はすべて得た。師には二百五十人の弟子がいたが、すべて身子に託して成就させた。沙然が臨終の際、にっこりと笑った。身子がその理由を尋ねると、答えて云う、「世俗の人々には眼がなく、恩愛に縛られている。私は金地国の王が死んだ時、夫人が火の中に身を投げ、同じところに生まれたいと願うのを見た」。言い終わって命が絶えた。後に金地国の高徳の人に尋ねると、その事実は確かであった。身子は後悔した。「私は師の術をすべて究めていない。それなのにこの法を授けてくれなかった。私がその器ではなかったからか。師が秘したのか」。自ら未だ達していないことを知り、さらに勝れた法を求めたが、師とすべき者はなかった。この一法には及ばなかったが、その他はすべて通達していた。外道の中では最も第一であった。道で頞𮖐（アシタ）の威儀が整っているのを見て、その師の法を尋ねた。頞𮖐は答えて曰く、「諸法は縁より生ず。是の故に因縁を説く。是の法は縁及び尽きる」。我が師はこのように説かれた、と。これを一聞してただちに須陀洹果を得た。仏のもとに来て、七日で偏く仏法の淵海に達し、……（中略）……十五日後に阿羅漢を得た。羅睺羅の和尚となり、憍梵波提の師となった。声聞衆の中の左面の弟子である。調達が僧伽を破り、五百人の比丘を引き連れた時、身子が往って教化した。五百人は戻った。栄度差󷬛力（ジャータカ？）と力比べをした。度差が花の池となれば、身子は象となって花を踏みしめ池を渡る。度差が夜叉鬼となれば、身子は毘沙門天となる。あらゆることで勝ち、度差は降伏した（以上）。 『智度論』に云う。問うて曰く、般若波羅蜜は菩薩摩訶薩の法である。仏はなぜ、舎利弗に告げて、菩薩に告げなかったのか。答えて曰く、舎利弗は一切の弟子の中で智慧が最も第一である。仏の偈に説くように、「一切衆生の智、唯だ仏世尊を除く。舎利弗の智慧及び多聞と比せんと欲すれば、十六分の中に於いて尚ほ一にも及ばず」（以上）。 さて、この尊者（舎利弗）は、智慧が窮まりなく、あらゆる疑いを明らかにされる。釈尊はこの方に対して専修の法を説かれた。識ある者がこれを披見すれば、正しい因と極まるべき徳行を知ることができる。知らずしてはならない。故にこれを集めた。見る者は敬って奉るがよい。

新譯華嚴音義云。一切說文云。一切普也。普即遍具之義。故切字宜従十。說文云。十數之具也。有従七者俗也（文）。天人

> 《新訳華厳音義》によると、「一切」の「切」について、『説文解字』では「一切とは普（あまね）くの意である」と説明されています。「普」とは、広く行き渡り、すべてを備えているという意味です。したがって、「切」の字は「十」に従うのが正しいとされています。『説文解字』では「十は数が完備していることを表す」と記されています。「七」に従うのは俗字であるとされています（以上、引用）。

嘉祥百論疏云。所以初天次人者。𭂫有二義。一天勝人劣。以為次弟。二久劫以来已有於天。故天前出。従此劫初始有於人。故後列人。所以但列人天者。𭂫穪𠀍尊不出人天故。挙人天總攝一切。又外道不知有天中之天。是於世尊。故但列人天（文）。阿修羅

> 嘉祥の『百論疏』にはこう説かれています。なぜ初めに天、次に人を挙げるのか。これには二つの意味があります。一つは、天が勝れ、人が劣っているため、この順序とします。二つには、久遠の劫以来、すでに天は存在していたため、天が先に現れます。この劫の初めから始めて人が存在するため、後に人を列挙します。なぜただ人と天だけを列挙するのか。それは、世尊は人と天の外に出ないと称されるからです。人と天を挙げることで一切を総括します。また、外道は天の中の天である世尊を知らないため、ただ人と天だけを列挙するのです（文）。阿修羅

新譯華嚴音義云。阿修羅也妙也羅戲也。言此類形雖似天。而無天之妙戲也。按婆沙論。譯為非天。以此類雖（天）趣所攝。然多󶷻詐無天實德故。曰非天。如人行𢙣名曰非人。舊翻為不酒者。譯人謬也。謂梵語中窣利名酒。而與素羅聲近。即訓阿字為不故。云不酒。斯乃失之甚也。按梵本中阿脩羅。是多聲呼之。阿素洛是小聲呼之。然皆同一穪謂也（文）今按正法念経云阿修羅。略有二種。一者鬼通所接身餓鬼。有神通力。二者畜生所接住大海底須彌山側（文）智度論。五道外立修羅。為六道。應知之也（矣）

> 『新訳華厳経音義』によれば、阿修羅とは、「阿」は「無し」、「修羅」は「妙なる戯れ」を意味します。すなわち、この類のものは形こそ天に似ていますが、天が持つような妙なる楽しみや遊びを持たないとされます。 また、『阿毘達磨大毘婆沙論』では「非天」と訳されています。これは、阿修羅が天界の衆生に分類されるものの、多くがずる賢く、天が本来持つ清らかな徳を備えていないためです。人間でありながら悪を行えば「非人」と呼ばれるのと同じ道理です。 かつて「不酒（酒を飲まぬ者）」と訳されたこともありましたが、これは訳者の誤りです。サンスクリット語で「酒」を意味する「窣利」と、「素羅」の音が近いことから、「阿」を「不」と解釈してしまったためです。これは大きな誤訳と言えます。 サンスクリットの原典では、「阿修羅」は長く発音する呼び方、「阿素洛」は短く発音する呼び方ですが、どちらも同じものを指しています。 なお、『正法念処経』によれば、阿修羅にはおおむね二種類あります。一つは、餓鬼道に属しながら神通力を持つもの。もう一つは、畜生道に属し、大海の底や須弥山の側に住むものです。 また、『大智度論』では、五道（地獄・餓鬼・畜生・人間・天）の外に修羅道を立て、六道とする説を立てています。このことも併せて知っておくとよいでしょう。

## 淨土三部經音義集卷第四終

> 浄土三部経音義集　巻第四　終